ベン・トーの世界に転生者がいたら   作:アキゾノ

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仕事で忙しくて更新遅れました。
もうしわけありません!!!



9食目

「ふぇ?」

 

僕が人生二回目となる幼女専用の呪文を放ったのは佐藤君と戦い勝利した日から一週間が経ったころだった。

その一週間にいろいろあった。

ほとんどが無視していいことなのだが。

母親と名乗る知らない人から電話がかかってきてムー大陸を探すからまだ帰れないとかいういたずら電話があったり、内本君がオカルト研究部によって変なSF映画に出てきそうな装置を頭につけ、あばばばと小刻みに終始震えていたりなど…うん、どうでもいいな。

 

もちろんその間も夜ご飯はかかさず争奪戦に参加して半額弁当を食い漁ってきた。

最近は、夜のバイトのほうも慣れてきて卒業後はうちに就職しろと親方が言ってくれたりもした。

何度か視線を感じて振り向くと、見たこともない男がこっちを見てたりしたが…あれは何だったんだろう。

ふと、白粉さんの書く『筋肉刑事』が脳裏をよぎったが忘れることにする。

 

 

 

 

 

あんなおぞましい小説の事なんか思い出してなるものか。

 

そして今日も弁当を食べようと狩場に出てきたのだが…始まりは同じだった。

スーパーへ入店と同時に視線を感じる。

最近はその視線にどことなく違和感を感じるようになった。

そうか…常勝を続ける僕に畏怖と畏敬の眼差しを向けているのかとそう思った。

そしていつも通り茶髪と少し談笑、訪れる戦争の時まであと少し…という時にそれは起きた。

 

アブラ神が売り場点検に来て、商品を綺麗に陳列しなおしているところに一人のおばさんがカートを押しながら近寄ってきた。

 

なんだ…この嫌な感じは。

転生する前、同じ店舗で働いていた川原君がリクナビネクストに登録をしていた時のような嫌な予感を思い出した。

茶髪は声を出して嘆いていた。

 

そのおばさんは、こともあろうに半額シールを貼る前の弁当を5,6個カゴニ入に入れそれをあぶら神に持っていき、半額にしろと、そういったのだ。

 

「さっさとしなさいよ。こんな時間まで売れ残った弁当を買ってあげるんだから他にもサービスしてほしいもんだわ。これならコンビニのバイトの接客態度のほうがまだましよ」

 

そう捨てセリフを吐き、そのおばさんはアブラ神にわざとカートをあてて去っていった。

全ての半額弁当と共に。

 

ここでシーンは冒頭に戻る。

プレイバック、プレイバック。

 

間抜けな声を出した僕は何が起こったのか理解できなかった。

 

「…あれは【大猪】よ…」

 

悔しそうにつぶやく茶髪の口からこぼれたのは【二つ名】だった。

それを聞いたとき、僕は思い出した。

そうだ…この世界には奴らがいたのだった。

【大猪】。

個人をさす【二つ名】ではなく、不特定多数の豚のことを言う。

狼ではなく豚の一種とされるやつらは、主婦に多く見られる。

家族を持つ奴らは、その生活力からか弁当をほとんどかっさらっていく。

ベテラン主婦だけがもつその恥知らずな行動は、しかしそれでも太刀打ちできるものではなく、かといって対処することもできない。

自分で食すものではないものでさえ買い漁り、冷凍保存、翌日の朝食、さらには自分の家族に分け与える。

その戦闘力はすさまじく、タイプに差異はあれどそのほとんどがパワータイプ。

それも超ド級だ。

❝タンク❞と呼ばれる武器、まぁカートの事なんだけど、タンクを巧みに操り狼を薙ぎ払うことも珍しくない。

戦術は単純明快、タンクで体当たりし轢き潰す。

豚のように恥知らずで、かといって狼でさえ立ち向かうことができない。

故に【大猪】。

 

僕は今日、戦う前から負けたのだった。

 

「本来なら…半額神がシールを貼るまで何とかして時間を稼ぐんだけど…気づくのが遅れてしまった」

 

茶髪が言うには、シールが貼り終わりいざ争奪戦が始まったのなら勝機はあるという。

しかしその時間稼ぎは成功したことがないそうだ。

僕は、泣きながら帰った。

僕の『絶対殺すノート』に新たなる名前が載った瞬間だった。

ちなみに最初は【氷結の魔女】、二番目に佐藤君と白粉さんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、昨日の鬱憤を晴らすべく僕は朝昼と食事をとらなかった。

お昼の塩でさえ舐めなかった。

なけなしの飴玉も今日は我慢した。

戦時中か。

欲しがりません、勝つまではを地で行くその姿は夜ご飯のためだった。

空腹に身を染め、気分はさながらバカボンドの宮本武蔵の吉岡70人切りよろしく、悪鬼羅刹のようであったことだろう。

入店時に、いつもの視線に加え軽い悲鳴さえいただくことになった。

 

茶髪と佐藤君が理由を聞いてきたけど、それすらも無視する。

腹の虫の加護のために無視をするなんていう冗談を言わないくらい、真剣だった。

 

今日の目当ては

『頑張れ!どうしてそこで諦めるんだ!いけるいけるまだイけるよ!カレー丼』

という最高に巣パーキングな弁当だ。

シンプルイズベストとはよく言ったもので、何の変哲もないカレーである…その量を除けば。

普通の弁当の2.5倍はあろうその量が僕の心をつかんで離さない。

今宵、僕は鬼となろう…。

 

ざわざわざわ。

 

店内が慌ただしくなる。

 

「…またあいつらが来たのか…」

 

佐藤君がつぶやく。

見ればガタイのいい男どもが十人単位で来店してきた。

顔に土をつけ、部活帰りだという事がうかがえる。

 

「【天パ】は遭うの初めてよね」

 

【アラシ】と、彼らはそう呼ばれる。

嵐、または荒らし。

その二つが込められた名を冠する彼らもまた、不特定多数存在する。

新入生を迎え入れた春の大会へ向けて練習を始めたラグビー部。

その特筆すべき点は彼らは狼ではないということ。

つまり【大猪】同様、狼のルールが通用しない。

もちろん【大猪】のように半額シールを貼るよう催促するような真似はしないが、部員の分を確保するために一人で何個も弁当を持っていく。

そして弁当を奪取したものを攻撃することはできない狼達の前に立ちふさがり、弁当をまだゲットしていない部員が奪取するまでの時間稼ぎをするフォーメーション、戦術を一連の流れのように行う。

 

「くそう…春の大会前の今しか来ないとはいえ…運がねぇよ」

 

一頭の狼が言う。

 

「やめだ…帰ろう」

 

ふざっけんな。

 

「【天パ】…あれは天災のようなものよ…」

 

「そうだぜ、怪我するだけだ。挑戦するだけ無駄なんだ」

 

顎鬚が言った。

 

「今夜は運がなかった…そう思え。これは負けじゃない、そもそも勝負になってないんだ」

 

坊主も言った。

 

「…」

 

僕は無言で彼らへ背を向ける。

もとから互いに顔を見合わせず、各々が調味料を物色してたりお菓子を眺めていたりしていたのでそもそも背中合わせだったのだがそういう事ではない。

 

背を向けたのは心で、だ。

 

「お腹が空いた」

 

その一言だけで、僕がこれからなにをしようか理解したようだ。

 

「お前…無茶だって」

 

「【アラシ】は一人で立ち向けるもんじゃない」

 

「なら狼全員で立ち向かえばいい」

 

「俺たちが組んだって付け焼刃にしかならない」

 

「…」

 

「諦めろ」

 

「なら…ならそうやって負け続けたらいい。

僕は勝ちに行く」

 

アブラ神が現れて、半額シールを貼っていく。

争奪戦が始まるまでもう時間がない。

 

「…ッ、好きにしろ。俺たちが指図することじゃなかったな。勝手にしろ」

 

顎鬚と坊主が去っていく足音が聞こえた。

茶髪は、動かない。

佐藤君も、動かない。

 

僕は一人でも戦う。

社会人になればそんなことは当たり前だった。

何も怖くなんかない。

殴られる痛さよりも、蹴られる苦しさよりも、僕はあの弁当を食べられないことのほうが怖い。

いいとも。

【アラシ】が十人いようとも、味方がいなくとも、僕は行く。

僕こそが新道心羽だ。

新たな道を心行くまで羽ばたく。

俺こそが新道心羽だ!

 

扉が閉まる。

【アラシ】が弁当コーナーに走る。

 

ゴキブリダッシュで一瞬で【アラシ】の集団の後ろに張り付く。

 

「AAAAlalalalalaie!!!!!」

 

自分の食欲の強さを吐き出し、突進する。

握り拳から血がしたたり落ちる。

ゴキブリダッシュでただ追い抜く、のではない。

ゴキブリダッシュで得たスピードに、さらに力を乗せる。

それはスピードではない。

パワーだ。

皆さんに教えてあげよう。

 

握力×(かける)

 

「なんだこいつっ!」

 

体重×(かける)

 

「いつのまにこんなところっ」

 

スピード(イコール)

 

「こいつ【ゴキブリ】じゃっ」

 

破壊力であるということをッッッ!!

 

驚く【アラシ】ども。

しかし遅すぎる。

 

すぴーどはそのままに、背中をぶつけるようにタックルをかます。

その際、ただぶつかるのではなく体の中の気やらチャクラやらそう呼ばれるものも吐き出す。

この場合、腹の虫の加護と食欲の塊だ。

 

「鉄山靠」

 

瞬間、爆音とともに【アラシ】の最後尾だった3人が吹き飛んだ。

 


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