巧は眼前に広がる光景に驚きを通り越して困惑してしまった。深夜の旅館へいきなり押しかけて来て、あまつさえ千歌に抱きついたこの男は一体何者なのか?そんな疑惑が脳内を過ぎる最中、その少年の後ろに立っている木場が裏口に来るよう合図していることに気がついた。
「美渡、悪い。少し出て来る」
「んえ?あぁ、うん。コッチは任せてよ」
巧は近くに立っていた美渡に小声で伝え、千歌たちに気づかれないように裏口から外へ出て木場と合流した。
「悪いな、木場。にしても、あいつは知り合いか?お前と一緒だったんだろ?」
「いや、俺もさっき会ったばかりなんだ。でも、彼はこの旅館のことをよく知っているみたいだったけど・・・それよりスマートブレインが動き出したのは本当かい?」
木場の問いかけに黙って首を縦に振る巧。恐れていた事態が遂に起ころうとしている現実に言葉を失う木場だったが、そんな木場に巧は黙ったままベルトを差し出した。
「これが電話で言ってたベルトだ。誰がどういうつもりでベルトを送って来たのかは知らんが、オルフェノクが現れた以上、一人でもあいつらを守れる奴が必要なんだ。だから、受け取ってくれ・・・頼む」
ベルトを木場に差し出す巧。オルフェノクからAqoursを守りたいという思いは木場とて同じだ。しかし、今の巧の言葉は聞き逃すことは出来なかった。
「小原さんから事情は聞いている。でも彼女たちのことを思っての行動だったんだろう?そこまで自分を責める必要があるかな?」
黙り込む巧に問いかける。木場は不安で仕方なかったのだ。先ほどの口ぶり、まるで自分は消えてしまうかのようで。
「俺たちがまた繋がるには時間が必要なんだ。それに、今は俺よりもあいつらの夢を叶えてやりたいんだ。だからそれまでの間・・・あいつらを頼む」
巧は再びベルトを木場に差し出した。その言葉は確かな信念のもとに発せられていると感じた木場は静かに差し出されたベルトを受け取った。
「・・・分かった。俺に出来ることなら。じゃあ、俺はもう行くけど・・・そうだ。乾くん、彼には気をつけた方がいいかもしれない」
立ち去ろうとした木場の突然の警告に巧は驚きを隠せなかった。あの木場がここまで明確な敵意を露わにしていることに。
「・・・何だよそれ。あいつの事、なんか知ってんのか?」
木場の言葉を怪訝に思った巧だったが、木場はどこか確信したように呟いた。
「あの子は、何処か彼に似ているところがあるみたいだ」
「彼?何のことだよ?」
「草加雅人のことさ。それに、どうやら彼は高海さんに気があるようだし。とにかく、彼女たちのことは任せてよ」
「・・・あぁ、しばらくは頼む。あいつらを守ってやってくれ」
巧と木場はお互いの意思を確認するかのように見つめあい、そしてどちらからともなく歩き出した。背中合わせに歩きだすその姿は固く強い友情で結ばれていることを物語っていた。
「へぇ、あの人が仮面の戦士なのか。でも、これはちょうどいいか・・・フッ」
「あ、遅いよー。トイレに何分かかってるのさ」
千歌にそう言われた少年はケロッとした様子で軽く謝罪する。
「悪かったって。この旅館が広くて迷ったんだよ。それより、当分の間はここで世話になる話だけど、本当に千歌と同じ部屋でいいのかな?」
少年の言葉を受けて、千歌はしばらく考えたあとに答えを出した。
「“和くん”さえ良ければいいと思う!それにしても、本当に久しぶりだよね〜。まさか宿泊費を一年分で払うとは思わなかったなぁ。幼馴染みなんだからお金なんて払わなくても良かったのに」
千歌の発言に苦笑しながら少年は懐かしむように言葉を投げかける?
「アハハ・・・それじゃ志満さんが黙ってないよ。にしても“和くん”かぁ・・・なんか昔を思い出すなぁ。あの時の千歌ったら、俺の後ろをくっついて離れなかったんもんなぁ。流石にトイレや風呂までついてきたのは驚いたけど」
「うわー!そんな事まで言わなくていいよぉ!でも、十二年ぶりかぁ・・・小学校に上がる前に引っ越しちゃったんだよね?」
千歌の言葉に一瞬だけ返答に詰まったが、すぐに何事もなかったかのように答えた。
「あ、あぁ・・・あの時はいきなり居なくなってゴメン。家の都合とか色々あったとはいえ、何も言えずに居なくなったのは本当になんて言えばいいか・・・許してもらえるとは思っていないが、せめて・・・!」
少年は千歌の手を取り、訴えかけるように話す。
「これからは俺が、千歌を守るから。絶対に・・・どんなことがあっても!」
どこまでもまっすぐな瞳で訴えかける少年に対して、千歌は改まって成長した幼馴染みに友情とは別の感情が芽生え始めるのに気がついて慌てて取り繕った。
「わ、私なんかのためにそこまでしなくても・・・私、普通な女の子なのに。今日だってみんなの足引っ張っちゃって・・・みんなの期待に応えられなくて、悔しくて!」
気がつけば少年に自分の心の蟠りを吐露していた。少年に気を許したのか、信頼していた人の代わりに慰めの言葉を投げかけて欲しかっただけなのかそれは分からなかった。
「千歌なら出来るさ!俺はちゃんと見てるし、知ってるよ」
少年は千歌に絶対の信頼を寄せているかのようにそう口にした。再会したばかりの彼に千歌の何が分かるんだと思うのが普通だが、今の千歌にはそんな考えすら思いつかず、自然と笑みを浮かべていた。
「・・・うん!ありがとう、私また頑張るからね!」
千歌の笑顔を見た少年は安心したのか、自ら淹れたお茶を飲んで一息ついて、一言。
「んで、何を頑張ってるんだ?」
この後、千歌がずっこけたことは言うまでもなかった。
翌日の早朝、巧は木場に言ったとおりにカイザギアを持って十千万を発とうとしていた。昨日の一件からしばらくAqoursから離れて単独でオルフェノクと戦うことを決めた巧は、志満と美渡、そして千歌ママにそれを伝え(カイザである事は伏せて)その準備をしていたのだ。
カイザギアを荷台にくくりつけ出発しようとした巧だったが、その眼前にあの少年が立っていることに気づいた。
「こんな早朝からドライブですか?」
「お前は昨日の・・・何の用だ?」
軽く凄んでみるも、少年は恐れるどころかあっけらかんとした様子で話を進めた。
「自己紹介がまだだったので、まぁ必要ないとは思いますけど・・・俺は、鈴木和晃といいます。あなたが噂の仮面の戦士なんですよね?」
鈴木と名乗る少年は巧の正体に気がついているようで、その様子は興味津々といったところだ。一瞬言葉に詰まった巧だったが、特に気にせずに言葉を放った。
「だったら何だ?お前には関係ないだろ」
そう言って走りさろうとした時、鈴木が巧の腕を掴んで強引に引いていく。
困惑する巧を他所に鈴木は近くの砂浜まで連れていく。
「よく見てください。あれがあなたが守ろうとして、壊そうとしてしまったものです。絶対に目を背けてはいけないんです」
そこに居たのは海に半身浸かっていた千歌と梨子だった。なにやら昨日のライブの結果について千歌がその思いの丈を伝えていた。
「でもね、だから思った。続けなきゃって。0票なのは悔しいけど、だからこそ0を1にしたいと思えた!」
千歌のその想いに応えるように、いつの間にかAqoursメンバーが彼女の周りに集まっていた。彼女たちの絆がより一層強くなったように見えた。
それを見ていた巧は改めて自分が壊しかけたものの大切さに気付かされる。過ちを犯してしまった自分が彼女たちの側には居られないと思えるほどに。
「千歌の側には俺が居ます。あなたは人類を救うことを第一に考えてください。俺からの願いはそれだけです」
鈴木はそれだけを伝えて十千万に戻っていった。残された巧はAqoursの絆の姿、笑顔を見てこれ以上絶対に悲しませないと誓い、サイドバッシャーを走らせるのだった。
「これで邪魔なものは居なくなった。千歌、君は必ず俺が守る」
Open your eyes for the next φ’s
「沼津の花火大会っていったら、ここら辺じゃ一番のイベントだよ?」
「乾 巧の正体を知っているかな?」
「千歌ちゃんと男の人が一緒に!?」
「相手が誰であろうと構わない。邪魔なものは壊したっていいんだ」
第26話 未熟な願いは叶わない