花丸とダイヤは今自分たちの目の前で起こっている事を、しっかりと認識する事が出来なかった。正体不明の怪物が襲ってきたり、巧が謎のベルトを使って変身したりと。
「・・・ハッ!!花丸さん、今はとにかく隠れますわよ!」
驚いていられたのも束の間、巧がオルフェノクに殴りかかったのを機に、呆然としていたダイヤが花丸を連れて近くの物陰に身を隠す。
「い、一体どういう事ずら!?マルには何が何だか・・・」
困惑する花丸の言葉に対して、ダイヤが手短に説明する。
「貴女もご存知でしょう?例の怪物騒ぎを。どういう訳かは知りませんが、あのような怪物が人間を襲っていますの!さぁ、理解して頂けたのなら避難を!」
巧がオルフェノクを抑えている間に花丸をこの場から避難させようとするダイヤ。しかし、花丸は頑なにその要望を承らなかった。
「駄目ずら!上には“Aqours”の人たちとルビィちゃんが!」
花丸の言葉に驚くダイヤ。数秒考えた後、答えを出した。
「花丸さん、貴女は先に避難して下さい!“Aqours”の方々とルビィは私が避難させます。さぁ!早く!」
ダイヤの真剣な表情と強い言葉に突き動かされるように、花丸は素早くこの場を去っていった。それを見たダイヤは尚もオルフェノクと格闘している巧に、声をかける。
「私はこの周辺に残っている人たちの避難を徹底させます!」
ダイヤの言葉に、巧はオルフェノクの攻撃を防ぎながら答えた。
「フッ・・・あぁ、頼む!」
巧は手短にそれだけを言うと、オルフェノクを蹴り飛ばしてそのまま自分ごとこの場から場所を移した。
オルフェノクが離れた今のうちに、ダイヤは“Aqours”と最愛の妹のもとへと急いだ。
「ハッ!・・・ラァ!」
巧はカイザのパワーを発揮して、オルフェノクにダメージを与える。元々、ファイズよりもパワー数値が上回っているため、手負いの巧でも満足に戦えていた。
その時、巧は不思議な感触を覚える。
「何だ?こいつ、まるで痛みを感じてねぇみたいだ・・・」
「・・・」
「マジで死んでる・・・のか?」
このオルフェノクは反撃こそしてくるものの、攻撃を防ぐことも無くただ受けているように見えた。まるで自分の意思など存在しないかのように。
巧にはその事が不気味に思えた。以前のオルフェノクとは全く違う、新たな何かがあるような気がしてならないのだ。
「今は気にしてる場合じゃねぇか・・・もう終わりにしようぜ」
巧はオルフェノクに拳による乱打を食らわせ、その体ごと吹き飛ばす。地面に倒れこんだオルフェノクを確認し、ベルトの左側に携帯されているカメラ型のツール“カイザショット”を取り出して、カイザフォンのミッションメモリーを抜き取り、カイザショットにセットする。
Ready
発せられた音声とともに、パンチングユニットへと変形したカイザショットを右手に装着する。そして、オルフェノクが両腕にある鋭い鎌で切り倒そうと向かってくるのと同時に、カイザフォンをスライドさせてEnterのボタンを押した。
Exceed charge
ベルトから右手のカイザショットへとエネルギーが伝わっていく。そして、全てのエネルギーが行き届いた瞬間、カイザショットからチャージ音が鳴り始める。
巧は静かに必殺技の構えをとる。そして、尚も向かってくるオルフェノクに向かって走り出した。
「・・・」
「はあぁ・・・やあああッ!!」
両者が対峙した瞬間、先に仕掛けたのはオルフェノクだった。右腕の鎌による渾身の一撃は、確実に頭部に決まると思われた。しかし、巧はそれを分かっていたかのように自身の左手で斬撃を防いだ。発生した痛みに苦悶の声を漏らしながらも、巧はガラ空きとなったオルフェノクの腹部目掛けて必殺技“グランインパクト”を炸裂させた。
「・・・ッ!?」
必殺技を受けたマンティスオルフェノクはΧの文字が浮かび上がった瞬間、蒼炎をあげながら灰となってその場に崩れ落ちた。
巧はその瞬間を最後まで見届け、変身を解除する。
「はぁ・・・はぁ・・・。キッツイなぁ、カイザのベルトは」
直後、変身による反動によりその場に膝をつく巧。ファイズギアよりも確実に体へのダメージが大きくなっている事を改めて実感する。
「でも、戦えないよりはマシか・・・」
巧はゆっくりと体を起こし、当初の目的であった花丸たちのところへ急いだ。
巧が着いた時には、その場にいた全員が集合していた。ダイヤによる避難誘導のおかげで、誰一人怪我をする事なく無事でいられたようだ。
少しして、千歌が巧の存在に気づいて声をかけた。
「あ!巧くーん!大丈夫だった?」
千歌が巧に聞くと、巧はぶっきらぼうに答えた。
「当たり前だろ。それより、あいつらは何話してんだ?」
巧が花丸とダイヤ、そしてルビィの方を指差して確認する。すると、千歌は中々言い出す事が出来ずにいるようで、代わりに曜が答えた。
「ルビィちゃんの事でちょっと・・・。千歌ちゃん、この手の話苦手だもんね」
曜の言葉を聞き、巧は思い出す。千歌はルビィと同じ姉を持つ立場として育った。その境遇から妹のルビィの気持ち、姉であるダイヤの苦悩が何となくでも分かっているのだ。
「本当はもっと言いたい事言えれば良いんだけど・・・。言葉に出来ないのが家族ってことなのかな?」
千歌の言葉に黙り込む巧。すると、不意にダイヤの声が聞こえてきた。
「私はルビィの気持ちを知りませんでした。だから、ルビィに私の気持ちを押しつけて悩ませてしまった。本当に申し訳ありません」
ダイヤがルビィに対して、深々と頭を下げ謝罪をした。その行動には周囲にいた巧たちはもちろん、ルビィでさえも驚いていた。
「お、お姉ちゃん・・・あ、謝らないで。悩んでたのは、ルビィが駄目な子だから・・・」
ルビィはダイヤにそう声をかける。しかし、それでもダイヤは喰い下がらなかった。
「いえ、花丸さんや乾さんに言われてやっと気づきました!私はただルビィに八つ当たりをしていたに過ぎないという事を。私の嫌いをルビィに押しつけていたという事を。でも、これからはもうそんな事は致しません。ルビィ、今のあなたの正直な気持ちを教えて頂けませんか?」
ダイヤに促され、困惑するルビィ。その時、近くで佇んでいた巧と視線があった。
巧は静かに頷いた。そして、過去に言われた言葉を思い出した。
(そうだ・・・ルビィの好きな気持ち。いつか自分で言わないといけないんだ。そして、今がその時・・・!)
ルビィは深呼吸した後、その気持ちを吐露した。
「ルビィ、スクールアイドルがやりたい!花丸ちゃんと!あと、お姉ちゃんにもまたスクールアイドルを好きになってもらいたい!」
ルビィの本当の気持ちが、心の叫びがダイヤに伝わる。それを受けたダイヤは、ルビィにだけ聞こえるように耳打ちをすると、静かにその場を離れていった。
「お姉ちゃん・・・ありがとう」
ルビィのつぶやきと同時にAqoursのメンバーと花丸が歩み寄る。そして、次の話へ。
「花丸ちゃん・・・ルビィと一緒にスクールアイドル、やってくれない?」
ルビィの言葉に黙り込む花丸。元々ルビィをAqoursに参加させるために自分も参加した。しかし、今は自分もスクールアイドルを好きになっている事も事実。花丸自身も自分の気持ちが分からなくなっているのだ。
「おらには無理ずら・・・体力ないし、向いてないよ」
気がつけばそんな言葉が自然と口から出てしまっていた。半分本気で半分は嘘。故に誰かに背中を押してもらわなければ進めないのだ。そして、千歌がその背中を押す。
「1番大切なのは出来るかどうかじゃない。やりたいかどうかだよ」
花丸が振り向くと、千歌をはじめ曜、梨子が笑いかける。そして、ルビィもまた目に涙を浮かべながら花丸の答えを待つ。
そして遂にその答えは出た。
「よ、よろしくお願いします・・・ずら」
「これで、良かったんですよね・・・」
ダイヤは1人、物思いにふける。ルビィの言葉の通りにスクールアイドルの存在を自分の中で認める事は、ダイヤ自身の問題と向き合うという事を意味していたからだ。
そして、その問題の当事者が目の前に現れる。
「Hello!ダイヤ。よかったね。やっと希望が叶って」
「鞠莉さん・・・何故あなたがここに?」
ダイヤの前に現れたのは、浦の星女学院理事長の小原鞠莉だった。
「んー、それは置いておいて・・・ところでダイヤ、“ファイズ”を見かけなかった?」
「なっ・・・!?」
ダイヤは驚愕の表情を浮かべ立ち尽くす。何故鞠莉がファイズの存在を知っているのか?何か関係があるのか?そんな疑問が頭の中を渦巻いていた。
「・・・いえ、見ていませんわ」
ダイヤは咄嗟にそう答えていた。全てが嘘というわけではない。今日見たのは別の戦士であって、巧自身を指している訳でもないからだ。
「そっか・・・残念だなぁ。早くしないと、ファイズが死んじゃうからさ。ま、見つけたら私に教えてよね?じゃ、good-by♪」
鞠莉はそれだけを言うと、すぐにその場から走り去ってしまった。残されたダイヤはさらに困惑せざるを得なかった。
(ファイズが・・・乾さんが、死ぬ?一体どういうこと・・・?)
ダイヤの謎は深まるばかり、未だ解決の見通しは立たないままだった。
Open your eyes for the next φ’s
「全てのリトルデーモンに授ける。堕天の力を」
「あー・・・今日も上がってない」
「何だお前。変な奴だな」
「ファイズのベルトを使って、一体何をしようと言うのかなぁ?」
第12話 すれ違う堕天使