このゆらぎ荘の周辺は、町中にあるとはいえ、繁華街からかなり離れているから、昼間でもそれなりに静かだ。夜にもなると、曰く憑き物件、その本領を最大限に発揮した様に、更に静けさが、暗闇と共に辺りを支配する無音の世界になる。
――と、一般的には言われていたりした。
確かに、間違いではないのだが……、やや 大袈裟な印象だ。騒がしい時は、ここも十分過ぎる程、騒がしくなる。……因みに住人によるモノではあるが。それでも 今日は静かだった。
静かだった……のだが……、突然、外が賑やかになってきたのだ。
連絡では、昼間~夕方くらいには 到着するだろう、と言う事だったのだが、大幅に遅れていた。これから住む所になる町でも見て回っているのだろう、と ホムラは考えていた。それに、
《賑やか(騒がしい?)=
と言う方程式。それが安易に、彼の頭の中で当てはまる為、直ぐに気付くだろう、とも思っていた。
そして、それは案の定だった。
「……ったく、今の時間を考えろよな。いつまでも子供じゃないんだから。春からは、高校生だぞ。ちょっとは成長しろって」
頭をぽりぽり、と掻きながらそういうホムラは、まるで出来の悪い弟にお説教をしている構図が当てはまる。
「………」
暫く黙っていたコガラシだったが、(放心してる?)出てきたのが、誰なのか 理解した所で。
「久しぶり、だな。ホムラ。相変わらず、手厳しいし、ド真面目」
「ああ。大体1年ぶり、か。そっちも 相変わらず元気そうだ。コガラシ」
コガラシとホムラは 2人とも、笑顔になった。
旧友同士の再会で、感慨深い物があるのだろう、とお爺さんは 今時あまり見たい男同士の熱い友情、感動の再会 を頭の中で思い描いていた。初々しい男女の色恋事も……、学校が近い故に しばしば見た事あった事だが、この手のも悪くない、とも思いながら。
そして、2人は歩み寄っていく。
次には、2人は恐らく 握手するか、若しくは がっちりと抱き合うかどちらかだろう。
「(ふむふむ。男同士の友情も、良いもんじゃな……)」
それは、決して変な意味では無い。……うん、決して。
そんな絵面や文面、喜ばないから(お爺さん本人+作者(笑))
そんな(どーでも良い)事は置いといて……、2人は ゆっくりと歩み寄っていったその時だ。
「ふんっ!!」
「っ!」
突如、コガラシが拳をホムラに撃ち放った。
それは右ストレート。正確に、ホムラの顔面に迫る。それを余裕を持って 左手で受け流すホムラ。そして、右足を半歩前に出した。そして、その足を軸にして独楽の様にぎゅんっ! と回ると、その勢いのままに、左足の回し蹴りを撃ち放った。
その回し蹴りはコガラシの脇腹に直撃した! と思いきや、コガラシは左腕を下して、ガードに間に合う。
更に驚く事に、その互いの技のあまりの威力からか、2人を中心に衝撃波、爆風の様なモノを発生させていた、と言う事だった。バトル漫画か、何か‼ と、ツッコミを入れたい程に。
そして、最後には互いに間合いを取っていた。互いに笑みを見せていた。
そのあまりの速度に、拳や脚、その体捌きそのものが、まるで消えた様にしか、お爺さんには見えなかった。と言うより、突然の大決闘開幕! ……その、一連の流れ、展開があまりにも早すぎて、追いかける事が出来ないし、何より突然の状況自体に追いつく事が出来ていなかった。
――あれ?? 数秒前まで、感動的(に、見えた)友との再会だったよね……?
と、思いつつ、呆然として眺めるほかなかった。
その後も、凄まじい攻防が続くのか? と思えたのだが、もう続きは無い様だ。
「ははっ、こっちも相変わらずだな。スゲェ蹴りだ。っつ~、いてて……」
腕をぐるんぐるん、と回して表情を顰めるコガラシ。防御に成功した、とは言え 威力は相当だったのだろう。その素肌は赤くなっていた。
「それを言うならお前の拳もだよ。直撃してないのに、完全に受け流したと思ったのに、掠っただけでこの有様だ」
見せられたのは、ホムラの手の甲。丁度コガラシの拳を受け流そうと、拳に添えた手の甲は、コガラシ同様に赤くなっていた。
「はは………、とんでもない子らじゃな……色んな意味で。まさに、肉体派……」
呆然としていたお爺さんだったが……、『こういう再会の仕方もあるのか』と半ば強引に納得した後に、2人に軽く挨拶を交わしたのちに、ゆらぎ荘を後にするのだった。
□□ ゆらぎ荘 □□
あのまま、表で騒ぎ続けるのは 流石に近所迷惑? だと言う事もあって、さっさとゆらぎ荘内へと入っていく2人。
「さてさて……、で? オレがどーとか、ってのは 何だったんだ? 文字通りの挨拶は終わったし、話せ。オレは ただ お前の金銭事情、生活事情をよく、よーく 知ってたから、ここ紹介しただけだろ。もう 高校に入るんだし」
文句を言いつつも、ホムラは とりあえず、長旅ご苦労さん、と言う意味も込めて、ゆらぎ荘傍に備え付けられた自販機缶のコーヒーをプレゼント。……随分と感激している様子だが、そこはご愛敬だ、とホムラは軽く受け流した。感激する理由も、よーく知っているから。
「ん? このゆらぎ荘についての状態は、オレ、お前から訊いてたし、まだ 解決してないっぽいのも、あのお爺さんに訊く前に ちらっ と小耳に挟んだし、あのお爺さんにも訊いて、裏も取れた。ホムラが何ヶ月も解決出来てない、って相当だろ? ふっふっふー、今回こそは、だ! 負けねぇぞ!」
「……そもそも、勝ち負けなんて、意味あるのか? 前にも何度か言ったが、別にオレは、どっちが先に解決しても良いし、最終の目的は、他人に迷惑を掻けない様にする事、だろ。後、
「けー、相変わらずだ。そーんな事言いながら、あっさり 先を越しちまうんだから。……あの霊能力者の霊に憑りつかれた時も、んな感じだったし」
頭の後ろで手を組んで、ぶーぶー言うコガラシ。
確かに以前、その様な事は多々あった。やり取りもいつも通りで、非常に懐かしい、とも思える。ホムラは 軽く苦笑いをしていた。
「……変な所で似てるな、オレらは。似たような霊と遭遇するし。憑かれた、っていう意味でも。……そうだ、この間なんか、料理人に、スポ根、更には ギャンブラーの霊だぞ。その前にも幾つか。コガラシに此処を紹介してからこれだ。………お前、オレに何かしてるんじゃないだろうな?」
「んな訳ないだろー! オレが出来るのは、妖怪どもを、ぶん殴る事だけだ! 小難しい類のものは、一切覚えてない」
「ん……、だよな。オレも苦手、と言うより 覚える気、無かったし」
指折り数えてそう言うホムラに、盛大に否定をするコガラシ。
2人して、所謂一般的な除霊方法、お寺のお坊さんが唱える様なものは出来ない。有名どころで言う、白衣観音経などのお経も覚えてない様だ。
自分達のスタイルにあった方向で頑張った、と言う事だろう。
「さて、んじゃあ ここの細かい説明は、中居さんがいるから任せる……と言いたいが、今ちょっと忙しそうだったから、ちょっと時間潰して来いよ。ほら、温泉の時間は まだあるし」
「ん? お、温泉か!! 温泉……、温泉かぁ……、川でも滝でもなく……、あったかい温泉か!?」
「『
ホムラは、感激しているコガラシにツッコミを入れたのだが、よくよく考えたら判る気がして、肯定していた。
どうやら、自分自身は先にここ、ゆらぎ荘で暮らしている身とすれば、もう新鮮さや感動、全て慣れてしまった様だ。
「と、当然だぁ……、オレは、い、1ヵ月ぶりなんだぞ……、温かい風呂……、それも 温泉っ……」
「あー、わかったわかった。だから泣くなって」
「な、泣いてねーし!!」
コガラシは明らかに感動して、感激して、涙を流しているのだが……、指摘されるのは やっぱり恥ずかしかった様で、慌てて涙を拭い、否定をしていた。
「ほら、一式の道具、入浴セットは 十分揃ってるから。ほら、浴衣もある。制服が汚れたら面倒だろ。着替えとけよ」
「お、サンキュー! ホムラ!」
フェイスタオル、バスタオル、そして 浴衣と全て渡した後、コガラシは 案内に従って、大浴場を目指した。
っと、その前にホムラは引き留める。
「っと、待った待った!」
「ん? なんだ??」
振り返ったコガラシに向かって、とある物を放り投げるホムラ。
それは、少々大きい掛札だった。
「っと、なんだ? これ」
コガラシは、それを受け取ると、一通り眺める。一周してみてみると……、表には『入浴中♪ byホムラ』と書かれていた。……その隣には イラスト付きだ。恐らくはホムラのイラスト画だろうことはよく判った。……そもそも、ホムラの名が入っているのだから当然と言えばそうだ。
「ここは、浴場は1つしかないんだ。入る前にしっかりと、それを掻けておけよ。オレの名だが、まぁ 大丈夫だ」
「んん? どういう事だ?」
「はぁ……、判らないか?」
「全く判らん」
軽くため息を吐くのはホムラだ。
彼は、このゆらぎ荘に来て、いろんな意味で 大変な目にあったのが、大浴場だった。だからこその過剰反応だった、とも言える。
「
「…………はぁっ!?」
「だから、混浴。それに、他の住人はオレを除いて皆女。犯罪者になりたくなかったら、それ、忘れるな。後日、自分用の用意した方が良い」
「な、成る程……、それは、すまん。感謝する!! オレの青春を一瞬でぶち壊すトコだ………」
ホムラは、そう言い残して、場を後にした。コガラシも感謝しつつ、念願の温泉へと向かっていった。
――この時、彼が説明しなかった、ゆらぎ荘に住んでいる《幽霊》について、何故言及しなかったのか。
それは、遅かれ早かれ、コガラシも気付く事だから、自分から言うまでも無い事だと判断した事と、もう1つ……、
「手を焼いてる……か、いろんな意味で間違いじゃないって、判るだろ。……直ぐにでも。さて、と。中居さんの所に行ってくるか……、コガラシが来た事の報告も兼ねて」
ホムラは、背伸びを1つすると、厨房の方へと向かっていくのだった。
□ ◆ □ ◆ □
丁度―――、コガラシが温泉を楽しもうと、素っ裸になっていたその時だった。
『あれ? ホムラさん、さっき 向こうにいってたのに……。たぶん、中居さんの所に、かな? なのに、なんで?』
大浴場の前に佇む白い影が1つ。
凝視しているのは、扉に掛けられたモノ。『ホムラ入浴中』の証。
『あ、きっと忘れられたんですね! いけないいけない、後でちゃんと届けておかないとーっ。それに……、き、昨日も、ご迷惑をかけちゃいましたし………///』
白い影に、やや 仄かな赤らみが入り交じり、その影は ひょいと、引っ掛けられた掛札を取ると。
『よ、よーし、大丈夫ですね……。はぅぅ……、昨日は寝ぼけちゃってたから……、今日はしっかりとお風呂、堪能しないとっ♪』
そのまま、大浴場へと入っていったのだった。
Q:「ホムラ君も十分騒がしいと思うよ?」
A: 普段はちょっと違う。コガラシといると、こんな調子。相乗効果。
Q:「2人の攻防を間近で見てたお爺さん、大丈夫?」
A: のっぺら見た後だったから、平気見たい。
Q:「温泉が、危ない場所、って判ってたのに、コガラシを1人に?」
A: 手を焼いている、と言ってないのに伝わってたから、身をもって知ってもらおう、と実は思ったり、思わなかったり。