まるで、そこら辺の中学生が考え出した様な名だ、ともいえるかもしれない。
更に腕には鎖。見るからに――――……。
だが、その名が作り物ではなく、
本当に、魔を封じる鎖で、鍵だったとしたら?
それは決して触れてはならない、解いてはならない禁忌。
「―――本気、なのか? ホムラ」
逢牙の視線がホムラを射抜く。
それは鋭く、険しく、重く。
睨んだだけで膨大な逢牙の霊力が吹き荒れ、周囲を吹き飛ばす程のモノだった。
「うきゃああっ!??」
「ひゃぁぁぁっ!」
それは、ゆらぎ荘の皆を吹き飛ばす――――のは服だが、兎に角あられもない姿にさせてしまう程凶悪なモノ。
無論、単なるお色気シーンと言う訳ではない。
ホムラの弱点でもある色香を逢牙は使ったのだ。
だが、此処で疑問に思う者も居る。
八咫鋼と言う存在、御三家の一角を少なからず知っている者たちからすれば。
八咫鋼とは、敵を正面から叩き潰す。
まさに単純明快。
八咫鋼は【強者】。
ただ只管強く、強く、ただ強く。
そんな相手が、からめ手を使う等とは思わなかった。睨むだけの霊撃を身に受けて、尚思う。
「………本気だ。逢牙師匠。……いや、六代目 八咫鋼 魔境院 逢牙。
ホムラの右腕に巻き付いている鎖が、まるで蛇の様に動き出した。
逢牙がした様に、場を支配する霊力がホムラからも射出される。
2人の霊力が交錯し、その場に境界線を生んだ。
「ここから先を超えるのなら。オレの大切な友達を手にかけると言うのなら、……もう、オレの事は弟子と思わないでくれ。コガラシを殺す餓爛洞とでも思ってくれて良い。オレも、大切なモノを奪うあんたを、師とは思わない」
ホムラの左腕に、いや左半身には光が生まれ、鎖が存在する右半身には、闇よりも暗い淀みがまとわりつきだした。
「やれやれ。……まるで三行半突きつけられる様な感覚だね。こう見えても、あたしは相当ショックを受けてるよ」
ギンッ、と睨みを利かせているその姿は、まるで言動と一致していない。
踏み越えてはいけない、と称した境界を笑って超えてきそうな感覚がする。
「ホムラ!!」
「ッーーー!」
極限の場において、身体を動かす事が出来たのは2名。
狭霧と朧の二名。
ホムラの傍にいる、と言わんばかりに両サイドに付くが、手で2人を制した。
「オレは、逢牙から目を離す事が出来ない。―――だから、頼む。幽奈を、皆を、コガラシと共に守ってくれ」
すると、ホムラの右手の闇が身体全体にまとわりつき始めた。
左の光を取り込むかの様に。
「この姿。……皆に見られたくない」
そんな想いが。振るうと誓った力の否定が、ほんの一瞬だけ、逢牙から意識を逸らす事に繋がってしまった。
そして、そのほんの一瞬の隙を逢牙が見逃す筈もない。
一瞬で距離を詰めた。
「くっっ」
「うぁっ!?」
その移動の際に発生する霊撃の余波が狭霧と朧を吹き飛ばす。ケガは一切させていない。ただただ、最初の睨みの時には、剝ぎきれなかった衣類を全て消し飛ばした、のである。
「ホムラに三行半はきつすぎる。だが、だからと言って餓爛洞を放置して帰るとか、それも無い。だから―――」
逢牙は右の拳に全霊力を集中させた。
凄まじい轟音と共に、八咫鋼の全力がホムラの側頭部を貫いた。
周囲には爆音と共に発生した大嵐が沸き起こり、宛ら火山噴火のごとき衝撃波が、天へと駆け上る。
半壊したゆらぎ荘にトドメを指してしまう結果に。
「あたしの全力中の全力で、あんたを再起不能にさせてもらったよ。どんだけかかるかわかんないけど、絶対に治す事は約束する。……餓爛洞を消した後にね」
まるで爆弾でも炸裂したかの様な惨劇の地。
逢牙は、姿こそは見えないが、拳の先で倒れているであろうホムラにそう言い、幽奈の方へと向かおうとした……が。
「―――
ホムラが逢牙の手を抑えた。
右半身は、漆黒に包まれている。否、所々は露出しているが、その形状は人のそれではない。
まとわりついている漆黒の一部、一部がまるで蝙蝠の様に羽ばたきながらホムラから離れていく。
「ホムラ。お前……マジで外したのか」
「
人のそれではない。
右側の犬歯が異様なまでに発達し、口から出てしまっている。それはまるで―――。
「……あれは、まるで吸血鬼……。は、人の半分を、取り込んで……?」
「こ、怖い。ホムラくんが、すごく、こわい……っ」
仲居がホムラの半身を見てそう評し、先ほどまで陽気に燥いでいた、とも言えるこゆずが、本能的に恐怖を感じ、ホムラを恐れ始めた。
「こがらし。みな、たの、む。おれは。………と、ともに。おちる」
「や、止めろ。止めてく――――」
霊圧は、一気にゆらぎ荘の住人を外へと押し出した。
逢牙の腕はしっかりと持ったまま、ホムラは天に飛んだ。
天へ、天へ……駆け上がり。
「いまの、おれに。そらは、にあわない、か」
「莫迦野郎が。人を、人を捨てる程なのかよ。単なる脅しじゃなかったのかよ。最後のあの線。あたしは超えたとしても、お前は、お前は踏みとどまる男の筈だろう!? なぜだ。お前も、解っている筈なのに」
逢牙は乱れた軍服を一瞬で元通りに戻すと、その軍帽で目を隠す様に鍔を下した。
相手から、目を逸らせる行為は愚の骨頂。ホムラに逢牙がした様に逢牙もやり返されても仕方ないし、覚悟もしている―――が、手を出してくる事は無かった。
「……まだ、吸血鬼に完全に魅入られた訳じゃないって事かい? 暴走した姿は、敵と認識するや否や、問答無用で襲い掛かってくる性質だった筈だが」
僅かにまだ残っている光の欠片が、人であった時のホムラを保っている様に見えた。
「う、が……」
「ったく。餓爛洞の前に、お前を相手にしなきゃならないとは、難儀通り越してるよ。…………でもね。あたしもあんたに言った通りさ」
魔境院 逢牙。
再び霊力を開放させた。
「異世界の
「……!」
餓爛洞。
宿敵であり怨敵であり仇敵であり………敵以外の言葉が見つからない。
そんな名だった筈なのに、今のホムラの耳には違う風に聞こえてくる。
【幽奈を消す】
ホムラの拳が矢のように放たれる。
そして、それを迎え撃つ形で逢牙の拳が交錯。
その日、ゆらぎ荘上空に観測史上最高記録を更新する程の気象現象が起きたのだった。
「かるら。幽奈を安全な所にまで飛ばしてやってくれ」
「うむ。心得ておる。……コガラシ殿はどうすると言うのじゃ?」
かるらは、コガラシに言われるよりも早く、幽奈と他に戦う術に長けてない者たちを飛ばしていた。
だが、それが問題の解決に繋がるとは思えない。
あの様なホムラを見たのは初めてで、そして御三家の一角が来ていて、コガラシも無理だと言われて……兎に角今手に負える相手ではない事は重々身に染みた。
そして、今は弱過ぎる自分に嘆く暇もない。
「オレは残る。当たり前だ。―――兄弟を、残して離れる訳にはいかねぇ。師匠だって同じだ。話し合って解ってくれるようなひとじゃねーってのも解るが………止めなきゃいけねぇ」
ホムラの言葉を思い出す。
餓爛洞だと信じて疑わない逢牙。如何なる説得も無理だと分かったからこそ、コガラシ自身も詳しく知らないホムラの禁忌を開放したのだろう事くらいは解る。
そして、自らも放置する訳にはいかないからこそ――――
そして、それを良しとするコガラシではない。
幽奈の代わりにホムラが犠牲になるも同然だ。それを良しとする訳がない。
「妾は、コガラシ殿が悲しむ姿を見たくない」
「―――っ」
「幽奈が天狐で、餓爛洞で、話を聞いてそれが本当なのであるのなら、敵以外考えられぬと思っていた! じゃが、例えそうだったとしても、それ以上にコガラシ殿にも、ホムラ殿にも、悲しい顔をさせてたまるものか!」
コガラシの様子を見て、刺し違えてでも、と言わんばかりのコガラシに宣言するかるら。
何も変わってない。
幽奈かホムラかコガラシか。それだけだ。
そして、更に厄介なのは、逢牙が消えてしまうのも良しとしないだろう。
絶対に、悲しむのが解る。
「そうよぉ」
ひょい、と横から顔を出したのは呑子だ。
一升瓶がころ、ころ、と倒れており、その数示して十升。
「幽奈ちゃんもコガラシちゃんもホムラちゃんも、みーんな家族も同然よぉ。誰一人だって、かけちゃいけないわぁ」
鬼の角が顕現された。
「今のホムラちゃんは、ひょっとしたら見境が無くなっちゃってるのかもしれない、わよねぇ。そんなホムラちゃんに押し倒されちゃうのも、きゅんっ! としちゃうかもだけどぉ。……時間を稼ぐって言う意味じゃ、私も適任じゃなぁい?」
宵ノ坂の鬼。
呑子も御三家が一角である。
時間を稼ぐ、と言う言葉を聞き、コガラシは呑子の方を改めてみた。
何か勝算があるのか、と。
だが、コガラシよりも早くその真意を聞こうとする者がいる。
「呑子さん。時間を稼ぐとは……?」
「それってつまりどういう事っ!? 時間稼げたら、何とかなりそうなのっ!?」
ホムラを助ける事が出来ず、一瞬で戦線離脱させられてしまった狭霧。
常に一緒にある、いたいと思っていた相手。背を預け、預けられる間柄になる事を夢見ていた筈なのに、不甲斐なく、涙が出そうになるが、どうにか狭霧は堪えていた。
雲雀は、ただただホムラと友達だ。友達がピンチなら持てる力全て賭けても良い。コガラシの悲しむ顔も当然見たくない。
その2人だった。
「この戦いのハッピーエンドってぇ。たーだ、敵やっつけて終わりっ、って訳じゃないのよねぇ。………逢牙ちゃんを説得して、友情エンド。それしかないと思うわぁ」