ゆらぎ荘の蹴る人と殴る人   作:フリードg

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第31話 捕らわれた幽奈さん④

 

 強大な相手――敵がまさか本拠地である龍雅湖に侵入してきた。

 

 それは長い歴史を遡っても、直接攻め込んできたと言う様な事は今までに確認されていない。

 

 そして あろう事かその侵入者は《人間》である。

 

 一部の例外を除いても たかが人間が忍び込んできても、大嵐の中に蟻が入り込んでくる様なモノで 何も出来ず弾き出されるのが普通だと考えるだろう。

 

 

 だが、今 目の前で起きているコレ(・・)は一体なんだろうか。

 

 

 この城の主にして、黒龍神である玄士郎が容易く打ち破られてしまった。

 それもたった一撃でだった。

 破壊された城、吹き飛ばされた主。それらを見て 長らく龍雅に仕えてきた朧の頭の中では急速に回転していた。他の兵達はこの現実を受け入れる事など出来そうもなく、ただただ唖然としていたが、朧は違う。恐怖心の類も一切なかった。

 

 思い出すのは先代のお言葉だけ。

 

 

『朧――。生まれは違えど、あなたもあの方の子………、私の子も同然と思っているわ』

 

 

 荘厳たる威厳の中に感じられる暖かさ。温もり。その僅かな言葉の中にでも朧は十分に感じられた。そして首を垂れる。

 

 

『勿体のうお言葉にございます。……御前様』

 

 

 そして朧は 心からこの家を愛しているからこその心配をその身に刻み込む。

 

『……今のままではいずれ 外の神々に敵う者が玄士郎ただ1人になってしまう。朧…… 玄士郎を1人にしないで。強い龍雅家を作って……!』

 

 深く、深く刻み付け そして朧は誓ったのだ。

 

『承りました御前様。―――――ありとあらゆる手段を厭わず』

 

 

―――龍雅家を、強く………!

 

 

 

 すべき事は変わらない。

 

 例え、この身がどうなろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて…… 大将があの様子じゃ戦いは終わり、だ。幽奈と狭霧を還してもらうぞ」

「そうだ。とっとと帰って皆を安心させてやりてぇ」

 

 朧の一撃を意図も容易く受け止めた眼前の男。

 そして、主を一撃で粉砕したあの男。

 

 敵うはずもない事は判っている。それでも朧がする事は変わらない。

 

 

「あ、う…… お、おふたりは……?? こ、これは……??」

「信じ……られん。なにが、どうなれば 人の身でこれ程の………!?」

 

 幽奈と狭霧。2人は最早自由になれていると言って良いかもしれない。

 狭霧を捕らえていた妖怪は気を失い地に伏しており、自由に動く事が出来る状態。

 幽奈自身は縛られておらず、狭霧の身を案じて逃げたりなどはしていないだけだったから。

 

 だが、勿論兵士は1人ではない。状況が漸く飲み込めた他の兵士達が立ちふさがる様に前に出てきた。

 

 それでも、やはり敵うとはどうしても思えなかった。

 

「お、お逃げ下さい! 朧さま!! 玄士郎さまを下す相手など我々ではとても……!」

 

 神と称されているのはこの場では玄士郎のみだ。

 頂点とその他の力量には果ての見えない程の差がある。する訳はないが、全兵士が主相手に束になった所で相手にすらならない。そんな主 玄士郎が倒れてしまっている以上、降伏若しくは逃げるしか選択肢がないと判断するのは無理もない事だ。

 

 だが、朧は首を横に振った。

 

「……幽奈さまと狭霧さまは渡せん」

 

 強い意思を持ってそう答えた。

 

「し、しかし……!」

「良い。ここは私にまかせよ。お前達は玄士郎様を」

「は……ハッ!!」

「ご、ご武運を……!!」

 

 相手は2人。絶望的な戦力差である事は判っていても、朧は退かない。

 

「本気か? 今ので戦力差が判らない……とは言わないよな」

「……下郎めが」

 

 その隻眼の瞳の中の強い光を見たホムラは、軽くため息をする。

 説得等で応じる相手ではないと言う事が。一番の忠臣であり、主の為 家の為であれば命さえ惜しくないと言う強い意志を感じた。

 

「コガラシ。オレ1人で良い。直ぐは無いと思うが、あのカミサマが復活してきた時の為に備えといてくれ」

「おう」

 

 手で制しながらそう言うホムラに、コガラシは応じた。

 

 コガラシの戦いを目にした狭霧。

 

 あれ程の力を持っていると言う事は知らなかった。ホムラと同等である、と言う事は聞いていたが、あそこまでとは知らなかった。つまり――― ホムラの本当の力は今までの比ではないと言う事も。

 

 

「私は先代黒龍神の尾より生まれ出でた護り刀。《神刀・朧》」

 

 完全なる朧の臨戦態勢。朧は己の腕を刀に変えた。狭霧の時にはしなかった形態だった。 

 妖しくも美しく黒く光る刀。一目みただけで その威力が判ってしまう程だった。

 

「オレは夏山ホムラ。人間だ」

「……夏山ホムラ。貴様は危険だ。あの冬空コガラシ同様に。……ここで全力で」

 

 次の瞬間、朧の身体がブレた。

 残像が見える程の速度で 素早くホムラの背後を取り、その刀で斬りつけたのだ。

 

「ッ!! (は、早い。ここまで離れているのに、眼で追うのがやっと……だと!?)」

 

 あまりの速度に驚愕する狭霧……だったが、それ以上に驚くのは朧の方だった。

 

「早え。だが、気配が視え視えだ。そんなんじゃオレは捕まらねぇよ」

 

 最小限の動きで、動いたホムラもまた ブレる様に見えた。動き終わった後だと言うのに、朧の時の様に残像が残る程の速さだった。

 

「一度目の剣撃を防いだ時から判っていた。……貴様の眼が異常だと言う事も」

「失礼だな。これでも両目とも2.0もあるんだぞ?」

「私の剣を初見で対応したのは……貴様が初めてだ」

 

 玄士郎でさえ、本気でしてはいないとはいえ 朧の最速の動きに一発目から対応など出来なかった。 つまり、力と速度。コガラシとホムラの2人は其々が特化しているのだと言う事だ、と朧が判断したのは言うまでもない事だろう。

 

「動くだけが能じゃねぇよ。……オレもこう見えて武器(・・)を持っててな」

「……なに?」

 

 ホムラの言葉に目を見開く朧。

 どんな些細な動きも見逃さぬよう、100%集中していた時 ホムラは動いた。

 その場で 蹴りを放ったのだ。当たらぬ距離だと言うのに。

 

 だが、その刹那――朧は戦慄した。

 

 何かが、飛んできたからだ。

 咄嗟に両腕を刀へと変えて交差させ、受け止める体勢をとった。飛んできた何か――それは鎌風ににたものだった。

 

 がきぃぃぃ! と言うけたましい金属音が響いたかと思えば、全て受け切れなかった斬撃が朧の背後にある城の天守閣を真っ二つに斬り割いてしまっていた。

 

 自分自身が受け止め、ある程度は威力を殺したと言うのにも関わらず、この威力を見て戦慄したのだ。咄嗟に防御態勢になってなければ、2つに分かれてしまっていたであろう事も。

 

「成る程。……貴様も剣を持つか」

 

 爆発的な威力の蹴撃。それは空を斬り割き、鎌風を発生させる。より強ければ強い程、深く鋭く斬れる。その刃は 神刀である自分自身を遥かに凌駕している。

 

「たった一撃、防いだだけで、我が両の腕をここまで痺れさせるほどの威力。直接これを受けたならば、私も玄士郎さまの様に…… 否、まともに喰らってしまえば私の剣では 防ぐ事はおろか、そのまま両断される程の威力か。そんな怪物が2人もいるのは絶望だと言って良い。………だが、勝算が全くないとは言えぬな」

「なに?」

 

 朧が薄く笑うのを見たホムラ。

 相手の力量を正確に見る事が出来るのも強さの1つだ。決して過小評価をしている訳ではないが、それでも ホムラ自身と後ろにいるコガラシを入れたら、どう転んでもこちらが負ける事はない。それは絶対的な事実。狭霧や幽奈を人質に取ろうとしても 対処できる様に備えている為、朧に勝機があるとは思えなかった。

 

 

 

 そう、思えなかったのだが…… ここからが大変だった。

 

 

 

「たしかに私は訊いたのだ………。『女だけは駄目だ』『女は蹴れぬ。白亜の時代からの流儀』と」

 

 

 ホムラの斬撃は確かに朧に防がれたのだが……、纏っていた衣服まではそうはいかなかった様で、袈裟斬りの様に 斜めにバッサリと服が斬れて、その中が露出された。

 幽奈や狭霧と言った、ゆらぎ荘の面々の過半数が豊満過ぎるからすぐにわかる……と言うより容姿を見れば大体判るのだが、朧は中性的な顔立ち。それに加えて、サラシでも巻いているのだろうか、衣服の上からではそれを象徴する膨らみは無かった。

 

 無かったのだが……、今ははっきりと見えてしまった。2つの膨らみ。女性を象徴するその膨らみが……。

 

「っ……っっな!! ぁ、ぁああ……!!! え……???」

 

 つい先ほどまで 非常に格好良く決めていたと誰の眼から見ても思うし、計算ではない素の姿。更には狭霧の事で怒っていた姿を見ている面々からすれば、突然豹変したと言っても良い状態になってるホムラを見て戸惑うかもしれない。

 

 が、狭霧や幽奈、コガラシにはよく判る。この手のお色気? がホムラ最大の弱点であると。

 

「お、オマエ、女だったのか!?」

 

 ホムラの状態は判るとは言え、この状況はコガラシにとっても想定外だ。

 

「貴様ら。やはり気付いてなかったのだな……!」

「っっ、っっ///」

 

 ハッキリと見てしまったホムラだが、もうムリだから。顔を真っ赤にさせ、反射的に顔を背けていた。

 

「なな、どう見ても女の子じゃないですか! お2人ともっ!」

「(……女だったのか……?)い、いや それよりも! バカ、ホムラ! 前を見ないか!!」

 

 状況を考えろ! と叫ぶ狭霧だったのだが、もう朧が次の手に動いていたのは言うまでもない。

 

「……隙を見せたな、斬る!」

 

 神速の斬撃。

 縦横無尽に駆け回り、全て当てていく。

 

 隙を見せた瞬間が最大の勝機、と思っていた朧だったが、その淡い期待は霧散されてしまった。

 

「(私の本気の斬撃ですら、薄皮の1枚も斬れぬ……!?)」

 

 何度当てても、同じ個所を斬っても、その服の下にある人体には何も無かったから。

 

 

 

 

 

 狭霧も幽奈も斬られた瞬間に思わず目を背けてしまったのだが。

 

「心配いらねぇよ。ホムラとオレは兄弟弟子。オレと同じで軟には出来てねぇって」

 

 幽奈と狭霧を安心させる声。コガラシがそばに来てそう言っていた。

 

 

 

 

 剣撃の数がゆうに50を超えたあたりで、朧は口を開く。

 

「……キサマ。元々私の攻撃を防ぐ様な真似をせずとも良かった、と言うのか……?」

「全く痛くないわけじゃないし。躱せる、防げるのなら、それに越した事ない……だろ? ……と言うか、頼むから 服直してくれ/// お願いします!」

 

 敵に懇願するとは――と思えるだろう。

 でも仕様がない。開けた衣服。揺れる膨らみ。ホムラが直視など出来るハズもなく、なすがままだから。

 だがホムラにダメージがある様には到底見えなかった。

 

 

 

「この勝負、朧に勝ち目はない、と言う訳だな」

「あ、ああ。……まー 女だって判って、攻撃は出来なくなっても 捕まえる事くらいは…… ん……それも ムズイか」

「ふ、ふん! キサマも手を貸せば良いだろう!?」

「ホムラが怒るだろ。手を出すなって言ってたし……」

 

 時と場合を考えろ、と狭霧が言おうとしたその時だった。

 

 攻撃を再開しようとした朧の刀を止めた者が現れたのは。

 

 強く握られてる感覚がする朧。

 

「やぁっほぉ~~ みんなゲンキみたいねぇ~~!」

 

 響くのは陽気な声。 その正体は ゆらぎ荘の住人である呑子。

 そしては 眠たそうにしている夜々とその頭の上に載っているこゆず。

 

 

「(私の刃を素手で……。この女も強い)」

 

 還そうにもビクともしない程の力を感じた朧は、咄嗟に剣から腕へと戻して 回避した。

 

「うわぁぁんっ! 狭霧ちゃん! 幽奈ちゃん!!」

「こゆずさんも!ご無事だったんですね!」

「ぼ、ボク狭霧ちゃんが捕まってもうダメだと思って、助けを地上に呼びに出たんだ。そしたら、呑子ちゃんたちが」

「ふっふっふ~ 狭霧ちゃんに連絡貰って直ぐに車飛ばしてきたのよぉ~! でもビックリしたわよぉ! 格好よく助けにきたつもりだったんだけどぉ、もう敵の親玉は殴り飛ばされちゃってるんだものぉ。2人がここまで強いとは思ってもなかったわぁ。さぁさぁ皆、早く帰りましょ~! 仲居さんがお夜食作って待ってるわよぉ!」

 

 呑子の『帰る』と言う言葉を訊いて心の底から安堵し、笑顔に戻れたこゆずや幽奈は元気よく返事をする。他の者達も軽く力を抜いていた。

 

 が、そんな面々を前にしても立ちふさがるのは朧だ。

 

「いいや、全員帰さぬ。お前達は全員、龍雅家に嫁ぐがいい―――」

 

 どの様な状況でも、絶望だったとしても、先代の言葉を胸に前に出続ける朧。

 

 漸く、朧が衣服をちゃんとしなおしたのを確認したホムラはと言うと。

 

「そろそろ止めにしないか? これ以上の交戦は互いに無意味だって思うんだが」

「なんだと?」

「オレたちの目的は幽奈の救出だ。それが出来たら もう攻める意味無いし お前達をどうこうしたい訳でもないし、するつもりもオレたちにはない(……出来ない、かな。朧が女って判った以上……)」

 

 その言葉にコガラシも言った。

 

「そうだぜ。これ以上は被害が広がるだけだと思わねーか? お前らの攻撃の余波で回りも結構な被害出てるし。それってお前の言う龍雅家の為になるのか?」

「…………」

「ホムラが言う様に、オレも戦わずに済むのならそれに越した事ねぇって思ってる。もういい加減頭冷やして考えろよ。それでもまだ戦うことが最善の一手、って言うなら相手してやる。……そん時はオレも参戦するぜ。早く決着付けてぇ。明日学校あるし、バイトだってあるんだ」

 

 最後の言葉がちょっと残念な気もするが……それは置いとこう。

 

「(私は――龍雅家を強く。手段を択ばず……)」

 

 その芯は変わらない朧。だが、これ以上の交戦は無意味どころか逆に龍雅家を滅ぼしかねないと言う事実も悟った。

 

「そう、だな。玄士郎さまを遥か凌ぐ男が2人。……2人同時ともなれば、最早無理だ。他の神々に単身戦を仕掛ける様なもの。……愚策も愚策、だな」

 

 朧はここで漸く刃を収めた。

 

「朧さん……!」

 

 幽奈も争いごとは嫌いだったから、その言葉を訊いてほっとしていた。

 

「……で、狭霧は何でオレをにらむ?」 

「う、うるさい! 別に睨んでなどおらぬ!!」

 

 その隣では狭霧とホムラの小言。

 

 

 

―――龍雅家との戦いは終わりを告げるのだった。

 

 

 

 

 

「しかしだ。玄士郎さまが御納得されるかどうか……」

「あー それなら元々考えた作戦があるんだ」

「作戦?」

 

 

 勿論 事後処理も考えて。


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