ゆらぎ荘の蹴る人と殴る人   作:フリードg

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第25話 波乱万丈なお料理

 

 と言う訳で翌日。

 

 太陽がすっかり辺りを照らし、小鳥の囀りも聞こえてくる晴れ晴れとした気持ちの良い朝だったんだけど……、食卓は悲惨なものだとしか言えなかった。

 

「朝ごはんできたー」

 

 今朝の当番は、夜々。

 狭霧の発案もあり、ゆらぎ荘全員で取り組もうとした家事全般で、クジ引きでその順番を決めた。

 

 そして 夜々が朝ご飯を振るってくれたのだが……テーブルの上に出されたのは 缶詰。

 

「……これは?」

「朝ご飯ー!」

「はぁ………」

 

 正直に言えば嫌な予感はビンビンに感じていた。

 それでも、狭霧がやる気満々、と言う感じで止められなかったから と言う理由が一番大きい。夜々は自信満々でおいてるんだけど、殆ど全員が白い目で見ている。

 

「猫缶って書いてあんぞ!?」

「せめて人間用を用意してくれ!!」

「えー、おいしいのに………」

 

 当然のことながら大批判。缶には確かに悶絶する程の美味さと書いてある。厳選されたマグロを入れ、更には(猫仕様だが)栄養にも気を使われている一品。夜々の後ろの猫神が涎を垂らしている理由はよく判るから。

 

「んじゃあ、これは猫神にあげような? 夜々」

「むー……」

 

 夜々はまだまだ不満たらたらだったが、これを食べるのなら もう食料がなく餓死でもしそうな砂漠のど真ん中な場面じゃないと、辛い。そんな場面二度とは来ないと思うケド。

 

「仕様がないか……」

 

 ホムラは、ぐいっと腕まくりをして移動をしようとしたのだが。

 

「まて、ホムラ」

「ん?」

 

 狭霧に止められてしまった……。

 

「ホムラは最後だろ? 順番を守らないのは頂けんぞ」

「あぁ、確かにそうだけど…… 皆は大丈夫なのか?」

 

 朝食抜き、と言うのはどうなのか? と思ったが 意外な事に全員は大丈夫なようだ。普段豪勢な仲居さんの料理を食べているのに、抜きにする状況ででも。昼は学校で食べるし、コンビニも傍にあるから、と言う理由が大きい。

 

「わかったわかった。……夕飯も不安しかないなぁ」

「あ~ら、ひどいわねー! とびっきりのを用意するわよ♪」

 

 夕飯係は呑子。自信満々の気合十分な様子なんだけど、不安しかない。

 

「な、なぁ ホムラ。ここの皆って料理とかする時あんの?」

「いや、基本的に仲居さんがいるし、オレは見た事ない」

「……だよな」

「夕飯は、その時がきたらのお楽しみって所だ」

「楽しめねぇって……」

 

 コガラシにも不安が残る。

 

 

 案の定、その日の夕刻。

 

 

 

「みんな~~~夕ごはんの準備、できたぞぉ~~~!」

 

 

 呑子の声がゆらぎ荘中に響く。

 集まってテーブルの上を見てみれば、山の様に積まれているのを目撃。

 

 これもきっと厳選をしたのだろう。

 

 トゲトゲコーン、ポティチップス、柿のピー……等々。

 

 うん。言わなくても判ると思うケド 酒のつまみとしたら最適な代物ばかり。

 呑子にとっては本当に至福で幸せだと思う。テーブルの上には色んな種類の酒が置かれている。発泡酒の類はなく どれもこれもいわばそれなりに高級品。

 だが、生憎な事に ここに酒を飲める年齢に達してるのは呑子ただ1人だ。

 

 つまり、1日目にして仲居さんの帰還を切望したのは言うまでもない。

 

「狭霧?」

「ぬ……。ホムラはまだだ!!」

「わ、わたし 明日は頑張りますから!」

 

 順番を素直に待て! と言う狭霧。狭霧だって空腹なのにある意味本当に頑張る様だ。

 因みに次の番は幽奈だ。幽奈なら安心だろう、と何処かで思っていたホムラは。

 

「頼むよ。何か買い出しとかは大丈夫か?」

「はいー! えっと、皆さん食材一切使ってらっしゃらないので……」

「ああ…… まぁ確かに」

 

 そうです。

 誰も料理と呼べるのをしてないから、仲居さんがしっかり準備してくれている食材はまったく減ってないのだ。

 

「下拵えをしておきますー! 明日楽しみにしていてくださいねー」

 

 幽奈は自信満々に厨房へ。

 

「幽霊なのに、料理まで出来るんだな?」

「いやいや、今更驚く事か? コガラシ。……今までの事を考えてみれば 不思議じゃないだろうに。幽奈は何でも触れるし、触れれる。それに 幽霊の方が情熱ってヤツが強いって事もコガラシはよく判ってるだろ」

「あー、まぁ 確かに…… オレら結構厄介な奴らとつるんできたしなぁ……」

「殆どお前を助ける為に付き合ったのが多いがな……」

 

 懐かしい昔話に花を咲かせ、そして翌日がやってきた。

 

 

 

 

「おお~~!」

「うん。色鮮やか。綺麗に出来てるな」

 

 用意されているのを見た全員は眼を輝かせた。

 

「はいー。アサリの炊き込みご飯です。後はお味噌汁にお漬物。簡単ではありますが、頑張りました」

「いやいや、美味しそうだよー。幽奈ちゃん!」

 

 こゆずも勿論まともな朝食に有りつけるから大喜び。それに朝食ならこれくらいが丁度良いだろう。

 朝から沢山食べるのは夜々くらいだ。

 

「さて、一口……っ!! ブフォォ!!」

 

 コガラシが一口。

 舌で料理を味わった数秒後にはリバースしていた。

 

「……………」

 

 ……ホムラの顔面に。

 

「えええっ!!!」

 

 幽奈は仰天。

 

「ぶほっ! えほっ!」

「………ふん!」

「ぷげらっっ!!」

 

 咳き込むコガラシの顔面にとりあえず前蹴りを放つホムラ。

 これくらいは許されると思うんだ。盛大に顔面に喰らった事を考えれば。

 

「す、すみません~~!!」

 

 幽奈は必死に謝ってた。

 

 あえて説明しよう。

 

 断っておくが、幽奈は料理の腕は確かである。ただ 醤油とコーラを、そしてお酢と料理酒を間違えていたのだ。見た目だけでは判らない調味料だから仕方なく、更には幽奈はお供え無しでは味見が出来ないから気付けなかった、と言うのが真相。

 

「大丈夫か? ホムラ……。ほら タオル」

「悪い……。ったく、ギャグみたいな事すんなよ。しかもオレの顔って。誰も受けねぇっつーの」

 

 狭霧に渡されたタオルで顔を拭き拭き。

 でも、気持ち悪さはのかないから ホムラは朝起きて2回目。顔を洗いに行くのだった。

 

 

 

 と言う訳で夕食。

 

 

「さて仕方あるまい。真打の登場だ。私が振る舞ってやろう」

「狭霧!」

「んー……」

「何だ? 不満でもあるのか? ホムラ!」

「いやいや、狭霧の料理って初めてだから 色んな意味で楽しみだったり……って事だ」

 

 ホムラは、『楽しみだったり』と言っているが、勿論 不安感も当然ながらある。今までの流れを考えてみれば、不安を持たない者など、いない! って言いきれるから。でも正直にそう言うと 流石に狭霧に失礼だし 自信満々な所を見てるから、と言う事で口を噤んだ。

 

「ふ、ふむ! 待っていろ!」

 

 俄然やる気が出た狭霧は、そのまま厨房へ。

 

「………やっぱ不安だ」

「そう、なのか?」

「おいコガラシ。オレの前にくんなよ」

「わ、わーってるって、ってか マジで朝は悪かったって」

 

 コガラシの漫画風なリアクションの被害を受けるのを被ったホムラは、誰もが対面にならない様にと設置。

 

 そして、やってきたのは狭霧の………料理?

 

「……妖気を感じるゾ」

 

 見た目はどう表現していいのか判らない。

 一体なんの食材を使っているのか……? 泡が所々で出てるし、何かの蔓? の様な巻いたモノも出てる。料理は見た目から~と何処かで訊いた事があるが、これはまずは門前払いだろう。

 

「ふふ! 浦山で採集した山菜のカレーだ! スパイスには雨野流秘伝の生薬を配合した! 見た目や味には少々難はあるが、良薬口に苦し! 春には苦みを盛れ、とも言う! たまにはこう言う健康食も良いだろう?」

 

「「「「………健、康……?」」」」

 

 

 誰もがまーーったく当てはまらない、と思っている事だろう。目の前の料理? を前にして、その言葉が。

 

 でも、ストレートに言ったりしないのは優しさ。狭霧と言えど女の子。料理に関して盛大な駄目だしをするのはあまりにも忍びない。

 

「と、とりあえず…… い、いただきま……」

「ああ……。見た目もそうだが味がだいい………」

「おなかすい………」

 

 口を近づけ、香りが鼻腔を通った所で、そのあまりの威力を全員が体験した。

 

 

ごとっ!! ごとと!!

 

 全員がテーブルに突っ伏して動かなくなってしまったのだ。

 

「ど……どうしたのだ! 皆!!」

 

 何が起きたのか判ってないのは狭霧1人。

 

「に、臭いだけで―――!!」

 

 幽奈は他人の事を言える様な料理が出来た訳ではないが、それでもこの威力? は凄まじいものだから 思わずそう言ってしまった。

 

《ゆらぎ荘温泉殺人事件》

 

 と言うサスペンスドラマでも起こりそうな風景だったが……。

 

 一先ず口の中でに入れた訳でもないから、直ぐに蘇生する事は出来た。

 

「うぅ……ほむらー…… 夜々、おなかすいた……」

 

 そろそろしびれを切らせたのか、夜々がまだまだあの狭霧カレーの威力が強すぎて、大の字で転がってるホムラにすり寄ってきた。

 

 もう暫く仲居さんの料理を口にしてない。猫缶があるとはいえ 夜々は人間。それだけで満足する筈もないから。

 

「ホムラのごはんー……」

「……ははは」

 

 猫の様にすり寄ってくる夜々をとりあえず一撫で。今回に関しては自分自身に非があると思っているのか、狭霧は手は出してこなかった。

 

「大丈夫だ。……ほれ、お前の番だ。次」

「あぁ…… 任せとけ!!」

 

 びっ! と手拭を頭に巻き、何年も修行をしてきた料理人の風格を漂わせながら厨房へと入っていくのはコガラシ。

 

「あ、あれ……? コガラシくん??」

 

 こゆずももう限界……って感じだったが コガラシが入っていくのを見て注目。元気がなくなってしまっているが料理がまだ運ばれてくる可能性があるのが判ったのか、少しだけ取り戻した。

 でも……。

 

「うぅ~ 仲居さ~~ん……」

 

 仲居さんの料理が恋しくなってしまったこゆず。

 それに次出てくる料理がまともだって言う保証なんてどこにもない。

 

「流石に、おつまみばかりじゃあきちゃうしぃ……」

 

 呑子もおつまみと酒を煽っているのだが、ちゃんとご飯は食べたいのは当然だ。

 

「み、皆さんお気を確かに……」

 

 幽奈はおろおろしてて気が気じゃない様子。

 

「む、無念だ……。私の料理は皆の口に合わない、と言う事か……」

 

 狭霧の料理、誰の口にも合わない様な気がするが、言わぬが花だ。

 それに、雨野家の秘伝のスパイスと言っていたから、狭霧の一族になら行けるんじゃないかな? とも思ったりもしてた。

 

「大丈夫だって。コガラシを信じろ。オレが保証する」

「「え!!」」

「ほんとー? ホムラっ!」

 

 ホムラの料理の腕はここにいる全員が知ってる。

 なら、最初からホムラがしろよ、って思うかもしれないが、その辺りは狭霧が決めた事なので 仕様がないとだけ言っておこう。

 

 とにかく、そんなホムラが唸る程の料理をコガラシが作れる事に、皆が目を輝かせてた。

 

 そして、その期待は外れる事はない。

 

 

 先程の狭霧のおどろおどろしい妖気とは 180度違う、神々しい光を放っている魚料理が出された。

 

「ヤマメの塩焼きね~~!!」

「こ、このオーラは一体……!」

「か、輝いてるよーーー!」

 

 皆が一目散に口の中へと放り込む。

 見た目だけじゃない。一口で絶品だと言う事が判った。

 

「う、うますぎる!!」

「わーーい! やっとおいしいご飯だよ~~~!!!」

「まるで生きているかのような踊り串も見事と言う他ないが、何より火の通り具合が神懸っている! この焦げ目の異常なまでのムラの無さ。人の手によってなされた業とは到底……。冬空コガラシ。キサマ一体……」

「ふっ……」

 

 どーん、と構えてるコガラシはしっかりと説明。今までの経緯を。

 

「串打ち三年焼き一生……一生をかけ、磨きに磨き続け、死の瞬間に極めた焼きの奥義を後世に残さんとする伝説の料理人がいた。その霊に憑りつかれ、修行をされた事があってな……」

「妥協を一切許さない爺だったし、オレらにも振る舞ってくれたから…… まぁあれはしょうがないか。うんうん」

 

 コガラシの説明にホムラも頷きながら、ヤマメを一口。身に覚えがあると言う事だろう。

 

「す、すごいです! コガラシさん! さすがです~~!!」

「こ、こんなお魚なボク初めてだよー!!」

「ふ、これでは私の完敗だな!」

「コガラシちゃん。これ酒の肴に最高ね~~!!」

「腕は落ちてない様で安心したよコガラシ」

 

 大大絶賛。

 アッと言うまに、ゆらぎ荘全員の胃袋を掴んでしまったコガラシ。

 

「あの修行の日々は辛いなんてもんじゃなかった……」

 

 料理修行の日々を思い出したのか、何処か遠い目をしているコガラシ。

 

「…………」

 

 それに同調してるホムラ。最早言うまでも無く、判っていると言った様子だ。

 

 そんな時、夜々だけは珍しくまだ口にしてなかった。

 

「夜々? 食べてみろって。凄い美味しいぞ。……それに言っただろ? 『楽しみは後にとっておけ』って。コガラシの料理がそうだ」

「……うんっ!」

 

 夜々もひょいと一口。

 一口だけで全てが判った……。あまりのおいしさに目を輝かせながらコガラシを見続けているから。

 

「ふふ。ちょっぴり妬けるかな?」

 

 毎日の様にホムラの料理~と笑顔を見せていた夜々が他人の、コガラシの料理に目移りした様にも見えるこの状況。

 夜々が喜んで頬張る姿は微笑ましい、って思うが 何処か妬けてしまうのも無理はないって思う。

 

「おぉーい! よく考えたら今日は仲居さんが帰ってくるんだろ? ホムラも一品作れって! 飯炊き3年、握り8年の腕を魅せろって」

「確かにそうだけど、寿司か。 下拵えする間に 皆腹いっぱいにならないか」

「わっ、お寿司ぼく大好きだよー! ホムラくんも料理出来るのー??」

 

 こゆずは興味津々にホムラを見て聞く。

 

「基本的にオレに出来てホムラに出来ない事はねぇって思ってるぞ。こゆず。アイツは兄弟子みたいなもんだからな」

「わわっ!! すっごく楽しみっ! ボク待つよー‼ ホムラ君のも食べたいっ!」

「そーよねぇー。さぎっちゃんが独り占めしてたみたいだしぃ。そろそろあたし達にも分けて貰いたいわぁー」

「ひ、独り占めになんてしてませんっ!!」

「あ、ホムラさん。私も手伝いますからー。……ちょ、調味料以外は出来ますから……」

 

 と言う訳で、コガラシの料理だけで終わるものだと思ってたホムラだったが 1人だけ何もしてない(狭霧が決めた事とは言え)のも忍びないから、せっせと厨房へ。

 

 

 

 

 

 

 

――――その日の夕食は どんな高級料理店よりも豪勢で、美味しくて ほんと夢の様だったよ!

 

 

 

 

 

 

 

 とこゆずの絵日記にはそう書かれていたのだった。

 


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