それは、いつから……だっただろうか――。
この世の中は、本当に不思議な事だらけだ。
彼は、今日も昨日も、そのまた前も……、延々と
本当にキリが無い。それは世の中の不思議の数だけ、続いていく事だろう。
非常に厄介な事に。
と、意味深に言ってみたが、
ほら――世の中にはいろんな体質があったりするでしょう?
例えば、太り易い体質、逆に太りにくい体質、汗を掻きやすい体質、逆に掻きにくい体質―――etc。
…………………
いや、話が見えないって? あぁ……確かにそうだ。その通りだ。一先ず、話をもとに戻して説明をしよう。
つまり、何が問題かと言うと、今患っている、とも言える体質に問題があるのだ。
非常に厄介極まりない体質。
単純な体質であれば、改善をする事だって、できない事はない。現代医学をなめてはいけない。手段はあまり多くないかもしれないが、兆しはあるのだから。
ただ――今、自分自身が持っている
改善の仕様が無いモノをもって生まれてしまった、と言う事。
消せない、治せない、一生身についてしまう体質。
そんなだからこそ、
それこそが、問題、大問題である……。
あ、大きく、大袈裟に言っているが、実は もうすっかり受け入れたりしているけど。
それまでが非常に大変だったが。
これは、妙な体質を持って生まれてきた男たちと、少々変わった女の子たちの、騒がしくて、忙しくて、ちょっぴりエッチで、それでいて 心温まる?
―――そんな物語である。
□□ 某日某所 □□
「やれやれ……、漸く見つけた。……ったく」
とある男は、路上で座り込んでいる中年男性の前に立っていた。
中年男性は、両膝を抱えて座り込み、何やらぶつぶつ とつぶやいていた。
「なんで――、あそこで、《ゴーカイロク》、が来る……? なぜに落馬?? あのタイミングで??? 陰謀?? ぁぁぁ……財布が軽い……、また 借金か………」
小さな声だが、辛うじて聞き取れる。
そして、周囲には散らばった馬券の束。どうやら、盛大に外した様で放心している様だ。
傍から見れば、ただの自業自得。借金までしてのめり込む程の
なので、この手の人物は速やかに そういう系統の病院にお入り願うのが最善の策……と言えるのだが、今回は 少々違う。
「だっはぁぁぁぁぁ!! よーーし、今度は行ける!! 今度こそ絶対だぁぁ!! 連戦連勝!! 止まらぬオレ様の運気! 今日は絶好調だぜーーー! たまたま、出鼻挫かれただけだぜぃ! ま、それに たったの100万やそこら、働かなくても、倍々稼げば なるよーにn「はいストップ」ぶっっ!!」
男は、後頭部に軽くチョップをして、男は、中年男の暴走? を止めた。
しゅ~~……と、湯気が上り、その頭頂部にぽっこりとコブが出来ていた。
「調子に乗るなって。……ったく、随分と逃げてくれたみたいだが、もう 終わりにするぞ。ってか、もう色々アウトだ」
「むむっ!! い、いてて――、しゃ、借金取りの手の者か!! 金なら、返す!! もっかい、万馬券狙いでだ! 次は必勝だ! オレ様を信じろ!」
「誰が借金取りだ。……それに、何が万馬券だ。何がオレ様を信じろだ。んな都合よく行く訳ないだろ。客観的に見ても、到底信じられんわ! と言うより……」
男は、長くため息を吐いて ゆっくり手を伸ばす。
丁度、中年男の耳元まで手を伸ばした。
ぎゅっ!! と思い切り耳?を抓む。
「とっとと出てこい」
だが、傍から見たら 耳に届いていないと言うのに……、何もない空間を思い切り握っていた。だと言うのに、擬音が盛大に聞こえてくるのは、何故だろうか? と思うのだが、その疑問は、直ぐに解消されることになった。
『いでででで!!!』
半透明の、ナニかが、中年男の身体から出てきたのだ。
まるで、男の身体の中に入っていたかの様に、引っ張られ飛び出してきた。
「生涯負け続けだった、勝った事の無い博奕打ちの霊。『あと1回。……よし、最後。次が最後』って ずーーーーっと言い聞かせ続けながら、事故を起こして逝った。……その後も魂にまで執念がしみついてるから、自分が死んだ事を忘れて、ウロウロする羽目になるんだ。死んでまで 他人に迷惑かけんな」
『いでーーいでーーや、やめろーーーっ!』
「ほら、そのおっさんから出ろ」
力の限り――、引っこ抜くと、完全に中年男の身体から分離した。
すると、先ほどまで豪勢だった中年男の身体は、まるでスイッチが切れたかの様に、動かなくなり、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。
「何の因果か……、料理人の霊、スポ根の霊、……次は、ギャンブラーの霊か……、はぁ……、
盛大にため息を吐く男。
だが、比例して その霊を握る指は強くなっていっている様子。
『いでーー、いでーー!! こ、コラぁぁ! いつまで抓ってんじゃい!! さっきは大目に見てやったってーのに この目上の者に対する狼藉! 若造の癖に! 説教したるわ! まだまだ、若いもんには負けんっっ!!』
と、自分が幽霊である事を判ってない様な言動をしつつ、自分が悪い事をしている、と言う意識が一切無い様子で、更に威勢が無駄に良い。
強引に男を引きはがすと、宛ら野球選手の様に振りかぶって 攻撃体勢。
『喰らえぃ!! 必っっ殺っっ! 元・中年男のみらくるぱーーーんt“びゅんっっ!!”っっ~~~~~~!!!!』
パンチを繰り出そうとしたのだが……、その拳が男の身体に届く事は無かった。
何故なら、まだ発射されても無いと言うのに、自身の右頬の数㎝、いや 数mm横に見事な前蹴りが飛んできたからだ。空気が弾けたかの様な風切り音が耳元で盛大に聞こえてきた。
「で……やんの? オレとしては それでも良いが。手っ取り早い」
『………』
肉体を持たない霊は、それも 霊になって早々故にか、非常に冷たい。基本的に幽霊は、温もりと言うものが味わえなくなるのだ。――例外はいたりするが。
「……問答無用で一発当てようかと思ったけど、やっぱ 甘いわオレ。……そういやぁ、昔 もよく言われた事あったっけか」
ゆっくりと脚を引き戻す。
軽く誇りをはたく様に ズボンを整えると 改めて向き直り、訊いた。
「で、次は当てて良い?」
その問いに、答える言葉は一つしかなかった。
『す、すみませんでしたーーー!! かか、かえりまーーす!!』
と言う訳で、最終的には自主的? に成仏しようと(逃げようと)したのだが、あの博奕打ちの霊にはしっかりと尻は拭って貰った。
憑依されている間は、余程 霊感等の力が無い限りは、抗う事は出来ない。
耐性が全くない者であれば、瞬く間に意識を刈り取られてしまう事だってあり得る。
これまでの経緯を見てみると、どうやら、この中年の男は あの霊にされるがままに、動かされ、最終的にはサラ金にまで手を出され、借金をこさえられてしまっていた。
幸いにも、男はニートと言う訳ではなく、年齢的に見れば、低収入ではあるものの、しっかりと働く真面目な男だった。
「ぅ……、若い時にギャンブルにのめり込んでいた名残があったからか……? 今でも少々しているからか? 隙が出来てしまったのか……」
ただ、憑依されてしまった時の記憶は残っている様で、若気の至り――と心の奥底に封じ込めていた黒歴史が、がらっっ! と開いてしまったらしく、盛大に落ち込んでいた。
「まぁまぁ。悪いのはコイツだから、そんな落ち込まないでください」
『す、すみま……せん……』
ぐりぐり、と頭を鷲掴みにされる霊。完全に委縮している様だった。でも、中年男は、首を横に振る。
「い、いや……違うんだ。……うぅ……、か、家内に怒られてしまう……」
「あー……、成る程」
話を訊くと、どうやら、恐妻家らしく、昔ギャンブル関係で散々怒られたらしい。霊の仕業……、と言っても この現代社会では なかなか信じてもらえないだろうし、仮に信じてくれたとしても、『まだ、足りなかったかしら……?』と確実に怒られてしまうとの事だ。金銭面よりも、そっちが痛いらしい。
「サラ金に関しては、こいつの霊能力で、運気を上げさせるから。時間はかかるかもしれないけど、最後はきっと何とかなると思う……ケド。……奥さんの方は、ドンマイ、としか言えないですね。でも、頑張れば何とかなるでしょ! 頑張って謝ったら、うん、それこそ死ぬ気で」
「死……か、強ち間違ってないよ……」
「……まぁ、ガンバって」
「ありがとよ……若いの。ほんと、助かったのは事実だし……」
霊に憑りつかれていた所を助けた事実には変わりなく、これから先に訪れる絶対確かな未来に、少々絶望をしつつも、そこは大人の対応。しっかりとお礼を言って、その場をよろよろと離れていくのだった。
その哀愁漂わせている背中を見送りながら、ギャンブラーの霊に、しっかりと釘を刺した。『しっかりと償え』と。……無論、サボれば『2回目の死を味わうかも……』と暗い笑顔で言うと、大層震えながら頷き、彼の方へと向かって飛んで行った。
――死ぬ気で頑張れば、人間何とかなる!
それは、この男の祖父の言葉だった。因みに、それは人間だけでなく、霊たちにも当てはまる。
――消滅する気で頑張れば、幽霊でもなんとかなる!
因みに、霊にとって消滅、と言う事は成仏も良い所だ。地獄行きか、極楽領土行きかは、悪霊か否か、最終的には審判の神、閻魔様が裁決をする。
つまり、そこまで行ってしまったら、逃げられてしまうんじゃ? と男は 祖父に尋ねた事があったのだが、遠き記憶の中の祖父の顔は、今でも鮮明に思い出せる。……いや、忘れる事はできない、と思える。
『例え逝き先が地獄だろうと極楽だろうと、逃げたら何処までも追いかけるから』
と言って 悪どい笑みを浮かべていた。その瞬間、半径10㎞四方の霊たち。人間の霊から、動物、羽虫の霊まで 全員が一斉に震えたのは、また別の話だった。
「さて――帰るか。ひとっ風呂浴びたい気分だし……」
ぐっと、背伸びを1つすると、とある曰く付きの激安下宿へと帰っていったのだった。