京太郎短編あれこれ   作:Sky0011

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※某スレに投下したものの別視点です。


山風と、新しい気持ち

「へぇー、清澄って男子の部員もいたんだ! ねぇねぇ、麻雀強いの?」

 

 

「あーすまん、麻雀は弱いんだわ……けど自慢じゃないが体力はあるぜ!」

 

 

「そうなんだ? ふふーん、実は私も、体力にはすっごい自信ある!」

 

 

初めは、そんな会話だっただろうか。

気が付けば意気投合して話し合い、些細な理由で我を張り合い、気が付けば勝負の世界。

 

「キャッチしきれずボールを落とすか、先にへばった方が負けだよ! いいよね京太郎?」

 

「ああ!!」

 

 

そんな若気の至りというか、友情の儀式のような流れで、とある山中にて少年と少女は共に競い、汗を流す。

 

木々のざわめきや川のせせらぎに包まれた二人の間を行き交うのは、手に収めるには少し大きな一つのボール。

 

少年がかつて自身を捧げていた、ハンドボールというスポーツで使われるそのボールを、二人は真剣に投げ合っていた。

 

「すごいじゃん京太郎! こんなに身体動かしたの久し振りだよ!」

 

手にしたボールを少女が投げる。

誰かと向き合って本気で体を動かすのは随分と久し振りである。

 

「っと……!それは俺もだぜ高鴨!」

 

少し勢いのあるボールを跳躍して受け止め、そのまま投げ返す少年。

中学で部活を引退して以来、思い切り投げ合える機会は今日この日までなかった。

 

 

インターハイの後、清澄と阿知賀の間で企画された、松実館での麻雀部強化合宿。

その合間の、麻雀とは離れた一幕。

 

とはいえ二人の晴れやかな表情は、誰もが心洗われる程に清々しいものであった

 

 

 

 

 

 

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(本当に久しぶりだなぁ、誰かと目一杯全力で運動するの!)

 

ボールを投げ合う間、高鴨穏乃は確かな充実感を味わっていた。

 

小学生の頃は、友人の新子憧や松実玄といった面々と一緒になって野山を駆け回っていた時期もあった。

だが中学に入り少しずつ疎遠になっていく友人達を無理に誘う程、当時の穏乃は踏み込んでは行けなかった。

そして、再び集った高校でもそれは叶わなかった。

 

誘えない事はない。呼びかければ付き合ってはくれるだろう。

だが「全力で」とはいかない。

他の面ではいざ知らず、身体を動かすという事に関してだけは、穏乃と他の面々で差が開き過ぎてしまっていた。

 

皆でたまに山へ行くのもいい。

部長である鷺森灼の実家であるボーリング場で楽しむのも好きだ。

 

でも、物足りない。

 

心の奥底で燻っていたその感情を、穏乃は赤々と燃え上がらせていた。

 

 

「ほら!まだまだ行けるよね京太郎!!」

 

渾身の力で、満面の笑みでボールを投げ返す。

高鴨穏乃は、今この瞬間を最高に楽しんでいた。

 

 

 

 

 

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(すげぇな高鴨……全力でいって全然OKなんだもんな)

 

投げ返されたボールを受け止め、須賀京太郎は心の底から感心していた。

 

別に、女子だから運動が男子に劣るとは思ってはいない。

実際、友人の片岡優希などは、走り回る事では京太郎が及ばない事もある。

とは言えその優希でも、京太郎の全力の運動に着いていける訳ではない。

 

運動部を離れた今でも、京太郎は当時の自分に恥じない程度のトレーニングは続けていた。

 

「運動部を離れて、身体がだらしなくなっては格好悪い。」

「女の子には頼られたい」

 

そんな些細な、人によっては小さいと吐き捨てる様な安いプライド。

それでも、京太郎はそこだけは弛まなかった。

 

その成果は、学校生活や部内で少なからず活かされていた。

日常の力仕事や、大会中の買い出し、卓の運搬等々……

 

傍から見れば便利屋扱い。京太郎も諸手を挙げて良しとしてる訳ではないが、これはこれで充実している。

求めず得られる感謝の言葉も活力になる。

 

でも、物足りない。

 

少し昔を思い起こさせる気力を、京太郎は全身に漲らせていた。

 

 

「高鴨こそ、ここまで来て簡単にへばるなよ!!」

 

十全の力で、心底から楽しんでボールを受け止める。

須賀京太郎は、今この瞬間を最高に楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

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かつてスポーツにのめり込んでいた少年と、山を駆け続け支配するにまで至った少女。

 

本筋の目的を忘れて没頭する程に、二人が心から楽しむ時間。

その終わりは、唐突に訪れた。

 

 

高鴨穏乃が視界の端に捉えたのは、赤土晴絵と原村和の姿。

 

遠目に見える二人は自分達を迎えに来たのだろう。

とは言え穏乃は、途中で止める気は毛頭ない。

誰かと目一杯体を動かせるこの機会を、最後まで楽しんでいたかったからだ。

 

だが、それが双方の意志かどうかは別問題の様だった。

 

同じく晴絵と和の姿を捉えたであろう京太郎の表情が、一瞬であったが確かに緩んだ。

主に和を見て。

 

(真剣勝負の最中なのに……!)

 

この時この瞬間、穏乃の心中に生じた何とも言えない感情のうねり。

それが何であるかを知るのはまた後の話ではあるが、今の穏乃にとってはただ許し難いものであった。

 

故に、穏乃のパワーは全力を振り切った。

ボールのキャッチにこそ成功したものの、明らかに気の緩んだ京太郎の隙を逃さず、穏乃は力強く大地を蹴って真正面から京太郎にぶつかり、組み付いていった。

 

「おぐっ!!高鴨っ!?おまっ、当たり強っ……!?」

 

「油断してる京太郎が悪い!!」

 

殆どタックルという勢いでぶつかって、そのままがっちり組み付き離れない穏乃。

 

一体何事かと困惑する京太郎。

 

勿論、このままボールを投げれば穏乃はキャッチできない。勝負は京太郎の勝ちで終わる。

だがそれを実行できる程、須賀京太郎は大人気なくはなれない。

そして穏乃の返球は勢いもあり多少逸れていた。故に京太郎は軽く跳躍していたのだが、それが仇になった。

 

後ろに転倒すると分かっていながらも、勢いに任せるしかない状況に置かれた京太郎。

後方の地面がどうだったかと思い馳せるより

 

(高鴨……なんか、柔らかくてあったかいな……)

 

自分でも不謹慎だと思うそんな感想を心の中に述べた後、「ゴッ」という鈍い音を聞いたのを最後に、京太郎は気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あの、ごめん、京太郎……」

 

京太郎が目を覚ましたのは、倒れてから十数分の後。高鴨穏乃の膝の上でだった。

状態に気づいて何とも恥ずかしくなった京太郎であるが、当の穏乃から「急に動いたらダメ」と念押しされてから、急に謝られてしまった。

 

「まぁ気にすんなって、何だかんだ楽しかったしな? ……最後のは痛かったけど」

 

「うぅぅ、本当にごめんって……でも京太郎も悪いんだよ!勝負の最中によそ見しちゃってさあ!」

 

「あー、だって和が来てたの見えて……」

 

「赤土先生だっていたもん!」

 

「いやそっちも見えたけどさ!?つか高鴨、なんかテンション上がってないかおい?」

 

言いながら京太郎はゆっくりと体を起こして立ち上がる。

まだ少し怠い感じはあるが、運動後の疲労によるところが大きいだろう。

 

一方の穏乃は、膝枕のために座った姿勢のまま百面相している。

顔を真っ赤にしながら身振り手振りも加わって、謝ってるのか怒っているのか、最早本人にも分かっていない。

 

ぐちゃぐちゃになった頭の中で、穏乃は先程から引っかかっていたものの一つにようやく答えを出した。

 

 

「うぅぅ良くわかんない!というか京太郎!その高鴨って呼び方ダメ!禁止!」

 

「え、だってお前高鴨……」

 

「和や咲の事だって名前で呼んでるじゃん!だから、シズでいいよ! ……ていうか皆そう呼んでたじゃん!」

 

「初対面の女子いきなり名前呼びしねぇって!? ……まぁいいや、じゃあ……シズ?」

 

「うん!」

 

名前を呼ぶ。たったそれだけで、穏乃の顔に笑みが浮かぶ。

女子をあだ名で呼ぶことに慣れていない事に加え、真っ直ぐに向けられる無垢な笑みに、京太郎は恥ずかしくなって思わず目を逸らす。

 

それでも、いつまでも地べたに女子を座らせてはいられないと思い立って手を伸ばす。

差し伸べられた手を見て、きょとんとした表情の穏乃に、京太郎は歩み寄る。

 

「ほら立って、そろそろ戻ろうぜ? もうすぐ飯時だろうし、俺も部長や優希にどやされちまう」

 

「えぇ!?もうそんな時間!じゃあすぐ戻ろう、うん!」

 

京太郎の手を取って、穏乃は勢いよく立ち上がとそのまま駆け出していく。

 

「お、おいシズ!いきなり走んなってっ!?」

 

「先生と和が来てたんだもん、こっちからいって驚かせよう!」

 

はしゃぐ穏乃に、苦笑いを浮かべてついて行く京太郎。

迎えの二人はすぐそこまで来ているが、待っていられない。

 

 

新しい繋がり、新しい気持ち。

 

 

少年と少女は、思いがけずに手に入れたそれを心から喜んでいた。

 

 

 

 

 

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遠目に見える、少年と少女。その二人は、輝かんばかりに笑みを浮かべあっている。

二人共、自分にとってかけがえ無い友人で、そんな二人が幸せそうにしている姿は微笑ましい筈だ。

 

 

それでも、あの二人の間にある輝きを、原村和は認められない。

 

 

認めてしまっては、何かが壊れてしまう。

 

あんな光景、あってはならない。

 

恩師が二人を出迎えようと近付いていくのに、和は歩調を合わせられない。

 

 

「あんなオカルト、ありえません……」

 

 

小さく呟いたその言葉は、誰に聞かれる事もなく風に散っていった……


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