さて、ワトソン君に頼まれはしたものの。
要は神崎とキンジが一緒になる時間を減らせばいい訳で……
まあ、今は神崎と顔を合わせづらいキンジのことだから私が誘えば素直に付いてくるだろう。
と、いう訳で4時間目が終了して昼休みになったのでキンジを探す。
渡す物もあるしね。
食堂前にいれば来るかなと思い、待ってみれば案の定。キンジが来たけど、何故か鼻をさすりながら来た。
どっかでぶつけでもしたのかな?
そして、キンジも私に気付いて軽く手を挙げてアピールする。
「こんなところで何してんだよ。昼飯の待ち合わせか?」
キンジにしては珍しく勘の良いことで。
ちょっとクス、と笑いながら私は――
「まあ、そんなところ」
と言ってキンジに一つ包み袋を見せる。
しかし、本人は何だこれ、と首を傾げる。
「……何だよ、これ?」
「何って弁当だけど? 中学の時もちょいちょい作ってたでしょうに」
「いや、そうだが……また急だな」
「誰かさんの財布の中身が潤ってるなら別に用意する必要もなかったんだけどね」
私の言葉にキンジはぎくりと、顔が少し強張った。
やっぱり、予想通りの金欠だったね。
イ・ウーでお父さんと戦って、レキの狙撃拘禁によって依頼も受けられずに修学旅行に突入し、そのままココ三姉妹達と戦闘して出費ばかり。
ここ最近はキンジが依頼をやってるところを見たことがないから、金欠に陥るのも当然の帰結だよ。
「最後に
「あー、カジノ警備の時だな……」
「……話を色々と省くけど、結局いるの? いらないの? 貸しとかにしないから」
「ありがたく頂くよ」
キンジはそう言って私から包みを受け取る。
周りの男子は恨めしそうな視線がちらほら。
キンジはこのまま食堂に行くのに少し嫌な予感がしてるのか、歯切れ悪く提案してきた。
「あー、場所を移すか?」
「その案内はキンジに任せるよ。人目につかない場所は私より詳しいでしょ?」
「さり気なく馬鹿にしてやがる……」
「ぼっちは事実でしょうに」
いつもみたいに軽口を叩きながら私達はその場を離れる。
――で、屋上に到着。
まあ、昼休みで屋上に来る人はそんなに多くないだろう。
次の授業とかも控えてるし。
適当に端の転落防止柵の近くに腰掛けて、私が気付いた事を聞いてみる。
「ところで、鼻が赤いけどどうしたの? どっかぶつけた?」
「ちょっと体育の時にバレーボールをぶつけられてな……」
「ワザとじゃないんでしょ? まあ、故意に出来るほど器用ならそれはそれで感心するけど」
と言ったところでキンジは少し黙る。
その反応だと、故意にやられた感じかな?
誰にやられたのかは……何となく予想は出来る。
「まあ、ともかく食べてよ。金欠であるのを見越して作ってきたんだから」
「財布事情まで見透かされてることに、俺は悲しみを覚えるけどな」
哀愁漂う感じで言いながらキンジは包みを開ける。
何を今更って感じだけどね。
しかし、ワトソン君の陰湿な工作がもう始まってるとは。
工作というかただの嫌がらせだけどね
陰湿って言えば私も人のこと言えないけど。
「そう思うんなら金銭管理ぐらいしっかりしといてよね。どうせなら財布の管理も私がしてあげようか?」
「お前に任せると財布の紐と同時に俺の首も締まりそうなんだが……」
と、キンジが目を細めて言ってきた。
ふむ、それもいいかもね。
いっそのこと、私に何もかも任せて――いや、それじゃあ人形になるだけだからやっぱり却下だね。
「そう思うんなら、さっさと金銭関係の処理は済ませなよ。前も言った気がするけど、本格的に金欠って呼ぶよ?」
「勘弁してくれ」
キンジは嫌そうな顔をしながら、そのまま昼食をとる。
私もそのまま用意してたもう一つの弁当を隣で静かに食べて、昼は過ぎた。
――翌日。
武偵校では2学期でも月に1回はプールがある。
それは女子でも例外じゃない。
男子とは時間をずらして、2年A組の面子でいつも通りの準備体操。
そう言えばワトソン君は男子組だけど、プールはどうするつもりなのだろうか?
神崎みたいに泳げないで通すつもりかな……
ま、どうでもいいんだけど。
「あー……」
ダメだな~、やっぱり色金のせいで若干しんどい。
泳ぐ気も起きない。
薬で誤魔化し過ぎたかな。
衝動はこなくても、虚脱感がヤバい。
仰向けで屋内プールの天井を見ながら、水の揺れに身を任せる。
水泳の授業は終わり、今は水泳の自習みたいな感じ。
何してるかって聞かれたら、海とかに投げ出された時に長く水面に浮かぶ練習としておこう。
実際に重りもつけて、少ない力で浮けるように工夫しながら手とか足を上手く使ってるし。
「器用ね、アンタ……」
ツインテールを解いた神崎がプールサイドに立って私を羨ましそうに見降ろしてる。
「空気を吸ってれば沈むことないハズなんだけどね……何でいつもホラー映画みたいに水の中に引きずり込まれる感じで沈むのか不思議だよ」
「人は浮かぶように出来てないのよ! あんた達がおかしいの!」
なんという暴論。
神崎は恥ずかしそうに声を荒らげて主張する。
「おや、自分はおかしくなくて私達がおかしいと……つまり自分は普通って言いたいんだ」
「そ、そうよ。あたしは普通よ」
「じゃあ、お手本を見せて欲しいな~」
少しにんまりと笑いながら、私は提案すると神崎が身を少し引く。
「絶対に浮き輪無しじゃ入らないわよ……」
「人が浮かぶのがおかしいなら浮き輪無しで入っても問題ないでしょ?」
「浮かぶのがおかしくても沈みたくはないわよ!」
ふむ、神崎にしてはいい返し方だ。
……あ、そうだ。
そこでいつも通りに私はいらん事を思いついた。
一芝居してみよう。
「ヤバ、あ、足が――」
と、私は足がつった演技をしてそのまま沈む。
「え、ちょっと霧?!」
沈む間際に神崎が少しだけ驚く声を上げるのが聞こえて、そのまま私は水の中へ。
ちょっと空気を抜けば重りで自然にプールの底面へと私は沈んでいく。
水面の向こうで神崎がそのまま何やらあわあわしてる。
段々と水底に沈んでいって、水の天井が遠くなる。
ふふ、驚いてる驚いてる。
この屋内プールは中央に行くほどに深く作られてる、まあ、2メートルぐらいで別にそこまで深い訳じゃないけど。
溺れるには十分な深さだね。
そのまま水底に背中がくっつく。
ちょっと水圧が微妙に心地よくてこのまま寝てしまいそう。
まあ、今の私の状態からすればその可能性があるのがシャレにならないんだけど。
そろそろ出よ。あんまり時間を掛けると変に大騒ぎになりそう……というかしそうだし。
そう思って水底で起き上がろうとすれば何かが飛び込んでくる。
と思えば、我が妹の理子だった。
水でぼやけてるけどちょっと必死な感じで、何かを恐れてる感じの表情をしてる。
余裕がないのが丸わかり。
そして、理子が飛び込んだことで私は困ったことに演技だと茶化すことが出来なくなった。
救出されて、演技でしたなんてとても言えない。
理子の表情からして絶対に怒る。
他の連中が怒ろうが構わないけど、妹が怒るのはちょっと勘弁かな。
なので私は手足の重りを外して理子の手を握って、そのまま引き上げられる。
ここからは手だけでも充分に泳げる。
そのままプールサイドに身を乗り出して、顔を出す。
「危ないところだった」
「バカじゃないの! 全く、手を貸しなさい」
口ではきつくそう言いながらも、差し出された神崎の手を握る。
それからプールサイドへと引き上げられる。
「すぐに保健室に行きなさい、歩けないなら送っていくわ」
「あたしが行くよ」
プールサイドに上がってきた理子がすぐに名乗りを上げた。
近くに置いてあったタオルを拾い上げて、軽く体と髪を拭き始める。
「そう、なら任せるわ」
「悪いね、理子」
で、私が言葉を返すと――
「お安い御用だよ♪」
いつもの調子で理子は笑顔で答えようとしていた。
だけど、お姉ちゃんには分かっちゃうんだよね~
微妙にぎこちないよ。
他の人は気付いてないだろうけど。
そして、2人きりになった瞬間――
「…………」
この無言だよ。
だけどまあ、ここはちょっとしたカマを掛けよう。
さっきのはそのための演技ってことで。
「最近余裕ないけど、またお姉ちゃんに隠しごと?」
肩を貸してる理子がピクリと反応する。
うーん、動揺の具合からして精神的に結構病んでるね。
平気なら理子はこの程度の問い掛けで反応はしないし。
まあ、知ってて聞いてるから私の場合、
妹の口から色々と聞きたいって部分はある。
でも、今は問い詰めるべきじゃない。
むしろ必要なのは――
「約束を守るまで、私は死にはしないよ」
そんな安心させるための言葉だろう。
私がいつもの笑顔を向けて理子の顔を見ながら言ってあげる。
そのままこっちに顔を向けなかった理子に届いたかどうかは分からない。
けど……横から少しだけ見えた。
細められた目が、嬉し気で、少しだけ潤んでいるのが。
目は口程に物を言う、つまりはそれが答えなんだろう。
それからワトソン君は
と、同時に最近は女子の人気を持っていっている事に嫉妬している男子の態度も軟化した。
男だろうと可愛ければ何でもいいんだろうか……
男心のよく分からない部分だよ。
理子の持ってる漫画やアニメで女の子みたいな可愛い男――『男の
というか日本人、変態率が高い気がするのは気のせいかな?
とまあ、そんなこんなで本格的にワトソン君はクラスの注目の的で、信頼や信用を獲得した。
対して社交性のないキンジは、言うまでもなくクラスに居場所をなくしつつある。
金欠で装備の補充もままならず、ご飯も満足に食べられてないキンジは色々と弱体化してるね。
今この状況でキンジがワトソン君に対して、怪しいだの疑念の声を上げたとしてもそれは嫉妬から出た言葉だと流されるだろう。
この状況はある意味では私にとっては感謝すべき状況かな?
キンジとの時間が多く取れるし。
まあ、何にしても安らぎの時間は必要だよね。
◆ ◆ ◆
夜、俺の玄関の扉を開けようとすると。
なんだ……?
カギは確かに閉めたはずなのに、開いてるぞ……
こんな時に空き巣か?
と、俺はベレッタを構えて静かに玄関を開けるとそこにあるのは見覚えのある綺麗にそろえられて置かれた靴。
思い当たるのは――アイツしかいない。
そのまま銃を仕舞ってリビングに向かい、扉を開けてダイニングの方へと目を向けると。
「お帰り」
いましたよ、霧お母さんが。
昼の弁当の件と言い、本当に母親みたいになってきてやがる。
今は調理中なのか、キッチンでエプロンを着けてる。
「何でここにいるんだよ?」
「いない方がよかった?」
「そういう訳じゃないが……どうやって入った?」
「私も実は、合鍵持ってるからね。白雪さん達が持ってて私が持ってないと思った?」
言いながら霧は、キッチンから俺に向けてどこからともなく指先に引っ掛けられた鍵を見せつけた。
俺のプライベートはどこに……
いや、ほとんど霧には筒抜けで、プライベートなんて無いようなもんだけどその現実を思うと悲しくなってくる。
「それに部屋主がいないのにお邪魔するのもあれだと思って、使わないようにしてんだけどね。ちょうど出来たから手伝って」
言いながら霧が何やら良い匂いの鍋を持ち上げた。
仕方ないとばかりに食器棚から大きめの皿と他にもご飯用のお椀と箸を出してテーブルに並べる。
それから皿に盛りつけられたのは、肉じゃがだ。
随分と家庭的なのが出てきたな。
そして、さらに出てきたのは豚の生姜焼き。
おまけに豆腐のサラダ。
「美味そうだ」
「缶詰よりかは健康的でしょ?」
「…………」
「何で知ってるのかって感じだね。購買では
相も変わらず頭の良いことで。
図星なので黙秘を決めてちょっと呆れた顔をすると、霧はいつもの笑顔で返してきた。
「とまあ、そんな推理は置いといて、ご飯にしよ♪ 独り飯も缶詰も飽きてきた頃だろうしね」
そのまま霧がお椀を2つ持つと、ご飯を盛って、きてくれた。
「「いただきます」」
久々のまともな飯に舌が唸る。
ちょっと濃いめだが、俺の好みだ。
こういうところ白雪みたいだよな……姉っぽいというか。
「最近のニュース、ロンドンの話題多いね」「みたいだな。イギリスの犯罪率が微妙に上昇してるらしいな」
と、食事をしながらテレビを見て、他愛もない雑談をする。
食事が終わり、食器を霧が片付けてるところで俺はソファーに座ってベレッタの整備をする。
金欠なので壊れたら整備に出すお金がない。
しかも完全分解の整備とかになったら値は張るだろうし、今の内に整備しておこう。
いざという時に使えないんじゃ、目も当てられない。
特に俺の場合はベレッタを違法改造してるので通常の物より部品数も多い。
それこそ、精密なプラモ並だ。
なので時間もそれなりに潰せる。
「その様子だと、お風呂はあとででいい?」
と、霧が聞いてきたので――
「ああ……」
整備に集中してた俺はそう生返事気味で返す。
「じゃあ、先に貰うね」
「ああ……」
………。
――待て、今さっき霧は先に貰うって言ったが……
まさか――!?
そう思った時には既に遅かった。
風呂場からシャワー音がする。
あ、あいつ?! まさか、今日は泊まるつもりか!?
ま、まあ霧のやつならそんなに俺に危ない事はしてこないだろうが……
それでも風呂上りの女子なんて俺のヒス要因の中で危険な部類に変わりはない。
しかも、女子が入った後の風呂は特有の
今日は諦めて朝風呂にするか……
そう決め込んで俺が完全分解したベレッタを組み終わって、一息つく時に考えてしまうのはワトソンの事だ。
言いたくはないが、あいつは男の癖に女の腐ったような嫌がらせをしてくる。
バレーボールの時もそうだし、俺以外の連中をホームパーティーに誘ったりしてはクラスでの好感度を上げていっている。
それにより、俺はクラスで孤立しつつある。
まあ、元からネクラなんてあだ名がついてたし浦賀沖の事故以来、武偵から身を遠ざけようとは考えてたからそこは別にいいし、独りには慣れてる。
だが問題は、俺は段々とサポートしてくれる仲間との交流を断たれつつあるのは間違いない。
アリアとも遠ざかるばかりだ。
『
『戦役』――未だに霧にはこの事を話してはいない。
バスカービルの一員ではある。
だが問題は、あいつにはアンダーグラウンドな関係や因縁が一切ない。
あっても、ジャンヌを逮捕した時ぐらいだろう。
だからこそちょっとばかり気掛かりなんだよな……
正直に話しても問題ないとは思う。別に話すか話さないかで迷ってる訳じゃない。
旅は道連れだのって言って普通に手助けしてくれるだろう。
ただ、それにあまり巻き込みたくないって言うのが俺の本音だ。
いずれにしても頭の良いあいつのことだから、バレるのも時間の問題な気もするが。
「キーくん、怖い顔」
そんな鈴を転がしたような声に、ちょっとだけため息を吐く。
それから真横を見ると、やっぱりだ。
「霧と同じで神出鬼没だな、理子」
「動じないね~。キーちゃんでだいぶ慣れてる感じ……理子としてはもうちょっとリアクションが欲しいところ」
そのまま、俺の隣にぽふっと腰掛ける。
「しかも、そのキーちゃんはお風呂にいるみたいだし。覗かないの?」
「覗かねえよ。俺を武藤達と一緒にするな」
一度だけ霧の着替えを覗こうとして武藤含め見事に罠にハメられた時があったな。
で、霧はそれを脅しの材料にして……まあ、あいつらのその後はひどく哀れだった。
装備とか弾薬とか車の燃料代とかは武藤達持ちで、しばらくは霧のサポーター(自腹)をやらされていた。
しかも、霧は遠慮せずに任務を受けまくってた割には報酬の取り分は全部自分だけとか意外とえげつない事をしてやがった。
結局は武藤達の自業自得だから、同情はしなかったけどな。
「何しに来たんだよ……
「それはキーちゃんで間に合ってそうだもんね~」
「別に慰められてねえ」
「でも、食事は堪能してたみたいだけど」
チラリと理子がキッチンの方に顔を向け、干されている食器に注目してる。
目ざといな……相変わらず。
ちょうどその時、霧が風呂上がりで部屋に入ってきた。
「理子、来てたんだ。いらっしゃい」
「どうも、お邪魔シマウマ~」
なんだその挨拶は……
しかも霧は『いらっしゃい』なんて言ってるが、ここはそもそも俺の部屋……
もうやめておこう、これ以上は考えるだけ不毛だ。
「夕食は食べたの?」
「ん~? 今、ビニ弁をチンしてるところ~」
と、霧に対して理子が答えたところでキッチンから電子レンジのチン、という音が聞こえる。
いつの間にいれてやがった……全然気付かなかったぞ。
そのまま理子は「お、できたできた」と言ってソファーからぴょいんと立ち上がってキッチンの方へと走って行く。
「作り置きだけど、肉じゃが食べる?」
「食べるー」
霧の問いかけにそんな気の抜けた返答が聞こえた。
「冷蔵庫にあるからねー」
「はーい、ママ」
ものすごい自然にママって言ったな、理子のヤツ。ワザとだろうけど。
今の一連の流れは確かに母親のそれっぽかったな。
やれやれって感じで、そのまま霧は俺の隣に腰掛ける。
同時にきましたよ、風呂上りの女子特有のシャンプーの匂いが……
しかもちゃっかり霧はパジャマを着てやがるから、最初から泊まるつもりだったな、こいつ。
チラリと横目で見れば、風呂上がりで上気した頬に微妙に濡れた髪が艶めかしい。
それからちょっとだけ「ふぅ」と息を吐くと、こてんと俺のいる方向とは逆に倒れた。
「寝るならベッドにいけよ。風邪引くぞ」
「なんだ、心配してくれてるの?」
霧はそのまま起き上がらずに顔だけこっちに向けて聞いてくる。
「俺の部屋に病気で寝込まれたら困る、色んな意味で」
「だろうね……でもま、大目に見てよ。こう見えて実は調子が悪かったり」
「なおさら自分の部屋で休めよ……」
「いつも世話してるんだから、たまには私の世話も焼いて」
いつお前に世話になった、と反射的に言い掛けたが……結構世話されてるな、俺。
色々と気を遣ってくれたり、こうして飯を作りに来てくれたり。
「なら、それで貸し一つは帳消しか?」
「今日のご飯の分で差し引きゼロだよ」
だろうな……まあ、そう来ると思ったよ。
それから霧は少しだけいたずらっぽく微笑み――
「ベッドに連れて行ってくれたら、そうだね~……入学試験に遅れそうになった時に送った貸しをチャラにしてあげる♪」
ニンマリしながら提案してきた。
つーか……入学試験って……
「お前、あれ一年前だぞ」
「その一年前の貸しにようやく突入なんだよ」
ついに明かされる貸し借りの返済状況。
おい、まだ一年分も残ってるのかよ。
「別にいいよ? やりたくないならやりたくないで」
と、霧は勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「やらないとは言ってねえだろ」
言うと同時に霧をそのままお姫様抱っこする。
うぅ、やべえ……せっかくの返済チャンスとばかりに勢いでやったが……
やっぱり柔らかい脚の感触とか、微妙な胸の感触がしやがる。
しかも風呂上がりだから熱っぽい体温を感じるのが、微妙にヒステリアの血流を刺激されるな……
霧は俺が断ると思ってたのかちょっとだけ驚いて、すぐにニヤリと悪い顔をした。
いらん事を考えてるな、こいつ。
この顔の霧は危険だ。
不意にどんなことをするか分かったもんじゃない。
なので、何かされる前に2段ベッドの下に放り込む!
と言っても投げる訳にはいかないので素早くベッドに寝かせてすぐさま、離れる。
「そこまで警戒しなくてもいいのに……」
「するに決まってる」
「布団は
「自分で被れるだろ?」
そのまま俺は霧に背を向けて、一度リビングに戻って整備し終わったベレッタを回収してからパジャマに着替えて寝る準備をする。
それから2基ある2段ベッドの右の下――自分がいつも寝てるポジションのところで横になる。
明日も早いし、すぐに寝よう。
すぐに布団を被ったところで、ウトウトし始めた俺だが――きし。
ベッドに手を掛ける音にすぐに覚醒して振り返る。
「気付いてももう遅いよ」
そのまま霧が俺の隣にダイブしてきやがった。
「お、お前……狭いだろッ」
つーか、近いっ。
お姫様抱っこの時に何かしてくるかと思ってたが、狙いはこっちか。
ベッドの出入り口は霧が今いる一方しかない。もう一方は壁だ。
つまり、既に袋のネズミ状態。
そのまま俺の隣に横たわる霧がじりじりと寄ってくる。
「寄ってくるなお前、調子悪いなら寝てろよ」
「私が悪い顔してるのに無警戒なキンジが悪いんだよ。私が殺人鬼ならもう既に首を一気にやってるね」
などと、親指で首を切るジェスチャーをする。
「お前が殺人鬼なんて末恐ろしいが……それとこれとは話が別だろ!」
「そうだね~」
目を細めてにひ、と笑いながらも近付いてくるのは止まらない。
や、やばい……壁際に追い詰められたぞ。
「どうしたの? そんなに怯えちゃって」
いたずら気質が働いてやがる。
かなり上機嫌な笑顔だ。
理子のいたずらに比べてこいつのは
直接的に俺に触ったりはしないが、挙動で色々と誘惑してきやがる。
俺は霧からの情報を遮断するために背を向ける。
「それは甘いねーキンジ」
などと言いながらも、霧はこっちに近付いてくる感じはしない。
……あきらめたか?
「ちょっとだけ、真面目な話をしてもいいかな?」
いきなり切り替えるように霧は、そう切り出した。
さっきの発言からして何か裏があるんじゃないかと思ったが、ここは素直に聞いてみるか。
口調もいつもの陽気そうな軽い感じじゃない。
「私の秘密を少しだけ、話そうかなってね」
「秘密?」
俺は霧の方を向かずに背中越しで聞き返す。
「私は探してるものがあるんだよ。それが家族を救うのに必要なモノで……それがあればお姉ちゃんは、助かる」
「なんでそれを俺に話すんだ?」
「そりゃあ、関係があるからね。神崎さんも助かるかもしれない」
「それなら、別に普通に協力してやるよ。お前の家族を救えてアリアも助かるっていうなら、それこそ一石二鳥だしな」
「まだ探しモノが何か言ってないのに安易に承諾していいの?」
「貸し借り以前に他でもないお前の頼みだからな」
と、俺は答えたものの……アリアが助かるってのはどういうモノだ?
アリアの母であるかなえさん関係か?
アリア自身に問題があることと言えば一つ思い当たるのがあるが……
「ありがとう、キンジ」
霧は静かにそう言う。
まあ、こいつがそれを知ってるとは思えないしな。
「探しモノは何なんだ?」
「それはまだ秘密かな?」
肝心なところじゃないのか、そこ……
まあでも、いつもあんまり詮索してほしくない時は聞いてこない霧に
まだ、ってことはいずれちゃんと話してくれるだろう。
「それじゃ、私は戻るね」
その一言に俺は息を吐いた。
ようやく、女子と同じ布団なんていう危険なシチュエーションから解放される。
レキの時は未遂で終わったが、やっぱり生きた心地はあまりしなかったな。
そう思っていたら――チュ、と霧に頬に口付けされた。
「油断大敵♪」
思わず振り返ると霧がしてやったりの顔でそれだけ言って、ベッドから出ていった。
突然のことで俺は目をパチクリさせてその背中を見送ったが……
段々と、顔が熱くなってきやがった。
クソ……してやられた。
◆ ◆ ◆
あ、あまーーーーい!
このネタ古いかな……
寝室に入る前に家政婦は見た状態で扉の隙間から様子を見てたけど、何とも言えない甘さだよ。
さっき食べた肉じゃがのあと味が、さらに甘く感じる。
見てるこっちが恥ずかしいことをしれっとやるよね、お姉ちゃん。
まあ、それを確信犯でやってたりする時が多いから、人が悪いとか言われたりするんだろうけど。
って言うか、お姉ちゃんが寝てるポジはあたしのところなんだけど……どうしよう?
ゆきちゃん(白雪)のところで寝るしかないかな。
そう思って取りあえず扉を開けて、ゆきちゃんがいつも寝てる右上に行こうとしたら……左下で寝てるお姉ちゃんがちょいちょいと、こっちを手招きしてる。
だけど、あれはダメだ。
だってお姉ちゃんの目が捕食者の目をしてる気がする。
優しげな顔をしてるようには見えるよ?
けど、あれはフェイクで……詐欺師的な感じの外は天使で中身は悪魔みたいな。
捕まったら最後、色々と吸い出されそう。
なのでここは逃げの一手だよ。
そのまま無視するのもあれだから、ゴメンって感じでジェスチャーしつつ上のベッドに乗り込む。
もし乗り込んできたら、掛け布団を防壁替わりにしつつ頭の方から逃げよ。
お姉ちゃんが人質じゃなかったら正直に話したんだけどな~……相変わらず、上手くいかない。
横になって布団を被って、このまま静かに――
あれ、この掛け布団こんなに重かったっけ?
なんか重りでも入ってる感じが……
「……ッ」
わーい、気付いたらお姉ちゃんがいつの間にか理子の上に覆いかぶさってるー
マジでいつ来たんだよこの人?!
音なんてしなかったし、着地の衝撃とかなかったし。
「たまには一緒に寝るのもいいよね?」
いつもならいいけど、今はよくないです。
布団の上に乗っかってる時点で逃走プランが早くも破綻した。
変なところで無駄にアサシンスキル発揮しないで欲しいよ。
まさしく技術の無駄遣い……
なんて思ってる内に布団に入ってきた。
「それじゃあ、おやすみ」
と言うと、お姉ちゃんは普通に隣で寝始める。
何もしないんだ……
さっきの嫌な予感は一体。
理子の勘違いだったのかな……?
なんて思ってると唐突に後ろから抱き締められ、頭を撫でられる。
ちょっと、びっくりしたけど……優し気な手つきにリラックスしていくのが分かる。
簡単に人の心を安心させたり不安にさせたりするんだから。
本当に、人が、悪いよ……
つかれてたの、かな?
すごく……ねむい……
そこであたしは、眠りの温もりへと落ちていく。
「"約束"は守るからね」
最後にそんな言葉が聞こえた。
元気ですか? 私は元気です。
一日を半日寝れるくらいには元気です。
別に病気とかじゃないですよ?
まあ、そんな訳でネモとフラグを建てそうなキンジさんの活躍に注目です。
ネモはクーデレ系だと思う。
早いとこジルちゃんのお楽しみタイムを書きたいところ。