緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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今回は甘々でお送りします。




80:灯台下暗し

 ――俺の元パートナーが死ぬ。

 今、俺の目の前にいる殺人鬼は残酷な事を愉快そうに告げた。

「お前……霧を殺すつもりなのか?!」

 足を踏み出して、俺は叫ばざるを得ない。

 そんな事を聞いて黙ってはいられなかった。

 あいつに……まだ俺は何も返しちゃいないんだ。

 貸し借り以上に大切な何かを。

 俺の言葉を聞いて、またしても愉快そうにジャックは微笑む。

「いいや、殺すのは私じゃない。君の今後の"選択"によって彼女は死ぬんだよ」

 俺の、選択……?

 一体どう言う意味だ?

 謎ばかりが増えていく。

 俺がどう言う意味なのか問おうとすると、兄さん――カナが俺の前へゆっくりと歩み寄り、守るように、あるいは引き留めるように大鎌を持っていない腕を水平に上げた。

「キンジ……殺人鬼の言葉に耳を傾けてはダメよ。呑まれるわ」

 その言葉に俺は、ゾワリとした寒気を覚える。

 背中越しでも分かる。

 カナから殺気が出ているのが。

 それは、いつしかアリアがそこにいるパトラに撃たれ、追おうとした俺を引き留めた時に対峙した雰囲気とは違う。

 怒りからくる殺気じゃない。

 ただ、純粋に殺そうとしている。

 本人もそれが分かっていながらも、笑みを崩さずにいる。

「素晴らしい家族愛だ。感動的だよ」

「さっさと要件を終わらして貰えるかしら? キンジの教育に悪いわ」

「ああ、そう言えば陣営の選択だったね。そうだね……我々は『無所属』、とさせて貰おうか」

「そう。なら、ここで仕留めても問題はないわね」

 カナが大鎌をそのまま構えだす。

 お、おい……始める気なのか?

「どの道、味方でも敵でも仕留めるつもりだろう? そもそも、まだ"始まってはいない"のだから落ち着きたまえ」

 言いながらジャックはジャンヌの方を見た。

 その言葉に不本意そうな表情を浮かべながらもジャンヌは進行を続ける。

「……最後に、この闘争は……宣戦会議(バンディーレ)の地域を元に名付ける慣習に従い、『極東戦役(Far East Warfare)』――FEWと呼ぶ事と定める。各位の参加に感謝と、武運の祈りを……」

「始めていいのね?」

「ヒルダ、今夜はここで戦わないと事前に言っていなかったか?」

「ええ、そうね……高度も天気もイマイチだし、いい舞台ではないわね。でも、気が変わったの。それに……血を見なかった宣戦会議(バンディーレ)も過去になかったというし、ねえ……?」

 キバを見せて笑うヒルダのその言葉の終わりに、

 

「さあ、お遊戯の始まりだ」

 

 殺人鬼はただ愉しそうに笑みを浮かべた。

 視線が俺に集まってるのが分かる。

 な、何だよ……何でみんなして俺を見てるんだ?

「何をしているのだね? もう、"始まった"のだよ」

 ジャックが言いながら俺に目を向けている。

 ――始まった――

 その言葉の意味を理解しかけた瞬間、カナがジャックに向けて飛び出した。

「いやはや、積極的なアプローチは紳士冥利(みょうり)に尽きるが、少々肉食的過ぎないかね?」

 迫り来るカナに対して軽口を言いながら、ヤツの周りだけ霧が濃くなっていく。

 完全に霧で姿が消えたジャック。カナもその先に飛び込んだ。

 だが――

 すぅ、と俺のすぐ近くに、

「さて、遠山 キンジ」

 さっきまで向こうにいたジャックが俺の近くに現れた。

 相変わらず気配なく現れやがる……!

 顔だけをそちらに向けるが、ここで銃を抜いたところで勝てるビジョンが思い浮かばない。

 シャーロックの時は試された意味合いがあったが、コイツは違う。

 何もかもが不明だ、行動の意図も、俺を気に入った動機も、その実力も。

「人生とは選択肢の連続だ。どのような選択をしても結果が出てしまえば、過去のものとなる。後戻りは出来ないのだよ」

 何を言ってるんだ、コイツは。

 その言葉にどんな意味がある?

「まあ、つまりは……だ。何を選ぶかは君の自由、だが何を犠牲にして結果を得るのかはこれからの君の行動次第ということだよ。目の前にある"問題の本質"を知ろうとしなければ――いや、別に知らなくても私は楽しめるのだから問題ないのだがね」

 意味が分からない。

 何を犠牲にして結果を得る? 目の前にある問題の本質?

 謎は深まるばかりだ……

「さて、私だけに気を取られている場合ではないぞ」

 言いながらジャックが視線を向けた方向を見ると、ぞ……ぞぞ、とヒルダが足元の影の中に沈んでいく光景が見えた。

 な、なんて非現実的な光景。

 事態の急変と得体の知れなさに身動きが取れない。

 だが……ここで何もしなかったら間違いなくすぐにやられる。

 それだけは分かる。

 俺はすぐさまベレッタを抜く、がどちらに銃を向けていいかも分からない。

 ヒルダに向けようとしていたが、ヤツは既に影と一体化してしまった。

 向けるべき対象が、いない。

 それから影は俺に向かって伸びてくる。

「遠山! 今すぐ逃げろ!」

 ジャンヌが影に立ち向かうように俺の目の前に出たかと思うと、デュランダルを投擲槍(ジャベリン)のように投げた。

 そのまま地面と共に影に突き刺さる。

 すると、影の動きが鈍くなった。

 どうやら、地面と一緒に影を縫い付けたような感じだ……だがそれも完全に動きを止めた訳ではないようだ。まだ、影は(うごめ)いている。

 ジャンヌに逃げろと言われたが、こっちはどっちに逃げていいかも分からない。

 助けを求めるように不意に隣にいた狐耳の少女・玉藻に目を向けると、そいつはどこか別の方向を見ていた。

 視線を上げて見れば、あのハビとか言うあの大斧を担いだ少女も同じ方向を見ている。

 学園島の方を……

 他の連中も何かに気付いたのか、次々とそちらの方に視線を向けた。

 何か来るのか?

 そう思って、いると――

 

 どるるるるる!

 

 そんなエンジン音が霧の向こう側から聞こえてくる。

 それは、俺がここに来る際に使った小型ボートと同じエンジン音。

 ごつん! と、ボートが接舷(せつげん)する音に続いて――ぱし! と、空き地島の南端に"ちっこい手"が掴まるのが見えた。 

 あ、あれは……!

「SSRに網を張らせておいて正解だったわ! あたしの目の届くところに出てくる勇気だけは認めてあげる! そこにいるんでしょ!? パトラ! ヒルダ!」

 そのまま、んしょ、とよじ登ってきたセーラー服のツインテール。

 アリアじゃねえか……!

 俺がそれを見た瞬間、

「ふ、フハハハハハは! 随分と愉快な客が出てきたものだ!」

 ジャックが頭を抱えて豪快に笑い始めた。

 マズい……コイツ、何をするか分からないぞ。

 直感的に、ここにアリアを来させてはダメだと俺は理解した。

「その声は、ジャック!? あんたもいるのね!」

「アリア、こっちに来るな!」

 今にも突撃してきそう雰囲気に俺は声を出して、アリアの目の前へと行く。

「キンジ、あんたどうしてここに……?!」

「それを言ってる暇はない! 今すぐここから逃げるぞ!」

 目を見開いているアリアに向かって俺はすぐさまそう言う。

 その手をすぐさま引いて行こうと思った矢先、

「そう慌てる事はない。招かれざる客、だが今回は歓迎されるだろう。なので、ゆっくりしていきたまえ」

 ジャックがそう言うと同時に霧が少し薄くなって、他の怪人達がこちらを見ているのが見え始める。

 全貌(ぜんぼう)が見え始めたアリアは再びその赤紫(カメリア)の瞳を驚きで満たした。

 両腕を軽く広げて、演出家のような感じでヤツは怪人達に語り掛けた。

「さて、"緋弾のアリア"のお出ましだ。今回のこの戦役のある意味重要人物である彼女……しかし、彼女は何も理解していない! これ程に愉快な見世物もなかなかにお目にはかかれない事だろう」

 なぜなら、とジャックは言葉を区切る。

「自分が飛び込んだ先が"深淵"の一部だとは夢にも思っていないのだからね」

 緋弾のアリア、そのキーワードを出しながらもヤツは再びこちらへと向き直る。

「ふん、深淵が何よ! ここであんたを捕らえれば、それこそ愉快な見世物になるのはあんたの方よ!」

「ははは、威勢は相変わらずいいが……"不可能"だな、そんな事は。いい加減に学習と言うものを覚えたらどうだね? 精神論でどうにかなるほど世の中は甘くないのだよ」

 小馬鹿にした感じでジャックはアリアを挑発する。

「相変わらず上から目線ね……!」

「それはそうだろう。シャーロックが話してるかどうかは知らないが……私はある意味、君の先輩みたいなものだ」

 その言葉に思い当たる事はある。

 アリアを助けにイ・ウーへと飛び込み、シャーロックと対峙した時にいくつか気になる事を言っていた。

 ――これからジャック君は君の姉弟子にあたる事になるだろう。

 その中でジャックの言うような事を確かにシャーロックは話していた。

 どういう意味かは分からないがな。

「お主……さては……」

 向こうで玉藻が何かに気付いた感じで言葉を漏らした。

 だが、それに関係なくジャックは話し続ける。

「私が今語った言葉の裏側、その謎、それを推理してみたまえ。そもそも私が本物のジャックであり、今までの犯行を立証する証拠はないのだがね」

 相変わらず掴みどころのないヤツだ。

 それからヤツはくるりと背中を向けた。

 立ち去るつもりか?

「灯台下暗し、"足元"には気を付けたまえ」

 そんな忠告めいた言葉を残して俺達から離れ、再び霧の中に消えた。

「待ちなさい!」

 アリアの言葉に対する反応はなく、その言葉は霧に呑まれた。

 そして、俺達は気付いてない。

 ヤツの忠告通り"足元"から何かが近付いている事に――

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 ――エニグマ。

 急造で思いついた組織名としては我ながらなかなかに良いと思う。

 これからが楽しみだね~

 実際エニグマは組織なんて大層なものじゃない。

 (はた)から見ればただの殺人サークルみたいなものだし。

 エニグマに所属する者は等しく人でなしでありながら、人を愛してる。

 それだけが共通事項。

 ジャンヌには私より上がいるみたいな言い方をしたけど……この組織には当てはまらない。

 上とか下とか関係なく、ただの似た者同士の集まり。

 ライヘンバッハであるならば話は別だけど。

 以前に電話したR.I.P(リップ)を最初のメンバーとしたのは、私の弟子以上に相応(ふさわ)しいと思ったから。

 うん、別に弟子が相応しくない訳じゃないんだけどね。

 弟子以上に良いと思った、ただそれだけ。

 だから、ワイズもこっちに入ってもらおう。

 メンバーは随時募集中。

 とまあ、昨日の出来事を思い返すのはここまで。

「ガキども! それじゃ文化祭でやる『変装食堂(リストランテ・マスケ)』の衣装を決めるぞッ!」

 ガァン! と、体育館の天井に向かって威嚇射撃をしながら蘭豹が吠える。

 当然ながら周りにいる生徒は静まり、話を聞く態勢に移行するしかない。

 この天井、その内落ちてこないよね?

 毎回生徒黙らせるのに蘭豹が上に撃つから鉄骨に穴が結構あるんだけど……

 まあ、近々あの人の給料から修繕費は引かれることだろう。

 『変装食堂(リストランテ・マスケ)』――簡単に言えばコスプレ食堂だね。

 それが10月の末にある。

 だが――武偵である以上ただのコスプレ食堂ではない。

 これは演技力というかその役にどれだけ成れるかが重要。

 潜入捜査技術を一般人にアピールするためのものなんだよね。

 私は去年は不在だったから手伝いすらしてないけど。

 ふむ……変装はそこそこの完成度でいいかな?

 ここで諜報科(レザド)顔負けの変装技術を披露する訳にはいかないし。

 いつも通り楽しめればいいや。

「それじゃあ各チームごとに待機ぃ――ごほっごほ!」

 尋問科(ダギュラ)(つづり)煙草(たばこ)でむせながら宣言する。

 A・B・Cの3クラス合同のホームルームなのでバスカービルのメンバーは自然と集まる。

「衣装を決めるのにクジ、クジねえ……まあ私は何でもいいんだけどね」

「そんなこと言ってめちゃくちゃ面倒な職業だったらどうするんだよ」

「何とかなる」

「お前のその意味の分からない自信はどこから来るんだ……」

 しいて言うなら裏経験値的なものがあるから、私には。

 いつものキンジとの軽いやり取り。

 そんなキンジを見て、昨日の今日で切り替えが早い事に感心するよ。

 私が立ち去ったあと、神崎の様子を見るに何かひと悶着あっただろうね。

 そして微妙にだけど色金の力が漏れてる感じがする。

 さては……色金と心が(つな)がらない安全装置(セーフティ)である殻金(からがね)を外されでもした?

 ちなみにその殻金は私の場合ないんだけど。

 なかったらお父さん曰く、ヤバイ事になるらしい。

 でも、そのあとで「ジル君なら大丈夫だよ」と笑顔で言われた。

 理由は不明。

 そもそも話してくれないし、知ってても言わない人だから。

「実際、キーちゃんなら何とかなりそうだからね~。謎の説得力」

「困ったら遠慮なく頼ってもいいよ。貸しにするから」

「なら俺は遠慮する」

 理子の言葉に私が答えると、キンジは即答。

 そのままチラリとキンジが私を見る。

 視線には不安の色。

 目は、表情以上に雄弁に語ってくるものだよ。

 あの言葉の意味、考えてるね。

 ――神崎に味方をし続ければ私が死ぬ。

 それは本当にキンジの選択次第。

 神崎に味方する、それは私の家族と敵対する事を意味してるからね。

 何を犠牲にするかは――その時になれば分かる。

 そう考えてる間にキンジは視線を戻して、何故かレキのヘッドフォンを取って聞こうとしている。

 と、思いきや音量がデカくなって聞いていられなかったのかすぐさまヘッドフォンを耳元から離した。

 隣にはさり気なくすり寄ってる白雪。

 そのまま待っていると、近くに手伝いの1年が箱を持ってきた。

 って、

「風魔ちゃん、手伝い?」

「その通りでござる。ちなみにこの箱は男性用なので白野様は引かれないように」

「って事で、キンジ……運命のクジ引きが来たよ」

 風魔の戦兄(アミコ)であるキンジに向けて、そう視線を送る。

「ささ師匠、引いて下され」

 風魔の"師匠"の部分でキンジは眉を寄せながらもクジを引く。

 あんまりそう言う人に変な目で見られるようなフレーズは好きじゃないからね、キンジ。

 箱に手を入れて引き上げた紙には、どれどれ……『神主』ね。

「いいんじゃない? 信仰があれば神の恩恵で運は少しよくなるかもよ」

「作法が出来てなかったら祈りが届く前に召されそうだけどな」

 キンジの言う祈りは神じゃなくて教師陣に向けるものだろうけどね。

 まあ、半端な変装だと教師陣に色々とやられる。

 本当の敵が身内なのはよくあること。

 それはこのチーム内でも言える――誰とは言わないけど。

「チェンジだ」

 そう言ってそのままキンジはもう一度箱に手を入れる。

「1枚目は無効。しかし、2枚目の衣装は強制でござる」

 それは知ってることだろう、なのでキンジの顔も少し緊張が走ってる。

 さて、次は――

 『警察官(警視庁・巡査)』ね。

 今も公僕みたいなものでしょうに。

 安堵の息を吐いてキンジはその場に座り込んだ。

 そして、どうやらクジ引きはこの箱だけではないみたい。

 この体育館のあちこちから他の生徒の悲鳴が聞こえてくる。

「師匠。ジャンヌ殿は本日欠席でござるが、本人がクジ引きの代理人として師匠を指名してるでござるよ。忍」

 と、風魔が女性用のクジの箱を差し出した。

 ジャンヌか……あのあとどうしたんだろう。

 戻ってきてないって事はおそらく、『眷属(グレナダ)』の連中を追い掛けてるんだろう。

 キンジはそのままクジを引いたかと思うと、そのまま中身を確認して終わらせた。

 人のだからって適当にしたね。

「では、お次は白野殿」

「それじゃあ本日の運勢は……っと」

 風魔に言われて引いてみる。

 クジの中身は――『メイド』。

 メイドね。

 一瞬チェンジしようかなと思ったけど――ピコン、とばかりにそこで私はいらん事を思いついた。

 それから、キンジが中身を見ようとしたので紙を手の中に隠す。

「変な職業だったのか?」

「いいや、別に……ただ単に内緒。すぐにお披露目する事になるだろうし、今じゃなくても良いでしょ?」

 私はウインクしながらそれだけキンジに言って、風魔に決定の意味も込めてそのまま紙を見せる。

 一応、この1年達が誰が何をやるかも確認してるみたいだしね。

「私は先に準備してるよ、楽しみはあとにとっておきたいし。ふふ……」

 それだけ伝えて、意味ありげに微笑んでその場を去る。

 さあ、キンジ……首を洗って待っててね。

 

 

 そんな訳であれから日が経って完成したメイド服。

 エプロンドレスが主体のスタンダードな感じ。

 理子みたいにフリルいっぱいとかアレンジはしてない。

 あと、キンジ的にミニスカートとかすぐに見ないようにするだろうし、ロングスカートタイプにしてみた。

 変装道具で衣装も用意しないといけないから私の秘密の衣装部屋が実はある。

 メイド服は今まで着たことがないからあるか心配だったけど、組み合わせで何とかなったね。

 思ったよりも早めに完成しちゃった。

 〆切の前日どころかその2日前だよ。

 ちなみに衣装は自前。

 いや、そうするように決められてるんだけどね。

 潜入任務となれば衣装も装備品みたいなものだし。

 装備品は自ら(そろ)えるのが基本。

 本来なら翌日に『仕上げ会』があって、生徒達で集まって徹夜で衣装を仕上げて相互に完成度を確認する機会がある。

 それより前に完成する人は少ないだろう。

 つまりは……授業が終わって他の人達は衣装の準備で行動はバラバラ。

 キンジの周りにいる可能性は低い。

 なので計画を実行しよう。

 人知れずキンジの部屋へ直行。

 キンジの寮の玄関に辿り着き、インターホンをピンポーンと。

 すぐに玄関が開けられると同時に、

「お疲れ様です、ご主人様」

 なんて言ってクール系のメイドを演じてみる。

「……霧か?」

「なんだ、少しは迷うと思ったのに」

 開口一番にキンジにそう言われて、演技は早くも終了。

 そのまま玄関を上がり、廊下へ。

「もう完成したのかよ……仕事早すぎだろ」

 キンジは私の姿を見て、感心してるような呆れてるような、どっちともとれるような言い方をする。

「私にはお金と余裕があるからね」

「だろうな……で? なんで俺のところに来たんだよ、誰かに見られたらどうするんだ」

「別に、最初にキンジに見せたかっただけ。それに見られるヘマはしないよ。それより、どう? ミニスカとかじゃない本格メイド」

 と言いいながら衣装を見せるようにフリフリすると、キンジは少しだけ顔を赤くする。

 なに? ロングでもダメなの?

「お前な……そういう事はあんまり言うなよ」

 って事ではないらしい。

 私の言葉の方に照れてるっぽいね。

「勘違いして貰って間違い起きちゃっても構わないよ。メイドさんとイケない関係になる警察官(予定)。うーん、学校の新聞の一面は間違いなし」

「間違いなんて起きてたまるかよ。社会的に殺す気かお前は……」

「そうなれば拾ってあげるよ、首にヒモでもつけて」

「お前の冗談は時折シャレにならん。肝心の役になりきる演技の方はどうなんだよ。お前の性格上、無駄に()るだろうけど」

 言いながらキンジは先にリビングの方へと向かい、私の横を通り過ぎる。

「では、証拠としてお世話させて頂きます。ご主人様」

「いらんって言っても居座るだろ、お前」

 振り返らずにそのまま言葉だけ返してキンジは好きにしろとばかりに、それ以上は何も言わない。

「よくお分かりですね。もちろん、ちゃんと仕事はさせていただきます」

 なんて言いながら私はキンジのいるリビングに行く。

 キンジの部屋は本人以外使用してる人がいないため、今ではバスカービルメンバーの女子達にほとんど占領されてる状態。

 私物もそれなりに置かれている。

 それは私も例外じゃないけど、それでも他の3人(神崎・白雪・理子)よりは少ない。

 私愛用のティーセットを取り出して取りあえず紅茶でも作る。

 菓子は少しだけ凝った物にしよう、ビスケットのクラッカーにスライスしたハム、玉ねぎ、キュウリ、チーズを乗せて完成。

「どうぞ、ご主人様」

「……むず(がゆ)いからやめてくれ、充分に役をこなしてるのは分かったから」 

 私が言いながらソファーに座ってたキンジのテーブルの前に置くと、困ったような表情をする。

 そのまま見ていたい気もするけど、あんまりやり過ぎると追い出されかねないからここで一旦やめてキンジの隣に座る。

「もうちょっと楽しもうよ。メイドがいるなんて滅多な体験出来ないんだから」

「何をどう、楽しめと……」

「うーん……色々触ってみる」

「却下に決まってんだろ。服なんて触ってどうするんだ」

「布越しの感触でも味わってみる?」

 その言葉を出した瞬間、少しだけキンジは私から視線を逸らした。

 それから何かに気付いて、

「お前……俺で遊んでるだろ」

 ジト目を返してきた。

「何を今更、もうそろそろ慣れてきたし分かってきたでしょ?」

「悲しい事にな」

 言いながらキンジはクラッカーを一つまみ。

「……どう?」

 いや、別に味に関しては心配してないけど何となく気になる。

 だけどキンジは感想は言わずに、

「言わなくても分かるだろ?」

 それだけ言ってきた。

「言葉に出してくれなきゃ伝わらない事もあるんだよ」

「……美味いぞ、この紅茶もな」

「それは良かった」

 私がそれだけ答えると流れる沈黙。

 久々の2人の時間。

 普段はもう少し騒がしいから、何とも思わないんだけど――この雰囲気は少しだけ変な感じがする。

「あー……何か見るか?」

「もう少しゆっくりしたいから、このままで」

 この雰囲気に耐えかねてキンジは提案するけど、却下した。

 変だけど、嫌いではない。

 もう少しこの感触を、雰囲気を、味わっていたい。

 そう思った。

 私の予定ではもっとキンジを(いじ)る予定だったんだけど、今はどうでもよく思える。

 キンジにとって今の状況は結構困ってるだろうけど。

 そのままコテン、と私は首をキンジの肩に預けてみたり。

 すると、流石にキンジが唸り始めた。

「あのー、霧さん?」

「却下」

「まだ何も言ってねえ……」

「どうせ離れてくれ、とか言うつもりだったでしょ? 別に変な事はしてないんだから……私を拒むの?」

「…………はぁ」

 その言い方はズルいだろとばかりにキンジは息を吐いた。

 諦めたみたいだね。

「時に、また何か悩んでるんじゃない?」

「何でそう思う?」

「いつもならもうちょっと口数が多いからね」

 私の言葉にキンジは一つ息を吐いた。

「悩んでると言えば悩んでる。だが、何をどうしていいのか分からないってだけだ」

「根本的な問題が具体的に分からないって事でいいの?」

「そんなところだな……謎ばかりが深まる。ある犯罪者に目はつけられるわ、厄介事に巻き込まれまくるわ。おまけに――」

 そこで言いかけてキンジは言葉を止めた。

 それから私を見る。

 その言葉の続きはきっと、私の生死についてだろう。

「ともかく、問題はあるが今はアリアの裁判だな……それで一段落だろう」

「そうだね。久々にゆっくりしたし、私もそろそろ帰るよ」

 ソファーから立ち上がって軽くスカートの乱れを直す。

「いつもいきなり来て、いきなり帰るよな」

「退屈なんだよ、こう見えて。たまにはキンジの方から私のところに来てよ」

 レキの部屋に出入りしてたんだから問題ないでしょ。

「女子寮に行くのは勘弁だ」

「レキさんの部屋には出入りしてたのに……」

「あれは、お前――」

「冗談だよ♪ それじゃあ」

 それだけ笑顔で言って私は部屋を出る。

 そのまま玄関を出て、扉を閉めてからうーんと伸びをする。

 久々に水入らずでキンジと2人でゆっくりできたので、それなりに満足。

 2人で任務(クエスト)してた時みたいな刺激が欲しいけど。

 と、そこで体に違和感。

 微弱だけど色金が、反応してる。

 ――『共鳴現象(コンソナ)』。

 (コウ)ではない、間違いなく。

 あれは藍幇(ランパン)の監視下にある以上、彼らの傍から離れられないはず。

 だったら――あのホームズの4世しかいない。

 特訓でも始めたのか……私からしてみれば余計な事を。

「あ――」

 キィィィインと、少しだけ耳鳴りのような音がする。

 ちょっとこれは、マズい……かもね。

 って言うか気のせいじゃなく、強くなってる。

「う、く……」

 勘弁してよ、色金の発現を抑えるのも簡単じゃないのに……!

 パソコンの強制シャットダウンと同じ。

 何らかの負荷が掛かる。

 それを繰り返せばどこかで異常が出るに決まってる。

 軽く、人生の中で一番のピンチかもしれない。

 熱い……!

 冗談考える暇も、ない。

「あッ……はっ……くう……!」

 壁に手をついて膝をつかざるを得ない。

 ああ、もう……!

 一瞬だけ力を込めて抑え込む。

 無事に何とかそれで色金の発現は抑え込めたけど……

 おかげで変な汗が出てきた。

 高揚感が……そのまま湧き上がってくる。

 本当に、勘弁してよ。

 最近は携帯するようになってしまった精神安定剤のケースを出して、首の静脈に注射器を刺す。

「はぁ……おいたがすぎると近いうちに解体(バラ)すよ、ほんとに」

 安定剤の副作用による虚脱感に包まれながらも使った物を回収して、そのままゆっくり立ち上がって私の部屋を目指す。

 神崎が色金の力を制御出来るのも時間の問題かな。

 偶然かもしれないけど、いきなり私の方の色金に接続しようとしてた。

 お父さんの見込んだ後継者なんだから、センスがあるんだろうけど。

 ここで発揮されるのは困る。

 真剣に今後どうするか考えておかないとね。

 灯台下暗し。

 危険なのはお互い様かな……

 




忙しいわー
仕事もFGOのイベントも忙しいわー

しかも緋弾のアリアの最新刊も出てしまった。

設定回収するのって結構しんどいですよ。

あとネモちゃんのデレに実は期待してる。

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