緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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9月どころか10月末になってしまった。
まあ、年末になる予定もあったので良かったと思うべきか……
と言ってもそんなに進まない幕間(まくあい)みたいな話ですけどね。


69:路地裏のキャスト

 

 さて、ものの見事に求婚をされた遠山 キンジ。

 その後の展開はレキの"7分間の襲撃の中で1度でも1分以上狙撃から逃れれば求婚の話は撤回"と言う取り引き……もといゲームに見事に負けた。

 で、キンジは現実を知った訳だね。

 ヒステリアモードは無敵ではない。状況次第では自分を容易(たやす)く殺されると言う現実。

 ……妨害すれば良かったかな~って、ちょっと後悔してる。

 あの時キンジが降参してなかったらレキは本気で殺す気だったし、妨害する口実はある訳だし。

 まあ……やらなかった理由としては、あそこで水を差したら"面白くない"かなと何となく思っただけなんだけどね。

 で、結果としては――

「次! さっさと来なさい!」

 神崎の怒声。

 体育館に似た強襲科(アサルト)の専門科棟は大荒れの天気。

 台風の目は神崎。

 今は早"朝"戦闘訓"練"――つまり世間一般で言われる朝練とは違う朝練で剣道をやってる訳なんだけど……

 新学期の朝から死屍累々(ししるいるい)だね。

 ある意味面白い光景が見れてるから私としては良いんだけどね。

 人の噂ってのは恐ろしいものだよ。

 何せ、昨日の今日でこれだからね。

 女子寮からレキとキンジが出るのを見たって言う目撃情報がどこからか入るや否や、すぐに神崎の耳にも入った。

 その結果が、この男女関係なく倒れてる人の数々。

 いやー……嫉妬って恐ろしいね。

 まあ、しばらくは触らぬ神に祟りなしって事でちょっと距離をとらないとこっちにも飛び火しちゃうよ。

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 あー、どうしよう。

 8月31日、つまりは昨日……りこりんはお姉ちゃんの部屋で目撃をしてしまいました。

 お姉ちゃんの洗面台に転がる"3本の注射器"を。

 ジャンヌが帰ったあと、ソフィーのあの時の言葉がどうにも頭に離れなくてお姉ちゃんの様子を見に行こうと思って部屋を覗いたらこれだよ。

 証拠を残さない殺人鬼にしては珍しいミス。

 中身は十中八九、精神安定剤だろうなあ~

 それを用いるって事はさ、確実に侵食が進んでるって言う事だよね?

 ソフィーの言う寿命は残り5年。

 でも、それはソフィーの言うとおり"お姉ちゃんが色金を使わなかった時の余命"。

 ……。

 …………お姉ちゃん。

 もうあたしは嫌だよ、家族の冷たい姿なんて……

 見たくない、聞きたくない、触れたくない――失いたくない。

 本当にもう……困った人だよ。

 殺人鬼の癖に。

 ……。

 …………。

 ………………。

 さてと、切り替えないと。

 もうすぐ始業式が終わる。まあ、あたしはそもそも出てないけど。

 確か9月の間に『修学旅行Ⅰ(キャラバン・ワン)』と武偵のチーム登録があるんだよね。

 お姉ちゃん、このまま武偵に居座るつもりなのかな?

 実際のところ戦役で正体を明かさずに敵対したとしても何だかんだ武偵には残る可能性は大いにありそうなんだよね。

 気に入ってるキンジの傍をあまり離れないだろうし。

 ただ、敵対するってなったら相当のリスクがあるだろうね~

 アリア達が……の話だけど。

 今まで味方だと思ってた人がいきなりの敵対。

 お姉ちゃんはかなりキンジやアリア、白雪に信頼されてる。

 それが裏切り者だと分かった日には……かなりの衝撃だろうな~

 誰か精神崩壊してもおかしくない。

 まあ、お姉ちゃんの事だから普通に裏切る何て事はしないだろうけど。

 正直なところ……敵対するかどうかはアリア達次第。

 理子としては、その前にまず交渉から入るとは思うんだよね。

 どう言う風に交渉するかは知らないけど、何となくそんな気はする。

 そろそろ始業式が終わりかな?

 お姉ちゃんは割と優等生と言うか普通に始業式に参加してるだろうし……ぼちぼち理子も向かうとしますかね。

「よっと」

 ベッドから一息に起き上がって、制服のまま玄関の外へ――

「……お帰りなさいませ、お嬢様」

 目の前でスカートの端をつまみ、ふわりとした感じで挨拶をするメイド。

 あれ? ここメイドカフェだっけ?

 理子ってばいつの間にどこでもドアでもくぐったんだろう?

 それよりもこの子、何となくリリヤに似てるような気がするなー

 ……いや、バカな現実逃避はやめよう。

 それよりもッ!!

 私は素早く廊下を確認して、誰も見ていないの確認しつつリリヤを部屋に引き入れる。

 あ、危なかった。

 誰かに見られてたら理子に変な噂が立つところだった。

 あたしはドアを閉じたところでリリヤに向き直り、

「えーとリリヤ? 何でここに?」

 すぐさま疑問をぶつける。

「……ん、挨拶、間違えた?」

 小首を傾げるリリヤ。

 この光景、男性連中がいたら萌えて悶絶ものだね。

 いや、妹自慢じゃないよ?

「間違ってはいない、けど。理子の求めてる解答とは違うかな……って言うか誰から教わったの?」

「……ワイズ」

 確か、お姉ちゃんの弟子の1人だった気が……あの野郎リリヤに何を吹き込んでる。

「あー、理子お姉ちゃんが聞きたいのはどうしてリリヤが日本にいるのかって言う話」

「……ソフィーからの依頼」

「依頼?」

「……ん」

 そう短く言ってリリヤは携帯画面をこちらに向けて電話を掛ける。

 そうしてすぐ出たのは相変わらず机に座ってるライヘンバッハの『教授』となったソフィー・モリアーティ。

 画面越しでも分かるくらいに生気の薄い目をこちらに向けながら彼女は何でもなしに切り出す。

『どうやらリリヤは無事に着いたようね』

「えっと……依頼って話らしいけど、あたしに?」

『大した事ではないわ。リリヤの面倒を見てちょうだい、仕事自体はリリヤに任せているから』

「手出しは無用?」

『そうよ。それに、まだその時ではないわ』

 意味深な発言。

 一体何が見えてるのか……きっと同じ境地の人にしか理解できないんだろう。

 すぐに自分にとっての最善を導き出せるのはある意味、便利なようでいて不便だろうね。

 言ってしまえば物語の序章で結末を知ってしまえる。

 でも、今のあたしには羨ましいかな……知りたい事を知れるんだから。

『……ふう』

 画面の向こうで一息吐いてソフィーはこっちの思考を読み取ったかのように呆れてる。

 この人の前じゃ――イ・ウーのシャーロックもそうだけど、おちおち考え事も出来ない。

『感情は芽生えるもの……特に感情を表してる時はいつ?』

「それって――」

『話は終わりよ』

 あたしが聞こうとする前に連絡は途絶えた。

 誰の話かは言わずとも分かる。

 ソフィーは、あたしにヒントを出した。

 きっと話を切ったのはあたしがそのあとに答えを求めてしまうと分かっていたから。

 自分で考えずにただひたすらに結果だけを求めるなんて、お姉ちゃんならつまらないと言って切り捨ててしまうだろう。

 ああ、そうだよね。

 そうやって苦悩して、足掻いてる人がお姉ちゃんは好きって事を知ってるじゃん……あたし。

 お姉ちゃんの近くで、自分の生き方に苦悩してる人物。

 分かってはいたよ。

 お姉ちゃんが好きそうだなって思ってもいた。

 家族の死を前に四の五の言って迷ってる暇はない……か。

 なら、今まで誰もやった事がないであろう大変なモノを盗んでみますかね。

 

 ――恋心ってヤツを。

 

 ◆       ◆       ◆   

 

 始業式が終わり、あとは自由時間。

 私は1人部屋に戻って色々と準備をする。

 何の準備かと言うと解体の下ごしらえってやつだね。

 化粧品やら日用品に紛れ込ませてある薬品、それから私のナイフコレクション、その他もろもろ。

 狙い目は修学旅行Ⅰ(キャラバン・ワン)

 適当にアンダーグラウンドな組織な感じの風貌(ふうぼう)を装って、あのウルスの姫君を暗殺する。

 実際問題、ウルスは私達に敵対するだろうから……その前に戦力を減らすに限る。

 あとは色んな噂を吹聴(ふいちょう)して組織同士で(にら)み合ってくれれば、こっちとしても動きやすいしね。

 お姉ちゃんは『師団(ディーン)』『眷属(グレナダ)』のどちらにもおそらく属すつもりはないだろう。

 ――――――。

 ……? 誰か来る。

 こんな時に来客なんて。

 理子? キンジ? それとも白雪かな?

 いや、この歩調は……

 素早く私の仕事道具を片付けて、気配のする玄関の方へと向かう。

 ドアの覗き穴を見ればそこには顔にベールみたいなのが垂れ下がってるけどいつものメイドリリヤの姿。

「いらっしゃい。日本にわざわざ来たって事はお仕事?」

「……ん」

 ドアを開けて聞いてみれば無表情の短い返事。

「まあ、取り敢えず入りなよ。ロシアンティーでも飲む?」

「……いい。……ソフィーから連絡」

 そう言いながらリリヤは玄関のドアをくぐり、そのまま振り返って私に携帯を見せる。

 テレビ電話、ね。

 "伝言"じゃなく直接私に話したいと。

 玄関のドアを閉じて、私はお姉ちゃんが出るのを待つ。

 数回のコール後に、

『フゥー』

 こちらに背を向けて窓に向かってパイプを(ふか)すお姉ちゃんが映る。

 お姉ちゃんにとって嫌いなお父さん――シャーロックからの贈り物の(はず)なんだけどね……

 私が持ってきた時にその事は分かってると思うんだけど、普通に使ってる事に今更ながら違和感。

『さて、人形遊びに興じるのも良いけど……私としてはオススメはしないわ』

 うん、私のやる事がよく分かってる。

 そして分かってる上で私に注意してる。

 悪いけど――

「止まるつもりはないよ? さすがに、私にも限界はある」

 色んな意味でね。

『するな……とは言わない。でなければ、貴女はすぐにイレギュラー要素になる。計算通りに行かないのは困るのよ』

 完璧主義者だね~

 いや、完全主義者?

 どちらにせよ数学者のひ孫……計算違いは起こしたくないって言うのは分かる。

 その言葉を言ったあとにお姉ちゃんはアンティークの椅子を回転させてこちらへと生気のない色白な顔を向ける。

「じゃあ良いんだ♪」

『ええ、でも……ウルスの人形姫の相手は機械人間にさせなさい』

「えー……」

『あからさまにつまらなさそうな顔はやめなさい。それに、動き始めたとは言えまだまだ水面下で動く必要があるわ。"潜水艦"のようにね』

「そっか、船長が色々と?」

『船長はこれから私の代わりに静かに動いて行く。そしてこれから私は「教授」となる』

 教授、ね。

 船長は隠れ蓑……その背景に教授。

 なるほど、お姉ちゃんってば(ひい)(じい)さんと同じような感じでやって行くつもりなんだ。

『まだ死にたくはないのよ。この世がつまらなくても』

「知ってるよ」

『なら……私を死なせないよう大人しくして適度に遊んでなさい』

 うっ、これはさり気なく手出しするなって言われた。

『それじゃあまた』

 そう言ってお姉ちゃんとの通話は切れた。

 しかし、ウルスの姫は"人形"姫でリリヤの事は機械"人形"じゃなく機械"人間"、ね。

 お姉ちゃんとしては人形の方が動かしやすいだろうに、あえて人間を使う。

 イレギュラーを嫌う割には、軽く矛盾してるんだよね。

 でも、ま……そこが私は気に入ってるんだけど。

「それで? リリヤの仕事は?」

「……威力偵察」

 なるほどね。

 まずは彼我の戦力の分析に来たわけだ。

 リリヤなのは、無人兵器を操作出来るから。

 遠巻きで色々と出来るし適任といえば適任だしね。

 これからを考えるとこちらの戦力をあまり知られたくはないだろうし……現状、外で動いてるのは私とリリヤだけ。

 顔と言うか、ライヘンバッハの存在を知られてないとは言え少なくとも私とリリヤ、理子が何らかの線で繋がってることは既に露見している。

 イ・ウーとは別の繋がりだとあの直感力が予知に近いツインテールピンクには何となく思われてそう。

 その事は置いておいて。

 うーん、しかし適度に遊んでなさい、か。

 たまには全力全開! ってやってみたいんだけどね。

 いや、したら侵食が甚大だけど。

 それよりも早いとこ、殺人欲を満たしたい。

 けれどもウルスの姫は殺っちゃダメ、ではないんだろうけど、私が動くのはやめた方がいいっぽい。

 リリヤが殺すんじゃなくて私が殺りたいんだけどな~

 別の物で補う、か。

 食欲、は別に人並みだし……睡眠欲も人並み……それが殺人衝動の代用品になるかと言ったら正直ならない。

 手っ取り早いのは快楽に堕ちるか、嗜虐心を刺激するか。

 どうしたものかな……

 ここは……無難にキンジでも適当にからかうかな?

 ウルスの姫の目を誤魔化して会いに行こう。

「リリヤは自分の仕事に戻っていいよ。サポートが必要ならいつでも呼んでね」

「……ん」

 1つ返事をすると、リリヤの姿がブレる。

 ジジと言う、テレビのノイズのような音と共にそのまま背景に溶け込んでいった。

 え、なにそれ?

 無駄なところに無駄に技術力高い機能を備え付けてる。

 いつの間にメイド服はステルス機能付きになったの?

 微妙に埃が上がった場所からして外に出ていったのは分かる。

 あ、なるほど……ベールをしてたのはそう言う事ね。

 あの子も暇を見つけては色々とやってるっぽい。

 どこから機材を調達してるかは知らないけど。

 さーてと、キンジのところ行かなくちゃ♪

 始業式が終わっておそらくはウルスの姫が参加してるパレードの近くにいるだろう。

 狙撃拘禁? 何にしても軟禁状態なのは変わりない。

 今の内ぐらいしか会えなさそうだしね。

 取り敢えずパレード近くの路地裏を探してみよう。

 適当に探してれば会えるでしょう。

 

 

「見つけた! おい! 見つけたぞ!」

 路地裏で謎の男子生徒に発見されたと思ったら犯罪者のごとく報告される。

 そうしてぞろぞろと集まってくる男子生徒と女子生徒。

 男女比率的には7:3ぐらい。

「なーに? 武偵なのに強姦みたいな事しちゃうの?」

 身をよじりながらの私の発言に顔を赤らめるのが十数名。

 なんで女生徒の何人かも顔を赤らめてるの……

「いいや、違う! 今日は水投げの日。つまりは堂々と手合わせを願えると言う訳だ!」

 熱血漢っぽいのが純粋に私と実戦をしたいとばかりに説明した。

 水投げ――確か校長の母校の伝統で誰に水を投げても良いって言う祭りだったかな?

 こっちでは徒手格闘限定なら誰に挑戦しても良いって言う武偵独自のルールになってるけど。

「それで、あわよくば私をもみくちゃにしてまさぐりたいと」

「違う! 純粋な手合わせだ!」

 熱血漢生徒はそう答えるけど、多分……ついてきてる半分ぐらいは下心あるでしょ。

 はあ、今は加減がしにくいんだけどね。

 ここは適当にサクサクと片付けよう。

「仕方ないね~、ちょっとだけだよ?」

 と、私はそのまま集団に突っ込んでいく。

「――え、ちょ!?」

 驚いてるけど、仕掛けたのはそっちなんだから話は聞かない。

 ……。

 …………。

 うん、多分時間的には5分以上10分未満ってところかな?

 路地裏は死屍累々。

 何人か幸せそうな顔してるけど。

「つ、つええ……」

「また……負けた」

「あともう少しで触れたの、に……」

 やっぱり下心あるの何人かいるし。

 欲望に正直過ぎなのも考えものだね。

 それにこの狭い路地裏に集団で固まってたら意味ないし。

 もうちょっと段取りしてから来なよ。

「悪いけど用事があるから先に行くね。仕掛けたのはそっちだからアフターケアは自分でやっといてよ。それじゃあねー」

 そう言い残して私はその路地裏をあとにする。

 運動はいいけど、下手に興奮したら再発するリスクがあるこの現状はあまりよろしくないかな?

 衝動を意識、思考すると余計に再燃する可能性が高まる。

 人間は不思議なもので怪我を認識あるいは意識してなければ傷の痛みもしばらくは気付かないからね。

 ただ、考えないように意識してる時点でそれは意識してるって事にもなるから……ある種の矛盾だね。

 最初から別の事を考える方が得策――

 あれ? 色金が勝手に反応してる。

 色金の共鳴現象……

 手を見てみれば緋色に淡く光り始めてる。

 おそらく全体的にオーラみたいに私の体が発光してる。

 この武偵高には一応、超能力の専門科がある。

 つまりは探知される可能性があるね。

 無理矢理抑えさせてもらおう。

 意識して強制的に色金の力を遮断する。

 イメージとしてはパソコンを強制シャットダウンする感じ。

 当然ながら無理に何かをすると言うのはあとで何かしら支障が出るもの。

 正直、あまりやった事がないから実際にどうなるかは分からない。

 数十秒経って――――何とか、力は抑えた。

 今のところ変化はない。

 衝動とかも大丈夫そう。

 始業式にココがいたからもしかしたらと思ってたけど、まさか日本に来てるとはね。

 でも一体何のために?

 戦役も始まっていないのにあの子を連れて来るなんて。

 って言うのは、この時点でお門違いなんだろうね。

 お姉ちゃんも動き始めてるし、イ・ウーが崩壊した時点で他の組織が動いてて当前だろうしね。

 あの子を連れてきたのは……まあ、ココの事だから小間使いに連れて来た程度だろう。

 他に何の目的があるかは知らないけど。

 それはそうとキンジだよ。

 パレード終わったらどうせ人形姫が戻ってくる。

 あのブラドのペットだったオオカミがキンジの傍にいるだろうけど、そこは問題ない。

 噛み付いてきたりして問題になるのはあっち側だし。

 考えながら移動してると、オオカミの唸り声。

 こっちの方か。

 軽い足取りで1つ角を曲がればそこには尻餅をついてるキンジとその前に立っている人形姫のオオカミ。 

「路地裏でなーにしてるの・か・な♪」

「別に、なんでもねーよ」

 いきなり現れた私に驚く様子もなくキンジは普通に返してきた。

 パンパンと尻を叩いて立ち上がる。

「まさか水投げで誰かに負けたとかじゃないよね?」

「そんな訳無いだろ」

 なんて言うキンジは普通に返してるようで怪しい。

 何もなかったらこんな所で座らないだろうし。

「ふーん……正直に話したら貸し1つチャラにしても良いんだけどな~」

「……やめておく」

 私の取引に一瞬迷ったね。

 まあ、でも……迷った時点で大方の推測は出来た。

「へえ、年下に負けたんだ」

「誰もそんな事言ってないだろ」

「実は見てたって言ったら?」

「悪いが、その手には引っ掛からないぞ」

 と、キンジは呆れたように答える。

 何度も同じ事を経験してたらさすがに学習するよね。

 で・も。

「しかし、すごい動きだったね。まるで酔拳みたいだったけど」

「ほんとに見てたのかよ……」

 ボロ出すの早いよ。

 私は舌を出して、

「いや、ウソ♪」

 してやったりとばかりに答える。

「…………」 

 やられた、キンジはそう思ってそうな感じに頭を抱える。

「……どうして分かった?」

 諦めたとばかりにキンジは理由を聞いて来る。

「いや、まあ……水投げの日にこんな何にもない路地裏で尻餅ついてたら疑うでしょ、普通。それに、相当飲んでたのかな? 外にいるのにアルコールの臭いがキツいし。年上に負けたのならさっきの貸しのチャラの後で話してるだろうからね。貸し借りよりも先に保身に走ったって事は、私に知られたら面倒だと思ったから……そうでしょ?」

「ああ、もう分かったよ……降参だ」

 私の推理に見事完敗とばかりにキンジは観念した。

「相変わらず頭が回るな」

「探偵ですから」

 笑顔で私は答える。

「もちろん言わないでくれるよな?」

「さあて、どうだろうねー」

「勘弁してくれ、昨日から厄日なんだ」

 キンジは疲れたとばかりに息を吐いた。

 これは、ある意味チャンス。

「もしかして、レキさんと何か関係あるの?」

 見てたから知ってるけど……いつものごとく知らないふりをしておく。

「何だよ、お前も既に早朝の俺とレキの事を聞いてるのか?」

「人の口に戸は、ってヤツだね。噂なんてすぐに広まるよ、閉鎖的な組織や学校なら尚更(なおさら)だしね」

「まあな……」

 納得したような顔をしながらもキンジの顔は疲れてる。

 これは、結構参ってるね。

 正直なところあの人形姫の傍にキンジを置いておいてもあまりメリットなさそうだし。

 最初は面白いかな、と思って放置してたけど……神崎さん以上に気に入らないから略奪させて貰おう。

 ウルスの姫も言ってたしね。

 異性は話し合いじゃなく、奪うものだって。

「なんなら私のところに来る? 何か訳ありっぽそうだし」

「……いいのか?」

「別にいいよ。キンジが気にしなければ、の話だけどね」

 と、甘い言葉を投げ続ける。

 狙撃拘禁なんて言うある意味脅迫された状態なんだから本人も気付かないぐらいに精神的には疲弊してるはず。

 それに、何となくだけどキンジが傍に居れば私の衝動もいくらかマシになりそうだし。

 しかし、私がキンジの部屋に行くのはよくあるけど逆はなかったね。

 まあ……そもそもキンジが女性の部屋に自ら進んで行くこと自体ありえないだろうから当たり前だけど。

「で、どうするの?」

「…………」

 私の問いかけにキンジは黙って考え始める。

 迷ってると言うよりは葛藤してる感じ。

 提案としては狙撃拘禁されてる現状からしたら魅力的だろうね。

 ただ、それで私が狙われるんじゃないかとか考えてるかもしれない。

 風とやらに私は危険視されてるみたいだし、風の命令に忠実な人形姫はマリオネットのごとく糸に引かれるまま引き金を引く、と。

 そんな事して家族になろうなんて不可能なんて事は普通は分かるだろうけど。

 あのウルスの人形姫にそう言う考えがあるとは思えない。

 そうして迷った末に――

「……いいや、やめておく」

 キンジは断りの言葉を出した。

「そっか、助けになれると思ったんだけどね」

「いつも助けて貰ってるし、貸しは増やしたくない」

「残念……ま、いつでも来るといいよ。最近は退屈してるからね」

 私は言いながらそのまま背を向けて路地裏を出る。

 やれやれ……ほんとに残念だな~

 と言うか、最近はキンジとなかなか一緒にいれないのがホントに残念。

 中学の時みたいに隣にいる事が出来ないのは仕方ないけど、それでもあの時は今よりも面白可笑(おか)しく日々を過ごせてた気がする。

 あの時が楽しいって思えるならキンジももうちょっと私に構ってくれればいいのに。

 それはそうと……

 さっきので居場所はバレた。

 早いとこ、この場を――

「ジャック、ジャックなの――わぷっ!?」

 すぐさま角から出てきた人物の視界と口を塞ぐ。

 世の中、上手くいかないもんだね。

「何も見えないです」

「喋らないで貰えるかしら?」

「ふえ、なんで不機嫌ですか?!」

 目の前にいる少女が驚愕する。

 今の姿を完全に見られた訳ではない。

 でも、この状況はちょっとマズい。

 って言うかこの子、私の事を殺人鬼だって知ってると思うんだけどね。

 もうちょっと配慮ってものをして欲しい。

「こっち来なさい」

「え、はい……」

 そのまま180度少女の体を回転させて後ろから手で目隠ししたまま違う路地へと進む。

 そうして、適当なところで立ち止まって少女を解放する。

 だけど……今の姿を見られるわけにはいかない。

「私が良いと言うまでそのまま前を向いたまま」

「……あい」

 さて、ジルちゃんによる3秒は無理だから30秒変装講座~

 適当にメイク、適当にセミロングのカツラを被って、カラコンしたらあら不思議。

 ちょっとミステリアスな感じがするお嬢様の出来上がり。

「いいわよ」

「さっきと姿が違う気がします」

 振り返った少女が気付いた事を真っ先に言う。

 実際、同じ姿でいる事なんて武偵高以外ではあまりないし。

「いつもの事でしょ」

 私は普通にそう返す。

「ところでココ達の傍から離れて良かったのかしら、(コウ)?」

 小五ぐらいの体格。

 足元まで伸ばしたロングの黒髪、人にしては珍しい赤い目をしている彼女はあはは、と力なく笑う。

「ココ達はみんな、テストだなんだと言って猴を置いて行ったのです……」

 しゅんとして、猴は困ったような顔をする。

 そりゃ慣れない異国でいきなり1人にされたら不安にもなる。

「で? 色金使って私を探そうと? そんな事して保有者だってバレたらあなたも私もあの手この手で狙われるわよ」

「あい、すみません……軽率でした」

 しょんぼりする猴。

 まあ、大規模な組織に属してる猴は守られるだろうけどね。

 色金持ちを他組織に渡すはずないだろうし。

 しかし、色金をレーダー代わりにするとは……

 それに不完全と言えど猴ほど色金を使いこなせれば出来ない事はないだろうね。

「実は"(ソン)"が勝手に出てきてって訳じゃないわよね?」

「いいえ、探してたのは猴です」

「それで? 私に何か用?」

「用と言う程ではないですが、この武偵高にいると言う話を聞いて猴は……心配だったのです。色金に呑まれていないか……」

 猴は緋々色金の性質である恋と戦とはあまり合わない性格をしてる。

 戦うのが嫌いでご覧の通り心優しい。

「私はそんなに簡単に呑まれないわ」

「そう、でしたね。でも、実際に会って分かった事があります。確実に色金に侵食されてるのです」

 そんなのは私自身分かってる事なんだけどね。

 だけどまあ、猴がそこまで分かるって事はあのピンクツインテールもいずれその境地に至る可能性があるって事が私にとっての懸念事項。

 だって中身が分かっちゃえば外見なんていくら変えても意味ないし。

 それはいずれ考えるとして――

「こんな悪女を心配してくれるなんて……ありがとう、と言えばいいのかしら?」

「本当に悪、なのでしょうか? 猴には、猴と同じで色金に振り回されてるだけにしか思えないのです」

「だって私はもう人殺しだもの、そしてあなたと違ってそれを楽しんでる」

「――っ」

 瞳を覗き込むようにして前屈みになり、猴に語り掛ける。

 息を呑む彼女は良い表情をしてる。

「殺したくはない。でも、"今まで誰も殺さなかった"訳じゃないでしょう? 斉天大聖?」

「……ッ!」

「ね? 心配しなくても大丈夫よ」

 それから猴の頭を少し撫でて私はそのまま「お先に失礼するわ」と言って路地を出た。

 色金同士は惹かれ合う運命にでもあるのかね?

 そう思う路地裏の出会いだったよ。

 




大人向けは官能的な表現がよく分からんから試行錯誤中。


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