緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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いかんな。
調子に乗って新連載なんてしてみたけれども……相変わらず構想ばかり膨らんで筆が進まない。
いやはや、どうしたものか……

まあ、気にせずに行ってみましょう。

注意事項

・欝展開
・覚醒?




65:逆位置の死神

 

 姉上からの誘いで知己の人物に逢いにロンドンへと向かい、そして夜を明かした。

 あれから部屋へと戻ってきて私は寝てしまった様だ。今までの生活サイクルが抜けきれないのか妙に起きるのが辛い。

 これも一種の時差ボケだろうかと思いながらも体を起こす。

 ダメだな……こんな事では何のために武偵高を抜けたのか分からなくなる。

 既にキアさんは下に降りているらしい。

 少し急ぎ気味に部屋を出て階段を降りる。

 そして、気付いたのは食欲を掻き立てられる匂い。

 その源であるキッチンを覗いて見れば――

「お姉様の手料理なんて久方ぶりですわね」

「そうね。最近はどうせ外食なんでしょう?」

「まあ、実際そうですわね。料理は……やろうと思えば出来ますけど……」

「見えなくても出来ちゃうあたり、あなたも大概よね」

「ですけれど何分、多忙な身になってきましたしたので。料理に時間を掛ける訳には行きませんし、片付けるのも面倒ですし」

「本音は後者でしょう。結構面倒臭がりなのも変わりないのね」

 姉上とキアさんが談笑している様子。

 疎外感を感じてしまう。

 と言うよりも完全にあの中に入るタイミングがない。

「イオリさん? 隠れてないでこちらに来て下さいな」

 柱の影に隠れていたのだがあまり意味がなかったようだ。

 キアさんに言われて居たたまれない感じに私は出ていく。

「何を隠れてコソコソしてるのよ?」

 料理をしながらも変装した姉上が問いかけてくる。

 コソコソしていたつもりではないのだが……

「いえ、一番遅くに起きてしまった上に仲良く談笑されていたので……」

「入りづらかった、と?」

 的確にこちらの言いたい事を姉上が当ててきたので、にべもなく「はい」と私は答える。

「真面目ですのね」

「真面目と言うよりは律儀ね。硬いわよ」

 感心したように呟くキアさんとは逆に、姉上は少し呆れたように呟く。

 食事が完成したのか姉上がよし、と声をあげる。

「シンプルにエッグトースターとコンソメスープにしてみたわよ」

 と姉上が言いながらテーブルに朝食が並べられる。

 シンプルだが美味しそうだ。

「あら、良い匂い。でも私はパンよりもご飯が良いのですけれど……」

 意外だ。

 外国はパンが多いと思っていたのだがキアさんはそうではないらしい。

「何をワガママな事を言ってるのよ」

「せっかくお姉様が来てるのですからリクエストしておこうかと」

 姉上の言葉にキアさんは遠慮なく答える。

 少しばかり半目になった姉上は手間の掛かる、とばかりに呆れた顔をしてリクエストを聞いた。

「次に用意しておくわよ。何をご所望かしら?」

「スシですわ」

「来日する時は連絡してね、店を予約するから」

「そんなご無体な、後生ですから……」

 キアさんはよよよ、椅子の上で泣き崩れる。

 あからさまにウソ泣きな訳だが、役者なだけあって演技が堂に入っている。

 姉上の視線はさらに呆れたものに変わった。

「いつから日本文化に影響されたのよ……」

「食事からですわね。あまり口に残る食べ物は好きではありませんの。生地を使った料理ってもっさりしてますし」

 先程の泣き演技から一転してケロっとした感じで姉上に答えるキアさん。

 切り替えが早い……

「そう言うのは以織に頼んでちょうだい」

「そうですわね」

「ちょっと待って下さい……」

 姉上の一言で矛先がこっちに。

 何か弁明しないと。

「私、寿司なんて握った事ありませんよ?」

「日本人ですのに?」

「キアさん、日本人が誰でも寿司を握ってる訳ではないんです」

「でも、あなたが腰に着けているのは――」

 そう言ってキアさんは私の腰あたりに顔を向ける。

 佩刀(はいとう)していれば嫌でも音が響く。

 目が見えなくも何かは分かるはずだ。

「マグロ包丁ではありませんの?」

「違います」

 全然分かっていなかった。

 的外れな解答に反射的に否定する。

 そんなものを腰にぶら下げて歩いていれば変人にも程がある。

「ではカジキを解体するのに使うのね」

「魚から離れて下さい」

 それにカジキもマグロです。

「ふふ、冗談よ。食事にしましょう」

 楽しそうにキアさんは微笑みながら食べ始める。

 この手の人は苦手だ。

 最初はお嬢様と言う感じかと思ったが、思ったよりもふわふわとした人だ。

 私も席に着き、食事をとる。

 ………………。

 …………。

 ……。

 食事が終わり、せめて片付けはと思い私が食器を片付けて後始末をする。

 私に任せたとばかりに、その間にも2人は何やら準備をしている。

「以織ー、片付けは終わったかしら?」

「終わってますけど、帰るんですか?」

 手を拭きながら後ろにいる姉上にゆっくり振り向きながら聞く。

「いや、しばらく帰らないことにしたわ」

 ……はい?

「帰らないことに、って」

「ああ、大丈夫。キアにしばらく部屋を使って良いって言われたから」

「いえ、そう言う問題では――」

「ごめんね。ちょっと用事が出来たのよ。あとはよろしくね」

「姉上!」

 そう言って足早に、外へと出ていってしまわれた。

 呼び掛けにも反応を示さずに。

 よろしくね……と言われても何を、どう、よろしくしろと言うのだ。

 続いてキアさんが姉上と入れ違うように階段から降りてきた。

「イオリさん、どうかされたの?」

「いえ、姉上が足早にどこかへ行かれてしまって」

「お姉様ならイオリさんを私の専属ボディーガードにと言う事で色々と手続きをしに行かれましたわよ?」

「姉上ええええぇぇーーーー!!」

 キアさんの言葉を聞いてすぐさま玄関を飛び出す。

 正面。

 右っ。

 左ッ!

 いないッ?!

 あの短時間で既にどの通りにもいない。

 探そうにもどこに行ったかは不明、しかも私には当たり前だがロンドンに関しての土地勘がない。

 捜索は開始する前に既に終わっていた。

 くっ、ここまでか……

 と言うより昨日の私の発言は無視ですか。

 思わず膝を突く。

「大丈夫かしら?」

「何も大丈夫じゃありませんよ」

 背中を向けたまま心配するキアさんに答える。

「専属ボディーガードなんて嫌だった?」

「嫌、ではありませんけど昨日の今日で話が急すぎます」

 さすがに人目があるので膝を突いたままではいけないと思い、立ち上がりながら私は言う。

「では、よろしいではありませんの」

「良いんですか? 昨日が初対面の何も知らない人ですよ?」

 振り返って聞きながら見たキアさんの表情はニコニコとした笑顔。

 顔の近くで両手の指を合わせてご機嫌そうだ。

 もしや――

「姉上と共犯ですか?」

「ふふ、いえ、責任をどう取って貰うか相談したらそんな感じになりまして」

「話を(まと)めてる時点で同じです」

「でも、初めて……でしたし」

「やめませんか、そんな意味深な顔で変な言い回しは誤解を受けます」

「つまり誤解ではなく事実にしてしまえばよろしいのね」

「何もよろしくありません」

「大丈夫、殿方の悦ばせ方なら心得てます。問題ありません」

「問題だらけですよ!」

 最初の私の印象を返して欲しい。

 しかし、これから一体どうしたものか。

 と思っていると、目の前に黒塗りの車が止まる。

 降りて来たのは先日にも会ったチャールズだった。

「おはようございます。本日も珍しい晴天ですよ、キア」

「そうでしたの。通りで陽射しを……それではイオリさん、私はこれで。昨日と同じ時間に終わる予定ですので、出来れば迎えに来て頂けると嬉しいです。鍵はお渡ししておきますから」

「あ、いえ、ちょっと!?」

 私は無理矢理に鍵を握らされて驚いている間にも、彼女はチャールズに手を引かれて車に乗り込み去って行ってしまった。

 まさかの展開にどうしていいか分からず、立ち尽くす。

 と思っていれば、目の前に違う車体が目に映る。

 あれは……

「おー、いおりん。こんな所にいたんだ」

 窓から顔を覗かせたのは理子さんだ。

 そして、運転席に乗ってるのはメイドのリリヤさん。

「どうしてここに?」

「いやー、お姉ちゃんがいおりんの分も含めて数日分の着替えを持ってきてって言われてさ」

 言いながら車から降りて、理子さんはトランクの方へと向かう。

 姉上、いくらなんでも手が速すぎませんか?

「てっきり迎えに来て欲しいって連絡かと思ってたんだけどね」

 最後に、困った人だよ、と言う割には嬉しそうに微笑む。

 それから大きめのトランクケース2つが取り出される。

「ま、しばらく私とリリヤもロンドンにいるし……何かあったら言ってちょうだいな」

 理子さんはそれから助手席へと戻る。

 席に着いてそのまま発進するかと思いきや、何かを思い出したかのような顔をして窓を開ける。

「出掛ける時は気を付けてね。日本ほど治安はよくないし、夜道は特に危ないから。最近のロンドンは死神がでるらしいよ?」

「死神、ですか?」

「そうそう。まあ、それっぽい格好した犯罪者の類だと思うけど……何にしても気を付けてね。それじゃ」

 その言葉を最後に、理子さん達は走り去ってしまった。

 取り()えず、荷物を部屋に入れるとしよう。

 ……。

 …………。

 ………………。

 やる事もなく、暇を持て余す。

 初めての土地で鍛錬に向いているような場所があるかどうかも分からない。

 鍵は手元にある。

 なので出掛けようと思えば出掛けられるが、言葉が通じない中で出るのは正直不安だ。

 初めての土地、不安もあるが……冒険心が無い訳ではない。

 どちらにせよここにいても何も変化はない。

 連絡手段はあるのだから、いざとなれば連絡をすればいいだけだ。

 私は思い立つようにキアさんのアパートを出る。

 それからアテもなく、私は周辺を散策する。

 道は色々な所に続いてはいるが、私はどこに行けばいいのか分からない。

 同じような景色ばかりに見える。

 私の周りでは色々と変化が起きてはいる、が……私自身は何も変わってはいない。

 姉上と出会った時に、心の隙間が少し埋まったような感じはした。

 だがそれだけで、未だに埋まらないモノはある。

 剣を振っていても虚しさを感じる。今の私の刃には何の想いも乗ってはいない。

 それが分かっていても、どうしようもない。

 本当に私は……生きる意味を見い出せるのだろうか?

 1人でいるとそんな事ばかりを思ってしまう。

「Hey,Girl!」

 唐突に私に向かって掛けられる声。

 声のするほうを見れば、スーツ姿で金髪のオールバックの青年が家の壁を背にして、黒いテーブルクロスのようなものが掛かった机の前に座っていた。

 回りを見ても人はいない。どうやら本当に私に声をかけたようだ。

 自分自身を指差して、私? とジェスチャーで伝えると彼はにこやかな笑顔で頷く。

 あまり英語が分からないし、胡散臭い感じがするのだが……いざとなれば叩き伏せればいいだろう。

 私は彼の目の前に来ると、イスに座るように示される。

 それからマジマジと私を見てきて、

「うん、どうやら日本人……のようだネ」

 たどたどしい日本語で彼は喋った。

「喋れるんですか……」

「少しだけネ。あんまり上手くはないけど、取り敢えずハジメマシテ」

 変なイントネーションが入りながらも彼は気さくに挨拶をしてきた。

 私は戸惑いながらも挨拶を返す。

「初めまして……」

「うん、急に声を掛けてすまないネ。キミに少し気になるものを見てネ」

「気になるもの?」

「そう。私は占い師をシテル、ワイズと言いまス」

 占い師、か。

 失礼だが、通りで胡散臭い訳だ。

 彼はそんな辛気臭そうな職業とは反対に明るく、笑顔だ。

「唐突ですが、アナタ……とても迷ってますネ?」

「………………」

 陽気そうな声とは裏腹に的を射たワイズと言う占い師の言葉に、私は無言になる。

「Oh……深刻そうですネ。あまり(ちから)になれないかもしれませんが、気休めに占ってみますカ?」

 何かに(すが)りたい私は、道を指し示してくれるなら何でも良かった。

 静かに頷く。

 彼は慣れた手つきで何かのカードを並べ、切り、1つの山札にする。

「占いと言っても、大袈裟な事はシマセン。全ては、その人の手の中にありマス」

 つまり引け、と言う事なのだろう。

 引いた1枚目は2本のバトンを持った裸の女性が描かれたカード。

「フム、世界のアルカナの正位置。運命の出会い、あるいは何かの完成……つまりは良い事があるようでス」

 本当にそうなのだかろうか?

 今の状況では、(にわ)かには信じ難い。

「今は未来から順番に占ってまス。引けば引くほどに、近い未来が見えてきまス。あと2回ぐらい引いてみますカ?」

 ワイズはカードを取って、よく分からない並べ方をし、山札に戻す。 

 この戻し方に占い的な意味でもあるのだろうか?

 そう思いながらも2枚目を引き、同じように戻し、3枚目を引く。

「2枚目は逆位置の正義、3枚目が逆位置の死神……ですカ。どうやら、困難な道のりになりそうデス」

「つまり?」

「アナタには近い内に転機が訪れまス。新しいチャンスでス。しかし、その為には今までアナタのバランスを保っていたモノがなくなりマス」

「………………」

「大丈夫デス。最後にはきっと何かを得ているはずデス。ですが、それまでは自分自身を見失うかも知れまセン」

 不安な内容だ。

 占いと言うのを信じている訳ではないが、それでもあまり良い気分ではない。

「ありがとうございました」

「お代はいらないでス。アナタに幸運を」

 一応お礼を言って席を立つ。

 お代は良いのだろうかと思ったが……

 振り返ってみれば彼は笑顔だ。

 本人がいいと言っている訳だし、このまま行くとしよう。

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 以織が離れたのを見て、私は路地裏から出てワイズに話し掛ける。

「いつからマジシャンから占い師になったのかしら?」

「本職はこっちだよ、それに今でもマジシャンをやってる。ただ単に色々とやってみたくてね」

 流暢な英語で彼は答える。

「それよりも久しぶりのご登場だね。師匠(マスター)

「まあね、まさかこんな所で出会うとは思わなかったけど」

「僕は思わぬ再会があると知っていたけどね」

 なるほどね。

 的中率は良いみたい。

「今では逆位置の魔術師(ウィザード)なんて名前が出回ってるらしいけど?」

「最近になって名前が売れてきたんだよ」

 彼はそう言いながら胸元のハンカチを取り出して軽く振るとシルクハットに様変わりする。

 それから黒のテーブルクロスを引っ張るとあら不思議、被せていた机とイスが消えた。

 どう言うタネと仕掛けやら。

「それはそうと、近い内に新しいステージが出来るんだけど……どうかしら?」

「ああ、そう言えばそうだね。もちろん、参加するよ……最近はマジックをする助手が足りなくて」

 そう言ってワイズは目を細めて笑った。

「それでは僕はこれにて。またゆっくり話せる時に、今日は色々とよろしくないみたいなので」

 言いながらワイズはタロットの正位置の死神のアルカナを見せる。

 それではまた、とお互いに言ってワイズはどこかへと去って行く。

 やれやれ、随分とイイ笑顔をするようになっちゃって。

 これは以織の方が少し心配かな?

 用事を終わらせたら注意しておかないとね。 

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 ロイヤル・オペラ・ハウスに向かう道中。

 日が傾き、まだ明るさが残る中を私は歩いて行く。

 人通りの少ないどこかの小道。

 中世の街並みを思い起こさせる風景で、落ち着いた雰囲気だ。

 そんな中で考えるのは占い師の言葉……私が私でなくなる、とはどう言う事なのだろうか?

 最近は引っ掛かって思い悩む事が多すぎる。

 気持ちは晴れない。

 

 そして――唐突に耳に入る絶叫。

 

 なんだ……?!

 すぐさま駆け出し、聞こえてきた方向へ。

 理子さんの言う通り治安が悪いのは本当だと思わせる程に問題に出くわすのが早い。

 まさか言われた日に起きるとは。

 だが、私は元々は武偵。

 職業柄とも言うべきか、捨て置く事は出来ない。

 すぐさま声がした方向の細い小道を調べる。

 1つ目……違う。

 2つ目……曲がり角に近づこうとした時、角から手が見える。

 思わず足を止めて刀に手を掛ける。

 出てきたのは黒髪のイギリス人の青年。

 壁に手を突きながら、その顔は息も絶え絶えで恐怖に染まっている。

「He……Help……!」

 私を見つけて助けを求める青年。

 すぐさま彼の所へ行こうとした瞬間に、彼の背後から見える黒い何か。

 街灯に薄く反射するそれは……鎌。

 全神経が嫌な予感に警鐘を鳴らす。

「待て……よせええええ!」

 私が駆け出し、手を伸ばそうとした時、

 

 ――鎌は青年の首と体を角の向こうへ持っていく。

 

 呆然と見る事しか出来なかった。

 音もなく、声もなく……あの角には死がある事を明確にする出来事が目の前で起きた。

 角の向こうからドサりと何かが倒れる鈍い音と同時に、角から先程の青年の頭が転がる。

 高鳴る鼓動に冷や汗。

 床が傾いているような気持ち悪さ。

 刀の柄を力強く握り締めて気を保つ。

 そして、角から別の人物が出てくる。

 徐々に見えてくるのは黒いローブに、ブーツ、身長より大きい鎌。

 

 ――死神――

 

 そう形容するに相応しい出で立ち。

 私を視界に捉えたのか、死神が体をこちらに向ける。

「お前は……誰だ?」

 気力を振り絞り、問いかけた言葉。

 流れるのは沈黙。

「何者なんだ!」

 私が怒号のように叫ぶも、死神は何も反応しない。

 肩に乗せた鎌を振り払って、垂らすように持ち替えただけだ。

 次の瞬間にフワ、とローブが揺れたかと思うと爆発的な加速と共に突っ込んでくる。

 水平に跳んでくる?!

 死神は体を捻ったかと思うとコマのように回転し出す。

 鎌が、丸鋸(まるのこ)の如く迫ってくる。

 確実にこちらを仕留めに来ている……!

 すぐさま首に迫る鎌を、鞘から完全に抜かず半分刀身を出した状態で防ぐ。

 いや……これは鎌の部分じゃない、鎌の柄だ。

 直後お腹に感じる衝撃。

「かふッ」

 漏れ出す息。

 蹴りによって体重が後ろへと引かれるのを感じた瞬間、私は思いっきりしゃがみ込む。

 頭上を刃が通り抜ける音がする。

 今ので遅れていれば首が後ろから飛んで行くところだった。

 !? ――風切り音!

 私の左から迫る鎌。

 死神は腰の後ろで鎌を横にしてクルクルと右足を軸に、回って間合いを詰めてくる。

 狙いは私の左脚か!?

 向かって来た鎌を下からの切り上げで(わず)か上に逸らす。

 頭上を刃が抜ける。

 これでしゃがんだまま、死神に向かうしかない!

 間合いは鎌の方が長い。つまりは(ふところ)に、距離を詰めれば活路が開ける。

 足に力を込めて滑空するように死神の足元を通り抜ける。

 このまま……足を(すく)う!

 刀を返し峰で死神の足を捉えようとした瞬間に、フワとまるで綿毛のように死神が浮いた。

 何――!?

 そのまま軸にしてた右足が眼前に迫り、鈍く光るものを見た瞬間に私はもう一段階跳び、右脚の上を飛び抜ける。

 完全に一撃を入れるタイミングを逃した、が……死神の横を完全に抜けた。

 私はそのまま前回り受身をして、真っ直ぐに走る。

 あのブーツ……暗器が仕込まれていたようだ。

 しかもあの状況で喉元を狙って来た!

 ――次元が違う。

 今まで私が相手にしてきた犯罪者とは、格が違う。

 そう直感が私自身へ警告してくる。

 先程の青年の(かたき)を討とうとは思わない。

 相手をすればそれこそ青年と同じ姿になる。

 ……逃げるしかない。

 今の私の剣では、自分さえも守れないと知ってしまっている。

 ――ギイン!

 なっ……!?

 上から落ちてきた私の行く手を遮る大鎌に私は驚愕する。

 足を止めれば、地面に刺さった大鎌の柄の上にフワリと座り込む死神。

 重力を感じさせない程にゆったりと降りてきた。本当に死神だと思わせられる。

 

 これは報いか?

 

 私が復讐を果たしたが故の対価。

 

 因果と言うヤツなのか?

 

『忘れたのか? 父から私が教わったのは、活人剣じゃない――殺人剣だ』

 

 待て……何故あの時の夢の言葉が出てくる。

 

活かす(生きる)為には殺すしかないんだ』

 

 ――違う。

 

『父はそれを知っていた』

 

 ――違うッ。

 

『剣の在り方なんてそんなものだ』

 

 ――ち、が……。

 

『いっその事、心を殺してしまえば……命は助かるかもな』

 

 思わず店のショーウィンドウに映る自分の姿を見る。

 そこにはあの時の夢に出てきた私のようなモノが語り掛ける。

『逆に言えば、命を差し出せば心は助かるな。悩む事も、苦痛も、その(ごう)からも解放される』

 ――そん……なの。

『だが、せっかく手に入れたものも手放す事になる』

 ――…………。

『もうそろそろ答えは出すべきなんだ。選べないのなら――』

 

 ――心を活かしたまま死んでしまえ。

 

 自分自身だと思えない言葉。

 ここで、死ぬ……?

 私が真実を知った時は姉上が助けてくれた。

 けれど、今は違う。

 私はまだ活きたい、生きたい。

 私はまだ、やっと得始めたばかりなのに。

 私はまだ、ここに在りたい。一緒にいたい。

 選ばなくちゃ……私自身を活かすにはどうすればいいのか。

 選ばなくちゃ……

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 ――私が()きるには――

 

 

 

 ――殺さなくちゃ。

 

 

 

 何かがプツリと切れ、私の中で消えていく。

 刀を抜き、鞘を捨てる。

 もう納める必要なんてない。

 死神を斬れば、私は活きれる。

 考えるのはただそれだけ。

 ただひたすらに、死中に活を求める。

 音を越えるように踏み込み、跳ぶ。

 狙うは死神の首。

 振り上げ、構えられる大鎌。

 そのまま真っ直ぐに飛び込む。

 私の首は死の境界に入り、死が迫り来る。

 左から迫るソレを、左下から切り上げ、上に。

 そのまま私は回って跳び上がり、死神の首を飛ばす。

 私は死を越えた。

 刀を振り払い、何の感慨もなく振り返る。

 見えたのはヒラヒラと舞うローブの切れ端。

 死神の姿が……

 

 ――ない。

 

 ……!? 後ろに気配!

 即座に振り返り、下から迫る大鎌を刀の柄と峰を持ち、さらに後ろに飛んで防ぐ。

 火花が散るほどの速度で鎌の外側と刀がぶつかる。

 そのまま死神が跳び、空中で後ろ向きに回ったかと思うと今度は刀が鎌の刃の内側に引っ掛かりそのまま上へ弾き飛ばされる。

 鎌の重量を使って踊る死神。

 狙われる首はしゃがみ、次に狙われた足を跳んで躱す。

 3撃目は蹴り。

 さすがに空中では、何もできない。

「かはっ」

 背中に来る衝撃。

 どうやら壁に叩きつけられたみたい。

 ザクリと言う音と一緒に手足に圧迫感。

 三日月型の刃が手足を地面と壁に私を縫い付ける。

 抜け出そうにも力が入らない位置。

 迫り来る死神が街灯に足元から照らされる。

 どうやら切ったのはローブのフード部分だけ、だったんだ。

 あまりにも集中し過ぎて手応えなんて分からなかったし、考えてなかった。

 死神に顔なんかあるのだろうか……と変な考えをしていると、見えてきた。

 ……。

 …………キア、さん?

 そんなはずは、と思って見てもその顔は……確かにキアさんだ。

 でも、あの人は目を開いてはいなかった。

 それに雰囲気も違う。

 世の中には自分と似た人が何人かいると言うヤツだろうか?

 この状況で何をどうでもいい事を考えてるんだろう、私。

 …………。

 ……諦めてるんだろうな。

 だってもう、この状態じゃ足掻けない。

 結局は伽藍堂(がらんどう)のまま、私は死ぬんだ。

 せっかく生きようって決めたのに。

 まだ掴めてないモノがあるのに。

 こんな所で終わるなんて……

「う……ッ……グス」

 抑えられずに溢れる感情。

 父上、私は……今から会えそうです。

 今度は独りじゃない事を願います。

 姉上、短い間でしたがもう少しあなたとあなたの家族と共にいたかった。

 それから……

 

 ――ありがとうございます。

 

「はいはい、そう言う感動のお別れはもう少し待ってねー」

 不意に聞こえた声。

 振り下ろされようとした大鎌の柄を握って止めているのは、最近見慣れた後ろ姿。

「まさか、私がこんなヒーローっぽい登場をするとはねー」

 軽い口調で言いながら姉上は死神にメモのような何かを見せる。

 それからいくつかページをめくる音が聞こえ、しばらくすると――

 死神は鎌を下ろして静かに目の前から去って行く。

 路地裏の闇に消えたかと思うと、少し強い風が吹いた。

「帰っちゃったか」

 ふう、と姉上は一息吐くと私を傷付けないようにしながら拘束していた物を蹴って軽々と解いた。

 瞬間、体は自然と姉上の方へと向かって行く。

「ごめん、なさい」

 そのままただ一言、うわ言のように私は呟いて意識が消えていく。

 

 ◆       ◆       ◆   

 

 いきなり以織が胸に飛び込んできたと思ったら何か、謝られた。

 一体、何に対しての謝罪なんだか……

 しかも抱きとめた瞬間に脱力したこの感じ……完全に気を失ってる。

 やれやれ、まさか以織が死神に出会う事になるとは。

 占いも本当にバカに出来ないね。

 いや、実は途中からは見てたんだけども。

 何か成長出来そうな感じだったし即座に介入はしなかった。

 ちょっとは何か変化のきっかけになると良いけど。

 でも、余計なトラウマを与えちゃったかな?

 変な後遺症でも残らないと良いけど。

 しかし、謝った時の以織……結構弱々しかったな。今までで一番に女の子らしかったかも。

 安心したって言うのもあるんだろうけど、普段から気丈に振舞ってたその反動かな?

 気丈に振る舞う事で自分を奮い立たせて、孤独に耐えてたのかもしれない。

 この子の性格上としては案外ありえる。

 さてと……回収するものを回収してキアの所に帰ろう。

 それとキアに色々と話しておかないとね。

 音もなく、私達は誰かに見つかる前にその場から去る。

 




以織「あの、私も理子さんと同じようなポジションにいる気が……と言うかどうしてこんな役割ばかり」

うん、何かゴメン。
勝手に以織の今までの人生の背景とか設定が変な方向に動いてしまう。
大丈夫、救いはある。

救いようのない人物にはなってしまうかもしれないけど(ボソッ

以織「!?」

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