緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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今回の注意事項

・主に理子視点
・リョナ注意
・鬱注意
・イケメンジャンヌ
・ジルちゃんほぼ不在
・ヒルダがかなり悪役
・リサちゃん少し登場

こんなものかな?
ほとんど流れは原作とは変わりませんが、違う視点をお楽しみください。


32:フォーリング・ダウン

 この間の面会から別れてからの週明け。

 いつも通りに一般授業が始まる。

 が、俺の右隣にはいるはずの人物が来ていない。

 言うまでも無くアリアだ。

 ――これでお互いの事情は知った。どうしたいかは自分で考えなよ。

 霧を見ながら、日曜でのあいつの別れ際のセリフを思い出す。

(どうしたいか……か)

 俺は武偵を辞めたい。

 それこそ、あんな面倒そうな事に首を突っ込むのはごめんだ。

 ――見捨てるなんて器用な事は出来ないでしょ?

 なのに、俺は霧の言ったことが気になっている。

 どこか引っ掛かるような感じだ。

 そんな状態で授業に集中できる訳もなく、気付けば探偵科(インケスタ)の授業は終わっていた。 

 そのまま教室を出ると、携帯にメールの着信が来る。

 送信者は、理子だ。

『授業が終わったら、台場のクラブ・エステーラに来てね。調査報告したいから。 りこりんより』

 だが、自分の名前の後にハートマークを付けるのはどうなのだろうかと思う。

 メールの内容は調査報告か。

 正直な話、理子に指定された場所が何となく嫌な予感がするが……

 まだまだ『武偵殺し』には分からない事がある。

 先週のバスジャックに関連して、理子には引き続き調べて貰っていた。

 知るためにも、行くしかないだろう。

 ちょうど授業が終わった俺は、モノレールに乗り、道に迷いつつも俺は台場のクラブ・エステーラへと来た。

 カフェ……と言うよりは高級なカラオケボックスと言う感じの店だな。

 理子のべスパが停めてあった。

 本人は間違いなくここにいるだろう。

 俺は気が進まないながらも、俺は店の中へと入って行く。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 どうやら、待ち人が来たみたいだね。

「キぃーくーん」

 あたしはそう言って、キンジへと駆け寄る。

 対してキンジはあたしから少し、目を逸らす。

 どうやらあたしの服装にメロメロみたい。

 相変わらず初心(うぶ)な反応だよねー。 

「で、報告と言う話だったが?」

「もう、キーくんてば本題に入るの早過ぎ! もう少し落ち着いてりこりんとお話ししようよ」

 言いながら強引にキンジの手を引いて、店の奥へと案内する。

 そこは2人部屋の個室で、秘密を打ち明けるのには向いてる。

 お互いに長椅子に座ってあたしは甘えるようにして言う。

「呼び出したお詫びとして、理子の(おご)りにして上げる♪ 好きな物を注文しても良いよ」

「そんな事より、早く調査報告をしてくれ」

 ホント、キンジはお姉ちゃん……もとい霧ちゃん以外にはあまり良い顔をしないよね。

 理子としては複雑な気持ちで、思わず妬けちゃうよ。

 冗談じゃなくね……

「キーくんってば、あんまり急かす男は嫌われちゃうぞ。アリアとケンカ別れでもしたから不機嫌なの?」

「誰がそんな事言ったんだよ」

「えー、新宿駅で泣いてるアリアとそれを見てるキーちゃんとキーくんを発見したって他の女子が言ってたよ?」

「……あれは、ケンカ別れとかそんなんじゃない」

「キーくんがアリアの告白をフって、キーちゃんを選んだとかじゃないの?」

「どうしてそう言う話になる……? おまけにどいつもこいつも、そう言う話しに繋げたがるのか……俺には理解できん」

「女の子はコイバナが好きなんだよ」

 あたしは言いながらも、キンジに詰め寄る。

 そんなあたしに、キンジは微妙そうな顔をする。

「あまりくっ付くな……暑苦しいだろ」

「いいじゃん、男として嬉しいくせに」

「……勘弁してくれ」

「ふぅ仕方ないなー……キーくんは。それじゃあ『武偵殺し』についてなんだけど――」

 あたしが切りだした話しに、ようやくキンジは食いついた。

 話のペースはあたしの方へと向いてる。

「その前にあーんするから、食べてくれたら教えてあげる」

 またしても微妙そうな顔。

 キンジってば失礼だね、女の子に向かってそんな顔するなんて。

 だけど背に腹はかえられないとばかりに、あたしがフォークに刺したモンブランを食べる。

 それから教えろとばかりに目で語りかけてくる。

「よくできましたってね。くふ。それじゃあ、お待ちかねの本題だけど……キンジは『可能性事件』って知ってる?」

「『可能性事件』だと?」

「そう、『可能性事件』……同一犯の犯行とみられてる犯行だよ。だけど、証拠と関連性、確証があまりないから違うかもしれない。つまりは、かもしれない事件だね。過去にバイクジャックとカージャックがあったみたいだけど、もう1つ『武偵殺し』が起こしたとみられる事件が警視庁のデータベースにあったんだよねー」

「その事件と、今回のバスジャックやチャリジャックに関係が?」

「いいや。直接的な関係はないよ……ただ、今回の事件も3度目が起こる可能性があるんだよ」

 あたしはそう言って、一度離れたキンジに詰め寄る。

 そしてポシェットから一枚の紙を取り出しながら、一緒に見えるように片手で広げる。

「この事件――『武偵殺し』の仕業(しわざ)じゃ、ないんじゃないかな?」

 キンジの目が見開かれて、絶句する。

 その紙に書いてある事は、

 

『2008年12月24日 浦賀沖海難事故 殉職 遠山金一』

 

 キンジのお兄さんの名前。

 みるみるキンジの顔は、憎しみに歪んで行く。

 確かにお姉ちゃんの言う通りだ。

 キンジはいい表情をしてくれる。

「いい、いいよキンジ。その表情」

 思わず熱っぽい声をあたしが出すと、キンジはすぐにあたしを見る。

「その"眼"にあたしは惹かれたんだよ。入試の時にも見せてくれたその眼に」

 お姉ちゃんの事を抜きにして、本当の事を言う。

 だからあたしはお前を選んだ。

「理子……?」

 あたしのそんな様子にキンジは不思議そうな目を向ける。

 もうお膳立ては充分。

 お前が真実に辿り着いた時に、あたしの本当の勝負は始まる。

「キンジぃ……」

 そう言ってあたしは獣のごとくキンジを押し倒した。

 下にいるキンジは、そんなあたしに驚いてる。

「ね、もういいでしょ? イベント回収シーンなんだよ? ここまでさせて、何も分からないなんて言わせないよ」

 そう、お姉ちゃんとあたしにここまでさせて真実にたどり着かなかったら無能どころじゃない。

「キンジ、ここは個室だから……あたしに何をしても良いんだよ。あたしとキンジ以外、誰もいない。白雪はS研の合宿、アリアはどうやらロンドン武偵局からの連絡でイギリスに帰っちゃうみたいだからね。今夜の7時には羽田を出発する。だから、あたしと良い事しようよ?」

 擦り寄って、体を密着させて……キンジに囁く。

 すると、突然にあたしを物凄い力で押しのける。だけど、どこか優しい。

「全く、とんだイタズラ猫だね」

 あたしの(あご)に手を当てながら、キンジは目を真っ直ぐに見てくる。

 どうやらHSSに堕ちて、気付いたみたいだね。

「少し用事が出来たよ。お嬢さんは家へと帰るんだ。狼が襲ってくる前にね」

 相変わらずのキザな言葉を放って、キンジは部屋を飛び出した。

 ゲームは始まった。

 

 

 あたしはすぐにべスパに乗って、キンジよりも先に羽田へと回り込む。

 そして、第2ターミナルへと入って……オルメスが乗っている飛行機へと真っ直ぐに進んで行く。

 オルメスがネットで予約した便は、あたしに筒抜けだ。

 ANA600便・ボーイング737―350、この飛行機で間違いない。

 周りの人があたしに目を向けるが、すぐに別へと視線を移してはいるが……何か事件かとあまり騒がれたら困る。

 すぐにあたしは、その飛行機に乗ろうとしてるあたしみたいな小柄なアテンダントに話しかける。

「どうもどうも、すみません。武偵ですけどもー」

 そう言って荷物を持ったあたしは武偵徽章(きしょう)を彼女に見せる。

「は、はい! 一体、どのようなご用件でしょうか?」

 新人さんかな?

 だとしたら都合がいい。

 あたしの言葉にびくびくしながら、そのアテンダントは言葉を返してくる。

「ああ、事件じゃないから安心してください」

「そ、そうですか」

「うん。それでねー、用件としてはこの飛行機にオルメ――神崎・H・アリアと言う武偵がいると思うんですけど」

「少々お待ち下さい」

 そう言って彼女はすぐに飛行機へと入って行った。

 あたしもその後ろへと続く。

 別に、確認を待つ意味はないんだよねー。

 飛行機に入った彼女が目的なんだから――

「ん、んーっ!?」

 すぐに彼女を羽交(はが)い絞めにして、夾ちゃん特製の睡眠薬を嗅がせる。

 声を上げようとして体を動かして抵抗してるけど、ものの数秒で寝息に変わる。

「よきフライトを」

 そう言ってあたしはすぐに彼女をトイレへと連れて、彼女の服を奪って着替える。

 持って来た変装道具を使って、彼女の顔と同じ特殊メイクのマスクを作り鏡を見ながら顔に張り付ける。

 髪型も彼女と同じモノへと変える。

 同じ金髪のおかげでカツラを(かぶ)る手間が省ける。

 アテンダントを縛り、声を出せないように布を噛ませ、あたしはトイレを出て解除(パンプ)キーで外からカギを閉める。

 そのままアテンダントに成り済ます。

 しばらく待っていると、離陸の準備が始まる。

 ハッチを閉じようとすると、1人の男性が飛び込んでくる。

 あたしは目を丸くするフリをしていると、その男性は武偵徽章を突き付けて来た。

「――武偵だ! 離陸を中止するんだ!」

 全くギリギリになって来て……ヒヤヒヤしたよ、キンジ。

「お、お客さま!? 一体、いきなりどう言うこと――」

「説明してる場合じゃない! 今すぐに離陸を止めてくれ! 早く!!」

 息も絶え絶え、その剣幕に押されるようにあたしは首を縦に振って、コックピットへと向かう。

「き、機長! 突然、武偵から離陸停止を言われたのですが……」

 すぐにコックピットへと入って、あたしは恐る恐るそう言う。

「何? こんな時に一体なんだ……しかも離陸を中止しろなどと言っても、このフェーズでは管制塔からしか離陸を止める事は出来ないぞ!」

「わ、私に言われましても――」

「ともかくそんな命令を聞く訳には行かない。大体、どこからも止めろだなんて、命令は聞いてないぞ! そう伝えろ!」

「は、はいいいぃ!」

 若っぽく見える厳つい顔の機長に言われて、あたしはすぐに引き返す。

 階段を下りてる途中で飛行機が動き出す。

 これでもう孤立無援だ。

「あ、あの……だめでした。このフェーズでは管制塔からしか離陸を止める事は出来ないと、『どこからも止めろだなんて、命令は聞いてないぞ!』とも言われました」

「クソ――」

「ひっ、撃たないでください!」

 あたしの言葉を聞いて、キンジは髪を()く。

 どうやら切り替えてるみたいだね。

「……神崎・H・アリアと言う人物がここにいる筈だ。案内して欲しい」

「わ、分かりました」

 あたしはオルメスが予約した部屋へと案内する。

 そして、キンジがオルメスの部屋に入ったところであたしは一礼して去る。

 

 

 あたしは外を見る。

 完全に空の上。

 空港からもある程度離れたし、高度もある。

 舞台は(そろ)った。

 あたしはコックピットへと行き、その扉を解除(パンプ)キーでカギを外して中に入る。

「おい、一体どうやって入っ――」

 扉の開いた音に気付いて、あたしに声を掛ける副機長をすぐさま銃のグリップで首の後ろを殴り気絶させる。

 機長も驚いてる内に夾ちゃん特製の睡眠薬を嗅がせる。

 抵抗する間もなく2人は眠った。

 ワルサーP99をオートパイロットの計器に向けて放つ。

 パン! パァン!

 ベルトを外し、機長と副機長の襟首を持って引き摺りながらコックピットを出る。

 するとすぐに銃声を聞きつけたキンジが出てくる。

 あたしは機長と副機長を捨てるように手を離す。

「武偵だ! 動くな!」

 あたしにベレッタを向けて来たキンジに向かって、にぃ、と笑って胸からガス缶をとりだし、

Attention Please(気をつけください).でやがります」

 投げた。

 シュウウウウーー! と言う音を立てて振り撒かれる煙。

 まあ、ただの煙で特に害はない。

「キンジ!? どうしたの!」

 そう言ってオルメスも降りて来た。

 無害の煙、だけどそんな事を知る筈もないキンジは、顔を青ざめさせて――

「全員部屋に戻って扉を閉めろ!」

 そう指示して、キンジも引き返す。

 あたしは逆にコックピットへと歩いて行く。

 奴らが部屋に入る前に振り返って笑みを浮かべてやる。

 そして、機内の電気を消す。

 あたしはツァオツァオの自動操縦システムの応用で、コックピットに細工をして、リモコンで操作できるようにする。

 これであたしは地の利を得た。

 あとはオルメスを仕留めた後の脱出経路を確保して、準備は終わり。

 ………………。

 仕留めた後の事を考えるのは死亡フラグかな……

 とにかく脱出手段は確保しておかないとね。

 あたしはリモコンで操作し、ベルト着用サインを使ってお誘いをする。

 アテンダントの服から武偵高の服へと着替えて1階のバーへと行き、あたしは1つのカクテルを見つける。

 ブルー・ラグーン……フランスのパリで作られた青いカクテル。

 景気付けにはいいよね。

 イスに座って飲みながら、懐中時計を模したロケットペンダントを開いて見る。

 そこには1枚の写真。

 2年前に、あたしがお姉ちゃんにねだって一緒に撮って貰った写真。

 浴衣姿のお姉ちゃんと、あたしが笑顔で写ってる。

 こう言う感傷って、武偵高のあたしだと似合わないだろうなー。

 我ながらそう思うよ。

 死亡フラグあんまり立てるのも良くないから、感傷はこの程度にしておこう。

 "お客さん"が来ちゃったみたいだし。

 あたしはカクテル飲みながら客人に振り向き、

「随分とキレイに引っ掛かってくれやがりましたねー」

 言いながらメイクを剥がしてその素顔を(さら)す。

「お前は……理子!?」

Bon soir(こんばんわ).キンジ、さっきぶりだねー」

 カクテルを飲み干して、驚いてるキンジに向かってウインクして上げる。

「お前が、お前が『武偵殺し』だって言うのか!?」

「この状況からしてそれ以外に何が分かるっていうのかなー、キーくん」

「あんたが……『武偵殺し』って言うのは意外だけど、どっちにしろあたしのやる事に変わりはないわ!」

 少しショックを受けた様子だけど、切り替えが早いのか、ようやく(かたき)を見つけたと言った感じにオルメスは銃を構えて言ってくる。

「まあ、落ち着きなよ。焦ると良いことは無いよー、短気は損気だよ……"オルメス"」

 あたしが言うと、オルメスは目を見開いて驚く。

 自分のミドルネームのフランス語読みくらい、分かるか。

 キンジは逆にマヌケな顔してるけど……

 オルメスはあたしに尋ねる。

「あんた……一体、何者よ」

 にやりと笑って、稲光があたしの顔を照らすと同時に教えてやる。

「理子・峰・リュパン4世。フランスの大怪盗の曾孫(ひまご)だよ」

「リュパン……だと?」

「そうだよー、キーくん。あたしは正真正銘の直系……1人娘だよ」

 イスから降りて、あたしはご丁寧に話してやる。

「でもねー、だーれも理子の事を個人として見てくれない。どの使用人も、あたしの家の事を知ってる近所の連中も、リュパンの曾孫と言う色眼鏡でしか見ない。お前と一緒だよオルメス」

「………………」

「あたしとお前は同じ世代。つまりは4世だ。名前で呼ばずに4世、4世、4世……そんな風に呼ばれ続ける日々だったよ」

「4世の何が悪いって言うのよ……!」

「何が悪い? お前は名前じゃなくて記号で呼ばれて満足するのか? 家名ばかり先に走って行って、個人として見られない。お前もそうだろう、"欠陥品"」

 これって、ある意味あたしにとっては自虐みたいな言葉なんだけどね。

 あたしの言葉にオルメスは眉を吊り上げる。

「そう言う訳で、あたしは『イ・ウー』に入って力を得た。あたし自身の実力を見せつけて、個人として見られる努力をした。だけど、どれだけ実力をつけても足りなかった……だから考えた。先祖の因縁であるお前に勝てば、少なくともあたしを見てくれる奴がいるんじゃないかってね」

 もう見てくれてる人はいるから別にいいんだけどね。

 これはあくまで建前だ。

 本当はブラドから解放されるために、少なくとも有能であることを示すための建前。

 だが、そんな事をこいつらに話してやる義理は無い。

 なんだか喋り方がお姉ちゃんが挑発する時みたいになってる……影響受けてるな、あたし。

「おい、待ってくれ、一体何の話をしてるんだ……!? お前が『武偵殺し』だとしても……オルメスって何だよ、『イ・ウ―』って何だよ! それに、俺達を狙った意味は何だ!?」

「えー、キーくん。H家について結局調べてないの? 消極的にもほどがあるよー」

「いいから答えろ!」

 脅すようにして、キンジは銃を向けてくる。

「うーんとね、最初と2つ目の疑問については、ひ・み・つ♪ 隣にいる子に聞いてみるといいよ。最後の疑問に答えるなら、あんなものはお遊びだよ。お前たちを結びつけるための、な」

 そのためにお姉ちゃんは、わざわざ骨を折ってくれた。

 その身を危険に晒して。

「お遊び、ですって?」

 青筋を浮かび上がらせながら、オルメスの怒気が声に表れる。

「そのとーりだよ。お前の一族には、自分の能力を引き出せるパートナーがそれぞれ付いていたのは知ってる。そして、パートナー……果ては仲間も見つけられない欠陥品に勝っても誰も振り向いてくれる訳がない。だから、欠陥品を完成品にするためにお前とオルメスがくっ付くようお膳立てしてやったんだよ」

「俺とアリアを、お前が巡り合わせたって言うのか……?!」

「そう言うことだよ、キンジ。お前の自転車に爆弾仕掛けて、わっかりやすーいパターンの電波を流してやったんだ」

「あたしが『武偵殺し』の電波を追っていたのも、気付いてたのね……」

「犯人を追うなら、もう少し上手く追いなよ。まさか、武偵の中に犯人がいるとは思ってなかったみたいだから、無理もない話だろうけどねー。問題はキンジが乗り気じゃなかった事だ。お前が消極的だったからバスジャックで協力させてあげたって言うのにさー。キーちゃんに言われてようやく本気を出すって、どうかと思うよ?」

 あたしの言葉にキンジは歯軋りをする。

「まあ、何にしてもキーちゃんには感謝してるよ。あの子のおかげで、お前とオルメスはお互いを協力することが出来たんだからなぁ」

 ああ、胸が痛い。

 まるであたしがお姉ちゃんを利用したみたい。

 いや、変わらないか……自ら協力して来たとは言え、あたしはお姉ちゃんを利用したんだ。

「お前……霧は、友達じゃなかったのかよ! 何もかもお前の計画通りだって言うのかよ!」

「そうだね、友達だよ。霧も、武偵高にいたみんなも……だけど目的がある以上、利用しない手段はない。それに、計画通りとは行かなかった。ま、キーくんにはキーちゃんがいたからアリアとくっ付ききらなかったのは、当たり前のこと何だろうけどね。だからわざわざ、あたしがやったお兄さんの事も引き合いに出したんだから」

 本当にやったのはお姉ちゃんだけどね。

「お前が……、兄さんをやったって言うのか……!?」

 あたしの挑発にキンジは乗って来た。

 台場のクラブ・エステーラで見せたような顔をあたしに向けてくる。

「ほら、アリア。パートナーにしたいんだったら、ちゃんと止めてあげるか戦って上げないとマズイよ~」

 流れはこっちにある。

 キーくんは相変わらず、人に簡単にノせられるよね。

「そうだ、キーくん。いいこと教えてあげるよ。君のお兄さんはねー、今は理子の恋人なの」

「いい加減にしろ!」

「落ち着きなさいキンジ! 理子のペースにはまってはダメよ!!」

「これが冷静にいられるか!?」

 キンジがベレッタを握る手に力が籠もった瞬間、あたしは見逃さずに髪の中のリモコンを操作する。

 飛行機はその体勢を崩して、揺れる。

「Oh la la♪ 大変だ」

 そう言ってあたしのワルサーP99の銃弾がキンジの銃を粉砕する。

 砕ける音と共に、床へと転がって行く。

「ダメだよ、キンジ。今のお前じゃ役には立たない」

 そして事実を告げる。

 あたしよりも才能があるクセに、全く向き合おうとしない。

 ある意味ムカつく話だ。

「もう少し冷静にならないと行けないって――おっと」

 言ってる途中にクルリと回って、オルメスの銃口から身体(からだ)を逸らして避ける。

 そして、あたしの前には2丁拳銃で肉薄するオルメス。

 アル=カタ戦か。

 やってやるよ。

 だけど、安易にあたしの銃が1丁だけだと判断したのは間違いだったな。

 2丁目を見せるように抜きながら、もう片方でオルメスの腹を狙う。

 だが、すぐにあたしの腕を逸らして自分の銃をあたしに向けてくる。

 銃弾を撃ち放ちながらも、格闘するように銃口を相手に向けながらも逸らされると言う攻防をする。

 さっきも言ったように、欠陥品に勝つのは容易だ。

 それじゃあ意味がない。

 だから、あたしはオルメスの、武偵の流儀に合わせてやる。

 さっさと本気を出せ、キンジ。

 ガチン!

 弾切れを起こしたオルメスが、あたしの両腕を両脇に挟もうと迫って来る。

「……くふ」

 だけど、その前にあたしは自らオルメスに突っ込んで、肩による体当たりをする。

 見事に決まってオルメスはそのまま飛んで行くけど、倒れたりはせずに受け身を取った。

 さすがの戦闘センスだ。あたしの攻撃に反応して自ら後ろに跳んだ。

 決まったは決まったけど……浅い。

 すぐに銃を構えて追撃しようとすると、オルメスがその前に銃を捨てて刀を構えて、銃の射線上の障害物にした。

 おかげで放った銃弾が金属音と共に何発か防がれる。

 ガチンと言う音と共にあたしも弾切れする。

 当たったのは2、3発程度か。

 充分に耐えられるだろう。

「キンジっ!」

 オルメスの呼びかけに座席の影からキンジが出てきて、あたしに接近してくる。

 完全に不意を突く形。

 だけど……またしても飛行機を操作して揺らす。

「うおっ!?」

 完全に体勢の崩れたキンジに足払いをして、少しだけ宙に浮いた形になった瞬間に腹に蹴りを決める。

「ごはっ――!?」

 軽く飛んで行くキンジだが、その間にオルメスは二振りの刀で捨てた銃のトリガーに引っ掛けて、空中に浮かす。

 そして刀を仕舞い、空中で銃をキャッチして素早く予備弾倉(マガジン)に交換するけど、撃たせはしない。

 銃を構えたオルメスだけど、既に目の前へと来たあたしは、さっきオルメスがやろうとした両脇に両腕を挟むと言う動作をしてやる。

「今よ、キンジ! あたしを掴んでる今がチャンスよ」

「動くな、理子!」

 オルメスの呼びかけに答えるように、キンジはすぐに立ち上がってバタフライ・ナイフを構えてあたしに警告する。

 打たれ強いねー、キンジ。

 それとこの状況……離せばすぐにオルメスに反撃されるだろう。

 普通ならあたしがこの状況を打開するの無理だ。普通ならね。

「くふふ、それにしても奇遇だよねアリア。家柄も、容姿も似ていて、2つ名まで一緒なんてね」

 これは内緒だけど、あたしと同じ欠陥品て言う部分もね。

「この状況で何を言ってるのよ……あんた」

 あたしの言うことが理解できてないオルメスは、そう言ってくる。

「あたしもね、同じ2つ名を持ってるよ。『双剣双銃(カドラ)の理子』……そして、お前は何も知らない」

 お前の中に眠っているモノ、お前の母親が冤罪を着せられた理由、お前の近くにいる脅威に。

 髪を操作して、タクティカルナイフを抜く。

 あたしの髪が動いてる事に、キンジもオルメスも驚いている。

 まるでしなる鞭のようにナイフを握った髪が、オルメスの顔に襲い掛かる。

 だけど、一度目はあたしに掴まれながらも避けた。

 2つ目のナイフが、オルメスに襲い掛かり……その側頭部を切り裂く。

「うっ……!?」

 オルメスが声を上げて鮮血が少し空中へと飛ぶ。

 そして(ひる)んだオルメスの両腕を離して、片手で首を掴み、空中へと浮かせてキンジの方へ投げ飛ばす。

「ぐあッ!?」

「アリア? アリア……!?」

 負傷したオルメスを心配するキンジ。

 すぐにあたしから距離があるのを見て、オルメスを抱えて走り出す。

 そうだ……連れて行け。

 そして本気をだせ。

「くふふ……あははははははは! あはははははははははっ!!」

 去って行くキンジ達を見て思わず笑い声が零れる。

 お姉ちゃん言った通りだ!

 本当に勝負にならない。

「ふふ、ふふふ……」

 大笑いするのはここまでにしよう。

 うん……慢心して失敗したら何も笑えない。

 ゆっくりと、歩みを進めてあいつらが2人でいる時間を作ってやる。

 

 

 保険を仕掛けて、あたしはオルメスの部屋の前へと辿り着く。

 髪を操作して、カギ穴に合うようにして開ける。

 そのまま腕で扉を開けるように、髪で押す。

「くふふ、あの世にハッピーエンドの時間ですよーってね」

 すぐに部屋の中に入って視界に見えたのは……キンジ。

 そして、その雰囲気や視線が違う。

 やはり兄弟だけあってカナちゃんに何となく似てる。

「おー、やっと本気を出したんだねキンジ。りこりん嬉しくて殺しちゃいそうだよ♪」

「そうすると良い、本気で来なかったらお前が死ぬ事になる」

 キンジの低くも鋭い声と殺気に酔いそう。

 だけど、どれもお姉ちゃんを越えない……誰も殺してないキンジとじゃあレベルが違う。

「それで……アリアはどうしたの? その様子だと死んじゃった訳ではないよねー」

 そう言って、あたしは膨らんでるベッドをナイフを握った髪で示す。

 死んだんならもっと取り乱してもいいし、それはそれであたしが困るんだけどね。

「さて、それはどうだろうな」

 そう言ってキンジの視線は僅かにシャワー室を見る。

 これは、どっちだ……

 あんな分かりやすい反応をする訳がない。

 HSSの凄さは、間近で見てる。

 だから、どちらかがブラフ。

 心理戦か……

「最高だよ、キンジ。これであたしの目的も、達成出来る」

 そう言ってあたしはワルサーの狙いをキンジに定めてトリガーを引こうとする。

 すると――バッ! と、キンジはベッドの脇に隠してた酸素ボンベを盾にして、あたしに向かって投げてくる。

 銃口の射線上にちょうど当たる位置だ。

 撃てばあたしも、キンジも、この部屋にいるであろうオルメスもろともお陀仏だ。

 当然、あたしは撃つのを止めて怯んだ。

 キンジはその隙を突いて、あたしに向かってバタフライ・ナイフを持って接近してくる。

 だけど――甘い。

 再び飛行機を操作して、揺らす。

 さすがのHSSでも、急激な変化に対応できないのか体勢を崩す。

 その瞬間を狙って、キンジに向かって銃弾を放つ。

 崩れかけた体勢、迫る銃弾。

 普通なら詰みだけど……

 

 ギイイイイインッ!!

 

 キンジはナイフで銃弾を――斬った。

 さすがだよキンジ。

 その事に……敵だけど少し感動していると、キンジはアリアの黒ガバメントをあたしに向けてくる。

「動くな!」

「アリアが今度こそ死んでいいならね!」

 今のキンジに銃を向けてる時間は無い、そう言ってあたしはシャワールームに銃を向ける。

 キンジはその事に怯んでる様子は見られない。

 つまり、本命はベッドにいる!

 そう判断して、素早くシャワールームからベッドに銃を向けようとすると――

 バァン!

 頭上正面のキャビネットからオルメスが飛び出て、シルバーモデルのガバメントをあたしに向けてくる。

 ダブルブラフか!?

 そう考える前にあたしが右のワルサーでアリアを狙おうとすると、ワルサーがあたしの手から2つとも離れる。

 ガァン! ガァン!

 響いた銃声は同時、すぐにあたしは切り替えてナイフで2人を狙おうとする前にオルメスはガバメントを空中に放り、日本刀を抜いて――

「――やぁッ!!」

 掛け声とともにあたしの髪を切断した。

「……うっ!?」

 思わずあたしは(うめ)く。

 髪で握っていたナイフが2つ、床へと落ちる。

 やられた……まさかのダブルブラフ。

 オルメスは空中でガバメントをキャッチし、

「理子・峰・リュパン4世――」「――殺人未遂の現行犯で逮捕するわ!」

 キンジ、アリアの順番で言って、左右からあたしに2つのガバメントを向けてくる。

「へぇ、なるほど……ダブルブラフ。なかなかのコンビネーションだよ」

 おまけにあたしの銃を弾く時、キンジが右、アリアが左の銃を弾いた。

 それもお互いに狙ってない方を弾くなんて……

 何だかんだで息ぴったりだよね。

 あたしは冷静に返す。

「短い期間とは言え一緒に過ごしてたし、お前が仕組んだ事件も霧と彼女と一緒に解決したからな。合わせたくなくても合う」

「それより、そんな余裕そうにしてていいのかしら? もう反撃手段は無いわ」

 銃を改めて見せるように、オルメスはキンジのあとに続いて言ってくる。

 ――反撃手段が無い?

 そう判断したのなら……さすがに持ち前の直感も、そこまで万能ではないって言うことだね。

 あたしはニヤリと笑って、

「ばぁーか」

 そう吐き捨てて、髪の中にある"別のリモコン"を操作する。

 

 ドオオオォォォォォン!!

 

 あたしの後ろにある両脇の壁が爆発する。

「――なにっ!?」

「きゃあああああ!?」

 キンジは驚き、オルメスは悲鳴を上げて壁の破片に巻き込まれる。

 2人は怯んで、吹き込んで行く。

 あたしもその轟音と爆風に身を屈ませるけど、破片の散弾を浴びた2人程には怯んでいない。

 全てが遅く見える。

 別にあたしがHSSになった訳じゃなくて、そう錯覚してるだけ。

 あたしはすぐに足元のナイフを拾ってキンジの顔に向かって投げ、胸からデリンジャーを取り出してオルメスへと向ける。

 破片を腕で防御して、吹き飛びながらもその腕の間からあたしを見ているオルメス。

 その眼は驚きと、これから起きるであろう結末が見えてるみたいだった。

「Jouez sur」

 フランス語で『ゲームオーバー』を意味する言葉を言って、あたしは銃弾を放つ。

 そのままオルメスの頭へと向かって行く。

 ――勝った!!

 そう思った時、笑みが深まる。

 

 バスン!

 

 だが、それは防がれた。

 キンジの防弾制服の背中に――

 痛みに耐えるようにして振り返ったキンジは、あたしのナイフを歯で噛んでいた。

(あいつ――避けてたら間に合わないと判断して、ナイフの刃を噛んでキャッチしながら来たって言うのか!?)

 キンジがとんでもない判断をしたせいで、あたしはオルメスを仕留められなかった事に舌打ちする。

 その間にあたしの懐にはキンジが、迫ってる。

 防御――!? 間に合わない!

 あたしを投げ飛ばして、傷つけないように組み敷いて腕を捻り上げられる。

 結果、あたしはうつ伏せにさせられた。

「残念だけど、今度こそ終わりだ」

 やられた……キンジの言う通り今度こそ終わりだ。

 保険も使った今、反撃手段は無い。

 マズイ、マズイマズイマズイマズイ!

 悔しさと焦りが湧きあがって来るが……それ以上に、このまま逮捕されてはダメだ。

 自ら投降するのと、捕縛されるのとじゃ意味合いが違う。

 洗いざらい吐かされるだろう。

 そうしたら、お姉ちゃんにも迷惑が掛かる。

 でも、いや……反撃手段はなくても"逃走手段"はある。

「くふふ、残念だよキンジ。最後の最後にお前に邪魔されるなんてね」

「お褒めに預かり光栄だよ。お嬢さん」

「だけど……捕まってあげる訳には行かないんだよね」

 そう言ってあたしは再び髪の中で遠隔操作をして飛行機を急降下させる。

 さっきとは比べ物にならないくらいに飛行機が揺れる。

「何をやってる――うおっ!?」

 当然うつ伏せになってる以上、髪の変化に気付いたキンジはそう声を上げるけど、すぐにバランスを崩した。

 その隙にあたしは抜け出し、一目散に壊れた扉と壁から部屋を出る。

「バイバイキーンってね」

 そう言いながら、一階のバーへと降りてきて……そのバーの片隅にある脱出場所へと辿り着く。

 既に前もって用意は出来てる。

 脱出手段が逃走手段に変わるのは、誤算だったけど。

 ………………。

「――クソ!」

 思わず悪態を()いて、壁を殴る。

 それから壁を背にして逃走しようとすると、あたしを追い掛けて来たキンジが近づいてくる。

「どこに行こうって言うんだい、イタズラ猫ちゃん」

「もちろん、外に決まってるよ。だから、あまり近づかない方が良いよ」

 あたしが言うとキンジはあたしが背にしてる壁を見て、粘土状の爆薬が仕掛けてある事に気付いたらしい。

「ねえ、キンジ。どうせなら『イ・ウー』に来ない? そうすれば、お兄さんにも会えるし……キンジが知りたい事、何でも分かるよ?」

 苦し紛れの勧誘。

 当然、そんな誘いにキンジが乗る訳もない。

「いいか、理子。女の子とは言え、さすがの俺も今度兄さんの事を引き合いに出されたら反射的に武偵法9条に背く事になるかもしれないんだ」

「それは困るなー。キーくんには、武偵のままでいて貰わないと」

 お姉ちゃんの機嫌が悪くなっちゃうよ。

 いや……逆かな?

 『イ・ウー』につれて行けるって言って、嬉々として攫うかも。

 どっちだろう……結構一緒にいるけど何だかんだ言ってあたし、お姉ちゃんの思考ってあんまり読めないんだよね。

「取りあえず、アリアにも伝えておいてよ。いつでも『イ・ウー』は2人を歓迎するってね」

 自分の体を抱きしめるようにした瞬間に、爆弾を作動させる。

 壁が吹き飛び、あたしは外へと吸い込まれる。

 風と雨があたしの体を包み込み、くるりと空中で回って服がパラグライダーへと変化していく。

 そのまま遠ざかって行く飛行機。

 そして、高度が下がって行くと同時に2発対空ミサイルがあたしの近くを通り抜けて、ANA600便のエンジンを轟音と共に破壊する。

 暗い雲の中からも僅かに見えた光。

 一体、何のつもりかは分からない。

 そんな事はどうでもいいんだ……

 暗い海が見えてきて、さらに黒い船体が浮上してくる。

 潜水艦であるボストーク号が浮上して、あたしはその甲板の上へと風に揺られながらも着陸する。

 パラグライダーになった服を手繰り寄せて、自分を包み込みながら……あたしはハッチを開けて船内へと梯子(はしご)を降りて行く。

 雨に濡れた髪から(しずく)を垂らしながらも、あたしは通路を歩いて自分の部屋へと戻る途中、

「ど、どうしたんですか理子さん!?」

 心配するように白人の女性があたしに近づいてくる。

 アリアよりも明るいピンクブロンドに、エメラルドのような瞳。

 ――リサだ。

「ああ、うん。あたし、負けちゃってね……その帰りだよ」

 力無く笑って、あたしはそう言う。

「そう、なんですか……。リサに何か役に立てる事はありますか?」

「特には無いよ。少し、そっとしておいて」

 そう言ってあたしはそのまま通り過ぎた。

 自分の部屋へと戻って来て、何も考えずにシャワーを浴びて、気付けば着替えていた。

 部屋に備えつけられた化粧台の鏡の前へと座る。

 負けた……リサに言った言葉が改めて自分の中に響く。

 あんだけお膳立てして貰って、お姉ちゃんにもジャンヌ達にも意気込んで言ったクセにこのざま。

「なんで、負けた……」

 確かに追い詰めてた。

 本気だった。

 ……なのに、届かなかった。

 飛行機内で押し殺してた感情が段々と湧きあがって来る

「あ、は、ははは……ゴメン。負けたよ、師匠」

 乾いた笑いをしながら、いない人に詫びをする。

 哀しみが、溢れてくる。

 こんなんじゃあ、お姉ちゃんにまた泣き虫理子だなんて言われる。

 リリヤにもこんな姿は見せられな――

「へえ、負けたの……4世」

 ――ッ!?

 反射的に顔を上げて、目の前に化粧台の鏡に写ってるのは――ヒルダッ!

 イスから立ち上がって、逃げようとした瞬間、

 ――バチッッッ!

「ぐう"ッ……!!」

 閃光が弾けて、あたしの体に電流が走る。

 そのまま、前のめりに倒れる。

「顔を見て逃げ出すなんて、悲しいわ4世」

 痺れた首を僅かに動かして見えたヒルダは、嘲笑(ちょうしょう)の顔をしていた。

 一体、いつから……あたしの影に入り込んだ……

「あら、不思議そうな顔ね。あなたとリサが話してる間に、影の中に入り込ませてもらったわ。お前の結果報告を聞きたくてね」

 逃げないと……せめて、部屋を出ないと。

 痺れながらも、前に進もうとする。

「せっかく私が話してるのだから、最後まで聞きなさい」

「あぐッ――!!」

 再び弾ける紫電に、あたしはどうしようも出来ない。

 ゴミでも(つま)むかのようにあたしの襟首を掴んで、ベッドへと放り投げられる。

 そのまま仰向けになると、ヒルダの顔が近づいてくる。

「影の中に入って、いざ出ようとしたら……負けたと言う呟きが聞こえたんだけど、その様子から見るに真実みたいねー。おほほほほほっ!」

 耳に響くような高笑い。

 手の甲を口元に当てて、(あざけ)る。

「お父様との約束、忘れてはいないでしょうね。ホームズの4世に勝てなければ、お前は"(おり)"に戻る」

「う……ぐッ……」

 告げられる事実に、視界がぼやけて行く。

 ベッドへと乗り込んできて、あたしを組み敷く。

「そう言う訳で、あなたの物は私の物よ。ペットにこんな物は勿体無いでしょう。ヨコハマ郊外にある別荘に預けさせて貰うわ」

 あたしの首から下がっていた青い十字架(ロザリオ)が――お母さまの形見が盗られる。

「……あら、これは何かしらね」

「――ッ!?」

 あたしの首に下がってたもう1つのロケットペンダントをヒルダが手に取る。

 それだけは――

「や……め、ろ……そいつは……!!」

「――嫌よ」

 無慈悲にも言われ、見られた。

「この隣にいる子は誰かしらね……4世の知り合いの中で、今までに見たことない顔」

 言いながら、あたしに尋ねるように見せてくる。

 あたしの、お姉ちゃんだ。

 それ以外に何も言いようがない。

 だけど言わない。

「答えなさい4世」

 絶対に言わない!

「まだそんな目が出来るのね。そんな目をしたら――」

 バチバチバチ!

「うああああぁぁぁぁッ!!」

「イジメめたくなっちゃうでしょう?」

 包まれる閃光に、頭が、おかしくなる……

 だけど、すぐに閃光は小さくなる。

「ちょっと使い過ぎたわね。まあいいわ、喋りたくなるように檻の中で可愛がって上げる。お前がいなくなってジャックがどんな顔をするか、楽しみだわ。ほほほほほっ!」

 あたしから離れて、ヒルダは部屋から(わら)いながら去って行った。

 また、何もかもが奪われる。

 電流の痺れが少しマシになって、起き上がり空虚に隣を見れば……ロケットペンダントが無造作に置かれてる。

 どうやら、十字架(ロザリオ)だけで充分と判断して、置いて行ったみたいだ。

 手に取って、見ていると涙が零れおちる。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 握りしめて、あたしは何度も謝る度に涙が止まらない。

 怪盗の子孫が全てを盗まれる。

 何も笑えない。

 もうあたしに帰る場所は、ない。

 あんな所に戻りたくはない。

「ゴメンなさい……」

 せっかく妹が出来たのに、ろくに会ってない。

「……ゴメンなさい」

 何も言わずに勝手に取引して、あたしは何も言わず、その姉は気付いていながら何も聞かず。

「……ゴメン、なさい」 

 世話になった人達に何も返してない。

「……ゴメ、ン……なさい」

 生きながら家族に会えない悲しみなんて、もういらない。

 デリンジャーを頭に当てる。

 

 ――さようなら。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 妙な胸騒ぎがする。

 気になるのは理子の事だ。

 理子がハイジャックした飛行機の通信を傍受した時に、神崎と遠山の声が聞こえ、犯人が機外に逃亡したと言う話を聞いた私はすぐにオルクス戻った。

 ちょうどイ・ウーも近くの海に接近していたからな。

 だから、私はイ・ウーへとこっそり戻って来た。

 思わず早歩きになる。

 確か、ヤツはブラドと取引をしていた事もそれとなく聞いている。

 問題はそこだ。

 ジャックに頼らずに、自らの力で自由を得る。

 そう言うことだった筈だ。

 これを聞いた時に、他の連中の疑念も深くなった。

 理子とジャックの関係はただの師弟関係と、ただ慕っているだけの関係ではないだろうと。

「全く、難儀な話だ」

 何もかもが上手くいかない。

 独りそう言いながらも、理子の部屋へと辿り着く。

 静かに少しだけ扉を開いて、覗き見る。

「……ゴメン、なさい」

 ……なんだ、誰に謝っている?

 そう思って声がした方を見ると、泣いている理子が目に映る。

 どうやら、事態は深刻そうだ。

「……ゴメ、ン……なさい」

 再びそう言って、理子はデリンジャーゆっくりと取りだした動作を見て、私はすぐに嫌な予感と共に駆けだした!

「よせ、理子!」

 驚いて私を見る。

 理子に構わず、そのまま押し倒す形で私はすぐに凍傷にならない程度に理子の手を冷やし、デリンジャーを放させる。

「じゃ、ジャンヌ……どうして?」

 涙に顔を濡らしたまま、私に向かってそう言ってくる理子は、ひどくよわよわしい。

「どうして私がここにいるかの前に、お前は何をしようとした……?」

 怒り交じりに私は聞く。

「別に、死にたかっただけ……」

「……なぜだ?」 

「あたしはどうせ、檻に戻るから」

 どうでもいいと言った感じに、私の質問に答えて行く。

 この様子、既にブラドかヒルダに接触されたか。

「………………」

 止めたはいいが、我ながらどう声を掛けていいか分からない。

 対して理子は私から顔を横に向けて。

「……どうして止めたの?」

「それは……友だからだ」

「……漫画の主人公みたいな回答だね」

「だが、事実だ。同じ国の生まれだしな」

 そう、理子との関係が始まったのはそう言った単純なモノだ。

 同じ国に生まれた(よしみ)、年齢が近い事もあった。

「ねえ……このまま死んだらダメかな?」

「それを聞いて私が許すと思うか?」

「相変わらずの堅物、だね」

「関係ないだろう。そもそも、死のうとしてる友を見捨てるなど……私の先祖に対する冒涜だ」

 初代ジャンヌは異端とされたが、それでも最後まで戦った。

 そうして(あらが)い、生き残った結果……今の私がいる。

 影武者など、慕われていなければ用意できるはずもない。

 私の家に伝わる話しだが、初代ジャンヌの身代わりになろうとした者は多くいたそうだ。

 そして、選ばれた者に対し初代ジャンヌは泣きながらに感謝したと言う。

 最初は影武者など用意せず、自らが犠牲になろうとしたのは余談だ。

 そう言う意味では、ある意味……堅物なのは遺伝かもしれない。

「じゃあジャンヌは、あたしに生きて檻に戻れって言うの?」

「誰もそんな事は言ってないだろう?」

「だったら、どうすればいいの? 理子は……もう分かんないよ」

 力無く言う理子に、私は溜息を吐く。

 念のためにデリンジャーを預かり、私は理子を組み敷いてる体勢から隣へと座る。

 さて、策士を呼称してる私だ。

 考えろ……理子を生かす方法を。

「そうだな、まず。お前とブラドが取引をしたのは知っている……取引の内容はホームズの4世と勝負し、勝てれば自由。勝てなければその身を差し出す」

「……そうだよ」

 どうやら情報に間違いはないようだ。

 問題は聞いてない部分だ。

 そう、例えば――

「問題は、期間だ。どれだけの間にホームズの4世を倒さなければ行けないのか、聞いてはいないのか?」

「聞いてない。ただ単にホームズの末裔を倒せば初代アルセーヌ・リュパンを越えたと認めてあたしを解放、出来なければ何も言わずに檻に戻る。それだけだ」

 理子からの言葉に私は、目を付けた。

 期間が設けられていないのなら、付け入る隙はある。

「理子、よく聞け。チャンスはまだある」

「……どうして? あたしは負けたんだぞ?」

 少し怒り交じりに返してくるが、関係ない。

「取引の内容に期間が設けられていないのなら、全ては奴のさじ加減だ。ブラドはそう頻繁(ひんぱん)に姿を見せたりはしない。そこに漬け込むんだ」

 私の言葉に、少しだけ理子が反応する。

「屁理屈で……押し込めってこと?」

「そうだ。次にブラドがいつ現れるかは分からない。だからこそ、それまでの間にホームズの4世を倒せば少なくとも取引は成立だ。奴も悪魔……とは違うが、契約にはうるさいだろう。期間を設けなかったと言えば少なからずとも、何も言い返せない筈だ」

 "敗北すれば"ではなく、"勝てなければ"と実際に言っていたのなら、これで充分なはずだ。

 つまり、何回負けようと最後に勝てれば取引は成立だ。

 私の言葉に理子の目に意志が戻って来る。

 彼女は体をゆっくり起こす。

「……ジャンヌ、ありがとう」

「お礼を言われる程の事ではない。所詮、屁理屈をこねただけだ」

「でも、ありがとう……」

 理子はそう言って、私を抱きしめて来た。

 世話の焼ける友人だ。

「取りあえず、アメリカにでも行って身を隠せ。ブラドの影響はアメリカまで広がってはいないだろう。そこで再起を(はか)るんだ」 

「うん……アメリカ旅行だ! そうと決まったら準備するぞー!」

 ベッドから降りて、早くもいつもの調子で言う。

 すぐに部屋の中を走って、宣言通りに準備をしだす。

 私は、デリンジャ―を戻して何も言わずに部屋を去って行く。

 ……それにしても、おかしな話だ。

 ジャックはなぜ、理子の取引について何も知らない。

 理子が喋らなかったとしても、探ろうとすればあいつは他人に成り代わって聞き出せるはずだ。

 やはり、理子をただの観察対象としてしか見ていないのか?

 そう考えた瞬間にギリ、と私は歯軋(はぎし)りをする。

 相変わらず何も読めない奴だ。

 ブラド以上に不明瞭である点が、何よりも腹立たしい。

 何にしても、まずは星伽だ。

 私は切り替えて、すぐに武偵高へと戻って行く。

 

 




今回は舞台の裏側的なイメージで書きました。
ジルちゃんの事を抜きにしても、裏でこんな事があったんじゃないかなーと言うような感じです。

ええ、かなり進みましたけど……疲れた。
もう、これで章終わりにしていいじゃないかな?と思ったけど……
夾竹桃戦は書きたい。
用語解説してる余裕がない。(編集して書きます)
かゆ……うま。

用語解説

ワルサーP99……映画『007』のジェームズ・ボンドも使っている銃。コンパクトなモデルで、グリップ部分は人間工学に基づいたうんたらかんたら。つまりは使用する人の手に合わせて大きさや太さが変更できる。しかし、クセがあるのかあまり売り上げはよくない様子である。

レミントン・デリンジャー……レミントン・ダブルデリンジャ―とも呼ばれる中折れ上下2連式の小型拳銃。銃が出てくる漫画やアニメでも、探せば出てくるはず。有名どころとしては、ルパン三世の峰不二子がよく使っている。既に言われてる事ですが、赤松先生は狙って理子の名字に峰をつけたのだろうか?
ともかく、全長は12cmと携帯性に優れる。よくバックアップ武器として採用されたらしい。

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