緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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霧ちゃんサイコにカワイイ!

はい、何とか原作を入手しまして久々の霧ちゃんです。

そしてキンジの日常の崩壊が加速します。


107:離れてく日常

 

 勉強会から程なくしてキンジから電話。

 私に電話しすぎじゃない?

 とか思わないでもないけど、頼りにされてるなら嬉しいからいっか。

「はい、あなたの霧ちゃんです」

『何だその出方は。俺の物にした覚えはないぞ』

 "俺の物"の言い方にちょっと心が動揺したのはナイショ。

「ファーストキスまで奪っておいてそれはないよ、キンジ」

『……本題に入っていいか?』

 スルースキルが高くなってる。

 これ以上からかっても仕方ないので話を進める。

「はいはい、何の相談? また勉強会?」

『いや、塾に通おうと思うんだが……どういう基準で選べばいいと思う?』

「それ、私に聞く? 私だってキンジの言う普通の生活に縁遠いのに」

『いや、そうなんだが……一番常識ありそうなのお前しかいないし』

「神崎さん達に言っておくよ。みんな非常識で相談できないから私がよく相談にのってるって」

『油に火どころか、爆発物を放り込むような真似はやめてくれ』

 まあ、しないけど。

 言ったら私がキンジと頻繁に連絡をしてると勘付かれるし。

 そしたら暴走しそうなのが若干2名いるんだよね。

「で、何の相談?」

『ああ、流石に毎回勉強会じゃあ霧達の時間をとることになるし、都合よく予定が合うとも限らないから塾に行こうと思うんだが、どう選べばいいと思う?』

「お金と移動時間じゃないかな? あとは大手だったら間違いはないだろうし、そこら辺をどう折衷するかじゃない?」

 まあ、キンジの場合はお金が一番ネックになりそうだけど。

『なるほどな。お金……装備でも売るか』

 金欠ならそうなるよね。

 いいのかな~? 自衛手段を放り投げても。

 別に"私は"まだ何もしないけど。

 何て電話しながら次はどうしようかと思いを馳せる。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 以前の勉強会で自分の今の学力の低さを思い知った俺は、塾に行くことにした。

 霧のアドバイス通りに放課後、明治通り沿いにある大手予備校『河合(かわい)塾』を見学しにいった。

 この9階建てのビルが丸ごと塾か。すごいな。俺の知らない世界だ。

「ていうか、なんでお前がついてくるんだよ……」

「キンジさんが歩く方について行っただけです」

 と、相変わらずコミュニケーションが困難なレキがついてきてしまった。

 仕方ないので、そのままパンフレットに従って塾についての説明を上階の面談ルームで2人で受けたりしていたんだが……

 俺が言えた義理じゃないけど、似合わないよなぁ。狙撃の天才児が学習塾とか。

(さて、どんなコースに通おうかな……)

 パンフレットを見返して、とりあえず帰ろうとエレベーターに乗ると……

「?」

 ん? なんだ?

 講義が終わったのか同じ階の生徒がいっぱい乗ってきたぞ。

 パンフレットを少し下ろして見れば、女子、女子、女子。

 しかもこの制服……東池袋高校の制服じゃねえか!

 なんだこいつら。俺とレキを狙って乗ってきたのか?

「私達は『転校生カップル後押しし隊』です」「2人とも、見ててイライラするの。いつくっつくの!」「今、くっつこう! ほら!」

 などと俺とレキに対して話して異常に盛り上がってるご様子。

 っていうか何だ『後押しし隊』って……理子並みのネーミングセンスだぞ。

「俺とレキはそんなんじゃ……」

 と釈明しようとしても、「やっぱり名前で呼んでる!」「矢田さんも『キンジさん』って名前で呼んでるもんね」と逆に皆さん大フィーバー。

 一般の高校では、男女が名前で呼び合うのもダメなのか?

 助けて霧さん、俺に常識を教えてくれ。

 このままだと俺は可笑しなことばかりに巻き込まれる気しかしない。

 混乱してる間にも女子たちはレキと俺を押し付けて正面から向かい合わせにさせる。

 この狭いエレベーターでは、逃げ場もなく、抵抗も出来ない。

 そのまま、レキと正面で密着させられてしまった。

「ほら。遠山君、矢田さん、勇気を出して!」

 何の勇気をだよ!

 なんて心の中でツッコミを入れてる間にも女子たちは俺の右腕・左腕を掴み――

 レキを俺が抱き締めるような姿勢にさせてしまう。

(一体何がしたいんだ、お前たちッ)

 まったく意図が分からない。

 講義が終わって誰も来ないエレベーターの『開』ボタンを押し続ける係の生徒までいる。

 無駄に連携が取れてやがるッ。

 こいつら、俺らがここに来たのを見て計画立ててやがったな。

 押しくらまんじゅう係の皆さんは、俺をさらにレキを強く抱き締めるような体位に変えていく。

「……ッ……!」

 さらに無表情なレキの腕まで背中に回させて来ている。

 完全に抱き合ってる形だよ。俺と矢田さん。

 いや、大丈夫だ。レキの胸はアリア以上ワトソン以下の比較的安全な……って……

 ……レキさん? お前の最近、成長してないか。

 そう気付いた瞬間には――ドクンッ――

 し、した。来ちまったぞ、ヒステリアモードの血流。この異常な状況下でも……!

「チュー」「チュウだ!」「ちゅうちゅう!」

 お前らはネズミの集団か!

 キスはそんなに安っぽいもんじゃないだろ。

 ……多分。

 それよりも今の状況は非常にマズい。

 チューコールするネズミ娘どもに追い詰められて、俺もレキも帰宅出来ない。

 それに――何よりもレキの胸が押し付けられ続けられると、危ない。レキと女子たちが。

 俺がヒステリアモードになったら音速で大変なことをしかねない。全員に。

「レ、レキ、顔を上げて胸を反らせ……ッ!」

 苦肉の策で顔を上げさせて胸の密着度を下げようと姿勢替えをさせるよう言う。

 しかし、それを女子たちは『キス準備』と思ったらしく黄色い声を上げる。

 レキも俺の意図を理解してないのか上を、向かない。

 俺の胸に顔を(うず)めたまま、動かない。

「どうした、レキっ、言うことを聞け」

 また周りのネズミっ子を沸かせるような事をレキに再命令すると――

 レキは顔を横に逸らしてから……

 ちらっ、と俺を上目遣いで見上げてきた。

 みんなの前でキスすると誤解してるらしい。

 そんなレキの表情が、恥じらっている。

 ……恥じらう、レキ。

 修学旅行Ⅰ(キャラバン・ワン)以降、勘付いてはいたが、レキの中では微かに感情が萌芽(ほうが)しつつある。

 この、恥じらい。

 か……かわいい。

 こういう違う一面を見せられるのは、破壊力がヤバい。

 もうダメだ――ドクッ――!

(フッ――)

 俺は小さく、苦笑いした。

 レキ。レキはそんなにも……カワイイ女の子だったんだね。

 でも知ってたよ。"こっちの"俺はね。君の魅力は。出会った時から。

 恥じらう姿だけでヒステリアモードにしたご褒美に――

 この場で何百回でもキスをしてあげたいところだが、色々と問題を片付けないといけない。

「――君達の気持ちは分かった」

 そう言って俺は俺とレキを囲む周囲の女性達の力の流れを読み――

 左右の人差し指を立て、失礼ながら女性の袖に触れさせて貰いつつ指だけで操作していく。自分達の体に入れてる力だけで、気を付けの姿勢になるように。

「あれっ?」「なにこれ?」「――?」「えっ?」

 女の子達は、自分達がされたことに目を丸くしてるが……

 ヒステリアモードの今なら合気道のように人の力を自由自在に変えられるんだ。

 どんな姿勢だって取らせることが出来る。君達自身の力だけでね。

「でも、女性の気持ちは全員等しく尊重されるべきだ。レキの気持ちもある――こういうのは2人きりの方がいいだろう? それとも、人前でこういう事をされたいのかい?」

 レキを守るように抱き寄せつつ、顔つきが鋭く変わった俺が女子達に微笑むと――

 ぽんぽんぽぽぽーん!

 と、全員が等しく真っ赤になった。直立し、ポカーンと口を開けたまま。

 俺も人のことは言えないけど、初心だね君達も。

 案外、こういうのに憧れてたりするのかな?

 霧も『人は自分にないものに憧れたりする』って言ってたし、そうなのかもしれない。

 中には、手を上げようとする子もいたので笑顔を向けながら、しー、と人差し指を口元に当てて制しておく。確か、市居(いちい)さんだったかな? 自分を安売りしちゃいけないよ。

 そして俺は……

 レキの頭を抱き寄せて、耳元に唇を寄せる。

 ヒステリアモードの頭が通ってきた道を鮮明に思い出し、あることに気付いてしまったからだ。

 俺とレキに、彼女達以外に"尾行者がいた"事に。

「大した相手じゃないが、レキは接近戦が得意じゃない。ここは俺に任せて、家にお帰り」

 と言うと……

「…………」

 俺に続いて状況を察したらしいレキは、心配そうに俺のブレザーの袖を掴んでくる。

「……レキのご主人様はそんなに弱かったかい? それとも、夜遊びは許してくれないタイプだったかな? ああ、そうだったら少しレキと過ごす将来は少し不安になる」

 俺は目を閉じて刷り込むように言葉を掛ける。

 すると、『過ごす将来』で期待するような反応したレキは、ふるふる、と可愛く首を振った。

 許可が下りた。

「嬉しかったよ、レキ。一緒に来てくれて。それじゃあおやすみ」

 エレベーターを押さえる係だった子の指を優しく外してやり――

 それから閉まるドアの隙間から、俺はウィンクでバイバイした。

 音で判断できたが卒倒した子もいたみたいだな。鼻血を出してる子もいたし。

 ああいう子たちに、こっちの俺の視線は刺激的過ぎたかも。

 そのままエレベーターでゆっくりしてくれると嬉しいね。

 もしくは俺が相手してる間に帰ってくれることを祈ろう。

 そして、俺の中でレキの言葉の前半部分がリフレインされる――

(『狼は、(いぬ)になれない』)

 よくない予感がする。

 

 

 十分な間を置いてから、階段で1階に降りてビルの正面玄関から夜の明治通り、それに沿う歩道に出る。

 そのガードレールの向こうには――

「遠山ぁー! 金だぁー!」

「忘れちゃいねえだろうなー!」

 案の定、例の改造バイクに乗った藤木林(ふじきばやし)朝青(あさお)がいた。

 安物のメリケンサックと鉄パイプを装備して。

 素人がメリケンサックを装備しても大して脅威にはならないんだけどな。

 あの装備を見てると中学にいた矢貫(やぬき)先生が懐かしい。

 あの人、戦闘がヤンキースタイルなのに金属の壁とか凹ます蘭豹(らんぴょう)に劣らないパワーだったのを思い出す。

 そんなことはどうでもいいな。

 今、この周りの状況はあまりよくない。

 塾帰りの生徒が多い。困ったことに、東池袋高校の生徒も何人か。

 少しギャラリーは多いが……まあいい。

 今回はヒステリアモードだが、やる事は同じだ。

 ショートコント『強い不良2人に襲われボコられる俺』の第2幕。

 レキが巻き込まれないよう、時間を稼ごう。

「危ないよ。ケンカになりそうだから」

 などと、野次馬の女子達を人払いしていると……

他人事(ひとごと)じゃねえんだぞオラァ!」

 と、藤木林が俺の肩を掴んできた。

 ので……振り回されたようにしつつ朝青の膝蹴りを喰らう。

 角度が悪いので撫でられたような感じだが、そこで膝を折り曲げて『痛いよ』というアピールだ。

 その後にイタズラ心で、藤木林の殴りを上手く誘導して同士討ちになるように上手く立ち回った。

 別に俺は手を出してない。2人の力だけだ。

 そんな中でまた3分も経たずに息が上がってきた2人を横目に――

(アレは……マズいな)

 俺の目が車道を捉えた。

 黒塗りのトヨタ・センチュリー。しかし、車の窓は中が見えないように全てスモークシールドが張られてる。

 車内が見えないスモークシールドは違法だ。

 透過率が70パーセントないと違法だと、武藤が無駄なウンチクで言ってたな。

 それに、あの手の車が"ヤクザ"であることも授業で習った。

 最初から道路の脇で停まって見ていたのは知ってはいたが、それが接近してきている。

 ……センチュリーは俺達の傍で改めて停車し、その後部座席の窓を顔が見えない程度に少し開ける。

「お前ら、よしな」

 まさかヤクザが背後から来てたとは思っていなかったらしく、朝青と藤木林は揃って顔を青くする。

「その御方(おかた)は、格が違うよ」

 俺を知っているらしい、女の声。

 そして、俺もその声を聞いて青ざめる。

 ヒステリアモードの耳で気付いてしまったからだ。

 成長してハスキーになっているが……間違いない、この声は。

 いよいよ、マズいな。本格的に。

 だがその声とは別に、

「オレにやらせな」

 助手席から腕を出してた男が出てくる。

 ガタイのデカく、ハードロッカーみたいな革ズボン。丸刈りの金髪頭。そして刺青(タトゥー)を見せつけるように黒のタンクトップを着ている。

(雑誌で見たことあるな)

 確か、国際ボクシング連盟(I B F)環太平洋(パン・パシフィック)ライトヘビー級元王者、伊沢(いざわ)レオンだ。

 コロンビア人とのハーフで肌黒く筋骨隆々とした日本人離れした体格。

 明らかにヤバいやつが出てきてしまって、周りの生徒も怖がるような声を重ね出す。

「――安心しろ。ご指名は俺らしいからさ」

 近くでビビリまくってる朝青と藤木林がパニックにならないよう笑顔で声を掛けてやる。

 しかし、元王者がボクシングを引退してヤクザの子分とは。

 俺にはよく分からない世界だ。

「おい、どっちを見てやがる」

 ポキポキとレオンが拳を鳴らしながら近付いてくる。

 そのまま俺の襟首を掴んで顔を上げさせ、眉を寄せて覗き込んできた。

 威圧感は半端じゃないが、小さくてもヤバい連中の方が多いからな。

 大型犬に飛び掛かられた程度にしか感じない。

「ああ、強いなこのガキは」

 それが分かるなら、喋るなよ。

 霧なら遠慮なく掌底をぶち込んでる。

 しかし、相手の実力を見抜く能力……無くはないんだな。

 アマチュアとプロの中間、セミプロってところだろう。

「やめといた方がいいと思うぞ」

 一応、警告はしてやるが――

「心配すんな、オレも強ぇからよッ!」

 ドスンッ――! と、レオンのパンチがボディに一撃入る。

 近過ぎて威力は半減してるが、体重と腰の入った本物だ。

 俺は襟首から手を外させ、よろめくフリ――は誤魔化せそうにないので普通に距離を取る。

(朝青や藤木林程度のヤツだったら、誤魔化せたのに……)

 中途半端に実力があるせいで誤魔化せそうにない。

 やるしかない、みたいだな。

 周りの生徒を巻き込む訳にもいかない。

(……チクショウ、一般生活に溶け込もうとしてたのによ……)

 沸々と怒りが沸いてくる。

 みんなが見てる前なのに――普通じゃないってバレちまうじゃねえか。

 だが、もう破れかぶれだ。ドッキリの撮影とか、無理矢理だが何とか誤魔化そう。

 そう割り切ると、頭が冷静になってくる。

「…………」

 相手から目を離さずにゆっくりと、自然体で構える。

「――おらッ!」

 上手い体重移動で距離を詰め、バッ、とジャブを繰り出してくる。

 だが、そっちはスポーツ技術で俺は戦闘技術だ。

 あらゆるモノを使った戦い方や人体の急所の知識がある俺とは違う。

 そして、スポーツマンシップに(のっと)って戦うつもりは俺にはない。

 確かに鋭いジャブやストレートをレオンは繰り出してくるが――

「レオン、左から警察が来たぞ」

 それを捌きつつ俺が声を掛けると、ハッとレオンは左を振り向く。

 その隙に前に出ようと思えば、

「やっほ、キンジ」

 レオンの視線の先にポニーテールの亜金(あかね)がそこにいた。

 お前、何でこんなところにいるんだよッ。

「なんだぁ、女」

 レオンも眉を寄せていきなり現れた亜金に鋭い視線を向ける。

 対して亜金がニコ、っと笑うと――

 スパァン! と、甲高い音が響く。

 レオンの顔が上を向き、亜金の掌底が顎を撃ち抜いてる。

「暑苦しいのキライなんですけど」

 と言いながら、本人はいつもみたいに飴を舐めてる。

 明らかに素人の動きじゃない。

 今のでレオンは脳震盪を起こしたのか、フラフラとよろめく。

 しかし、すぐに根性で亜金に向かっていく。

「このアマァ!」

 左のジャブを亜金は右に身を躱して、そのまま左腕を掴んで軽く引き寄せた。

「うおっ!?」

 パンチの勢いのまま重心が前のめりになったところで、亜金が腕を引き寄せたと同時に飛び上がり、

「キンジ、パス」

 左脚でレオンの背中を蹴って俺の方にバランスを崩したまま突っ込んでくる。

 パスってお前……

 仕方ないので合わせて俺は、軽く歩いて前に出ながら下からすくい上げるように体を潜らせてそのまま合気道みたいに投げ飛ばす。

「なッ!?」

 そのままレオンは、進行方向にあるゴミ箱に勢いよく背中から身を投げ出した。

 ゴミ箱じゃなかったら大怪我だな。

 そして、そのまま歩いて亜金の近くまで来たところで俺は確信した。

 亜金の正体に。

「何やってるんだ?」

「え? 夜遊びしてたら、面白そうなことやってると思って。ストリートファイトじゃないの?」

「全然、違う」

 はぐらかしたな。

 俺はそんな意図で聞いた訳じゃない。

 まあ、そんなのも君の魅力ではあるんだが。

「そう言う話じゃないよ、霧」

「……誰それ?」

「この間、俺が買った紅茶は美味しかったかい?」

「うん、まあね」

 しつこく誤魔化すかと思ったら俺が勉強会の報酬で買った紅茶の話を出した瞬間に切り替えたな。

 この間、俺が渡した紅茶の葉と同じ香り。

 偶然だと言うことも出来るが、気付いたのはもう一つ――

「中学の夏祭りでも見たな、あの動き」

「ああ、そこでも気付いた訳ね」

 レオンに掌底をした時の動きが中学の時と同じだった。

 まあ、前から亜金は霧じゃないかとはレキも言ってたが本当にそうだとはね。

 俺も半信半疑ではあったけど。

「だけど霧は悪い子だよ。女の子があんまり危険なところに出るもんじゃない」

「いやー、不良程度だったら見過ごしてもよかったけどヤクザ相手は流石にね」

 もうすっかりいつもの霧だ。

「ところで何で一般高校にいるんだ?」

「経過観察任務」

 その一言で俺は目を手で覆う。

 よりによってそれかよ。

 経過観察任務――それは武偵の教育途中の生徒が中退して、一般的な社会を歩めてるかを監視する任務だ。単位も報酬も大してないが、教育機関的には助かるってことで置かれてる別名が暇つぶし任務だ。

 それは同時に要注意生徒に対する監視でもある。

 俺、そんなに問題起こした覚えがないんだが。

「クソッ……」

 フラフラとしながら、ガシャガシャとゴミ箱をかき分けるようにレオンは立ち上がる。

 が、すぐに膝を突いた。

 霧の人体急所の一撃を受けたんじゃあまともに行動出来ないだろ。

 そのまま俺と霧を睨むように見上げてくる。おお、こわいこわい。

 勝敗が決したその光景に生徒達は大盛りあがりだ。

 自分のボクシングが通じないと分かったレオンが、背中に手を伸ばす。

 革ズボンの尻の辺りに隠してある銃に手をかけようとしてるみたいだが――

「お探しはコレかな?」

 霧が周りに見えないように、そしてレオンだけに見えるようにオートマチック拳銃――マカロフPMを出す。

 さっき蹴った時にさり気に奪ってたな。

 手際がいいな、相変わらず。

「て、てめえら……」

 銃を出そうと思ってたレオンがモノを奪われてるのに気付き、顔を怒りに染める。

「キンジ、ほい」

 さり気に霧が銃を渡してきた。

 そのまま弾倉(マガジン)を抜いて、スライドを引いて薬室(チャンバー)の弾を排出、銃口を下に向けて撃鉄を上げて空撃ち。

 やっべ、渡された勢いでついやっちまった。

 これ5秒以内でやれっていう蘭豹ルールだったから身に染み付いてる。

 5秒以内で出来なかったら勿論ボコられる。

 それを人前でやっちまったよ。

「アクション映画みたい。すごいね」

「同じこと出来るだろ、お前」

 何故か霧は素人を今更装った。

 その動作を見てたレオンは、舌打ちする。

「てめえら……プロだな?」

「「なんのことかな」」

 霧とセリフが被っちまった。

 そのことにお互いに視線だけ合わせる。

 予備弾倉(マガジン)を持ってない様子なので、俺はレオンに膝を突いて周りに見えないように返しておく。

「だから言っただろ、やめといた方がいいって」

 俺は軽くレオンの丸刈り頭を撫でつつ、割と最初から視界の隅に見えていたものに溜息を吐く。

 萌が、いたのだ、ギャラリーの中に。

 萌は今、ガラス張りの河合塾の玄関、その内側から――

『いま、私の目の前で何が起こったの?』

 って顔つきで、こっちを見てる。

 塾に通ってる、とは言ってたが……こことはツイてないな。

 そんな無関係じゃない感じで俺達を見るなよ。

 目敏いんだぞ、ヤクザは。自分が俺達の関係者だってバレたらどうするんだ。

「貴重なキンジの一般生徒友達が……よろしくないね」

 霧も俺の視線に気付いたらしくそう言う。

 だからと言ってここで何かしらのアクションを起こせばそれこそバレる。

「――あそこだァ! こらァ! 何をやっている!」

 あ……

 さっきはブラフだったが来ちまったよ、本物のお巡りさん。

 駅方面から走って来てはいるが人混みでこっちに辿り着くには時間が掛かるだろう。

 塾はこの騒ぎに知らん顔だったが、通報はしてたらしいな。

「ありがとうね。イキがってる鉄砲玉(ガキ)に薬をくれて」

 そう分析してるとセンチュリーの後部から女のヤクザが出てきた。

 現代風にかなりアレンジした和服をあえて着崩した服装。

 明るい色の長い茶髪を花飾りで結い上げている。

 少し目つきは悪いが、美人、というか美少女だ。大人っぽく見えるが、同じ16歳だからな。

「……俺は医者じゃない」

 俺は、この美人さんを知ってる。

 中学の時の腐れ縁だな。

 名前は鏡高菊代(かがたかきくよ)――指定暴力団・鏡高組の姫君だ。

「遠山。デートしよ。今の遠山は、断らない遠山だよね?」

 などと言う彼女は、俺を当然ながら知ってる。

 ちょっとした因縁だな。霧と出会えた理由でもあるが。

「ちなみに誰だか知らないけど、アンタはお呼びじゃないから」

 と、菊代は霧もとい亜金を見て排除しようとする。

 その言葉に霧は笑顔で、

「デートじゃ仕方ないね。それじゃあキンジ、鏡高さんとよろしく」

「アンタ、何でアタシの名前を――」

 名前を呼ばれたことでジロリと菊代は霧を睨む。

 ああ、まあ……今は変装で中学と見た目と雰囲気違うしな。

 そもそも霧は菊代に会ってたか知らないが、名前を知ってるってことはそういうことなんだろう。

「もっと素直になりなよ。回りくどいやり方じゃなくてね」

「ッ! ――アンタ、まさか」

 何やら菊代は霧の言葉に覚えがあるらしい。

 だけど、そこは霧だ。

 菊代が言葉を続ける前に退散する。

「それじゃ、あとは任せてね♪」

 俺は去り際の一言で霧の意図を理解した。

 この場をただでは帰して貰えないだろうし、俺がデートを受け入れれば萌は霧が何とかしてくれるだろう。

「それじゃあ、菊代。デートしよう」

 UZIを向けられてるんじゃおちおち話も出来ないしな。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 やれやれ。同窓会か、ってね。

 随分と懐かしいって言っても3年くらい前か。

 知らない間に中学を中退してたけど、こんなところで鏡高に出会うとはね。

 随分と色気づいちゃって。

 キンジが心配だな。

 余計な女を増やす……いや、アレは既に堕ちてたね。

 ともかく、今は望月をどっかに逃さないと。

 別に守る義理ないから放置してヤクザの慰みモノとかになってもらっても結構なんだけどね。

 キンジに任せてって言った手前では、そうもいかないよね。

 案の定、キンジが乗せられた車を探しに塾から望月が出てきた。

 あんまり通りに出過ぎると見られるからすぐに引き止める。

「おっ、望月さん。一緒に帰らない?」

「赤桐さん……遠山君は?」

「ああ、心配しなくていいよ。知り合いとデートに行ったから」

「嘘、だよね? 絶対、怖い人達に連れて行かれたんだよ!」

 何とかしなきゃって感じでキンジのことが心底心配そうな望月。

 余計なことする方がキンジの迷惑なんだけどね。

「望月さん、関わらない方がいいよ。あの手の連中は鋭いからね。望月さんが遠山の関係者だってバレたら、きっと怖い目に遭うよ」

「……赤桐さんは、遠山君と同じなの?」

 妙に鋭いことを聞いてきたね。

 まあ、賢い方だから気付くところは気付くか。

 さっきも適度に遊んじゃったし。

「私? まあ、別にヤクザとか知らない訳じゃないけど」

「じゃあ、遠山君は危ないことを……」

 何か変な方に話が向かってる気がするけど、修正する必要は……ないか。

「かもね~。私も危ないことは前の学校でしてはいたけど」

 嘘じゃないよ?

 だって今は東池袋高校の生徒の私だし。

 武偵高校の私じゃないし。

「きっと大丈夫だよ。あんなに強いんだから」

「…………ッ」

 私は安心させるように言うけどそれでも心配なのか、望月は飛び出して行った。

 何とか追い掛けて腕を掴んだけど、通りに出ちゃったよ。

 キョロキョロと望月は周りを探してる。

 私だけは黒塗りのセンチュリーの方を見てるけど、あれはミラーとかに映っただろうね。

「遠山君……」

 心配そうにキンジの名前を呼ぶ望月。

 その顔は初恋の人を失いたくないって感じの表情で、自分の知らないところに想い人がいる寂しさを含んだ表情だった。

 いい表情だね。

 そういう複雑な感じの表情は好きなんだけど――

「ほら、もう帰ろ。不安なら一緒に帰ってあげるからさ」

「……うん」

 探してもどうしようもないと思ってしまったのか望月は素直に諦めた。

 そのまま明治通りを通って、望月の家を目指す。

「…………」

 とぼとぼと、重い足取り。

 望月の表情は暗い。

 明治通りで帰る誘いをしてからここまで一言も無い。

 私も気が重い。

 鏡高のことだから、きっと望月を狙って来るだろうな~

 あの手の女のやり口なんて想像がつく。

 ……でも逆にチャンスかな?

 もしかしたら一気に2人片付けられるかも。

 勝手に部下が暴走したら、その部下の責任は頭が取る。

 ヤクザってそういうものだし。

 もし望月が拉致されて何かあったら、それはつまり鏡高のせいになる訳で――

 そうして一般人を巻き込んでしまって、想い人に嫌われた少女は生きていく希望を失くし自ら命を断ちました。

 ――あは♪

 そう考えると、ちょっとは楽しくなりそう。

 でも、思い付きなんだよね~

 色々と準備が足りなさすぎてお粗末になりそう。

 かなめちゃんの時みたいには上手くいかないよね。

 あの時もウルスラに事前に頼んでたし。

 ただ単に解体するならどうとでもなるんだけどなあ〜

「あれ、ここだよね?」

 望月の家の表札が見えて足を止める。

 考え過ぎていつの間にか着いちゃったよ。

「……うん、ありがとう。赤桐さん」

「遠山なら心配しなくてもいいんじゃない? 結構慣れてそうだったし、上手いこと乗り切ると思うよ」

「赤桐さんは……遠山君がどんな人か知ってるの?」

「さあ? でも、何ていうのかな……私と一緒で危ないことをやってた感じはするね。修羅場を抜けた人間ってそういうの何となく分かるもんだし」

 これは経験則だけどね。

 大なり小なり雰囲気が違うのは、素人でも分かる時ないかな?

 例えば、夏で妙に雰囲気が変わった幼馴染みとか。

 理子のギャルゲーとかそんな感じだけど。

 私の場合だと以織が初めて人を殺した時がいい例かな?

 どっちにしても望月からしたら非日常的な経験だろうしね。

「住んでる世界が、本当は違うの、かな?」

 不安そうな声。

 恋した人が実は自分の知らない世界にいる人だった。

 うーん、悲恋だね~

 そのまま勝手に届かぬ恋と思ってくれると嬉しいんだけど。

「さてね。私は何とも言えない。それじゃあね、望月さん」

 そう言って私は離れる。

 住んでる世界が違う、か。

 まあ、私には関係ないけどね。

 犯罪者が恋しちゃダメなんて誰が決めたって話だし。

 あ……明日から望月を迎えに行った方がいいかな?

 もしそれで攫われたら、キンジが私を助けてくれるっていうシチュエーションが出来る。

 それはそれでアリかもね。

 キンジの日常は離れていくけど、私はまだまだこの日常を楽しめそうだよ。

 と、ポジティブに私は帰るのだった。

 


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