帝国と王国が正式に同盟を結んだ。
長年の間、争っていた両国だが、同じプリンセス教を国教としたことで信頼関係が深まった結果だ。
そして何よりも同盟を成した要因は、両国の最高指導者――皇帝と王が強力に推し進めたことにある。
帝国の場合は、皇帝と一部の上位貴族達が、鬼気すらも感じさせる意気込みで帝国内の反対勢力を黙らせた。
王国の場合は簡単だった。バーバリアンの王位即位時に反抗的な有力貴族達が謎の失踪をしていたため、反対勢力と呼べるほどの力を持つ貴族がいなかった。
同盟後は、以前からプリンセス教団が進めていた鉄道新設工事を両国共同の国家プロジェクトとして認定し、膨大な資金と資材の投入が行われた。
ただし、両国の公平性を保つため、鉄道新設工事の全ての権限と利権は、プリンセス教団が有することが決められた。
鉄道新設工事は、まずは両国の主要な都市間を結ぶ形で行われた。
整備された線路を走る蒸気機関車を初めて見た人々は、煙を吐き出しながら疾走する巨大な鋼鉄の塊に衝撃を受けた。
その威容に新たな時代の到来を感じた人々は、鉄道新設工事を推進するプリンセス教団への信頼を深めていった。
そしてあたしは、そんな鉄道新設工事の現場で警備のアルバイトをしている。
基本的に警備はモモンガの配下が行なっている。その警備範囲は広大なため、人員のやり繰りが大変だとメガネ悪魔がぼやいていた。
あたしはメガネ悪魔に仕事を回してもらって、警備のアルバイトをしているのだ。
それというのもオートマトンがくれるお小遣いが少ないせいだ。
実はこの間、あたしは帝国の最高級レストランにエンリとネム、そしてエンリの学友達を招待した。その結果、大赤字になって借金を作ってしまった。
何故そんな事をしたかと言えば、ちゃんと理由がある。
別にあたしがご馳走を食べたいとか、エンリとネムに良い所を見せたいとかの理由じゃない。
本当だぞ?
実は、エンリが通う王都の学校には上流階級の子供が多いから、庶民のエンリは肩身の狭い思いをしていた。
そんなエンリの学校内の立場を上げるために、あたしは帝国の最高級レストランに学友全員を招待するという大盤振る舞いをしたのだ。
帝国の最高級レストランには、王国の上流階級の子供といえど行ったことがある者は一人もいない。
何故なら帝国の最高級レストランは、一見様お断りの格式高い店だからだ。
帝国と同盟を結んでまだ日が浅い今の段階で、そんな最高級レストランに行けるのは王族と上位貴族、そして一部の特別な人間だけだ。
もちろんあたしは、そんな最高級レストランでも予約なしで入店できる。
それというのも皇帝に帝国内の全てのお店に通用する紹介状をもらったからだ。
あたしを門前払いにしたり、無礼な真似をしようものなら、一族郎党打ち首じゃあ! という効果覿面な内容で書いてくれたから有り難い。お陰でこれを見せれば、お店側は最高の持て成しをしてくれる。意外と皇帝はいい奴かもしれないね。
まあ、話を戻せばそんな最高級レストランに学友達を招待できるエンリは、“特別な人間”だと認識されることになる。
学校内でのエンリへの扱いが、大貴族と同等以上になるのも同然だろう。
だというのにエンリには『余計な事をしないで!』と怒られるし、オートマトンは大赤字分の補填をしてくれない。
借金を背負ったあたしを慰めてくれたのはネムだけだ。
うぅ…借金は嫌だ。
毎月のお小遣いだけだと、利子を払うだけで精一杯だ。
買い食いも満足にできない。
仕方ないから働こうと思っても、プリンセス教団が絡んでる仕事はさせてもらえない。
オートマトンが、教団がプリンセス神に賃金を払って働かせるわけにはいかないと言うのだ。
そんな事を言うなら、借金を払ってくれたらいいのに。
冒険者組合もいつの間にか教団の下部組織になっていて、あたしに依頼を回してくれない。
周辺地域もプリンセス教団の布教が行き渡り、襲ったらダメだと言われてしまった。
困ったあたしはモモンガを頼ることにした。
モモンガのアイディアで、メガネ悪魔から教団にバレないようにコッソリと仕事を回して貰えるようになった。
モモンガって、いいヤツだね。
もう、クソモモンガとか言わないようにするね。
メガネ悪魔が回してくれたアルバイトは、危険地帯での警備だから時給が高い。
3ヶ月間は拘束されるアルバイトだけど丁度良かった。3ヶ月間のアルバイト代で借金を完済出来る計算だからだ。
事情を知るメガネ悪魔が、借金返済に丁度いいアルバイトを回してくれたのだろう。
うんうん。
メガネ悪魔もいいヤツだね。
*
お昼ご飯の時間だ。
ぐぅ…
お腹が空いた。
しまった。
教団には内緒のアルバイトだから、オートマトンを連れて来なかった。
オートマトンにアルバイトを止められないように内緒で王都を出て来たのだ。
だから、あたしのご飯を作ってくれる人がいない。
ぐぅ…
お腹が鳴るけど、あたしのご飯がない。
ぐぅ…
お腹が空いた。
ぐぅ…
ぐすん。
*
休憩時間になった。あたしは警備の合間に拾っておいた木ノ実を食べるために、あたし専用のテントに戻った。
テントの中では簀巻き状態のクレマンティーヌが眠っていた。
木ノ実を食べ終わったら、あたしもクレマンティーヌと一緒にお昼寝をしようかな。
ん?
テントの中に大きなお弁当箱が二つ置いてある!
そうかっ!!
このアルバイトは、お弁当付きのアルバイトだったんだ。
あたしはお弁当を食べる。
うん、美味しいぞ!
まるで、オートマトンのご飯のように美味しいお弁当だね。
クレマンティーヌの分もあるのは、メガネ悪魔が気を利かしてくれたのかな?
ねえねえ、クレマンティーヌも起きて一緒に食べようよ。
「う、うーん。あ、あれ? どうして私は簀巻きにされてるの?」
うん、あのね。
実はカクカクシカジカで、あたしと3ヶ月間も離れたら絶対にクレマンティーヌが寂しがると思ったから、クレマンティーヌが眠っている隙に簀巻きにして運んであげたんだよ。
「なるほど。相変わらずどこから突っ込めばいいか困る話なわけね。はぁ、まあいいわ。あんたも一人じゃ寂しいだろうし、私もあんたから目を離すのは怖いからね。しゃあないから付き合ってあげるわよ。感謝しなさいよ」
おおっ!?
クレマンティーヌがデレた!
「デレてない。それにしても、よくオートマトンの目を盗んで王都を出れたわね」
えっへん!
あたしはこれでもオートマトンのマスターだよ。
本気になれば、オートマトンの裏をかくぐらい簡単だぞ。
それより、クレマンティーヌも一緒にお弁当を食べよう?
「あら、どうしたのよ。そのお弁当は?」
うん、お弁当付きのアルバイトなんだよ。
このお弁当って、オートマトンのご飯と同じぐらい美味しいよ。
「あいつと同じ……ふーん、なるほどね。あいつも苦労してるわけね。それとも、あいつならこの状況も楽しんでいるのかしら?」
もぐもぐ、美味しいね!
ぱくぱく、デリシャスだね!
ごっくん、目からビームが出そうだね!
あれ、クレマンティーヌは食べないの? 仕方ないなあ、あたしがクレマンティーヌのお弁当も食べてあげようか?
「私、簀巻きのままなんだけど?」
あっ!
えへへ、すぐに解くね!