頭を撃ち抜かれて絶命した竜王は、部屋の隅っこに蹴っ飛ばした。
空いたスペースでは、集まったフロスト・ドラゴン達が頭を垂れている。
その身体は微かに震えていた。
ドラゴン達の怯えが込められた視線の先には、二人の女性がいた。
一人目の女性は、ドラゴン達にプリンセス神の偉大さを説いていた。当初は反抗的なドラゴンもいたけど、一言でも反論したドラゴンは次の瞬間、射殺された。
「撃つ」――アベシッ!?
「撃つ」――ヒデブッ!?
「撃つ」――我が生涯に一片の悔い無し!!
3匹ほど射殺されてからは反論するドラゴンはいなくなった。
二人目の女性は一人目の女性がやり過ぎないように宥めていた。
ドラゴン達も二人目の女性に縋るような雰囲気だったが、プリンセス神を侮辱する発言をして射殺されたドラゴンには、感情の籠もらない目を向けるだけだった。
二人の女性による審判から生き残ったドラゴン達はプリンセス神に忠誠を誓った。
だが、ここで疑問がある。
ドラゴン達が畏怖の目を向けるのはオートマトンだ。縋るような目を向けるのはクレマンティーヌだ。
デップリドラゴン以外は、あたしには特別な目を向けてこない。
あたしがプリンセス神だよね?
「だって、あんたは何もしてないわよね」
「イエス、マスター。マスターは土竜王と共に見物していただけです。恐らくはマスターがプリンセス神だと認識されていないのでしょう。希少種のドラゴンのみはマスターを恐れていますが、他のドラゴンには伝わっていないようです」
まあ、変な目で見られるよりかはマシかな?
土竜王みたいに捧げ物だといって、丸々と太った生きた蜥蜴を渡されても困るしね。
“キーキー”
この蜥蜴、どうしよう?
土竜王がキラキラとした目で渡してくるからつい受け取ったけど……ドラゴンステーキの付け合わせになるかなあ?
「イエス、マスター。肉に肉は栄養のバランスが悪いです」
そうだよねえ。
“キーキー”
丸々と太った蜥蜴……美味しそうには見えないなあ。
*
ドラゴンが溜め込んでいた財宝とドワーフの宝物殿の中身を手に入れた。
うははははっ!
これであたしは大金持ちだ!
老後の心配なんかする必要はないぞ!
年金破綻に怯える日々よ、サヨウナラだ!
「では、これらはプリンセス教団で適切に管理します。ご安心下さい」
ええっ!?
ちょっと待って!!
全部持っていくの!?
あたしの取り分は!!
「イエス、マスター。大丈夫です。マスター名義で貯金をして運用もしておきます。マスターには毎月、決まった額のお小遣いをお渡しします」
うん、それならいいかな。
オートマトンに任せておけば安心だしね。
貯金しとけば、利子もついて増えるしね。
ところで、運用ってなんだろう?
「ふふ、マスターの信頼は裏切りません。どのような手段を使ってでも、マスターを世界一の富豪にしてみせます」
「……あんたの黒い笑みが怖いんだけど」
*
土竜王からドワーフ王国のことを相談された。
なんでも土竜一族は、金属を食べることによって強くなるらしい。
その金属をドワーフが貪欲に奪っていくため、土竜一族とドワーフは長年の間、争っているそうだ。
うーん。
ドワーフかあ。
文明はドワーフの方が土竜一族より遥かに発展しているらしいから、ドワーフ王国を滅ぼすわけにはいかないよね。観光的な意味で。
でも、土竜王はプリンセス神の信者だからなあ。
あまり無下にはできないよね。
それにしても金属を食べて強くなるの?
「幼少期に食べた金属によって、成長後の能力に差が生じます。特に爪と骨格の強度に違いが現れます」
ふーん。
つまり、人間がカルシウムをとって骨を丈夫にするのと同じようなことかな?
「でもさー、それなら鎧や武器を身につけた方が効率的じゃないのー?」
そう言われればそうだよね。
何か理由があるの、土竜王?
「……」
土竜王?
「はっ!? い、いえっ、そのような事は今まで考えたこともありません。恥ずかしながら土竜一族には鎧や武器を作れるほどの技術力はありませんゆえ」
それならドワーフから買えばいいんじゃないの? 金属を奪い合うより、土竜一族が金属を掘って、それをドワーフに売って、手に入れたお金でドワーフから鎧と武器を買えば、共存共栄が出来るんじゃないかな?
「……」
土竜王?
「はっ!? な、なるほど! そのような事は今まで考えたこともありません。流石はプリンセス神でございます。このリユロ、目がさめる思いでございます!」
はっはっはっ!!
あたしは知性派だからね!!
土竜王もこれからは、あたしを見習うといいよ。
暴力に訴えるまえに、まずは頭を使おうね!!
「ははーっ! プリンセス神のお言葉、このリユロ、肝に命じます!! そして、プリンセス神の叡智の輝きを受けましたこと生涯の誉れと致します!!」
うんうん。
土竜王は素直で可愛いなあ。
これからも目をかけてあげるね!!
「なるほど。あいつの知性は、土竜王よりかは少し上なんだねー」
「うぅ…マスターがあのように得意になって楽しそうにされるなど、初めてのことです。決めました。これより土竜一族はプリンセス教団にて保護することに致します」
「土竜一族は運がいいねー。おバカなのも悪いことばかりじゃないんだねー」
「無邪気に知性派を気どるマスターに、その知性を誇れる相手が出来るなど思ってもいませんでした。マスターの自尊心を満足させれるような、適度に頭が働くおバカであり、尚且つマスターに敬意を払えるおバカがいるとは……土竜王は得難い人物ですね」
「そ、そうだね。ちょっと言い過ぎな気もするけど気にしないでおくね」
「ふふ、次はドワーフとの交渉ですね」
*
ぶん殴った。
ドワーフ王国の門は吹き飛んだ。
「あんたは何をしてんのよー!?」
何って、交渉前の示威行動だよ。
前に読んだ本に書いていたからね。
“正義なき力は暴力であり、力なき正義は無力である”
つまり、力ある正義こそ正しいんだよ!
あたしは力を示し、土竜一族とドワーフ一族との友好関係を築く!!
土竜王よっ!!
あたしの勇姿をその目に焼き付けろっ!!
「ははーっ!! このリユロ、プリンセス神の御勇姿を目に焼き付け、一族の者共に語らせて頂きます!!」
はっはっはっ!!
本当に土竜王は可愛いなあ。
よしっ!!
久しぶりに本気を見せちゃうぞ!!
「ちょっ!? あんた本気って!?」
「イエス、マスター。可及的速やかに避難致しますので、少々お待ちください」
あたしは愛用の棍棒を取り出す。
あたしが持つ、強化系のスキルと魔法を全て使用する。
あたしは持てる力の全てを棍棒に込めて振り下ろした。
*
数週間後、ドワーフ王国が更地になったと、風の便りが王都に届いた。
だが、不思議なことにドワーフは全員が生きていたそうだ。ただし、ドワーフ王国が更地になった原因を覚えている者は一人もいなかったらしい。
ドワーフ一族の救援には、それまで争っていたクアゴアという一族が率先して行い、各国を驚愕させた。
今では二つの種族は友好関係を結び、共存の道を歩んでいるそうだ。
ほほう。
世の中には不思議なことがあるものだ。
だが、平和になったのならよかろう。
あたしは優雅なアフタヌーン・ティーを楽しみながら微笑んだ。
「あんたは全く反省してないわね!!」
クレマンティーヌの怒声が王都の空に響き渡った。