最強の生物とは?
そう問われた場合、大多数の人間はこう答えるだろう。
それはドラゴンだと。
巨大で強靭な身体を持ち、その体表は硬い鱗に覆われている。
高い対魔法力を備え、大空を自由に飛翔する魔獣の王。
その強力なブレスに抗えるものは殆どいないだろう。
そして何よりも恐ろしいのはその高い知性だ。
脆弱な人間が唯一、獰猛な魔獣に勝る唯一の武器が知性だとすれば、長き年月を生きたドラゴンはそれすらも上回る。
出会うことは絶望を意味する、絶対なる存在。
それがドラゴンだ。
しかしドラゴンの真の凄さとは、そんな強さなどでは断じてない。
ドラゴンの真の凄さはその肉にある。
ドラゴンの肉の旨さは世界三大美味に数えられているほどだ。
そしてその希少性から一国の王でさえ、生涯に一度でも口に出来れば幸運だと囁かれるほどだった。
そんなドラゴンが目の前の扉の向こうにいるのだ。
長かった。
本当に長かった。
ここに辿り着くまでに歩んできた長き道程を振り返り、あたしはらしくもない感慨に耽る。
あたしは共に歩んできた仲間達を振り返った。
いつも美味しいご飯を作ってくれたオートマトンが優しい目で頷いてくれた。
いつも柔らかいおっぱいであたしを癒してくれたクレマンティーヌが呆れた目で、さっさと扉を開けろと訴えてくる。
期待外れの油肉のデップリドラゴンが怯えた目で震えていた。
そして、熱い想いのこもった目で土竜王があたしを見つめていた。
いや、そんな目で見られてもドラゴンステーキは分けてあげないよ?
あたしは土竜王の視線を避けるようにソソクサと扉を開けた。
*
「何用だ。矮小なる者共よ」
あたし達の目の前には、デップリドラゴンとは似ても似つかぬ細身のフロスト・ドラゴンが寝そべっていた。
なるほど。
これが通常のフロスト・ドラゴンか。
あたしはデップリドラゴンと見比べる。
かたやスリムなシルエット、かたやデップリなシルエット。ぽんぽこお腹がチャームポイントだろうか?
うん。
間違いなくデップリドラゴンは希少種だね。
これは絶対にモモンガが喜びそうだ。
寝そべっているフロスト・ドラゴンの周囲には、少し小さいフロスト・ドラゴン達が数匹侍っていた。
周りの小さいドラゴン達は雌みたいだな。
なるほど、ハーレムということか。
もしかしてデップリドラゴンのママもハーレムの中にいるのかな?
あたしの疑問にデップリドラゴンは肯定する。
希少種を産んだママか。
モモンガへのプレゼントになるかな?
「イエス、マスター。希少種の母ならば高い価値があります。モモンガ様も喜ばれると思いますので、私にお任せ下さい」
うん。オートマトンに任せるね。
「あんた、それも値引き交渉に使うわけ?」
「無論です。モモンガ様が喜び、こちらも経費が抑えられ嬉しい。win-winの関係です」
「まあそうなのかなー。でもやりすぎないように気をつけてよー。モモンガさんの方にもあんたみたいな存在が沢山いるんだからねー」
「勿論、心得ています。モモンガ様には最大の敬意と警戒を持って接する心積もりです。クレマンティーヌのご忠告に感謝を」
「あはは、あんたも気付いてるなら心配いらないよねー。ちょっとした事で全面戦争なんて御免だからねー」
「ふふ、そうですね。ですが、マスターの為なら、かつてユグドラシルにて名を馳せた悪名高きギルド“アインズ・ウール・ゴウン”といえど敵に回しますよ。その覚悟だけは持っていて下さい」
「まあ、そんときゃしゃあないよねー。流石にあの化け物共は、スッといってドス! じゃあ無理そうだけど、せいぜい頑張らせてもらうわー」
「いえ、そういう意味ではなく。戦闘時はマスターの士気向上のため、甘ったるくて蕩けそうな声援をマスターに掛け続けることをお願いします」
「ま、マジで?」
「大マジです」
「……大事な用事を思い出したからお家に帰るね」
「星が砕けても逃がしません!!」
「いやー! 離してー! そんなの私のキャラじゃないわよー!!」
「いい加減、覚悟を決めて下さい!!」
二人がまた人目も憚らずに絡み合ってる。
もしかして発情期なのかな?
フロスト・ドラゴン達も言葉をなくして唖然としているよ。
はぁ、恥ずかしいなあ。
何とかならないかなあ?
今度の女子会で、相談役の“黄金”に相談してみよう。
*
土竜王が前に進み出た。
「偉大なる白き竜王、オラサーダルク様。本日は永久の別れを告げに参りました」
土竜王の言葉にオラサーダルクは訝しむように首を傾げるだけだった。
「まあ、意味が分からないのも無理はないよねー。ドラゴンの支配下からこれほど堂々と抜け出そうとする奴なんて普通はいないよねー」
クレマンティーヌは軽い口調だけど、明らかにオラサーダルクを嘲っている雰囲気を発していた。
「あんたみたいな奴には分からないだろうね。どんなに頑張っても敵わない存在に抑圧されてきた者の気持ちなんて。生まれながらの強者様には絶対に分からない。分かるはずがないよね」
クレマンティーヌは悲しみを滲ませた声で、どこか諦めたように呟く。
「別に力を否定する気持ちはないよ。私だって力で他人を踏みにじってきたからね。だけど、私は気付くことが出来た。この世は力だけが全てじゃないってことに。凄い力を持っていても他人に優しくできる奴が……たとえ弱くても強者に踏みにじられる事のない世界を作れる奴がいるってことに…私は気付くことが出来たわ」
他人を踏みにじって…か。
クレマンティーヌ。
あんたは、
あんたは、
昔はSの女王様だったのか!
そうか、偶にあたしを殴ったりするのは、昔の癖だったんだ。
でも、あたしにそういう趣味はないから、あんたがそんな世界から決別したみたいで本当によかった。
しかし、オラサーダルクはそういう世界の存在なのか。
どうやらあたしも奴とは相入れないようだな。
「…お願いだから少し黙っててねー」
え?
あ、うん。
「矮小なる人の子よ。結局、何が言いたいのだ」
「抑圧されている奴が、自分を認めてくれる存在に出会えたら、そっちを選ぶのが当然だって話だよ。しかもそいつが抑圧する奴よりも遥かに強大な存在なら、それこそ選ばない道理はないわよね」
「ククク、つまりは我よりも強き者がいると言いたいのだな」
オラサーダルクは面白そうに身体を揺する。
「この竜王よりも強大とは、随分な大ボラ吹きに騙されたものよ。もはや怒りよりも憐憫を感じるぞ」
「オラサーダルク様、お待ち下さい。我ら土竜一族が信仰を捧げたプリンセス神は、真に偉大なるお方です。たとえ貴方様といえど無礼な物言いは許されませんぞ」
「貴様っ、誰に向かっ……プリ?」
土竜王の言葉に激昂しかけたオラサーダルクだったけど、何かに気付いたようにその怒りを抑えた。
「なんだ、そのプリンセス神とは?」
オラサーダルクのその問い掛けにオートマトンの瞳がキラリと光る。
ずずいっと、前に出てくると強大な竜王をも恐れずに声も高らかにプリンセス神を讃える。
「天空に輝く星はただ一つ。
至高にして全能なるプリンセス神のみ。
その聖なる威光は地上をあまねく照らす。
地上乱れるとき、プリンセス神現る。
信じる者は救われる。
歯向かう者は地獄に落とす。
プリンセス教団は年中無休。
随時お布施も受付中。
お金がなくても大丈夫。
衣食住保証で労働力提供大歓迎。
さあ、君も今日からプリンセス教に入信だ!」
オートマトンは満足そうな顔になるとスタスタと後ろに下がった。
あれ、オートマトンの雰囲気がいつもと違うような? まあ、気のせいだよね。
「いやあんた、キャラ崩壊が酷過ぎない?」
「失礼しました。どうやら広報担当個体の人格データが混入したようです」
「人格データ?…なんだか、あんたの別個体に会うのが怖いわね」
「大丈夫ですよ。マスターを混乱させないようにマスターと接する場合は、各個体も私と同じ人格データを使用するので安心して下さい」
「それって、あいつがいない場合は別人だってことよね!?」
「そうとも言います」
「私の前でも同じでいてよー」
「何を言っているのですか? たとえ姿形が同じだとしても、私達にもそれぞれの個性があるのですよ。ちゃんとそこの所は尊重して下さい。私達は仲間なのですから」
「うぐぐ。こんな時だけ正論を言うなんて卑怯よー! 第一、正論を言うならあいつの前でも個性を発揮しなよー!」
「酷い事を言わないで下さい。記憶保持のアイテムの負担だけでもマスターの脳は限界に近いのですよ。マスターの小ちゃな脳にこれ以上の負担をかけて取り返しのつかない事になったらどう責任をとるお積りですか?」
「……あんたがあいつの事を大事に思っているのは理解しているつもりなんだけど、それを納得できないのはどうしてだろう?」
「そうですね。それはクレマンティーヌの信心が足らないせいだと思いますよ」
「んなわけあるかっ!!」
*
「……それでそのプリンセス神とやらは何処にいるのだ?」
オラサーダルクの問い掛けにクレマンティーヌが黙ってあたしを指差す。
こら、人を指差したらダメだぞ。
「グァハハハハッ!! その薄汚れた女が神だと『撃つ』グハッ!?」
オートマトンに頭を撃ち抜かれて、オラサーダルクがぶっ倒れた。
うむ。
相変わらず良い腕だ。
「あ、あの父が、一撃で…」
「おおっ!! あのオラサーダルク様が一撃で……やはり私の選択は間違っていなかったのだ!!」
「相変わらず容赦がないわねー」
「マスターを侮辱したものを生かしておく道理はありませんよ」
さてと、あとはデップリドラゴンのママだけを残してドラゴン共を狩るとしよう。
あたしの言葉にオラサーダルクに侍っていた雌ドラゴン達が騒ぎ出す。
「お待ち下さい! 私達はプリンセス教に入信を致します!」
「全ての財宝はお布施として寄付致しますゆえ、これまでの御無礼をお許し下さい!」
「ドワーフ共が残した宝物殿も手付かずで残っております! どうかお納め下さい!」
うーん。
ドラゴンがプリンセス教に入信って、どうなんだろう?
あたしが困っているとオートマトンが任せろって感じで出てきてくれた。
「天に唾した愚か者の財を没収するは当然のことです。貴様達が真に悔いているのならば、命ある限り教団の使徒として馬車馬の如く働きなさい」
雌ドラゴン達は素直に了承すると気が抜けたように、その場にへたり込んでしまった。
なんだかんだいっても、結局は優しいオートマトンは雌ドラゴン達を助けてあげるようだ。
でもこれだとドラゴンステーキは一匹分しか手に入らない。
うーん。非常に残念だけど、オートマトンが約束したなら諦めよう。彼女の顔を潰すわけにはいかないからね。
「イエス、マスター。大丈夫です。ここには他にもドラゴンの反応があります。従順な者以外は食用としましょう」
おおっ!
ちゃんと調べてあったんだ!
流石はオートマトンだね!!
じゃあ、デップリドラゴンに案内させて他のドラゴンの所に行こう。
そうだ!
可愛げのあるドラゴンはペットにして、それ以外は食肉用の家畜にして数を増やしてもいいよね!
「イエス、マスター。素晴らしいアイディアです。教団内でドラゴンの養殖に成功すれば、ドラゴンステーキの輸出で大儲け間違い無しです」
「はいはい。あんた達は少し黙ってなさい。そこまでは流石にやり過ぎよ。ほらあんた達もサッサと他のドラゴン達をここに集めなさい。ちゃんと集める前に説得しときなさいよ。じゃないとステーキにされるだけだからね」
クレマンティーヌの言葉にデップリドラゴンと雌ドラゴン達が凄まじい速度で飛び出していった。
クレマンティーヌがオートマトンより優しいことを忘れていた。
ドラゴンステーキの大量確保は諦めた方が良さそうだ。
オートマトンも残念そうではあるけど、優しい目でクレマンティーヌを見つめている。
うん。これは仕方がないね。
だって、クレマンティーヌはあたし達の“聖女”だもん。