目の前には閉じられた王都の門があった。
あたしは閉じられた門に触れてみる。
なでなで。コンコン。ドンドン。ガンガン。
うん。この感触なら簡単に殴り壊せそうだ。
でも、あたしの脳裏にはエ・ランテルでの悲劇が浮んだ。
かつてあたしはエ・ランテルを救うため、やむを得ずに墓場の門を殴り壊した事があった。
それは苦渋の選択だったのだ。
だが、エ・ランテルをアンデッドの群れから救う為に行った行為は理不尽にも責められた。
冒険者ギルドのギルドマスターが責めたのだ。
きっとあれは、あたしの大活躍を妬んだ犯行だったのだろう。
いつかあいつは泣かす。
まあ、そういうわけで世の中は理不尽なものだ。
正当な理由があろうとも、世俗の権力を持つ者はつまらない妬みなどで、どんな難癖をつけてくるのか分からないのだ。
こっちにはバーバリアンの王子がいるのだから、王都の門を閉めた犯人は王以外には考えられない。
きっと、パレードの主役をあたし達にとられる事を妬んだに違いない。
なんという器の小さい奴なんだ。
そんな器の小さい王ならば間違いなく、この門を殴り壊してパレードに参加すれば、嬉々として門を壊したことを責め立ててくる事だろう。
ネム達が見ている前で王にお説教なんかされたら、あたしの威信が地に堕ちてしまうぞ!
くそう。なんとか打開策を考えなければいけない。
うーん。
そうだ!!
例えばあたしの代わりにクレマンティーヌが門を殴り壊すというのはどうだろう?
「あのねー、私が門を壊したとしても、結局は仲間としてあんたも怒られると思うよー」
じゃあ、クレマンティーヌとは他人のフリをするとか?
「ひどっ!? って、流石にそれは無理があり過ぎじゃないのー。ここまでずっと一緒に仲間として行動してるの見られてんだよー」
なるほど。あたし達が仲間だということは、いくら王が器の小さい愚物だとしても覚えているよね。
ん?
覚えている?
そうかっ!!
器の小さい愚王の記憶を消せばいいんだ!
あたし達が仲間だということを忘れさせよう!!
門一枚程度では、あたしの魔法を防ぐことは出来ないぞ!
あたしは王の気配を探る。
よし、探知したぞ。此奴だろう。
あたしは即座に魔法を発動させた。
“記憶操作”
あたし達の顔に関する記憶はどこかな?
えーと。
うーんと。
んん?
あれあれ?
これって情報量が多過ぎない?
どうしようかな? 後はオートマトンに任せようかな?
「イエス、マスター。大は小を兼ねるという言葉があります」
大は小を…?
そうかっ!!
あたし達の顔の記憶だけを消すのが難しいなら、全ての記憶を消去すればいいんだっ!!
「ちょっ!? あんた待っ…」
“記憶初期化”
うん、これで良し!!
「いいわけあるかーっ!!!!」
クレマンティーヌに怒られた。
やっぱりこの世は理不尽だ。
*
よかった。よかった。
記憶を消した相手は王ではなく、第二王子だった。
王と気配が似ていたから間違えたけど、結果的にはOKだろう。
記憶を初期化した第二王子は赤ちゃんみたいになっていた。
赤ちゃんみたいといっても全く可愛くはない。
むしろ激しく気持ち悪い状態だ。
想像してほしい。
おんぎゃーおんぎゃー泣いているむさ苦しいのオッさんの姿を。
糞尿を垂れ流しているむさ苦しいのオッさんの姿を。
手掴みでご飯を貪るむさ苦しいのオッさんの姿を。
うん。この魔法は封印しよう。
激しく気持ち悪い第二王子は、どこかに連れていかれた。
願わくば、二度と会いたくないものだ。
そうそう、王都の門はあたしが殴り壊す前に髭面のオッさんが開けてくれた。
あたしが文句を言う前に、門を閉めた事を必死に謝り出した。
よく分からないが、何かの誤解だとか手違いだとか色々言っていた。
なんだか面倒くさいから吹っ飛ばそうかと思ったら、この髭面のオッさんはオートマトンの知り合いらしい。
「イエス、マスター。以前に王宮内を案内させた男です」
おお!
あの時の王宮観光の案内人だったのか。
危なかった。もう少しで吹っ飛ばすところだった。
王宮観光にはネム達を連れて行かないといけないから案内人は必要だ。
この髭面のオッさんも早く言ってくれればいいのに。
アハハと笑いながら髭面のオッさんの肩を軽く叩いてあげた。
髭面のオッさんは変な顔になった。
*
パレードは成功した。
観衆に混じっていたネム達は、バーバリアンの隣にいるあたしを見つけると目を丸くしていた。
ふふ、手を振ったらネムが嬉しそうに振り返してくれたぞ。
エンリはなぜか顔色が蒼くなっているけど何故だろう?
アノ日かな?
何はともあれ、これでスレイン法国と帝国、それに王国上層部との繋がりが出来た。
いつでもどこでもフリーパスで観光が出来るだろう。
そうだ!
いっその事、旅行会社を作ってみようかな?
前の世界のような雇われる立場ではなく、雇う立場になってみるのも面白そうだ。
下っ端の苦労を知るあたしなら、優しい会社を作れるはずだ。
うんうん。あたしが会長になって、オートマトンには社長を担当してもらえればいいかな。
オートマトンなら細々としたことも上手くこなしてくれるだろう。
「旅行会社なら平和でいいかもねー。それで、私も何かするのー?」
クレマンティーヌには広告塔になってもらおうかな?
「広告塔…?」
クレマンティーヌは可愛いし、お色気もあるから適役かも。
「イエス、マスター。お色気があり過ぎて、エロい商売と勘違いされる可能性が高いと思われます」
…ほ、保留にしよう。
「私はエロくないわよー!!」
*
バーバリアンは王になった。
バーバリアンと王位を争っていた第二王子が隠居したから問題なく決まったそうだ。
それに、バーバリアンを第一王子だと最後まで認めようとしなかった貴族達は、いつの間にか失踪したそうだ。まったく物騒な世の中だ。
何はともあれバーバリアンにとっては抵抗勢力が一掃された状況だ。
第一王子が行方不明中は、第二王子と争っていた王女がバーバリアンを支持したことが決め手になった。
これからはバーバリアン王の下、王国は一枚板で発展していくことだろう。
ちなみに王国の新しい国教はプリンセス教という巫山戯た名前の宗教だ。
……どこかで聞いた覚えがある気がする。気の所為かな?
「ねえ、コイツって、どんどん忘れっぽくなってない? 大丈夫かなー?」
「いえ、大丈夫ではありません。たしか記憶保持のアイテムがあった筈です。早急に持たせるようにしましょう」
初めて会った王女は“黄金”と称されるのが納得できる美人さんだった。
少々、天然気味でとぼけた感じの人懐っこい王女だ。あたしのことを女神様と呼んで慕ってくるから困ってしまう。
まあ、慕われて悪い気はしないから多少は気にかけてあげようと思う。
そうだ!
バーバリアンの代わりに王になる?
王女はニッコリと笑って辞退した。
そんな遠慮深い王女のことを、何故かクレマンティーヌは胡乱げな目で見ている……ヤキモチかな?
オートマトンは「マスターに害がなければ大目にみます」とか王女に言ってた。どういう意味だろう?
そういえば、内緒らしいけど王女は従者の少年が好きらしい。
でも、身分が違いすぎるから言い出せないそうだ。
前にクレマンティーヌから聞いた噂話が本当だったとは驚きだ。
「この想いを秘めたまま、私は王族としての義務を果たすべく、新たな王がお決めになる殿方に嫁ごうと思います」
王女は目に涙を溜めたまま悲しそうに笑う。
あたしは取り敢えずバーバリアン王をぶん殴った。もちろん、手加減はした。
“黄金”は吹っ飛んでいくバーバリアンを見つめて可憐に微笑んだ。
その笑顔は可愛いと思った。
「いやあんた、いくら何でもチョロすぎない?」
「それは仕方ありません。マスターはチョロインですから」