王都へと向かっている途中で、レイナースから連絡がはいった。
なんだろう?
今月の女子会はまだ先のはずだけど。
もしかして、アルシェに何かあったのかな。
“我が主様、帝国が王国へと進軍する季節が近付いてきました。我が主様は如何なされますか? 御照覧されるのでしたら手配を致します”
なにそれ!?
帝国が王国に進軍する季節だと!!
そんなワクドキなイベントが定期的に開催されているの!?
帝国――恐るべし!
どうやらあたしは、帝国を侮っていたらしい。
「それじゃあ、王都には行かずに戦場に行くわけー?」
うん、そうだね。戦争が始まるんなら王女の恋物語どころじゃないしね。
そうだ。ネムとエンリはどうしようかな?
うーん。ネム達に戦場はまだ早いかな。
よし、ネムとエンリには王都で観光していてもらおう。
「うん、それじゃー、ネム達は私が責任を持って面倒をみてあげるねー」
オートマトン。部隊の一部をネム達の護衛に回してね。
「イエス、マスター。お任せ下さい」
「ちょっと待って! ネム達は私がっ」
あたしは、【転移】を発動させて、ネム達と影に潜んでいたオートマトン部隊の一部を王都に送った。
「ああっ!? 私も送ってよー! 私も王都でノンビリ観光するのー!! 私はドラゴンになんか乗らないわよー!!」
あたしは指をパチンと鳴らす。
「イエス、マスター」
「ちょっ!? 何すんのよー!!」
オートマトンが素早く、クレマンティーヌを簀巻きにしてくれる。
あっ、おトイレはどうする? もちろん尿瓶はあるから心配はいらないよ。
「うっさいわっ!! さっさと解きなさいよー!!」
「騒がしいので、猿履をしておきます」
「ちょっ!? 止めっ…モゴモゴー!!」
あたし達はドラゴンの背に飛び乗る。おっと、クレマンティーヌは元気にピチピチと跳ねているから落ちないように固定しておこう。
うん、あたしは優しいよね。
「イエス、マスター。マスターの心遣いにクレマンティーヌも喜んでします」
「ムグーッ!!!!」
*
なんでも帝国と王国の両国は、毎年恒例で軍同士が激突しているそうだ。
しかも、その激突も毎年決まった場所で行っているらしい。
その事をドラゴンの背で聞いたあたしは、帝国ではなく直接その激突の場所に向かう事にした。
現地に到着したあたしは、帝国に置いたままにしていた風花聖典を転移で呼び出す。
「風花聖典を呼んでどうするのー?」
無事にお漏らしをせずに済んだクレマンティーヌが不思議そうな顔をする。
もちろん、あたし達の陣地を構築してもらうんだよ。
「陣地って、あんたも参戦するつもりなのー?」
ううん。残念だけど参戦はしない。
あたしには参戦する理由がないからね。
帝国からの応援の依頼がないから、勝手に参戦をしてはプリンセス教の巫女長をしているレイナースに迷惑がかかるかもしれない。
それに、レイナースからも観戦の誘いがあっただけだから、あたしが参戦することをレイナースも想定してはいないだろう。
「じゃあ、陣地は観戦のための陣地なわけー?」
もちろんだよ!
折角の見世物なんだから、環境のいい場所で観戦したいよね。
「うんうん、今回は気楽でいられそうで良かったわー」
クレマンティーヌは何処となくホッとした様子で頷いている。少し疲れているのかな?
クレマンティーヌは真面目だからストレスをため過ぎないように、あたしが気をつけてあげなきゃいけないよね。
「ふふ、ありがとねー。それじゃあ、今回はのんびりとさせてもらうから、あんたも暴れちゃダメだよー」
やだなあ。あたしは知性派だから意味もなく暴れたりしないよ。
「それって、あんたなりの意味があれば暴れるって事だよねー」
もちろんだよ!
「そうだと思ったー。あははー……はぁ」
」
クレマンティーヌが疲れたような溜め息をつく。やっぱり、あたしが気をつけてあげようと思った。
*
風花聖典達が熱心に働いてくれたお陰で、帝国と王国の軍隊が到着する前に、陣地の構築を終わらせる事が出来た。
戦場となる場所を見渡せる一等地に、観戦がしやすいように5階ぐらいの高さの建物を造った。
もちろん、戦場に面した側に劇場のような観覧席を設けてある。
「うわー、こうして見ると壮観だねー」
あたし達の目の前には、帝国と王国の合わせて30万を超える軍勢が集結していた。
だけど、王国側が約25万に対して、帝国は6万程だ。
圧倒的に帝国が劣っている。
レイナースが従軍しているけど、大丈夫かな?
「大丈夫なんじゃない? 例年の戦争でもこんなもんだって話だからねー。それに王国軍は農民兵が大半だけど、帝国軍は専業騎士だからねー。個としての戦力が違いすぎるよー」
クレマンティーヌはお気楽に言うけど、戦場では何が起きるか分からないんだよ。
勝利を確信した次の瞬間には、致命的な攻撃を受けている事が日常的に起こるのが戦場なんだよ。
「ふーん。あんたにしては随分と臆病な意見だねー」
クレマンティーヌが意外そうな顔になる。
「クレマンティーヌよ、覚えておけ。戦場では臆病なぐらいが丁度いい事を」
あたしは続ける。
「そして心に刻め。個としての強さなど、群の前ではクソだということを」
あたしは知っている。
たとえ、神器級の装備で全身を固め、最強クラスの傭兵NPCを揃えようと、数の暴力には敵わないことを。
そして、あたしは知っている。
圧倒的な戦力差を覆すのが、人の知性なのだという事を。
「我が娘達よ。非常時に備え、大規模範囲攻撃の準備をしておけ」
「イエス、マスター。只今より大規模範囲攻撃準備に取り掛かります」
オートマトンは素早く準備をしてくれる。
あたしは続けて風花聖典に命を下す。
「風花聖典よ。今より帝国軍に入り込み、我が命あるときには、巫女長を戦場より連れ出せ」
一斉に了承の意を表す風花聖典達。
あたしは念の為に付け足す。
「貴様達に我が加護をくれてやる。万が一にも我が巫女に傷一つ付ける事は許さん。貴様達の信仰にかけて使命を果たせ」
あたしの言葉に風花聖典達は、ビックリするぐらいの気合を発する。
本当にビックリした。
言うんじゃ無かったと思った。
*
帝国軍の近くで大きな転移門が開いた。
気になって近付いてみたら、モモンガが出てきた。
何してんの?
「おおっ、奇遇ですね。私達は帝国に雇われたんですよ」
モモンガが言うには、あたし達がナザリックを離れた後に帝国から接触があったそうだ。
そして、交渉した結果、傭兵として帝国に雇われる事にしたらしい。
なんでも、ナザリックの修復費用が思ったよりも掛かりそうだから、“ユグドラシル”の金貨を使わずに外貨で賄いたいそうだ。
拠点を持つのも大変だなあ。
あたしはモモンガに同情した。
そうだ。丁度いいからレイナースの事を頼んでおこう。
モモンガ。あたしの友達が帝国軍にいるから面倒をみてね。
「この世界に友達がいらっしゃるんですか!?」
モモンガが過剰に反応したから、あたしは説明してあげる。
友達とは、この世界の人間であること。
あたしは既に何人かの友達がいること。
毎月、女子会を開いて楽しく雑談をしていること。
説明を聞いたモモンガが、もの凄く羨ましそうにしだした。
えっへんだ。
今のあたしはリア充なのだ。かつてのあたしとは違うのだよ。
モモンガの方に目を向けると、明らかに仲間に入れて欲しそうにモジモジとしている。
うーん。モモンガはアンデッドだし、性別は無いと考えてもいいのかな?
モモンガに性欲があったりしたら、女子会には呼べないよね。女子会に男は不要だもん。
「私に性欲はないです! 是非とも紹介して下さい!」
物凄く食い付いてくる。
うーん。ナザリックではご馳走にもなったしなあ。仕方ない、次の女子会に呼んであげるか。
あたしは次の女子会で、モモンガを友達に紹介する事を約束した。
モモンガの喜ぶ姿を見て、あたしは良いことをしたなあ。と満足感を味わった。
*
戦端が開かれた。
クレマンティーヌがモモンガに、この戦争は毎年恒例の出来レースに近いものだから、必要以上に被害を与えたらダメだよーって、説明していた。
その説明で、あたしもクレマンティーヌがお気楽な様子だったのに納得した。
帝国は将来的に王国を併合するつもりで、少しずつ国力を削いでいるだけで、滅ぼすつもりなど全く無いそうだ。
風花聖典達は既に帝国軍に潜り込んでいるけど別にいいか。保険だと思って放っておこう。
そうだ。
あたしは思いついてモモンガに“伝言”で連絡をとる。
モモンガ、ちょっと遊ばない?
“何を遊ぶのですか?”
お互いに召喚した眷属同士で勝負をしよう。
モモンガは帝国だから、あたしは王国側で戦うね。
それで負けた方が、次の女子会で、お茶菓子を準備するの。
“ふふ、いいでしょう。私も戦術には少々自信があります。言っておきますけど手加減はしませんからね”
モモンガも面白そうだと話に乗ってきた。
よし、あたしの高い知性を見せてやろう!
「いや、あんた。“戦場では何が起こるか分からない”“レイナースに迷惑をかけられない”とか、ほざいていたのは何だったのよ。戦場で遊ぶ気満々じゃない」
「クレマンティーヌ。小ちゃな脳ミソのマスターに難しい事を言わないであげて下さい。クレマンティーヌが思っている通り、マスターはバカな子供のような思考形態ですが、一生懸命に生きているのですよ」
「いやっ、私はそこまでは思ってないわよ!?」
うう、クレマンティーヌにひどい事を言われた。
「だから私が言ったんじゃないでしょー!!」
あたしは状況に応じて臨機応変に対応しているだけなのに。
この戦場なら危険はないと判断しただけなんだよ。
「イエス、マスター。私はマスターの判断を信じています。マスターの判断の下、綿密な調査・探索を行い、私が構築している情報網を駆使し情報を集め、あらゆる事態を想定したシミュレーションを繰り返した結果、問題無しと結論が出れば、何処までもついて行く覚悟があります」
それって、本当に信じているの!?