気がつくと、風花聖典の連中の動きが止まっていた。
ゴクリと、風花聖典の隊長と思しき男の喉がなる。
「わ、私の耳が確かなら…お、御身は今、“ソロプレイヤー”と仰いましたか?」
「無礼者!! 貴様如きが、マイマスターであるソロプレイヤー様に直接口がきける立場だと思っているのか!!」
「もっ、申し訳御座いません!!」
クレマンティーヌの叱責に、風花聖典の隊長のみならず隊員全てがその場に跪く。その姿に満足したかのように彼女は頷くと、再び口を開いた。
「よかろう。今回のみは私がマイマスターに許しを乞うてやろう。ただし、これは今回のみだ。元とはいえ、かつては同胞だったよしみによる私の最後の温情と知れ」
「ははっ、クレマンティーヌ殿の温情に厚く御礼申し上げます!!」
クレマンティーヌは、ゆっくりとあたしの前に進み出ると、片足を立てて跪く。
「マイマスター。この者達は、思慮浅き者とはいえ、今日まで人類全ての存続のために、己の全てを捧げてきた者達です。此度のマイマスターに対する罪は本来ならば、死をもってしか贖う術のない所業です。ですが、彼達は私の同胞でもあります。マイマスター。どうか、我が命と引き換えに、彼と彼に従いし者達にご温情を賜れますよう伏してお願い申し上げます」
クレマンティーヌの言葉に、風花聖典達が動揺するのが分かった。先ほど彼女が口にした、彼達同胞に対する最後の温情とは、文字通りの意味なのだと悟った彼達は、彼女に対するこれまでの偏見を吹き飛ばされた。
恐らくは彼女だけが知る孤独な戦いがあったのだろう。この世界に現れた“プレイヤー”に仕えるためには、祖国をも欺かざるを得ない事情があったのだろう。
先程までの“プレイヤー”との遣り取りで、“プレイヤー”との間で信頼関係が築けていた事は明白だった。
クレマンティーヌが汚名を被る事も覚悟の上で祖国を裏切り、これまで孤独に押し潰されることもなく積み上げてきた偉業を台無しにしてしまったのだ。
そんな想いを顔に出している風花聖典の人達を背後にして、クレマンティーヌは“てへっ”という顔であたしを見つめていた。
クレマンティーヌさん。いつから貴女はあたしのことをマイマスターと呼ぶようになったんですか?
全く、彼女は抜け目がない。
風花聖典の隊長が下手で出たと思った瞬間、上位者として当然のように振舞い出すとは。
尚且つ、自分を犠牲にするかのような発言によって、風花聖典達はクレマンティーヌを完全に信用してしまっただろう。
なんだかちょっぴり悔しいが、こうなったら彼女のシナリオ通りに演じてあげよう。
あたしは威厳を出すために“威圧”や“カリスマ”などのスキルを発動させながら口を開いた。
*
風花聖典から現在の世界の在り方を聞いた。
脆弱な人類は法国の守護が届く、ほんの狭い世界でのみ繁栄しており、王国や帝国は現実を知らずに権力闘争を続けるだけの愚かな存在だった。
過去には滅亡の一歩手前まで追い詰められた人類だったが、突如現れた6大神が人類を救い、法国の基礎を作ったそうだ。この6大神が自分達の事をプレイヤーと名乗ったそうだ。
その後、八欲王が現れ、6大神の唯一の生き残りだったスルシャーナを殺害し、世界を混沌に突き落とした。
その八欲王も同士討ちで世界から去り、残された従属神達が魔人に堕ち、世界に牙を剥いた。
だが、再び現れた一人のプレイヤーが、十三英雄を率いて魔人達を討伐し、世界に一時の平和が訪れる。今ここね!
なるほど、どうやら定期的に“ユグドラシル”からプレイヤーが転移してくるらしい。
今回はあたしの番だったのだろう。
それにしてもこの話は、かつては漆黒聖典に所属していたクレマンティーヌも教えられた筈なのに、座学が嫌いだったらしく何も覚えていないそうだ。このおバカめ!
とにかく、あたしはこの世界に現れた“プレイヤー”つまりは神だと風花聖典には認識されている。
ククク、面白そうだ。
ここは神様として振舞ってみるか。
「告げる。我は生きとし生けるもの全ての“プリンセス”だ。決して、人類だけの神ではないぞ」
息を飲む、風花聖典。
「問う。そなたらの神であるスルシャーナは、人族の神ではなく異形種の神だ。何故ゆえに崇める。そして、何故ゆえに現在の法国は異形種を厭う」
あたしの言葉に苦しそうに風花聖典の隊長が答える。
曰く、スルシャーナ様は人類を愛してくださったと。そして、スルシャーナ様亡き後は、脆弱な人類は団結して異形種に立ち向かわなければ、瞬く間に滅びてしまう。そこに例外を作れば致命傷に繋がりかねないと。
「なるほど」
確かに理解は出来る。
この世界の人類は脆弱で馬鹿ばっかりだし、異形種は人類より強く数も多い。
この世界で最強の存在である竜王達は、人類に肩入れをするつもりがない。
そんな状況で権力争いを繰り返す国々。
人類、よく生きてるな?
むしろ感心してしまった。
今のあたしはオーガプリンセスだけど、前に見たオーガは、ただの馬鹿なモンスターだった。肩入れする気は起きない。
人類は馬鹿が多いけど、エンリやネム、それにレイナースの事を思えば滅ぼすわけにはいかないだろう。
クレマンティーヌ?
こいつは放っておいても勝手に生き延びるだろう。
とはいっても、人類にある程度は肩入れするにしても、異形種全てを敵視するつもりはない。
エルフやドワーフなどが代表する亜人と呼ばれる異形種は、人類と共存が可能だ。
彼、彼女達が奴隷のように扱われるのも、モンスターのように無慈悲に殺されるのも気に食わん。
「選択せよ。我は我に従う者、全てを治めよう。そこに我以外の意思は存在させん。我に従うならば善し。あくまでも現在の価値観を捨てられんと言うならば、この場を去ることは許そう。だが、覚悟を決めよ。我は我に牙を剥いた者を決して許さん。我は、我が心が欲するままに振る舞うだけだ」
再び、風花聖典が息を飲む。と思ったけど、何故か納得したかのように頷いている。
「スルシャーナ様が残された言葉があります。“この世界は人類のものに非ず。この世界に生きる全ての存在のものだ。私が人類に味方するのは、私の唯の我が儘に過ぎない。私は私の心の声に従っているのだ”新たなる神よ。私達は偉大なる御身に従います」
風花聖典の隊長以下、全員が忠誠を誓った。
「クレマンティーヌ。こいつらはお前の部隊に加える。迅速に体制を構築せよ」
「はっ、了解しました」
部隊の編成はクレマンティーヌに任せよう。あたしはより重要な案件のため、オートマトンに視線を向ける。
「そろそろ、ご飯の時間だよね」
「イエス、マスター。準備は出来ています」
流石はオートマトンだ。