女指揮官――レイナースに連れられて、帝国でも最高級の格式を誇るというレストランに連れてきてもらった。
その店構えは、あたし達だけで来たら門前払いされそうな雰囲気を発していた。
しかし、流石は帝国でも貴族階級のみが利用する高級レストランは豪華だ。
王国の地方都市のエ・ランテルとは比べようもない。あそこの高級レストランがファミレスに思える程の差があるように見えた。入ったことはないけど。
「これが国力の差か」
「イエス、マスター。問題を内外に抱えた王国と、内部の“膿”を摘出する事に成功した帝国の差であると推察します」
“ぴくん”
レイナースがピクリと反応した。なんだろう?
「確か、鮮血帝と呼ばれている皇帝が粛清を推し進めたんだよねー」
「腐った“膿”を出し切ったというわけか」
“ぴくん、ぴくん”
レイナースがまた反応している。あの日かな?
「それにしても、流石は帝国の四騎士は凄いわねー、こんな高級店に平気で入れんだからー」
「ふふ、私も何時も来たりしないわ。今日は貴女達のお話を聞かせて貰いたかったから特別よ」
うんうん、あたしも今日は特別な日だからな。気持ちはよく分かるぞ。
よし、今日は無礼講でいくぞ。
「イエス、マスター。銃火器の安全装置は入れておきます」
「意味はよく分からないけど、普段の言動にはもう少し気を使った方がいいような気がしてきたわ」
「そうですね。私の撃鉄は緩いので、注意して下さい」
クレマンティーヌの頬がピクピクしている。顔面神経痛か?
「さあさあ、お料理がくるわ。お喋りは食べた後にしましょう」
レイナースが場を切り替えるように明るい声を出す。
今日のメニューは、レイナースのお勧めだそうだ。最初にメニュー表を渡そうとしてきたウェイターをさり気なく止めると、自然な感じて注文していた。
たぶんあたし達がメニュー表を見ても分からないだろうと察して、恥をかかせないように気を利かせたのだろう。
うむうむ、中々に気遣いの出来るお嬢さんだ。
流石はあたしを初めて食事に誘った相手だけはあるぞ。
「なんだか“重爆”の評価がうなぎ登りだねー」
「悪い男に甘い言葉を囁かれたら、コロリと騙されそうで心配です」
「確かにそれは心配だわー」
「ある日突然、運命の人に出会ったの。とか言い出しそうで夜も眠れません」
「典型的な寂しい女だもんねー。いいカモにされそうだわー」
「そうならないように監視はしていますが、心配の種は尽きません」
「基本的におバカだもんねー」
こいつら、言いたい放題に言ってくれる。
だが、許す!
今日のあたしは機嫌がいいのだ!
「ちょっと、ごめんなさいね」
レイナースは後ろを向くと顔に布を押し当てる。
どうやら呪いの受けた右半分の膿を拭っているみたいだな。
呪いか。
あたしやオートマトン達は、呪い無効のスキルや種族特性を持っているから使った事はないけど、確か呪いを解除するアイテムは持っていた気がする。
あたしはアイテムボックスを確認してみる。
“浄化”のスクロール、“聖なる光”のスクロール、“大自然の息吹”のスクロール、“呪い解除”のスクロール、“聖女の愛”のスクロール、“悪魔の良心”のスクロール、“精霊の涙”のスクロール、消費アイテムの“浄化の粉”、消費アイテムの“精霊石の欠片”、アイテムの“聖なる首飾り”、消費アイテムの“時戻しの粉”、アイテムの“精霊王の指輪”……キリがないから数えるのは止めよう。
ふむ、レイナースは帝国の重要人物みたいだし、呪いを解いてあげて個人的な繋がりも持つのも戦略上、有効だと思う。
それに!!
なんといっても、あたしを初めて食事にご招待してくれた人なのだからっ!!
レイナースは膿を拭い終えると、そっと布を見えないようにしまう。
「ごめんなさいね。見ていて気持ちのいいものじゃないわよね」
レイナースは何とも言えない表情で謝罪する。
「あんたも大変よねー、そんな顔じゃ、男も寄り付かないでしょうに」
ピキリと空気が凍りつく。
ク、クレマンティーヌ。お前はバカか?
レイナースがブチ切れそうな顔で、クレマンティーヌを睨んでいる。
さっきまでの友好的な雰囲気が消し飛んだ。
うう、せっかくの和やかな雰囲気が台無しだよ。
あたしの初めてのご招待なのに。
いやっ、まだだ!!
まだ諦めるのは早すぎるぞ!!
クレマンティーヌはあたしの部隊の一員だ。
このバカの尻拭いぐらい出来なくて、何が指揮官だ!!
いくぞ!! あたしの手腕を見せてやる!!
「レ、レイナース?」
刺激しないように小さな声で呼びかける。
「……なにかしら?」
さ、さっきまで優しい声だったのに、絶対零度の声になってるよ。
くそう、クレマンティーヌめ。
クレマンティーヌに目を向けると、素知らぬ顔で飯を食ってやがる。
ブチのめしたい。いや、我慢だ。
「う、うむ。実はあたしの手元に解呪のアイテムがあるのだが、試してみるか?」
「本当に!?」
おおっ!?
レイナースが弾けるように飛びついてきた。
さっきまでの般若のような雰囲気は消し飛び、希望に縋り付く悲壮な女性に変身したぞ。
「ああ、とは言っても、レイナースの呪いの詳細が分からないから、解呪できる保証は出来ないけどな。それでも良ければ試してみるか?」
あたしは消費アイテムの“浄化の粉”を取り出す。
これは対象に振りかけるだけのアイテムだから、あたしでも簡単に使える。
この場面で、オートマトンにスクロールを代わりに使って貰うのは格好がつかないからな。
「……このアイテムは初めて見るわ。うん、解呪出来なくても構わないわ。試してもらっていいかしら? もちろん、このアイテムの代金は支払うわ」
「代金か。それなら解呪が出来たなら払ってもらおう。出来なければいらん」
「え、でも…」
あたしの言葉に逡巡するレイナース。だが、こればかりは譲れん。効果のなかったアイテムの代金を受け取るほど、あたしはセコくはないぞ。
「ふふ、分かったわ。その代わり、もし解呪が出来たなら貴女の言い値を支払うわね」
どうやらレイナースも納得したようだ。
「では、アイテムを使うぞ」
「えっ、ここで使うの?」
「勿体ぶっても仕方無かろう。このアイテムはご大層な儀式がいるわけでもない。ただレイナースに振りかけるだけだ」
「そ、そう。分かったわ、お願いするわね」
あたしは“浄化の粉”をレイナースに振りかけた。
振りかけられた“浄化の粉”は、薄い光を放つとレイナースの周囲を覆うように広がっていく。
そして、レイナースの肌に吸い込まれるように消えていく。
レイナースは特に何も感じていないようだった。
「……何も変わらないみたいね。残念だけど、私は慣れているから気に『うむ、すべすべだな』ひゃあ!?」
あたしは、長い髪で隠されているレイナースの右頬に手を当てると、スリスリと撫でる。
「えっ!? ウソ? 私の顔が治ってる? あんなに膿でドロドロになっていたのに…こんな……き、綺麗に…昔とおな……ウ、ウグッ…ウ、ウウ…」
レイナースは、自分の頬を押さえながら嬉しそうに涙を流した。