アブソリュート・デュオ 覇道神に目を付けられた兄妹 作:ザトラツェニェ
side 優月
「俺を倒す?倒すだぁ?く、くはははは―――面白ぇ!」
ヴィルヘルムは全身から生えた無数の杭を私たちに向かって放ちながら笑います。
「でもよ、所詮今のてめえは覚えたてのチャチな形成位階。俺はその上―――創造位階だ。俺に啖呵を切ったのはそれなりに評価してやるが―――身の程を知らねぇと思わねぇか、ガキ」
確かに私は先ほど思い浮かんできた言葉を唱えて形成位階とやらに至りました。ですがヴィルヘルムはそんな私よりも上の位階にいます。
しかし―――
「ええ、分かっています。貴方が今の私なんかよりもずっと格上で、さっきの啖呵も身の程知らずな発言だって事も。でもそれでも私は―――貴方を許せないんですよ。私は皆さんが、兄さんがずっと笑顔であってほしい。その笑顔を守って、照らしてあげたい。だからそれを奪おうとする貴方を、私は許せない」
私はこの学園に入る前からずっと悩んでいました。皆が、兄さんが、ずっと笑顔であってほしい―――でもそれはいつか奪われてしまうかもしれない。私がいくら頑張っても、皆の笑った顔はいつか無くなってしまうかもしれない―――なら一体どうしたら奪われないように、無くならないようになるのか。
そんな私に結論を出させてくれたのは、《新刃戦》前夜の夢に出てきた一人の女性でした。
「……ぅん……」
何処か遠くから聞こえてくるような波の音―――
静かに聞こえる穏やかな音色が耳に届いた私は薄っすらと目を開けながら起き上がります。
「あれ……?」
私が目を覚まして、まず最初に飛び込んできた光景は綺麗な砂浜と、穏やかな渚を生み出している海、そして黄昏時のような色に染まっている空と太陽でした。
「ここは……?」
まるでどこかのリゾート地のような美しい光景に少しだけ見惚れていた私は小さな声で呟きました。
私は確か―――昊陵学園の寮の自室で寝ていた筈なんですが……。夢かなと思った私は試しに地面にある黄金色の砂を触ってみました。
「……本物ですね……。じゃあ―――」
次に私は波打ち際へと近付いて、打ち寄せる水に足を浸けてみました。すると―――
「ひゃっ!?」
水は思っていた以上に冷たく、私は思わず変な声を出して砂浜へと戻ります。
「冷たい……そういえば今は四月でしたね」
四月と言えば、沖縄以外の海はまだまだ冷たい筈です。……そもそもこんな海岸は日本で見た事はありませんけど。
という事は、ここは世界の何処かの砂浜なのかもしれません。だとしたらどこなのでしょう?そしてなぜ私はここにいるのか―――
「あれ?こんな場所に人がいるなんて珍しいですね?」
そんな事を考えていると、背後から突然声が聞こえました。
それに驚いて後ろに振り返ってみれば、一人の女性が私を見て首を傾げていました。
「あ……」
私はそんな女性の顔を見て、思わず見惚れてしまいます。
後ろで結わえられた金のポニーテール、強い信念を感じさせる碧眼。彼女の顔立ちはとても整っていて、同性の私から見ても美しいと思ってしまう程でした。しかしその女性が身に纏ってる衣服は軍服で、明らかにこの場所から浮いている格好をしていました。
「どうしました?私の顔をずっと見て……あ、何か私の顔に付いてます?」
「あ、いえ!ちょっと見惚れてただけなので……」
「なんだ、見惚れてただけなんですね。―――ゑ?」
「あ」
思わず私が本音を言ってしまうと、女性は納得したように頷き、しばらくして鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして間の抜けた声を出しました。
「……あの〜、気のせいですよね?今私の事を見て、見惚れてたとか聞こえた気がしたんですけど……」
「……気のせいじゃないですよ。だって貴女、とても綺麗ですから」
「なっ……!き、綺麗……」
私は女性の質問に苦笑いしながら答えます。すると女性は驚き、若干頬を赤く染めながら言葉を詰まらせました。
「「…………」」
そしてそのまま私たちは沈黙し、どこか気まずい空気が辺りに満ちます。
そんな空気に耐えられなくなった私はとりあえず話しかけようとして―――
「「あ、あのっ」」
私と女性は同じタイミングで同じ言葉を発して一瞬動きを止めた後、私たちはお互いに破顔します。
「あはは、被っちゃいましたね」
「はい、被っちゃいました」
そしてお互いに暫く笑い合った後、私と女性は砂浜に腰を下ろしてたわいのない話をしていました。
「ところで、貴女って学生なの?」
「え?……はい、そうですけど……なぜそんな事を?」
「いえ、その格好だからそうなのかな〜って思って」
……そういえば私の今の格好は制服でしたっけ。寝る前にはちゃんと寝間着に着替えた筈なのに、ここに来た時から制服なんですよね。どうしてでしょう?
「懐かしいなぁ。私も制服を着て学校に行ってましたっけ……あ、学校と言えば……!好きな人とか居ます?」
「う〜ん……特に居ませんね」
「え〜?そんなに可愛い顔してるのに彼氏居ないんですか?明らかにモテそうなのに」
「か、可愛い顔って……貴女には負けますよ」
「いやいや、私なんてもう可愛いなんて言われるような顔でも年でもないですよ」
そう言いながら満更でもなさそうな顔をしている女性に、私は小さく笑います。すると―――
「あ、また笑ってくれましたね。さっきまで何か思い悩んでいたような顔をしていて心配だったんですけど、よかったです」
「あ……あはは、そんな顔してましたか?」
「ええ、それはもう、一体どうしたらいいんだろう〜みたいな顔してましたよ」
人懐っこい笑みを浮かべながらそう話され、私は少しだけ黙ってしまいます。
そんな私の様子を察したのか女性は先ほどの笑顔から一変、真面目な表情になって私を見てきました。
「……何か悩みがあるなら聞いてあげますよ?」
「…………」
「……一人で抱え込むより人に話した方がいい事もあります。ほら―――」
優しく微笑みながらそう言う女性に私は暫く黙り込んだ後、ポツリポツリと話始めました。
話したのは
そして私は最後に皆が、兄さんが笑顔でいてほしいのに、それは何かの拍子で壊れてしまうかもしれない。私がいくら頑張ってもその笑顔はいつか壊れてしまうかもしれない。
私はそれが嫌で―――でもそうならない為には一体どうしたらいいのか―――そうした話をしている間、女性は真剣に私の話を聞いてくれました。
そして全てを話終えた私は、女性へと小さく苦笑いしました。
「……ありがとうございます。黙って聞いてくれて……」
「いえ、いいんですよ。若い子の悩みを聞いてあげるのも年長者の務めですから。それで―――貴方は一体どうしたいの?頑張ってもっていうことは何度も諦めずに望みを叶えようとしたんでしょ?」
「……そう、ですね」
「なら、その望みを絶対に満たしてやるんだ!みたいな気持ちをもっと強く持ったらいいんじゃないかな?私自身が大切な人たちの笑顔を守る!みたいな」
「…………」
ガッツポーズを取って力説する女性は私を見て、少し自嘲の笑みを浮かべました。
「―――私もね、こんな軍服着てるから分かると思うけど軍属だったんですよ。初めは国の為に、そして最後は尊敬する上官と一緒に居たくて戦場を駆け抜けたの。でもある時、その上官が魔道に踏み込んでしまって……。そんな上官を元の道に連れ戻したいと思った私も魔道に身を投げたんですよ」
「…………」
「今思えば辛い事ばかりでした。軍人としての責務を忘れて民間人を殺した上官に絶望したり、自分の手で家族を殺したり、若い子の未来を潰してしまったり……私は何の為に戦っていたのか分からなくなる位辛かった。けど、それでも私は戦友が道を見失わないように明るく照らす光になりたいって思ったの」
「道を照らす光……」
「……どうかな?私は同胞が道を見失わない為に……貴方は?」
……私は―――
「……私は、大切な人たちの笑顔を守って、照らしていきたいです。多分それが今の私の一番の願いだと思います」
私がそう言うと、女性はにっこり笑いました。
「それが貴方の
「分かっています。しかしそれでも私は守りたいんです。例えどんな事があっても……」
そう私が答えると、女性は再びにっこりと笑いました。
「ふふっ、そこまで強い渇望ならもう私から教える事は何もありませんね。さて、それじゃあそろそろお別れですかね」
「え……?」
「体を見てみれば分かりますよ。そろそろ本体の貴女が目覚めるんでしょうね」
言われて自らの体を見てみると、私の体は段々と薄くなっていました。
それはつまり、この夢かどうかも分からない空間から抜け出せるということです。
「あ……」
「ふふふ、それではまた―――貴女と話せて楽しかったですよ。もし機会があればまた話しましょうね」
「―――はい!相談に乗ってくれてありがとうございました!」
私が女性に向かって礼を言った途端、私の体は急速に薄くなっていき、意識も段々と薄れていきます。そんな中私は―――
(あ……そういえばあの人の名前は……?)
その女性の名前を聞き忘れた事に気付きましたが、もはや視界はぼやけていて女性の姿を捉える事は出来ません。
そして私の意識が闇に落ちる直前―――
「応援してますよ。いつまでもその思いを……燃やし続けて」
その言葉を最後に、私の意識は暗転していきました。
刹那の間に記憶を呼び起こした私は改めてヴィルヘルムを見据えます。
「―――んあ?その目は……」
私はその思いをいつまでも燃やし続けたい。
仲間を、大事な人の笑顔を守るという願いを。そしてそんな人たちを明るく照らしたいという願いを。
私はその
「……あの子も私と似た渇望を望みましたか……でもあの子の渇望の強さは私の渇望を超えるでしょうね」
―――以前優月が夢で来た黄昏の浜辺。そこには金髪を後ろで纏めている碧眼の女性―――ベアトリスが一人佇みながら呟いた。
「あの子の渇望はきっと私や螢の思いを力にするでしょう。今はまだ制御しきれないと思うけど……マリィちゃん相当になるかもしれません」
そう言うとベアトリスはその碧眼を海の向こう側に向けた。
「全く……副首領閣下が私の目の前に現れて突然、とある女の子の悩みを解決してあげてほしいなんて言うなんて……今回は何を企んでいるんだか。……まあでも、あの子と話すのはあながち悪くなかったので、今はよしとしますか!」
その時一瞬だけ黄昏の空がまるで歓喜で揺らいだような気がしたが、ベアトリスはそれに気付かなかった。
「応援してますからね、優月ちゃん!……さて、私がしてあげられる事はこれで最後です。副首領閣下に言われた言葉、貴女に送ります。私からの思い―――受け取ってくださいね」
「
「
その時、私は頭の中に浮かんできた言葉を紡ぎ出します。
「
その詠唱は親愛なる上官に向けられたもので、まるであの女性の事を指しているような気がしました。
「
「
―――いえ、実際この詠唱はおそらくあの女性のものなのかもしれません。
今思えばあの女性が着ていた軍服は、目の前にいるヴィルヘルムと同じようなものでしたから。つまりあの女性は黒円卓の者。
「
でも、あの人はヴィルヘルムとは違ってとても高潔な願いを持っていました。それに私は憧れて……あの人のような願いを貫きたいと願いました。だから―――
「
私がこうして彼女の渇望を謳えるという事はある意味、必然だったのかもしれません。ですが、こうして勝手に使ってしまおうとしている事に耐えられなくなった私は―――
(ごめんなさい……)
貴女の渇望を無断で借りる―――その罪をどうか許してほしいと思い、謝る。でもせめて目の前にいる大切な人たちの笑顔を奪おうとしている敵を退けるまでは使わせてもらいたい。
「
その罪滅ぼしとして―――絶対に目の前の敵は退けてみせますから。
私が詠唱を唱え終えた瞬間剣が、体が、そして魂が、戦神の稲妻へと変生して帯電を始めます。
(体が軽い―――そして今なら……)
きっとヴィルヘルムを退けられる。私は自身の内から溢れ出る力を総身で感じながらヴィルヘルムを見据えました。
「兄さん、下がってください。後は私がやります!」
「優……月……?」
呆然とした表情を浮かべる兄さん。一方ヴィルヘルムは―――
「はは、ははははははははは……。そうか、なるほどな。てめえの目が誰かに似てると思ったがそういうことか……。全く、メルクリウスのクソ野郎も中々面白ぇ事しやがるぜ」
私を見るその視線はもはや獲物を狙う獰猛な餓狼のようなものになっていました。それと共にさらに濃くなっていく殺意と腐臭。常人ならきっと耐え切れずに押し潰されそうな圧。
しかし私はそんな殺気を受けても平然としていました。どうやらこの状態になってから耐性がついたみたいです。もしかしたらあの人の能力が私を守ってくれてるのかもしれません。
「いいぜ、趣向としちゃ満点とは言えねぇが上出来だな。それじゃあ仕切り直して一緒にイこうや」
「っ……兄さん、早く下がってください!これだけ騒ぎになっていますから、そのうち上級生や先生方が来てくれます!それまで兄さんはどこかに―――」
「優月……」
「おい、聞こえてんだろクソガキが。てめえじゃ役者不足だ、すっこんでな」
「っ!?がっ―――!」
「兄さん!!」
ヴィルヘルムは無造作に兄さんの腹を蹴りました。
それを受けて骨が折れるような音を響かせた兄さんはかなりの速さで飛んでいき、大きな水柱を立てて噴水へと突っ込みました。
「てめえはそこで可愛い妹が殺られるのを見てろや。その後、てめえも後を追わせてやるからよ」
「ぐ……!」
「…………ッ」
力無く項垂れる兄さんを見て、私の胸の内にはとてつもない怒りがこみ上げてきました。その影響で帯電していた稲妻が爆発的な速度で膨れ上がります。
それを見たヴィルヘルムは狂気的な笑みを浮かべますした。
「なんだてめえ、
「っ!!」
―――許せない。
「ふん、やる気が出てきたみてぇだな。ついでにもう一つ発破を掛けてやろうじゃねぇか。どうやらてめえらもツァラトゥストラと似たようなもんらしいしよ」
―――そして何を考えているのか明らかに想像出来る吐き気を催す笑みを浮かべるのも許せない。
「てめえの
やめて……!それ以上は言わないでほしい。後に続く言葉を、これ以上耳障りな声を聞きたくない。なのにヴィルヘルムは何でも無い事のように平然と言い放ちます。
「てめえらを殺した後―――この学園の奴らも全員、物色がてら皆殺しにしてやる」
「――――――ッ」
それが私の限界でした。
瞬間、疾風迅雷と呼べる速度で走り出した私は真っ直ぐにヴィルヘルムへと向かって駆け抜けていきます。それを見たヴィルヘルムは、まるで懐かしいものを見るかのような視線を向けてきました。
「ほぉ……ヴァルキュリアと同等―――いや、ちょいとばかり遅ぇな」
その言葉と共に、ヴィルヘルムが全身から今までと比べものにならない数の杭を全方位に飛ばしてきます。兄さんはそれを噴水へと隠れて回避、私も即座に踏み込みを切り返して回避へと転じます。
雷化して杭を縫うように避け、ヴィルヘルムへと肉薄した私は剣を振り上げてようとする。しかし―――
「くッ、はッはァ!」
「―――っ!?」
ヴィルヘルムは笑いながら、迫る私の足に合わせて踏み込んできました。完全に虚を衝くタイミングで踏み込まれ、攻撃開始地点をほんの数メートル分だけ早めさせる。
その誤差は雷速となった私には修正不可能でした。
「―――つぁァッ」
剣を振り上げかけた無防備な所に放たれた拳は、私の腹部を捉えて振り抜かれました。そのまま弾き飛ばされた私は庭園に置いてあるオブジェや街頭などに激突しながら、地面に倒れ込んでしまいます。
「―――ぐっ、げほっ……げぇっ……」
雷速並みの速さと拳の破壊力が相俟って、お腹の中がぐちゃぐちゃになった感覚に耐えられなくなった私は思わず吐瀉物を吐きました。反吐の匂いと共に血の味も感じる事から、内臓も幾つか損傷してしまったようです。
とりあえず立ち上がらないと―――そう思って視線を上げた瞬間。
「オラァ!!へばってんじゃねぇぞガキがぁ!!」
轟音と共に爆ぜる杭。それはもはや先ほどまでの速度や数を凌駕していました。マシンガン―――いえ、バルカン砲並みの速度で撃ち出された杭は私が咄嗟に飛び退いて吐瀉物だけが残っていた地面を、瞬く間に剣山の様相へと変えていきます。絨毯爆撃―――そんな言葉が相応しいと思ってしまうような攻撃。
「避けろ避けろ避けろ避けろォ!豚みてぇに逃げ回ってよぉ!」
「くっ……」
狂笑と共に放たれる杭の嵐は止む気配がありません。それと同時に私は自分の体力が刻一刻と削られていくのを感じていました。
となると早急にヴィルヘルムを倒さなければ私たちだけでは無く、この能力の範囲内に入っている学園にいる皆さんも危険です。ですが―――
「オラオラオラァ!楽しいか?楽しいだろ?―――嬉し涙流しながら濡らせやァ!」
「くっ!」
通り抜ける隙間すらも生じさせないヴィルヘルムによって、私は杭を避けながらも接近出来ないでいました。このままでは私の体力が尽きてしまいます。逆にヴィルヘルムは私たちから力を吸い取っている為、この状況が続けばヴィルヘルムの勝利は確実です。
(どうすれば……!)
その時、私の背後から銀色の槍が飛んできました。
side out…
side 影月
ヴィルヘルムに蹴られた俺は腹部の痛みに耐えながら、噴水の中に身を隠していた。正直噴水の水がかなり冷たいが、今起き上がるのはかなり危険だ。現在進行形で頭上を凄まじい数の杭が飛んできているから、起き上がった瞬間に蜂の巣になる。そもそも体中痛くて起き上がる事もままならないのだが。
「くそっ……!」
俺は飛んでいる杭に注意しながら、自分の無力さに歯痒い気持ちを抱いていた。
現在ここには俺と優月以外は誰も居ない。じきに先生方や警備員、上級生たちが応援に来るだろうが、正直彼らがヴィルヘルムを退けられるとは到底思えない。
となるとヴィルヘルムを退けられる可能性があるのは特異な能力を目覚めさせ、ヴィルヘルムの攻撃を躱す事が出来る優月だ。
しかしついさっき目覚めた能力故に、優月も手探り状態で戦っているだろう。対してヴィルヘルムはどうやら知り合いに似たような能力の手合いがいるようで、色々とアドバンテージがあるようだ。
しかも今、ヴィルヘルムの能力で俺たちは精気を奪われている。このまま時間が経てば経つ程、事態はどんどん悪い方へと転がっていく。
―――それなのに俺は何も出来ない。怪我や能力で吸われているせいで立ち上がる力もほとんど無く、仮に立ち上がれたとしてもヴィルヘルムに対して有効な手段も無い。
つまり今の俺ではヴィルヘルムの言う通り、完全に役者不足なのだ。
「くそっ!力が……俺に力があれば……!」
このままじゃ優月が、皆が大変な事になってしまう。なのに―――
何も出来ない自分が情けない、と言った所かね
そうだ、本当に情けない。内心では皆や優月を守ってやりたいと思っているのに―――
ならば一つ、助言をしてやろう。
ベイは我が友の爪牙の中でもかなりの実力を持つ。
今の君ならば、どう足掻こうが斃す事も、退ける事も出来ぬよ。
ならば一体俺はどうしたらいいのだろう。
何、特別難しく考える事もあるまい。君の妹と同じように叶わぬ渇望を願えばいい。
君にはそれを形にするだけの力が備わっているのだから―――
脳内に薄っすらと響き渡る声に促され、俺は自分の渇望を考える。
俺の今の願い―――それは―――
「俺は……大切な友人を、優月を守りたい。その為なら俺はどんな手段を使おうとも勝利したい」
昔から俺は何か大事な時に限って何も出来ない事が多かった。タイミングが悪いのか、それとも俺の運がその時だけメルトダウンしてるのか。理由は分からないがいつもそうだった。
まあ、その内の大半は優月が解決したりしてくれたが、その度に優月は怪我をしたり、何かしら良くない事が巻き起こったりした。
普段は絶対に守ってやろうと思っているのに、いざという時に限って守るべき人に守られてしまう―――俺はそんな呪いじみた性質を持つ自分が嫌で、この学園に来た。この学園で力を得れば、俺も大事な時に大切な人たちを守れるんじゃないかと思って。
そして優月も何か思う所があったのか、俺と一緒にこの学園に来た。
しかし結局、俺は力を得ても何も出来なかった。もはや呪いなんじゃないかと思える位に何も出来なかった。
でも―――
さて、どうするね《
ここで彼を退ける為に、妹と同じ
それとも全てから背を向けて逃走してみるかね。
それもまた一興だが、君はそのような結末は望んでいないだろう。
当然だ。俺は黙って大切な人たちを見捨てたくはない。この学園で出会った友も、そして優月も俺にとっては失いたくない刹那だから―――
よろしい。ならば何も恐れる必要は無い。
胸に秘めた渇望を形に成せ。さすれば君は如何に強大な相手だろうとも勝利を掴み取れるだろう。
私のような哀れな道化から力を貰うのは、君にとってはいささか気に入らないだろうが―――許してくれたまえ。
世の中には神から施しを受けて憤慨する者もいるが、そこは人というもの。君のように止むを得ず、力を得る者もまた存在している。
もっぱら私は真面目に生きている者も、生きていない者もどちらにも興味があるがね。
故にだ、君たちには期待しているよ。私の望む結末へと導いてくれ。
どこか意味深な言葉を尻目に俺は言葉を紡ぐ。
「
「
その言葉によって俺の手元に現れた槍はいつもと変わらない、しかし今までより何倍も強い力と光を纏っていた。
「よし!これなら……!」
俺は右手に槍を持ち、噴水の中から少しだけ顔を出して様子を伺う。
全方位に杭をばら撒くヴィルヘルムは本当に俺に興味が無いのか、こちらに一切警戒を向けていない。ヴィルヘルムが警戒しているのは《
つまり今は―――
「絶好のチャンスって訳だぁ!!」
「―――何!?」
俺は叫びながらも全力で槍を投擲する。
槍は光を纏い、ヴィルヘルムの杭をいくつも砕きながら凄まじいスピードで飛んでいき……予想外の所から放たれた攻撃に驚いているヴィルヘルムの胸に突き刺さる。
「ぐっ!?」
「今だ!優月!!」
「はい!」
槍がヴィルヘルムへ突き刺さった瞬間、弾幕のように飛んできていた杭の数が少なくなり、ヴィルヘルムの動きもまた止まる。そしてそんな隙を見逃す優月では無かった。
優月は青白い閃光となって駆け抜け、ヴィルヘルムへと肉薄する。
「はぁぁぁぁ!!」
「っ!クソがぁぁぁ!!!」
振り上げられた一撃はヴィルヘルムの体を斬り、鮮やかな鮮血が舞い散る。
そしてヴィルヘルムは地面へと倒れ、優月もまたがくりと膝を着く。
「や、やった……やりましたよ……兄、さん……」
「優月!」
俺は自らの肉体を無理矢理動かして、前のめりに倒れ込もうとしていた優月を支える。確認してみるとどうやら気を失っているだけらしい。
「ふぅ……良かった……」
「―――ああ、確かに良かったぜ」
そんな時、俺の耳に先ほど倒れた筈の男の声が届いた。
俺は即座に《
「まさか形成位階のガキに隙を作られてやられるなんてな……俺も段々と日和ってきちまったか」
胸に突き刺した槍の痕も、優月の斬撃の痕すらも無いヴィルヘルムが薄っすらと笑みを浮かべてこちらを見ていた。
(傷が……!なんだこいつは……!?)
「そんな驚いたような顔すんなよ。今ここは俺が作り出した夜なんだぜ?あの程度の傷なんざ、てめえを殴り殺す間に治っちまうさ」
……そういえば今もヴィルヘルムの能力はこの辺り一帯に展開されているのか。他者や物から養分を吸い取り、自らはそれを糧に強化したり、再生したりする。
まるで吸血鬼のような奴だな……。
「にしても大したもんだな。てめえの血を見るのは久々だ。ふはは……てめえら、気に入ったぜ。さて、そんじゃいよいよこっからが本番で行くぜ」
「っ!!」
その言葉と共に杭を全身から生み出したヴィルヘルムを見て、俺も槍を構える。
もう力もほとんど無いし、気絶している優月を庇いながら戦うのは不利だが……やるしかない。
―――と考えていると、ヴィルヘルムは一つ苦笑いをして体から生み出した杭を消した。
「……?」
「―――と言いてぇ所だが、これ以上は流石にやめとくわ。今回俺が来た目的は、てめえらの実力をハイドリヒ卿とメルクリウスに見せる事だ、そこにてめえらの死は入ってねぇ。まあ、弱けりぁ俺が吸い殺すつもりだったが蓋を開けてみれば中々に面白ぇ戦いだったからな」
「……つまり今回は引くと?」
「ああ、どうやらここの奴らも集まってきたみてぇだしな。個人的には暴れてもいいんだが、ハイドリヒ卿からあまり他の奴らを痛めつけんなって言われてるしな」
ヴィルヘルムは嬉しそうな笑みを浮かべながら踵を返し、外壁へ向かって跳躍した。
「んじゃあな。もしまた近い内に会う事があればその時はお互いもっと楽しもうぜ」
そう言うと、ヴィルヘルムは外壁を飛び降りていった。
天に浮かぶ赤い月が元の色の月へと戻っていく。それと共に吸い取られているような感覚も消えていった。
それから俺は優月を抱えたまま、三國先生や透流たちが来るまでずっと黄色い満月を見上げていた。
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