アブソリュート・デュオ 覇道神に目を付けられた兄妹   作:ザトラツェニェ

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皆さんお久しぶりです。

約五ヶ月ぶりの投稿―――これ程の長い期間が空いてしまい、本当に申し訳ありません!
仕事やらちょっとした用事やらで中々投稿出来ませんでした……。
そのお詫びといってはなんですが、今回は少し長め+フェアリーテイル小説の同時更新を致しました。
さらに少し前からちょっとずつ書いていた短編小説も新しく上げさせていただきます!そちらも読んでいただけたら幸いです。
では本編が始まる前に一言―――




今回は新キャラが初っ端から登場してたり、大量に出てきたりしてます(笑)



第六十六話

side no

 

「優月の容体は?―――一命を取り留めたものの意識不明の重体……ですか……分かりましたわ。後の細かい始末については全てこちらで処理しますから、貴女たちはそのまま病院で優月に付き添ってあげなさい。―――ええ、本当なら私もすぐにそちらへ向かいたい所ですが……今は来客がお越しになっていて向かえませんの。―――ああ香、そんなに泣かないでくださいな。今回このような事になってしまったのは決して貴女のせいではありません。むしろ貴女は充分よくやってくれましたわ。一般人だけでなく敵味方問わず死者を一人たりとも出さずに作戦を成功させたのですから……それは貴女にとって華々しい結果であり、胸を張って誇るべきものですわ。―――とはいえ、今はそんな事言われても喜べる状況じゃありませんね……ごめんなさい、失言でしたわ……。―――一先ず涙を拭いて元気を出してくださいな。そんなに泣いていては優月も悲しみますわ。―――ええ、彼女は人の笑顔と元気を見るのが何よりも大好きな人ですから……だからほら、いつ彼女が目を覚ましてもいいように元気を出しなさい。―――ふふ、それでいいですわ。では私は来客を待たせているのでこれにて……。―――ええ、また後で連絡しますわ」

 

朔夜はそう言って電話を切る。そして短く息を吐いた後、来客用ソファに座っているドレスを纏った女性に苦笑いを向ける。

 

「……折角お仕事の合間を縫ってお越しいただいたにも関わらず、ろくにおもてなしも出来ず、そればかりか少しばかりお待ちいただいて本当に申し訳ありませんわ」

 

「構いません。むしろわたくしとしては来て早々、以前あれ程冷酷無慈悲な性格をしていた貴女が、心配そうな表情を浮かべて他者に励ましの言葉を掛けているという光景を目の当たりに出来てとても嬉しく思っていますから」

 

そう言ってにこりとまるで花が香るような仕草で笑った女性に朔夜は若干頬を染めながら、女性の向かい側のソファにゆっくりと腰を下ろす。

 

「それにしても先ほどのお電話を聞く限り、何やらそちらの方で色々と問題が起きているようですね。……もし都合が悪いのでしたら、今日の所はお暇させていただいて、また後日改めてお伺いしても構いませんが……どうしましょうか?」

 

「いいえ、それには及びませんわ。先ほどの問題についてはある程度落ち着きましたし……それに私も貴女も共に一組織の重要職に着く身故、次はいつお会い出来るかなんて分からないでしょう」

 

「あら、こちらは貴女から誘っていただければいつでもお伺いしますよ。自分で言うのもなんですが、わたくしは昔の貴女と違ってかなり寛容ですからね」

 

「……はぁ、来ていただいてからまだ五分程しか経ってませんのに貴女は嫌味ばかり……。貴女は私に対して何か文句でもあるのでしょうか?」

 

「まさかその様な事は―――と言いたい所ですが、まあそれもほんの少し」

 

「……これでも私は前から貴女には感謝していましたのよ?私と私の祖父が開発した《黎明の星紋(ルキフル)》が今日まで研究を続けられたのは、貴女が他二人の三頭首(バラン)へ口添えしてくれたからこそですし……まあ、それでも昔の私自身の態度を思い返してみれば、何かしら文句を言われても仕方ないとは思いますけれど」

 

そんな返答に女性は目を丸くした後、心から喜んでいるような声と表情を浮かべた。

 

「あら、それはまた……まさか貴女の口からそんな言葉を聞けるなんて思ってもみませんでしたよ、朔夜」

 

「もう……先ほどから私をからかうのはやめていただけませんこと?―――全く、貴女という方は昔から本当に変わりませんわね、百合香」

 

そうして朔夜は目の前に座る女性―――辰宮百合香(たつみやゆりか)に苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

ここで少しばかり説明をしよう。

まず初めに朔夜が口にした三頭首(バラン)というのは、ドーン機関における三人の最高幹部の事を指す。

彼らは定期的に集っては様々な情報交換や今後のドーン機関の方針、機関がどんな研究を行っていくかなどを話し合って決定しているのだが、百合香はその中で日本代表の三頭首(バラン)の一人であり、朔夜と朔夜の祖父が創り出した《黎明の星紋(ルキフル)》という研究を他の二人の三頭首(バラン)に積極的に推し進めた人物である。

つまり朔夜にとって辰宮百合香という人物は自分の研究を他二人に認めさせるように手引きをしてくれた、いわば恩人のような存在なのだ。

 

辰宮百合香―――まだ少女と言ってもよい若さだが、血筋と育ちにより醸成されたのだろう気品と風格は人を圧倒させるような威厳を放っていた。表情や抑揚も年相応の少女らしく、柔らかい物腰に棘めいたものは一切無い。そのような攻撃的な諸々を吸い込んでしまいそうな佇まいは見ていてどこか不思議な気分にさせられる。

百合香はそんな雰囲気を纏いながら上品な驚きを示した。

 

「あら、わたくしの事を百合香と呼んでくれるなんて本当に貴女は変わりましたね。以前まではお嬢としか呼んでくれませんでしたのに。確か……これくらいの時からお嬢と呼ばれてたかしら?」

 

そう言って百合香は薄っすらと懐かしむような笑みを浮かべながら、右手をソファの座席より少し上くらいに浮かせた。

おそらく彼女をお嬢と呼び始めた頃の朔夜の身長を表しているのだろう。そしてそれは彼女がそれ位の頃から朔夜の事を知っているという表れでもあった。

 

「そのような昔の話を……。別に構わないでしょう?今ここに居るのは私が下の名前で呼べる気心知れた人たちばかりなのですから」

 

「へぇ……つまりわたくしの後ろに居るこの従者も気心知れた者だと」

 

「もちろん。彼には一時期、百合香以上にお世話になりましたからね。―――あの時は本当にどうもありがとう、宗冬(むねふゆ)

 

「……いえ、私はただお嬢様の命に従い、朔夜様のお世話を行っただけに過ぎません。礼を言われる程の事は……」

 

「全く……貴方も昔から変わりませんわね……。貴方にとってはその程度の認識なのでしょうけれど、私にとって貴方は百合香と同じくとても大切な方であり、あの時の私の心を支えてくれた恩人ですのよ?だから私の感謝の気持ち位、素直に受け取ってほしいものですわ」

 

「あらあら、言われてるわよ宗冬。ここは素直に彼女の感謝を受け取ったらどうかしら?」

 

「……御意に、お嬢様。朔夜様、この幽雫宗冬(くらなむねふゆ)めにそのような謝辞を述べてくださり、誠に恐悦至極でございます」

 

そう言い、朔夜に向かって恭しい礼をしたのは家令服に身を包み、片眼鏡を掛けた青年だった。まさしく眉目秀麗と言って差し支えない程の容姿で、今この場に居る女性たちが思わず疼きを覚えてしまう程に整っている。

彼は幽雫宗冬(くらなむねふゆ)、辰宮百合香に仕える筆頭家令である。

そんな従者として最高に極まった姿勢で礼を言う宗冬に、朔夜は苦笑いを浮かべる。

 

「本当に貴方は昔から変わらず生真面目というか堅物というか……でもまあ、少しばかり驚いた反応を見せてくれたのでよしとしましょう。宗冬、私がお礼を言ってさぞ驚いた事でしょう?」

 

「……ええ、僭越ながら」

 

僅かに口元を緩めてそう答えた宗冬。きっと朔夜にお礼を言われて内心とても驚いたものの、それと同時に嬉しくも思ったのだろう。

それを見た朔夜は側に控えていた三國にカップを用意するように伝え、自らは立ち上がって紅茶を入れる準備をし始めた。

それを見て宗冬は主の前であるにも関わらず目を丸くして驚き、百合香は笑いを堪える声と表情になる。

 

「――――――」

 

「あらあら……ねぇ朔夜、貴女は一体どこまでわたくしを楽しませれば気が済むのですか?」

 

「……百合香、いい加減からかうのをやめないと紅茶出しませんわよ」

 

「おっと、それは困りますね。なら貴女の淹れた紅茶が出来上がるまで、少しの間静かにしていましょうか」

 

そう言って華やかにニコニコと笑みを浮かべながら自分の姿を見てくる百合香に朔夜は小さく溜息を吐きながら、三國の用意した三つの紙のように薄い磁器へ湯気の立つ琥珀色の液体を注ぐ。そしてその内二つをテーブルの上に静かに置いて、残ったもう一つのカップは百合香の背後に控えている宗冬に手渡した。

 

「―――朔夜様、これは……」

 

「ふふ……実は前々から貴方にも私の淹れた紅茶を飲んでもらいたいと思っていましたの。さあ、お二人共、遠慮無く召し上がってくださいな」

 

「はあ……いえ、しかし……」

 

「はぁ……宗冬、ここは素直に彼女のご厚意を受け取りなさい。自らが従者だからと遠慮するのは淹れてくれた彼女に対して失礼ですよ」

 

「…………畏まりました」

 

百合香と宗冬、そして朔夜はカップを手に取り、ゆっくりと紅茶を喉に流した。

 

「―――これは……美味しい……」

 

「ふふ……ええ、本当に美味しい。もしかしたら宗冬の淹れた紅茶以上に美味しいかもしれないわね」

 

「それは何より。ですが宗冬の淹れた紅茶よりも、というのは少し過大評価じゃありませんこと?」

 

「そんな事はありませんよ。ねぇ、宗冬?」

 

「はい、私もお嬢様と同意見でございます」

 

「……まあ、それならそれで重畳ですわ」

 

そうして三人は薄っすらと笑みを浮かべながら、もう一度カップに口を付ける。

そして口を離した百合香は年相応の少女らしい仕草で小首を傾げた。

 

「……それにしても少々解せません。少し前までわたくしたちの事を邪険に扱ってきた貴女が、なぜ最近になってここまで丸くなったのでしょう?」

 

「くはっ、そんなの決まってるじゃねーか」

 

すると今まで黙って様子を見ていた月見が、隣に居る美亜の頭を優しく撫でながらニッと笑う。

そんな月見を見て朔夜は溜息を吐いたが、あえて何も言わずに紅茶をもう一口飲んだ。

 

「うちのお嬢様はな……恋したんだよ」

 

「恋?」

 

「ああ、とっても頼りになる上に思いやりもあるいい奴になぁ……。確か「貴女をずっと愛してやる」とか告白されたみたいだぜ?」

 

「っ!!?」

 

「あら、それはそれは」

 

ニヤニヤと笑いながら言い放たれたその発言に朔夜は飲んでいた紅茶を吹き出しそうになり、百合香は屈託無く笑い出した。

 

「り、璃兎……なぜその事を……!?」

 

「蛇の道は蛇だぜ、お嬢様♪」

 

「…………」

 

「……なるほど。確かに恋情の思いを伝えてくれた殿方が居るとなれば朔夜の態度が変わったのも納得です」

 

「よく人は恋すりゃ変わるって言うけどよ、本当にこの目で見たのは初めてだぜ」

 

「へぇ……それにしてもあの朔夜が恋を……ですか。ふふ、非常に興味をそそられるお話ですわね。璃兎、よろしければ是非ともそのお話を聞かせてくれませんか?」

 

「そうだなぁ……二人の馴れ初めについてはあまりよく知らねーけど、それ以外だったらある程度話せるぜ」

 

「それで構いません。さあ―――」

 

顔をこれ以上無い位真っ赤にして俯いている朔夜を尻目に、月見は朔夜とその恋人の話を百合香と宗冬に話し始め、二人はその話を食い入るように聞き始めた。

 

 

 

そしてかれこれ十分程度、しかし話題の中心人物であった朔夜にとっては凄まじく長い時間に感じられた話が終わると、百合香はまるで子を愛する母親のような微笑みを浮かべる。

 

「なんとまあ……それ程までに素晴らしいお方なのですね。朔夜がここまで様変わりしてしまう殿方……是非ともお会いしてみたいものです」

 

「なら会ってけばいいだろ?少し遅くなるかもしれねーが、明け方前位には帰ってくるかもしれねーぜ?」

 

「……そうしたいのは山々なのですが、今回わたくしどもがここに来たのは最近の朔夜の様子見と、一つ用件を伝えに来ただけですから。その用件が終われば今度は神祇省へと赴かなければなりません」

 

「……ならそろそろその用件とやらに入るとしましょう。もう世間話は十分ですわ……」

 

そう言ってげんなりとする朔夜に百合香は流石にからかい過ぎたかと苦笑いを浮かべた。

しかし次の瞬間には先ほどまでの柔和な雰囲気を消し、真剣な表情となる。

 

「分かりました。なら早速用件を伝える事としますが……まず初めに、貴女は《七曜(レイン)》という者たちを当然知っていますね?」

 

「無論―――というより、私もその《七曜(レイン)》と呼ばれる者たちの内の一人ですわよ」

 

「ええ、《操焔の魔女(ブレイズデアボリカ)》―――それが貴女に与えられた《曜業(セファーネーム)》でしたね。他は《冥柩の咎門(グレイブ・ファントム)》様、《煌闇の災核(ダークレイ・ディザスター)》様、《洌游の對姫(サイレント・ディーヴァ)》様、《颶煉の裁者(テンペスト・ジャッジス)》様、そしてすでにお亡くなりになられてますが《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》様などがいらっしゃいます」

 

そこで言葉を切り、百合香は紅茶の香りを楽しむように一口啜ってから止めた話を再開する。

 

「そして《七曜(レイン)》にはもう一方(ひとかた)、連なっている事も当然ながら知っていますね?」

 

「ええ、以前参加させていただいた《七芒夜会(レイン・カンファレンス)》の際にはお会い出来ませんでしたけれど」

 

それは例の《夜会》の際には席を外していて、その場に居た《咎門(ファントム)》曰く、朔夜が《絶対双刃(アブソリュート・デュオ)》へ近付けば姿を見せると言っていた人物。

だが―――

 

「しかしそれがどうかいたしましたの?もはや私は祖父の意志からもう十分過ぎる程背いていますわ。そのお方とお会いするのはもう無理なお話でしょう」

 

朔夜自身はすでにその人物と会う事はとうの昔に諦めていた。なぜなら朔夜はすでに《絶対双刃(アブソリュート・デュオ)》に至るという目的を半ば放棄しているからだ。さらには祖父の研究成果であった《焔牙(ブレイズ)》にも不純物(エイヴィヒカイト)が混ざってしまった為、その思いは更に強くなっている。

そう告げた朔夜もまた淹れた紅茶の香りを楽しむようにように一口啜る。

それを聞いた百合香は一つ息を吐いて―――

 

 

 

 

 

 

「いいえ、そんな事はありません」

 

 

 

 

 

 

百合香がそう答えた瞬間、部屋に居る者たち全員に一瞬緊張が走る。その言葉を言った百合香や言われた朔夜は無論の事、月見も先程までのふざけた雰囲気が消えている。

 

「実は数日程前、私の元にそのお方から手紙が届きまして―――これがその手紙です」

 

そう百合香が言うと、宗冬が朔夜へと近付いて一枚の手紙を手渡した。

それを受け取った朔夜は手紙の中身を確認し―――百合香へ視線を向ける。

 

「……百合香、これは……本当にその方から?」

 

「ええ、信じられないかもしれませんが」

 

「………………」

 

そして朔夜はその手紙に視線を落としたまま、黙り込んでしまった。

そんな彼女の様子が気になった三國や月見、美亜は朔夜の背後からその手紙を見る。そして―――

 

「……な、なんだこれ……」

 

「これは……」

 

「…………」

 

三人もまたその手紙を見て言葉を失う。

なぜならその手紙に書かれていたのは明らかに現代で書くような文章では無く、ひらがなの部分はすべてカタカナで書かれ、漢字の部分も現代ではあまり使われないような旧漢字がちらほらと書かれているからだ。そしてその中で最も目を引いたのは―――

 

「年号が大正……ですね」

 

その手紙に書かれていた元号が朔夜たちが生きる年代から見れば、約百五十年程前のものである事。

そして―――

 

「……ねぇ、朔夜さん。ここの所に書かれている名前って……もしかして」

 

「……ええ、この年号とここに書かれている所属や階級などから考えるに、間違い無くあの人かと……」

 

その手紙の差出人名が大半の日本人ならば知っているだろう有名人物である事も目を引いた。

 

「……その手紙は紛れも無く大正時代から届いたものでしょう。以前《咎門(ファントム)》とお会いした時に聞いたのですが、その方は時空を超える力を持っているそうで過去、現在、未来と時代を超えて世界に干渉出来るそうですからね」

 

「おおぅ……時空を超えて干渉出来るのかよ……黒円卓といい、本当この世界ってヤベー奴らばかり集まってくんな……」

 

そう呟く月見の言葉に内心同意する朔夜、美亜、三國を尻目に百合香は続ける。

 

「……その方は《曜業(セファーネーム)》が存在しない代わりに、他の者たちから“盧生(ろせい)”と呼ばれているそうです」

 

「“盧生”……?」

 

「《咎門(ファントム)》によると盧生とは人類の代表者であり、思想に沿った神仏・超越存在を現実に紡ぎ出す事が出来る最強の召喚士―――との事ですが、詳しい事はわたくしも分かりません。実際の所、わたくし自身も《咎門(ファントム)》からそのような説明をされるまで盧生という存在をあまりよく知りませんでした」

 

『…………』

 

「ですがわたくしの亡くなった父はその方と一度お会いした事があるようで、わたくしは幼い頃からその方の話を聞かされたりしました。あいにくとわたくし自身、物心ついてまだ間も無い頃の話なのであまりはっきりとは覚えていないのですが……ただ一つだけ、父が何度も繰り返し言っていて今も記憶に残っている言葉があります」

 

「……それは一体?」

 

「……彼は最初にして最強の盧生であり―――曰く『魔王』と呼ばれた男だと」

 

「おいおい、『魔王』って呼ばれるなんて絶対にヤベー奴じゃねーか……」

 

「ええ、そしてそのような存在が近い内に再びこの世界に訪れるそうです。貴女たちという輝きを見る為に……」

 

「……ええ、それは百も承知ですわ。この手紙に全て書かれていますから……」

 

そう言った朔夜は百合香へ手紙を返そうとしたが、百合香は首を横に振る。

 

「その手紙は貴女が持っているといいでしょう。元々貴女宛の手紙ですからね」

 

「……分かりましたわ」

 

そして朔夜は手紙をテーブルの上に置き、少しぬるくなってしまった紅茶を一口飲んで気持ちを落ち着ける。

 

「はぁ……また厄介な存在がやってきますわね……」

 

「正直、こっちとしては聖槍十三騎士団とか《666(ザ・ビースト)》とか、もうすでに厄介な人たちで手一杯なんだけどね……」

 

「でも無視するっつーわけにもいかねーだろ」

 

「……どうします?」

 

「……そうですわね……」

 

後ろに居る三人からの視線を受けて朔夜は目を閉じて少しだけ逡巡した後、百合香へ向き直る。

 

「ねぇ百合香、念の為に一つだけ聞きたいのだけど……貴女はこの方がこの世界に来ている間は何をしているつもりですの?」

 

「わたくしはこの方の案内兼、監視役として側に付くつもりです。無論の事、宗冬も……ですからある程度の安全は保証出来ると思います。……まあ、どれ位の安全を保証出来るかは分かりませんが」

 

「……いいえ、貴女という方が近くに居てくれるなら私としては十分心強いですわ」

 

「あら……またもや嬉しい事を言ってくれますね。そしてそう答えてくれたという事は……」

 

「ええ、この九十九朔夜。是非ともその方とお会い致しましょう。正直な所、私自身も盧生と呼ばれるその方に少なからず興味が湧きましたわ」

 

「あらあら……性格が変わっても研究者としての欲求は変わらないのね、朔夜」

 

「うるさいですわよ、百合香」

 

再びからかうような発言をしてきた百合香に対して、朔夜は少しばかり表情を緩めて返事を返す。その会話には先ほどまで張り詰めていた空気はあまり感じられない。

 

「さて……それじゃあ用件も済みましたから、今日はこの辺りでお暇しましょうか。朔夜、貴女の淹れた紅茶とても美味しかったですよ」

 

「ふふ……そう言ってくれて嬉しいですわ。また今度ゆっくりといらしてくださいな。その時は……そうですわね……私と私の恋人の馴れ初めでも語ってあげますわ」

 

「あら、それは楽しみですね。機会を見つけてまた来るとしましょう」

 

「宗冬も久方ぶりに会えてとても嬉しかったですわ。貴方もまたいらしてくださいな」

 

「畏まりました、朔夜様」

 

「……それと宗冬、一つだけお願いがあるのですけれど……今度からは以前と同じような口調と態度で私に接してくれませんこと?今や私もこの学園の最高責任者という席に座っている身ではありますが、先も言った通り貴方は私にとって恩人のような方。そんな方が畏れ多く敬語で接してくるのは……その……正直、他人行儀のようであまり嬉しくないのですわ。ですから……」

 

「…………」

 

「宗冬」

 

「……ええ、分かりました。では私もお嬢様と共に再びここに訪れるのを楽しみにしておきます」

 

「ええ―――ありがとう、宗冬」

 

そう言って朔夜はまるで感謝の気持ちを伝えるかのように静かに宗冬に抱きついた。それに宗冬は一瞬驚いたような顔をしたものの、すぐに優しい笑みを浮かべて朔夜の頭を撫でる。それは昔からやっているかのようなごく自然な動作で―――

 

「……さあ、行きましょうか」

 

「……はい、お嬢様」

 

どこか懐かしそうな、それでいて少し悲しそうな表情を浮かべながら百合香は部屋を後にし、宗冬も朔夜を優しく離してにこりと笑った後、百合香の後に続いて出て行った。

扉が閉まり、二人が去った後の部屋には先の話によって不安そうな顔色の月見、美亜、三國の三人と―――

 

(影月……そして優月も……早く目覚めて帰ってきてほしいですわ……)

 

まるで泣いているかのような表情で大切な人たちの帰りを待ち望む朔夜が残されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――以上が、《禁忌ノ禍稟檎(プロジェクト・マルス)》の第一段階の報告となる。途中から《紅蓮(ぐれん)》や黒円卓といった横槍が入ってしまったが、概ね予定通りの結果は出たと言えるだろう」

 

圜卓会議において、《第一圜(カイナ)》と呼ばれる軍服の青年が他の《圜冥主(コキュートス)》へと述べる。

クロヴィスの報告を聞き終えた所で、絶世と称して差し支えない程の美女―――《第二圜(アンテノラ)》と呼ばれる人物が、残る二人の《圜冥主(コキュートス)》へ提案する。

 

「ならば計画はこのまま第二段階へ移行―――いずれ来たる日の為に、潤沢なる量を揃えるという事で宜しいと私は思いますが」

 

「ふむ……いいだろう、俺は構わんぞ」

 

では、そのように(ダコール)

 

第四圜(ジュデッカ)》は獰猛な笑みを、《第三圜(トロメア)》は愉快そうな笑みを浮かべ、揃って承諾の意を示す。

二人の了承を得て、華やかな軍服を身に纏った青年は仰々しく頭を下げた。

 

「それでは次に、横槍の件ですが……まずは以前から問題となっていた《紅蓮(ぐれん)》について―――《第一圜(カイナ)》」

 

「ああ、今回唯一戻る事の出来た者からの報告により、《紅蓮(ぐれん)》の正体が判明してね。なんと炎を操る幼い少女だったそうだよ。間違いはないだろう」

 

「ククッ、()()()()()()()()()()の間違いではないか?まあ、確かに《紅蓮(ぐれん)》だけならいざ知らず、第三帝国の連中相手ならば逃げ帰ってきてもおかしくはないがな」

 

計画の第一段階においてスミレの補佐をしていたと同時に、《紅蓮(ぐれん)》と突然現れた黒円卓の存在を隠れて見届けた者の話が出ると《第四圜(ジュデッカ)》―――メドラウトは皮肉を込めて言う。

それらの情報を持ち帰ってきた者が、かつて自身の配下であった三島レイジだと知っているのだ。

 

「報告によれば、炎の少女は宴を妨害した《超えし者(イクシード)》に助力したとの事でね。それを真実とするならば―――」

 

「ドーン機関に関わる者である可能性が高い、という事ですね」

 

第二圜(アンテノラ)》―――ベアトリクスの引き継いだ言葉に、軍服の青年は同意を示す。

 

「ドーン機関、か……。これまでも幾度か事を構えた事はあるが、近頃は随分と手出しをしてくるものだな」

 

「《禁忌ノ禍稟檎(プロジェクト・マルス)》―――そして貴方が主催した《狂売会(オークション)》と、どちらも同じ《超えし者(イクシード)》が関わっていたそうだ」

 

「ほう……あの時の小童共か……。して、第三帝国の連中については?」

 

「そちらの方は報告を聞いた私も少しばかり驚いてね。なんでも会場では吸血鬼が、外では狂犬が《超えし者(イクシード)》やらを巻き込んで大暴れしたって話だよ」

 

「ふむ……」

 

それを聞き、《第一圜(カイナ)》以外の三人が何かを考え込むかのように黙り込む。

 

「……確か第三帝国の連中はドーン機関―――いや、あの学園と協力体制にあると報告を受けていたが……」

 

「もしや仲間割れ……?」

 

「いや、その可能性は低いだろう。聞く所によると例の吸血鬼と狂犬は敵味方問わず襲い掛かる事もあるようだからね。おそらく今回もその類だろうと私は思うよ」

 

メドラウトとベアトリクスの呟きにクロヴィスが捕捉する。

 

「ならば奴らと九十九はまだ繋がっていると?」

 

「少なくとも彼らの間柄が切れた、という報告は現状受けてないからね」

 

「……どちらにしても双方、警戒しなければなりませんね」

 

そしてそのまま圜卓会議は行われ、今後の計画や警戒すべき勢力の情報などを報告し終えると、会議は終わりを告げる。

 

「では、今回はこれにて……」

 

「うむ、おそらく次はこちらで開催する《宴》で集う事になろう。その時は例の《超えし者(イクシード)》共や第三帝国の者共も招き入れ、最高の《宴》をお前たちに送らせてもらおう」

 

「それはそれは……是非とも楽しみにしています。では―――」

 

その言葉と共に四者の立体映像は姿を消し―――圜卓の置かれた広間は完全なる闇に包まれて、静寂が満ちる。

 

 

 

 

それと刻をほぼ同じくし、遠く離れた欧州にてベアトリクスは小さく溜息を吐きつつ振り返り―――静かに微笑みを浮かべる軍服の青年へと問う。

 

「……なぜ《紅蓮の演者(クリムゾン・アクトレス)》を今回の計画に組み込んだのか、その点をお聞きしても?」

 

(ソレイユ)から、二人は大切な存在だと聞いていたのでね。故に再会は劇的に、と考えたわけだよ」

 

クロヴィスの言葉に、美姫と謳われるベアトリクスの表情が僅かに曇る。

軍服の青年はその変化に気付いてか気付かずか、言葉を続ける。

 

「どのような形で再会させるかは、私の演出に任せるとの事だったからね。彼らの別れとなった刻を彷彿とさせる業火を舞台とさせてもらったよ」

 

「……なるほど。そうして《操焔の魔女(ブレイズ・デアボリカ)》の配下である《超えし者(イクシード)》を《禁忌ノ禍稟檎(プロジェクト・マルス)》に介入させた事によって貴方は被害者となり、《第四圜(ジュデッカ)》の目を逸らしたのですね……」

 

「完全に逸らせたとは思えないがね。だが代償を支払った分の効果はあるだろう。それに《魔女(デアボリカ)》の手駒にも興味を持ってもらえたようだから、幾分か今後はやりやすくなるだろうね」

 

「……やはり彼女との取引はそういったものでしたか」

 

「ああ、《魔女(デアボリカ)》自身はどうにも気乗りではなかったみたいだが、なんとか付き合っていただけてね。約定通り、彼らの障害となる()になってくれてよかったよ」

 

(……約定通り、ですか)

 

ベアトリクスは表情を変えないまま、軍服の青年がどこまで絵図を思い描いているのだろうかと思う。

彼の打つ手は、時に彼女には理解出来ないものがある。結果だけを見れば失敗だったり、手段そのものが無茶苦茶だと思えたものもあった―――が、それら全てを長い目で見てみると、状況を好転させる為の楔となって組み上がっていくのだ。そう―――それはまるでかつてアジアなどの列強諸国の植民地を解放せしめ、日本の帝国主義を終わらせ、第二次世界大戦の被害を大きく抑えたと言われている日本の英雄のような手腕で―――と、そこまで考えてベアトリクスは頭を軽く横に振った。

 

(……いけませんね……彼とあの方を一緒にしてしまっては……)

 

自分にとって件の日本の英雄は讃え、敬うべき存在だ。そんな偉大な存在とこの者を比べるなど決してあってはならない。

そう思い直したベアトリクスは軍服の青年へと視線を向ける。

 

(……榊様、貴方はどこまでこの者を信頼しているのですか?)

 

その疑念はただただベアトリクスの心の中に満ちていく。広く、深く―――

 

「さて、それでは私はこれにて失礼するとしよう。これでも何かと忙しい身でね」

 

「……最後にもう一つ」

 

去ろうとする軍服の青年を美姫が止める。

 

「《紅蓮の演者(クリムゾン・アクトレス)》は如何様に……?」

 

「……私は二人の邂逅を―――とだけしか頼まれていないのでね。既に十分以上、こちらの要望通りに動いてもらった事だし、この先はその必要性も感じてはいない」

 

「……と言いますと?」

 

「彼女の事は貴女に任せるとしよう―――と言っているのだよ。(ソレイユ)の大切な者なのだから賓客として扱うもよし、《紅蓮(ぐれん)》としてこのまま活動を続けさせるもよし、もしくは―――兄の下へ還してみるのもまた一興だろうね」

 

「……分かりました。私なりに考えてみるとしましょう」

 

こうして二人の会話は終わりを告げる。

 

 

 

 

魔法で生み出された光の門(ゲート)へクロヴィスが姿を消した後、ベアトリクスは先ほどの真剣そうな面持ちから一転、不安そうな表情を浮かべながら生まれ育った王宮を足早に歩き―――やがて一つの大きな来賓用の部屋へと入る。

そこに居たのは―――

 

「う、うぅ……ぐすっ……」

 

「よしよし……オトハちゃん、もう泣かないで?」

 

豪華な装飾が施されたベッドの上に座り、涙を流している茶色がかった髪の少女とそんな少女の傍に寄り添い、優しく頭を撫でているピンク髪の軍服の少女だった。

ベアトリクスはそんな二人へと近付き、声を掛ける。

 

「……オトハ」

 

「っ……!ベアト、リクス、様……!」

 

ベアトリクスの声を聞いたオトハは顔を上げ、ゆっくりと立ち上がる。そして堪えきれなくなったのか、目尻に大粒の涙を浮かべながら彼女に抱きついた。

 

「……ごめんなさい、少し会議が長引いてしまって……寂しかったですか?」

 

その問いに少女はベアトリクスの胸に顔をうずめながら首を縦に振る。その様子を見てベアトリクスの表情が哀しそうなものへと変わり、そっとオトハの頭を撫でる。

 

「……本当にごめんなさいね。貴女はとても怖くて悲しい思いをしたというのに……私は会議に出なければならず、貴女の側に居る事が出来ませんでした……本当に私は酷く、罪深い人間ですね……」

 

「ベアト、リクス、様……気に、しない、で……それ、に……さっきまで、アンナ、さんが、側に居てくれた、から……少し、大丈夫……」

 

「そう……」

 

それを聞いたベアトリクスはルサルカへと視線を向けて、小さく頭を下げる。

 

「……ルサルカ様にも多大な迷惑を掛けてしまいましたね……今回はオトハの事をかげながら見守ってくださって本当にありがとうございます」

 

「大袈裟ねぇ、別に迷惑だなんて思ってないからいいのよ?それに今回は結構面白い戦いも見れたし。……まあ、最後は私としても結構ショックな結末を見ちゃったけど……」

 

そう言って小さく息を吐くルサルカ。彼女の言うショックな結末とはおそらく優月が大怪我を負ってしまった事についてだろう。

その言葉を聞き、再び悲しそうな顔を浮かべるオトハをベアトリクスは大切そうに抱き締める。

 

「……オトハから大体の事情は聞かせてもらいました。我を忘れて襲い掛かってきた仲間の攻撃からオトハを庇って大怪我をした方が居るそうですね。……きっとその方が体を張ってまで助けてくれなかったら、オトハは今この場に居なかったかもしれません……」

 

「そうねぇ……本当にあの子ったら、他人を守る為だったら迷わず自分の身を投げ出すんだから……。それ自体は別に悪いとは言わないけど、もう少し自分の身を大切にしてほしいわね。……それで死んじゃったら元も子もないし、何よりあの子が居なくなったら、私を含めた皆が悲しんじゃうわ」

 

他者を守りたいと深く思う故に、いざという時は自らが犠牲になっても構わないという精神。聞けばそれは確かに決して悪いものであるとは言えないだろう。

しかし優月の場合、その思いが強過ぎて、自分自身の事を勘定に入れない事が多々あるのだ。

―――他者の犠牲を許さず、自身の犠牲を厭わないというそれはルサルカを含めた彼女をよく知る者たちからすると、非常に危なっかしく心配するに足るものだった。

 

「……ルサルカ様、一つお聞きしても?」

 

「ん?」

 

「貴女は……そのオトハを庇った方とお知り合いなんですか?」

 

「そうね。最近はちょっとドタバタしてたから行く機会無かったけど、暇な時はたま〜に世間話をしに行ったりしてたわよ。それに彼女のお兄ちゃんにも色々と興味があったし」

 

「その方にはお兄様がいらっしゃるんですか?」

 

「ええ、蓮くんとそっくりな顔したイケメンお兄ちゃんよ」

 

その言葉を聞いた瞬間、ベアトリクスの体がぴくりと反応する。

 

「―――蓮様にそっくり……?」

 

「まさに瓜二つって感じでね。髪の色と目の色同じにしたら、ほとんど見分けつかないくらいよ。蓮くんの幼馴染ちゃん(香純)も最初は間違えたって言ってたし……。まあ、私は人の(オーラ)を感じ取れる魔眼があるから見分けつくし、仮に魔眼を使わなくても魂の質を見れば一目瞭然なんだけど」

 

「…………そこまでそっくりな方が居るのですね」

 

ぽつりと呟いたベアトリクスにルサルカは苦笑いを返した。

それから暫しの間、ベアトリクスはオトハの頭を撫で、ルサルカはそれを優しげな笑みを浮かべながら静かに見守るという刻が流れる。

やがてオトハを思う存分撫でた事で満足したのか、ベアトリクスはオトハから離れて問う。

 

「そういえばオトハ、お薬は飲みましたか?」

 

「…………」

 

「ダメでしょう。あれは貴女にとってとても大切なものなのですよ」

 

「ベアト、リクス、様……来て、から飲もう、って……思って……」

 

「オトハ……」

 

美姫が言う薬とはクロヴィスから渡されたもので、オトハはそれを飲み続けなければ体調が悪化してしまうと言い含められていた。

 

「なら早く飲んじゃいましょ。ほらオトハちゃん、お薬とお水」

 

そう言ってカプセル型の薬五つとコップに注がれた水をルサルカはオトハへと差し出す。

その手渡された薬を飲むオトハを見て、ベアトリクスは一人思考する。

 

(さて……これからどうしましょうか……)

 

考えるのは今後のオトハの処遇について。

クロヴィスは彼女を賓客として大切に扱うのも、今まで通り争いの火種として活動させるのもいいと言っていた。しかしベアトリクスはそのどちらの選択肢も選ぶつもりは無かった。

 

(私は……私を慕ってくれているこの子とずっと一緒に居たい……けれど―――)

 

ベアトリクスの脳裏に、軍服の青年の言葉が蘇る。

 

 

 

(ソレイユ)から、二人は大切な存在だと聞いていたのでね―――』

 

『兄の下へ還してみるのもまた一興だろうね―――』

 

『彼女の事は貴女に任せるとしよう―――』

 

 

 

そしてそれと同時にベアトリクスの脳裏には、僅か数日前に些細な用事で話を交えた人物の言葉も蘇っていた。

 

 

 

『今回私が《裁者(ジャッジス)》の提案に乗り、彼らの敵となったのはもちろん私が望む《絶対双刃(アブソリュート・デュオ)》へと彼らを至らせる為―――と以前の私なら言っていたでしょうけれど、今の私にとってはそのようなものなんてどうでもいいですわ』

 

『―――今、なんと……?』

 

立体映像にて対面している黒衣の少女の苦笑混じりの言葉にベアトリクスは一瞬唖然とした後、その言葉の真意を尋ねる。

 

『ですから私は既にお祖父様の意志である《絶対双刃(アブソリュート・デュオ)》へ至る事を放棄しているという事ですわ。今の私にはお祖父様の意志を継ぐ事よりもやらなければいけない事がありますし、大切に守っていきたいものがたくさんありますから……』

 

『……貴女のお祖父様である月心教授の意志を継ぐよりもやらなければいけない事とは?』

 

ベアトリクスの困惑したような二つ目の問い掛けに黒衣の少女は水晶のように透き通る紫色の瞳に強い意志を宿して言った。

 

『そうですわね……これから先、巻き起こる暗き未来を切り払い、勝利をもたらす黎明の光を生み出す為―――とでも言っておきましょうか』

 

 

 

「……ふふっ」

 

そこまで思い返したベアトリクスは小さく笑みを零す。

なるほど、貴女のやらなければいけない事というのは要するに、()()()()()()()()()なのかと。

そうしたおそらく当たらずとも遠からずな予想をしたベアトリクスはキョトンとした顔で見つめてくるオトハを見る。

 

「ベア、トリクス、様……?」

 

―――ならば私も一つ、その暗き未来を払う光の成長とやらを手助けしてみようかと。おそらくそれこそがオトハの為にも、他の者たちの為にもなるかもしれないと感じ取ったベアトリクスは覚悟を決め、オトハの瞳をしっかりと見据える。

 

「オトハ」

 

―――とはいえ、自分はこれから彼女に酷く残酷で、罪深き事を頼もうとしている。

 

「……私は今一度、心を鬼にして貴女へお願いをします。大義の為、貴女の《力》を私に貸してください」

 

「は、い……ベアト、リクス、様……」

 

―――こうして素直に慕ってくれる彼女に、自分は人として、そして彼女(音羽)(透流)の関係を知っている者として最低最悪な事を言おうとしている。もしかしたら何かのきっかけによって彼女の自我が完全に戻った際に、自分は彼女に嫌われるかもしれない。

しかしそれでも彼女は止まらない。

 

「世界を護る為に、ただ一人だけ―――貴女の手で殺めてください」

 

「誰、を……?」

 

溢れ出したその強き意志は、彼女の心を清流たる洌水(サイレント)から、激流たる洌水(カレント)へと変えさせた。

それと同時にこれこそ自らが取れる最善の行動なのだと確固たる自信を持った彼女は、あらゆる不安や心配を恐れずに告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『九重透流―――世界の敵です』

 

 

 

 

 

 

さあ、《水銀》によって生み出され、《魔女》によって育てられている子たちよ。

この試練を乗り越え、黄昏の世に新たな覇を唱える一歩を踏み出しなさい。

それこそ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれとほぼ時を同じくして―――影月たちが存在する世界とは別の空間にて―――

 

 

 

「…………」

 

そこは辺り一面、一寸先まで深く暗い闇が支配する空間だった。上下左右や前後といった概念や、本来ならどこにでも存在するであろう光や音や空気、さらには微生物などの生命体すらも存在しない、文字通り死に絶えた空間。

そのような暗闇の世界に一人の少女が正座をしている。

まるで血を塗りたくったような紅蓮の巫女服、そのような色の服を着ているせいで際立つ白髪。そして近くに居るだけで何か不吉な事が巻き起こると確信してしまう程に強い(わざわい)を体中から流れ出させている少女は、まるで何かを感じ取っているかのように目を瞑っていた。

 

 

そうしてどれくらいの時が経っただろうか―――今まで身じろぎ一つしなかった少女の瞼がゆっくりと開く。

白貌の吸血鬼よりも紅い瞳を持つ少女はそのまま前を見据えたまま―――その瞳からポロポロと透き通った涙を零し始めた。

涙は少女の白い頬を伝っていき、膝の上に置いていた手へと落ちる。その涙は禍をその身に宿している彼女が流しているとは思えない程清らかで―――

 

 

 

「何を泣いているのかな」

 

「っ……!」

 

その時、不意に少女の後ろから声が響く。それに驚いた少女は袖で頬を伝う涙を拭って、後ろへと振り向いた。

 

「べ、別に……ちょっとあくびをしただけよ」

 

「ほう、睡眠を必要としない君があくびをするとはね。私にはまるで求めていたものをようやく見つける事が出来たと、感極まって涙を流しているように見えたのだが」

 

そう言いながら少女に近付くのは、コートに身を包んだメルクリウス。

そんな彼の全てを見通したかのような指摘に少女は誤魔化すように苦笑いを浮かべる。

 

「き、気のせいじゃないかしら?」

 

「……ふむ、まあいい。君がそう言うのならそういう事にしておこう。それより今の気分や体調はどうかな?」

 

「ん……気分は大分落ち着いたかな。体調も今の所は特に問題無いし……能力も大分制御出来るようになったわ」

 

そう言って少女は右手に御幣を持って、スッと横へ移動させる。

すると突然その空間に一本の亀裂が走り、まるで生物が目を開けるかのように広がっていく。

それは境界を操る程度の能力を持っている紫が生み出すスキマとは似て非なるものだった。

 

「それは重畳。君の能力はきちんと制御しなければいささか危険なものだからね」

 

「……『次元を司る程度の能力』……だっけ。確かに制御出来ないと大変な能力よね……」

 

少女が持つ力、それは紫の上位互換と言える強大な能力だった。

紫の操る境界というのはこの世のありとあらゆる物事に対して存在する絶対的な概念である。

自分という境界と他人という境界、幻という境界と実体という境界、善という境界と悪という境界、昼という境界と夜という境界―――分かりやすい例を上げればそのようなものが思い付くだろう。逆に言うとそれら全てに境界というものが無ければそれは一つの大きなもの、概念であるという事になる。

即ち境界を操るというのは理論的創造と破壊の能力である。理論的に境界を弄って新しい存在を創造したり、逆に理論的に境界を弄って存在を否定する事も出来る。対策や防御も一部を除いてほぼ存在しない、神に匹敵する力―――それが紫の能力。

しかし少女が司り、操れるのは境界という概念を遥かに上回る次元という概念。

これは上記した境界を自由自在に操る事が出来る上に、あらゆる次元というものを操る事が出来る。つまりこの少女は紫よりも簡単に境界を操ったり、他の異次元世界へ行く事が出来る。さらに少女がその気になれば新しい次元世界を瞬時に複数作り出す事も、纏めて滅ぼす事も可能なのだ。

 

「まあ、初めて会った時の君は暴走した力を抑えられず、まるで濁流に飲まれた小枝のように振り回されていたがね。……全く、あの時の君を止めるのには随分骨が折れたものだよ。こちらとて決して大きくはないが、幾分か消耗してしまったしね」

 

「う……ごめんなさい……」

 

そう言って息を吐くメルクリウスに少女は心底申し訳なさそうに頭を深く下げた。

そんな少女に苦笑いを零したメルクリウスはふと真面目な顔になる。

 

「とまあ、そのような過ぎた事は一先ず置いておくとしよう。今回私がここに来たのは君にある事を聞きたくてね」

 

「ある事……?」

 

「……君がこの空間に閉じ籠り、数多の世界を見始めてから少しばかり経った。―――そろそろ君という存在を真に認め、受け入れてくれそうな世界を君自身が見つけたのではないかと気になって来てみたのだよ。どうかな?」

 

「…………」

 

その問いに少女は俯いて黙り込んでしまう。そして(やや)あって―――

 

「…………うん」

 

とても小さく、耳を澄まさなければ聞こえない程の声量で少女は正直に頷く。それを聞いてメルクリウスの口角がニヤリと釣り上がる。

 

「ほう、見つける事が出来たというならそれは重畳。してその世界とは?」

 

「…………」

 

少女は無言のまま、先ほど展開したスキマの中にその世界を映し出し、メルクリウスへと見せる。そこはメルクリウスが幾度と無く干渉している世界だった。しかしメルクリウスはわざとなのか、あたかも初めてこの世界を見たかのように話し始める。

 

「ふむ……この世界は神や魔人、魔術といった神秘が満ち溢れているようだね。確かにこの世界なら過去に何度も拒絶され、否定され、認められず殺されてきた君でさえも受け入れてくれるかもしれない。だが―――」

 

そこで言葉を切ったメルクリウスは、少女の作り出したスキマを見つめ、映し出されている景色を強制的に変える。

彼は那由他の果てまで至高の結末を求め、その過程にあらゆる魔術を極めた第四の神であり、偉大なる魔術師。故に目の前の少女の作り出したスキマに干渉する事など彼にとっては造作も無い事である。そんな彼が映し出させたのは、自然溢れる忘れ去られた者たちが集う理想郷の景色。

 

「この世界の近辺にはかつて君が生まれ育った幻想郷とは別の次元の幻想郷も存在している。ここは君も知っての通り、全てを受け入れる寛容な世界ではあるが、君のような凶悪な禍根の塊となれば話は別だろう。過去に君が経験したように、取り付く島も無く拒絶され、異端として殺されるかもしれない。よもやそれが分からない君ではないだろう」

 

「……そうね、分かってるわ。痛い程にね……」

 

「ならばなぜ、そのような危険を犯してまであの世界に行きたいと思っているのかな?」

 

そう問うメルクリウスの顔にはニヤニヤと意地の悪い笑みが浮かんでいる。おそらく彼にとって少女がこの世界を選んだ理由など大凡知っていながら聞いているのだろう。しかしそのような表情に一切気付かない少女は、少しばかり迷っているように視線を彷徨わせながらも答えた。

 

「そ、それは……あの世界に会いたい人が居るから……」

 

「ほう……ちなみにその会いたい人というのは―――もしや彼女の事かな?」

 

続いて少女のスキマに映し出されたのは応急処置を施され、他の仲間たちに心配そうな顔をされながら病院へと運ばれていく一人の少女の姿。

それを見て少女は少しだけ表情を悲しそうに歪めながら頷く。

 

「……この子は、私という禍根の存在を抱き締めてあげたいと言ってくれた。例えどんな理由があって生み出されたとしても、禍根の塊と言われようとも、自分たちと同じく生きているのだから虐げるのは可哀想だって……見捨てたりなんかしないって……」

 

―――自分の存在を認めてほしくて、少女は様々な世界で様々な事を行った。他者を助け、自分に害は無いと訴えた。しかし少女は周りの人や妖怪や神、さらにはそれらを内包する世界にすら許容されずに“化け物”として駆除されてきた。

存在そのものの否定―――それはこの少女にとって何よりも辛く、悲しい事だった。そんな扱いを受けた世界はもはや数知れず―――彼女は心身共に憔悴しきり、深い絶望に打ちひしがれ、もはや限界寸前だった。

少女は願った。どんなに嫌われてもいい……化け物と呼ばれても構わない……利用したいというのならいくらでも利用していい。だから……お願いだから私という存在を否定しないでと、誰でもいいから私を認めてほしいと心の底から何度も願い、泣き叫んだ。

 

 

 

そんな少女に一筋の救いの光をもたらしてくれたのは、他者という存在やその者たちの笑みを守り、照らしていきたいと願う一人の少女の覇道。

 

「―――そんな事を心の底から思って、言ってくれた人なんて……あの人たちの他に見た事も会った事も無い。だからね……今、すごく嬉しい」

 

周りが理解しないのなら私が理解しよう。存在を否定されて辛いというのなら私が貴女の存在を肯定して苦痛を少しでも無くしてあげよう。

私は貴女という存在を抱き締めたい。

身も心も壊れてしまった貴女なんて見たくない。

だからお願い、壊れないでと願う覇道(祈り)に触れた少女は、その紅い瞳から再び透明で悪意の無い雫を流れ出させる。

それを目の当たりにした水銀の蛇は何を思うのか―――

 

「―――ああ……実に素晴らしいものだ。禍の塊と呼ばれた少女の闇すらも払い除け、愛しき者たちの笑みを照らし出す黎明の光……。さしずめ黎明(アウロラ)、とでも呼ぶとしよう」

 

「……?」

 

一人納得したように呟くメルクリウスに、禍根の少女は何を言っているのか分からないと言ったように首を傾げる。そんな少女にメルクリウスはくつくつと笑いながら向き直る。

 

「おっと、失礼。さて……ではこれからその世界に向かうとしようか」

 

「あ……そ、それについてなんだけど……あの世界に行くのはもう少し後でもいいかしら?」

 

少女は自分を抱き締めてあげたいと言ってくれた少女に今すぐにでも会いに行きたかった。自分を認めてくれてありがとうとお礼を言いに行きたかった。

しかしその件の少女は現在、大怪我を負って意識を失っている。そんな時に自分のような禍根の存在が現れては色々と混乱するだろう。さらに今の彼女の周りには少女にとってあまり顔を合わせたくない幻想郷の住人たちも居る。

そのように今、自分が現れるのは色々な意味でマズイと考えた少女はせめて件の少女が目覚め、幻想郷住人たちが少なくなった時に例の世界へ降りたいとメルクリウスに告げた。

それを聞いたメルクリウスは―――

 

「ふむ、確かに今君があの世界に降り立てば、無用な混乱が多く巻き起こるかもしれないな。そして君自身としてはそれを望んでいないと……委細承知したよ。まあ、そもそもそれは君が決める事であり、私がとやかく言う資格は無いのだがね」

 

「それでも貴方には言っておかないと……色々と迷惑掛けてしまうだろうし……」

 

「別に私は迷惑など微塵もしていないのだがね。そも私がこうして君の面倒を見ているのは、単に現在する事が無いからなのだが」

 

「する事って……そういえばあの世界の人たちは?」

 

「……今はとある魔法の影響でコールドスリープに近い状態で止まっているよ。そしてその魔法が自然に解け、彼ら彼女らが目を覚ますのはおそらく最短で……7年程度は掛かるだろう。無論私が介入するなら話は別だが、今の所介入する気は無い」

 

メルクリウスと少女が話しているのは、この何も無い空間や影月たちの居る世界からほんの少し離れた世界に居る者たちの事である。

そしてその者たちを助ける気は今の所無いと切り捨てた彼に少女は悲しそうな顔をしたまま、次の問いを投げる。

 

「……もしかしてあの人たちも……?」

 

「いや、斑鳩嬢やアカメ嬢、チキ嬢などは私が連れ出したから例の魔法には掛かっていないし、他の者たちは皆例の魔法は効かなかったよ」

 

「なら……皆どこに?」

 

「例の事件の後、皆私たちが見た世界へと渡っていったよ。春姫嬢やチキ嬢などは別の世界へと行きたがっていたしね。もしかすると向こうで会えるかもしれないな」

 

「そう……“盲目の賢者”は?」

 

「彼女も健在だ。彼女は私たちと別れた後、再び人々へ知恵や技術を語り伝える旅を再開した。ついでに相容れぬ倒すべき反存在についても同時に探しているらしく、近いうちに彼女もまた例の世界に現れるだろう」

 

「ああ……確か破滅をもたらす存在を探しているとか言ってたわね……。ちなみにあの事件以来、皆とは会ったの?」

 

「いや、ここ最近は。だが、以前にほんの僅かな間だが念話のやり取りをしたよ。全員、何かあればすぐに駆け付けると言ってくれたよ」

 

「そっか……」

 

「それからもう一つ、君に賢者から伝言がある」

 

「……何て?」

 

「……『貴女の事を認めてくれる人は私たち以外にもきっとどこかに居ます。だから何があっても決して諦めないで頑張って。私たちはどんな時でも貴女の味方ですから……辛くなったら、遠慮しないで私たちを呼んでください』―――と」

 

「っ……!」

 

それは世界を超えて送られてきた少女の孤独で悲しみに満ちた心に深く響くメッセージ。

メルクリウスたち覇道神三人と数人の協力者によって倒された後、精神的に弱り切っていた少女の側にずっと付き添ってくれた聖母のように慈悲深い女性の言葉を聞き、少女は三度目の涙を静かに流し始める。

 

「っ、そ、そっか……あの人は、そんな事を……」

 

「―――これではっきりと分かったかな?君はもう一人で寂しく泣き叫ぶ必要など無いのだよ。この多元宇宙には君を認め、支えてくれる者たちが大勢居るのだから―――」

 

そう言いながら薄っすらと笑みを浮かべたメルクリウスは少女に背を向けて立ち去ろうとする。

その刹那―――

 

「―――メルクリウス!」

 

少女の澄み切った綺麗な声で、自らの名を呼ばれた彼はゆっくりと振り返る。

そこには目尻に涙を浮かべながらも、晴れ晴れとした笑みを浮かべる少女が居て―――

 

「私、貴方と出会えてよかった!あの時貴方が私を止めてくれなかったら……私はこんな幸福を感じる事は出来なかった!だから本当に……本当にありがとう!」

 

そんな少女の心からの感謝の言葉にメルクリウスは何も言わず、ただほんの少しだけ微笑んで姿を消した。

―――魔術師が消え去り、再び少女のみとなった空間に感謝の嗚咽が響き渡る―――

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そしてその空間から遥かに離れた座にある黄昏の女神は、先の少女とメルクリウスの会話を偶然ながら聞いており、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。

 

「そうだよ。カリオストロの言う通り、あなたはもう一人で寂しいって泣かなくていいんだよ。わたしの世界の皆はあなたをきっと優しく包み込んでくれる。そして……わたしもあなたを包み込んであげるから」

 

少女の居る空間に向けて両手を広げた女神の顔はまるで愛しき我が子を抱く母のように優しかった。それと共に強くなる女神の覇道はその少女を包み込み、更にはその周辺にある数百近い多元宇宙にも影響を及ぼす。

 

「辛い事も悲しい事もずっと続いたりなんてしない。そんなものはわたしが全部受け止めるから―――だからお願い……抱きしめさせて。愛しい全て、わたしはいつまでも見守ってるから―――」

 

Amantes amentes――Omnia vincit Amor(すべての想いに巡り来る祝福を)―――万象全てに慈愛の抱擁を与える女神の覇道は更に強固となり、千を優に超える多元宇宙を優しく包み込んだ。

おそらくこの覇道は今後も数多くの世界や魂、更には今後生まれるであろう覇道神すらも包み込んでいくだろう。彼女の許容限界が来るまで―――

 

 

 

 

 

 

 

 

だが彼女や彼女が包み込んでいる者たちはまだ知らない。座というシステムの奥深くに存在している者の存在を。

 

 

 

 

 

そしてそれと刻を同じくして―――禍をその身に宿す少女を包み込む為に強まった女神の覇道は、ある一つの終焉を迎えようとしている世界も包み込んでいた。

 

 

 

 

 

「おい、大丈夫か!?しっかりしろ……!」

 

「三人ともじっとしてて……すぐに治療するから……!」

 

永き時を経て廃墟となった都市のとあるビルの屋上―――そこから二人の悲痛な少女の声が聞こえる。そしてその二人の少女の近くには、他に一人の少年と二人の少女が居た。

 

「はぁ……私は後でいい……先に9SとA2を……」

 

そう言って瓦礫に(もた)れ掛かるのは黒いゴシックドレスを纏った銀髪ボブカットの少女。戦闘の影響で少しばかり汚れた少女の体は、小さな傷はいくつかあれど目立った怪我は無い。しかしかなり疲弊しているのが見て取れる。

 

「……私も問題無い。それよりも先にそっちを助けてやれ」

 

そしてそんな少女の近くでは右手に小型剣を持ち、辺りを警戒している長い銀髪の少女がいた。こちらの少女も小さな傷をいくつか負っているものの、大きな怪我は無い。

 

「げほっ……!は、はは……すみません……僕、が不甲斐ない、ばかりに……こんな所、で……」

 

一方そんな少女たちの近くでは、銀髪の少年が一人苦しそうな声を上げながら地面に倒れ込んでいた。

 

「9S、喋らないで……。酷い怪我……それに視覚野にも影響が出てる……」

 

少年は左腕と左足を大きく損壊していた。少年の左腕は二の腕辺りが大きく切り裂かれ、皮膚の下にある血肉―――では無く機械のような回路が露わとなっていた。左足に至っては太腿の辺りから完全に断絶しており、断絶した場所からは時折火花も走っていた。

―――彼のそのような怪我を見て気付いた者もいるだろう。彼、そして彼女らは人間ではない。

先に述べた銀髪の三人はこの世界に蔓延る『機械生命体』という敵から地球を奪還する為に生み出された自動歩兵人形であり、他の者たちから「YoRHa(ヨルハ)」と呼ばれている汎用戦闘アンドロイドたちである。

 

「―――とりあえず視覚野だけは修復したが……」

 

「……この断線した手足については工具も材料も無いから、今はどうする事も……」

 

その怪我をした少年の傍らに膝をつき、優しげな黄色い光を出していた両手を除けた赤髪の少女二人もまた、先の三人と同じアンドロイドである。

 

「……お前はどうだ、パスカル―――9Sを直せそうか?」

 

『……いいえ、いくら私でもここまで酷いとどうにも……』

 

そして今まで黙って少年の側に立っていた存在も、赤髪の少女二人と似たような反応を見せる。

その存在は先の五人とは違って、明らかにロボットであると分かるような外見をしていた。

そんな存在からの言葉を聞き、息を小さく吐いたゴシックドレスの少女は近くに浮いている手足の付いた箱に視線を向ける。

 

「……ポット、バンカーからの応答は?」

 

『応答無し、連絡途絶状態。推測:先程の地上から放たれた機械生命体の超長距離攻撃により崩壊、消滅したと思われる』

 

「っ……ということはやっぱり、さっきの流れ星、はバンカーの……!」

 

『……他の随行支援ユニットより報告:バンカー消滅とほぼ同時刻、多数の機械生命体が暴走を開始。暴走した機械生命体の攻撃により各地に点在する味方拠点及び、その防衛に当たっていた一般アンドロイド、ヨルハ部隊員のほぼ全てが壊滅した模様。現在この近辺で正常に動作している機体はヨルハ二号B型、九号S型、A型二号、旧型アンドロイドデボル、ポポルの計五機と機械生命体パスカルのみ』

 

「僕たち、以外ほぼ壊滅……」

 

『……私たちの村も……』

 

仲間のほぼ全てが壊滅し、唖然とする五体の人形たちと一体の機械生命体―――だが、彼らの悪夢はまだ終わらない。

 

『敵反応多数確認』

 

「っ!!」

 

その言葉と共にビルの屋上に数体の小型、中型機械生命体が現れ、さらに人形たちが居るビルの周りを取り囲むようにして浮遊型機械生命体も多く出現する。

 

「くっ……次から次へと……!」

 

「っ……逃げ道も塞がれた……!」

 

「―――しかも、まだ来るみたいだ」

 

そう言って長い銀髪の少女が指した先には建造物と言っても差し支えない程巨大な体を持つ一体の機械生命体と、多くの武装を施している大型飛行体が大量に迫っていた。

 

『エンゲルスまで来るなんて……!』

 

「「「「…………」」」」

 

それを見て、怪我をした少年とロボット以外の少女たちがそれぞれ体を動かし、得物を構えて立ち上がる。

 

『2Bさん、A2さん……!デボルさんにポポルさんも……!』

 

「……パスカル。負傷した9Sを連れて一刻も早くここから離れて」

 

「なっ……2、B……!?」

 

『2Bさんたちは……!?』

 

「……私たちはここであの機械生命体たちを食い止める」

 

「無茶だっ!!2B、そんなの……!」

 

絶対無理に決まってる―――そう言おうとした少年の口は、2Bと呼ばれた少女が振り返って優しく微笑んだ事で閉じてしまう。

そう、彼女を含めたこの場の全員が分かっているのだ。例え彼女たちがどれだけ獅子奮迅の勢いで戦ったとしても……勝ち目など無いのだ。

 

確定した死。

 

逃れられない敗北。

 

そんな状況で行う抵抗など無意味な自己満足に他ならず、救いなどどこにもない。もはやそれは絶望を通り越し、滑稽でさえある茶番と言えるだろう。

 

 

 

だがそれでも―――

 

「9Sを……頼む」

 

この義体は、心臓(コア)は、まだ動いている。

この手はまだ剣を握っている。

ならば―――私たちは戦わなければならない。大切な者を守る為に―――

それが彼女にとって光と称し、大切に想ってきた少年に出来る精一杯の()()なのだから―――

そう告げた少女は近寄ってきた小型機械生命体に向けて剣を振るい、胴体を真っ二つに分断する。それと同時に他の三人も駆け出し、既に勝敗の見えた戦いを開始する―――その刹那。

 

 

 

 

 

黄昏の女神と呼ばれる慈愛の覇道が、この世界にある現象をもたらした。

 

 

 

「―――ん……?今の音は……」

 

最初にその現象の兆候に気が付いたのはデボルと呼ばれた赤髪の少女だった。

少女の耳に響いたのは普段生活していて聞く事の無い不思議で奇妙な音。そしてそのような謎の音から程なくして―――辺り一体に地鳴りが起こり始め、それと共に周囲の瓦礫や物が重力を無視して宙に浮かび上がる。

 

「なっ……!なんだ!?」

 

『っ!!皆さん、あれを!!』

 

パスカルと呼ばれた機械生命体の指す先には、超大型機械生命体ですらも飲み飲んでしまいそうな程巨大な(ホール)がいつの間にか出現していた。

そして次の瞬間―――その穴に向かって周囲の浮いていた瓦礫や石、さらには周辺にいた機械生命体たちが吸い込まれ始める。

 

「ちょ、ちょっと……何なのあれ……!」

 

「分からない……でもなんだか嫌な予感が……っ!?」

 

突如上空に現れた謎の穴と、それに吸い込まれていく周囲のものを唖然として見ていた人形たちは、すぐに自分たちにもそれらと同じような事が起こるのではないかと思い至る。

そしてその考えを肯定するかのように、人形たちの体もまた周りと同じように浮かび上がり始める。

 

「わ、私たちも吸い込まれる……!!」

 

「手を放すなよ、ポポル!」

 

『デボルさんも私の手を離さないでください!』

 

「っ!9S!!」

 

「2B!!」

 

「9Sの手を放すなよ、2B!」

 

「分かってる!!」

 

人形たちは得体の知れないあの穴に吸い込まれまいとそれぞれ近くにあった鉄骨や、その鉄骨にしがみついた者の手を握って耐え始める。

だが穴の吸い込む力は徐々に増していき―――

 

『ああ……!エンゲルスまで……!!』

 

遂には数百トンはあろうかという超大型機械生命体ですらも宙に浮かび上がり、抵抗虚しく吸い込まれてしまう程に穴の吸引力は増していく。

そしてその超大型機械生命体が吸い込まれてから僅か数秒後―――

 

『く、うぅ……!』

 

「くっ……!い、いつまでこうしていれば……!?」

 

今まで彼女たちが命綱として捕まっていた鉄骨や、人形たちがいた廃墟ビルという建造物でさえも宙へと浮かび上がり―――人形たちは為す術無く穴へと吸い込まれていく。

 

「こ、このままだと僕たち……!」

 

『警告:上空に出現した穴から非常に協力な電磁波を検知。仮に接触した場合、機体に深刻な障害や長期に渡る機能停止が引き起こされると予測。推奨:この場からの早急な離脱』

 

「そんな事言ったって……!」

 

「この状況でどう逃げろと……!」

 

必死にもがき、何かに掴まろうとしても周りは人形たちと同じく浮いている物ばかりで、何に掴まろうとも状況は変わらなかった。

さらに―――

 

「わわーっ!!避けてーっ!!」

 

「なっ!?エミール!?」

 

何やらオート三輪らしきボディを持つ謎の生命体が、大声で叫びながらかなりの速度で人形たちに向かっていき……盛大に衝突する。

 

『うわぁぁぁっ!!』

 

謎の生命体の衝突によって、人形たちは繋いでいた手すらも離してバラバラになってしまう。

そして―――

 

「くっ……!もう、ダメだぁぁぁッ!!」

 

「きゃあああっ!!」

 

人形たちも周りの物体と同じように穴の中へと全員吸い込まれていき―――あらゆるものを吸い込んだ穴は唐突に消え去る。

後に残ったのは例の穴へ吸い込まれなかった瓦礫が空から降り注ぎ、生き残った僅かな数の機械生命体たちがその瓦礫に当たって爆発四散や機能停止する光景だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦11945年、5月22日―――水没都市に武器補充の為に寄港予定だった空母「ブルーリッジⅡ」が超々巨大機械生命体に襲われ撃沈した出来事から20日後、突如として機械生命体の活動が活性化し、各地のレジスタンスキャンプなどの施設や、施設を防衛していた一般アンドロイドやヨルハ部隊員のほぼ全てが壊滅的な被害を受ける。

さらに機械生命体からの攻撃により、ヨルハ部隊の基地であるバンカーが陥落。ホワイト司令官をはじめとする多数のヨルハ部隊員が死亡した。

それから僅か数時間後、廃墟都市にて謎の巨大(ホール)が出現。数多の瓦礫や機械生命体、そして数体のアンドロイドたちを吸い込み、数分程で消滅した。

この穴は後に旧世界にて「ワームホール」と呼ばれたもので、時空のある一点から離れた一点へと直結するトンネルのようなものだと判明する。

吸い込まれてしまった機械生命体やアンドロイドたちは果たしてどのような世界に行き着くのか。そもそも別の世界に行き着く事が出来るのかどうか……。

これ以上の記録は現状私には不可能な為、これにてこの分岐の記録を終了する。

 

 

 

―――これにて機械生命体やその創造主たちを倒す為に生み出された人形たちの物語は一旦終幕した。

そしてこれより人形たちが紡ぐのは新世界へ至る新たな物語。

その果てにある未来に光はあるのか―――今はまだ誰も知らない。

 




愛と勇気の魔王が……人の輝きを見にやってくるぅぅぅっ!!

……というわけでもう一つの正田卿作品、「相州戦神館學園」シリーズもこの小説に関わってきます。
さらにMUGENのキャラやフェアリーテイル、そして世界的に大ヒットしたあの作品、「NieR:Automata」も……。
もはやスパロボとかスマブラ並みに登場キャラが多い今作ですが、しっかりと内容も薄くならないようにして書いていきたいと思います。

それと重ねて申しますが、更新が遅れて本当にすみません!次の投稿はなるべく早くするように努力しますのでご了承を……。

ではこれにて……誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!

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