アブソリュート・デュオ 覇道神に目を付けられた兄妹 作:ザトラツェニェ
追記:少し前に優月の見た目イメージをアヤノ→黒髪黒目の世良水希に変更しました(その理由については小説情報を参照してください)。
side no
「―――あらあら……随分と派手にやってるわね」
天に輝く蒼い月の光が辺りをまるでスポットライトのように照らす中―――西行寺幽々子は眼下で繰り広げられている戦闘をまるで優雅な歌劇でも鑑賞しているかのように薄っすらと笑みを浮かべながら見ていた。
「あれが《
獣の力をその身に秘めた人
「まさか人をあんな妖怪じみた姿に変化させる技術が存在しているなんて……世界って本当に広いわ……」
そう呟きながら、幽々子は手に持った缶コーヒーを飲み干した後、器用に右手人差し指でくるくると缶を回し始めた。
「それにしてもこの缶コーヒーって奴は便利ねぇ。外でも気軽に飲めるし、味も美味しくて悪くない―――ねぇ、そうは思わないかしら?」
幽々子は変わらず缶をくるくると回しながら、まるで自分の独り言を聞いている誰かに問い掛けるような言葉を紡いだ。
すると―――
「―――う〜ん……そうねぇ、でも昔の缶コーヒーって今と比べると大分甘かったのよ?正直、ブラックの方が好みの私としてはとても飲めたものじゃなかったけど」
唐突に―――まるで始めからそこに居たかのように話す鈴の鳴るような可愛らしい声が幽々子の耳朶に届く。
それに振り返ってみれば、そこには幽々子よりも若干濃いピンク色の髪色をした見た目朔夜と同じ位の軍服の少女が、にこにこと笑いながら倉庫の屋根を歩いてきた。
それに対して幽々子もまたにこにこと笑いながら話す。
「あらそうなの?それは是非とも飲んでみたかったわぁ♪私、甘いものも好きだから♪」
「あんな甘い物を飲んでみたかったとか、私からしたら信じられないわ。あそこまで甘いコーヒーはもう飲みたくない……」
そう言って大袈裟に肩を竦める少女に幽々子はくすくすと笑う。
「それにしても甘いもの好きの“幽霊”なんて珍しいわね」
「あら、“幽霊”だって好みはあるのよ?それと私は“幽霊”じゃなくて“亡霊”だから覚えておきなさい♪可愛い可愛い“魔女”のお嬢さん♪」
その言葉に少女は一瞬驚いたように目を見開いた後―――
「あはっ、あはははははははは!!」
躁狂的に、栓の壊れたような蛇口のように笑いを迸らせる。
そんな常人ならば気が狂ってしまいそうな笑い声を耳にしても、幽々子は極めて涼しい顔のままだった。
「あら、お嬢さんと言うのはちょっと言い過ぎたかしら?」
「あははっ……!別にいいわよ……っ!本当ならお嬢さんとか言われる歳じゃないんだけどね」
少女はくっくっと肩を震わせながら愉快そうに笑う。それを見て幽々子もまたくすくすと笑う。
「という事は貴女、見た目年齢より大分年老いているのねぇ」
「そういう事ね。でも最近巷じゃ、私みたいな子の事をロリババアとか言って一部の人たちの人気を集めてるみたいよ?」
「……それ本当?」
「本当本当、ロリババアでネット検索したら大量に見つかるわよ」
そんな衝撃的な事実を聞いた幽々子はそんな変わった
「それにしてもまさか初見で魔女って見抜かれるとは思わなかったわ。今まで生きてきて初めてよ」
「あら♪それは嬉しいわ♪」
そうした二人の和気あいあいとした会話は辺りの空気を和やかにさせていたものの―――唐突に、幽々子が今までと一切変わらない笑顔のままで問う。
「―――で、聖槍十三騎士団の団員である貴女は一体何の用でここに居るのかしら?」
その問い掛けに少女の纏っていた空気がほんの少しだけ変わる。
「そうねぇ……ある女の子の付き添い、というより何かあった時の護衛かしら?」
「ある女の子?」
そう言う少女の周りには幽々子以外の人物は居ない。
「……ああ、その子はここじゃなくてあっちの方に居るわよ」
そう言って少女が指を指したのは透流たちが突入した倉庫だった。
「あの子、ずっと前からある人物を探してあちこち歩き回っててね。そしたらここら辺から爆発音がしたから―――」
「試しにやってきた……と?わざわざ危険を犯してまで?」
「まあ、あの子自身はそこら辺の《
そう言って苦笑いを浮かべる少女に幽々子も苦笑いを浮かべる。
「……その割に私と駄弁る位の余裕はあるのねぇ」
「まあね。この手の頼み事は昔から慣れてるし……。それにあの子の事は今もちゃんと見てるから問題無いわよ」
「魔術で監視?」
「大体そんなものね」
そんな話をしながら二人の女は眼下で繰り広げられる戦闘へと視線を移した。
「なら……その子がどんな行動を取るのか―――私も見させてもらいましょうか」
開幕一番、最初に攻撃をしたのは影月だった。
彼は手に持つ《槍》を《
それを紙一重で回避した《
「はずれぇ♡だって警戒してるもぉん」
「…………」
まるで舌でも出しているかのような雰囲気に妹紅は無言で両手に蒼い炎を纏わせ、構えを取る。
「炎符『フェニックスの羽』!」
そして苛立つかのような声と共に放たれた蒼い火の鳥は蝶の羽を羽ばたかせて宙に逃げた《
そして―――
「っ!あぁあああっっ!!」
一羽の火の鳥が脇腹を掠り、痛みで一瞬動きの止まった《
もはや普通の《
「ぐ、このぉ!!」
爆煙の中から飛び出した《
それを見た妹紅は蹴りを喰らわすと同時に距離を取ろうとするが、《
鉤爪が妹紅の体に襲い掛かろうとしたその瞬間―――
「爪符『デスパレートクロー』!」
妹紅はそう宣言すると同時に右手に炎で出来た鉤爪を形成、迎撃を行う。その炎はまるで鳥類の鉤爪のような形をしていて、相応の質量を持って《獣魔《ヴィルゾア》》の鉤爪を受け止めた。
「へぇ……そんな事まで出来るんだぁ」
鎌迫り合いを行う《
「―――っ!」
彼女の尾に付いている尖針が二人に向けて振るわれ、影月は足を止めてその尖針を《槍》で受け止める。
そうして影月が受け止めている隙に《
大気を突き破り、唸りながら迫る鬼の一撃を前に《
「なっ!?」
《
そんな予想外の行動に驚き、目を見開いた妹紅の全身に謎の液体が掛かる。刹那―――
「ぐうっ!?」
水分が一瞬で蒸発するような音と共に襲い掛かった焼けるような凄まじい痛みに妹紅は思わず鎌迫り合いをやめて身をよじる。
その隙に自由となった《
「がぁっ!!」
敵を見失った萃香の拳はそのまま妹紅の胴体へと命中し、妹紅は血を吐きながら吹き飛ばされる。
謎の液体による不意の攻撃によって防御も出来なかった上、力で右に出る者は居ないとさえ言われる鬼の拳の威力はもはや筆舌に尽くし難い。
吹き飛ばされた妹紅は近くの倉庫の壁に激突し、轟音と共に粉塵を巻き上げた。死ぬ事は無いにしても甚大なダメージを負ったのは確実だろう。
しかし―――
「……影月、さっきの液体は何?」
「そうだな……酸とかじゃないか?」
影月と萃香は妹紅の心配など微塵もせずにただ《
そんな二人の様子をどこかおかしく思った《
「惜命『不死者の捨て身』」
その言葉が響き渡ると同時に妹紅の周りを覆っていた粉塵が晴れ、一軒家を丸々飲み込んでしまう程巨大な蒼い火球が現れる。
そしてその火球は呆気に取られている《
そして―――
「…………」
妹紅の文字通り捨て身の攻撃によって起こった爆煙が晴れ、地面に倒れ伏している敵を見つけた影月はゆっくりと敵の元へと近付く。
「うっ……ぁあ……!」
その場に仰向けで倒れ伏していたのは、全身に重度の火傷を負い、ボロボロになった服を着ている明るめの茶髪にピンクと緑のヘアチョークを施した女性。
彼女は影月が近付いてきた事に気付くと、憎らしそうに顔を歪める。
「……勝負あり、だな」
「ぐ……!ふふ、ふふふ……えぇ、そうねぇ……でもぉ……あんたのお仲間の一人はぁ―――」
「いや〜、死ぬかと思ったよ。あの一撃はさぁ」
「いや〜、ごめんごめん。ついうっかり全力で殴ってしまったよ」
すると今度は伊吹瓢の酒を飲む萃香と、酸による肌の爛れや口から吐き出していた血の後などが綺麗さっぱり消えている妹紅がケラケラと笑いながら近付いてきた。
「――――――」
「妹紅は死なないさ。彼女、本物の不老不死者だからな」
不老不死―――その言葉を聞いて嘘だと言いたくなる衝動にスミレは駆られるが、現に妹紅はスミレの目の前でケラケラと笑っている。それが真実、全てであると悟ったスミレは恐怖する。どちらにせよ、不老不死であれ程の力を持つ化け物が居る時点で自分に勝ち目など無かったのだ。
「あ〜あ……なんか呆気なかったねぇ」
「妹紅はしっかりと戦えたからいいじゃないか。私なんて妹紅を殴り飛ばしただけだよ」
「それを言うなら俺も特に何もしてないんだけどな……まあ、そんな話は置いておいて……」
そう言った影月は恐怖に近い表情を浮かべるスミレに対して、《槍》を心臓に突き刺そうと構える。
「それじゃあ……終わらせようか」
「……えぇ……完全に私の負けねぇ……さあ……好きになさい……」
スミレは自らの完全敗北を認め、潔くにこりと笑う。計画に失敗してしまった以上、自分は組織に帰る事など出来ない。ならばここで目の前の敵に殺されようと構わない。どちらにせよここで彼らに見逃してもらい、どこかに身を潜めたとしてもいずれあの組織の人たちに探し出されて殺されるのだろうから。
「……分かった」
それを聞いた影月は彼女の心臓を穿つべく狙いを定める。
「……よく狙いなさい。貴方は一人の女を……殺すのよ」
普段のふざけた口調を無くし、そう呟いたスミレは目を瞑り―――それを見た影月は狙いを定めた《槍》を容赦無く突き刺した。
「―――なぜ……殺さないの?」
来るだろう衝撃と痛みと死に備えて目を瞑っていたスミレは不思議そうな、困惑しているような顔で影月を見上げる。
それもその筈、スミレは今もまだ生きていた。彼女を突き刺すつもりで放たれたであろう《槍》はスミレの体からごく近い地面へと突き刺さっていた。
「……ねぇ……なんでよ……なんで殺さないのよぉ!!」
ここで彼に殺されれば自分にとっては多少の悔いはあれど、安らかに死ねたのに―――そんな思いで叫ぶ彼女に影月は―――
「……あの時リョウを助けた時と同じだ。あんたからも色々と聞きたい。それにもう勝敗は決まった、これ以上の流血に意味もないしな」
「…………」
言葉を失うスミレに対して影月は自嘲めいた笑みを浮かべて彼女の顔を覗き込んだ。
「……俺は大切な奴らを守る為ならたとえどんなに汚い手を使おうが、何人人を殺そうが、自分が犠牲になろうが最後に勝ちをもたらしたいって思っているんだが……前に優月が俺にこんな事を言ってきたんだ」
『……私は兄さんの
『でも、その代わりに二つだけ……約束してください』
『まず一つ目は勝利を手にしたら余程の事が無い限り、無益な殺生をしないでください。これは直前まで殺し合っていた敵だろうと関係ありません。兄さんの手を必要以上に血で染めてほしくないですから……』
『そして二つ目ですけど、これは約束というよりお願いですね。―――絶対に、自分が犠牲になろうなんて思わないでください』
『……ええ、分かってますよ。そんな事を言ってもいざという時、兄さんならきっと自分が犠牲になろうとする事は……』
『でも、私にとって兄さんが犠牲になってまで掴んだ勝利は勝利と言えません。つまりそれは私にとって負けてしまったのと同義なんですよ。それはきっと透流さんたちにとっても同じ事……。大切な仲間が犠牲になってまでもたらされた勝利……戦果的に見れば最低限の犠牲で目的を達成出来てよかった……となるでしょうけど、大切な仲間を失った私たちからしたらそんなのよかったなんて口が裂けても言えません』
『それにもし兄さんが居なくなったら……脅すわけじゃないですけど、悲しくて悲しくて私とか朔夜さんが生きていけなくなりますよ?』
『だから……ねぇ、兄さん……私たちの為にも、そして兄さん自身の為にも、この二つは守ってください。……絶対ですからね?』
「……本当に兄絡みになると手の掛かる妹だよ。でもまあ、優月の言いたい事はよく分かるし、余計に殺して手を汚す必要も無いのも事実だ。だから―――俺はあんたを殺さないのさ」
「……ふふ」
それを聞いたスミレの顔に浮かんだ笑みに含まれた感情は嘲りか、それとも―――
「……クラブであった時から、ずっと思ってたけどぉ……本当にキミって妹に甘いわよねぇ……」
「自覚はしてる。まあでも、好きだって言って好意を向けてくれる可愛い妹にそんな事を頼まれたら、そう簡単に断れないだろ」
そう言って影月がスミレの体を慎重に引き起こす―――それはほんの刹那の直前。
「あ〜あ見苦しいなぁ、いい加減邪魔だから早く消えちゃってよ」
『――――――っ!!?』
その時、驚愕に目を見開いて声にならない声を出したのは誰だったのだろうか。
「くっ……!?」
「えっ……!?きゃ!」
本能的に何かを感じた影月は即座にスミレを抱きかかえて大きく飛び退いた。
その直後―――戦闘によって崩壊した倉庫の鉄骨がスミレの倒れていた位置に轟音と共に落下した。いや、それはもはやただ普通に落ちてきたというより誰かが狙って放り投げたと言った感じだった。
「何が……!?」
次いで影月たちのみならず、辺りの空気や建物すらも震撼させる魔狼の嘲笑。
「アハハハハハハハハハハハハハーーーーーッ!!」
そんな身の毛もよだつ狂笑と共に目眩を覚える程の殺気を撒き散らす少年―――ウォルフガング・シュライバーが彼らの前に降り立った。
―――そして時間は影月たちがスミレを追い掛ける為に倉庫を出た時まで遡る―――
「んじゃまあ、こっちも始めるとするか」
「ええ!」
影月たちが出て行った後に残された司狼たちは、自分たちに向かって疾走してくるもう一体の《
「行くぞ!!」
そして透流がそう叫ぶと透流、ユリエ、優月がほぼ同時に駆け、司狼は右手から銀の鎖を生やし、リーリスは《銃》の狙いをレイジに定めて引き金を引いた。
レイジはその巨体に見合わない速さでリーリスの銃弾を全て躱すと、次いで剣の間合いへと入った優月とユリエの連携して放たれた水平に薙ぐ一撃を上腕部で受け止める。
「こそばゆいぜぇ!」
そしてレイジは叫びながらガードしていた腕を振り回し、二人の少女を吹き飛ばそうとしたが、優月とユリエは頭を低くして攻撃を躱して再び剣を振るう―――と同時に、透流が一気に間合いへと潜り込んだ。
優月とユリエの振るった剣はレイジの脇腹に僅かに食い込むものの、先ほどの上腕部と同じで振り抜く事が出来ない。そこへ透流がボディに拳を叩き込む。
「いい一撃だ―――が、前回のクソ重てぇやつぁどうしたぁ!!」
しかし全く堪えた様子のないレイジはそう吼えると共に、鋭く重いショートアッパーをお返しと言わんばかりに透流の腹目掛けて振るう。
「がっ……かふっ……!!」
咄嗟に透流は《楯》で直撃を防いだものの、彼の体が浮き上がってしまう。
「っらぁ!!」
浮かされて回避出来ない所へ、続けざまにストレートが放たれた刹那、司狼の腕から生えた鎖が蛇行しながらレイジの手首へと絡みつき、その動きを強制的に止める。
その間に優月とユリエは透流を連れて一気に飛び退いた。
それを尻目にレイジは絡みついた鎖を見やり、愉快げに嘯いた。
「……面白ぇ、力比べがしたいのかよ」
「おうとも、喧嘩のキモはまず何と言っても
「ケッ、違いねぇな。だがよ―――俺と力比べしようなんざ甘ぇんだよ!!」
そう言うと同時にレイジは鎖を引き絞り、鎖は一気に遊びを無くす。そのまま音を立てて引き合うが、まだ均衡は崩れない。
「ほお……お前、見た目以上に力あるんだな。俺と力で勝負出来る奴なんざそう居ねぇと思ってたんだがよ」
「ハッ―――あいにくと俺はお前以上の馬鹿力と綱引きした事あるぜ?」
「―――っ!?」
次の瞬間、レイジは自分が徐々に司狼の方へと引き寄せられていくという事実に驚愕する。この時、鎖に掛かる張力はすでに七トンを超えていた。
「俺からしちゃあ、お前はまだまだ力が足りねぇ。俺と互角で力勝負したいんなら、真っ白吸血鬼か根暗鉄仮面でも連れてくるんだ―――なァッ」
「っ!!?」
司狼は一際強く手繰り、レイジの体を強制的に宙へと浮かせ、鎖の拘束を即座に解く。そして身動きの取れない空中でレイジを待ち受けていたのは―――
「……あまりこういうのは好きじゃないんですけど……攻撃が通らない以上は仕方ありませんね……!」
そう呟いた優月は本来彼女が滅多に見せない殺意を膨れ上がらせ、宙に舞うレイジへ向けて剣を振るった。
「がっ!?」
「「「っ……!?」」」
するとレイジの硬い右脇腹に薄っすらと斬撃の痕ができ、そこから僅かながらも血が流れ出す。
その光景を目の当たりにした透流たちが驚愕の表情を浮かべる。
「はあああっ!!」
そんな透流たちを尻目に優月は二撃、三撃と洗練された清流のような滑らかな動きで、しかしそれでいて容赦無く打ち付ける瀑布のような勢いで剣を振るう。
その度にレイジの腕に、胸に、脇腹に、足に無数の切創が刻まれていく。
「あれは……!?」
「まさか優月……殺意を斬気にして飛ばしてるのか!?」
極限まで高めた殺意を刃に乗せ、斬撃として飛ばす。言葉にすると簡単だがそれはまさに神技と言える程の剣技だった。
そのような所業が出来たのも、ひとえに優月がほぼ毎日欠かさずに剣の鍛錬を真面目にしていたからだろう。その努力もあってか、現在昊陵学園で優月の実力を超える剣士はほぼ居ない。
そして全身に切創を負ったレイジが地面へと倒れ込むその瞬間―――
「トール!!」
「透流!!」
「透流さん!!」
「ああ!
先ほどまで驚いていたものの、なんとか攻撃の準備を済ませていた透流が、弓を引くかのように拳を引き、溜めた力を解き放つ。
渾身の一撃が鎧と化したレイジの体へと叩き込まれ、透流は確かな手応えを感じた。
が、それでも山のような体は崩れなかった。
「ぐ、ふぅ……これ、だ……!この拳で俺は……!が、今回は―――こっちの一撃もお見舞いしてやるぜぇぁぁぁっ!!こいつが!俺が求め得た新たな……更なる《力》で放つ―――《
それと同時に異質な音が彼の右腕から響き、腕の太さが倍と化す。
(まずい……!!)
全力を遥かに超えて放たれた掌底は空気を突き破りながら透流へと迫る。
それを見てぞくりと背筋に冷たいものが走ると同時に、透流は《楯》の《力》を解放する。
「牙を断て―――《
瞬間―――《
その衝撃は凄まじく、透流たちの近くで気絶していた観客たちが纏めて後ろへ吹き飛んでしまう程だった。
「こいつを受け止めるたぁ、やるじゃねぇか!だったら―――もう一丁ぉっ!!」
次いで今度は左腕までもが倍の太さと化し―――二発目の《
その二撃目が防壁にぶつかった瞬間、《
「ぐぅうううううっっ!!」
咄嗟に透流は《楯》で攻撃を受け止めるも、体が後方へと大きく吹き飛ばされ、背中から硬いコンクリートの床へ叩きつけられる。
「トール……
「私も
「分かった!」
体が二回程弾んだ後に体制を立て直した透流の脇を銀色と黒色の風が駆け抜ける。
それを確認した透流はふらつきながらもその場に仁王立ちをする。そして―――
「んじゃ、俺も
次いで司狼が手に持つデザートイーグルをレイジの両腕へと狙いを定めて発砲する。
「来いやぁ!!」
それに対して両腕で銃弾を残らず叩き落とし、ユリエと優月を迎撃せんと構えるレイジだったが―――
「―――何!?」
本来ならば通常兵器よりも威力の無いゴム弾を使用している司狼の銃は到底《
答えは司狼の発言ですぐさま与えられる。
「へぇ、意外と毒液でもちょっと位は隙作れんのか」
司狼が放った銃弾はゴム弾でも無ければ、ただの弾丸でも無い。あれは一発一発に、司狼の持つ聖遺物の特性を乗せた弾丸。そして先ほど放った銃弾に乗せられていたのは毒液の特性だった。
司狼の持つ聖遺物はかつてハンガリーのチェイテ城に住んでいた悪名高き血の伯爵夫人「エリザベート・バートリー」が獄中で書き記したとされる悪夢の手記。
かつては黒円卓第八位のルサルカが所持し、現在はルサルカと司狼が共同契約しているその聖遺物の能力は、日記に記された数々の拷問器具を何かしらの方法で現界させ利用するというもの。
その拷問器具の数はとても多く、先ほど司狼が使った毒液や鎖のみならず、針、車輪、
そんな聖遺物の力によって決して小さくない隙を作ってしまったレイジへ―――
「それじゃあ―――遠慮無く行かせてもらうわ」
二階へと移動し、透流たちの真後ろへと陣取ったリーリスがそう呟く。
ユリエ、優月、透流、司狼の四人とレイジ、そして《銃》を構えたリーリスの全員が一直線に並んだこの瞬間、黄金の少女が持つ最強の一撃が放たれる。その刹那―――
「
ドイツ語で別れを告げる言葉と共に引き金が引かれた瞬間、射線上に居たユリエ、優月、透流、司狼は即座に射線から逃れ―――空いた空間を、眩い光を纏った弾丸が貫いていく。
「な、ぁっ……!?」
輝弾を前に驚き叫ぶレイジは咄嗟にガードを固めるが、それは全く意味を成さなかった。
腕を、胸を、分厚く硬い鎧化した体を対戦車ライフル以上の威力を持った弾丸が光の尾を引いて貫く。
「ぐ、うぅっ……!」
幸いにも鎖骨に近い位置を貫いた為、この一撃でレイジが倒れる事は無い。
しかし―――
「やってくれたなぁ……」
レイジは先ほどリーリスが放った一撃によって、貫かれた片腕がだらんと垂れ下がり、手負いとなっていた。
五対一という数の劣勢を強いられていたレイジにとって、その負傷はさらに不利な状況へと追い込まれるものとなるのは明白だった。
「さて……その怪我じゃ、ろくに戦う事も出来ないでしょ?もう諦めたらどうかしら?」
「……レイジさん、降伏する気はありませんか?」
片腕を抑えて睨んでくるレイジにくるくると《銃》を手元で回しながら一階に降りたリーリスと、本来滅多に浮かべない殺意を強く発しながらも優しい声で優月が降伏を迫る。
しかし当然と言うべきか、レイジは―――
「―――ハッ、抜かせや。オレぁもっと《力》が必要なんだ。今よりももっとな……。そんな俺がこの程度で……参ったなんて言う筈ねぇだろうがぁ!!」
その咆哮は轟音に近く、改めてレイジの闘志が大きく爆ぜる。その念は思わず透流たちが尻込みしてしまう程に凄まじい。
しかし優月と司狼はそんな闘志を受けても平然と佇立していた。
「むぅ……考えを変える気は無いみたいですね……」
「……ああ、みたいだな」
そう呟き、改めて両者は構えを取る。その刹那―――
「―――お前も他者から《力》をもらったどっかの誰かの操り人形か、くだらねぇ」
司狼はゆっくりとした動作でデザートイーグルを構えながら、レイジを真っ直ぐと射るように見据えて言う。
「……結局お前も他者から《力》をもらえないと、ままならなくて鬱陶しい現実にすら立ち向かえない端役ってわけだ」
「…………操り人形、か。……ああ、確かにそうかもな。けどよ―――」
そしてレイジは忌々しげに、今の自分のやり方が間違っていると分かっていながらも答える。
「仕方ねぇだろ……。誰かに操られていようとも、たとえ人の道から外れていると言われようとも、結局はそうするしか選択肢が無い奴だって世の中には沢山居るんだからな。それに―――俺は別に主人公になんてなりたかねぇ。そもそも主人公って柄じゃねぇしよ、だから俺は端役で結構だ」
「…………そうかい」
そう言って苦笑いを浮かべるレイジに司狼は少しだけ無言になった後、一言納得したような返事を返して狙いを定める。
そして優月も駆け出そうと姿勢を構えたその瞬間―――
「―――よぉ」
唐突―――僅かに響いた軍靴の音と共に掛けられた気軽な声が、その場に居る全員の視線を集める。
そしてその人物の姿を確認した司狼はどこか面倒くさそうな顔をした。
「……何しに来たんだ、中尉殿?一応先に言っとくが、あいにくとここにはお前が大好きなトマトジュースは無いからな?もし飲みたいって言うんなら特別に金恵んでやってもいいぜ?」
「アホが、俺がんなもん求めてやって来たわけじゃねぇのは分かってんだろうが」
司狼のからかうような口調に対し、軽薄に、飄々とした薄い笑みを浮かべながら返したのは黒円卓第四位、ヴィルヘルム・エーレンブルグだった。
彼は倉庫二階から司狼たちやレイジ、倉庫の端の方で気絶しているリョウやパーティ参加者たちを介護する
それと同時に倉庫内に多少薄っすらとしているものの、常人にとってはおそらく恐怖で気絶してしまうのではないかと思える程の濃厚な殺気が満ち始める。
それを受けて透流、ユリエ、リーリスの三人は無意識に一歩だけ後退したが、司狼、優月、そしてレイジは佇立したままだった。
「……お前、黒円卓の奴か」
「ああ、そうだ。んでラージャ○みてーな格好してるてめぇは最近シュライバーが魂集めっつー名目で殺しまくってる組織の……確か《
「……ああ」
「……そういえば以前、朔夜さんから《
「俺としちゃあ、いくらハイドリヒ卿の命とはいえシュライバーばかりが殺りまくってるのはちっとばかり不満だがよ」
「つかシロ助、モン○ン知ってんのかよ……」
「んー?まあ、少し嗜む位にはやってるぜ。―――つか、んな事は今どうだっていい」
そう言ったヴィルヘルムは愉悦に満ちた笑みを浮かべる。
サングラスの奥の赤い瞳を揺らめかせながら。
「んで、俺がここに来た理由だが―――六年間寝かせた獲物の様子を見に来たって所だ」
「獲物?」
「ああ、この間見た時はまだ熟してなかったからもう少し様子を見てみる事にしたんだが……どうやらそうして正解だったらしいな」
そしてヴィルヘルムは暫くの間、旨味が出るまで熟成させておいた酒をやっと味わえるといった雰囲気を纏わせながら―――ユリエへと視線を向ける。
「え……?」
「……どういう意味だ、ヴィルヘルム」
視線を向けられて思わず呆然としてしまうユリエ。そんな彼女を庇うように透流が二人の間へと割り込んで問うと、ヴィルヘルムは一瞬だけ目を見開いた後に少し面倒くさそうにしながら髪をかきあげた。
「んだよ、忘れてんのか?―――だがまあ、よくよく考えりゃあの時のてめえは狂乱してたから少し位記憶すっ飛んでてもおかしくねぇか……けど、趣向としちゃあ中々悪くねぇ」
くつくつと愉快げに笑い始めるヴィルヘルム。それを見てひどく不気味で不穏で嫌な予感が優月や透流の心の内を埋め尽くしていく。
―――この男が何かを言う前にユリエをこの場から遠ざけなければ―――
数瞬の後、巻き起ころうとしている不吉な何かを直感で感じ取った優月と透流は互いに顔を見合わせて小さく頷いた後、優月はヴィルヘルムの口を封じる為に、透流はユリエをヴィルヘルムから少しでも遠くへ引き離す為に一歩を踏み出す―――その瞬間。
「なら俺が全て思い出させてやる。感謝しろや、ガキ」
そしてヴィルヘルムは迫る優月に構う事無く、ユリエの魂を大きく揺り動かす決定的な禁句を吐き出した。
「てめえの父親は二度と目を開けねぇ。俺が―――吸い殺しちまったからな」
「あ、――――――」
刹那、ユリエの脳裏にはかつて自分の父親を殺した仇の男の姿が蘇り―――銀色の少女の
「あ……ああ……」
銀色の少女から耳をつんざくような高音が響き始める。それは以前《K》との戦闘前に発していたものとは明らかに桁違いで、数十倍以上の強さを持って発せられている。
それほどの強さを持つ理由はやはり彼女の目の前に大好きだった父親を殺した仇―――ヴィルヘルムが居るからだろう。
「―――っ……!ユリエ!!」
「ちょっと!どうしたのよ、ユリエ!!」
「ユリエさん!!」
そんな彼女を見て透流、リーリス、優月の三人はヴィルヘルムやレイジを警戒しながらユリエの元へと駆け寄って呼び掛けるも―――
「あ、あ……あァああアアアああアアアアアアアアーーーーーッッ!!!」
まるでいくつも繋がれた鎖を無理矢理引き千切ったかのような音と共に、ユリエが狂える獣の如く天を仰ぐように咆哮した。
「ぐ、がああぁあああ!!」
「きゃあぁあああっ!!」
「うあぁああああ!!」
その咆哮による衝撃波は床を大きく砕き、壁面に多くの亀裂を走らせ、心配して近くに寄ってきていた仲間たちを勢いよく壁に叩きつける程の威力を持って広がっていく。常人なら間違い無く物理的に体がバラバラになるレベルの殺意であり、もし
だが司狼とヴィルヘルムはもう慣れていると言わんばかりに平然な様子で、理性を狂乱の檻に閉じ込めたユリエを見つめていた。
「おいおい……ヴィルヘルム、ありゃなんだよ?まるでお前らの所の狂犬じゃねぇか」
「ああ、そっくりだよなぁ?この殺気もあの狂った目も―――胸糞悪くなる位シュライバーと似てやがる」
「な……に……?」
壁に叩きつけられ、苦しそうに咳き込んでいた透流が予想外の人物の名に反応して顔を上げる。それは離れた場所で咳き込んでいた優月とリーリスも同じだった。
「許サナイ……」
少女は全身から禍々しい《
「許セナイ……!」
《焔》は形を変え、まるで数多の生物の血を塗りたくったような赤黒い光を放つ《
「血に濡れた白い凶獣……」
狂気に染まり、目の前の仇を殺戮する事しか映してない赤い瞳、そして目の前に立ち塞がる者たちを敵味方関係無く殺してしまいそうな無差別に振り撒かれる圧倒的殺意―――相違点は多々あれど、言われてみれば確かにあの白騎士に似ている点は幾つかある。
「おうおう、いい感じだぜガキ。六年前のてめえはあの野郎と同じ目と殺意を持ってた癖してロクな《力》も無かったみてーだが……」
そしてそんなユリエを見て、ヴィルヘルムもまた
「あれから随分と美味そうになったじゃねぇか―――吸い殺し甲斐がある」
気に入った獲物はそれ相応に強くなるまで寝かせ、美味しくなってから貪り食う。
ヴィルヘルムが六年前、ユリエを殺さずに背中に傷を刻んで見逃したのにはそうした理由があったのだ。
つまりヴィルヘルムにとって、ユリエは他の者たちよりいくらか質のいいただの糧であるとしか見ておらず―――
「っ……!ふざけるな……!」
そんなヴィルヘルムの思考に凄まじい怒りが込み上げてきた透流はゆっくりと立ち上がってヴィルヘルムを睨み付ける。
それは他の二人や司狼も同じで―――
「透流の言う通りね……!胸糞悪いのは貴方の方よ……!!」
「ユリエさんのお父さんを手に掛けた挙句にユリエさんを餌扱いなんて……!!」
「……悪りぃな中尉殿、俺も透流たちと同意見だわ。全くお前らは相変わらず揃いも揃って……」
そうして各々はそれぞれ得物をヴィルヘルムへと向ける。
「―――カハッ、ハハハハハハ!」
それを見てヴィルヘルムは、自らに運が向いてきていると感じながら狂喜の笑い声を上げる。
そしてその笑い声が収まった瞬間―――
「絶対ニ……絶対ニ許シテナルモノカアァァァァァッッ!!!ヴィルヘルムゥゥゥ!!!」
「来るか?来るか来るか―――来いよぉ!!あの野郎とそっくりなその目ん玉抉り出してやらぁ!!」
ユリエが床を大きく踏み砕きながら、ヴィルヘルムへ牙を突き立てる為に全身から絶大な敵意を漲らせながら、銀色の暴風となって駆け抜ける。
対してヴィルヘルムも紅の両眼に紅蓮の炎を灯しながら迎撃するのだった。
今回はここまでです!
ユリエのお父さんの仇がヴィルヘルムというのは当然この小説オリジナルです(原作の方では犯人出てないし、これから先出るのかも不明。そもそもアブソ連載されてねぇ……)。
ちなみにユリエはシュライバーの能力と似通っている所がありますが、二人の過去とかに接点は特にありません。
というわけで次の話は黒円卓の白いの二人との戦闘となります。次も不定期投稿だと思いますがお楽しみに〜!(水銀は現在執筆中)
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