アブソリュート・デュオ 覇道神に目を付けられた兄妹   作:ザトラツェニェ

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お久しぶりです。約一ヶ月ぶりくらいの投稿ですね。

……本当に遅れて申し訳ありません……。仕事やらdiesアニメやらで小説を書く暇がそれ程無かったのがこんなに遅れた原因です。本当に遅れてすみません……。
今回はそんな謝罪の気持ちも込めて、いつもより長く書かせていただきました。少しでも楽しんでもらえたら幸いです。
あ、水銀の方はまだ書いてる途中なので待っててくださいね?

さて、それでは今回も始まります。



第六十一話

side 優月

 

「橘さんの魂が見つかりました」

 

幻想郷に来てから二週間という時間が経ち、私たちも随分と幻想郷の暮らしに慣れてきたある日の事ーーー寺子屋を突然訪ねてきた映姫さんは、私たちへの挨拶もそこそこにそう切り出してきました。

 

 

 

 

 

 

「で、橘の魂が見つかったってのは本当なのか?」

 

それから数分後、私たちは寺子屋内の客間にて訪ねてきた映姫さん、小町さん、幽々子さん、妖夢さん、そして紫さんに呼ばれてやってきた藍さんと例の話をしていました。

兄さんは映姫さんがここに来て一番最初に言った言葉が真実かどうかを問うと、映姫さんはニコリと笑って頷きました。

 

「はい。かなり時間は掛かりましたが、ある世界で橘さんの魂を捕捉しました。後はその捕捉した魂を取り戻し、彼女の肉体との神経を繋ぎ合わせれば目覚めるでしょう」

 

「そう、か……やっと見つかったんだな……」

 

そんな返事を聞いた兄さんは、心の底から安心したかのように呟きます。

 

「よかったね!影月さん!」

 

「いや〜、本当によかったねぇ」

 

「これで一安心だな、影月」

 

「ああ……!」

 

慧音さんの言う通り、一先ず安心出来て私たちも揃って安堵します。

 

「本当にありがとう、閻魔様」

 

「お礼を言うのはまだ早いですよ、妹紅。お礼は橘さんがしっかり回復してから言ってください。それまで一切お礼は受け取りません」

 

「相変わらず真面目ですねぇ……」

 

「ところで映姫様、彼女の魂を見つけるのにかなり時間が掛かっていたようですけれど……彼女の魂はそれ程までに見つけにくい所に?」

 

「ええ……かなり奇妙で、歪んだ世界に迷い込んでいました」

 

「奇妙で歪んだ世界?」

 

紫さんの質問に眉を寄せて答えた映姫さんに、私は首を傾げます。

彼女は閻魔であり、主に幻想郷の死者たちを裁く仕事をしていると以前本人から聞きましたが、最近は他の世界の死者の数が増加し、他の閻魔たちの負担分散の為に一時的な対応として幻想郷以外の世界の死者も裁くようになったと言っていました。

他の世界の死者を裁くーーーならば、その死者が住んでいた世界の事を覗き見る、あるいは知る事も少なからずあるでしょう。

死者を断罪していく中で知った様々な世界の文化や特色ーーーそんな数ある世界を見てきた彼女が奇妙で歪んでいると言った世界。当然気になります。

 

「……今思い出しても気分が悪くなります。死者で出来た城なんて……」

 

「死者で出来た城?」

 

「……それって、もしかして」

 

「ヴェヴェルスブルグ城……」

 

ヴェヴェルスブルグ城ーーーラインハルトの爪牙である髑髏で出来た、永劫殺し合いを続ける修羅の殿堂。

まさかそんな世界に橘さんの魂が行ってたなんて……。

 

「あれだけの多くの魂が揺蕩う世界の中にいたのなら、私たちが見つけ出すのに時間が掛かるのは当然です。そしてあの世界はーーー私にとって絶対に許容出来ないものです」

 

そう言った映姫さんの瞳にはとても強い嫌悪の意思を感じさせる光が灯っていて、さらに彼女の全身からはここにいる私たち全員が総毛立つ程の強い威圧を放っていました。

それ程の映姫さんの圧力を受けた私たちは、一瞬息をするのさえも忘れる程に凍りつきます。

あの紫さんですらも映姫さんの圧力に押されて凍りついている中ーーーしかし、そこで唯一彼女の圧力をものともしていないかのようにしていた人物が口を開きました。

 

「閻魔様、その世界に対してそれ程の嫌悪や敵意が出てくるのは分かります。しかし今はそれよりも話すべき事を話しましょう?」

 

慧音さんに出された緑茶を飲んでいた幽々子さんは、冷静にそう言い放ちます。

そんなどこか冷静に周りを見ているかのような幽々子さんの姿を見た私たちは、一瞬彼女に何かしらの違和感を感じました。

 

「ーーーそうですね。すみません、私とした事がつい我を忘れてしまいました」

 

「あ、いえ……大丈夫ですよ?」

 

それはどうやら映姫さんも同じようで、一瞬彼女の言葉と反応を訝しんだような表情をした後、そう言って頭を下げてきました。

 

「……話を戻しましょう。一先ずこれで橘さん蘇生の準備は大体整ったのですが……ここで一つ問題ーーーというより影月さんたちや紫に頼みがあるのです」

 

映姫さんは私たちを見て、どこか言い辛そうに眉を寄せました。

 

「なんでしょう?頼みって?」

 

「先ほど私は橘さんの魂と肉体を精神で繋ぎ合わせる事で目覚めさせる、と言いましたよね?」

 

「ああ」

 

「……実はその問題というのは、魂と肉体を繋ぎ合わせる精神構築作業の事なんです。実はこの精神構築の術は、蘇生させる対象者の肉体に直接施さないと意味が無いんですよ」

 

「……それはつまり、橘の肉体がここに無いと話にならないって事か?」

 

兄さんが問うと、映姫さんは首を縦に振りました。

 

「そういう事になりますね。つまりは貴方たちの世界から彼女の肉体をこちらに持ってくるか……あるいは、私たちが貴方たちの世界に直接行って蘇生させるという選択肢しか無いのですが……」

 

「……まさか、頼みって」

 

映姫さんの言わんとしている事を察した紫さんは目を細めて彼女を見ます。

それを受けた映姫さんは、紫さんや私たちに向かって再び頭を深々と下げました。

 

「このような事、かなり難しい事を承知でお頼みします。私と西行寺幽々子をーーー貴方たちの世界へと連れていってはもらえないでしょうか?そちらで彼女の治療を行いたいと思います。そして願わくば……数ヶ月程、貴方たちの世界に住まわせてもらいたいのですが……」

 

「ちなみに私は了承済みよ。そして私からもお願い出来ないかしら?」

 

先ほどの話の流れから大体予想はしていましたが、やはりそういう内容ですか……。

しかし、少しの間住まわせてほしいと言うとは完全に予想外でした。

それは紫さんも同じだったらしく、何かを考え込むように顔を歪めていて、兄さんは少し表情を曇らせていました。

 

「……一つ聞かせてくれ。なぜ俺たちの世界に少しの間、住みたいんだ?」

 

「蘇生後の橘さんの経過観察ーーーというのもありますが、正直に言うと貴方たちの世界への興味ですね。進んだ科学、幻想郷とは違う魔術、そして例の魔人の集団……それらを実際にこの目で見てみたいのです」

 

そう言って映姫さんはこちらを見据えてきます。

そんな映姫さんに向かって、最初に返事を返したのは兄さんでした。

 

「……俺は別に構わないぞ?そもそもな話、君たちがいないとこっちはどうしようもないしな。優月たちは?」

 

「私は構いませんよ」

 

「右に同じく」

 

「私も兄さんたちと同じです。でも映姫さんはお仕事とかどうなさるんですか?」

 

「それについてはご心配いりません。私の他にもう一人代わりの閻魔がいますから。それに私もここ最近ずっと働き詰めで有休が結構溜まってましたから……」

 

「四季様、最近ろくに休んでませんでしたからねぇ……」

 

「有休消化って事なのね。あ、私も特に問題無いわ。昨日の内に処理しなきゃいけない幽霊たちは処理したし……まあ、当分は大丈夫な筈よ。それでももし何かあったら……妖夢、代わりに頼むわね?」

 

「分かりました、幽々子様」

 

「……というか思ったんだが、幻想郷に住んでる者が外の世界や他の世界に行って住むっていいのか?」

 

兄さんは今までの話の中で一番根本的な事を紫さんに問いかけます。

それに紫さんは、先ほどと変わらない表情を浮かべていました。

 

「……本当ならダメよ。私たちは何度も言ってるけど、外の世界や他の大半の世界から忘れ去られた存在なの。だから私とか一部の特殊な事情の者たちは例外として、大抵の者はこの幻想郷から出られないわね。仮に出れたとしても存在出来るのは短時間だけって感じでしょうし」

 

「……あれ?じゃあ妹紅さんは……?」

 

幻想郷の住民は外の世界には出る事が出来なくて、出れても短時間で消滅してしまう可能性が高いーーーなら、妹紅さんはなぜ私たちの世界で存在出来たんでしょうか?

 

「妹紅が存在出来たのは、貴方たちの世界が異常な程に沢山の神秘が溢れかえっているからよ。……なぜ?って顔をしないでよく考えてみなさい?貴方たちの世界には一部の人しか知らないようだけど魔術も実在しているし、妹紅と同じ不老不死の者もいる。そして少し話を聞いただけだけど、聖槍十三騎士団という人外の集団がある事も要因でしょうね」

 

「……ああ、そういう事か。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ご名答。要は多くの神秘を知ってる人たちがいる世界で、神秘の塊である私たちはどうやったら消える事が出来るの?って話」

 

「……確かにそれはそうですね。たとえ妖獣である私が向こうに行っても、人によってはさして驚かれないと彼らから聞きましたし……そうなると私もきっと存在出来るんでしょうね……」

 

確かに妖怪とか亡霊とか妖獣位なら少なくとも私たちは驚きません。他にもっとあり得ないような存在((ゾア)や黒円卓とか)がいますからね。

 

「で、話を戻すけれど……幻想郷以外の世界で短期間とは言え、住む事なんて許せるものではないわ」

 

「ですよね…………。分かりました、突然変な事言ってすみません。さっきの言葉は私個人の我儘でしたから忘れてくださいーーーでは、話を戻しましょうか」

 

申し訳なさそうな苦笑いを浮かべて、映姫さんは話を本筋へと戻そうとします。

しかしーーー

 

「別に変な事ではないわ。映姫様のその気持ちは私にもよく分かるもの。それに話はまだ終わってないわよ?」

 

「え……?」

 

「紫様……?」

 

続いた紫さんの言葉に映姫さんは驚いた顔をして、紫さんを見ます。

 

「そうね……あの世界なら特に貴方たちが長期間いてもあまり問題は無いでしょう。衣食住の当てや頼りになる人たちもいるし、私たちのような神秘を忘れない人たちもいるからそう簡単に消える事は無いと思うわ。ただーーー」

 

「ただ、なんです?」

 

「唯一問題を上げるとしたら……向こうに戻る手段が……ね」

 

疲れたように笑う紫さんの顔を見て、私たちは彼女が今この時も無理をしていた事を思い出しました。

 

「……正直にぶっちゃけるとね?私の力ってもう必要最低限位しか残ってないのよ。今スキマを開いても精々、私と後もう一人誰かがやっとの事でスキマを通っていける……って所かしら。それ以上の人数が通ろうとすると、きっと私が倒れちゃうわね」

 

「倒れるって……」

 

「……それってもうダメじゃないか?」

 

巴さんを目覚めさせるには、映姫さんと幽々子さんの二人の力が必要なのですが……紫さん自身はすでに限界を超えているらしく、今、気力でなんとか頑張っているような状態なのだそうです。

という事はーーー

 

「紫さんの力が回復するまで、幻想郷で待つしかないのね……?」

 

「一番確実な方法を取るならね。……ごめんなさい。折角あの子を目覚めさせる用意が出来たってのに、私の力が足りないせいで……」

 

「気にしなくていいわよ。どうせそこまで力を使ったのは、あの鴉天狗の目を欺き続ける為だったんでしょ?」

 

「……幽々子には敵わないわね。その通りよ」

 

紫さんが今まで力を使っていた理由、それは射命丸文さんというブン屋から私たちの存在を極力知られないようにしていた為との事です。

曰く、「今知られたら非常に面倒な事になるから」そうです。

 

「確かに面倒よねぇ。変に接触して、ある事無い事を書き込まれても困るし……」

 

「もしも「八雲紫、今度の月面戦争は異世界人の手を借りるのか!?」とか書かれたら、それはそれで厄介な事になるのよねぇ……。まあ、どちらにせよこのまま欺き続けるのもおかしいから、とりあえず今の状況が落ち着いたらこの妨害もやめるつもりよ。変に長く妨害していたらもっと厄介な事になるだろうし……」

 

「それがいいでしょうね。それにしても相変わらずあの鴉天狗は……いずれ彼女とはゆっくり話をしなければなりませんね」

 

「天狗ってのは昔から変わらないねぇ……」

 

幽々子さん、紫さん、映姫さん、萃香さんは揃って疲れたようなため息をはきました。

話は今までそれなりに聞いていましたが、文さんという方はかなり疲れる相手のようですね。

 

「もう私も力が無い事だし、そろそろ霊夢と妨害役変わってもらおうかしらね……」

 

「霊夢に結界でも張ってもらうつもりかい?」

 

「私が出来ないとなると、そうするしか……ね?まあいいわ。あの鴉天狗の事なんて今はどうでも」

 

「……とはいえ、あれのせいでこんな状況になってるわけなのですが……」

 

「「「はぁ……」」」

 

……なんでしょう、このなんとも言えない空気は……?紫さんたちの他にも妹紅さんや慧音さんも微妙な顔をしてますし……。

そんな空気を変えようとしたのか、美亜さんが確認を取ります。

 

「……じゃ、じゃあ、紫さんの力が回復するまで幻想郷で待つって事になったのね?」

 

「……そうね。映姫様も幽々子もそれでいいかしら?」

 

「私は構いませんよ。そもそも向こうに行きたいと無理を言い出した私があれこれ文句を言う権利はありませんし……」

 

「そう……幽々子もいいわね?」

 

そう問われた幽々子さんは飲んでいた湯のみから口を離して、返事を返します。

 

「もちろんよ〜」

 

「……って事でいいかしら?」

 

「了解」

 

そして話が一段落した私たちは揃って緑茶を一口飲んで、息を吐きました。

 

「はぁ〜……美味しいわね、この緑茶」

 

「……なんだか随分久しぶりに、こんな美味しいお茶をゆっくり飲んでいる気がします」

 

「最近の地獄ってのはゆっくりお茶する時間も無かったのかい?」

 

「はい……本当に最近は忙しかったので……」

 

「……鬼の私が言うのもおかしいけどさ。お疲れ様」

 

「ありがとうございます……ふぅ、美味しい」

 

「そうねぇ。でも……お茶だけじゃちょっと何か物足りないわねぇ」

 

「幽々子……それはお茶菓子でも出してほしいって催促のつもりか?」

 

呆れ顔で言う妹紅さんに幽々子さんはふっと笑いました。

 

「あら、分かっちゃった?」

 

「当たり前だ。相変わらず食べる事に目が無いな」

 

「食事は私にとって生き甲斐なのよ」

 

「……生き甲斐?」

 

亡霊なのに生き甲斐って……。

そんな事を思っていると、幽々子さんは飲み終わった湯のみを卓袱台の上に置いて立ち上がりました。

 

「まあ、ちょうど今飲み終えた所だから、別にお茶菓子は出さなくてもいいわ。それよりもそろそろ行きましょうか?」

 

「……?行くってどこへですか?」

 

首を傾げながら言う香さん。それは私たちも同じでした。

まさかまたどこか人里の食事処にでも行こうって言ってるんでしょうか?などと思っていると、幽々子さんはニコニコと笑いながらーーー

 

 

 

 

 

 

「どこって当然、影月くんたちの世界よ?」

 

『……は?』

 

何を当たり前の事をとでも言うかのようにそう答えてきました。

 

「……いやいやいや、ちょっと幽々子?貴女さっきの私の話聞いてた?」

 

「もちろんよ〜。今の紫は力を使えないんでしょ?大親友のお話を私が聞いてないわけないじゃない〜」

 

「ならーーー」

 

「……幽々子さん、もしかして他に行く方法があるんですか?」

 

すると幽々子さんは変わらずニコニコと笑みを浮かべながら、後ろへと振り返りーーー

 

「さあ、さっきから聞いているのでしょう?こちらの準備は出来てるわ。約束通り、繋げてちょうだい?」

 

そう虚空に向かって問いかけた瞬間、辺りが一瞬翳ったように見えた気がしました。そしてそれと同時にーーー

 

 

 

 

ーーーJawohl Fräulein Großartig Gespenstーーー

 

 

 

 

声のような思念のような何かが私たちの脳内に響き渡り、突然幽々子さんの目の前の空間が紫さんの能力を使ったかのように割れました。

 

『っ!?』

 

「い、今のは……!?」

 

「ふ〜ん……紫のスキマより奇妙な空間ね」

 

先ほどの声のようなものと突然現れた空間の裂け目に驚きを隠せない私たちを尻目に、幽々子さんはその割れた空間内を覗き込み、私たちの方へと振り返りました。

 

「どうやら問題無く繋がってるみたいね。それじゃあ早く行きましょ?」

 

「…………ね、ねぇ、幽々子……それは……?」

 

目の前に突然現れた謎のスキマに対して一切警戒したような様子を見せない幽々子さんに、紫さんは顔面蒼白になりながら問いかけますが……。

 

「ああ、これかしら?実はこの間、ある魔術師さんとお会いしたのよ。その人に影月くんたちといつでも会えるようにしてほしいってお願いしたら、なんとかしてくれるって言ってくれたのよ〜」

 

「……そのなんとかするって言うのがそれですか?」

 

「みたいね〜。それにこれ、幻想郷の結界に全く影響してないみたいだから、その辺りは心配いらないわね」

 

「……その魔術師って誰の事だ」

 

もはや誰の仕業なのか聞かなくても分かりますが、念の為に兄さんが問いかけます。

すると案の定……。

 

「メルクリウスさんよ〜。他にもこんなものまでもらっちゃったし♪」

 

そう言って幽々子さんが取り出したのは、数本のみたらし団子でした。

 

「あれ?そんなお菓子、白玉楼にありましたっけ?」

 

「無いわよ?これもあの人からもらったわぁ♪ちなみに本当は五百本位もらって、美味しい緑茶まで用意してくれたのよ?あ、ちなみにこれ、皆へのお裾分け分だから♪すごく美味しいから食べてみてちょうだい♪」

 

『………………』

 

……もう本当にメルクリウスは何を考えているのでしょうか……?ここまで協力的な出来事を見ていると、ものすごく不安になってきます。

 

「……ど、どうしましょうか?」

 

「……どうするって言われてもな……」

 

とりあえず幽々子さんにもらったみたらし団子を食べて気持ちを落ち着かせながら、今の状況をどうしようか考えます。

ってこのみたらし団子、私たちの世界にある有名なお店のお団子の味にそっくりですね。

 

「ああ、念の為に言うけれど本当に心配はいらないわよ?彼とはその時しっかりと話し合って、安全を保証させたもの。それにーーー早く彼女を目覚めさせたいのなら……貴方たちにとってもこれは渡りに船なんじゃないかしら?」

 

確かにメルクリウスが生み出した幻想郷と私たちの世界を繋ぐこのスキマは、巴さんを出来るだけ早く助けてあげたい私たちからしてもかなり魅力的なものなのは間違いありません。しかしーーー

 

「何の為にメルクリウスはこんな事を……?」

 

メルクリウスがなぜこんな事をするのか、動機が全く分かりません。ただの親切心、というのは考えにくいですし……。そもそもあれはマリィさん関連じゃないと、ほとんど動きもしないと蓮さんたちは言ってましたし。

 

「……はぁ、やめよう。考えても答えが出る気がしない」

 

兄さんの諦めたような声に私たちも揃って同調し、とりあえず一旦理由を考えるのを中断して目の前の問題から片付ける事にします。

 

「それで兄さん、どうしましょうか?」

 

「そうだなぁ……」

 

私が問うと、兄さんは頭をかきながら考えて結論を出しました。

 

「正直な所、色々不安で信用もそんなに出来ないし、あまり頼りたくないってのが本音なんだが……これが現状一番確実で早いし、渡りに船ってのも事実だ」

 

「……確かにそうだね」

 

「まあ、そういう事だからーーー本来ならあまり信用出来ないから使いたくはないが、今回は直接メルクリウスと交渉してくれて、大丈夫って言ってくれた()()()()()()()()、このスキマを使わせてもらおう」

 

「っ!!」

 

なるほど、そういう事なら私も特に異論はありません。

 

「分かりました。なら私も幽々子さんを信じて使いますよ」

 

「そうだね……。うん、私も幽々子さんを信じるよ。それに仮に何かあったとしても、それはメルクリウスのせいだし……」

 

「美亜さん……」

 

「いやまあ、実際何かあったらメルクリウスのせいになるけどね。ちなみに私と香ちゃんも影月たちと同意見だ」

 

「ーーーふふふ、ありがとう。信じてくれて」

 

そう言った幽々子さんは思わず同性である私でも見惚れてしまう程に美しい微笑を浮かべてくれました。

 

「……はぁ、分かったわよ。私も幽々子が心配いらないって言ってくれたから、それを信じる事にするわ……でも、後で色々と聞かせてもらうわよ?」

 

「いいわ。というかむしろ私も紫に話さなきゃいけない事があるし……」

 

紫さんと幽々子さんはお互いに顔を合わせて苦笑いを浮かべました。

 

 

 

 

「さてと、それじゃあ行くかねぇ」

 

『ちょっと待て』

 

そして萃香さんがそう言いながら立ち上がったのを見て、私たちは全員でツッコミを入れました。

 

「ん〜?どうしたんだい?全員でツッコミなんかして?」

 

「いや、どさくさに紛れて何自分も彼らの世界に行こうとしてるのよ」

 

「え?ダメかい?そのスキマを見る限り、私も行けると思ったんだけど」

 

「……萃香さんも行きたいんですか?」

 

「そりゃあね〜。だって君たちの世界には色々な強者とかいるんだろ?そんな世界、興味が無いわけないじゃないか」

 

そう言って少し好戦的な笑みを浮かべる萃香さんを見て、やっぱり鬼って好戦的なんだなぁ……と内心思います。

 

「大丈夫だって!迷惑は出来るだけ掛けないようにするし、何か頼まれたら手伝うからさ。だから友人の頼みと思って頼むよ〜」

 

「う〜ん……」

 

暗に付いて行っていい?と抱きつきながら聞く萃香さんに、兄さんは唸りながら考えます。

 

「友人、ですか……」

 

「うふふ……萃香も貴方たちと一緒にいたいみたいねぇ」

 

「……じゃあ一つだけ条件を出す。それをクリアしたら付いてきていいぞ」

 

「おっ、いいねぇ。で、その条件は?」

 

兄さんは首を傾げて問う萃香さんの頭ーーーというより角を見て言います。

 

「その角を隠すなり、取るなり、外すなりしてくれないか?」

 

「んっ?これかい?」

 

「ああ、映姫や紫とかは見た目が人間とほとんど変わらないし、幽々子も周りにいる幽霊をなんとかしてくれれば問題は無いんだが……萃香の頭のそれだけはな……」

 

「あ〜……確かにこっちの世界に来て、街中とか歩いたら目を引きますね……」

 

大体はちょっと変わったコスプレ程度で収まるかもしれませんが、どちらにしても目立ってしまうというのは紫さんや私たちとしてもあまりいいものではありません。

すると萃香さんはキョトンとしたような顔で私たちを見てきます。

 

「なんだ、それが条件?ならーーーほら、これでどうだい?」

 

そう言って萃香さんは能力を使って、自分の角を散らして消しました。

これなら普通の人間の少女として(少し格好が独特ですが)見られるでしょう。

 

「よし、それなら大丈夫だろう。付いて来る事を許可する」

 

「そう来なくっちゃねぇ!」

 

いやっほーと言いながら喜ぶ萃香さんに苦笑いした兄さんは、慧音さんたちに向き直ります。

 

「そういうわけだから、俺たちは元の世界に戻るよ」

 

「うむ、気を付けてな。妹紅の事、引き続きよろしく頼む」

 

「私からも……。皆さん、幽々子様をどうかよろしくお願いします」

 

「萃香や映姫様についてもよろしく頼む。……ああ、影月に優月、最後にちょっと……」

 

「「?」」

 

すると急に声を潜めて私たちを手招きする藍さん。その行動に首を傾げながら近くに行くと、藍さんはそれなりの小声で私たちに耳打ちしてきました。

 

(一つ、君たち二人に頼みたい事があるんだが……)

 

(なんですか?)

 

(実は紫様の事なのだが……もしもーーーもしもだぞ?紫様がこの後の冬眠時期中に君たちの目の前に何かしらの形で現れたのなら、相手をしてあげてほしいのだが……)

 

((えっ?))

 

……冬眠時期中に現れるとはどういう意味なのでしょうか?

 

(……ちょっと待て、冬眠中に現れる事なんてあるのか?)

 

(ああ……実の所言うと、紫様が言う冬眠とは普段より寝てる時間が長くなる程度でな……。正直に言うと、冬眠とはまあ言い難いものなのだ)

 

それでも一度寝始めるとほとんど出てこない為、一応冬眠と言われれば冬眠なのだそうです。

 

(で、冬眠中にもしかしたら寝ぼけられて突然現れるかもしれない。その時は邪険にせずに優しく接してあげてほしい。そしてそのまま丁重に気分良くお帰りいただきたいのだ)

 

聞けば妖怪は人間よりも信念に作用されやすく、肉体に対してのダメージは強くても精神的なダメージは致命傷となるそうです。それは幻想郷の創造主である紫さんも例外では無いみたいでーーー

 

(冬眠時期の紫様は力も抑えられているし、おそらく精神的にもかなり不安定だと思う。だからーーー)

 

(すぐに帰れとか、キツイ言葉を言われたりしたらとても弱るかもしれないと?)

 

(ああ、もしかしたら幻想郷にも少なくない影響が現れるかもしれない)

 

(分かった、それとなく気にしておこう。そしてもし現れたらいつも以上に優しく……だな?)

 

(ああ……すまない。こんな事を君たちに頼んで……)

 

(あはは……気にしないでくださいよ。藍さんも苦労してるんですね……)

 

(はは……まあ、でもあの人の式となってから随分経つからな……もう慣れてしまったよ)

 

「ちょっとらぁ〜ん〜?何をこそこそと三人で話しているのかしら?」

 

「別に大した事じゃないですよ」

 

紫さんの言葉にニッコリと笑いながら返す藍さんに、兄さんが少し笑みを浮かべながら言う。

 

「ちょっと藍から頼まれごとをされてな。「えっ、ちょ……!?」外の世界で美味しいって評判の最高級油揚げを買ってきてほしいって必死に頼み込まれてたんだよ」

 

「はっ!?ちょ……えぇっ!?」

 

「藍……貴女、やっぱり狐なのねぇ」

 

「狐って油揚げ好きですもんね」

 

兄さんが言った発言に藍さんはオロオロとし始めました。

それを見た私は藍さんに近付いて、「今度来た時に本当に持ってきてあげますよ」と囁いておきます。

その発言にピクリと反応して、九つの尻尾を突然機嫌が良さそうに振るのは、狐の本能故でしょうか。

あ〜……あんなに機嫌良さそうに振れている尻尾を見てると、なんだか無性に触りたくなってきますね。今度絶対に触らせてもらいます。

 

「よし、それじゃあそろそろ行くか!慧音、今日まで泊めてくれてありがとうな?」

 

「構わないさ。それよりもまた来てくれよ?私や今ここにはいないが、霊夢たちや阿求たちも待っているからな」

 

「もちろんだ。というよりこんな行き来に便利なスキマが新しく出来たんだから、向こうの方で色々と用事が済んだら今度は俺たちの友人でも連れて遊びに来るよ。皆、君たちと仲良く出来るだろうしな」

 

「ふふっ、それじゃあその日が来るのを楽しみに待ってるよ」

 

 

そして私たちは慧音さんたちに見送られながら、メルクリウスの繋げたスキマへと入っていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたか」

 

メルクリウスの作った薄暗くて何も無いスキマを通り抜けた私たちが辿り着いたのは、昊陵学園内の庭園でした。

 

「ここは……前に天体観測した所の近くですね」

 

「あらあら、白玉楼(うち)よりも広いわねぇ、ここのお庭」

 

「まあ、この学園自体がかなり広いですからね……」

 

「それはそうだけど、早く朔夜ちゃんの所に行こうか?きっと待ってる筈だ」

 

そう言った妹紅さんの言葉に頷いた私たちは校舎に向かって歩き出そうとしてーーー

 

 

 

 

 

「……おかえり、皆。そして初めて来る幻想郷の人たちはようこそ」

 

『っ!?』

 

いきなり目の前にニコニコと笑みを浮かべる安心院さんが音も無く現れて、私たちの足を強制的に止めさせます。

 

「……た、ただいま」

 

「うん、おかえり。待ってたぜ?」

 

「え、え〜っと……は、初めまして……ですよね?」

 

「一応こうやって面と向かうのはね。まあ、その辺りの詳しい説明は後でするよ」

 

『………………』

 

そう言って先ほどからずっとニコニコと笑みを浮かべる安心院さん。しかしその笑みの裏に何やら少し背筋が凍りそうな何かがある気がするのは……考え過ぎでしょうか?

 

「……優月さん、なんかこの方怒ってませんか?」

 

「……映姫さんもそう見えますか?」

 

「あ、あの〜……安心院……さん?」

 

「どうしたんだい?影月君?」

 

「……な、何やら機嫌が悪いように見えるのですが、それは私の気のせいでしょうか?」

 

兄さん、安心してください。私や映姫さんもそう見えますから!

というか安心院さん、ニコニコしているのに目だけが全く笑ってませんね……。

 

「ん〜、そう見えるかい?まあ、少しだけ機嫌が悪いのは合ってるんだけどさ。……少し君たちに質問していい?」

 

「な、なんでしょうか?」

 

美亜さんも安心院さんの威圧みたいなものに圧されて、敬語になりながらも聞き返します。

 

「幻想郷に行っている間ーーー僕の事、完全に忘れてたよね?特に影月君」

 

「「「「「………………」」」」」

 

「まあ、それについては僕も全く干渉しなかったからとやかく言えるものじゃないけどさ」

 

そう言って少しだけ苦笑いする安心院さんでしたが、すぐに目だけが笑ってないニコニコとした顔に戻りました。

 

「ってかさー……よくよく考えてほしかったんだけど……こっちに戻る手段、僕も持ってるんだよねー……」

 

「「「「「あっ!!」」」」」

 

あ〜……そういえば『腑罪証明(アリバイブロック)』っていう手もありましたね……。私を含めて五人とも完全に忘れてました。

 

「……ねぇ、今回僕って必要だったかな?完全に存在忘れられてさ……正直、ものすごく寂しかったよ?部屋の隅っこで膝抱えたくなる位に」

 

「「「「「……ご、ごめんなさい」」」」」

 

どこか遠い目をして呟く安心院さんに、私たちは心の底から申し訳無いという気持ちで謝る事しか出来ませんでした……。

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷から三人の住人を連れて戻ってきた彼らはまず最初に朔夜の元へ行き無事帰還した事、そして橘を救う方法を持つ者たちを連れてきた事を報告した。

影月の《焔牙(ブレイズ)》によってある程度の情報を知っていた朔夜はそれらの報告を受け、特に驚いたりといった反応は無く、むしろ全てを受け入れたようだった。

彼女は無事に戻ってきた影月たちを優しく労い、この世界に初めて来た幻想郷の者たちを心から歓迎して迎え入れた。

そんな彼女の対応を見た映姫、幽々子、萃香は初めこそ戸惑いはしていたものの、その内嬉しそうな笑顔を浮かべ始めていた。やはり彼女たちも自分と種族が違うからといって差別をする事無く、普通に接してくれる人がいて嬉しいようだ。

そして彼女たちはお互いに自己紹介とほんの軽い雑談をしてある程度打ち解けた後に、特定の人たちに対してある場所に集合するように園内放送を使って呼び掛け、彼らもその場所へと移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 影月

 

「お〜い!影月!皆!!」

 

「お、透流たちか」

 

俺たちが橘のいる病棟へと向かっている途中、後ろから聞き覚えのある声が聞こえたので振り返る。

そこには透流を始めとした数人が寮へと続く道から走ってこちらへと向かってきていた。

 

「思ったより早く来たな」

 

「おそらく彼らもいつ呼ばれようともすぐに来れるように準備していたんだと思いますわ。皆、貴方たちの帰還を待ってましたから」

 

「そうか……待たせてしまったな」

 

思えば俺たちが幻想郷に行ってから二週間という時間が経っているのだ。そんな長いとも短いとも言える時間の間、彼らを待たせてしまった事に少しだけ申し訳ない気持ちになる。

 

「いいえ、むしろ私としては随分と早く戻ってきてくれたと思っていますわ。実際私の予想では、最低でも一ヶ月位は帰ってこないだろうと思っていましたから」

 

「一ヶ月か……」

 

まあ、俺もなんだかんだでその程度は掛かると幻想郷へ行く前は思っていた。

しかし実際に行ってみれば、初日から色々と協力してくれる人たちと知り合えたし、何より俺たちが一番会いたいと思っていた映姫と幽々子にも会えた。

そしてその後二週間は映姫たちに橘の事を探してもらって、俺たちは幻想郷を見て回って時間を潰していたが……それでもこんなに早く帰って来れるとは本当に思わなかった。正直、ご都合主義ってこういう事を言うんだなぁ……と思った位だ。

そんな事を思っていると、透流たちが息を切らしながら俺たちの元へと辿り着いた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「久しぶりだな、透流」

 

「はぁ……ああ、久しぶりだ。無事に帰ってきたみたいだな」

 

「なんとかな。こっちのスキマ妖怪さんにも特に襲われる事も無かったし」

 

「チッ……」

 

「おい、今なんで舌打ちしたんだ腹黒ウサギ」

 

「別になんでもねーぜ。ただ面白くねーと思っただけだ」

 

「残念だったな。面白くなくて」

 

「ふふ……ご冗談を。私が影月たちを襲うわけ無いでしょう?」

 

苦笑いする紫に、俺だけあんたに性的に襲われたんだがとツッコミを含めた半眼を向ける。

それを見た紫は唇に人差し指を当てて微笑んだ。つまりそれについては内緒にしようという事なのだろう。まあ、俺も言う気は無いからいいが。

 

「おかえりなさい、影月くん。優月ちゃん、美亜ちゃんも香ちゃんもおかえりなさい」

 

「ヤー、妹紅もおかえりなさい」

 

「ふんっ、よく戻ってきたな」

 

「ただいま〜。約束通り巴を目覚めさせる方法を持った人たちを連れてきたよ」

 

妹紅がそう言うと映姫、幽々子、萃香が皆の前へと一歩出る。

 

「昊陵学園の皆さん、初めまして。私は幻想郷で閻魔をしている四季映姫と申します。橘巴さんを目覚めさせる為に今回、こちらの世界へと影月さんたちに無理を言って連れてきてもらいました。よろしくお願いします。そしてこちらはーーー」

 

「初めまして、西行寺幽々子よ。私も橘ちゃんを助ける為に来たわ。ただのしがない亡霊だけれどよろしくね〜♪」

 

「そして私は鬼の伊吹萃香だ。私はその橘って子を救えるような能力は持ってないけど、何か手伝える事があるかもしれないって事でついてきた。よろしくな?」

 

それぞれが自己紹介をすると、透流たちはそれぞれ驚いたような顔を浮かべる。

 

「閻魔に亡霊に鬼……まさか本当に物語でしか出てこないような存在が本当にいたなんてなぁ……」

 

「ああ、それに関して僕も同感だ」

 

「トール、トラ、亡霊というのは分かるのですが、閻魔や鬼とはなんなのですか?」

 

「ユリエちゃん、嘘をつく人の舌は閻魔様が抜くって聞いた事ないかな?」

 

「……ナイ、ありません」

 

「あたしも無いわ。何それ?」

 

「日本で昔からよく言われてる言葉で、嘘ばかりつく子供に対してよく言われる言葉なんだよ。……大体合ってるよな?」

 

「はい、合ってますよ。とはいえ今では舌を抜くという罰を与える事自体珍しくなっていますけどね」

 

最近の地獄では嘘ばかりを言う輩には、舌を抜くよりも恐ろしい方法を使う事が多いらしい。ちなみにその恐ろしい方法とやらは映姫に聞いても教えてくれなかった。

教えてくれない理由は彼女曰く、「常人が聞いたら、精神崩壊するようなものだから」だそうだ。精神崩壊するレベルの方法って一体……。

 

「……まあ、それについては後でゆっくりと聞くわ。それで、貴女の方はその……鬼って奴なのかしら?」

 

「ん?お嬢ちゃんは鬼ってものを知るのも見るのも初めてかい?ならちょっとこれを見てごらんよ」

 

萃香は能力を解いて自らの頭に生えた二本の捻れた角を見せ、透流たちや朔夜は驚いた表情をする。

 

「うわっ!?それって……」

 

「……立派な角ですわね……」

 

「早速自分で正体晒してるし……まあ、透流たちが相手だからいいけどな」

 

「……ちょっと触ってもいいかしら?」

 

「優しくしてね?」

 

ニコニコと笑う萃香の返事を聞いて、リーリスが萃香の角へと恐る恐る手を近付けて触り始めた。

 

「ふふん、どうだい?」

 

「……結構硬いわね……それにゴツゴツしてるわ」

 

リーリスは角を触りながらそう感想を述べる。

そしてたっぷり数十秒程触った後、リーリスは手を離した。

 

「これ……どう見ても本物ね……」

 

「……伊吹さん、私にも触らせてもらえませんか?」

 

「構わないよ〜。それに私の事は萃香って気軽に呼んでくれ」

 

「ヤー」

 

すると今度はユリエが萃香の角を触り始めた。

ユリエは初めて触る角に興味津々のようで、少しキラキラとした目を浮かべながら触っている。

 

「……どうだ、ユリエ?」

 

「すごく硬くて……とても立派です」

 

「今のユリエちゃんの発言だけ聞くと凄まじくいかがわしく聞こえるよね」

 

……確かにそこだけ切り取って聞いたら、多くの人が何かしら変な事を想像してしまうかもしれないな。

 

「そういえばまだ君たちの名前を聞いてなかったねぇ。まずは私の角を触っている君、名前を教えてくれるかい?」

 

「っ!ヤー」

 

萃香がユリエにそう問いかけると、今度は透流たちが自己紹介をする番となった。

順番にユリエ、透流、リーリス、みやび、トラ、タツ、月見が自己紹介をして最後に皆揃ってよろしくと言った所で幽々子が本題へと入る。

 

「さて……それじゃあお互いに挨拶もした所で、案内してくれないかしら?そろそろ寒くなってきたから、早くどこか暖かい所へと入りたいのだけれど……」

 

「ええ、そうですわね。正直、私も寒くなってきたので早く病棟へと向かいましょうか」

 

そう言った朔夜は暖を取る為なのか、俺に体をくっつけてきた。

 

「おい、朔夜……」

 

「ふふ……影月の体、とても暖かいですわ」

 

そう言って年相応の可愛らしい笑顔を浮かべる朔夜を見ると、歩きづらいだろとかそういう文句を言う気が失せてしまう。

まあ、所詮そんな文句を言った所で朔夜が俺から離れるとは思えないのだが。

 

「あらあら、随分と仲がいいのね。あの二人」

 

「本当にね……嫉妬しちゃうわ」

 

「嫉妬って……あ、もしかして紫さんも兄さんの事がーーー」

 

「さあ、どうかしら?」

 

「…………」

 

「……みやびちゃん、私も透流くんに同じような事してみようかななんて思ってない?」

 

「ええっ!?そ、そそ、そんな事無いよ!?」

 

「動揺し過ぎですよ、みやびさん……」

 

そんな周りの騒がしくも楽しい声を聞きながら、俺は病棟へ向かって歩き出す。今も眠り続けている彼女を目覚めさせる為にーーー

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この方が橘巴さんですね?」

 

「ああ」

 

場所は再び変わり、病棟内にある橘の病室内ーーー

病室に入った映姫は影月に彼女が件の少女なのかと問いかけた。

それに影月が肯定の意を伝えると、映姫はベッドで眠っている少女の元へと行って顔を覗き込んだ。

 

「……これは……」

 

「あらあら、随分と若くて可愛らしい子ねぇ」

 

そんな映姫の後ろから今度は幽々子がふわふわと浮きながら橘の顔を覗き込む。

彼女は亡霊という実体のない存在(でも触れる事は出来る)故にこうして自在に浮遊する事が出来る。

そんな物理的法則を完全に無視している光景を見た朔夜や透流たちはこの日何度目かの驚きの表情を浮かべていた。

一方の影月たちや幻想郷の者たちはそんな光景を見慣れているので特に驚きもしていない。

そんな中、橘の顔を覗き込んでいた幽々子の表情が若干曇った。

 

「でもかなり危険な状態ね。早く助け出さないと、橘ちゃんの魂が……え〜っと……確かヴェヴェルスブルグ城だったかしら?それに飲み込まれてしまうわ」

 

「そうですね……。そうなってしまったらもうこちらからは打つ手が無くなってしまいます。そうなる前に早く助け出しましょう。皆さんも手伝ってください」

 

「分かった」

 

 

 

 

 

 

それから僅か一分後、準備を整えた映姫は橘の周りにいる者たちへ、これから何をするのか伝える。

 

「それでは早速始めましょう。私はこれから彼女がいる世界とここを直接繋げます。幽々子たちはそれを確認した直後、向こうの世界へと飛び込んで彼女の魂を出来る限り早く探し出してきてください。そして彼女の魂を見つけたら、幽々子の反魂の術を用いて彼女と共に急いで戻ってくるのです。おそらくはそれで上手くいくかと思われます」

 

「反魂の術……。大丈夫なのかしら?私、前に一度だけしか使ってないし、上手くいかなくて失敗しちゃったのだけれど……」

 

「しかし現状、それしか方法はありません。……実際、これは賭けなんですよ。場合によっては……」

 

「…………ええ、分かってるわ。もし失敗してしまえば、この子が死んでしまうかもしれない」

 

反魂の術とは文字通り、魂を返し生き返らせるという術である。

幽々子は以前、あるきっかけによって自らの屋敷にある妖怪桜、西行妖に富士見の娘と呼ばれる者が封印されているという事を知る。

富士見の娘と呼ばれた者は何を思い、何を願って自ら命を絶ったのか。そしてなぜ自らの身と引き換えに西行妖を封印したのか。

それらに興味が湧いた幽々子は西行妖の封印を解き、反魂の術を行使しようとした。

しかしその目論見は、博麗の巫女、白黒の魔法使い、紅魔館のメイドという三人の人間たちによって挫かれたのだが、幽々子自身は反魂の術を一度だけ試してみたそうだ。だが結果は失敗に終わり、それ以来幽々子も反魂の術を使用する事は無くなった。

そんな今まで一度しか使った事のない術をこれから行うというのだ。もしかしたら橘は無事に目を覚ますかもしれないし、はたまた何かしら体に異常をきたして目を覚ますかもしれない。または最悪の結末として橘の魂が消滅してしまい、二度と目覚める事が無くなってしまう可能性もあるのだ。

 

「と、巴ちゃんが死んじゃう……?」

 

「おい!みやび!?」

 

険しい表情で言った幽々子の言葉に、みやびは唖然として床に座り込んでしまう。

どうやら彼女は幽々子たちが橘をちゃんと無事に生き返らせてくれると信じていたようだ。しかし現実というのはそこまで甘くはない。

いくら幽々子たちが幻想の存在であり、役に立つ能力を持っているとしても、古今東西現実というものには誰も勝てないのだ。

 

「っ……他に方法は無いんですか!?」

 

床に座り込んでしまったみやびに寄り添う透流がそう聞くも、映姫は首を横に振った。

 

「残念ながら今すぐに出来る方法はこれしか……。もう少し時間に余裕があれば、もっと確実な方法もあったと思うのですが……っと、今はそんな話をしている場合ではありませんね。どちらにしてもやってみないと何も始まりませんし、早くしなければ手遅れになります」

 

映姫は改めて幽々子を見据える。

 

「幽々子、そういう訳ですからーーーやってくれますよね?」

 

「……ええ、それについてはもちろんやらせてもらうわ。そうじゃないと私がここに来た意味も無いし……。ただ本当に上手く行くかなんて分からないわよ?そもそも成功する可能性すらあるか分からないし……」

 

「それについては影月さん、そして皆さんの頑張り次第で変わるでしょう」

 

「俺たちの……」

 

「頑張り次第……?」

 

発言の意味が分からない透流やユリエなどは首を傾げるが、影月だけは全てを悟ったのか表情を変えた。

 

「つまりは俺の能力と皆の思い次第……って事か」

 

「そういう事です。影月さんの確率操作で可能な限り成功率を上げ、橘さんと親しい貴方たちの思いによってさらに顕界へと戻ってくる可能性を少しでも上げます」

 

「なるほど……。兄さん、橘さんが無事に目覚める可能性はどれくらいあるんですか?」

 

優月に問われた影月は橘の顔を数秒程見つめて、結論を出す。

 

「……無事目覚める可能性は大体30%。次いで橘の精神に異常が起きて目覚める可能性が約50%って所だな……」

 

「……どちらにしても可能性としてはあり得るんですね?無事に目覚める事は」

 

「なら十分じゃないか。どっちにしてもやらなきゃ橘は救えないって事に変わりはないしな」

 

「ヤー、その通りです」

 

「うん!早く巴ちゃんを助けないと!」

 

「ええ!なら早速やりましょ!」

 

「ふんっ、手遅れになる前にさっさと助け出すぞ」

 

「皆……」

 

「ふふふ……彼ら彼女らは皆、貴方を信じていますわ。無論、それは私や幻想郷の者たちとて同じ事ーーー」

 

そう言った朔夜の言葉に揃って同調する全員を見て、影月は顔を綻ばせる。

 

「ーーー皆、ありがとうな。元々こうなってしまった原因は俺なのにここまで手伝ってくれて。紫や幽々子たちも……」

 

「構わないわ。むしろお礼を言いたいのはこちらの方よ。ーーーありがとうね。私たちを頼ってくれて……」

 

そう言って微笑むのは紫。その微笑みには彼女が普段纏っているような胡散臭さは感じられず、本当に心の底から感謝をしている気持ちがここにいる全員に伝わっていく。

そんな紫に幻想郷の住民たちは、まるで信じられないものを見たかのように一瞬目を見開き、次の瞬間には紫と同じような笑みをこぼした。

 

「……ええ、本当にそうね」

 

「ふふふっ、確かに……」

 

「まあ、私は今の所何もしてないけどね」

 

「そんな事無いさ。あの時萃香に決闘を申し込まれて無かったら、俺たちは早い段階で幽々子や映姫に会えてなかったよ。もし二人に会うのがあの時じゃなくてもう少し後だったとしたら……完全に手遅れになってたかもしれないんだ。そういう意味では一番萃香に感謝してるよ」

 

「おやおや、随分と嬉しい事を言ってくれるねぇ」

 

そう言って笑う萃香の顔は若干赤くなっていた。それは酒の影響なのか、それともーーー

 

「ほらほら!お互いにお礼を言い合っている暇は無いぜ?早くしないと……」

 

「ああ!じゃあ始めようか!」

 

『ああ!(はい!)(ええ!)』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーでは始めます」

 

そう言った映姫は橘の体に手を当てて、目を閉じる。

 

「我ら、汝の御霊を探す者なり」

 

そして映姫の言葉と共に、橘とその周りにいる者たち全員を包み込むような光り輝く魔法陣が現れる。

 

「汝はまだ死していない。生に溢れているのだから、断崖の果てから今こそ逃れ出よ」

 

映姫の箴言によって魔法陣が黄金の光を放ち始める。その輝きは病室内を明るく照らし、同時にこの世の全てを破壊せんとする圧倒的な力の奔流が溢れ始める。

 

「こ、この力は……!?」

 

「ラインハルト……!」

 

その力は影月たちにとっては決して忘れもしないものでーーー

 

「ーーーそ、そんな……こんなのありえないわ……!」

 

「……何なの、この力は……!」

 

幻想郷の者たちにとっては初めて感じる途轍も無い圧倒的かつ絶対的な力に恐れ戦く。

 

 

それはかつてこの世の全てを鉄風雷火の三千世界へと塗り変えようとした地獄の覇道。

終わり無き戦いを求め続ける者たちが夢見た理想郷。

死して尚も蘇り、森羅万象遍く全てを破壊し、壊した事の無いものを見つけるまで永遠にどこまでも進軍を続ける髑髏の軍勢。

その理の名はーーー

 

 

「これが……黄金の獣……修羅道至高天……」

 

 

破壊の愛を謳う戦神であり、黄金の獣と呼ばれた男、ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒが提唱した理。

その理のほんの一端に触れた紫が呟いた言葉は、誰の耳にも届く事無く力に飲まれて消えていく。

 

「っ……はぁ……はぁ……これで……向こうとこちら側とが一時的に繋がりました……。私は……これを維持するだけで精一杯なので……後の事は幽々子ーーーそして皆さんに任せますよ……」

 

ラインハルトの異界、グラズヘイムへと繋がる扉を開いた映姫は全身から汗を流し、苦痛の表情を浮かべながら言う。

 

「さあ、それじゃあーーー行きましょうか」

 

そしてグラズヘイムへの扉が完全に開いたその刹那、幽々子は橘の魂を探す為にありとあらゆる神経を研ぎ澄ませ、グラズヘイムへと繋がる扉に向かって飛翔する。

 

「俺たちも行くぞ!!」

 

そんな幽々子からほんの僅かだけ出遅れた影月たちもまた扉に向かって走り出す。そして一足先に異界へと繋がる扉へと辿り着いた幽々子は果てが見えない奈落へと飛び込んだ。

 

「っ!!!」

 

そして幽々子がグラズヘイムへ入り込んだ瞬間、幽々子の魂に数百万を優に超える混沌が容赦無く襲いかかり、彼女をこの地獄へと飲み込もうとする。

本来覇道神が作り出した世界というのはその性質上、自らの世界と異なる色の異物が自分の世界の中に現れた場合、大抵は問答無用で取り込んで自分の色へ染め上げようとする。

それはこのグラズヘイムも例外では無く、今この世界に侵入してきた異物である幽々子を、グラズヘイムは問答無用で飲み込もうとしているのだ。

 

(くっ……!)

 

全方向から恐ろしいという言葉すらも陳腐に思える混沌に飲まれた幽々子は抵抗するも、圧倒的な力の差に抗えずにグラズヘイムの深い闇へと落ちていく。

 

(ああ……やっぱり私だけじゃダメね……)

 

どう足掻こうとも絶対に叶わない力によって落ちていく幽々子は全く進む事も出来ずに終わってしまったと諦めて目を閉じる。しかしーーー

 

「させるかぁ!!」

 

その声と共に地獄の闇に飲まれていく幽々子の手を掴んで引き上げたのは、創造位階となっている影月だった。

影月は幽々子を引き上げると同時に抱き寄せて、彼女の顔を覗き込んだ。

 

「大丈夫か?幽々子?」

 

「あ……影月くん……」

 

「兄さん!幽々子さん!」

 

すると今度は影月と同じく創造位階となり、辺りを明るく照らす光を発している優月が、死者の海を掻き分けて接近してくる。そんな優月の近くにはーーー

 

「幽々子!無事!?」

 

「幽々子さん!」

 

「紫……皆……」

 

紫や萃香などの古くからの親友たちや、先ほど知り合ったばかりの透流たちがいた。

それを見て影月は幽々子に笑いかける。

 

「全く……早く助け出さなきゃいけないのは分かるけど、先に一人で行かなくてもいいだろ?」

 

「っ……ごめんなさい……」

 

「まあ、別にいいさ。それよりも……」

 

影月は辺り一面が闇で覆われた地獄の中で、ある一点の方向を見据える。

 

「あっちか」

 

そう呟いた影月は手に持っていた神槍をその方向へと向ける。

 

「待ってろよ、橘。俺がーーー俺たちがお前を地獄(そこ)から救ってやるから」

 

その宣言と共に神槍から銀色の一閃が放たれ、グラズヘイムに一瞬の間だけ道が指し示される。

 

「さあ、行きますよ!!」

 

そして兄が差し示したその道を妹の優月は、皆を引き連れて駆け抜ける。

彼女の纏う光は一層強く光り輝き、日の光をも飲み込むグラズヘイムを黎明の光の如く照らし出す。

 

 

 

 

 

そしてーーー

 

 

 

 

 

 

 

「ん?あの光は……?」

 

その光は橘がいるヴェヴェルスブルグ城にまで届いていた。

橘は廊下の窓から差し込む優しくも強い日の光を見て、首を傾げる。実際グラズヘイムには太陽や月といったようなものは無い為、窓から日の光が差し込むなんて現象は起こりえないのだ。それをラインハルトから聞いていた橘がそのような反応を示すのは至極普通の事だと言えるだろう。

 

「ほう……」

 

一方、橘の隣を歩いていたラインハルトはその光を見て、深く笑みを浮かべていた。

 

「なるほど、そう来たか。まさか創造位階で私のグラズヘイムを多少とはいえここまで照らせるとはな。カールが少々手を加えただけとはいえ、この短期間でよくここまで成長出来たものよ」

 

「……?あの……」

 

「ああ、突然すまないな。少し物思いに耽ってしまった。さて、それでは私もそろそろ卿を見送るとしようか」

 

「……はい?」

 

そう言ったラインハルトは橘の手を取り、ヴェヴェルスブルグ城のバルコニーへと出る。

 

「この辺りで十分か」

 

「あの……私を見送るとは……?」

 

「あれを見たまえ」

 

ラインハルトが指す方向には先ほどから周囲を明るく照らし出している光源が存在していた。

 

「そういえばあれは何なのですか?」

 

それを見て橘は首を傾げながらラインハルトへ問う。

それにラインハルトは今だ気が付かない橘に呆れながら答える。

 

「卿はあれを見ても分からないのかね?」

 

「?はい……」

 

「……ここまでくれば大抵は察せると思うのだがな……。卿、朴念仁と言われた事は無いかね?」

 

「うっ……い、言われた事あります……」

 

橘は色んな人たちから指摘される自分の欠点を改めて自覚し、俯いて肯定する。

ましてやそれをあのラインハルトに指摘されたのだ。橘は死んでしまいそうな程の羞恥を感じて顔を真っ赤にしていた。

 

「まあ、それはよい。それよりも改めて見たまえ。卿の強化された視覚ならもう見えるであろう」

 

そう言われ、羞恥からある程度立ち直った橘は目を凝らしてその光源を見つめる。

そしてその光源を数秒程見つめた後ーーー橘は驚いたように目を見開いた。

 

「な……!?あれは……!?」

 

「理解したかね?あれの正体を」

 

そうラインハルトが問いかけた刹那ーーー

 

 

 

 

 

 

 

凄まじい轟音と共に飛来してきた銀色の光線を、ラインハルトは瞬時に形成した聖槍で弾き飛ばす。

その直後、ほぼ同時に聞こえる速さで発射された十三発の銃弾がラインハルトの頭や心臓、腕や足目掛けて飛んでくる。

 

「ーーーーーー」

 

しかし、ラインハルトの魔眼はそれら全ての銃弾の軌道を予測、先ほどの銀色の光線と同様に聖槍で弾き飛ばした。

 

「随分と手荒なご挨拶だな。しかしこのような状況を考えればそれも致し方ないか」

 

そう聖槍片手に呟いたラインハルトの目の前に、《焔牙(ブレイズ)》を手にした優月たちが着地する。

 

「大丈夫ですか?巴さん」

 

「巴ちゃん!」

 

「優月、みやび!それに如月に皆まで……!」

 

「ふふ、お待たせしたわね。巴」

 

「ふんっ、どうやら怪我も無いようだな」

 

「あ、ああ……」

 

橘となんとか再開出来た優月たちは彼女の無事な姿を見て、安心して息をはいた。

 

「では時間も無いので早くしましょう!幽々子さん!」

 

「ええ、早速始めるわ」

 

「え……?あ、貴女は……?」

 

「私?そうねぇ……貴女を助けに来ただけのしがないお姉さんよ♪」

 

「……は、はぁ……」

 

「む〜……反応悪いわねぇ。まあいいわ」

 

一方、ラインハルトの目の前には神槍を構えた影月が皆を守るようにして立っていた。

そんな彼に対し、ラインハルトはまるで昔からの友人に話しかけるような気軽さで話しかける。

 

「久しいな、《異常(アニュージュアル)》よ。確か最後に卿らと話したのは五ヶ月程前だったか。元気にしていたかね?」

 

「ああ、もちろん変わらず元気だったさ。それにお前の親友のお陰でこんな友まで出来たよ」

 

影月は神槍をラインハルトに向けながら、後ろで橘に反魂の術を掛けている幽々子や、それを手伝っている紫、萃香を横目で見て笑う。

それを聞いたラインハルトもまた、深い笑みを浮かべた。

 

「ふむ、新たな世界の新たな友か。ーーーカールよ、これも卿に言わせれば女神の為と答えるのだろうが、それでも随分と粋な事をする」

 

「影月!反魂の術を掛け終えたわ!」

 

影月の背後から紫が準備完了の声を上げる。それに頷いた影月は彼女たちに先に行けと促した後、ラインハルトと視線を交わす。

 

「さて、それじゃあ俺たちは彼女を連れて帰らせてもらうが……構わないな?」

 

「無論。それについて私からとやかく言う気は無い。そも、彼女は卿らの仲間であろうに」

 

「……追撃は?」

 

「別段しようとも思っておらん。今回は卿らがこうして私の世界へと入り込み、素晴らしい未知を見せてくれただけで結構。それに先ほどまでもてなしていた客人に剣を向ける程、礼儀を弁えていないわけでも無いしな」

 

「それはまた……ありがたい事だな」

 

「しかしその代わり、次に会う時は加減などせずに相手をしてやろう」

 

「ほう……いいだろう」

 

ラインハルトの言葉に不敵に笑った影月は、ヴェヴェルスブルグ城のバルコニーから飛び立とうとして最後に振り返る。

 

「なら約束するぜ。次にお前と会うまでに俺たちは強くなる。そしてーーーお互いに全力を出せる戦いをしようぜ」

 

「ーーーーーーふふふ……ふはははははははははは!!」

 

影月の真正面からの勝負申し込みにラインハルトは一瞬言葉を失い、次の瞬間グラズヘイム全てが大きく揺れる程の豪笑を上げる。

そしてーーー

 

「相分かった。では、その誓いにこそーーー」

 

祝福よあれと告げたラインハルトに影月は笑みを浮かべてーーー最後に何かを思い出したかのようにまたラインハルトへと振り返った。

 

「あ、そういや最後に一つだけ……。《狂売会(オークション)》の時、色々と手を回しておいてくれてありがとう。朔夜に変わって礼を言うよ」

 

「ああ、別に構わぬよ。私とて《狂売会(あれ)》には少なからず興味があったからあの時干渉したまでの事だしな」

 

「それでもだ。ザミエルにもお礼を伝えておいてほしい。それじゃ……」

 

そう告げた影月はバルコニーから飛び立ち、先に向かった優月たちを追いかけて駆け抜けて行った。

 

「刹那と違い、律儀な男だ。そしてーーー面白い」

 

それを見送るラインハルトは少し苦笑いして踵を返す。

 

「さて、カールよ。我らもまた、準備を始めようか」

 

ラインハルトの黄金に輝く双眸がグラズヘイムの空を射抜く。

その影響なのかーーーグラズヘイムの空が一瞬不気味に揺れたように見えたのは、決して気のせいでは無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、影月たちは元の自分たちの世界へと戻る扉に向かい、光となって駆け抜けていた。

その速度は常人どころか、相当な実力者ですらも補足出来ない程のものであり、もはやこの世界の混沌程度では止められない程の速さとなっていた。

なぜ彼らがここまで速く駆け抜ける事が出来るのか。それは優月の創造によって彼ら全員の身体能力などが、底から引き上げられている事に他ならない。

優月の願いもまた、影月と同じ他者に影響を及ぼす覇道なのだ。

 

「……なんとか戻る事が出来そうね……」

 

「そうね……それにしても、あれ程の力を持つ者がいるなんて……」

 

そう言う紫や幽々子の顔色は優れない。他にも萃香や以前ラインハルトと対面した透流たち、さらには安心院ですらも似たような顔色である。みやびに至ってはあれ程間近でラインハルトと対面した事は無かった為、恐怖で涙目となっている。

そんな彼女たちに対し、影月と優月の顔色はごく普通で、今この場では完全に浮いていた。しかしその表情は二人とも険しい。

 

「分かったか?あれがラインハルト・ハイドリヒーーー今の俺たちじゃ、束になっても勝てない男だ」

 

「…………ええ、改めて理解したわ。あんなデタラメな存在ーーーたとえ幻想郷や魔界などの異界に住む者たち、果ては月の連中の手を借りても勝てないわね……」

 

「……私は今まで千三百年位生きてきたけど、あんなに規格外な奴には会った事が無いね。……不老不死となってほとんど恐怖を感じなくなった私だけど……あの男だけは別だ。不老不死になってから初めて怖いって思ったよ」

 

幻想郷の賢者でかなりの実力を持つ紫や、不老不死の妹紅がそこまで言うのを聞いて影月たちも頷き、改めてラインハルトがそれ程までに異常な存在なんだと再確認する。

 

「っと、そろそろ顕界に着くぞ」

 

「ふぅ……やっと娑婆の空気を吸えるわね」

 

「それどう考えても亡霊の言う言葉じゃないよな……。さて、後は橘が上手い事目覚めるかどうかだな……」

 

橘の魂を片手に息をはく幽々子に、影月は苦笑いしながら皆と共に顕界の扉へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 幽々子

 

「……一先ず終わったわ」

 

橘ちゃんの体から手を離した私は、一つ小さく息をついてから後ろにいる人たちに向かって言った。

すると皆は安心したように息をはいて、各々緊張がほぐれたかのように椅子に座ったり、立ったまま壁に背中を預けたりする。

 

「とりあえずは一安心か……ありがとうな」

 

「どういたしまして〜♪……とはいえ、橘ちゃんが目覚めるのにはちょっとだけ時間が掛かると思うけれど……」

 

「それでも一先ずは全て終わりましたから、橘さんが目覚めるまで少し休みましょうか。あ、それから皆さん、橘さんの救出にご協力していただいて本当にありがとうございました」

 

四季様が綺麗な姿勢でお辞儀する姿を見て、やはりこの方はどこまでも真面目だなと内心思う。それが彼女のいいところであり、また悪いところなのだけれど……それは別の話。

 

「……はぁ……」

 

とりあえず私も久しぶりにかなりの力を使ったので、近くに置かれていた椅子に遠慮無く座って休む事にする。

 

(はぁ〜……疲れたわねぇ……何か甘いものでも食べたい……)

 

「……幽々子」

 

「何かしら」

 

「貴女今、疲れたから何か甘いもの食べたいとか思ってないわよね?」

 

あら、紫ったら分かってるじゃない。伊達に千年以上親友やってるわけじゃないわね。

 

「あらまあ、よく分かったわね」

 

「だって顔に書いてあったんだもの。何か甘いものでも食べたいってね」

 

「…………本当に?」

 

「ええ、はっきりと」

 

……私って以外と分かりやすかったりするのかしら。

 

「幽々子さんって普段は飄々としていて何考えてるのか分からない時が多いですけど、食べ物の事を考えてる時だけ分かりやすいですよね」

 

「なんかものすごく幸せそうな顔するよな」

 

幸せそうな顔……ね。確かに私が一番幸せだと感じる時間と言ったら、美味しいものをお腹いっぱい食べている時なのだけれど……無意識の内に表情に出ていたのねぇ。やっぱり生きてると色々な喜びとか幸せを経験するけど、その中でも食べる事の喜びや幸せは格別だから表情に出るのかしら?

 

「まあ、別にいいんじゃないか?俺も好きなもの食べてる時とかは幸せだぜ」

 

「貴様の好きなものはもっぱら肉しか無いだろう」

 

「透流、セロリを食べてる時はどうだ?幸せか?」

 

「ナスを食べてる時はどうだい?」

 

「……影月、安心院、お前ら俺がセロリとナス嫌いなの知ってて聞いてるだろ!?」

 

「「うん」」

 

「あらあら、好き嫌いはいけないわよ?そうねぇ……セロリは例えば豚肉とセロリの辛み炒めとかで食べると美味しいわね。ナスはトマトやひき肉と一緒に炒めたのとか美味しいわよ。あ、今度私が作ってあげてもいいわよ?」

 

一応、お料理はそれなりに出来る私である。普段は妖夢がいるから私から積極的に作る事なんて滅多に無いけれどね。

 

「あら、透流くんよかったわね?幽々子の作る料理は絶品よ?」

 

「うふふ、紫には敵わないわよ」

 

「へ〜……幽々子さんって料理出来たんですね……それに紫さんも?」

 

「まあ、少し嗜む位にはね」

 

「幽々子はただの大食家じゃないからね〜。ちなみに私や紫も結構前に幽々子の料理を食べた事があるけど、かなり美味しかったよ。紫のも結構美味しかったし♪」

 

一応味については萃香や紫に太鼓判を押される位には美味しいらしく、以前風邪で寝込んでしまった妖夢に作ったあげた時も、「幽々子様の料理……美味しいです!」と言って完食してくれた。まあ、紫の作る手料理の方が私の料理より何倍も美味しいけれど。

 

「幽々子さんってただの大食家じゃなかったのね……」

 

「失礼ねぇ。私はただちょっと食べるのが好きなだけよ」

 

『……ちょっと?』

 

……何よ、紫も萃香も影月くんたちも私に半眼を向けて……。

 

「白玉楼のエンゲル係数70%を叩き出す原因が何を言っているのかしら……」

 

「えっ!?」

 

「エンゲル係数70%だと!?」

 

「ーーーーーー」

 

「……リーリス、トラ、エンゲル係数とは……?」

 

紫の言葉にリーリスちゃんやトラくんが驚き、朔夜ちゃんは唖然としている。というかエンゲル係数とやらは私も初めて聞く言葉ね。どうやら私の他にも透流くんやユリエちゃん、みやびちゃんも知らないみたい。

 

「エンゲル係数ってのは、家計の消費支出を占める飲食費の割合の事だぜ」

 

「ちなみに日本の一般家庭の平均エンゲル係数ーーー要するに食費は20%弱位だから……そう考えるとエンゲル係数70%ってかなりすごいもんだって分かるだろ?」

 

「しかもこれ、幽々子一人でこの%なのよ……」

 

「しょ、食費で70%……」

 

「ヤ、ヤー……」

 

「しかも一人でって……ゆ、幽々子さんって一体……」

 

なるほど、エンゲル係数ってそういう意味の言葉なのね。それにしても一般家庭だったら20%弱程度とは……皆はもっとお腹いっぱい食べないのかしら?

 

「本当にピンクの悪魔だよね」

 

「……本当にね。ああ、そんな話をしてると思い出したくない事を思い出すわ……」

 

紫が頭を抱えながら蹲る。と思ったらゆっくりと顔を上げて、どこか焦点の合ってない目でぽつりと一言ーーー

 

「もう奢ってあげるなんて絶対に言わないわ……」

 

「あら、紫ったらもう奢ってくれないの?」

 

「……ええ。少なくとももう二度と遠慮無く食べていいとは言わないわ。なんたって前に遠慮無く食べていいって言ったら軽く一千万を超える金額を食べられたもの……」

 

『一千万!!!??』

 

「あ〜、あの時の事ね♪だって遠慮無く食べていいって言ってくれたじゃない♪それにお金だってそれなりにあったし、どれ位食べるか大体予想してたんでしょ?」

 

「……ええ、お金はあったわ。でもねぇ……まさか親友の食事代で貯金の約三割も持っていかれるなんて予想出来るわけないでしょ!!」

 

紫でも予想出来なかったのねぇ。まあ、実際の所ちょっと遠慮無く食べ過ぎたかなとは思っている。後悔と反省は微塵もしていないけれど。

 

「それに貴女、私があそこで止めなかったらもっと食べる気だったでしょう!?正直ねぇ、私はあそこでやめてって言ってよかったと思ってるわ!だってあの勢いで食べ続けてたら一億なんかすぐに超えたもの!!」

 

『ーーーーーー』

 

「あら、貴女が貯金してる額の方がまだまだ多いじゃない♪正直、もっともぉ〜っと食べたかったわぁ♪自分の胃袋の限界を知りたい位までね♪」

 

「ちょ……それは本当にやめて……私のお金も無くなるし、幻想郷が食糧危機に陥るわ……」

 

む……確かに幻想郷の食糧危機はダメね。私の食べるものが無くなっちゃうし。

 

「冗談よ♪本当にやると思ったの?」

 

『うん』

 

紫や萃香だけじゃなく、影月くんたちまで本当に私がそこまで食べると思ってたのね。ひどいわぁ、そこまでやる程私は食い意地張ってないのに……。

 

「兄さん、今日の夕食は絶対に戦争になりますね」

 

「ああ、先に行って自分の食べる分確保しないと飯抜きになるだろうな」

 

「……後で食堂の方に、今日から作る量を増やすようにと連絡しておきますわ」

 

あら、私の為に作る量を増やしてくれるなんて嬉しいわね♪

 

「……幽々子、あまりにも多く食べ過ぎたら問答無用で幻想郷に強制送還するからな」

 

「…………気を付けるわ」

 

……少し食べる量を自重しましょうか……影月くんの目が本気(マジ)で送還するからな?って言ってるし。

私だって折角こんな面白そうな未知の世界に来れたというのに、自分の食欲のせいでそれを台無しにはしたくないし……。

そんなたわいの無い会話を繰り広げているとーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……ん……」

 

ベッドで眠る橘ちゃんから短い呻き声が聞こえ、私たちは揃って彼女を見る。

 

「う、うぅん……ん……ここは……?」

 

「橘!!」

「巴ちゃん!!」

 

寝ぼけ眼で部屋を見回す橘ちゃんに影月くんとみやびちゃんが同時に呼び掛けて、みやびちゃんが泣きながら抱きついた。

他の皆も橘ちゃんのベッドの周りに集まってくる。

 

「よかった……!無事に目覚めて……!」

 

「みやび……?如月も……っ!そうか……そうだったな……私はキミたちに助けられて……」

 

「ああ……本当にごめんな。助けに行くのが遅れて……」

 

「いや……別に構わんよ……。それにまさか助けに来てくれるとは思ってなかったしな……ましてや私のいた場所が場所だったから尚更……」

 

「友人を救う為ならどんな場所だって関係無いさ。俺たちは絶対に助けに行くからな」

 

はっきりとそう告げた影月くんに橘ちゃんは、驚いたように目を見開いた後に優しく笑う。

 

「そうか……ありがとう」

 

「どういたしましてーーーって言いたい所だが、お礼を言う相手は実際俺より幽々子や映姫だったりするんだよなぁ……」

 

「え……?」

 

影月くんが私と四季様を見て苦笑いを溢した。

そんな彼へ四季様も笑みを返した後、橘ちゃんの顔を覗き込んだ。

 

「橘さん、ご気分はどうですか?」

 

「貴女は……?」

 

「おっと、そういえばお初でしたね。初めまして、私は四季映姫と申します。今回貴女をなんとしても助け出してほしいという頼みを影月さんたちから受けまして、幻想郷からやってきました」

 

「幻想郷……確か妹紅の住んでた世界だったな……って事はそちらのお三方も……?」

 

「ええ、私は西行寺幽々子よ。そしてこっちの扇で口元を隠してる胡散臭い女性が八雲紫。そしてこっちで呑んでるのが伊吹萃香よ」

 

「よろしくね〜」

 

「……まさか千年以上付き合ってる親友に胡散臭いって言われるなんて思ってなかったわ」

 

え〜、そんな事言ったって実際胡散臭いのは事実じゃない。

そう内心思っていると、橘ちゃんは体を無理やり起こそうとする。

 

「ん……っ……」

 

「巴ちゃん!ダメだよ、無理して体を起こそうとしちゃ!」

 

「はは……でもな、みやび。私を助けてくれた恩人たちが目の前にいるのだ……その人たちに向かって私が寝たままお礼を言うのは失礼だろう……」

 

「全く相変わらず真面目だな……ほら」

 

「巴、あたしも肩を貸すわ」

 

「くっ……すまないな、二人とも……」

 

仕方ないなといった感じの苦笑いを浮かべた影月くんは橘ちゃんが体を起こすのに手を貸す。それを見たリーリスちゃんも反対から肩を貸して、体を起こすのを手伝う。

 

「はぁ……体が重い……かなり筋力が落ちてるな……」

 

「二週間位寝たきりだったからな……まあ、少し体を動かせばすぐに元の調子に戻るだろ。でも今は少し休んだ方がいい」

 

「そうだな。まだ目覚めたばかりで体もそんなに慣れてないだろうし」

 

確かに妹紅や透流くんの言う通りね。いくら体が普通の人よりも丈夫と聞く《超えし者(イクシード)》でも、それだけ長い期間体を動かしてなかったら色々と辛いでしょうし。

 

「お礼は貴女が元気になってからでいいわよ。今は透流くんやもこたんの言う通りに休みなさい」

 

「もこたん言うなぁ!」

 

「えぇ〜、親しみやすくていいじゃない♪も〜こたん♪」

 

「やめろぉ!なんかそう呼ばれるとむず痒く感じるんだよ!」

 

「いいわね、もこたん♪」

 

「くはっ、可愛いじゃねぇか!もこたんってよぉ」

 

「もこたん……すごく可愛いじゃないですか♪」

 

「ほらぁ!幽々子がそんな事言うから早速リーリスと月見と香ちゃんが使い始めたじゃないかぁ!」

 

「別にいいじゃない♪減るもんじゃないんだし♪」

 

そしてギャーギャーと騒ぎ出す妹紅やそれを煽ったりする月見ちゃんたちによって、病室は一気に騒がしくなった。

その様子を見ていた橘ちゃんは笑みを浮かべる。

 

「ーーーふふっ、私が眠っている間に随分と騒がしい知り合いが増えたものだな」

 

「あら、騒がしいのは嫌いかしら?」

 

「いえ、そんな事はありませんよ。むしろこうして皆で楽しく騒げるのは私も好きですからね」

 

「……そう、ならよかったわ♪」

 

私が笑いながらそう返すと、橘ちゃんもまた笑ってくれる。

 

「こらこら、皆ここは病室ですのよ?あまり騒がしくしないでいただけませんこと?」

 

「そうですよ。他の病室にいる方たちに迷惑です。それでもまだ騒ぐというのなら、私から皆さんに少しお話させていただきますが、構いませんね?」

 

『うっ……ご、ごめんなさい……』

 

呆れながらも咎めてくる朔夜ちゃんと、静かに怒気を浮かべる四季様に私たちは揃って謝る。

四季様は少しと言っているけれど、あの四季様の事だから絶対に少しじゃないだろうし。

 

「ははは……あ、そういえば橘、お話で思い出したけど……説教どうする?今受けるか?」

 

「む……な、なあ如月。あれから二週間も経っているのだから流石に勘弁してくれないか?」

 

「……なら、少しは自重して叫ぶのをやめてくれるか?」

 

「う、うむ……ぜ、善処しよう……」

 

橘ちゃん、目が泳いでるわ……。内容がどんなものか知らないけれど、あれは正直やめれるかどうか難しい感じね……。

 

「……分かったよ、許そう。でももしまた叫んで大事になったら、映姫を交えて説教するからな」

 

「わ、分かった。以後気を付けよう」

 

「ならいい」

 

そして橘ちゃんと話を終えた影月くんは全員の顔を見回して言う。

 

「さて、それじゃあこれからここにいる全員でティータイムでもしながら幻想郷の話でもしようか。朔夜たちも幻想郷の話、聞きたいだろ?」

 

「ええ、是非」

 

「もちろんよ。サラ、全員分のミルクティーを淹れてちょうだい♪」

 

「はい、お嬢様」

 

「あ、それと何か甘味も出してくれないかしら〜?さっきから小腹が空いてるのよね〜」

 

「……畏まりました。少々多めに作ってきます故、お待ちください」

 

「……サラさん、私も手伝います。というか手伝わせてください」

 

「サ、サラさん、その……わ、私も手伝わせてください!」

 

「優月さんにみやびさん……分かりました。……お二人ともありがとうございます。正直な所、先ほどの話を聞いていてどうにも私一人で作るのはちょっと厳しいのではないかと思っていたので……」

 

「分かってますよ……」

 

「まあ、あんな話を聞いちゃったら……ね」

 

「ちょっと三人とも、聞こえてるわよ」

 

三人とも小声で話しているけれど、私や周りには丸聞こえである。

 

「安心しなさい。こっちの世界にいる間、食べる量は自重するわ」

 

『…………』

 

「本当よ」

 

今回ばかりは私も本当に自重するつもりだ。そうしないと四季様や影月くんからキツく叱られそうだし、本当に強制送還されてしまいそうだ。

 

「……はぁ、分かりました。でも一応いつもより多く作ってきますからね。それじゃあ私たちはお菓子とミルクティー作ってきます」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

それから三十分後、三人はあったかいミルクティーと出来たてのクッキーなどのお菓子を持ってきて、午後のおやつの時間兼雑談が始まった。

正直、私はいつもより自重して食べていたからものすごく食べ足りなかったけれど……橘ちゃんや影月くんたちの笑顔を見ていると、そんな思いもどこかに吹き飛んでいってしまう。

 

「……素敵ね。こうして人間と人外が幻想郷以外で楽しく過ごせるなんて……」

 

私はミルクティーを飲みながら、誰に言うわけでもなく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみにその後の夕食時に、つい我慢が出来なくなって少しばかり多めに食べてしまい、影月くんと四季様に三十分位説教されたのだが、それはまた別の話ーーー

 

「……映姫、紫を呼んでくれるか?相談してやっぱり幽々子を幻想郷にーーー」

 

「待って!お願い、本当に待って!!」

 

ーーーその後、恥や外聞も無く彼に泣き付いて帰さないでと頼み込んだのもまた別の話……。

 

 

今度から五十万円以上は食べないようにしよう……。

 




今回のお話はいかがでしたでしょうか?
メルクリウスのドイツ語部分はグーグル先生の翻訳から色々と試して引っ張ってきたので、実際間違ってるかもしれませんが、その辺りはご容赦ください。

さて、dies iraeのアニメ始まりましたね。実際0話から見てて、個人的には結構いいんじゃないかなと思っています。そもそも好きなゲームのアニメ化なんてそれだけでも嬉しいものですからね。批判も結構多いみたいですが……まあ、それはそれということで。

さて、次の投稿もまた期間が空くかもしれません。本当にこればかりはどうにもならないのでどうかご容赦を……。

誤字脱字・感想意見等、よろしくお願いします。

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