アブソリュート・デュオ 覇道神に目を付けられた兄妹   作:ザトラツェニェ

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久しぶりの投稿!仕事が忙しくて上げれなかったんだぁ!!(涙)
あ、もう一つの小説(水銀主人公の奴)はもう少しお待ちください……。

では今回、かなり強引な展開になってしまったかもしれませんが……そこの所はご了承ください!
ではどうぞ!



第五十三話

side 透流

 

(くっ……!何がどうしたらここまで酷い事になるんだ……!)

 

俺はユリエたちに美咲たちを任せた後、一人店内の奥へと向かって走っていた。

奥に進めば進む程、炎は激しくなっていく。

熱と息苦しさは、相当なものだ。最もザミエルと相対した時の方がもっと熱く、息苦しかったのだが……。

注意深く進む中、幸いにもバーまでは逃げ遅れた人の姿は見当たらない。

そのままさらに奥のダンスフロアへ向かおうとした時だった。

 

「……!」

 

炎の燃える音に交じり、甲高い声が聞こえてきた。

 

(あれは……!)

 

ダンスフロアの先にあるステージ上で四つの影が目に入る。

周囲が燃え盛る中、ステージに立つ影のうちの二つは、店の前で見かけたあのフードの少女と妹紅だった。

しかしながら、俺の意識が強く向けられたのはその二人と相対している二つの影だった。なぜならそいつらが、人の姿をしてなかった為に。

 

(《(ゾア)》……!!)

 

容認するや否や、俺は床を蹴る。

(ゾア)》ーーー捷豹(ジャガー)が少女に向けて爪を振り上げていたからだ。

振り下ろされた爪が、容赦無く女の子の小さな体を引き裂くその寸前ーーー

俺の蹴りが、捷豹(ジャガー)を体ごと吹き飛ばす。

 

「ーーーっ!!」

 

突然の一撃に捷豹(ジャガー)の後ろに立っていたもう一体の表情が変わった。

と思っているとーーー

 

「邪魔だ」

 

「なっ……!?」

 

もう一体の《(ゾア)》は凍りつくような冷たい声で呟いた妹紅によって殴り飛ばされていた。

俺はその光景に驚愕した。俺でも雷神の一撃(ミヨルニール)でやっと吹き飛ばせる《(ゾア)》を、彼女はまるでチリでも払うかのような軽い力で吹き飛ばしたのだ。

 

「透流、とりあえずこいつらを……殺るよ」

 

瞬間、妹紅の纏う雰囲気が一瞬で変わり、彼女は戦闘態勢へと入った。

いつもの快活な雰囲気はどこへいったのかーーーそんな事を思いながら、俺も戦闘態勢になる。

そんな俺たちの様子を見た《(ゾア)》たちもまた動いた。

ただし、()()()()()()()()()

 

「なっ……!?」

 

「ありゃ、そこまでやっといて逃げるのかい」

 

その行為にどういった意味があるのかを俺は瞬時に理解出来ず、呆気に取られたまま二体の姿が炎の中に消えていく様を見送ってしまう。

一方の妹紅は戦闘態勢を解き、やれやれといった感じで首を振って二体を見逃していた。

 

(……とりあえず、脅威は去ったって事だよな?)

 

そう思い、意識を切り替えた俺は周囲を見渡し、他に誰もいない事を確かめた。

 

(よし、他には誰もいないな)

 

その確認が出来れば、これ以上ここに留まる理由は無い。

 

「妹紅、行こう。キミもここから逃げるんだ」

 

そう言って、女の子の手を取ろうとした時だった。

目深に被ったフードの奥から女の子が声を発した。

 

「邪魔……」

 

「え……?」

 

あまりにも予想外の言葉に、俺の動きが止まる。

ゆっくりと、女の子はその手を俺に向かって突き付ける。

向けられた掌に何事かと思ったその刹那ーーー炎が爆ぜた。

耳をつんざく激しい音と同時に視界が真っ赤になり、衝撃が俺を襲う。

 

「ぐうっ!!」

 

吹き飛ばされた俺は、近くにあったテーブルに頭を強く打ち付けてしまった。

 

(く……そ……。い、意識が……)

 

当たりどころが悪かったのか、意識が朦朧とする。

俺はこれから目の前にいた女の子を連れて、妹紅と共に脱出したければならないのにーーーそう思った俺は朦朧とした意識でフードの女の子を見る。

女の子はただ無言のままに、その場で俺を見つめていた。その時強い熱風が舞い上がり、少女が被ったフードを大きく揺らして捲り上げーーー俺は本日四度目の驚愕をする。

 

(そん、な……どうし、て……どうしてお前が……)

 

自分の目で見ているのに、俺自身が信じられない。

フードの奥に隠されていた顔は、十代半ばくらいのものだった。

その髪は淡い桜色だったがーーーその顔は俺が決して忘れ得ない大切な少女の顔だった。

その少女の顔は二年前のあの日、榊の一撃から俺を庇って命を落としてしまったーーー

 

 

 

「音、羽……」

 

妹の顔そのものだったからだ。俺は妹の名を呟いた所で意識が途切れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううっ……」

 

意識を失ってからどの位経っただろうか。

俺の意識は外部からの刺激で唐突に覚醒した。

刺激と言っても強烈なものでは無く、何かに乗っていて揺れているような刺激である。

 

「あ……目が覚めた?」

 

そんな声が聞こえた俺は閉じていた目をゆっくりと開く。するとそこにはーーー

 

「リーリス……ユリエ……」

 

俺がいつも見ている黄金色の髪(イエローパーズ)の少女と、銀色の髪(シルバーブロンド)の少女の二人が、俺の顔を覗き込んでいた。

 

「やっとお目覚めか、九重透流」

 

そして聞き覚えのある声が俺の名を呼んだ事で、俺はそちらの方へ向く。

そこには白いマフラーと、神父を思わせるような服装を身に纏う人物が腕を組みながら俺を見ていた。

 

「ユーゴ!!」

 

「よお、こうしてツラを合わせるのは《狂売会(オークション)》以来だな、九重透流」

 

「あ、ああ……。だけどどうしてここに……というかここは……?」

 

「リーリスの車の中だ。大丈夫か?透流」

 

トラの質問に俺は大丈夫だと伝えると、体を起こして周りを見る。

黒塗りの内装に、座り心地のいいシートーーーそれを見た俺はトラの言う通り、ブリストル家の高級外車に乗っている事を確認した。

それを確認したと同時に俺の中には疑問が湧き上がってきた。

 

「あれ……?俺は確か……」

 

「エレフセリアにいた筈……か?」

 

俺の疑問にユーゴは目を細めて言う。

 

「ああ……あれからどうなったんだ……?」

 

「あの後か?気絶したお前を俺と妹紅っていう少女と一緒に外まで運んだんだ。あのまま燃え盛るクラブにいたら色々とヤバかったからな」

 

「……っ!!音羽……あの子は!?」

 

「音羽?あの時あそこにいたのはお前と妹紅だけだぞ?」

 

「何をバカな事を言っている、透流。音羽はもう……」

 

「分かってる!だけど本当に……俺がこの目で見たんだ!!」

 

あれは音羽だった。髪の色は違ったが、確かに音羽だ。

音羽が生きていたーーーその事をトラに伝えたいのに上手く言葉が出てこない。

そこでふと、思い出す。あの場には音羽がいたと証言出来る人物がいた事に。

しかしーーー

 

「妹紅……彼女は!?彼女も見てたんだ!」

 

「……妹紅は今この場にはいない」

 

「えっ……?」

 

トラがそう言うと、車内の空気が一気に暗く、重くなった。

俺が気絶している間に妹紅に何かあったのかーーーと考えていると、ふと違和感を感じた。

 

「そういえば、橘や影月たちは?」

 

その違和感とは橘、影月、優月、安心院、そして妹紅がいない事だと今気が付いた。

どうやら俺はそんな大きな違和感に気がつかない程、音羽の事に思考がいっていたらしい。

俺が聞くと、皆さらに表情を曇らせて黙り込む。それに言いようのない不安を感じる中ーーーリーリスが言いづらそうに口を開く。

 

「……ねぇ、透流。今からあたしが言う事を落ち着いて聞いてね……?」

 

「あ、ああ……」

 

いつにもなく暗い口調で話してくるリーリスに俺は気圧されながらも返事を返した。

 

 

 

そして俺がリーリスから聞かされたのはーーー

 

 

 

「橘が……重傷を負った……!?」

 

そんな衝撃的かつ、信じられないような言葉だったーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、クリスマスの朝ーーー俺、ユリエ、リーリス、トラ、タツ、そして橘の《絆双刃(デュオ)》であるみやびは、理事長の補佐をしている美亜の案内で病棟へと向かっていた。

理由は言うまでもなく、橘の見舞いだ。

 

「それで、巴ちゃんの様子は……?」

 

「あまり良くないって朔夜さんから聞いたけど……どういう状態なのかは私にも分からない。今行ってみるまでね」

 

美亜はそう言って首を振った。

ちなみに影月、優月、安心院、妹紅、香は俺たちより早く橘の元へと行ったらしい。

 

「四人とも大丈夫かしら……特に影月は……」

 

「目の前で橘が庇ってくれたって話だからな……思い詰めて無いといいけど……」

 

そんな話をしているうちに、俺たちは橘や影月たちがいるという病室の前へと辿り着いた。

 

「ここね……影月さん、います?」

 

そう言いながら、美亜が病室の扉をノックするとーーー

 

「いますよ。入ってきてください」

 

扉の向こうから優月の声が聞こえた。美亜はその言葉を聞くと病室の扉を開ける。

そこにはーーー

 

「皆さん、おはようございます」

 

「あ、おはようございます!」

 

「おや、おはようさん」

 

「おはよう、美亜ちゃん。そして透流君たちも……」

 

それぞれ椅子に座って挨拶を返してくる優月、香、妹紅、安心院とーーーベッドの上で眠っている橘、そしてーーー

 

「…………」

 

「…………」

 

椅子に座って無言のまま橘の顔を見つめている影月と、そんな影月を悲しげに見つめている理事長がいた。

俺たちは病室へ入り、俺が代表して優月に問い掛ける。

 

「おはよう。どうだ?橘の様子は……?」

 

「…………」

 

俺の言葉に優月は首を横に振った。

どうやらあまりよろしくない状態らしい。

 

「……ねぇ、影月くん。昨日何があったの?聞かせて……くれないかな?」

 

「……それは……橘が俺を、爆発から庇ってくれて……その……」

 

「影月……無理に話さなくてもいいですわ。私が代わりにーーー」

 

理事長は口ごもる影月へそう言って、代わりに俺たちへ昨日何があったのかを話そうとする。その時ーーー俺たちの目の前に突然、影月の《焔牙(ブレイズ)》が現れる。

 

「……その《焔牙(ブレイズ)》へ触れてくれ。それには昨日のあの時の俺の記憶が詰まっている……朔夜も優月たちも触れていいぞ」

 

「……分かった」

 

俺は影月が昨日の辛いだろう記憶をこうして形にして見せてくれる事に感謝しながら《焔牙(ブレイズ)》へと近付く。

そんな俺と同じ思いなのか、ユリエたちも表情を引き締めながら近付く。

そして優月たちや理事長も近付きーーー俺たちは同時に影月の《焔牙(ブレイズ)》に触れる。

 

『ーーーっ!!』

 

瞬間、俺たちの脳裏に駆け巡ったのはーーー凄まじい爆発音と共に鉄製の扉が、炎と共にこちらに飛んできた光景とーーー

 

『ぐっ……あ、あぁぁ……』

 

『たち、ばな……?』

 

それら全てを身を呈して防いでくれた血だらけの橘の姿だった。

 

(これは……酷い……)

 

影月の呼び掛けに苦しそうに答える橘はもはや見ていられない程の大怪我を負っていた。

全身の大火傷、後頭部からの大量出血、背中から胴体を貫通している鉄の棒などーーー目を覆いたくなる光景だ。

それから俺たちはそんな橘と影月のやり取りの記憶を見終え……揃って影月へと視線を向けた。

 

「……今見たのが全てだ。……みやび、ごめん。俺の不注意のせいで……橘がこんな事に……!」

 

「影月くん……そんなに自分を責めないで……?私は気にしてないよ?きっと巴ちゃんも……」

 

「俺がもっとしっかりしていれば……こんな事にはならなかったんだ!!」

 

「……ううん。影月くんは十分しっかりしているよ。だからーーー」

 

みやびは影月に近付き、彼の頭に手を乗せて撫で始めた。

 

「もうそんなに自分を責めるのはやめて……?そんなに責めたら、私も透流くんたちも……責めないでほしいって言ってくれた巴ちゃんも悲しむよ……」

 

「っ……」

 

悲しそうな声色で言ったみやびの言葉に影月は顔を上げて、俺たちの顔を見回した。

ーーーきっと俺たちは今、さっきみやびが言ったように悲しそうな表情を浮かべているのだろう。

現に俺もそんな気持ちだ。なってしまったものは仕方がないし、きっと俺があの時の橘の立場だったら似たような事を言っていたと思う。

そうして俺たちの顔を見回して、最後に橘の顔を見た影月は、深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、改めて俺たちを見た。

 

「……ごめん、その通りだな……今は自分を責めるより、これからどうするかを考える」

 

「……うん。それでいいよ、影月くん」

 

「ああ、ありがとう。みやび」

 

優しく笑うみやびに影月は、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 

 

 

 

それから俺たちは理事長から昨日からの状況説明と橘の容体を聞いた。

橘は応急手当も済まないうちに、皐月市から少し離れた総合病院へと担ぎ込まれて、そこで手術を受けたらしい。

そこで橘は一度、アレスト(ARREST)ーーー心停止に陥り、なんとか蘇生はしたものの、蘇生に掛かった時間が長かった為に昏睡状態になってしまったとの事だった。

つまり、今の橘はーーー

 

「いつ目覚めるか分からない……」

 

「ええ……一分後に目覚めるかもしれませんし、明日目覚めるかもしれませんわ。または9年程目が覚めないかもしれませんし……あるいは一生目が覚めない可能性も……。ともかくはっきりとした事は何一つ言えない。それが今の現状ですわ」

 

その事実は俺たちの心に深くのしかかってくる。

つい半日程前まで俺たちと一緒に行動して、一緒に笑っていた友人がいつ目覚めるかも分からない状態へと陥った。

そんな信じたくない事実を改めて実感した俺たちは無言となる。

そしてーーー

 

「……巴ちゃん……」

 

そんな昏睡状態になってしまった橘の《絆双刃(デュオ)》であるみやびは、未だに起きる様子の無い橘を見つめて涙を流していた。

やっぱり彼女がそんな事実を一番信じたくないだろう。そんな彼女を俺たちはただ黙って見ているだけしか出来なかった。

 

「……話を変えましょう。朔夜さん、《禍稟檎(アップル)》の件はどうなりましたか?」

 

そんな空気を変える為なのか、優月が話を任務の内容へと変える。

 

「その件ですけれど……リーリス」

 

「ええ、ベラドンナーーーいや、ここはリョウと言うべきね。彼は供給者だと判明したわ」

 

理事長に話を振られたリーリスはそう断じた。

その理由はエレフセリア付近でベラドンナのメンバーがもたらした情報によるものらしい。

道端に座り込み、呼吸を荒くして大量に発汗するというドラッグへの依存症状を発症していた者が自白したとの事だ。

その供給者であるリョウは今も見つかっていない。

エレフセリアで起きた火災と《(ゾア)》の出現で逃げ出した人波の中に、その姿は無かったとの話だ。

 

「もしかしたら、あの時私たちと対峙していた《獣》の内のどっちかだったのかもな……」

 

「ああ、その可能性は高い。人波で見逃していた可能性もあるかもしれないけどな」

 

「分かりましたわ。まずはその件の《(ゾア)》、または《獣魔(ヴィルゾア)》については機関の方で調査してみます」

 

「……さて、次に聞きたいのはーーー」

 

そこで任務の話に一旦区切りを付けた優月は理事長に顔を向ける。

 

「朔夜さん、なぜユーゴさんは皐月市に?」

 

「それは本人から説明していただきましょうか」

 

そう言った理事長は病室の扉へと目を向けた。

それにつられて俺たちも視線を扉へと向けた瞬間ーーー扉が開かれる。

 

「すまねぇ、来るのが遅れたーーーってなんでお前ら、俺の方を最初から見てるんだよ」

 

「え、いや、理事長が……」

 

扉を開けて病室内へと入ってきたのは、神父を思わせるような服装と白いマフラーを身に纏ったユーゴだった。

半眼で俺たちを見るユーゴに俺はしどろもどろになりながら、理事長を見た。

 

「くすくす……そろそろ来る頃だと思っていましたわ。《煌闇の災核(ダークレイ・ディザスター)》様」

 

「……予知能力でもあるのかよ、《操焔の魔女(ブレイズ・デアボリカ)》」

 

笑う理事長にユーゴは微妙な表情を浮かべながらも、空いている椅子に座った。

 

「……そこの彼女の容体はどうだ?」

 

「体の方は問題ありませんけれど……今は昏睡状態ですわ」

 

「……そうか」

 

ユーゴは橘を見て何やら顔を歪めた。

何か橘に思う所があるのだろうか?などとも思っていると、優月が先ほど理事長に投げかけた質問をユーゴに問う。

 

「ユーゴさん、橘さんのお見舞いに来てもらって早々に関係無い事を聞くのは失礼だと思いますが……聞かせてください。貴方はどんな理由で皐月市に?」

 

「エージェント経由で《魔女(デアボリカ)》の伝言をーーー九重透流が俺に用件があるって聞いてな。たまたま日本に戻ってきた所だし、じゃあ会ってみるかって連絡つけたら《666(ザ・ビースト)》関連の任務の真っ最中って話じゃねぇか」

 

ちなみにユーゴの素性に関してはここにいる全員が簡単に知っている。

先の《狂売会(オークション)》で顔を合わせていたメンバーはともかく、トラやみやびにどう説明したらいいのか一番悩んでいた所、比較的詳しい影月が俺の代わりに色々と説明してくれたのだが。

 

「それから皐月に着いたら何やらド派手な騒ぎが聞こえてきてな。音のした方へ行ってみたら、例のクラブが派手に燃えてるじゃねぇか。だから俺はそこに駆け付けてお前たちを助けた。そういう事だ」

 

「……朔夜、彼が来ているとなぜ言わなかった?」

 

「昨日、突然訪問してきたので言えなかったんですわ。常に彼を補足しているわけではありませんから……」

 

どうやらユーゴは事前連絡も無しに、日本での仕事が終わった後すぐ学園へ来たらしい。確かに昨日いきなり訪ねてこられてもどうにも出来ない。

 

「まあいいか……。それでユーゴ、その話って奴なんだけど……後にしてくれないか?今はちょっと……な」

 

「構わないぜ」

 

「すまないな」

 

ユーゴの返事に俺は苦笑いしながらも謝罪した。

 

 

 

 

 

 

 

「さて……なら次はそこで隠れて見ている奴について話そうか?」

 

「あら、よく気付いていたわね」

 

『っ!?』

 

話がひと段落して一息ついていたが、ユーゴの言葉とそれに返答する第三者の声に俺たちは驚く。

しかし周りを見回しても、先ほどの第三者の声を出しただろう人物の姿は見えない。

 

「なっ……今の声は!?」

 

「紫、やっと私を見つけたのか?お前にしちゃ随分遅かったな」

 

「あら、ご挨拶ね。幾ら私だってそう簡単に人探しなんて出来ないわよ。ましてや別の世界ですもの」

 

その言葉が終わると同時に、病室の窓際の宙に亀裂が生じる。

切れ目の両端がリボンで縛られているそれは、やがてどんどんと広がっていきーーー人一人が通れる程の大きさとなった。

そしてそこから現れたのはーーー

 

「まったく、貴女が外の世界か近くの別の世界に飛ばされたならまだ簡単に見つけられたのに……思ってたより遠くに飛ばされていて、本当に見つけるのに苦労したわ。それに私、もう少ししたら冬眠しなきゃいけないのよ?」

 

リーリスよりも長い金髪の髪、ラインハルト程では無いが、美しく輝く金色の瞳、八卦の翠と太極図の書かれた中華風の服、そしてリボンの巻かれた特徴的な形をした帽子を被っている胡散臭い笑みを浮かべた女性だった。

女性はその亀裂からゆっくりと宙を浮かびながら出てきて、床へと降り立った。

 

「貴女は……?」

 

「あら、私としたことが……失礼しました。私は八雲紫(やくもゆかり)と申しますわ」

 

「奴は私の住む幻想郷を作ったっていうスキマ妖怪だ」

 

「へぇ……貴女が……」

 

「妹紅さんの住む幻想郷を作った方ですか〜」

 

妹紅の説明に理事長と香が興味深そうに紫さんと呼ばれた女性を見る。香は妹紅と深い関係の為、純粋な興味の視線を向けているのは分かるが、理事長は何に興味を持った視線で彼女を見ているのだろうか?

そんな妹紅の紹介を聞いた紫さんは妹紅を軽く睨む。

 

「……妹紅、貴女幻想郷の事を彼らに話したのかしら?」

 

「仕方なかったんだよ。私がここに世話になる時に、向こうの詳しい事情を説明されたのならこっちもある程度の事情は説明するのが普通だろ?」

 

妹紅の言う向こうの事情とは、おそらく俺たちのこの学園や《(ゾア)》の事などだと思われる。

確かに相手が機密にしているような情報を話してくれたのなら、こちらもその話してくれた情報と同等レベルの話はしないといけないという考えにもなるだろう。

事実俺もそう考える。

 

「だとしてもよ。なぜ話したの?黙ってても問題無いでしょうに……」

 

「なぜ……か。マフラーを巻いてるそこの少年以外は、幻想郷に戻れなくて困っていた私に衣食住を提供してくれた恩人たちだ。そんな人たちに全てを隠して世話になるっていうのは、私的には居心地が悪い。それにここにいる人たちは全員私の話や存在を信じて、()()()()()()()()。だから変に心配する必要も無いよ」

 

そう妹紅がニカッと笑うのを見た紫さんは、一瞬大きく目を見開いた後に俺たちを見回しーーー苦笑いした。

 

「……そう、珍しいわね。貴女のような現実には存在しないような者を受け入れてくれるなんて……」

 

「まあ、この世界では不老不死とか妖怪とか言われても珍しくないんだよ。それ以上にぶっ飛んでる奴らが多いからな」

 

「そうですわね。ここには妹紅を合わせても、不老不死者が三人程いますし……」

 

「妹紅ちゃんみたいに別世界から来た子も、過去から転生してきた子もいるし」

 

「……とまあ、私の存在は彼らにとってあまり珍しくないんだとさ」

 

「ーーーーーー」

 

影月、理事長、安心院の言葉に紫さんは驚愕したのか、目を見開いて固まる。

その反応も当然か。普通ならあり得ないような人たちがこの世界にはいるわけだし。

 

「まあ、そんな話は後で話せばいい。それでーーー私を幻想郷に連れ戻しに来たんだよな?」

 

「え、ええ、そうよ。本来幻想郷の住人がこうして別の世界にいるのはダメなの。まあ、今回は貴女を理解してくれた人たちのおかげで色々と問題は出ていないようだけど……」

 

「やったじゃないですか!妹紅さん、帰れるんですね!」

 

「あ〜……紫、その事なんだけどさ……」

 

紫さんの言葉と優月の嬉しそうな言葉に妹紅はバツが悪そうに頭をかきながら言う。

 

「一回幻想郷には戻るけどさ……またこっちの世界に戻っていいか?」

 

「……余程こっちの世界が気に入ったのかしら?それとも何かこっちに戻らなければならない事情でも?」

 

「う〜ん……。どっちもあるんだけどさ……多分心配してるだろう慧音に顔見せないといけないし、そこの巴の魂も探さないといけないからさ」

 

『えっ……?』

 

妹紅の何気なさそうに言った言葉に俺たちは揃って声を上げる。

前者の方の理由は分かる。慧音というのが誰かは分からないが、妹紅がこっちの世界に迷い込んでからもう二ヶ月くらいになるそうだ。流石にそれだけ空けば、妹紅と親しい人たちは当然、心配しているだろう。

しかしーーー

 

「も、妹紅ちゃん……?巴ちゃんの魂を探すって……どういう事なの……?」

 

顔を真っ青にしたみやびが後者の言葉の意味を妹紅へと問いかける。それは俺やおそらく影月たちも知りたいものだった。

そしてその答えは、橘をチラッと見た紫さんの口から告げられる。

 

「巴ってこの()()()()()()()子の事かしら?」

 

「魂が……抜けている……?」

 

その言葉に影月が滓れるような声で尋ねる。

その声はまるでその言葉の意味を認めたくは無いが……聞かないといけないという気持ちが感じられる。

やはり影月はさっき、みやびに向かってああは言ったものの内心は自分をずっと責めているのだろう。

そんな影月の内心を知ってか、妹紅が論すように話す。

 

「そう。実は彼女の魂が朝から感じられなくてね……。って言っても、死んでるってわけじゃない」

 

「そうね。今の彼女は肉体と魂が別々になっている状態よ。分かりやすく言うなら、幽体離脱していると言えば分かるかしら?」

 

朝から橘の魂が抜けている……?って事はつまりーーー

 

「橘の……魂が無いから……このままじゃあ、橘は永遠に目覚めないって事か……?」

 

俺の予想と全く同じ事を口にした影月に対して妹紅は首を縦に振る。

 

「そういう事。それじゃあ、みやびも影月も、皆も困るだろう?まあ、私も折角出来た友人がこのままってのも嫌だからね。だから幻想郷の閻魔か白玉楼の亡霊に頼んで彼女の魂を探してもらおうと思ったんだ。魂関係ならそっちの方が専門家だろう?きっとなんとか出来るよな?」

 

「まあ、多分出来ると思うけれど……」

 

「なら紫、苦労して私を探しに来てもらって悪いんだけど……今度は彼女を救う為に手伝ってくれないか?」

 

妹紅の申し訳なさそうな苦笑いを見た紫さんは、少しの間考えた後に妹紅を見据える。

 

「……なんだか変わったわね、妹紅。前の貴女ならそんな事しなかったし、言わなかったじゃない」

 

「……そうだな。確かに前の私だったら普通の人間だろうと、大切な人だろうと救ってあげたいなんて言わなかっただろうね。どうせ私より早く死ぬんだから、救っても別れる時間が先延ばしになるだけだ」

 

妹紅は不老不死だ。それはつまり、彼女は自分の事を気にかけてくれた大切な人たちと一緒に歳を取る事が出来ないという事でもある。

周りが老いていく中、自分だけは一切変化が無く過ごしていくーーーそれ程悲しく辛い事は無いだろう。

 

「でも彼らと会って、香ちゃんと会って思い出したんだ」

 

そう言った妹紅は俺たちの顔を見回してーーー最後に近くにいた香の頭を撫でる。

 

「私を気にかけてくれて、手を差し伸べてくれた大切な人や友人を守り、救いたいってさ……」

 

そう言った妹紅の顔は、嬉しそうなーーーしかしどこか複雑そうな笑顔を浮かべていた。

 

「だからさ……紫、同じ幻想郷に住んでいる友人として頼むよ。手伝って?」

 

妹紅の二度目の頼み。それを受けた紫さんはーーー

 

 

 

「……はぁ、分かったわ。つまり貴女を人里に送って、後は映姫か幽々子に頼み事をお願いするのを手伝えばいいんでしょう?」

 

「そして後は巴の魂を持って戻って来られたらいいなぁ……って感じだな。ちょっとだけ冬眠は我慢してくれ」

 

妹紅は苦笑いを浮かべながらそう言った。どうやらこの後の予定が決まったようだ。

 

「妹紅は……幻想郷に戻るのか?」

 

「まあ、数日程度だよ。また戻ってくるつもりだ」

 

「……じゃあーーー」

 

妹紅の言葉を聞いた影月は覚悟を決めたような顔をして言う。

 

「俺も幻想郷へ連れて行ってくれないか?」

 

「えっ!?兄さん、何を……!?」

 

「……橘がこうなってしまった原因は俺だ。だから……俺は彼女を救える方法があるのなら、それに協力する。それが俺が今、橘に出来る罪滅ぼしなんだよ」

 

「兄さん……」

「「影月……」」

「影月さん……」

 

優月、リーリス、理事長、美亜が困ったような声を出して影月を見る。

 

「妹紅、頼む。そっちの方の用事にも付き合うし、特に邪魔もしない。だから……俺にも橘の事、協力させてくれ」

 

「…………私は構わないけど、紫は?」

 

「あまり力は使いたくないのよね……でも妹紅の頼みを了承した手前、断るのもあれだからいいわよ。……ついでにもう後三人くらい来てもいいわ。どうする?」

 

「なら私も行きます。兄さんだけじゃ、心配ですからね……私みたいなお目付役がいた方がいいでしょう?」

 

紫さんの問いかけに手を上げたのは、優月だった。

確かに影月のお目付役として妹である優月はぴったりだ。相手の小さい心の変化とかも気付くし、何より心の傷付いた影月相手に、元気付けるような事が出来るのは俺たちより付き合いが長くてより信頼のある優月か理事長くらいだろう。

 

「あ……私も行きます!妹紅さんの住んでいる世界、気になっていたので一回行ってみたかったんですよ!」

 

「……私も行こうかな。もっと別の世界を見てみたいし」

 

そして次に名乗りを上げたのは、香と美亜の二人だった。

香は妹紅と以前、幻想郷の話をしていて「そんな面白そうな所なら行ってみたいです!」とか言ってたし、美亜もその会話にそれなりに興味を示していたから行ってみようと決意したのだろう。

どちらにしてもこれで定員は埋まった。

 

「分かったわ。それじゃ、早速幻想郷に帰る?それとも……」

 

「明日にしてくれ。彼らは学生だからやらなきゃならない事もあるだろうし、私もちょっと用があるからね。それにーーー」

 

妹紅がそこで言葉を区切り、俺たちは「それに?」と問い返す。

するとーーー

 

「腹減ったから朝飯食べたいし」

 

苦笑い気味で発した言葉に俺たちは揃ってずっこけそうになる。

確かに色々話していたから、もうそろそろ朝食の時間だがーーー

 

「……俺も腹減ったな……」

 

「貴様もか、透流……」

 

続いて俺が言うとトラに呆れたように肩をすくめられた。

 

「し、仕方ないだろ。もうそろそろそんな時間だしさ」

 

「それもそうだが……」

 

「ふふっ、それなら皆で朝食を食べながらお話しましょう!紫さんもどうですか?」

 

「あら?なら、お言葉に甘えようかしら……ちょっと式に連絡するから待って」

 

そう言うと紫さんは、先ほど彼女が現れた亀裂とは別の小さな亀裂を作り出し、そこに向かって話始めた。

 

「何をしているんだ……?」

 

「スキマを通じて、幻想郷にいる自分の式神に連絡してるんだ」

 

「式神!?」

 

「……トール、式神とは?」

 

「聞いた事はあるけど……」

 

「昔から日本に存在する呪術だぜ。自分に従わせて、使役出来る鬼神とかに対して言うんだ。もっと分かりやすく簡単に言えば、スタ○ドかポ○モンって感じかな?」

 

安心院の説明に納得する。特に最後のス○ンドとかポケ○ンでハッキリイメージ出来た。

 

「そうよ、だから朝ごはんは寂しいだろうけど、(ちぇん)と一緒に食べてちょうだい。ええ、じゃあ明日、妹紅と数人のゲストを連れて戻るわ。じゃあね〜♪」

 

『ちょっ!?紫様!?ゲストってなんですか!?紫さーーー』

 

スキマの向こうから聞こえる悲鳴を無視して、紫さんはスキマを閉じた。

 

「……私たちが向こうに行く事は言わないんですか?」

 

「え〜……言わない方が面白そうじゃない?」

 

「……まあ、否定はしない」

 

「ふふっ」

 

そんなやり取りをし終えた俺たちは揃って食堂へと向かうのだったーーー

 




というわけで結構出るの早かった、東方界のデウス・エクス・マキナ!八雲紫さんの登場です!

ちなみにこの小説の紫は様々なギャグに乗ってくれたりする、結構明るい紫様です。
というか幻想郷の住民って、紫を胡散臭いって事で比較的避けているようですが……メルクリウスと比べたら……ねぇ?

影月「比べる対象間違ってんだろ」

それはともかく……誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!

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