アブソリュート・デュオ 覇道神に目を付けられた兄妹   作:ザトラツェニェ

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原作五巻突入!ちょっと分かりづらいかもしれませんね……



第三十七話

no side

 

「……朔夜、どこまで行くんだ?」

 

「もう少しですわ」

 

綺麗な月が浮かび、地上の草木をその優しい光で照らす中、朔夜と影月はそんな月の灯りとは無縁の学園の地下へ続く階段を降りていた。

なぜかと言うと、いつもの如く朔夜が影月に話があると呼び出したからだ。

彼らが降りている階段は狭く、天井に薄っすらとついているライト以外の光源は無い。階段はゆっくりとカーブを描いているので、螺旋を描きながら下っていく構造になっている事が分かる。

 

「それにしても、時計塔の地下にこんな階段があったとは……」

 

「知らないのも仕方ないですわ。ここを知っているのは、一部の研究員だけですもの」

 

彼らは今、学園の中にある研究所で最高責任者である朔夜や許可された人しか入れない程のセキュリティが設定されている場所に向かっている。朔夜は影月にそう言うと、口を閉ざした。

しばらくの間、互いに無言となり、二つの階段を降りる靴音だけが響き渡る。

そんな時間が数分程経っただろうかーーー朔夜が唐突に口を開く。

 

「そういえば、影月、以前戦ったRAY……覚えてますわよね?」

 

「ああ……忘れる筈が無い」

 

朔夜の言葉により影月の脳裏に浮かんだのはーーーあの日、月光や仔月光、《神滅士(エル・リベール)》と共に襲撃し、猛威を振るったRAYの姿だった。

それを思い出すと共に、ある疑問が浮かび上がる。あの戦闘が終わった後、残った戦闘可能な月光や仔月光、さらに破壊されたRAYはどうなったのか……彼や透流たちは知らなかった。なので影月は朔夜にその事を聞く。

 

「そういえば、月光とか仔月光とかRAYはあの後どうしたんだ?」

 

「それはーーー」

 

朔夜が立ち止まる。朔夜の目の前には扉があり、どうやらその扉の先が目的地のようだ。朔夜は壁にあるパネルを操作しーーー扉を開く。

 

「この先に行けば分かりますわ」

 

影月に振り向きながらそう言って、妖艶に笑う朔夜。

その言葉と笑みに影月は若干嫌な予感を覚えるも、朔夜はそんな影月の気持ちなど知らずに扉をくぐる。

いつまでもそのまま立っているわけにもいかないので、影月も朔夜の後に続いてその扉をくぐった。

 

「真っ暗だな……」

 

その扉をくぐった先は、見渡せない暗闇が広がっていた。暗過ぎて目視では何も見えないが、先ほど呟いた声がかなり反響して聞こえた事から、ここの壁は鉄のように固く、音をよく反響させるという事だけはかろうじて分かった。

 

「影月、是非貴方に見てほしいものがありますの」

 

隣にいた朔夜がそう言うと同時に、先ほどまで暗かった空間が突如明るくなる。

 

「ーーーっ!」

 

影月は突如ついたその明かりに眩しさを感じ、手で顔を覆う。

だがそれも一瞬で段々と明るさに目が慣れてきたので、手をよけて視線を目の前に向ける。

そこにはーーー

 

「ーーーーーーーーー」

 

影月が言葉を失う物が、静かに佇んでいたーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくし、地上ではとある場所で《超えし者(イクシード)》と《神滅士(エル・リベール)》の両者が、一瞬の気も許す事が出来ない激戦を繰り広げていた。

 

「オラァ!まだまだ行くぜぇ!」

 

月見璃兎は自らの《焔牙(ブレイズ)》の《力》、《狂蛇環(ウロボロス)》を振り回しーーー

 

「ふふっ、中々やりますね」

 

対する《K》は環状の刃の間合いに留まりながら、《死化羽(デストラクション)》の羽の一枚を銃へと変化させ、光弾を撃ち出して応戦する。

《K》がこの間合いを選択した理由は、璃兎の間合いの外ーーー上空へ飛んで一方的に攻めても距離が空き過ぎている為、自身の放つ光弾が容易く回避されると判断したからだ。

時には相手の隙を窺い、時には相手の反撃を許さないように攻め立てるーーー互いに小さな傷は負うも、決着を左右する一撃はどちらも決めあぐねていた。

 

 

 

だが、唐突に二人が予期せぬ形で隙が訪れる。

 

 

 

光弾をかい潜り、璃兎が環状刃を振るう。

しかし《K》は咄嗟に《死化羽(デストラクション)》の高速突進を発動させて環状刃を、そして璃兎の頭上を飛び越すように回避する。

そのまま身を捻り、左右の手に握った銃を乱射しようとした刹那ーーー《K》の表情が苦痛に歪み、一瞬動きが鈍る。動きが鈍った理由はこの戦闘が始まる前に、組織の追っ手によって負わされた傷によるものだった。

 

 

 

 

それはほんの僅かな隙だが、実力が拮抗した戦闘においてその一瞬は致命的となる。

 

「もらったぜぇ!!」

 

その一瞬を見逃さず、璃兎は《狂蛇環(ウロボロス)》を放とうとした瞬間ーーー今度は璃兎の動きが止まった。

 

(なっ……!?()()()()()()()()()()()()()!?)

 

彼女の視界の先に、吉備津桃(きびつもも)がいた為に。

なぜ彼女はここに居たのかーーーそれは明日から一週間にも満たない夏休みがあるのだが、彼女は校舎へ夏休みの課題プリントを忘れてしまい、それを取りに来たからだ。彼女は日頃から忘れ物が多く、今回もその忘れ物をしたせいで、この戦闘に巻き込まれてしまった。

彼女は物陰に隠れながら南へと逃げたのだがーーーそれを追うかの如く戦闘領域が移動してきたのだ。これは寮や研究施設のある校舎から少しでも距離を空けようとした璃兎の判断が裏目に出てしまった結果だった。

 

 

そんな僅かな集中力の乱れで出来た一瞬を《K》は見逃す筈も無くーーー璃兎の肩口に光弾が直撃、炸裂した。

 

「ぐぅうっ!!」

 

ダメージを受け、よろめいた璃兎の顔へ、体へ、四肢へと次々に光弾が撃ち込まれる。

ガードを固めて致命的な一撃だけはなんとか避けたものの、背中から芝生へと叩きつけられた。

光弾が炸裂した部分は焼け爛れ、苦痛に顔を歪めるもーーー立ち上がった璃兎が目にしたものは、《K》が上空で光の集まったマズルを自身へ向けている様だった。

 

「や、べぇ……!!」

 

回避しようと飛び退くも、すでに璃兎に本来の速さは無くーーー放たれた二条の赤色光線の内一つを避けきれず、脇腹が大きく抉られ、鮮血が夜空に舞った。

直後、背後で爆発が起こり、その衝撃を受けて璃兎は大きく吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

「……ー!せんせー!うさせんせー!起きて、うさせんせー!!」

 

意識を取り戻した璃兎の視界へ最初に映ったのは、吉備津が彼女の顔を覗き込みながらぽろぽろと涙を零す姿だった。

 

(くそ……体が動かねぇ……。いやそれよりもーーー)

「バ、カやろ……はやく……逃げ、ろ……」

 

擦れる声で告げるも、もはや手遅れだと吉備津の背後に立つ影を見て知る。

 

「不運でしたね、月見璃兎。この少女が居なければ、結果は逆になっていたでしょうが……闘いにアクシデントはつきものです」

 

「あ、あ……アタシの、負けだ……だから、アタシはどうなっても、いい……だけど、こいつは、見逃、してくれ……」

 

「ふふっ、命乞いより己を犠牲にしてでも生徒の助けを乞うとは、素晴らしい心根を持つ女性だ」

 

そう口にする《K》を、吉備津は震えながらに見ていた。

 

「ですがーーーその貴女の意志が私には酷く不愉快です」

 

《K》の脳裏に浮かぶは、九重透流や如月影月、如月優月の顔。

 

「だからこそ、その願いを聞き入れるわけには行きませんね」

 

「「ーーーっ!!」」

 

その言葉の指す意味に、璃兎と吉備津は息を呑む。

 

「ふふ、いい表情だ。ですが、私も鬼ではありません。仲良く逝かせてあげますよ。そして貴女たちの死体を、彼らの目の前に転がすとしましょう!」

 

愉悦とも取れる邪悪な笑みを顔に貼り付け、赤光の刃を振り上げる。

 

「や、めろ……やめろーーーっ!!!」

 

止めようにも、璃兎は吉備津を庇う事はおろか、腕一本動かす事すら敵わなかった。

 

 

 

 

 

 

(くそぉ……アタシじゃ……誰か……誰か助けてくれ……《異能(イレギュラー)》……《異常(アニュージュアル)》……安心院……なあ、お前ら、なんでもするから、助けてくれ……)

 

 

これまで神仏に祈る事が無かった彼女が初めて願う。

 

 

 

 

 

 

 

その願いはーーー届いた。

 

 

 

 

 

 

璃兎と吉備津の前に突然見覚えのある少女の後ろ姿が映りーーー《K》が振り下ろそうとしていた赤刃を、その少女は自らの手に持った《(ブレード)》で弾き飛ばす。

 

「《K》……生きていましたかーーー」

 

「おぉおおおおおっっ!!」

 

その直後、上空から雄叫びと共に拳が降ってきた。

咄嗟に《K》は大きく背後へ飛び退き、その一撃をかわしーーー闖入者(ちんにゅうしゃ)の姿を捉え、高笑いをする。

 

「ふ……ふふっ、はーっははははは!!来ましたね!如月優月、九重透流!!ははははははっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡り、学園の地下ーーー

 

 

 

「ーーー朔夜、こいつは……」

 

「ふふっ……驚くのも無理はありませんわ」

 

その反応を見て、朔夜は楽しげに笑う。いつものような全てを見下したかのような笑いではなく、年相応の笑いであった。

そこにあったのは、今から百年程前に開発され、ある一部の者たちからは『悪魔の兵器』と呼ばれた核搭載二足歩行戦車ーーー「メタルギアREX」だった。

影月は暫くその旧世代の恐るべき兵器を見ていたがーーーようやく我に返ったのか、ため息をはく。

 

「……はぁ……前に朔夜が何か恐竜みたいな物が書いてある資料を見てると思ったら、これの事だったのか……なあ、なんでこの兵器「REXですわ」……REXをここに持ってきたんだ?」

 

「以前の襲撃でこの学園の警備に不安が出来たから、役に立ちそうなものを探していたら、偶然これを見つけたーーーと言った所ですわね。……表向きは」

 

「……表向きか……じゃあ本当の真意は?」

 

影月が隣に立つ朔夜を見つめながら問う。朔夜もその紫色の瞳を影月の漆黒の瞳と合わせながら答えた。

 

「…………貴方の為……ですわ」

 

「俺?」

 

朔夜の返事に影月は首を傾げる。一方の朔夜は顔を影月から逸らして続ける。

 

「……ねぇ、影月。私は貴方の役に立ちたいと思っていますの」

 

朔夜はREXへと歩みを進める。

 

「以前、貴方はこう言いましたわよね……『俺が一緒に来てほしいと言ったら、来てくれるか?』とーーー私はあの後、ずっと考えていましたわ。貴方に来てほしいと言われなくても……私は貴方にずっとーーー永遠について行きたい。ついて行って、貴方の役にーーー優月や皆さんの役に立ちたいと思いましたの」

 

「朔夜……」

 

「……ですが、私は戦闘も出来ず、何も役に立つ事は出来ませんわ。……そんな私が居ても、皆さんにとっては邪魔なんじゃないかって思っていますわ」

 

「そんな事は無い。今まで無事に過ごしてきたのは朔夜のおかげだ。臨海学校の時もそうだろ?助けを求めた相手については何も言えないが、結果的に朔夜が色々と布石を打ってくれたから被害が最小限に抑えられたんだぞ?……役に立たないって思ってるかもしれないけど、俺たちにとっては十分朔夜に助けてもらってる。少なくとも俺はそう思ってるよ」

 

影月が朔夜の言葉に否定の声をあげると、朔夜の頬が少し緩むのが背後の影月には見えた。

 

「……そう言ってくれてありがとうございます。……それでも私は悩んでいましたわ。でもーーー」

 

REXの前で朔夜は影月に振り返る。

 

これ(REX)を見つけた時、とても嬉しいと思いましたわ。これで本当に貴方たちの役に立てるとーーー私を救ってくれた貴方にようやく恩返しが出来るとーーー」

 

「救ってくれた……?」

 

影月の疑問をあげる声に対して、朔夜は少し苦笑いした後、「こちらの話ですわ」と言い、REXの説明を始めた。

 

「話をREXに戻しますわね?これは有人機ですからもちろん他の人も操作出来ますわ。ですが影月の為に色々とこちらで改造させていただきました」

 

「改造?」

 

影月は朔夜に近付きながら問う。

 

「ええ、貴方の《焔牙(ブレイズ)()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ!?」

 

朔夜のその言葉に驚く影月。それもそうだろう。《焔牙(ブレイズ)》で動く兵器など聞いた事がないからだ。ましてやそんなものが開発出来るとは誰が思うだろうか。

 

「まあ、そうは言っても実験で研究員の《焔牙(ブレイズ)》に数回反応があったという感じですけれど」

 

「…………それってつまり未完成じゃないのか?」

 

確かに実験で僅か数回しか反応が無かったのなら未完成、あるいは失敗とも言えるかもしれないものだ。

だがーーー

 

「ですが、貴方の《焔牙(ブレイズ)》なら動かせるでしょう。複数の《焔牙(ブレイズ)》を作れて、それを意のままに操れるならこの兵器の内部に入れて動かす事もおそらく可能かとーーーそれに動かせる確率を上げる為に彼女からスキルも渡してもらってますし」

 

「…………は?」

 

前半の説明はまだ納得出来たが、後半の言葉が気にかかって声をあげる影月。

 

「あら、お忘れですの?あの日、無理やり彼女(安心院)からキスをされたでしょう?」

 

その言葉を聞き呆然となる影月。が、それも一瞬の事ですぐに問いただす。

 

「もしかしてあれはーーー貴女の指示か!?」

 

そう言う影月にくすくすと笑いながら、朔夜は答える。

 

「ご名答ですわ。彼女の機械を操作するスキル『機械には操られない(オペレイトマシン)』をスキル回収、返却のスキル『口写し(リップサービス)』で貴方に移譲させてもらいましたわ。ーーー渡し方については仕方ないので私は何も言いませんでしたが……まあ、これで私の予想が正しければ間違いなくーーー」

 

と、そこで朔夜が服の中に持っていた通信機が鳴り響いた。

出てみると、地上の学園警備隊からで内容は学園内で《神滅士(エル・リベール)》の《K》が襲撃、現在透流とユリエが交戦中だと言うものだった。

その中で月見璃兎が重傷であり、透流たちと共に来た優月、トラが月見と吉備津を連れて離脱、現在重傷であった月見を治療中という報告も二人は聞く。

 

「……分かりましたわ。彼が戦闘不能になるまでは手出ししないように。彼は九重透流と因縁があるようですから存分に闘わせてあげなさい。そしてもし仮に九重透流たちが彼を倒せなくても、こちらには保険がありますから心配はほとんど無用ですわ。準備に少しばかり時間はかかりますけれどね」

 

(保険って俺の事か……?)

 

影月は内心そう思うも、口には出さなかった。

そして通信が終わったのか、朔夜は通信機をしまい、影月に向き直る。

 

「さて……今、もうすでにこの事について断れない状況に追い込んでしまったのは謝りますわ。ですが仮に断れる状況だったとしても、影月ならやってくれるでしょう?友人の為に、私の為に、そして優月の為にもーーー」

 

「…………」

 

「如月影月、改めて聞きますわ。私の想いを乗せたこのREXーーー是非とも受け取ってもらえます?」

 

その言葉に影月は、暫く沈黙していたものの、静かに返事を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして地上では再び激戦が繰り広げられていた。

 

「くそっ!速いーーー」

 

透流とユリエは、《K》の纏う外部装甲ーーー《死化羽(デストラクション)》の加速能力や飛行能力に苦戦していた。

《K》が繰り出す突進攻撃(ブーストアタック)は《(レベル3)》のユリエが回避しきれない程の速さであり、一度飛行を許せば戦闘機を彷彿とさせる動きと速度で攻撃をしてくる。

 

「くそっ……人と闘ってる気がしないな……!!」

 

(シールド)》を構えながら、透流は悪態をつく。

 

「確かにそうですがーーーそろそろ慣れてきました」

 

ユリエのそんな言葉が聞こえたのは、《K》が高速突進により攻め込んできた時だった。

赤刃がユリエの肩を浅く斬り裂いたと同時、ユリエがカウンターで放った白刃の切っ先が《装鋼(ユニット)》を掠める。

 

「ふふ……ふはははは!!その身体能力でよく動いたものです!」

 

肩口に付けられた傷を見て、皮肉混じりの笑みを浮かべる《K》。

 

「っ……すみません、トール。大口を叩いておいて失敗してしまいました」

 

「い、いや、いいさ。それより傷は……?」

 

「大丈夫です」

 

そう言ってユリエは、肩を軽く動かした。

一方の透流は内心、先ほどのカウンターを思い出し、驚いていた。

 

(すごかったな……)

 

結果のみを見れば相手にダメージは与えられず、自らは軽度ながらも傷を負ってしまうという、明らかに失敗に終わった一撃だ。

しかし僅かな時間でこれまで対峙した事の無い動きへ対応し、フェイントを交えたどこから来るか分からない攻撃へのカウンターなど、《位階(レベル)》が上である透流にとっても早々出来る事では無かった。

それを行えたのは、今までの死闘を乗り越えた事で磨かれてきた賜物(たまもの)だろう。

 

「ふふ、集中力で身体能力の差を埋めるとは本当に素晴らしい。ーーーが、それ故に危険であると判断せざるを得ません!」

 

《K》はそう言うと、手にしていた赤刃から光を消し、切っ先の部分を透流たちに向ける。

 

「動きを鈍らせてから、改めてじわじわといたぶり殺してあげますよ!!」

 

「ーーーっ!ユリエ!!」

 

警告と同時、透流とユリエは左右に分かれるようにして飛びーーー透流たちの立っていた場所に光弾がいくつも撃ち込まれる。

 

「くそっ、銃にもなるのかっ!!」

 

透流は光弾を避けつつ、吐き捨てる。

 

「はははは、無様に逃げ惑いなさい!」

 

地上十メートル程の高さからの一方的な攻撃。

これまでとは違って一瞬の接触が無く、透流たちはカウンターを狙う事も出来ずに防戦一方となる。

飛び上がれば彼らにとっては届かないというわけでは無いが、向こうが飛行出来るという事は楽に回避されて、的にされてしまうだろう。

尚、ユリエの《双剣(ダブル)》を投げるという方法もあるが、当たらなければ無駄に攻撃方法を失うだけである。

 

「持ち堪えますねーーーならこれはどうでしょう?」

 

すると《K》は光弾を放っていた二丁の銃のマズルを透流一人に向ける。

 

「ーーーっ!まずい……!」

 

透流はその場で立ち止まり、手を向ける。

 

「《絶刃圏(イージスディザイアー)》!!」

 

透流は結界を発動し、その結界に触れた光弾は次々と爆発していきーーーそれらが消え去った所で、《K》は攻撃の手を休め、薄笑いを浮かべていた。

 

「ふむ……中々に厄介なものですね」

 

「お前が戯言(ざれごと)だと断じた、誰かを護りたいって意志から生まれたものだぜ、《K》」

 

結界を消し去り、透流は《K》を見上げる。

 

「相変わらず苛立たせてくれますね、貴方という人は……。所で貴方の能力ですが、幾つか気になる点を発見しましたよ」

 

「ーーーっ!?」

 

《K》のその発言にビクッとする透流。以前の臨海学校の際に、透流とユリエは《K》と闘ったのだが、その時も透流の攻撃を《K》は見切っていた。その為まさかとは思うも動揺してしまうのだろう。

 

「まず、咄嗟には使えない。先ほど飛行しながら攻撃していた際に気付きましたが……一部の攻撃に対して、ユリエ=シグトゥーナが割って入った事から、その可能性が伺えます」

 

「…………」

 

《K》の予想は半分当たりといったものだ。結界の発動方法は二つあり、意識のみで発動させるには僅かだがタイムラグが生じてしまう。なので前回の闘いの時は、RAYのプラズマ砲が来ると分かっている場合に使うーーーつまり先読みで展開するものだ。

もう一つは先ほどしていたように手を向ける事だ。この場合は一瞬で結界を生み出せるが、虚をついた攻撃に対しては間に合わないという事態が起きてしまう。

 

「次に持続時間。先ほど追撃が無いと分かるとすぐに消し去りましたね。その点から察するに結界を維持出来る時間は限られているーーー」

 

これに透流は内心正解だと焦る。

発動、維持には彼の《魂》を使うので、疲弊してしまうのだ。なので発動出来る回数も維持する時間も戦闘が長引くだけ少なく、短くなっていってしまう。

 

「最後の三つ目はーーーまだ憶測の中なのでなんとも言えませんね。……所で、沈黙しているという事は肯定という事ですか?」

 

「くっ……!」

 

透流は歯噛みしながらも、どうやって飛んでいる《K》に攻撃を届かせるか模索していた。

 

(落ち着け、破られたわけではないんだ……それよりもどうする?こっちの攻撃は届かない。ユリエの《片刃剣(セイバー)》を投げる手もあるけど、当たらなければ武器を失うだけだし……いや、待てよ?)

 

そこで透流の頭に単純な策が思い浮かぶ。

もはや策と言っていいのか分からない程に単純な手が。

 

「ユリエ!」

 

絆双刃(デュオ)》の少女の名を叫び、視線をある物へ動かしーーーそれに向かって走り出した。

ユリエもまた、策を理解したのか駆けてくる。

 

「ふむ、何か思いついたようですがーーーそうはさせませんよ!」

 

《K》が銃を構えるも、透流たちの動きの方が速かった。

目的の物ーーー立木へ辿り着いた瞬間、ユリエが《片刃剣(セイバー)》を振るって立木の幹を切りーーー透流はそれを《K》に向かって放り投げた。

 

「なっ……!?くだらない手を!!」

 

物を放り投げるという単純明快な行為は一瞬《K》に驚きをもたらしたが、すぐに落ち着きを取り戻した《K》は光弾を放ち始める。

幾つもの光弾が立木に当たって爆発し、立木はどんどんと落下していくが、透流はそれでも今度は立木を根っこから引き抜き、再び投げつけた。

 

「鬱陶しい!このような攻撃がーーー」

 

「当たるなんて思ってないさ。もっぱら当たっても《装鋼(ユニット)》を纏ったお前にはダメージは通らないだろうしな。だけどーーー」

 

「死角は生まれます……!」

 

「ーーーっ!!」

 

宙空の《K》が天を仰ぎーーー夜空に舞う少女の姿を捉える。

銃で撃ち落とすには若干遅い。ガードは間に合うだろうが、透流はそれでも構わないと思っていた。

この策は最低でも銃を落とさせるか、銃身にダメージを与えて使用不可にするのが目的なのだから。

 

 

だが、振り下ろされた白刃に対して、《K》は咄嗟に銃身に赤い光の刃を纏わせて防ぐ。

 

「残念でしたね。そしてこれで再び攻守逆転です!!」

 

《K》はユリエに蹴りを放つ。対してユリエは反撃を想定していたのか、腕を交差させて直撃を阻むーーーだが完全にガード出来ず、表情を歪ませた。

そのまま吹き飛ばされた少女へと再び銃となった《死化羽(デストラクション)》が狙いをつける。

 

「ユリエーーー!!」

 

その瞬間、透流はユリエに向かって走りながら結界を発動する。

しかし透流が結界で包んだのはユリエでは無く《K》の方だった。

透流は《K》を結界に閉じ込める形で発動したのだ。そして透流の結界は内側からでも同様の効果を持つ。

故に《K》が放った光弾はユリエに届く事無く、結界の内側に触れて爆発を起こした。

 

「内側からでも防ぐという事ですね。そして、これで三つ目は確信しましたね」

 

結界に阻まれている事を気にせずに、ユリエに光弾を撃ち出し続ける《K》は薄笑いを浮かべながら言う。

 

「《絶刃圏(イージスディザイアー)》とやらは、()()()へ同時に展開出来ないようですね」

 

「ーーーっ!!」

 

その言葉に透流は動揺する。

 

「ならばーーー」

 

《K》は片方の銃でユリエに向かって光弾を撃ち続けながら、透流にも銃口を狙い定めた。

 

「くっ……!!」

 

透流に向けられた銃から、赤い光が集まり始めた。

刹那、透流の脳裏に浮かんだのはここに来る前に寮の前から見た爆発と、その寸前に空から地上に走った光線でーーー

 

(やばい……!!)

 

咄嗟に飛び退き、ほぼ同時に一条の赤色光線が放たれた。

光線は大地を穿ち、僅かに時間をおいて爆発した。

爆風の中、地面を転がった後に膝を立てて空を見上げるとーーー先ほどまで、ユリエに向けられていた銃口が、今は透流へと向けられていた。

 

「っ!!牙を断てーーー《絶刃圏(イージスディザイアー)》!!」

 

ユリエへの攻撃が無くなった事により、新たに結界を発動させる透流。

そこへ二度目の赤色光線が、結界とぶつかり合う。

 

「っく……何て、威力だ……!」

 

結界に直撃した瞬間、びりびりと空気が震えーーーピシッと高い音を立てて、結界にヒビが入った。

瞬間、結界は砕け散り、赤色光線も爆発を起こす。

透流は衝撃波により吹き飛ばされてしまう。そのまま地面に倒れ込むも、すぐに立ち上がって空を見上げるもーーー《K》はいなかった。

 

「え……!?」

 

「トール!前です!」

 

その警告を聞き、透流は前を向くもーーー爆発によって起きた土埃の中から高速突進で《K》が飛び出してきた。

その手には赤く輝く刃が握られておりーーーその刃は透流の体を貫いた。

 

「トーーーール!!」

 

絆双刃(デュオ)》の少女の悲痛な叫びが、夜空に響き渡りーーー《K》は声を上げて笑い出す。

 

「く、くくっ……くはははははは!!ようやくですね、九重透流……!これで貴方は死を、ユリエ=シグトゥーナには大切な者を目の前で失うという、永遠に心を蝕む傷を刻み込む事が出来ましたよ……!ああ……この結果をどれほど待ち望んだ事か!」

 

《K》の言葉を前にして、透流は焼け付くような痛みにより体を震わせていた。

 

「あ……ぐ……く、くそっ……」

 

透流はなんとか震える手で《K》の腕を掴むもーーー喉からせり上がってきた、熱い塊を吐き出した。

 

「がっ、がはっ……!」

 

ピシャッと音を立てて、目の前に立つ《K》の纏う《装鋼(ユニット)》が赤く濡れる。

 

「ふっ、ふふふっ、ふはははははは!!」

 

目の前で笑う《K》の声さえ、徐々に聞こえなくなっていきーーー透流の意識は途切れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーール!!トール!トール!!」

 

刹那の間だけ意識が戻った透流の目の前には、ユリエがぼろぼろと涙を零しながら、彼の名前を呼んでいた。

 

「……ユ、リエ……?」

 

絞り出すように名を呼び返すと、深紅の瞳(ルビーアイ)を大きく見開いた。

 

「トール!!」

 

(……どうして泣いているんだ?)

 

彼の思考は定まっていない。一体どうしてーーーその疑問だけが頭を満たしていく。そして次第に意識が遠のいていきーーー

 

(ダメ、だ……。もう……意識が……)

 

彼は必死に意識を保ち、ユリエを哀しませないようにしようとするも、それに反して意識はどんどん暗くなっていく。

そして透流の意識が完全に闇に落ちる寸前ーーー

 

「トーーーール!!!」

 

絆双刃(デュオ)》の少女の泣き叫ぶ声が耳に残った。

 




次回へ続く!
誤字脱字・感想意見等、よろしくお願いします!

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