アブソリュート・デュオ 覇道神に目を付けられた兄妹   作:ザトラツェニェ

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戦闘があるのに戦闘描写をしてない件……すみません。
書いてたらこうなったから仕方ないんだ……(嘆き)



第二十四話

no side

 

広場は今、夕食の準備をしている多くの生徒たちで賑わっていた。

野菜などを切る者、鍋で何かを煮詰めている者、夕食が出来るまで友人と楽しく喋っている者ーーー

皆それぞれ自らがやりたい事、やるべき事をやっていた。

 

 

 

 

ーーーこれからこの場が突如戦場になるとは知らずにーーー

 

 

 

 

そんな賑わう広場の中心に突如雷が轟音と共に落ち、地面に落ちている砂などが舞い上がる。

突然、雲ひとつ無い空なのに雷が落ちるーーー明らかに異常な事だが、そのような事を考えている者は今、この場にはいなかった。

突然起こった現象に頭が理解出来ず、悲鳴どころか声すら上げられないのだ。

広場にいる生徒、教員、スタッフなど全員が広場の中心に注目する中、砂などが晴れて姿を現したのはーーー

 

「…………」

 

「優月……ちゃん?」

 

その人物と同じクラスメイトである吉備津が確認するように声を出す。

そこにいたのはいつもと雰囲気が違う優月だった。広場の中心に立つ優月は雰囲気だけでは無く姿も普段と違い、目が黒眼から碧眼となり、全身が青白く光っていた。時折小さく放電しているので、周りにいる者は彼女が帯電しているという事が分かった。

 

皆が優月に注目する中、彼女は周りにいる者たちに向かって話しかけた。

 

「皆さん!今この場にある者たちが向かってきています!後、数分でこの広場へ降り立ちます!」

 

彼女の言葉で広場にざわめきが広がる。

隣の人と話し合う人、言葉の意味が分からず呆然とする者、疑いの目を向ける者ーーー反応は様々だが、優月はそれらを一瞥し、自らの《焔牙(ブレイズ)》を天に(かか)げてある言葉を言った。

 

 

 

「私は光を放つ者!」

 

 

 

それと同時に《(ブレード)》から一つの光が上空に上がりーーー爆ぜた。

 

「あれは!?」

 

誰かが指を指しながら声を上げた。その光は満天の星空を明るく照らし、闇に溶けていた侵入者の姿を照らし出す。

 

「あの侵入者は数秒でこの広場へ降り立ちます!皆さん、分校内か安全な場所まで避難してください!」

 

彼女の言っている言葉が真実だとその場にいる者たちが理解した瞬間ーーー

 

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

 

誰かの叫び声と共に広場は混乱に包まれた。

一斉に分校や森の中へと走っていく者、未だ理解出来ずその場で立ち尽くす者、勇敢にも《焔牙(ブレイズ)》を具現化して構える者などこれまた様々な反応をする者たちを見て、優月は再び動き出す。

 

 

 

「落ちよ!」

 

 

 

そう言うと同時に数本の雷が森の中へ落ちた。

優月が森の中にいた侵入者に雷を落としたのだ。相手の気配は大体感じ取れるので出来る事だった。

周りにいる侵入者をほとんど倒した後、優月は呆然と立ち尽くしている者たちを抱きかかえ、分校内へと入れ始めた。

 

「ここなら比較的安全です!」

 

「あ、ありがとう!優月ちゃん!」

「すまねぇ……ありがとう、優月」

 

クラスメイトや分校生徒のお礼の言葉を聞きながら優月は再び外へと駆ける。

 

 

そして次々と着地してきた侵入者たち。彼らは一様に機械的なデザインの戦闘服に身を包み、口元しか見えないヘルメットを被り、突撃銃(アサルトライフル)を手にしていた。

その侵入者たちは着地した者から射撃閃光(マズルフラッシュ)と共に銃弾が放たれる。

その行為で広場はさらに混乱に(おちい)る。

生徒たちの多くは我先にと無様に逃げ惑う。それも無理はないだろう。

たとえ《超えし者(イクシード)》として訓練を受けていようとも、現状は約三ヶ月しか訓練を受けていない訓練生ーーー突如実戦に放り込まれて、闘う意志を持っている者など一握りである。

その一握りである小柄な少年ーーートラは《印短刀(カタール)》を手に奮戦していた。

 

「貴様らか……!!ふんっ、先の借りを今ここで返してやる!!」

 

火の粉が舞い散る中、トラは《絆双刃(デュオ)》であるタツや教員たちと共に立ち向かう。

そしてーーー

 

「トラさん!大丈夫ですか!?」

 

「心配いらん!そっちは?」

 

優月も戦いながら逃げ遅れた者の避難を補助していた。

問われた優月は少し表情を暗くし、言う。

 

「数人が森の中へ……みやびさんもいました」

 

「……ふんっ、世話の焼ける女だ。僕が行く」

 

小さく舌打ちをし、トラは夜の森へと姿を消した。

 

立ち向かう教員やスタッフも善戦するも、次第に劣勢と化していく。

避難した生徒も、立ち向かっている生徒も大半の者が「自分たちは殺される」と、絶望し始める中ーーー

唯一笑みを浮かべる人物がいた。

 

「くはっ、くははっ……!おいおいおい!派手にやってくれてんじゃねーか、おい!こんな招待客が来るなんて聞いてねーぞ。だが……面白れぇな!!」

 

うさぎ耳のヘアバンドを着けた、まだ少女の面影が抜け切っていない教員が笑う。

 

「ウチのガキどもへ何しやがるとか、ドーリョーをよくもとか、まあ言いたい事は色々あっけどな。とりあえず、マジでやらせてもらうぜ……!!」

 

牙剣(テブテジュ)》ーーーいや、剣身の三分の二程が鋼線によって繋がる幾つもの刃に分離し、鞭のように扱う武器ーーー《蛇腹剣(スネイク)》を手にした月見が《焔牙(ブレイズ)》を振るう度に侵入者たちが次々と血を出し、倒れていく。

 

「この女だけは別格だ、注意しろ!殺ってしまえ!」

 

リーダーらしき男の指示に、襲撃者たちは散開し、距離を取る。

そして銃を乱射しようとしてーーー数人が雷に撃たれ倒れた。

襲撃者たちはその現象に驚きを隠せないでいた。

そして雷を落とした本人ーーー優月が月見の隣に現れる。

 

「月見先生!大丈夫ですか?」

 

「ああ!助かったぜ!しかしキリがねぇな!もう使()()()()()ぜ!」

 

月見は《力ある言葉》を言い、《焔牙(ブレイズ)》の真の力を解放する。

その姿に襲撃者たちは圧せられ、引き金を引く力が緩む。

 

「喰い殺せーーー《狂蛇環(ウロボロス)》!!」

 

それは己の目にしているものは、幻覚では無いかと思わせる光景だった。

月見の手にしていた《蛇腹剣(スネイク)》は、剣身が三分の一程になっていた。

では後の三分の二は?ーーー答えは月見の頭上にある。

天へかざした手の先で、まるで自らの尾を喰らう蛇の如く、輪を作るようにして回転していた。宙に浮く直径三メートル程と化した環状の刃を目の当たりにし、歴戦の兵士である襲撃者たちのせに薄ら寒いものを感じる中でーーー月見のは凶笑を浮かべた。

 

「さあ踊り狂おうぜ、月の兎と共に!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフ、中々やりますね」

 

分校の屋上で射るような双眸を持つ少年ーーー《K》が広場の様子を見ていた。

劣勢だった学園サイドは月見の《焔牙(ブレイズ)》によって戦局が変わった。

宙を駆ける刃は月見の意志によって動き、次々と《K》の部下を切り裂き、叩き潰していく。

しかし増援はまだまだ来るのだ。《K》は余裕の表情で分校執務室へ向かおうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

がーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ、すごいなぁ。あの子の《焔牙(ブレイズ)》。あんな力があるんだ〜」

 

突然背後からの声に《K》は持っていた銃ーーーグレネードランチャーを向ける。

そこにいたのはーーー

 

「……子供?」

 

《K》は眉をひそめ、その姿を確認する。

いたのは白髪の少女ーーーいや、声でかろうじて少年だと分かる者がいた。

しかし服装は軍服、右目には髑髏を模した眼帯を着けていて、雰囲気も一般人が発する筈が無い程の殺気を放っている事からただ者では無いと分かる。

しかしそんな雰囲気とは裏腹に少年は楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「あの子と戦ったら面白そうだな〜♪ねぇ、君もそう思わないかい?」

 

その少年に笑みを向けられた《K》の体は本能的に警告を発した。

この少年は危険だ、すぐに離脱しろとーーーしかし体からの警告に対し、《K》は否とした。まだ目的の人物も捕らえていないのだから。

 

「あれ?ねぇ、聞いてる?……もしかしてーーー僕が怖い?」

 

「ーーーっ!?」

 

再び向けられた笑みを見た《K》は恐怖を全身で感じた。

無邪気なこの笑顔の中にこれ程の狂気的なものを浮かべる少年がいるか?とーーー

 

「まあいいや、どうやら君たちの目的の人はここにはいないみたいだしーーーまあ、楽しんで来なよ。僕は奴らを殺してくるから」

 

少年は分校の屋根から改めて下を眺め、高らかに喋り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しそうだねぇ?僕も混ぜてよ!」

 

広場にそんな無邪気なーーーだが、内容はとても物騒な声が聞こえ、誰もが動きを止めて辺りを見回す。

 

「ーーー!?あれは!?」

 

いち早くどこからの声か分かった優月が分校屋根を指差す。そこにいたのはーーー

 

「やあ、《越えし者(イクシード)》と《神滅部隊(リベールス)》諸君。今日はいい夜だねぇ、月が綺麗だからオツキミ日和ってやつなんじゃないかな〜?君たちも月を眺めるかい?」

 

中性的な顔立ちをした少年が無邪気な笑顔を浮かべて言った。

そんな何気無い言葉を言う少年に対して《神滅部隊(リベールス)》はもちろん、《越えし者(イクシード)》たちの背筋が凍り付き、体が震え出し、歯がガチガチと音を立てる。

突然現れた至って純粋無垢そうな少年ーーーしかしその顔に浮かべるものは無邪気と言うよりは、もはや狂人の笑みであり、彼が発している殺気は少しでも気を抜けばこちらの気が狂ってしまいそうなものだ。それを感じて体が本能的に危険を知らせているのだから無理も無い。

その中で冷や汗をかいている月見が精一杯の苦笑いを浮かべながら言った。

 

「なんだよ、あのガキは…………さすがのアタシでもあれの相手はちょっと勘弁してほしいぜ……」

 

「うーん、君なら僕と楽しく殺り合えそうなのに……残念だなぁ」

 

少年は月見の言葉を聞いて、心底残念そうに言った後、名乗りを上げる。

 

「さて、僕は聖槍十三騎士団黒円卓第十二位大隊長、ウォルフガング・シュライバー=フローズヴィトニル」

 

「……貴方がシュライバー……」

 

「そうだよ、君がユヅキか。ベイから話は聞いているよ?一度会ってみたかったんだよね♪そういえばもう一人の……エイゲツだっけ?彼は一緒じゃないのかい?」

 

「……兄さんもこちらに向かって来てる筈です」

 

「そっか、なら大丈夫そうだね」

 

そう言うと、シュライバーは軍服から二丁の拳銃を取り出した。

狼のルーンが刻印されたルガーP08のアーティラリーモデルとモーゼルC96ーーーこれらが彼の愛銃だ。

 

「まあ、僕がここに来たのは君たち《神滅部隊(リベールス)》の殲滅なんだよね〜。あ、それと本校に送った君たちの仲間も僕の仲間が相手している筈だからね」

 

シュライバーの言葉を聞いた襲撃者たちが少しだけ動揺した。

襲撃者の目的は本校と分校の襲撃ーーーは陽動で本当は《操焔の魔女(ブレイズ・デアボリカ)》、九十九朔夜を連れ去る事だ。

実際は分校に朔夜はおらず、重要人物はリーリスしかいないので、すでにこの計画は失敗しているのだが、隊長である《K》がその事に気が付くのは数十分後の話である。

 

「それにしても《神滅部隊(リベールス)》か…………ふふ、ふふふ、あははははははははは!!!」

 

襲撃者の組織名を呟き、笑い出すシュライバー。その笑いを見た者が感じたのは恐怖か、それともーーー

 

「君たちじゃ神は滅ぼせない。だからもし神がいるなら僕が滅ぼしてやるよ!さあ、泣き叫べ劣等。今夜ここに神はいない!」

 

シュライバーは広場に向かい跳躍した。月の兎の次は狂犬が広場に乱入し、広場はこれからさらに混乱する事になる。

 

 

「さあ、始めようか?戦争だぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 影月

 

「影月、広場にあの方がいますわ」

 

「あの方?メルクリウスか?」

 

俺に背負わされてる朔夜が目を閉じながら言った。

朔夜には俺の《焔牙(ブレイズ)》を通して、島の状況を伝えてもらっている。

その為、俺の体に朔夜がものすごく密着しているのは仕方が無い。仕方が無いったら仕方が無い。

 

「いえ、黒円卓の大隊長が一人ーーーシュライバーですわ。本人も名乗ってましたし、容姿から見ても間違い無いですわ」

 

『!!?』

 

朔夜が出した名前に俺の周りにいたいつものメンバーが驚く。

ここにいるのは俺、朔夜、透流、ユリエ、橘、みやび、トラ、伊万里、そしてリーリスの執事の少女、サラだ。

なぜこのメンバーなのかと言うと、俺と朔夜が広場に向かっている途中、戦闘服を着た男と戦っている透流と遭遇し、俺が横から男を突き刺して倒した後、男を追っていたというトラが到着。次いでユリエ、伊万里、サラの三人が合流した。

 

ちなみにみやびは先ほどまで橘に肩を抱かれながら泣いていた。聞けば男に追われていたのはみやびだったらしいので、恐怖から解放され泣き出してしまったのだろう。しかしその泣いた時より前にも目が少し赤くなっていたので、少し前にも泣いたのだろう。

だが、何で泣いたのかは聞いていない。いや、事情を知らない俺が首を突っ込む事では無いだろうから聞かない事にしたのだ。さらに今は襲撃されているという状況でもある為、聞くのは無しという事にした。

 

 

伊万里たちはリーリスにこの状況を伝えて(透流にらしい)と言われ、ここに来たらしい。

リーリスが一人、分校執務室で残っている(おそらく朔夜を逃がして時間稼ぎしていると見せかける為)と聞かされ、透流たちが分校へ向かおうとしてる時に先ほどの朔夜の報告だ。

 

「仕方ないな……分校へ急ごう!朔夜は置いていけないから俺と向かうとして、リーリスご指名の透流と《絆双刃(デュオ)》のユリエ、後一人来てくれるといいんだが……」

 

「あたしが行くわ。すぐに戻るってリーリスに約束したもの。力不足かもしれないけど……透流、影月、お願い」

 

そこで伊万里が声を上げ、俺と透流に頼み込む。

強い意志を瞳に浮かべた、伊万里を見て俺と透流が顔を見合わせ考えているとーーー意外な人物が口を開いた。トラだ。

 

「……連れて行ってやれ、行きたいって言ってるからな。僕たちは森に逃げた生徒たちを探す」

 

「「トラ……」」

 

「早く行け。急がないと手遅れになる」

 

「……分かった。行くぞ透流。トラ、任せたぜ!」

 

「ああ……悪い、トラ。任せる」

 

「トラ、あたしからもごめん。それと、ありがとう」

 

俺たちの言葉にトラは顔を背ける。

 

「適材適所となっただけだ。……そんな事より、貴様ら全員生き残れ。分かったな」

 

「……なら、そっちも生徒たちを無事に助け出せよ!」

 

「皆様ーーーお嬢様をよろしくお願いします」

 

サラが頭を下げ、透流が必ずと返事をして出発する事にした。

 

「行くぞ!!透流、ユリエ、伊万里!」

 

「ああ!」

「ヤー!」

「うんっ!!」

 

トラたちを残し、分校に向かって走り出した。

走り出すと今まで黙っていた朔夜が辛うじて背負っている俺だけに聞こえる声で言った。

 

「本当……頼りになる方たちばかりですわね」

 

その言葉に少しだけ頬を緩める俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

広場に辿り着くとそこは地獄が広がっていた。

巨大な環状の刃が侵入者を切り裂き、銃撃音や悲鳴、怒号が聞こえ、広場が血の海と化していた。

 

「あれが月見先生の《焔牙(ブレイズ)》……《(レベル4)》で解放される力か」

 

「巻き込まれないように気を付けてくださいな。さあ、貴方たちは洋館に向かいなさい!」

 

朔夜がそう言うと、月見先生の《焔牙(ブレイズ)》で呆気にとられていた透流たちが我に返り、洋館の中へ入って行った。

 

「朔夜はどうする?洋館の中へーーー」

 

「いいえ、出来ればこのまま肌身離さず守ってほしいですわ。影月は私を背負っていても何も支障が無いみたいですし」

 

「……戦うってなるなら支障は出るが……」

 

「それでも守ってください」

 

「いや、でも「でも、ではありませんわ!守ってくれるって言いましたわよね?」……」

 

そんなやり取りを三十秒程言い合った結果、俺の方が仕方なく折れたのだったーーー

 

 

 

 

 

「優月!無事か!」

 

「兄さん!!」

 

俺は朔夜を背負ったまま、優月の元へと駆ける。優月は嬉しさと安心が混じったような顔をして俺を呼んだ。

途中襲撃者が立ち塞がったが、優月の雷に撃たれ倒れてゆく。

優月の元へと辿り着くと、二人ーーーいや、正確に言うと三人で背中合わせになる。

 

「待たせたな。大丈夫か?」

 

「はい!朔夜さんも無事でよかったですけど……なぜ背負われたままなんですか?」

 

「守ってもらってるからですわ。それよりもここにはもう一人ーーーシュライバーがいる筈。どこにいますの?」

 

優月の質問にさらっと朔夜が答え、今度は朔夜が質問する。

朔夜が言っていたのが本当ならここには軍服を着た少年がいる筈なのだがーーー

 

「私たちは攻撃されてませんが……兄さんにも見えませんか?」

 

「……何?」

 

優月がそんな事を俺に問う。どういう事だと俺が聞き返そうとするとーーー

 

「……まさか、いますの?」

 

「はい、見えないだけです」

 

朔夜が思い当たったように呟き、優月が頷いた。

 

「見えない?透明になるとかじゃなくて……だよな?」

 

「はい……スピード系の能力とは思ってましたけど……()()()()()()()とは思いませんでした」

 

そう言われ、目を凝らし周りを見るが、何も見えない。だがーーー

 

「ぐあぁぁぁぁ!!」

 

襲撃者が一人、また一人と血を吹き出しながら倒れていく。しかし俺から見ると何も無いのに勝手に悲鳴を上げて倒れているようにしか見えなかった。

 

「あははははははは!!!」

 

その時楽しそうな笑い声が聞こえ、その方向へ向く。そこにはーーー

 

「ああ、久しぶりの戦場だから楽しいけど……君たちはなんて言うか、歯応えが無いなぁ」

 

先ほどから姿が見えなかった少年、シュライバーが立っていた。

 

「……お前がウォルフガング・シュライバーか」

 

「お?君がエイゲツかい?うわ〜……クラフトとツァラトゥストラに似てるねぇ。クラフト三世って所かな?」

 

「……ツァラトゥストラ?」

 

シュライバーは俺の姿を確認すると、何やら訳の分からない事を言い出した。

その会話の中で俺はある名前に疑問を持つ。

ツァラトゥストラーーー俺と似ていると言う事は、人物名なのだろう。あるいは魔名だと思うが。

 

「んん?クラフトかヴァルキュリアから聞いてないの?昔は我ら黒円卓の敵であり、今はハイドリヒ卿と共に(ことわり)を守護している者だよ」

 

「理?守る?」

 

返ってきた答えはもっと訳が分からないものだった。

優月も何やら訳が分からずに唸っている。

 

「こんばんは。シュライバー……とお呼びして構いませんの?」

 

俺と優月が二人揃って首を傾げながら考えていると朔夜がシュライバーに話しかけた。

 

「いいだけど、君は?見た所僕よりも子供みたいだけど……」

 

「九十九朔夜と申しますわ。影月たちの力ーーー《焔牙(ブレイズ)》を生み出した、ただの研究者ですわ」

 

朔夜がそう自己紹介すると、シュライバーは少し目を見開いて驚いたように言った。

 

「君がクラフトの言っていた《操焔の魔女(ブレイズ・デアボリカ)》かい?《焔牙(ブレイズ)》を生み出したって事は、君は天才なんだね!会えて嬉しいよ♪」

 

「……お褒めに預かり光栄ですわ」

 

シュライバーは純粋に会えて嬉しいのだろうから言ったのだろうが、朔夜はそれに対して少し顔をしかめる。褒められても相手が相手だからそれ程嬉しくは無いのだろう。

 

「君たちとはぜひ殺り合いたいけど……ハイドリヒ卿にはいいって言うまで戦うなって言われてるし、ここの敵もほとんど殺っちゃったからなぁ……仕方ない、回収して僕は帰るよ」

 

シュライバーはそう言うと、よく通る美声で詠い出した。

 

「Pater Noster qui in caelis es sanctificetur nomen tuum

天にまします我らの父よ 願わくは御名(みな)の尊まれんことを」

 

「Requiem aeternam dona eis, Domie et lux Perpetua lucest eis

彼らに永遠の安息を与え 絶えざる光もて照らし給え」

 

それは死んだ者たちに捧げる哀悼(あいとう)の歌だった。それは生者である俺たちの心にも響き、誰もがシュライバーの美声に耳を傾けた。

 

「exaudi orationen meam

我が祈りを聞き給え」

 

「ad te omnis caro veniet

生きとし生けるものすべては主に帰せん」

 

「Convertere anima mea in requiem tuam, quia Dominus benefect tibi

我が魂よ 再び安らぐがよい 主は報いて下さるがゆえに」

 

 

『ーーーっ!!?』

 

シュライバーがそう詠った瞬間、俺も優月も朔夜もーーーさらに教員やスタッフ、洋館から出てきた生徒たち、全員が息を飲んだ。

シュライバーの周りーーーいや、この広場中から(もや)のような陽炎めいたものが立ち上り出したのだ。

そしてそれらは怨嗟にーーー怒りや悲しみ、恐怖に(まみ)れた声を発し始めた。

それら一つ一つには薄っすらと顔があった。それを見た俺はこの陽炎めいたものの正体が分かった気がした。

 

「これはーーーもしかして死んだ襲撃者たちの魂!?」

 

「これが魂ーーーおぞましいですわ」

 

俺は驚き、朔夜が立ち上る魂を哀れむような表情をして見ていた。しかし次の瞬間異変が起きた。

その死者たちの魂がシュライバーの眼帯へと吸い込まれていく。

 

「ふふ、ふふふ……あははははははは!!懐かしいなぁ!昔ベルリンでも似たような事をしたねぇ……でもあの時よりはマシな魂が多くて少しは来た甲斐があったかな?」

 

「……化け物だ……」

 

誰かが呟いた事は誰もが思った事だろう。人の魂を吸って喰らい、喜ぶ。

まさに狂人ーーーそれはおそらく他の団員にも言える事だろう。

無論あらもーどで会ったベアトリスさんたちも……

 

「さて、それじゃあ僕はもう行かなくちゃならないけど……また君たちと会える時を楽しみにしているよ?その時は……楽しませてよ?」

 

そう言って、シュライバーは森へと去って行く。

その後ろ姿を見て攻撃しようとする者や、追いかけようとする者はいない。

先ほどの不気味な光景もあったから、当たり前と言えば当たり前だ。

 

「……はぁ〜……」

 

シュライバーの姿が見えなくなり、俺がため息をはくと同時に広場のあちこちから安堵の声が聞こえてきた。

 

「よかったですね……ヴィルヘルムなら何とかなりましたけど……あれはちょっと無理ですね……」

 

「全くだな……しかもシュライバーは大隊長の中でも一番強い奴らしいしな……他の大隊長が来なくてよかったか……」

 

「……とりあえず、森の中に逃げた他の皆さんを助けましょう。朔夜さん、一応聞きますけどヘリはありますか?」

 

「ありますわ。ヘリも使いましょう。後は九重透流の方もなんとかしないといけないかもしれませんし……あの執務室には緊急避難通路という事で地下に繋がる扉がありますから、そこから外海に出たかもしれませんわ。手配しますわ……」

 

そう言って俺たちは慌ただしく、後処理を開始するのだったーーー

 




シュライバー卿登場!しかし主人公たちとは戦わない……ハイドリヒ卿の命令だもの、仕方ないよね。
それと優月の創造はもうちょっと先です!楽しみにしてる方すみません!(楽しみにしてる人いるのかしら?)

誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!

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