アブソリュート・デュオ 覇道神に目を付けられた兄妹   作:ザトラツェニェ

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大分遅れました。楽しみにしている人はいないかもしれませんが……どうぞ。

追記:後半を大幅に修正致しました。申し訳ありません。



第十七話

no side

 

「ふはははっ。さすがは《超えし者(イクシード)》。未調整では話にならんようじゃなぁ」

 

周囲でうめき声を上げて倒れている部下たちを見て、《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》は笑い声を上げる。

彼らの相手をした三國の体には傷どころか汚れ一つついておらず、寸前に行われた闘いが闘いとは呼べない一方的なものであった事を示していた。

 

「下に向かった者も応答がありませんね」

 

轟音(ごうおん)が途絶えた後、通信に応答が無い事で《K》は肩を(すく)める。

 

「フッフッフッ……ハッハッハッハッハッハッ!やるじゃねぇか。名乗りな、覚えておいてやる」

 

「……三國(みくに)と申します」

 

ヴィルヘルムに名前を聞かれた三國は微妙な顔をしながら自らの名前を言った。

 

「三國か!さっきは試すような真似して悪かったな」

 

「……いえ、こちらこそ戦闘を任せていただいてありがたいです」

 

ヴィルヘルムと三國の会話が終わると、今まで沈黙していた人物が口を開いた。

 

「じゃあ、そこのおじいさん?下に向かった男たちも私が回収していいかしら?」

 

ルサルカーー彼女が突然そんな事を妖艶な笑みを浮かべながらそう言い出したのである。

これを聞いた者は一斉にルサルカの方へ向き、その言葉に対し、疑問、恐怖などの表情を浮かべた。

しかしヴィルヘルムだけは違った。

 

「おいおいマレウス、そこにいる劣等だけじゃ足りねぇのかよ?」

 

「そうね。でも()()二、三人は必要ってだけだから。多いに越した事は無いわよ」

 

このやり取りを聞いた、《K》と《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》は顔を歪める。

内心は下でやられた部下を回収したいが、三國やヴィルヘルムがいるせいで下手に動けない。

それにルサルカの実力もよく分からない為、尚更手を出せない。

 

「……《K》くん、彼らは諦めるのじゃ」

 

「くっ……!」

 

《K》は自らの部下の事を思いながら仕方ないと割り切って、言う通り諦める事にした。

 

「じゃあ、私は回収しに行くわね♪」

 

ルサルカは機嫌良く館内へ入っていった。

 

「さて、この後はどうしますの?そちらが退かれるのであれば、こちらも手を出しませんしこの方々も手出しをしないでしょう」

 

手を出せず、歯噛みをする彼らに対し朔夜が小さく笑いながらそう言った。

 

「ほう、ありがたい話じゃ。ではお言葉に甘えて撤収するかのう。少し心残りもあるが……仕方ないのう……」

 

言外に見逃すと言われ、それを恥じることなく受け入れた《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》。

 

三國に倒された部下の回収を終えて、《K》たちの撤退準備が整った。

 

「それでは我々はこれにて。《操焔の魔女(ブレイズ・デアボリカ)》殿ーーいずれ、また」

 

「どうぞ、ご自由に」

 

踵を返したエドワードはヘリへと乗り込み、《K》も続こうとした時ーーー

 

館内から屋上へと一年生生徒とルサルカが共に姿を現した。

その姿を見て《K》は足を止め、()るような双眸を向けた。

特に目を引いたのは五人。先頭を横に並んで後ろを気にしながら歩いている少年(影月)少女(優月)

そしてその後ろにいる目的の一つであった黄金の少女(リーリス)

銀色の髪(シルバーブロンド)を持つ小柄な少女(ユリエ)

そして二人に挟まれるようにして歩く、黒髪の少女()を抱えた少年(透流)

 

 

《K》は直感した。この者たちと数人の仲間が部下を打ち倒したのだと。

僅かな時間、透流と《K》は視線を交わし合う。

 

「……近いうちに、また会う事になりそうですね」

 

それは予感に過ぎないが、確信にも近いものだった。

そんな予感を抱きながら、《K》はヘリへと乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして少しだけ時は(さかのぼ)るーーー

 

 

 

side 影月

 

「大丈夫か?大きい怪我した奴は?」

 

俺たちはリーリスと透流の決着を見届けた後、クラスメイトを迎えに行き、屋上駐車場へ向かう途中だ。

 

「大丈夫だよ〜」

「なんとか……」

「何も出来なかった……」

 

俺が聞いた問いにクラスメイトが様々な返答をする。

それを聞き、悔しそうにしている人には苦笑いを浮かべながら、俺たちは男たちが倒れている(なぎさ)の広場へと入った。

そこには予想外の人物ーー俺は《焔牙(ブレイズ)》を男たちの監視の為設置していたので分かっていたーーが男たちの前に立っていた。

 

「ーーーあら?お疲れ様♪」

 

『!?』

 

そこにいたのは、見た目理事長と同じくらいの少女。しかし服装は軍服を着ていて、異様な雰囲気を放っている。

その少女は俺たちに労いの言葉をかけ、微笑んだが皆は警戒を強めた。

今学園側の警備で守られているあらもーどだが、このような軍服の少女がここにいる事自体本来はありえないのだからこの反応は当たり前と言えるだろう。

しかし俺は恐れずに皆より一歩前に出て、この人物に話しかけた。

 

「ルサルカ……さんで合ってますね?」

 

「あなたが影月君ね?その顔、蓮君と瓜二つね。そうよ、ルサルカとでもマレウスとも呼んでね♪敬語はいらないわ。そしてあなたが優月ちゃんね?」

 

「……はい。兄さん、彼女は……」

 

「ああ、あの軍服を見ても分かるだろう?」

 

「それじゃあ、改めて名乗るわね。聖槍十三騎士団黒円卓第八位、ルサルカ・シュベーゲリン・マレウス・マレフィカルムよ。皆、よろしくね♪」

 

『っ!?』

 

俺の言葉に透流たちなど数人がさらに警戒を強めたが、事情を知らない者は首を傾げるだけだった。

事情を知る透流たちの反応は当然である。世界的な敵が目の前にいるのだから。

 

「大丈夫だ。彼女はただ回収しに来ただけらしいからな……」

 

「回収とはなんだ!?」

 

「橘、倒れている男たちを見てみろ」

 

その言葉に橘とクラスメイトの皆が一斉に俺たちが倒した男たちに注目する。

 

「な……何だ、あれは……」

 

橘の呟きはクラスメイト全員の思った事だろう。

なぜなら目の前で先ほど俺たちが倒した男たちが影に沈んでいっているからだ。その影はどこから伸びているのか見てみると、ルサルカの足元からだ。つまりーーー

 

「……便利な能力だな、影を操るのか?」

 

「う〜ん……まあ、大体合ってるわね。詳しく言うとこれだけじゃないんだけどね」

 

「影を操る?どういう事だ?」

 

「そんな事どうだっていいじゃない。さて、私はここでの用事は終わったから屋上に戻るけど……あなたたちも一緒に行かないかしら?」

 

ルサルカは振り返り、俺を見てきた。

俺はそれに対し、少し思案してーーー

 

「俺も詳しくは知らないが……終わったら話そう。今はとりあえず戻るぞ」

 

ルサルカとともに屋上に戻る事にし、ついていく。

他のクラスメイトも仕方なく納得して、俺の後からついてきた。

 

 

 

 

 

 

 

屋上駐車場へ出ると、ヘリが離陸しようとしていた。あれが俺たちを襲った敵のヘリだと思われる。

透流たちは屋上ではあんなものが……と驚いている。

そのヘリからこちらを見ている青年と目が合った。

 

(……あれは……また関わる事になるかもな……)

 

そして青年がヘリへと乗り込むと離陸して、東京湾の方向へと飛び去っていった。

 

「さて……理事長、大丈夫ですか?」

 

「問題ありませんわ。三國や璃兎がいますしーー今回はこの方々がいましたからね」

 

朔夜はチラッと後ろで話しているヴィルヘルムとルサルカを見た。

確かに彼らが今回、こちらが有利になるような立ち位置だったのは予想外だったが結果的に良かったと思う。と言っても、彼らが今日ここに何しに来たのか、本当の目的はまだ分かっていないので微妙な所は多いのだが。

 

「それじゃあ、これでいいな?マレウス」

 

「ええ、私は離れて見させてもらうわ。」

 

話が終わったのか、ヴィルヘルムが近付いて来た。

 

「さて……なんで俺がここにいるか……てめぇらなら、分かるよな?」

 

「「もちろん(です)」」

 

ヴィルヘルムがここに来た理由ーーそれは俺たちと戦いに来たのだろう。

なぜなら前回の《新刃戦(しんじんせん)》で、俺たちはヴィルヘルムを退けたが、どうにも微妙な形で終わってしまったから改めてこうして来たのだろうと思う。

彼は対峙したら分かると思うが、戦いに飢えている。根っからの戦闘狂なのだろう。

そしてまた戦いたいという俺たちも同じ気持ちだった。

 

「……理事長、前の話の通り許可をくれますか?」

 

「……分かっていますわ。私たちは一切手出ししません」

 

「クハッ、ありがてぇな!!見た目幼いが、物分かりが良くって結構な事だな!」

 

これは前から決めていた事で、もし現れるのがヴィルヘルムだったらこうして決闘を、他の団員ならば様子を見て撤退、または退けるという事にしてあった。すでにこの事を知っている理事長、三國先生、月見先生は何も言わなかった。

本当は三國先生も月見先生もこんな無謀な事止めたいと思っているのかもしれないが、理事長が許可を出してしまったのであまり言えないのだろうと内心思う。

 

「なっ!影月、これはどういうーーー」

 

「悪いなトラ、これは個人的なものでな。前回も戦ったが微妙なところで終わってしまったからな。今度こそ……」

 

「決着をつけると言うより、実力を改めて試したいんですよ。色々と試したいですからね!」

 

「俺で力試しってか!クハッ!!いいぜいいぜ、構わねぇ!それで俺が楽しめりゃ、問題は何もねぇ!」

 

ヴィルヘルムが嬉々として言い、先ほどより強い殺気を放っている。

俺も段々と気分が高まっているのか、感覚が鋭くなっていく。

 

「皆さん、下がりましょう」

 

「はいは〜い、一般人や弱い人は向こうで観戦しましょうね〜」

 

三國先生とルサルカが一年生全員を安全な場所(観戦するのなら安全な場所などあまり無いのだが)まで移動させ始めた。

ルサルカについては不安な事はあるが、三國先生や月見先生がいるのである程度は大丈夫だろうと納得する。

これからするのは、力試しとは言ったもののーー本気の戦いだ。

(レベル1)》や《(レベル2)》の《超えし者(イクシード)》では話にならないだろう。たとえ入ってきても瞬殺されるのは目に見える。なので三國先生とルサルカの対応はとてもありがたいと思った。

少し振り返り見てみると、数人のクラスメイトが何か言いたげにこちらを見ていたが、心の中で謝罪し、ヴィルヘルムへと向き直った。

 

「クックックッ……邪魔者も離れた所でーー始めようぜっ!!」

 

ヴィルヘルムがそう叫んだ瞬間、空気が()ぜた。それはヴィルヘルムの放つ殺気が一気に跳ね上がった証拠だ。

俺たちも自らの胸に手を当てーーー

 

 

「Yetzirah――

形成」

 

 

声を揃えて唱えた。その言葉で形成されたのは銀色の神槍と雷炎の聖剣だ。

 

「行くぜオラァ!!」

 

ヴィルヘルムはいつの間にか接近していてすぐ目の前で左腕を振りかぶっていた。

それを俺は素早く体を横にそらし回避する。

そして殴りかかってきたヴィルヘルムに向かって、右手に握った槍を腹部を狙い突き出したがヴィルヘルムはその攻撃を予想していたのか、危なげなく後ろへと飛びのいた。

 

「ほお、前より動きはいいな」

 

「私たちもしっかりと訓練はしてますからね!」

 

今度は優月がヴィルヘルムへ向かっていく。

それに対しヴィルヘルムは、右腕を振りかぶったがーー

 

 

「私は光を放つ者」

 

 

優月がその言葉を唱えると同時に(まばゆ)い閃光が起こる。

 

「クッ!?」

 

「うわっ!?」

 

その閃光をまともに見たヴィルヘルムと俺は揃って目が眩んでしまった。

だが、《超えし者(イクシード)》だからなのか、三秒ほどで真っ白な視界から段々と屋上駐車場の光景へと戻っていく。

真っ白な視界が色を取り戻し、優月が直前まで駆けていた方向を見る。そこにはーーー

 

「ぐっ……!」

 

右脇腹から赤い鮮血を流したヴィルヘルムが顔を歪めて立っていた。

優月はすでに俺の隣へと戻ってきていた。

 

「優月、いきなり閃光はやめてくれ……俺もくらったんだが」

 

「ええっ!?言ったら相手も対処するかもしれないでしょう!?だから言えませんでしたよ!」

 

「うっ……」

 

優月に抗議したが反論された。しかも正論でもある為何も言えなくなかった。

 

「ククッ……面白ぇ……面白ぇなおい!」

 

「まだまだ始まったばかりですよ?面白いって言うのはーーまだ早いです!」

 

「ああ!もっと楽しませてやるよ!!」

 

今度は俺も優月とともに駆け出した。俺は槍を構え、優月は詠唱を唱え出した。

 

 

「Die dahingeschiedene Izanami wurde auf dem Berg Hiba

かれその神避りたまひし伊耶那美は」

 

「an der Grenze zu den Landern Izumo und Hahaki zu Grabe getragen.

出雲の国と伯伎の国、その堺なる比婆の山に葬めまつりき」

 

「Bei dieser Begebenheit zog Izanagi sein Schwert,

ここに伊耶那岐」

 

「das er mit sich fuhrte und die Lange von zehn nebeneinander gelegten

御佩せる十拳剣を抜きて」

 

「Fausten besas, und enthauptete ihr Kind, Kagutsuchi.

その子迦具土の頚を斬りたまひき」

 

「Briah―

創造」

 

「Man sollte nach den Gesetzen der Gotter leben.

爾天神之命以布斗麻邇爾ト相而詔之」

 

 

「ほう、レオンハルトと同じってか?」

 

ヴィルヘルムは優月を見ながらそう言った。

優月は黒から赤に染まった髪を揺らし、自らの《焔牙(ブレイズ)》の赤い紅蓮の剣を持ち、炎を纏いながらヴィルヘルムへと向かっていく。

俺は優月の後を追って駆けているが優月とは速度がかなり違う為、距離が段々と離れていく。

 

「雷化よりは遅いが、速すぎるだろ……!」

 

そんな事を呟いている間に優月はヴィルヘルムとの距離を詰め、斬撃をいくつも放ち始めた。

袈裟斬り、逆袈裟、薙ぎ、切り上げなどを流れるような動作で素早く振るう。

ヴィルヘルムはそれを回避し始め、隙を見て打撃による反撃をしている。

その反撃を優月は炎化してすり抜けたりしてかわしていて、様々な方向から攻撃している。

 

(今だ!!)

 

やっと優月に追いつき、俺はヴィルヘルムの背後で音も気配も出来るだけ消して槍を横に薙ぎ払う。

ヴィルヘルムの視線は前にいる優月に向けられているので、避けられないだろうと思った、がーーー

 

「ーー気付かないとでも思ったのか?まだまだ甘ぇんだよ!!」

 

「ぐはっ!!」

 

ヴィルヘルムはそう言いながら後ろに振り向き、拳を下から俺の腹に向かって放った。

まともに受けた俺は数メートル飛ばされてしまい、地面に転がった。

 

「うっ、ぐっ……」

 

「お前の太刀筋も中々なものだ。ただーー」

 

「ーーがっ!?」

 

ヴィルヘルムは優月の剣を振るっていた右腕を掴んで動きを止め、ヴィルヘルムは空いている右手で優月を殴り始めた。

優月はなんとか掴まれた腕を振りほどき、脱出しようとしているのかもがいているがしっかりと掴まれているらしく振りほどけていない。

 

「ーー優月っ!!」

 

俺は立ち上がり、なんとしても優月を助けたいという一心で走り出す。

 

「甘ぇな、そんなもんじゃ俺には勝てねぇぞ?」

 

「うっ!あっ!ぐっ!ぁあ!!」

 

俺が立ち上がり走り出すまで、すでに数十発の打撃を優月はその体に受けていて、時々気分を害すような音も聞こえてしまっている事から骨なども折れているかもしれない。

 

「うおぉぉぉ!!」

 

ヴィルヘルムとの距離はまだ少しあり、俺は槍を走りながら投擲する。

少しでもこちらに注意を向けて、優月が攻撃を受ける回数を減らそうと思っての事なのだがーーー

 

(まずい!少し逸れた!)

 

投擲した槍は少し逸れてしまい、このままいくとヴィルヘルムの背後を通過してしまう。

 

(軌道修正は投げてしまったから無理、今からもう一つ槍を作るにも少し時間がーーくそっ!)

 

このままでは優月がーーそう思い、打つ手無しと思い視線を少し下げたーーその時。

 

「ぬおっ!?」

 

驚いたような声を聞き、顔を上げた。

顔を上げた先にあったのは紅蓮の炎を全身に纏う優月とその炎に包まれたヴィルヘルムだった。

そしてその包まれた炎に驚いたのか、ヴィルヘルムは優月を離し、少しだけ後退した。そこへーーー

 

「ぐっ、がぁぁぁっ!!」

 

先ほど投擲した槍がヴィルヘルムの脇腹へ深々と突き刺さった。

しかし、俺はその事より地面へと倒れかかっている優月の元へと行き、そのまま抱きかかえてヴィルヘルムから距離を取った。

 

「優月!無事か!?」

 

俺が抱きかかえている優月は相当の打撲を受けて満身創痍であった。

 

「兄、さん……は?」

 

「俺は問題ねぇよ!それよりお前の方が……」

 

「私、は……大丈夫、です……!」

 

そう言って、優月は俺の腕から降りたが、かなりフラフラとしていて無理をしているのだと分かった。

 

「……優月、俺が戦うから」

 

「え……?」

 

俺は後ろから優月の肩に手を置いて、視線だけはヴィルヘルムから離さずそう言った。

 

「でも、兄さんだけなら……勝てなーー」

 

「いいや、勝ってみせるさ。絶対にな。それに、妹ばかりに戦わせるのは、兄としての威厳(いげん)がないし……休んでもらいたいしな」

 

こちらに振り返った優月と目が合い、俺は苦笑いをする。

頬にも打撲の後があり、かなり痛々しく見えて優月を休ませてやりたいという気持ちに尚更なった。

そんな俺の気持ちを読み取ったのか、優月はとても明るくーー照らされるような笑顔を俺に向けた。

 

「ならーー兄さんに任せます。絶対勝ってくださいね?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

優月は踵を返し、俺の後方へとフラフラしながらも戻っていった。

そして俺は槍を手元へ呼び出し、それを手に持ち槍の()をヴィルヘルムへ向ける。

 

「さてーーヴィルヘルム!待たせたか?」

 

「……いいや、だがてめぇ一人で俺をなんとか出来るのかよ?」

 

ヴィルヘルムは笑みを消し、俺へ質問を投げかけた。

確かに俺は奴らで言う形成位階。対して、ヴィルヘルムはまだ本気を出していないとは言え、創造位階。実際実力も経験もはるかに及ばない。

今までは優月がいた為なんとか対抗出来ていたが、今はその優月がいない為、なんとか出来る見立てはあまり無いのだがーー

 

「して見せる!!俺はお前にーーお前らに勝つんだよ!!そして優月にばかりーー迷惑かけられないんだよ!!」

 

それが今の俺の本心だった。

俺自身が対抗手段が無く優月へ戦いを押し付けてばかりだったから、優月は傷付いてしまった。これ以上、俺は弱くはいられない。

 

「さっき約束したんだ……絶対勝つって!!そのくらいの約束くらい……守るんだよ!!!俺は優月に、皆に勝利をあげたい。俺が全てを変える!!俺がーー俺たちが勝つ為に!!だからーー」

 

「絶対に勝つってか?俺を倒して?……クックッ……ハーッハッハッハッハッハッ!!それがお前の望みかぁ!!でも俺も敗北は正直我慢ならねぇ。つーわけだからよぉーーー」

 

「「勝つのは……俺だぁぁああぁぁ!!」」

 

俺はヴィルヘルムに向かう。ヴィルヘルムはその口に薄っすらと笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「Sophie, Welken Sie-

枯れ落ちろ 恋人」

 

「Show a Corpse

死骸を晒せ」

 

ヴィルヘルムは詠唱を謳う。それは以前聞いた創造の詠唱と似たものだった。

 

「Sophie, und weis von nichts als nur: dich hab' ich lieb

私の愛で朽ちるあなたを 私だけが知っているから」

 

しかし創造は前回と同じだろう。そしてこのままではヴィルヘルムの創造が発動してしまい、勝つ可能性が低くなると同時に優月や透流たちも巻き込まれてしまう。

ならばどうするか?簡単な事で自らも創造位階に至り、対抗すればいい。しかし簡単に出来る事でもなく、方法も分からない。

ついさっき、決意をしたがどうすればいいのか分からず必死に思考する。

 

(どうすれば創造位階へ……!)

 

(簡単な事、その気持ちを強く持ち、押し出したまえ。そうすれば、君は新しい歌劇へと進む事になるだろう)

 

(!?)

 

そこへ突如聞いた事の無い男の声が頭に響く。俺は聞こえてきた声に驚くが声が言う事に対して思考する。

俺が思うのはーー勝つ事。優月や皆の為に絶対に勝つという事。

 

(その気持ちだ。それが私が新しく編み出した秘術の基礎となる)

 

その言葉を聞くと同時に頭に言葉が思い浮かんできた。それを俺は謳う。

 

「我は勝利を見据えし者」

 

「あらゆる可能性を操りし者」

 

頭に浮かんだ詠唱を俺は少しずつ謳い出していく。それは俺自身の絶対に勝つと言う渇望に対して湧き上がったものだった。

 

「常に仲間を守り、その為ならいかなる残虐なる行為すら厭わない」

 

「たとえその身が血濡れになろうとも常に絶対の勝利を勝ち取った」

 

「どれほどの恐怖や絶望が待ち受けようとも常に絶対の勝利をもたらした」

 

(そうだ、それでいい。自分こそが絶対と強い意志を持って、純粋に力を求めたまえ。君たちは私や彼とは違う、故に私もまだ見ぬ真の力へとなり得るだろう)

 

「万象全てを操りし我と、この神槍こそが絶対勝利の証」

 

「我が敗北することは絶対に許容されることではない」

 

俺が望むのは勝利ーーー勝ち続けて大切な人たちを守る。それが俺の願いだと改めて実感した。

 

「我には自らを血に濡らしてまでも守り通さなければならない者たちがいるのだから」

 

「故に我に挑む者あれば、万象全てを操り勝利をもたらすのだ」

 

そして、俺とヴィルヘルムの声が重なる。

 

「「Briah―

創造」」

 

「確率操りし守り人

Wahrscheinlichkeit Manipulieren Moribito!」

 

「死森の薔薇騎士

Der Rosenkavalier Schwarzwald!」

 

そしてここにヴィルヘルムと俺が全力を持って激突する。

 

「おらぁぁ!!」

 

ヴィルヘルムは体に生えた杭や、地面から生み出した杭を俺に打ち出しながらこちらに向かってくる。

このままいけば、串刺しにされて殴り飛ばされるだろう。だからと言って素直に攻撃を受ける気は無い。

 

「ふっ……!」

 

俺はヴィルヘルムより先に襲ってくる杭をかわしていく。

いや、かわすと言うより当たらない場所へ移動していると言った方がいいだろう。今の俺には杭がどこからいつ飛んでくるのか分かっていた。

数秒しか経っていないが、すでに飛んでくる杭の数は百を超えた。

そしてヴィルヘルムも大量の杭とともに襲いかかった。

 

「おらおらぁ!!どうした、かわしてるだけかぁ!!」

 

ヴィルヘルムが攻撃と同時に煽ってくる。

それに対し、攻撃をかわしつつ苦笑いしながら答えた。

 

「いいや、待ってるだけさ」

 

「そいつはどういうーーーっ!?」

 

すると突然、ヴィルヘルムが後ろへと大きく飛びのいた。それと同時に杭も止まった。

 

「……おい、これはどういうーー」

 

「思ったより早かったな……いくらか使っていればもっと早くなるか」

 

ヴィルヘルムが自分の右手を見て、俺へ問いを投げた。しかし俺は自分の能力について考えていた。

 

「なんだこりゃ……てめぇから吸い取ってる力が少なくなってやがる……それどころか、てめぇが俺の力を奪ってんのか?」

 

「ああ……正直自分でやってて驚きだがな。やってみるものだ」

 

俺がやっているのは、ヴィルヘルムの薔薇の夜に力を吸い取られないように自分の能力を使い、対抗しているのだ。

 

「おいおい、何だよそれ、俺の魂じゃてめぇを吸い殺せねぇって事か?そんな事出来るっていうのかよ!!」

 

「可能性はゼロじゃなかった……正直出来るかどうか分からなかったけどな」

 

実際に確率を見てみたら、高く無かったが俺の能力で確率変動してみたらこのような事ができたわけだ。ーーぶっつけ本番だったが。

 

「くそっ!!ここでもメルクリウスの嫌がらせかよ!」

 

「?……まあいい。終わらせてやる!」

 

俺が走ろうとすると同時にヴィルヘルムが先ほどよりも多く、それでいて大きさも倍以上ある杭を生み出し、打ち出してきた。

 

「……だがいいぜ、こいつを倒せば俺ぁてめぇより上って事だよなぁメルクリウス!」

 

何を言っているのか分からないが、俺は確実にヴィルヘルムへと近付いていた。()()()()()()()()

そんなヴィルヘルムに俺は口元を歪ませながら言う。

 

「いいのか?そんなに力を使ったら……隙ができるぞ」

 

「ーーーっ!?」

 

そう言うと同時にヴィルヘルムの動きと杭が少しの間止まった。

本来ならばヴィルヘルムに力を奪われるが、今は俺の能力と恐らく魂の質?によって逆に俺が力を奪い取っているのだ。

そしてそんな状況でヴィルヘルムは先ほどのような激しい攻撃を繰り出し続けていた。そうしていれば、いくらヴィルヘルムだろうと消耗や反動は来るはずなのだ。

俺はその弱体の隙を狙っていた。

そして俺は駆け出す。

 

「終わりだぁ!!」

 

「まだだぁぁぁぁぁ!!!!」

 

しかしヴィルヘルムは叫びながら近くの地面や自分から杭を生やした。杭は先ほどより小さく、飛ばしては来なかったが周りは杭だらけ。なので無傷でヴィルヘルムの元へ行けない。

この時俺は読み間違えをしたと深く後悔した。

無傷で突破する可能性はやはり見出せない。しかし俺は相討ち覚悟で踏み込みーー槍をヴィルヘルムの心臓目掛けて突き刺した。

結果ーーー

 

「ぐぅぅぅ!!」

 

「ぐあぁぁぁぁ!!!」

 

ヴィルヘルムは心臓へ槍が突き刺さり、俺は両足に杭が刺さった。一応足を置いた場所は選んだのだが、それでも足に損傷は負ってしまった。せめて足に貫通してないのが救いだった。

対してヴィルヘルムは刺した場所からはおぞましいほどの量の血が流れ出していた。それと同時に槍を通じて、様々な思いが溢れ出し流れ込んできた。

 

(何だこれ……恨み、嘆き、苦しみ……聖遺物に取り込まれた魂?)

 

確か聖遺物は人の思念を集めた物。それらに宿るものがこのような形で俺に流れ込んできたと思われる。しかし俺自身魂を集めても意味が無いし正直気持ち悪いので、すぐに消散させるか成仏でもさせると心の中で決める。

方法は分からないが、今度お祓いでもしに行こう。

そしてそのまま一気に槍を抜き出すと、さらに血が流れ出て、多くの魂がヴィルヘルムの体から抜けていくのが見える。

 

「ぐふっ……やるじゃねぇか……今日は、これくらいにしてやる……」

 

そしてヴィルヘルムは悔しそうな、それでいてどこか嬉しそうな顔をしながら倒れた。

それと同時に、ヴィルヘルムの体が光に包まれ始める。

それに多少の驚きをしながら、冷静にヴィルヘルムに話しかけた。

 

「……勝ったんだな。そのまま消えるのか?」

 

「ああ……てめぇの勝ちだ……だが俺は消えねぇ、これは形が保てなくなったからこうなってるんだ。まあ、あの人の軍勢(レギオン)だからな。死んでも戻されるだけだ」

 

軍勢(レギオン)?どういう事だ?」

 

「それはハイドリヒ卿から教えてもらうんだな……また会おうぜ」

 

そう言い、ヴィルヘルムは光となって消えた。

消えると同時に俺は緊張の糸が切れ、その場に座り込んだ。

 

「……終わったか……足痛い……」

 

「ええ、よく勝ったわね、影月くん♪ちょっと失礼するわね」

 

背後から声が聞こえその方向へ向くと、ルサルカや優月、そして透流たちやクラスメイト理事長たちが集まってきていた。

本来ならば、この少女にも警戒を向けるべきなのだろうが、先ほどの戦闘で体力を使い過ぎていたし、今までの行動を見て、あまり心配は無いだろうと思っているのであまり警戒はしなかった。

ルサルカは俺の足近くにしゃがみ、手を俺の足にかざした。すると魔法陣が浮かび上がり数秒後、ルサルカが手をよけると傷は無くなっていた。

 

「一応応急処置はしておいたわ。優月ちゃんも同じようにしておいたけど、まだフラフラしてるし、後でしっかり治療してね?……ベイも満足でしょうね。かく言う私も面白いものが見れて良かったわ♪じゃあ、私は帰るわね」

 

「……ああ、ありがとうな。また会うだろうな?」

 

「どういたしまして〜♪また来るわよ。あなたたち二人に私たちは注目しているからね。まあーー殺されないようにね♪」

 

そう言うルサルカの表情はニコニコと笑っているが、その表情とは裏腹に雰囲気はとても怪しいものを纏っていた。

それと同時に言葉通り殺されないように強くならなければとより深く思った。

 

「じゃあね〜♪」

 

そしてルサルカは機嫌良く去っていった。

それを見送っていると優月が抱きついてきた。

 

「兄さん……約束守ってくれましたね」

 

優月は抱きつきながらそう言った。声から俺が無事な事に安堵しているのがよく分かった。

 

「守ったぞ……優月、大丈夫か?まだ痛むか?」

 

今、優月は何事も無いように振舞っているがかなりの攻撃を受けていた。

故に心配なのだがーーー

 

「直してもらってもまだ痛みますよ……だから兄さん、痛くて立ち上がれないので、抱っこしてください」

 

「ーーーはい?」

 

先ほどの心配や疲れがどこかに吹き飛んでしまうような事を言われた。

横目で周りの反応を見てみると、呆気にとられる者、顔を赤くする者(女子のみ)、俺と目が合った途端目を逸らす者、ニヤニヤする者(月見先生)など、様々な反応をしていた。

それに構わず優月はーーー

 

「だから、抱っこをしてください」

 

「……えっと、聞き間違いーー」

 

「抱っこしてください」

 

「……では無かったか……分かったよ……」

 

優月の要求に仕方なく従う事にした。こういう頼みをする時の優月は強情で一歩も引かないだろうし、今は怪我をしているというのもあるからだ。

 

「よっーーと。行くか」

 

「はい♪」

 

俺は優月の背面から腕を回し、もう片方の腕を(ひざ)のしたに差し入れ持ちあげる。

優月も腕を俺の首に回してきた。

俗に言うお姫様抱っこと言うものだ。

それを見て、顔を赤くする者が先ほどより多くなったが、気にせずに俺は歩き出す。それと同時にルサルカに治療された足に痛みがあまり無く、彼女の力にさらに深く感謝しながらバスへ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、波乱の《生存闘争(サバイヴ)》は幕を閉じたのだった。




まず、投稿に至っては最近余裕が無く出来ませんでした。これからもちょくちょくやっていきますが、気長に待っていてくれると嬉しい限りです。
それと主人公の片方の創造詠唱と能力ですが……色々粗いと思いますが、優しい目で見てください。
誤字脱字・感想等よろしくお願いします。

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