やはり俺は異常なのか?   作:GASTRO

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よろしくお願いします。


第9話

「どうだ。ここがお前の行きたがっていた偽物の世界だ」

 

歪な形をした校舎の壁に刺さった槍にぶら下がっているなんとも間抜けな様子の紀尾井に、彼はそう言って近づく。ぶら下がっている彼の表情を、彼は目が見えないが故に、認識することはできないが息遣いや心拍数などから察する事は出来た。

 

「そう怒るなよ。そんな間抜けな様子になるとは思わなかったんだ」

 

そう言いつつも、一定の距離になると近付こうとしなくなった彼を、紀尾井は舌打ちをして睨みつけた。一向に動かない彼を見て諦めた紀尾井はベルトを外し、槍を持って地面へと着地した。

 

「どうして分かった?」

 

紀尾井がそう言って槍を構えて比企谷の少し先に突き刺すと、黒い球体が地面から瞬きをするよりも早く現れ、数本の細い線がその球体から飛び出すと同時に紀尾井が刺した槍に絡みつき、自身の本体へと引きずり込んでいった。

 

「随分と危ないものを仕込んでたんだな。正直足か腕が取れるくらいだと思ってたんだがな」

 

そう言って比企谷は徐に袖に手を伸ばす。袖から出した手に握られていたのは、明らかに入るはずのない大きさの大太刀とガトリングガンだった。それぞれを片手で持ったまま、彼は静かに深呼吸をし、景色を移さない目で紀尾井をまっすぐに見る。

 

「その目の濁りから察するにお前は目が見えねえのか。だけど以前のお前はそんな目の色をしていなかったはずだ。返見にでもやられたか?」

 

「馬鹿言うな。借りに攻撃されたとしても再生系統のスキルならある。いくら劣化版コピーだとはいえ、ピンポイントに目だけ治せないなんてそこまでの不良品を俺は持ってねえ。これはまあ、あれだ。修行みてえなもんだから気にするな」

 

そう言ってガトリングガンを彼に向け、引き金を引く。爆音と共に弾丸がどんどんと放出されていき、空の薬莢の山が比企谷の足元に出来上がる。紀尾井は特に何をするわけでもなく、ただただその場につっ立って、一言

 

『俺には当たらない』

 

とだけ言って、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出して弄り始めた。弾丸は容赦なく彼目掛けて飛んでいくが、彼が宣言した通りに銃弾はレース中にコースを外れた車のように荒々しく方向を変えながら四方八方へと散らばっていく。撃っている比企谷はといえば、それに気が付いているにも関わらず引き金を引くことをやめなかった。やがて銃が自身の熱によって次々に問題を起こし始めたのを合図に、彼はそれを地面へと捨て、左手に持った大太刀を腰の辺りまでずらし、静かに鞘に右手を添える。

 

 

「目が見えてねえのに居合やる気かよ」

 

『お前の刀は折れる』

 

『俺の居合は成功する』

 

紀尾井がそう言った後を追うように静かにそう言って比企谷は刀を抜いた。バキンッ!!という音と共に彼の抜いた刀の剣先は地面へと落ち、乾いた鉄の音が響く。

 

「………おいおい、やってくれるじゃねえかよ」

 

紀尾井は自身が持っていた携帯をそこら辺へと放り投げ、背筋を正し、両手を遊ばせる。彼の投げた携帯は真っ二つになっており、半分は彼の足元に落ちていた。それに気が付いた彼は、それを足でどこかへと蹴飛ばす。

 

「せっかく買い換えたのに完全に無駄になっちまった。どうしてくれるんだよ」

 

「舐めプするからだろ。言っとくが俺も剣折られてるんだ。お互い様だろ」

 

彼はそう言って刀身が真っ二つになった大太刀を鞘と一緒に放り投げ、紀尾井と同じように背を正し、両手を遊ばせる。

 

「まだ来ないのか?」

 

「…誰の話をしてるんだよ」

 

「返見のファーストキスを奪い、スキルを与えたという女の子さ。かなりの美人だったと聞いたからな、是非とも会っておきたいと思って」

 

「悪いな。俺にもそれは分からない」

 

グッと距離を詰めたかと思うと、比企谷は紀尾井のシャツを掴みそのまま顔に何かを突きつけた。

 

「至近距離でRPGぶっ放す奴がどこにいる」

 

「お前の目の前にいるだろうが」

 

『弾は発射されない』

 

『爆発は起きる』

 

比企谷が引き金を引くとRPGは紀尾井の宣言通りに発射はされなかったものの、比企谷の宣言通りに爆発が起き、黒い煙が二人を包む。煙から現れた二人は、対称的な姿だった。紀尾井は無傷であったが、比企谷は四肢を全て失った状態で、凄まじい速さで校舎へと飛んでいき、校舎を壊しながらどこかへ消えた。

 

「……君か?返見にスキルを上げた女子というのは」

 

「……僕のことは親しみを込めて安心院さんと呼びなさい」

 

彼の前に立っていたのは、巫女服を着てカチューシャをつけ、腰より下まで伸ばした髪の毛をかなり下の方で束ねた女子だった。

 

「……安心院さん、じゃあ、質問いいか?」

 

「……その前に」

 

彼女は強引に彼の頭を掴み、そっと唇を重ねた。いきなりのことに驚いた彼は慌てて彼女を突き飛ばし、自分の口を手で覆う。

 

「女の子をはべらせているくせに随分とうぶな反応をするんだね。さて、質問に答えよう。何から聞きたいんだい?」

 

「……俺にどんなスキルをくれたんだ?」

 

「君にあげたのは君のスキルの弱点を補えるスキルだ。僕は本物じゃないからあげられるのは劣化版コピーなんだけど、それでも十二分に君を助けてくれるはずさ」

 

「これがあれば比企谷を倒せるのか?」

 

「倒せないことはない。だけど君も死にかける上にこれからのことを考えると彼を倒すのはよした方がいい」

 

「でもあいつは返見を殺そうとしたし俺も殺そうとしているに違いない。そんな相手であってもやめろっていうのか?」

 

「やりたければやればいい。ただ、フラスコ計画を潰すには、少なからず彼の力を借りることになるよ。なんなら僕が手伝ってあげようか?」

 

「どういう意味だそれ」

 

彼には理解ができなかった。どうして今現在、なんなら今戦っている男が自分の味方になるとこの女子は言い切れるのか。自信に満ちた、さながら自身を全知と思っていると言っても過言ではないと思えるほどの大きな態度で居られるのか。

 

「そろそろ彼が起きる頃だけどどうする?僕は正直どちらでもいいんだ。彼が居なくなったからって僕が消えるかと言ったらそういうわけじゃないしね。だけど、君がもし今後も今と同じように女の子を侍らせながら日々をまったりと過ごしたいというのであれば、僕は協力しない。さて、どうする?」

 

彼は上目遣いで話しかけられているにもかかわらず、自分が見下ろされている感覚になった。そしてなんとなくだが彼はわかった。この女子と戦うことにでもなれば、両手両足を拘束して周囲を銃器で囲ったとしても勝てない。認めたくない自分がいるが、それ以上に勝てるだなんて思う馬鹿な自分がいることが恥ずかしいことに感じた。

 

「どうしてこうなるんだろうな」

 

どこからともなく現れた彼に紀尾井は驚くことなく、ただただまっすぐに彼を見た。

 

「比企谷、お前とこの女子はどういう関係だ。爆発の中、器用に俺だけを守り、一方でお前の四肢を消し去った上に吹き飛ばしたこの女子は、お前の何なんだ」

 

「なんだ?惚れたか?」

 

そう言って少し口角を上げた彼の胴を何かが貫き、そのまま彼を横に真っ二つに切断した。紀尾井の目に写っているのは、先程比企谷が捨てた折れた大太刀で、彼を切断した安心院の姿だった。

 

「君はどうしてそこまでして比企谷を殺す?君という存在が今最も知りたいことだ。君は何なんだ?どうして俺たちに味方する?どうして比企谷に敵対する?」

 

「僕は君たちの味方じゃない。だからって彼の味方じゃない。僕はただ君たちのママごとにチャチャを入れて楽しんでいるだけの人外さ。僕はオリジナルじゃないからね。不干渉のオリジナルと過干渉の僕」

 

「……君は誰かのコピーなのか?」

 

「もちろん僕は僕だ。ただ、僕は僕を認めようとはしないだろう。だから僕は僕がやりたいようにやる。しょうがないんだ。僕もまた彼が作った劣化版コピー。性格だって違うし、考えだって違う。ただ、ひとつだけ同じだとするならば、僕はみんなを平等に見ているという点だけかな」

 

彼女はそう言って折れた大太刀を軽く撫でる。すると折れたはずの刀身が再生し、紅く染まった。不敵な笑みを浮かべながらその刀をうっとりとした目で眺め、撫でる。

 

「なんだよその刀」

 

「僕のスキルの一つに妖刀を作るスキルっていうものがあるんだが、今まで一度も作ったことがなくてね。どうせならやってみようと思って」

 

紅く輝くその刀身を見ていた彼はえもいわれぬ恐怖を感じ、一歩ずつ後ろへと下がっていった。彼自身は全く意識して居ないにもかかわらず、体が本能的にその刀を避けようとしていた。

 

「君のスキル、口にしたことを現実に出来るものだよね。一見最強にも思えるけど、事実君のスキルには制約が多い。起こる確率が0パーセントの事象、例えばコーラが一瞬でお茶になるとか、そういった類のものは起こせない。さらに複数の事象を同時に起こすことも不可能。だが、それでも十分すぎるくらいに強い。だけど僕はそんな君にチートアイテムをあげた。どんな事象でも起きる確率を作り出すスキル。君は0パーセントでなければ起こせる。だからそのスキルを使えば君はあらゆる事象をたった一言言うだけで起こせるようになる」

 

「つまり俺はそれを使って戦えば勝てるんだな?」

 

「いや、それでもやっぱり君一人じゃ無理だ。君のスキルは悟られないように、そしてカバーをしてくれるような仲間がいないと活かせない。スキルを知られないように一撃で倒せればいいんだけれど、それこそ天変地異レベルのことでも起こさない限りは倒しきれないことが多い」

 

「……今まで見てたみたいな口調だな」

 

「もちろん、僕はみんなを見てるから」

 

「少し喋りすぎだ。引っ込んでくれ」

 

切断されたはずの彼は突然彼女の頭を掴み、大きく口を開いた。同時に彼の頭は大きな球体になり、真っ二つに裂けるとそのまま腕ごと彼女を捕食し始めた。バリバリという音と共に一切の躊躇なく食い進めていく彼をただただ見ていた紀尾井だったが、ハッと我に帰ると彼女が落とした妖刀を拾い上げ、技術もへったくりもない、素人丸出しで彼の頭であろう球体に剣を振りかざした。

 

「邪魔するな」

 

濁った声と共に剣を掴もうと彼の腕が伸びるが、紀尾井は止めることなく振り下ろした。

 

「死ななきゃいい」

 

切断された腕は倍々式に増え、剣と腕を掴むと手首の辺りに力を込めて握りつぶし、剣を取り上げるとそのまま頭の上まで持ち上げ、逆手に持ち替えた。紀尾井がスキルを使おうとした瞬間、比企谷が予想に反した行動をしたため、彼はスキルを使うのをやめた。

 

「なんのつもりだお前」

 

彼の目に映るのは、取り上げた剣を自身の頭に突き刺した比企谷の姿だった。黒い球体よりも剣の方が長かったようで、先端部がまだ食べられていない彼女の胴に突き刺さっており、赤い刀身を伝って赤い液体が地面に滴る。

 

「お前が何をしたかったのかは知らないが、紀尾井。この人はもうここで終わらせないといけないんだよ」

 

彼はもう彼女を完全にこの場で処理する方向に考えが固まっていた。意図してなかったとはいえ、これ以上スキルを敵である彼らに配布されては困る。確かに所詮は劣化コピーと言われればそれまでだが、いくつかのスキルは本物よりもより狂った方向に強化されているものがある。ストックの中から消えた二つは両方とも後者、より狂った方向に強くなったスキルだ。

 

「比企谷くん、残念だけど、僕は死なないんだ。ごめんね」

 

すでに捕食され、噛み砕かれ、とうに発声することさえできないにもかかわらず、彼には確かに声が聞こえ、同時に自身の肉体が蝕まれる感覚を覚えた。まるで新種のウイルスにでも感染したかのように全身に悪寒が走り、四肢は震え、更にはスキルを使用している今の状況を維持するのが難しくなりはじめた。それを証拠に徐々に黒い球体は朽ち始め、剣がぐらつく。

 

「何を……した」

 

「いい加減誤魔化すのをやめた方がいいよ、比企谷くん。僕の存在意義は君が持ちきれないスキルの保持。なぜ僕かと言えば、コピーの質は本物に大きく依存する。これだけのスキルの劣化版を全て所持するには、僕か黒神めだかくらいの才能が無いとね。だけど君はそんな僕たちを相手するために僕をコピーしてさながら銃のマガジンのような扱いで今日まで僕を存在させてきた。だけどね、僕も所詮は劣化コピー。本家とは全然違うんだ。僕はだいぶ君にイライラさせられて来たからね。ここで一回仕返しをしてあげようと思うんだ」

 

「……やられた」

 

柄にもなくそんな台詞を静かに呟いた彼は、そのまま仰向けになって倒れた。口、目、鼻、耳などのあらゆる場所から大量の出血をしたまま大きく口を開けて微動だにしない。

 

「…………何したんだあんた」

 

「簡単さ、僕の保持していたスキルを全部彼に預けたんだよ。本来なら彼が使いたいときに使わないスキルと使いたいものを交換してっていう関係なんだけど、僕はそれを逆手にとって彼が捕食するスキルを取り出した瞬間に全部あげてやったのさ。あいにく彼がスキルを交換する際に使ってたのもいわば劣化コピーだからね、こっちが渡すスキルは僕が決められる」

 

「許容範囲を超えた比企谷は耐えきれなくなってぶっ壊れたってことか」

 

「器は割れた。一度割れれば修復は難しい。君はここで終わりだ、比企谷くん。さあ、君はもう帰りなよ。出口は作っておいた」

 

紀尾井は促されるままに元の世界へと戻った。しかし、彼の頭には比企谷の顔がへばりついていた。まだ終わっていない。必ず彼は戻ってくるはず。どうしてそう思うのか、彼自身にもわからないが、それでも彼はそう確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

紀尾井が去り、安心院も消えた世界でたった一人、彼はいた。出血は依然として止まらず、一切の外部からの情報は遮断され、意識も朦朧としている中、比企谷は上半身だけを起こした。耳は聞こえない、目は見えない、鼻は効かない、どこに触れても感覚がないという常人では発狂死してしまいそうな環境に置かれているにもかかわらず、彼はその場で立ち上がり、のろのろと歩き始めた。再生と破壊を続けながら彼の体はひたすらにスキルという最大の問題を解決しようと戦いを続ける。

 

「……スキルを、混ぜる他ねえか」

 

彼としては初めての試みであるスキルの合成だったが、今の彼にはそれ以外頼れるものはなかった。彼は保持は出来ても捨てることが出来ない。一度作った贋作は、スキルが消えるまで彼と共にあり続ける。他者に与えることも出来るが、この状況ではあげることは到底不可能である。ひたすらに合成を繰り返し、彼は少しずつではあるが楽になっていった。

 

 

 

 

 

 




ありがとうございました。

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