やはり俺は異常なのか?   作:GASTRO

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六話目です。


第6話

「それで、姉さんは何を私たちに言うつもりなの」

 

彼女たちは雪ノ下家の客間に集まっていた。雪乃と陽乃は慣れているため、別段珍しいものでもなかったが、それはあくまで彼女たちの感覚であり、日頃から庶民と呼ばれる生活を営んでいる由比ヶ浜にとっては全てが全て新鮮で、彼女は椅子には座っているものの首をずっと左右に動かしては見たことのないものをまた見つけて、すご〜いとだけ言うばかりだった。

 

「まあまあ、雪乃ちゃん。そう焦らないでよ」

 

「さっきも聞いたわ。いい加減話してくれないかしら?姉さんと彼の間にあの日何があったの?」

 

由比ヶ浜は慌てて周囲を見るのをやめて、陽乃に視線を移した。急かされた彼女は目の前に出された紅茶を軽く飲み、カップを置いて静かに息を吐いた。

 

「………雪乃ちゃん、由比ヶ浜ちゃん。今から言う事は全部が全部本当のこと。そしてそれを踏まえた上で、今後どう生活していくか決めて」

 

「……分かったわ」

 

「分かりました」

 

彼女たちが頷きながら同意したことを確認して彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「あの日、私は彼にあることを訪ねた。ある事というのは比企谷くんの本当の姿のこと」

 

「ヒッキーの本当?」

 

「今あなたたちが認識している比企谷くんと私が知っている比企谷くんは違う。あなたたちの前での彼はただの二年一組に在籍していて、特徴的な死んだ魚みたいな目と猫背とはねた髪の毛、そしてサボることが多くてめんどくさがり屋で、問題を影で解決しているような不器用な男子高校生。だけど実際は、二年十三組に在籍している『異常』(アブノーマル)の一人。人の異常性を劣化版ではあれど手にいれることが出来る、化け物よ」

 

彼女たちは彼女が言っていることが受け入れられなかった。どうして彼女はいきなりそんなことを言うのか、そもそも自分たちの知っている彼は本当の彼じゃないなんてどうして言うのだろうか、自分たちの方が彼をよく知っている、だからそんなことがあるはずはない。二人がそう考えるのは自然なことだったが、それでも二人の頭には彼女がこんな嘘をつくはずがない、こんな嘘をつくなんて意味がないことをするはずがないことも十二分に分かっていた。

 

「じゃあ、彼は今までずっと嘘をついていたということかしら?」

 

平静を装いつつも、そう尋ねる彼女の声は微かに震えている。

 

「……そうよ。その上、彼は今『フラスコ計画』と呼ばれる計画に関わっている。その計画は人工的に十三組生、ようは『異常』(アブノーマル)を作り出そうとするもの。彼はその計画を保護するという仕事をしているのだけど、そこに入るには最低条件で十三組生であること、そしてその上で異常なまでの異常性を持っていることが条件なの。これが彼が揺るぎない証拠よ」

 

「でも、ヒッキーは私と同じクラスだったし、いつも一緒に授業受けてました!!先週もお姉さんと会う日のお昼はヒッキーと食べたし、その後の体育も受けてました!!」

 

由比ヶ浜はそう言って彼が十三組生ではないことを証明しようとしたが、それはことごとく否定されてしまった。

 

「彼は自分を異常じゃないと見せかけることができる」

 

彼女はそう言っていきなりサイコロを二つ取り出すと軽く振って机の上に優しく放り投げる。目は二つとも三を上に向けて机の上に止まった。

 

「これが何だっていうの?」

 

「十三組生かどうかを見分ける方法の一つよ。普通は奇跡でも起きない限りこんなことありえない。まあ何十回とトライすれば一回ぐらいはゾロ目が出るかもしれないわ。でも、十三組生がサイコロを二つ振れば、結果は何度やっても同じになる」

 

そう言って彼女は再びサイコロを振って机に放り投げる。二つとも又しても三を上に向けて止まった。その後何度やっても同じようにしかならなかった。時折、彼女は二人にサイコロを振らせたが二人ともゾロ目を出すことはなく、このサイコロには細工がしてあるわけではないということが嫌でも分かってしまう。

 

「もし今度、彼に会えたならサイコロを二つ振らせてみて。認識は変えられても本質までは変えられないわ。きっと私以上に君の悪い結果を出すはずよ」

 

「………それで、姉さんはそのことを私たちに話したということは、私たちはあなたと関わらざるを得ないということよね?」

 

彼女は真剣な目つきで自分の姉を見る。見られた彼女は少し笑うと、冷めた紅茶を口にしてその場からカップを消した。さすが姉妹だと彼女は思い、昔を懐かしんでしまった自分が可笑しかった。彼女に憧れを抱きながら、成れないのに彼女になろうとして服や仕草を真似る姿や、自身と彼女に大きすぎる努力では埋めることなんてできないほどの差があることを知って一切合切を捨てて一人で暮らし始めたものの、抗っても彼女の後を追っている様にしかならない彼女の呪いでもかかっているのかと思える人生に苦悩している姿が思い出される。

 

「何がおかしいの?」

 

「……ごめんごめん、ちょっと昔が思い出されてね。雪乃ちゃんは変わったね。去年の今頃だったらこんなに私の話を真剣になって聞いてくれることなんてなかったのに。やっぱり、彼の影響かな?」

 

「私は中途半端が嫌いなのよ。部室から自分のカップを持ち去って、そしてメールで辞めるだなんていう察してくれとでも言わんばかりの振る舞いは許さないわ。辞めるなら私たちの目の前で土下座しながら辞めさせてくださいと言わない限り私は彼は辞めさせるつもりはないわ」

 

「……どうして雪乃ちゃんはそこまで彼にこだわるの?」

 

「言ったでしょ?私は中途半端が嫌いなのよ。平塚先生から受けた彼を矯正して真人間にする依頼はまだ終わってないわ。だからまだあそこには居てもらわなきゃいけないの」

 

彼女は笑いがこみ上げた。自分の妹がとても不器用だということを初めて知ったこともそうだが、そんな彼女がとても可愛らしく、そして可笑しかった。かつてここまで彼女が人に興味を抱き、固執したことがあっただろうか。自分の肉親にですらあまり関心を示さなかった一年前の彼女がこんなに変わるなんて誰が思っただろうか。

 

「………二人には話しておくね。私は協力してくれている人たちと一緒に彼のいるフラスコ計画を潰そうとしているの」

 

「その、あぶのーまるを作るのがいけないことなんですか?私たちがヒッキーとかお姉さんみたいになれるってことですよね?それはダメなことなんですか?」

 

「人工的に何かを作り出すには、正常に動くかどうか実験台を用いて明確にする必要がある。当然のことながらフラスコ計画も例外ではなく実験台が必要よ。だけどその実験台が問題なのよ」

 

「モルモットやマウスだけではすまなさそうね」

 

「彼らの計画の実験台は、箱庭学園にいる生徒全員よ」

 

「………どう…いうこと?」

 

「人工的に十三組生、いわゆる天然の天才を作る。こんなものはっきり言って普通の人間が耐えられるはずがないわ。あの計画が完成すればほとんどの生徒は高校生活が最後の人間らしい生活になる。後の人生は廃人として生きる、もしくは生きることすらできなくなるかもしれない」

 

「…………そんな……。学校はそのことを知っているの?」

 

「元はと言えば学校が許可した計画よ。学校全体がその計画をバックアップしている上に、理事長に至ってはその計画を奨励しているまでよ」

 

「………」

 

「あなたたちには急にこんなことを言って申し訳ないけど、今から選択肢を三つあげるからうち一つを選んで。一つは転校をすること。あなたたちは幸いなことに十三組生じゃないから転校は容易な筈。お友達を連れてもいいわ。そして二つ目は私たちに協力して一緒になってフラスコ計画を潰すために戦うか。正直何処まで守れるか分からないけれど、私は二人が参加するなら全力で守るわ」

 

「最後は何かしら?」

 

「……この話を聞いた上で、何事もなかった様に日々を過ごす。記憶は消去できないから申し訳ないけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ諦めはつかないか?」

 

「ふざけるなよ。このコピーの世界がぶっ壊れても俺は諦めねえ。正直俺はメンハラの救世はともかく、他の三人みたいな出来た理由で協力したわけじゃねえ」

 

「彼女守るためだろ?」

 

「……知ってやがったのか」

 

「ああ。二年四組、出席番号22番、名を『㮶杖郁久美』(かるかいくみ)。サッカー部のマネージャーとして日々頑張り、勉学の方はまあ、お前が教えてるだろうからいいのは当然だわな。本人の努力も無視はできねえけど」

 

「……そうだよ。正直俺は仲間意識というか集団を重んじる意識が丸ごとかけてるからあいつ以外どうなろうがどうでもいい。申し訳ないけど俺は陽乃さんの妹とあいつどっちかしか守れねえんだとしたら、あいつの方を選んじまうくらいだから。だけどあいつは違う。周りには仲間がいる。最低限そいつら守らねえとあいつが暗い顔するだろ。そしてその仲間たちのまた仲間が居なくなればそいつらは悲しんで結果的にあいつが悲しむだろ」

 

「……充分出来た理由だ。お前が出来た人間のせいで俺は正直罪悪感を感じてる。お前らが軒並み救世みたいな奴らだったら俺も容赦なくぶっ潰してやるところだ」

 

「……まあ、そういうわけで俺は絶対に諦めるっていうわけにはいかねえんだよ」

 

「………なあ、返見。一旦休戦にしようぜ」

 

「……は?」




短くなってしまいました。ありがとうございました。

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