やはり俺は異常なのか?   作:GASTRO

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三話目です。


指導

「……もう私の知ってる彼じゃないみたい。そうなるともう、敵対する他ないわね」

 

微かな期待ですら裏切られた私は、もうどうしたらいいか分からなくなってしまった。私自身あまり人を信じるようなタイプでは無い、そんな自負はある。だけど、一年生の時の彼と雪乃ちゃんたちの関係を、私は第三者ではあったが見ていた。

 

素直じゃない、ぶっきらぼうで、常に他人を思いやる彼を私は知っている。私の懐疑的な考え方を通しても、彼は信じるに値する人物だと私は判断した。だからこそ悔しくもある。見抜けなかった自分が。

 

だけど、未だに私は彼を信じている。依然として、自分の人を見る目が正しいと思っているからこそ、そんな感情が芽生えるのだろう。きっと何かあるに違いない。彼はいつもそうだったはずだ。黙って自分から雪乃ちゃんたちと距離を置き、しれっと戻って来る。そして、あったはずの問題はいつの間にか終わっている。そんな事になるのを、少なからず期待している自分に多少なりとも腹がたつ。

 

けれど、私はフラスコ計画を潰す。あれは存在しちゃいけない。仮に君が私たちを守るためにあの計画に入っていたとしても、それでも私はあの計画を必ず潰す。

 

「雪ノ下さん!!」

 

「大丈夫ですか!?」

 

「大丈夫か?」

 

「元気か?」

 

移動した先である集合場所に現れた私を見て、四人は心配そうな様子で尋ねてくれる。彼らはみんな、私に協力してくれると言ってくれている。現に今も奉仕部の部室の修復を手伝いや、情報収集など多岐にわたって共に仕事をしている。

 

「ありがとう。来てくれて嬉しいわ」

 

「私たちはあなたに協力している身です。来るのは当然です」

 

事前に彼らにメールを送っていた。『今から比企谷くんを時計塔に連れて行く。万が一があるかもしれないから、私がいなくなったらいつもの場所に来て頂戴。』という内容で。

 

「燕尾ちゃんは?」

 

「大丈夫ですよ。保健室ではないですけど」

 

「どうして?」

 

「保険委員長と比企谷?だっけか。あいつが親しげに話すのを見たっていうタレコミがあったんで念のためな」

 

「そう。彼女の容態は大丈夫かしら?」

 

「深い傷がいくつかあって一時はやばかったが、今は落ち着いている。深い傷は全部致命傷の一歩手前、そんな具合だったよ。個人的には比企谷も十分やばいと思うが、寧ろあんだけ深い傷を負ったにも関わらずに生きている燕尾の方がすげえ」

 

「……みんな、今日私は覚悟を決めたわ。フラスコ計画は必ず潰す。そして比企谷くんを倒す」

 

「つまり、俺らも気を引き締めないとってことですよね」

 

「嫌なら降りてもらっても構わないわ。もう十二分に、あなた達には協力してもらったから。これから先は下手をすれば命は無いわ。下手をしなくても傷を負うのは絶対よ。それでも私と協力してくれる人はこの場に残って」

 

そう言って数秒。少しの沈黙が流れるが、誰もその場を動かず、静かに私を真っ直ぐな目で見ていた。

 

「じゃあみんな協力してくれるということでいいかしら?」

 

「異論はないです」

 

「ていうか陽乃さんよ。俺らだけであいつに勝てるか?申し訳ねえが俺は思えない。自分を卑下する訳じゃねえが、俺はあの計画に選ばれなかった側だからよ。俺だけじゃねえ、こいつらもそうだ。みんな選ばれなかった。そんな奴らが組んだ訳だが作戦はあるんだろうな?このままじゃ全員死ぬ。それも犬死でな」

 

「……私は使ってないカードがいくつかある。全部を使ってあなた達、そして他に協力してくれる人を限界まで強くする。そうして勝利の二文字が少しでも見えたら、戦いを始めるつもりよ」

 

「0から0.1でも上がれば、その時点で宣戦布告ってわけか」

 

「あなた達にはこれからある人のところに行ってもらう。そこで一週間でもあれば、かなり強くはなれると思う。それが終わったら、一度比企谷くんと私の妹とその友達を、彼から引き剥がして」

 

「でもよ、あんたの妹さんはあいつが散々やらかしたさっきの事を見てたんだろ?だったら剥がす以前にもう関わらなくなるんじゃねえか?」

 

「私の調べだけどよ、なんでもうちの学校には頼めば記憶をどうにかしてくれる奴がいるらしいんだよ」

 

「なんでそんな事急に言い出した」

 

「察しが悪いなお前は。それが比企谷なんだろ」

 

「そうそう。なんでそんな噂が広まってるのかどうかは知らないけどさ、少なくともあいつはかなりのスキルを持ってるんだろ?不可能じゃないと私は思うんだが、ようのさんはどう思う?」

 

「ようのじゃないわ。はるのよ」

 

「てかよ、私はあんたのことは知ってるけど他三人のことも燕尾とかいう子も知らないんだけど」

 

「じゃあなんだ。自己紹介でもするか」

 

「そうだな、のちの仲間になるんだろうからな」

 

「じゃあ私から。三年十三組『三島救世』(みじまくせ)です」

 

彼女は静かにそう言った。三つ編みで黒髪に制服を改造することもなく、スカートですらしっかり膝下まで伸ばしたまさしく模範的な彼女は、その見た目とは裏腹にかなり気性の荒い子で、彼女のスキルは彼女の手先の器用さも相まって、私たちの中ではなかなかの武闘派だ。普段はおとなしいのだが、壊せないものを見つけるとスイッチが入って暴れまわる。かなり堪え性のない危険人物といえばそれまでだ。

 

彼女には主に情報収集の面で動いてもらっていたが、これ以降は完全に戦いの方で動いてもらうことにした。正直、彼女はやり過ぎることがある上に、いらいらがある一定のラインを超えると、周りを見ずにその対象を破壊することだけに集中する癖がある。だからこそ、彼女の扱いには最善の注意を払っていかなければならないが、当分は他の彼らに彼女のストッパーの役割を担ってもらう。

 

「二年十三組『返見久喜』(へんみくき)

 

割と低めな身長の彼は坊主頭で眼鏡をかけている。いつも不機嫌そうな顔をしているが、話せば優しい普通の男子生徒だ。しかしながら彼もやはり気性は荒く、スキルをもっぱら戦うこと以外には使おうとはしない。私が彼に協力を依頼したときも、彼はぶつくさ言いながら、最終的には戦って勝った方が言う事を聞くという条件で戦い、見事に私が勝利を収めこのように協力してもらっている。

 

「二年十三組『紀尾井仁治』(きおいにんじ)だ」

 

久喜と同じクラスである彼は、久喜とは対照的に高い背と肩まである長い髪を持つ。久喜同様にそれなりに落ち着いているのだが、時折口調が荒い。やはり十三組生はどこか変なのだ。そう言ってしまうと私も変な人だということになってしまうが、私よりも変な人が後輩には多い。

 

「二年十一組『雁字志穂』(がんじしほ)。つーか同学年二人もいたのかよ」

 

彼女は協力者の中で唯一の十一組生で、ショートカットに長身で褐色の肌を持った見るからにスポーツ少女という感じだ。彼女は格闘技系の部活全般に入っている上に、活発で誰とでも話せる彼女の明るさも相まって、先輩後輩関わらず多くの友人がいる。彼女には、学校内での噂などを集めてもらっていた。これは十三組に在籍している三人にはできない、彼女だからこそできる仕事である。下らないものばかりだが、中には非常に有益なものも混ざっていることがあるため、あまり馬鹿にもできない。

 

「俺はお前を知ってたぞ」

 

「俺もな」

 

「何あんたら?私のこと好きなわけ?」

 

「勘違いも甚だしい」

 

「はいはい。そんなことより、これからの計画を話すわ」

 

「まず、志穂ちゃんは、引き続き全学年の一組から十二組の様子を教えて。それから、救世ちゃんは準備しておいて」

 

「りょーかい」

 

「分かりました」

 

「それから久喜くんと仁治くんはあの二人を守って」

 

「雪乃ちゃんと結衣ちゃんってやつらかい?」

 

「妹さんはわかるが、何故もう一人もなんだ」

 

「彼女は雪乃ちゃんの友達よ。それも初めての。守ってあげたくなるのよ」

 

「……まあ、いいですよ。分かりました」

 

「お願い。私たちが警戒すべきは、いくつかある。でも、最も警戒すべきは三つ。そのうちのひとつ、彼は燕尾ちゃんのスキルを持ってる。さらにそれを使って一組に溶け込んでるわ。それと彼は人のスキルのコピーが使えるらしいの。多分かなりの数を所持していると思うわ。気をつけて」

 

「「「「分かってます」」」」

 

「じゃあ、解散」

 

再度自分を奮い立たせる。私に協力してくれる彼らを前にして、自分が覚悟をしないでどうするのだ。私はもう決めたのだ。フラスコ計画を潰し、私の大事な妹を守る。雪乃ちゃんのためだったら彼だって倒せそうな気がしてくる。それぐらい私にとって彼女は大事な存在だ。普段はついつい可愛くていじってしまうせいで、彼女からはあまりいい印象を持たれていないかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局あの後、俺は一人でトボトボと部室に戻った。教室の周囲は特に変わった様子はなかったが、なんとなくいつもの部室とは違う気がした。中は当然誰もいなかった。あるのは三人分の椅子と一つの長机と俺の鞄。鞄を持って教室を出ようとドアに手をかけようとした時、不意に足が止まった。振り返って目に止まったのは、雪ノ下が勝手に持ってきていた紅茶用の器具一式と三人分のカップ。俺は開けかけていたドアから手を離し、それらが置かれた机の前で立ち止まった。しばらくそれらを眺めてから、自分のカップを手に取って鞄の中にしまい、部室を後にした。

 

これは俺なりのけじめの付け方だ。もうこの部室に、俺は今までの俺としては来られない。だから俺がいた証はもうあの部室には必要ない、と言うよりも要らない。しかしカップを壊せないのは、やはり俺が弱いからだろう。完全に決別出来ていないのは自分でもよく分かっている。だがどうしても出来ないのだ。

 

「弱えな俺は」

 

もやもやとした感情を消すべく、自問自答をしながらも帰路へとついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日からは学校には行くものの、誰にも姿を見せることなく1日を過ごした。自らのスキルで自身を認識させることなく、気ままに学校をふらふらする。昼時になったら学食でパンを買い、時計塔の屋上まで登って、学校や生徒達を見ながら昼飯を食べる。今日も今日とて平和でいい。

 

あれからもう一週間は経った。だが、一向に雪ノ下さんに動きはない。水面下で何かを準備しているのは分かってはいるが、別段対処する必要をあまり感じないので今のところ放置状態だ。

 

あの日の選択を間違いだなんて思ってはいない。常に感情のコントロールに気を遣いつつ、スキルに食われないようにする日々が続く。結果として、あの日は陽乃さんからスキルをコピー出来なかった。それに関しては完全に俺のミスだった。もし、次があるとするなら、次は自我を保ちつつ話そうと思う。

 

ありがたいことに、別段誰かに攻撃をされるわけでもなく、まったりと1日1日を過ごさせてもらっている。おそらく協力者がいるはずだし、仮に複数だろうが単数だろうがどっちにしろ十三組生なのは間違いないだろう。となればそろそろこちらも準備を始めた方がいいかもしれない。束になって来ようが問題はないが、念には念を入れておけば負ける確率を限りなくゼロにできる。

 

「今日もいい天気だ。いい日でもある。お前らがいることを除いてはな」

 

「まあそう言うなよ」

 

振り返れば知っている顔が二人、真後ろで俺を見下ろすように立っていた。このスキル、自身の認識を阻害するスキルは、当然のことながら劣化版、もとい贋作だ。通じるのは精々十二組までで、十三組には普通に見えてしまうというか認識されてしまう。それでも、普通の生徒に気がつかれなければそれでいいから使っているわけだが。

 

「何の用だよ」

 

「そう警戒するなって。俺たちはただ話しに来ただけだよ」

 

少し見ただけだが、彼ら、もとい陽乃さんは本気なことがわかった。そして協力者も。明らかに前に見た時とは違う。こんな芸当ができる人なんて、世界中探したってあの人ぐらいしか思い浮かばない。だからあの人にフラスコ計画に留まってもらおうとしたんだ。敵に回られれば最も厄介な筈なのに。どうして他のメンバーは残ってもらおうとしなかったんだ。黒神家を一人であそこまで大きくしたと言っても過言じゃない、そんな異常なマネジメントの才能を持つ黒神家長男、『黒神真黒』。

 

真黒さんにかかれば、こいつらをここまで強化するなんてありを潰すよりも楽だろうな。恐らく、この一週間を全て修行という名の地獄で過ごす時間に費やしたのだろう。彼らからは自信がみなぎっており、顔つきがなんだか違う気がする。何度かすれ違った事があるが、その時とはまるで別人だ。ひょっとしたら、顔が似ている奴をただただ連れてきたのではないかと思ってしまうが、ここで一つ疑問が生まれた。

 

恐らく頼んだのは雪ノ下さんだろうが、どうして真黒さんはこれを承諾し、彼らを強化したのかという点だ。雪ノ下財閥も十分でかい財閥だが、黒神財閥に比べたら取るに足らない財閥のうちの一つのはず。そんな財閥に貸しを作ることのメリットが俺には見当たらない。貸しは作っておいても損はない、という考え方もあるが、あの家はそこまで優しい奴はいない。ちゃんとメリットデメリットを判断して貸しを作る。何か弱みでも握っているのか。

 

「考え事してる最中で悪いんだけどよ、用件を伝えるぜ。お前もうあの二人と関わるな」

 

「……安心しろよ。はなからもう関われるなんて思ってないから。現にこの一週間あいつらの姿すら見てないしな。で、それだけじゃないだろ?」

 

「…察しが良くて助かるわ。俺たちがフラスコ計画を潰そうとしてるのは分かってるよな」

 

「要はあれか。まずは俺からやろうってことか」

 

「他のメンバーはどいつもこいつも一日中時計塔にこもりっぱなしだしな。唯一お前だけが時計塔から外に出るんでよ。まずはお前を潰してから俺たちで時計塔に乗り込む」

 

「悪いことは言わない、俺を倒したとしてもあそこに行くなら黒神を連れて行け。めだかの方をな」

 

あいつらに勝てるのは精々黒神ぐらいだ。こいつらがどれだけ強くなろうと、あいつらはその上をいっている。仮にこいつらを虎とするなら、あいつらは武装した人間だ。そして、唯一攻撃できる虎が黒神ただ一人だ。そんな奴を連れていかずに戦おうだなんて、ただ死にに行くとしか思えない。

 

「人のスキルをコピーするお前を倒せば、他のメンバーを全員攻略したのと同じだと思うのはいけないか?」

 

「その考え方は危険だぞ返見。あそこは異次元だ。本気で潰したいんだったら黒神は絶対に連れて来い。あいつに助けてもらわないとお前ら死ぬぞ、本当に」

 

「さっきから俺たちを随分と過小評価してくれてるな。自慢じゃないが、仮にも地獄で一週間を過ごした。以前よりもスキルの扱いは良くなったし、全体的な身体能力も向上した。数に頼ればお前と善戦できると俺は踏んでいる。それとも戦うのが怖いのか?」

 

「分かりやすい挑発だな、紀尾井。実を言えば怖いよ。最近はこれ以外のスキルは使ってないし腕が鈍ってるからな。負けるのが怖いんだよ」

 

「嘘が下手だなお前」

 

後ろからまた声がする。振り返れば不気味な人形に担がれている女生徒が一人、俺を見下ろしていた。三つ編みに眼鏡をかけ、不敵な笑みを浮かべるそいつをよく知っている。いかれた女、救世。

 

俺はこいつが大嫌いだ。名前の字とは真逆なことしかしない。ちょっとでも気に入らないことがあればすぐに周囲を巻き込む。百害あって一利なしな奴だが、雪ノ下さんがこんな奴を使っているなんて思いもしなかった。下手をすれば、妹である雪ノ下も巻き込まれるかもしれない。だが、なぜこいつを使うのだろうか。

 

「久しぶりだな、救世」

 

「よお比企谷。死ぬ覚悟は出来たか?」

 

「お前らは出来てるのか?」

 

「私はする必要ないよ。だって私は勝つから」

 

ここまで自信が持てるのが羨ましい。こいつも真黒さんから鍛えてもらったのかどうかは分からないが、もし鍛えられたのならいささか厄介だ。恐らくは、今まで以上に自信がついているせいで、色々なものを、より簡単に壊せると思っているはずだ。

 

こんな奴が強化されたのなら、甚大な被害が箱庭学園の生徒たちにも広がる。彼らは大事なサンプルであり実験台だ。俺の役目の一つである、彼らをあらゆる事柄から保護をする。その仕事の観点から見ても、こいつを倒すのは必須事項だ。

 

「お前だけは自由にさせるとまずいんだ、救世。退いてもらうぞ」

 

「退場するのはお前だクソ谷」

 

 

 

 

 

放課後の時計塔の屋上は戦場と化し、部活動のために学校に残っていた普通の生徒たちは、時折聞こえてくる爆発音や上がる炎を見て若干驚きはしたが、普通に活動を続けていた。

 

「あいつら危ないって分かってないのか。人間、慣れって怖いな」

 

「余所見すんじゃねえ!!」

 

生徒たちの様子を見ていた隙に、背後から人形数体に抱きつかれる。近くで見れば見るほど気持ちが悪い顔だ。がんじがらめになっているせいで動けない。そのため、対応する暇もなく各々が光り出し、けたたましい爆音と共に爆発した。

 

「お前を使うあの人の気がしれん」

 

立ち込める黒い煙の中から勢いよく飛び出して、そのまま彼女の首を掴んで持ち上げる。

 

「くそが!!」

 

俺の手を苦しそうな表情で彼女が掴むと、彼女の袖から1cmほどの小さな人形が、複数体出現し、俺の手に張り付いた。人形たちは、その小さな腕を小刻みに震わせていく。それに共鳴するように、腕からミシミシという音が鳴る。それでも気にせず、彼女の首を締め上げる。

 

だが、段々と腕から聞こえる音が、少しずつ大きくなっていき、それと同時に徐々に腕の曲がらないはずの場所がしなりはじめ、やがて腕はジグザクに折れ曲り、人形の数と同じ数に切断された。肩から先をなくしたが、瞬時にもう片方の手で、首回りにある俺の手ごと彼女の首を掴む。

 

このまま暗器を使えば、終わらせられる。だが、いくら嫌いな奴とはいえ……いや、これで殺人衝動が満たせるのでは?価値がある、こいつにも。宗方先輩のスキルを、このスキルを食うにはこいつがちょうどいい。殺人衝動を持つあの人を、あの人の真似をすればコントロールのヒントが得られる。

 

「離せクソが!!」

 

彼女は爪を立てて俺の腕を掴み、ギリギリと力を入れていく。スキルは悪魔みたいなものだが、こいつ自身はそれほどまでに力が強くはない、なんてことない弱い女子だ。手を剥がすことができず、段々と焦りが彼女の顔に見えてくる。刹那、首を掴んでいたもう片方の腕は肘より下が切断され、血を辺りに撒き散らした。俺は彼女の腹を蹴って距離を取り、後退して辺りを見回した。

 

どういうわけかは知らないが、一対一で戦いたいのか?救世がスキルを使っている間、紀尾井と辺見が攻撃をしてこない理由は分かる。爆発という広範囲に影響のある攻撃をする、まして他人にあまり配慮しない奴がそれを使っている。自分の命が危ういのは言うまでもない。普通なら近寄らない。

 

だが、救世が俺に首を掴まれた時、明らかに俺には隙があった。加えて、彼女の出した小型の人形が俺の腕を持っていった時、そんなタイミングでどうして誰も来なかった。本来ならあのまま彼女と俺を引き剥がせたはずだ。

 

「何か仕込んでるな、お前ら」

 

目には何も映らない。だが、確実に聞いてはいるはずだ。蹴られた彼女は、当然救われているだろう。なら、あとは俺を倒すだけのはずだ。

 

思考を巡らせていたせいで、自分の先ほどの食われる感覚を忘れていた。まただ。食われていた。宗方先輩の暗器、これの使用を考えただけで生まれたあの感覚。やっぱり様子が変だな、最近の俺。

 

色々と物思いにふけっていた俺だが、ふと足元に目をやると、太陽の光で照らされ、キラキラと輝く無数のなにかを見た。目を凝らしてよく見ると、なにやら鋭利な先端があるようで、それが全て上を向いている。

 

「串刺しだ、比企谷」

 

一瞬で足元の何かは大きくなり、俺の体を次々と貫いていく。辛うじて残っている左目から一瞬見えた形状は、ペンだった。それも万年筆とか、その辺のわりかし古風で先端の鋭利なやつだ。まさしく蜂の巣状態だが、この状態でも今の俺は意識を失ったり、まして死ぬようなこともない。

 

右手の指を数本切断し、ペンの剣山より外へと移動させる。移動が終わったら、自身の体に少しずつ液状化させ、先ほどの指を起点として、肉体の修復に入る。

 

彼が動かなくなった事を確認すると彼の体に傷をつけていた張本人が姿を現した。小さい背に不釣り合いなほどの大きい包丁を両手に持った彼は転がっている比企谷の頭を見下ろす。血の気がなくなっていて白くなった肌に虚ろな目と口から垂れている血を見た彼はため息をつき、倒れている彼女の元へと歩く。

 

「大丈夫か?」

 

「はじめっからそれやってよ。私がやらなくても終わったじゃん」

 

お前が先に始めたんだろうが、と言いたい彼だったがぐっと堪えて包丁を床に刺す。そして彼女に手を差し伸べるが、彼女はいい、と言って自分で立ち上がって比企谷の頭を見に行った。転がっている頭を見て笑みを浮かべた彼女は小躍りしながら頭の周りを数回回ると彼の頭に何度か蹴りを入れる。

 

「おいやめろ!!」

 

現れた長身の男が彼女を止める。止められた彼女は非常に不機嫌な様子で強引に彼の拘束を振り解くとスタスタと時計塔のエレベーターへと向かった。呆れた様子で彼は彼女を見ていたが、ふと視線を落とし比企谷の頭を見た。

 

「………悪いな。これも全てはこの学校の俺の後輩、ないしは未来の後輩のためだ」

 

「気にするなよ。死んでないから」

 

転がっている頭の口が動き見下ろしている彼と目があう。

 

「まだ終わってねえ!!」

 

彼がそう言った瞬間に彼の頭上から透明な液体が落ち、彼はずぶ濡れになった。何が起きたか全く分かっていない彼の横を何かが通り過ぎる。振り返れば救世と返見の首を掴み持ち上げている比企谷の姿がそこにはあった。

 

「死んだはずじゃ」

 

「なんで生きてんだよ!!」

 

「うるせえ、あの程度で死ぬなら俺はフラスコ計画になんか居ねえよ。そもそも首を切られる状況になる前に終わってるんだよ、普通ならな。どれほど力をつけたかどうか測るためにやったが、やっぱりなって感じだ」

 

「まだ終わってねえぞクソ谷!!!」

 

彼女が叫ぶと同時に彼の手首より先が切られ地面に落ちる。着地した2人は距離をとることなく、救世は自身の拳を、返見は自身の武器である包丁を彼の胴体に向けたが彼はそんな攻撃をいなし、二人の顔面を蹴った。

 

「女の顔蹴るなんて酷いやつじゃねえか」

 

「うるせえな紀尾井。毎日女泣かせてるお前にだけは言われたくない。それに俺は救世が女という性別であることは認識しているが女という目では一度も見たことがない。だから俺は酷くない」

 

「おいおいクソ谷、ずいぶん言ってくれるじゃねえかよ!!こんな見た目だからよお、女に幻想を抱いてるバカな男どもがよく私に告白してくるんだぜ?つまり、私はか弱い女ってこと!!分かる!?」

 

「うるさいな救世。今は比企谷倒すことが大事だろ。なんで挑発に乗るような言動するんだよ」

 

「うっせーなチビ。しゃしゃるな」

 

「あ!?ここで切り刻んでやろうかメンヘラ!?」

 

「やめてくれよみっともない。お前ら今は戦いに集中しろ」

 

紀尾井は一触即発の二人をなんとか宥めて再び比企谷と戦おうとするが、二人はいきなり動き出し、各々勝手に比企谷へ攻撃を仕掛ける。彼にとっては団体で攻撃されることの方が面倒なので、この状況は非常に好都合だったが、こんな二人を相手に真剣に実力を図っていた自分がひどく馬鹿に感じられて大きなため息と共に二人の腕を掴んでくっつけた。そしてそのまま二人を紀尾井に向かって放り投げ、避けた彼の背中の上に膝を入れる。倒れ込んだ彼の背中に放り投げた二人をくっつけ、比企谷はそのまま出口を目指して歩き始めた。

 

「クッソ!!離れろお前ら!!」

 

「お前こそ離れろメンヘラ!!」

 

「二人とも落ち着け!!これはスキルだ!!」

 

「つかなんで濡れてんだよ紀尾井!!気持ち悪いんだよ!!」

 

「紀尾井、お前大変な仕事引き受けたな。同情するぜ、助けはしないが」

 

「人を助けるのが奉仕部じゃねえのか?」

 

「悪いな。どこぞの誰かさんにやめろって言われたからやめちまったんだよ。だから今の俺がお前たちを助けることはまずないから安心しろ」

 

彼はそのまま背を向けて去っていく。

 

「陽乃さんには伝えておいたからいずれ迎えがくる。それまで頑張れ」

 

そう言って手を振った彼を三人は呆然と眺めていた。

 

「あ、言い忘れてた。燕尾を借りてくぞ。あいつに少し用があるんでな」

 

「どこにいるのか知ってんのかよ」

 

「返見、お前はさっき俺を切って殺すにまで至ったわけだが、俺の首を切った後にお前は認識ができるようになったよな?何故だかわかるか?」

 

「そんなの、タイミングよく燕尾が解除しただけだろ」

 

「じゃあさ、俺がなんで生きてるか分かるか?」

 

「そんなものはじめから俺らが相手してたのがダミーってだけだろ」

 

「…………そうか。比企谷、さっきまで俺らが相手してたお前は、俺らがお前だと認識していただけで実際は別のもの、あるいは人。そうだろ?」

 

「さすがだ紀尾井。そして最初の話題に戻れ、思い出せ。お前らが俺の首を切り、絶命した時に返見にかかっていた効果が消えたんだぞ?」

 

「…………まさかお前!!!」

 

「察しがいいな紀尾井。そう、お前らが相手してたのは燕尾だ。正確には燕尾と全てを共有したただの人形だけどな」

 

「つまり俺たちがお前に扮した人形の首を切った時の死が共有されて……」

 

「あのスキルは異常だ。感覚だけじゃなく命までも共有できちまう。あんまり使いたくはなかったけど仕方がない」

 

「借りてくってのは…」

 

「死人にくちなしというが脳に記憶は残ってるだろ?それが必要なんだよ」

 

「……お前、人じゃねえ……ただの、化け物だ!!」

 

紀尾井は二人を引きずりながらも比企谷へ詰め寄り思い切り殴ろうとしたが、軽く彼に止められた。

 

「なあ紀尾井。お前がさっき浴びた液体、あれってなんだと思う?」

 

「ただの水じゃねえのは分かってる。だが別段匂いもねえし、流動性もかなり高い」

 

「………ただの水だ」

 

刹那ゆっくりと紀尾井の足元が凍り始める。ピキピキという音と返見や救世の罵声が聞こえるが、紀尾井はただただまっすぐに比企谷を見ている。

 

「何がお前をそうさせる……」

 

「全てはお前ら箱庭生のためだ」

 

「俺らのためにお前は俺らを危険に晒してるのか?」

 

「頭おかしいと思うだろ?じゃなきゃこんな計画に入ってねえって」

 

彼らが完全に凍り付くまで見届けることなく比企谷はその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ信じてくれてよかった。これであいつらの戦意も削がれるだろ」

 

絶望し切ったあいつらの顔を見ても特に何も感じなかったし同情もしない。なにせこっちはあいつらのお遊びに付き合うほど暇じゃねえ。いっときの感情で動くとどうなるかを教えることであいつらは間違いなく雪ノ下さんから外れる。救世は多分外れないだろうがあいつは後でまた戦うしその時に戦えないくらいにすれば問題はない。これであの人は一人で戦わざるを得ない。そうすれば俺一人で容易に鎮圧できる。

 

「悪趣味だね比企谷くん。『死ぬときは一緒』(シェア)を使うなんて、僕でもやらないよ。まあ劣化版だから死にはしなかったからいいと言えばいいのかな?」

 

一体この人はどれだけ俺を見抜いたら気がすむのだろうか。だがこの人の言う通り確かに俺は燕尾を殺してはいない。今回は久しぶりにこのスキルを使ったが、純正のスキルなら先にも説明した通りに共有した個体同士は感覚や好みを超えた死すらも共有し、どちらかが死ねばもう片方も全く同じ方法で死ぬ。だが逆に生きている物と生きていない、例えば消しゴムや鉛筆を人と共有すれば、命が吹き込まれ自立し喋り、動くようになる。俺のスキルはあいにくの劣化版なため、共有できるのは生の方だけで死だけは共有できない。仮に死んだとしても気を失うにとどまる。

 

「だがそっちの異常(アブノーマル)を使ったのは懸命だと言わざるを得ないよ。まだ君は冷静だってことがこれで分かった」

 

「流石に宗方先輩の異常(アブノーマル)は使いませんよ」

 

「君は彼と違ってストッパーを持っていない。全ての異常性において君はストッパーを持ち合わせていないために君は常に縛りプレイをしている状態だ。激情したりすればすぐに外れて大暴れ、さながら死ぬ前のボスキャラだよ。見ていて見苦しいタイプのね」

 

「さっさと死ねってことですか?」

 

「余裕ぶってキレるならはじめから全力で潰せということさ」

 

「肝に命じておきます」

 

 

 

 

 

 

「どうなってるの……」

 

彼女の目に映るのは仲間の三人がびしょびしょになって屋上で横たわっている、そんな情景だった。彼女は彼らに駆け寄って体を起こし揺さぶる。三人とも目を覚まし、安堵の表情を浮かべた彼女だったが、紀尾井が発した一言で彼女の顔は非常に険しいものになった。

 

「燕尾が………死んだ」

 

弱々しく、そして悲しそうに言った彼を彼女は責められなかったが、やり場のない怒りが湧き上がり彼女は時計塔の端で立ち止まり、頭を抱えた。

 

「…………燕尾ちゃんが死んだというのなら彼女は……当然彼が回収したわね」

 

「はい」

 

「……不味いわね。彼女は私たちにとって重要な存在。そんな彼女が「彼女なら死んでないよ」っ!!誰!!?」

 

彼女たちの中央にいきなり現れた彼女は明らかに他校の制服を着ており、どういうわけか両手でピースをしながら彼女の顔を見上げていた。

 

「あなたは誰?というより死んでないってどういうこと!?」

 

「落ち着きなよ、陽乃ちゃん。僕は安心院なじみ、親しみを込めて安心院さんと呼びなさい」

 

「……分かったわ。安心院さん、あなたの先ほどの発言のことを詳しく聞きたいんだけど」

 

「先も言った通りさ。彼女は死んでない。気を失ってるだけだよ」

 

「どうしてそんなことが言えるの?」

 

「だって彼、スキルを完璧にコピー出来ないから」

 

「どういうこと?」

 

「彼のスキルは他者をコピーできるスキル。それこそ異常性はもとより、顔や性格、BMIに骨格等々全てをコピーできるんだ。だけど完璧にできるわけじゃない。なにせ彼は所詮贋作、本物にはなれないから」

 

「つまり彼は異常性以外をコピーできるけど完璧には出来ないから、唯一完璧でなくてもいい異常性だけを選んでコピーしたのね?」

 

「まあそうだよ。だけど実際問題、異常性こそが完璧でなくてはならないのに彼は御構い無しにコピーをしまくって結果、今の彼が出来上がった。先の共有するスキルは生こそ共有できるが死は共有できないんだ。だから今気を失っているだけだよ」

 

「………あなたはどうしてそこまで彼を知ってるの?」

 

「僕が言ったからね。彼にこの計画に関われって」

 

彼女の目の色が変わり、ヘラヘラとした安心院を立たせて襟元を掴んだ。

 

「ははは、なんで怒っているんだい?」

 

「当たり前でしょ!!あなたが言わなければ、指示しなければ!!」

 

「君は彼が関わっていなかったらフラスコ計画を潰そうとは思わなかったとでも言うつもりかい?それを言ったら君はそこにいる仲間を失うよ?」

 

「私は最初からこの計画を潰すつもりだったわ!!でも、彼は私の妹や友達と普通に過ごせたはずよ!!敵対することもなかった!!あなたが彼から学園生活を奪ったのよ!!」

 

「彼には無理さ。不可能だ。なんでか分かるかい?だって彼は化け物だからさ。仮に僕が指示していなくてもいずれ自然淘汰される運命だよ。黒神めだかを知っているだろ?彼女と同じ道を辿るかもしれなかった彼を僕が変えたと言ってもいい」

 

「あなたは彼から変わる機会を奪って改悪しただけよ」

 

「だったら君が彼を改善してくれよ。闇落ちした彼をそれこそ転生でもさせて見せてくれ」

 

「やってみせるわ。あなたのその悪趣味な喋り方も一緒にね」

 

「楽しみだ」

 

そう言い残して彼女は消えていく。

 

「陽乃さん………」

 

「見苦しいところを見せたわね。ごめんなさい。だけど、燕尾ちゃんが生きていることは分かって良かったわ」

 

「これからどうするんですか?」

 

「燕尾ちゃんの回収はまず一旦諦める。もう既に時計塔の中だろうから」

 

「比企谷はどうする?」

 

「もちろんぶん殴るわ」

 

「は?」

 

その場にいた三人は驚いた。なにせ先ほどのことできっと悩み、考えた上でどうするのかを決めると思っていたのに、返事が早く更には迷うことなくぶん殴るという言葉を吐いてしまう彼女のあまりの切り替えの早さに開いた口が塞がらなかった。

 

「確かにさっきの安心院さんとやらも悪いわ。だけど、従ったままの比企谷くんも比企谷くんよ。いつもの捻くれた考えで切り抜けようとしないのが腹立たしい。私のお誘いは全部断るのにどうして彼女の指示には従うのかしら?」

 

単純にあんたが怖いんだよとは口が裂けても言えない三人は、そうですねとだけ言って黙りこくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日もヒッキーこないね……」

 

部室にいる二人は互いにいつもやっていることをやっているが、全く集中できておらず時折彼女らが用意した誰も座っていない椅子を見ては少し寂しい目をする。

 

「……そうね」

 

「ゆきのんは心配じゃないの?」

 

「何を言っているのかしら由比ヶ浜さん。私は部の備品である彼がいないことなんて全く気にしていないのだけれど」

 

いつも通りに悪態をつく彼女だったが、明らかに気にしているということは由比ヶ浜は分かっていた。それでも彼女はあえて尋ねることでいつも通りの日常を取り繕おうとしたが、やはり本来そこに反応を返してくる彼がいないために、余計に空気が沈んだ。

 

「そ、そうだゆきのん!ゆきのんが入れてくれる紅茶飲みたいな!」

 

「…ええ、待ってて」

 

静かに読んでいた本を置き彼女は慣れた手つきで紅茶の準備をする。しかしあることに気がついた彼女はその手を止め立ち尽くした。

 

「………ゆきのん、なんかあった?」

 

「………彼の、比企谷くんのコップがないの」

 

「え!!」

 

彼女は慌てて道具たちが置かれた机を見る。ポットが一つ、茶葉を入れる容器にケトルとコップが二つ。本来ならあるべきものが確かに一つ欠けていた。

 

「…………ヒッキーが持って行ったのかな?」

 

「…………何かしら、これ」

 

ふと雪ノ下が何かを見つける。それは小さく折りたたまれたノートの切れ端で、彼女のカップの下に挟まっていた。ゆっくりとそれを取り、広げるとありがとうとだけ書いてあった。彼女たちはそれをゆっくりと閉じ、悲しげな表情を浮かべながらその場に立ち尽くす。

 

「…………ヒッキー」

 

「………比企谷くん」

 

 

 

 

 

 

「決別は出来たかい?」

 

「……ああ。出来たよ」




ありがとうございました。

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