やはり俺は異常なのか?   作:GASTRO

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二話目です。よろしくお願いします。


依頼2

「なぜそんなことが知りたいのかしら?そもそもあなたがそれを知って何になるというの?」

 

「えっと、特に理由はないんです。ただ…」

 

「ただ?」

 

「言葉が悪いと思うんですが、十三組の方々って、その、怖いじゃないですか。」

 

そう思うのも無理はないだろう。彼らは異端の存在であり、各々に訳のわからない力を持ち合わせている。今までなるべく彼らに関わらないように生きてきた『通常』(ノーマル)や、『特例』(スペシャル)が、つい先日の事件を知ったことにより、どこかで信じきれなかった事実をようやく認め始めた。

 

『十三組』は本当に異質であり、何か自分たちにはない力がある。

 

そんな彼らがいきなり登校してきたのだから理由が知りたいというのは当然だが、俺は言いたい。お前が言うなと。とはいえそれを表に出して仕舞えば、何か面倒ごとになるのは言うまでもないので、依頼を聞くふりをすることにした。

 

「まあ、そうだよね。ちょっと、怖いっていうか。なんていうか」

 

「それが正常な人間だ。安心しろ、誰だって自分に何かあったら怖いからな。俺も怖い」

 

「……ヒッキー頼りない」

 

「ヘタレね。さすが、チキ谷くんだわ」

 

「ほっとけ」

 

チキ谷は語呂が悪すぎるだろ。何で若干にやけてるんですかね、雪ノ下さん、由比ヶ浜さん。そんなに面白くないですからね。

 

「話を戻すわ。それで、怖いことがどうして登校の理由が知りたいという話になるのかしら」

 

「……えっと、不安なんです。もし自分たちが被害にあったらって考えちゃって。すいません、うまく説明できなくて」

 

「つまり、彼らの登校が自分たちに悪影響があるかもしれないから、不安になってここにきた、ということかしら」

 

「……そんな感じです」

 

「それで俺らにそれを調べて報告してくれってことか?」

 

「……はい」

 

カマをかけたが動揺は一切見せない。俺の顔は知っているはずなのに心拍や脈など一切のブレがないのを確認出来る。やっぱり何かでカバーされているか、はたまた一時的な俺に対しての記憶喪失状態か。……まさか忘れられてる?そんなことは無いよな、……無いよな?

 

「どうする?ゆきのん」

 

「調べると言っても正直難しいと思うわ。まず私たちは誰一人として十三組に在籍していないし、何より彼らと接触することが難しいわ」

 

「そっか〜」

 

「まあ、あいつらは登校自由だしな。来る時間も帰る時間も本人の気分だしな。そもそも登校義務すらないし、羨ましい限りだ」

 

「まあ、怠惰の化身である比企谷くんはそう思うわよね」

 

「そこまで極めてはいないぞ」

 

「じゃあ、今日までで何回遅刻もしくは欠席した?」

 

「えっと、………20以上だ」

 

「誇らしげなのが腹立たしいわね」

 

「そんなことより本題に戻ろう。どうする?あてなら一人知ってるが」

 

「誰かしら?」

 

「誰なの?」

 

「某雪ノ下さんだ」

 

「姉さんね」

 

「ゆきのんのお姉さんなんか知ってるの?」

 

「雪ノ下さんはここ、箱庭学園のOGであり、元十三組生だった人だ」

 

「ゆきのんなんで黙ってたの?」

 

「姉さんに貸しを作りたくないのよ」

 

「じゃあ代わりに俺が頼むから、それならいいだろ?」

 

「……わかったわ。燕尾さん、あなたの依頼受けるわ」

 

「ありがとうございます!お願いします!」

 

「では、何か分かったら紙か何かにまとめていただけますか?」

 

「メールじゃダメ?」

 

「すいません、私携帯持ってないんです」

 

「では、報告書という形でまとめてあなたに提出すればいいのね?」

 

「はい。お願いします」

 

「そういえばうちの学校ってどういう風に分かれてるんだっけ?」

 

「由比ヶ浜さん、一応通っている学校なのだから、それぐらい知っておくべきなはずなのだけれど」

 

「良い機会だ。教えてやる」

 

「ヒッキーありがとう!」

 

「まず一組から九組。このクラスにいる奴らを『通常』(ノーマル)という。そして、十組から十二組までを『特例』(スペシャル)という。そして、十三組を『異常』(アブノーマル)という。」

 

「ふーん」

 

「そして、十三組生には様々なことが免除されている」

 

「うんうん。とうこうぎむだっけ?」

 

「お前意味わかってんのか?」

 

「バカにするなし!わかってるよ!」

 

「まあ他にもあるけど、今は面倒くさいからこれだけ」

 

「ふーん」

 

「まあとりあえずは雪ノ下さんに連絡しますか」

 

言った手前連絡を取ろうとはするものの、正直俺も雪ノ下同様あまりというよりは全く気が乗らなかった。雪ノ下さんに電話をするということは、あの人に貸しを作るということは、俺は少なくともそれをネタにされ、しばらく彼女のおもちゃとしての扱いを甘んじて受けるということと同じだが背に腹はかえられない。

 

こいつからの依頼の意味を知るためだ。何を企んでるかイマイチ分からない。だからこそ、僅かな手間でも惜しめばこいつらの後手に回ることになる。それだけは避けなければならない。携帯を取り出し、少しスクロールしただけで出てきた『雪ノ下陽乃』という文字の羅列。決して電話帳の中が僅かなスクロールで事足りる程度の人数であるという意味ではない。決してそうではない。

 

意を決して電話をかける。

 

「ずいぶん慣れているのね」

 

「まあな」

 

強制的に交換させられた挙句に何度も連絡をさせられていれば嫌でもそうなる。雪ノ下が哀れむような目で、由比ヶ浜が少し心配そうな目で俺を見ている。そんなに哀れむんだったら代わりにやってくれませんかね。

 

 

 

 

『もしもし、雪ノ下さんですか?』

 

『ひゃっはろーん。雪ノ下さんだよ〜』

 

『機嫌良いですね』

 

『だって君からかけてくるなんて久々だからね〜。こんな綺麗なお姉さんの番号を知ったら普通は毎日かけるものじゃない?』

 

『俺もそこまで暇じゃないんでね』

 

『何か用?』

 

『えっとですね、最近十三組生が登校してきてるんですけど、何か知りませんか?』

 

『もう卒業した身としては、分からないかな〜』

 

『そうですか。……すいません、お時間とらせてしまって』

 

『いいよ別に〜。これから毎日電話を君からかけてくれるみたいだし』

 

『…あの、一言も言ってないんですけど』

 

『決定だよ〜。じゃあね〜。かけてこないと、君の部屋にお邪魔しちゃうからね』

 

『………はい』

 

 

 

「どうだった?」

 

「何も知らないそうだ」

 

「そう。仕方ないわね、他を当たりましょう」

 

「あてでもあるのか?」

 

「……これから考えるわ」

 

ドタドタと走る音と共にドアが勢いよく開かれた。息を上げながら入ってきた季節外れのコートを羽織り、いかにも中二病みたいな格好に身を包んだ若干の肥満体型の男。汗をダラダラとかき、メガネのレンズにも少し汗がかかっている。

 

「八幡よ!貴様、約束の時間を過ぎてるではないか!!」

 

そう叫んでいきなり目の前まで詰めてきたそいつに、鬱陶しいという視線を向けるが、この人物はいささか他者からの評価等に疎い面がある。まあだからこんな格好をしているのだろうし、ましてこんな風にノックもなしに入ってきたりしないだろう。軽く手であしらうと、少し下がったそいつは辺りを見回し、依頼人がいることに気がついたかと思うと、ひょっ、なんて声にならない声を上げてドアの近くの隅に後退した。

 

流石に依頼人がいるという事態が、自分が悪いタイミングで入ってしまったという事を理解させてくれたようだ。

 

「約束?」

 

「ヒッキー!?どういうこと!?」

 

依頼人そっちのけで関心を寄せるな。見ろ、燕尾が気まずそう……何を見てやがるこいつ。彼女が見ているのは俺たちでも、まして急に入ってきた中二病でもない。ただ窓を見ている。我意に介さずとでも言わんばかりだ。しかし、こいつは何かを見ている、何かは分からないが、窓の外に何かがいる。

 

「一旦止まれ」

 

少しうるさくなって来たと思ったらこれを使うのが手っ取り早い。今のうちに起きている問題を処理しよう。まずは燕尾の視線の先の確認だ。立ち上がって、彼女の横まで移動し、彼女の視線に沿うように窓を見る。外には綺麗な夕焼けが映っているが、これといって他に何か……校舎、いやビルか。「十三組」御用達のビルがある。

 

「今回の目的はあれか」

 

確認が終わったところで、燕尾に触れる。彼女は音も無しにその場から消え、問題は一つ解決した。残す問題は、この肥満児と二人だ。肥満児は放置だ。後でいくらでもいじれる。問題はこの二人だ。記憶改竄をしておかないと、こいつとの関係いろいろで、ボロを出すに決まってる。だったらこいつも記憶を改竄しちまえばと思うが、そういうわけにもいかない。一旦この肥満児は廊下にでも出しておこう。

 

記憶を操作するためには脳を直接いじる必要があり、脳に損傷がないように神経を使う事もそうだが、記憶に矛盾が起きないように調整するのが面倒くさい事この上ない。昨日も苦労したがまさか二日続けて同じ相手に使うとは思わなかった。

 

二人の頭に軽く手を起き、改竄を始める。昨日のように一瞬の出来事を消すのは容易だが、今回のような色々あった上で更に、なんて日には本当に大変な記憶の矛盾を生まないための編集が必要になる。おまけに弄ってるせいで、いじられている奴には多少なりとも負荷がかかっている。出来れば使いたくはないが、変に知られて困る事も今の俺には多い。

 

「…よし、これなら大丈夫だな」

 

結果、改竄内容は以下のようになった。平塚先生が俺の全休に気がついて走って入ってきた。そして俺に詰め寄り俺が適当にあしらおうとしたが無理で、鉄拳制裁をくらった。不本意ではあるがしょうがない。

 

「動いていいぞ」

 

開始したと同時に二人が俺を見上げる。……手を置いたままなの忘れてた。

 

「え!?ヒッキー!?」

 

「何しているのかしら?セクハラくん」

 

二人は俺の顔を何度も見ては、下を見るを繰り返しなんだか見ていて面白くなった。だが、申し訳ないが二人には寝てもらわねばならない。軽く力を入れて彼女達の頭を押すと、二人ゆっくりと机の上に突っ伏すような形で眠りについた。二人を肩に担ぎ、ドアを蹴り飛ばして廊下に出ると、何やら俺に向けられた視線を下から感じたがそれを無視して保健室へと向かう。

 

「八幡!!貴様どこへ!!」

 

立ち上がって近づいてきた瞬間、俺は右足で思い切り奴の顔面めがけて蹴りをかました。反射神経は見た目の割にはいいようで、容易にガードされたが、そのままの状態でスキルを使い、吹き飛んでもらった。コロコロと転がっていく、あいつを尻目に歩みを進める。

 

歩いている間に時折すれ違う生徒達から、変質者を見るような視線を浴びまくったが、そんな事気にしている暇なんてない。記憶改竄による脳への疲労やダメージはどういうわけか、スキルで治癒を早めたりなどが一切できない。1日だけならまだしも、2日連続は少し心配になる。

 

たどり着いた保健室のドアを蹴り飛ばして入り、適当な空いているベッドに二人を寝かせる。背後からの視線を感じ、振り返ればこの学園の保険委員長である赤がこちらを見ていた。鋭い目付き、明らかに彼女自身の手のひらより長いであろう右手の異常なまでの長い爪。そして、ミニスカナースの格好をしている個性全開な彼女だが、腕は確かだったりと人は見かけでは判断できないと言う代名詞のような奴だ。

 

「おい、随分と乱暴な入り方をするな。君は王か何かか?」

 

「王だったらやっていいのか?」

 

彼女は呆れた様子やそぶりも一切見せず、いつも通りの顔で何も言わずにトランプを取り出しシャッフルをはじめた。またかと思いつつ俺は壊れたドアを直しはじめる。保健室関係の物品を彼女がいる際に壊すと、彼女はトランプを取り出す。それが意味することは「シャッフルが終わる前に直せ」だ。ただこのミニゲーム、時間は全て彼女の気分で決まる。40分以上シャッフルするときもあれば、3秒で終わらせてくる時もある。時間内に直せなかった場合は、彼女とトランプで「遊ぶ」事が必要である。ただし、ただの遊びではないため、参加したくないから俺は一度たりとてオーバーしたことはない。

 

彼女がシャッフルをやめると同時に俺は修理を終えた。若干不服そうな彼女に礼を言って教室を出ると、保健室の前には先程蹴り飛ばしたあいつがいた。

 

「おい、他言にするなって言ったはずだ」

 

「すまんな!だがしかし、八幡よ。その二人に言ってあると思っていたんだが」

 

「………」

 

「言ってないのか。なぜだ?はちむっ!」

 

頬を鷲掴みにして話を遮る。

 

「それ以上は何も言うな」

 

「ふぁい」

 

「………はあ、行くぞ」

 

手を離して部室へと戻る。昨日今日と疲れる。だが、これも仕事だと割り切らないとやっていられない。神さま、どうして俺にここまで色々とやらせようとするんだ。俺は何もしてないぞ。……何もしてないからか。

 

「二人は起こさなくて良いのか?」

 

「赤に後でメモを残しておくから大丈夫だ。あとお前、俺が『異常』(アブノーマル)だってことは誰にも言ってないだろうな?」

 

「もちろんだ。貴様は我の師であるからな!」

 

「師だと思ってんならもうちょい敬ってくれ」

 

「フッ、我と貴様は師弟の関係であるが、貴様と我の間にそのような壁は必要ない!」

 

「はいはい。じゃあ行くぞ」

 

メモ用紙に『先に帰る』とだけ書いて鶴を折り、保健室に向かって飛ばす。不恰好で不均一な羽ばたきをしながらも、鶴が保健室へと向かっていくのを見届けることはせずに、俺たちはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

「準備できたか?」

 

「我はいつでもいけるぞ!」

 

心底後悔している。誰もいないと思って迂闊にスキルを使ったあの日のことを忘れたことはない。しかし俺の甘さが招いたのも事実だ。記憶を消そうとしたら土下座しながら進んできた挙句、泣きながら足にすがりつかれて『お願いだ!我に力をくれ!』などと中2くさいことを言われ、早く帰りたかったためにあげてしまった。後悔先に立たずだ。

 

なんとかしてもらおうとあの人に言ったが戦力が増えたと言って笑ったまま何もしてはくれなかった。

 

『贋作』(がんさく)『母』(メイク)。」

 

今日もまた一段と不気味な生物が出てきた。グロテスクという表現がぴったりだ。

 

小学生の頭の中というのは思った以上に複雑で単純だった。考えてる事はやれどのキャラがゲームで強いとか、今日の晩御飯は好物が食いたいなんてものばかりだが、その中で一際興味をそそられるのは幼い彼らの無限の想像力だ。俺は好奇心で彼らの想像した物を拝借するが、今の彼らの何にも縛られず、これから先に明るい未来しかないとでも言わんばかりの世間に対するいい意味で現実を知らないことが、俺たちにはない自由な発想を彼らに与える。

 

今日のこの生物も、登校中に見たガキ大将っぽい男子小学生の想像したものだ。俺たちじゃ到底考えそうにない、めちゃくちゃな姿形のそれは、どうも彼が好きな戦隊モノで、彼自身の頭の中で作ったストーリーの中でボス的な立ち位置らしい。まあ最終的には瞬殺されていたが。

 

「八幡よ!!これはなんなのだ!?」

 

「知らねーよ。俺が考えたわけじゃないし。頑張れ、材木座」

 

体のベースは首長竜というなかなか渋い趣味をしているが、全身に様々な動物の目と口がついている。その数は優に千を越えるらしく、その口や目からはバラバラにビームや火炎放射を繰り出す事ができ、倒す条件は一撃で細胞ひとつ残らないレベルまで粉微塵にすることらしい。小学生らしい、非常に不均等で非合理なものではあるが、不合理な力の訓練にはちょうどいい。

 

「八幡よ!!攻撃が全く効かないのだが!?!?」

 

「お前一応十三組生だろ。しっかりしろ」

 

「八幡だってそうじゃないか!!!」

 

「俺は今は一組だ」

 

避けては隙をつき攻撃する。そんなヒットアンドアウェイ方式の、王道かつ一番単調な攻撃をしていた材木座だが、いかんせん体力がないせいで動きにキレがなくなってきた。最初は余裕で交わしていた攻撃も、段々と避けるタイミングが遅くなっていき、今では全て紙一重で避けている。わざとそのぐらいのギリギリで避けているのであれば非常にかっこいいのだが、あいにくあいつはただただギリギリなだけで格好が悪い事この上ない。それを証拠に、今のあいつは攻撃が来るたびに両手をあげて太い体を必死に反るようにして、数多の攻撃をかわしている。

 

「おい、バテるなよ」

 

「なんの、これしき!」

 

これ以上はあいつが死ぬな。さすがに目の前で顔見知りがミンチか粉塵になるのは見たくないので、一応だが警戒しておこう。

 

「おい材木座、そろそろ終わりだ」

 

「わかった!」

 

「ちゃんとやれよ」

 

「任せろ!!」

 

あいつはその見た目、話し方に沿うように大振りかつパワーのありそうな攻撃方法を好む。それを活かしたいのであれば、まずは相手がそんな攻撃を喰らうわけのない前半の余裕がある時は、あっちからの攻撃の避けに徹するようにあいつには言ってある。だから手を出させずにひらすらに避けさせていたわけだが、あのままでは先にスタミナ切れでボコボコにされるのがオチだ。

 

別にあの化け物が疲労しているようにはまるで見えないが、相手に十分な疲労を与えられなければ、いやでもこちらも反撃をする必要が出てくる。そうなったらもう攻撃は避けるものから耐えるものという頭に切り変えて、限りなく被害を最小に抑えつつ、一撃で屠る事ができるような体力を回復、もしくは温存する必要がある。あいつもそれは分かっているようで、千を超える攻撃の雨を耐え、大きく振りかぶって空手の正拳突きのように拳を化け物に食らわせた。その瞬間、それは音も立てずに、木っ端微塵になって辺りに降り注いだ。してやった、そんなような顔を浮かべてあいつは拳を高く上げた。

 

「カッコつけるには早いぞ、材木座」

 

もちろんアニメや漫画なら主人公が先程のような攻撃を仕掛けて当たればもう勝ちは確定だ。しかし、残念だがお前は主人公じゃない。まして俺もだ。木っ端微塵にしたところで、散らばった肉片がもう既に集結し、再生を開始している。

 

右手をポケットから出して顔の横まで上げる。軽く息を吐いて強く拳を握る。再生を図っていた生物だった物は一瞬にして潰れ、赤い霧となって舞っていく。やはりこのスキルを人に使う機会は一度として来る事はないだろう。何せ対象を定めて握るだけで、周辺の外圧を大きくし、その対象を潰す上に発生した熱で蒸発させるという代物だ。人間に使ったらと思うと若干気が滅入る。

 

ひとまず尻餅をついてポカーンとしている材木座に近づき、腕を掴んで立つように促す。流石に腰は抜けていなかったが、未だに状況が飲み込めていないようだ。俺と周囲を交互に見て、何した、とでも言わんばかりの顔をしている。

 

「甘いんだよ。お前も俺も主人公じゃねえんだから最後まで気を抜くな」

 

「しかし今のは明らかに倒した感じだったではないか!!」

 

「そう思ってんのはお前だけだ」

 

「相変わらず容赦がない」

 

「おまけに素手だけで10分……ダメダメだな」

 

「ひどい!」

 

「少なくとも、一時間は戦えるようにしとかないとな」

 

「スキル無しで!?」

 

「当たり前だ。それと最後のやつ。普通はあんなに振りかぶったら逃げられるか、もしくは反撃されるかのどっちかだからな。最小限のモーションで打て。あと決めた後のドヤ顔が腹たつ」

 

「ぐは!」

 

そんな事を言いながら仰け反るこいつを見て、蹴り飛ばしてやりたいとも思ったが、もう相手する事自体が面倒だ。というかそんなポーズ出来るならまだいけるだろ。

 

「おい、帰るぞ」

 

「待て!八幡よ!」

 

「なんだよ」

 

「我と勝負しろ!」

 

「は?」

 

「我は最近貴様に稽古をつけてもらい、さらには家での自主トレも相当やっていると自負している。今の我なら貴様にパンチの一発や二発入れられるのではと思ってな。勝負しろ!八幡よ!」

 

「ずいぶんと舐められてるな。……わかった、今日だけな。ただし、お前が負けたら今まで以上に厳しくやる。もしお前が俺に一発でも入れられたら、お前の願い事をひとつ聞いてやる」

 

「いいだろう」

 

「行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

乗ったはいいが数秒で面倒くさくなった。そもそもなんでこいつと対決しなければならないのだ。申し訳ないとは微塵も思わないので、全力で潰す。下手に手を抜いて善戦したと中途半端に自信をつけられても困る。左手に持っていた鞄を置いて地面に置き、軽くストレッチをする。

 

転ばせるだけでいいだろう。じっとこちらを見ているが隙がありすぎる。そもそも構えからしてなってない。なんだその構え方は。自然体という言葉で片付けられてしまう。両手をダラリとさせ、足は肩幅に開いて軽く下を向いて目を細めた材木座。見てるだけで腹が立ってくるな。

 

「おい、何度も言ってるだろ。俺もお前も、主人公じゃ無いんだから」

 

「我はこの構えが最も馴染んでいるのだ。全身の脱力から生まれる一瞬の爆発力を持って、我は八幡!貴様に勝利する!!」

 

言うだけ無駄なようだ。さて、行くか。……彼が目を閉じた瞬間に、彼のいうような一瞬の爆発力を持って距離を詰め、しゃがんで足をすくう。前のめりで地面に向かっていく彼のシャツの胸ぐらを、腕を伸ばして掴みそのまま勢いよく地面にぶつける。

 

グシャ、と眼鏡が割れる音が聞こえた。流石にやりすぎたと思ったりもしたが、食らった当人はあまり気にしていないようで、仰向けになって軽い苦笑いを浮かべていた。

 

「八幡よ、メガネが割れたぞ!なんてことを!!」

 

「悪かった。だけど、お前が本気で強くなりたいんだったら、俺がこうして話している間でも、一手先を読んで何か仕掛けをしたりしろ。さも無いと殺されるぞ、冗談抜きで」

 

言葉を詰まらせる材木座に、容赦ないようだが、事実を畳み掛ける。

 

「高校生になって力得たやつと昔から持ってるやつとでは、違いが大きい。まあだからこそ、その差を埋めるためにこうやって努力してんだ。無抵抗にやられるよりは、抵抗した方がマシだろ。だが、あいつらはどいつもこいつもみんなイかれてるせいで、並みの騙し討ちじゃ意味がない。時には親しいやつさえも巻き込んで戦え」

 

材木座は言葉に詰まったようではあったが、やがて立ち上がり壊れた眼鏡を投げ捨てた。

 

「八幡よ、我はこれからもトレーニングを続けるぞ!またよろしく頼む!」

 

覚悟が決まったかどうかは知らないが、俺が手を抜いたということや、俺の言った事が事実だとか、その辺に関してはわかってもらえたようでよかった。

 

「はいはい」

 

「それと八幡よ。また新しいラノベを書いてきたんだが「じゃあな」って、八幡!?待ってくれ!!」

 

そのあと押しに負けて俺が読んだのはいうまでもない。

 

 

 

 

 

 

「眠い。眠すぎる」

 

俺は昨日帰ってからほとんどの時間を長編ラノベの解読に費やした。材木座が書いた前回は主人公がいきなり得た力を小さい頃から使ってたやつ以上に使いこなし無双した後ヒロインとイチャコラするというものだった。

 

しかしながら今回は、無双はするものの主人公の小さい時からの弛み無い努力があったからできたということになっていた。また、ヒロインが惚れるのが納得できるものだったため、彼自身それほど苦痛ではなかったが、いかんせん長く、終わった時には時計の針が3時をさしていた。そのため非常に寝不足なのである。

 

「ヒッキーおはよ!」

 

「ういす」

 

「どうしたの?目の下黒いよ?」

 

「ちょっとな」

 

「ふーん。まあ、気をつけてね!また後で!」

 

「おう」

 

由比ヶ浜が手を振ってきたのに応えるように小さく手を振り返すと、彼女は嬉しそうに大きく手を振り走っていった。なんだか犬を見ているような感じがする。懐かれているとしか感じないのだがこれはいいのだろうか。

 

「八幡よ!」

 

昨日今日とこいつと会うとは。何か良くないことが俺に起ころうとしているのでは何かと思ってしまう。事実起きているといえば起きているのだが。溜息が溢れるが一応返事はしておこう。

 

「よう」

 

見るとなんだかものすごい元気そうだ。活力に満ちた顔をしている。こいつ実は元々スキル持ってたんだろ。他人の元気を吸い取るっていうスキル。

 

「どうだった?我の新作は!正直今までのものよりはるかにできが良いと自負している」

 

「確かに良くなってる」

 

「本当か!!」

 

「ただな、面白いわけじゃない。読めるだけだ」

 

すすり泣く声が聞こえてきて、なんだと思い隣を見ると材木座が眼鏡を取り片手で目を覆いながら泣いていた。まるで俺がこいつを泣かせたような感じになってないだろうか。いや疑うまでもない。もうそういう目で見られている。なんでいつもこうなるのだろうか。

 

「悪かった。言い方か?何がいけなかった?」

 

「いや、……嬉しかったのだ。良くなってると言ってもらえたことが。これからも読んでくれ!八幡よ!さらば!」

 

そう言って笑いながら泣いている材木座は走って校舎へと向かった。周りは両方変人だったか、とか、修羅場か、とか好き勝手言ってくれているが俺は言われ慣れているので再度校舎へと向かう。しかしそうは言っても、泣きながら笑って走っていったあいつが若干怖くなったのも事実だ。もう関わるのやめよう。

 

 

 

今日は珍しく朝から登校できた。しかし相変わらず俺は授業に出ることもなく、かといってあそこに行くのは特に用がないので一人雲の上で寝ていた。眩しいわ気圧の調整が大変だわ太陽が熱いわでもう二度とやりたくない。授業終了のチャイムが鳴ったので、俺は無事部室へと向かった。

 

「うす」

 

「ひゃっはろーん」

 

俺はドアをすぐに閉めた。悪い夢だ。覚めてくれ、頼む悪い夢。明日から平塚先生の授業以外にもう一つの授業を受けます。だから覚めてください。意を決してドアを開けるがやはりそこにはいた。俺が魅力的だと思うが好きになれない女の人ランキング第2位の雪ノ下陽乃が。

 

「早く入って来なよ〜。比企谷くん」

 

「……はい」

 

観念して教室へ入り自分の椅子に座ろうとしたが探せど探せど俺の椅子もとい俺の定位置が見当たらない。それもそのはずだ。俺の定位置に置いてある椅子には雪ノ下さんが座っていて足を組んで膝に両ひじを乗せて頬杖をついてこちらを見ている。

 

「あっ、座るとこがないのか。ごめんね〜、私が座っちゃってて。代わりにここいいよ」

 

雪ノ下さんはそう言って足をほどき揃えて自分の太ももをポンと何度か軽く叩く。座れるわけないだろとつっこみたくなるがそんなこと言おうものなら、女性として見ているという点をいじられるに決まっている。だが座っても写真を撮られて雪ノ下に送られるのが王道パターンだ。ここは無難にどうでも良さそうに応対するのがベストだ。

 

「からかわないでくださいよ」

 

「別に座ってもいいよ?」

 

彼女のいつものからかうような軽い口調ではない。やけに威圧感がある。何か機嫌が悪くなることでもあったのだろうか。いやしかし雪ノ下陽乃という人はどれだけ怒ろうが、どれだけムシャクシャしようが人にあたるなんてことは一切しなかった。しかし明らかにいつもと違う様子だ。彼女に何があったのだろうか。

 

「何をやってるの?」

 

俺たちの後ろに立っていた雪ノ下はそう言って俺を蔑むような目で見ていた。俺はもうその目に慣れているので特に怖いとは思わない。いや訂正しよう、やっぱ怖い。

 

「……どの辺りからいた?」

 

「姉さんの自分の上に座れという提案にあなたが鼻の下を伸ばしながらモジモジしていたところからよ」

 

「雪ノ下、脚色がひどいぞ」

 

「比企谷くんたらお姉さんのお誘いに乗ってこないんだよ?酷いよね雪乃ちゃん」

 

このままでは分が悪い。なんとか回避しなければ。

 

「話を戻そう。どうして雪ノ下さんがここに?」

 

「久々に妹の顔が見たくなったのと、昨日の話が気になったからね」

 

「何かわかったの?」

 

「実はね、私の予想なんだけどね、この学校にはある計画があるらしくてね。どうもそれを進行、運営しているのが十三組の人間らしいの」

 

「…………なんすかそれ?」

 

「ということは姉さんも関わっていたの?」

 

「いや、私は参加してなかった、というよりも参加できる器じゃなかった」

 

「どういうこと?」

 

「その計画はね、どうも十三組の人間の中でも特に異常(アブノーマル)な人間だけらしいの」

 

「つまり……」

 

「そう。私は異常(アブノーマル)であれどその中では異常(アブノーマル)ではなかった。ゆえに参加ができなかった」

 

「その計画が、十三組の人間が登校している理由なの?」

 

「私の周りの子はみんなあの計画に参加したがっていたわ。だからメンバーに選ばれるように振る舞った。仮に選ばれなかったとしてもその時は力尽くでメンバーに入ろうとした。その結果十三組は、争うようになった」

 

「じゃあ、十三組の人間が登校しているのは」

 

「多分、欠員が出たからその枠に入ろうとして来ているんだと思うわ。その計画の名は、『フラスコ計画』」

 

確かに欠員は出たけど、もう既にその枠は黒神めだかが入ることになっている。今更奪おうだなんて遅いにも程があるし選ばれない時点で気付け。そもそもあんなイカれた計画に参加しようなんてどうかしてる。隣の芝生は青いとはちょっと違うとは思うが、まあ聞いた話だけで短絡的に考えてるんだろう。案外十三組生と普通の高校生はスキルがある以外は一緒なのかもしれない。

 

「ときに比企谷くん。ちょっと時間いい?」

 

何か俺に用があるのか。恐らくは彼女の今の機嫌の悪さを知るチャンスだ。ここでスキルを使ってもいいとは思うが、この人は元十三組生だ。十三組生はスキルに敏感というか野生の勘がスキルという対象にも働くようで、なんとなくではあるが自分がスキルを使われているというのが分かる。俺だけじゃないはずだと願いたい。

 

「ええ」

 

「ちょっとお話ししようよ」

 

フラグが立った。これはもう原因俺だ。俺は何をした。思い出せ。だめだ何も思い出せない。そもそもこの人と会うの数週間振りだ。

 

「……分かりました」

 

先に俺が出ると外で由比ヶ浜が教室の壁に寄りかかっていた。俺に気付いた彼女は俺に近づいてきた。彼女は笑みを俺に見せていたが、後ろにいる雪ノ下さんを見て少し萎縮して笑みもぎこちなくなっていた。

 

「あっ、ヒッキーとえっと…」

 

「ああ、ごめんね。私は雪ノ下陽乃。雪乃ちゃんのお姉ちゃんだよ〜」

 

「初めまして。由比ヶ浜結衣です」

 

「雪乃ちゃんと仲良くしてくれてありがとう。これからもよろしくね」

 

「はい!」

 

何だか妙な気分だ。身内を馬鹿にされているような気がしてきた。今まではこんなことはなかったのに。確かに由比ヶ浜はアホっぽいし、事実アホかもしれないがそれを模倣しているのがこの上なく腹がたつ。やはりスキルは怖いな。性格がどんどん歪んでいく感覚がする。俺が今ここで軽く手首をスナップさせれば剣を出せる。袖に手を突っ込めば銃を取り出せる。後ろから雪ノ下さんに何かされても避けられるし、ここでこの人らを改造して俺の仲間にすることだって容易だ。

 

「比企谷くん………」

 

「何だ雪ノ下?」

 

俺の目に映った雪ノ下は泣いていた。そして俺の頬をどろりとした液体がつたった。瞬間誰かに背中を触られ、俺は夕焼けが綺麗に見える時計塔の上に移動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何ですか?雪ノ下さん。瞬間移動させる必要があったんですか?」

 

「あなたはどうしちゃったの。ほんの少し前までのあなたと今のあなたはもう180度違う。いつからそんな戦闘を好むようになったの?」

 

「……何を言ってるんですか?」

 

「自分の手を見なさい」

 

言われて手を見ると両手に血が付いている。何故だ。体のあちこちに赤い液体がついており、頰にもついている。頰についていたのは血だったのか。でも何故だ。俺は何をされたんだ。

 

「俺は何をされたんですか?」

 

「あなたはされたんじゃない。したのよ。由比ヶ浜ちゃんをあなたは殺しかけた。そして私も、雪乃ちゃんも」

 

言われても何が何だかさっぱり分からない。俺が由比ヶ浜や雪ノ下さん、雪ノ下を殺そうとするはずがない。俺にとって数少ない俺の理解者だと俺は思っている。そんな大事な存在を自ら手にかけるようなことをするはずがない。

 

「ありえないですよ。俺があなたたちを殺そうとするなんて」

 

「……あなた、本当に比企谷くんなの?偽物であることを心から願うわ」

 

この人は何を言っているのだろう。俺は勿論………俺は誰なのだろう。俺は比企谷八幡なのに俺を構成しているものは全て俺のものじゃない、他人のものだ。スキルも考え方も行動原理も全てが他人のものだ。

 

「俺は………誰ですか?」

 

「………あなたは、比企谷八幡よ」

 

「俺は………宗形先輩で、高千穂先輩で、名瀬で、古賀で、行橋で、都城先輩で………俺は異常だ」

 

「………あなたと会わなかった数週間であなたに何があったの?何が起きたの?」

 

「俺は俺が欲しい。だからあんたが欲しい。あんたもあの人も俺を構成する要素だ。だから欲しい。あんたが」

 

「何か様子がおかしいのは分かったわ。もし本当に私が欲しかったら力づくで奪ってみせなさい」

 

彼女が俺の目の前から姿を消した。だが俺は彼女がどこにいるか何故かわかった。上を見上げれば彼女がいる。しかし彼女の姿が見えなくなると同時に俺の頭上に何か巨大なものが迫ってきていた。さしずめ岩か何かか。彼女がこんな事をする理由は一つだろう。俺をここで終わらせる気なんだ。でなきゃわざわざ赴いていつ使えなくなるかも分からないスキルを使って戦おうとはしない。

 

片手を上げて握る。頭上に迫っていた何かは木っ端微塵になり、粉末が辺りに散らばって視界が悪くなった。ここまでが想定内だが、あの人はもう二、三個何かを用意しているはずだ。

 

「先に言わせてね。私はここで君を終わらせるつもり。雪乃ちゃん達のために」

 

辺りに立ち込めていた粉塵が晴れていくと同時に俺の四肢が爆散した。そうか。あの人のスキルは自称瞬間移動だが、この攻撃で分かった。この人のスキルは瞬間移動じゃない、座標移動だ。あの人はさりげなく俺に数回触れていた。そして今回爆散した四肢は先程確かに彼女に触られていた。恐らくは事前に触れていた爆弾か何かを俺の腕と足の近くまで移動させて爆破させたのだろう。

 

しかし本来俺はこんな攻撃避けられる。俺は高千穂先輩でもあるからだ。あの人の全てを避ける反射神経が俺にはあるのだがイマイチ機能しない。原因は持っている俺ですら分からない。確かに劣化版なのだが今までは何不自由なく機能していたはずなのに。

 

四肢がなくなって地面に仰向けになったまま動けない俺を彼女は見下ろす。その顔はどこか悲しそうだ。何故そんな顔をするのだろうか。俺を終わらせようとするならば俺を憎み、恨み、嫌い、嘲るべきだろう。憎悪の感情を全面に出しながら俺を見下ろし、トドメを刺そうとするべきだ。なのに何故泣いている。

 

何だか急に人の感情がわからなくなってきた。いつもならすぐに頭の中を見て思考を読みとり対策を練るのだが、今日はその頭の中を見るスキルも使えない。

 

「君さ、言うことない?」

 

彼女は泣きながらそう言った。

 

「なんですか?特にないですけど」

 

「もう一度言ってあげる。最後だよ。何か言うことはない?」

 

「いえ、何も」

 

「そう。じゃあこれはどういうこと?」

 

彼女はポケットから取り出した数枚の写真を彼に見せる。

 

「それがどうかしたんですか?」

 

「そうだよね。君は簡単に口を割らないよね」

 

「口を割らないも何も俺は何も知りませんよ。たまたま俺が時計塔に来ている時を何回か写真に収めただけでしょ?」

 

「お願い比企谷くん。知っている事を話して。お願い」

 

彼女の表情が段々と崩れていく。涙の量も増えていき、絶え間なく彼女の目から頬を伝って地面へと落ちていく。やはり分からない。何故彼女が泣くのかが分からない。

 

『比企谷くん、聞こえているだろう』

 

脳内に声が聞こえる。俺を憂鬱にさせる聞き慣れた声。

 

『いったん君を回収するよ。君は今少しヤバイから』

 

声が終わると同時に辺りに立ち込めていた粉塵が一瞬にして綺麗に晴れ、俺を見下ろすように声の主が現れた。彼女を見た雪ノ下さんはすぐに俺たちの前から姿を消したが、彼女は別段追うようなそぶりを見せずに俺の方を見た。

 

「さてさて、そのグロい手足は後で治すとして、ひとまずは君を救う事から始めようか」

 

「俺を救う?」

 

「君今自分が何かわからなくなってるだろ。それは君がスキルに使われているからだ。君自身がまだスキルを手懐けていないからそうなっちゃってるんだよ?分かるかい?」

 

「……で俺はどうしたらいいですか?」

 

「今から僕の持ってるスキルの一部を君にコピーさせてあげるよ」

 

「……何の意味が?」

 

「一回君をぶっ壊す。取り込めるだけスキルを取り込ませて君という存在を一度破壊してそれから君を君自身で再構築していってもらおうと思うんだ」

 

「完全に自分が分からなくなるってことですか?」

 

「そうだ。現在進行形で君の自我は飲まれつつある。それはひとえに君のスキルが他者のスキルを劣化版であれどその持ち主の性質ごとコピーするというもののせいだ。おまけに君は僕の命令ではあるがフラスコ計画に参加し続けたせいでより濃くあの異常の中の異常達の個性を真似てしまった」

 

「これもあんたの計算のうちだろ。白々しい芝居はやめてくれ」

 

「………やっぱり僕は君が嫌いだ。君は察しが良すぎるから」

 

「俺を本当に救いたいならあんたは即座に俺にキスでもして俺のスキルを全部持ってくだろ。だけどあんたは今それをやってない。俺を破壊してどうするつもりですか」

 

「君を破壊して彼との戦いを終わらせるのさ。彼は僕の計画のうちの一つを可能にしてしまっているからね。本来は君と戦うはずなんだが君を破壊して君から彼に対する一切の感情を排除してフェードアウトしてもらいたいんだよ。その代わりに彼女に戦ってもらいたいんだ」

 

「黒神はあいつですら救おうとする」

 

「それでいいのさ。ただ君をこのままにしておけば君はめだかちゃんにですら擁護されなくなるよ。君は僕以外の地上の人間を数名残して一掃させる事だって出来るようになる。何せ君は彼らだ。だが彼らと決定的に違うのは、彼らは人間で君は動物だ。抑える術を知らない。だんだんと抑えられなくなってきている君の衝動は彼らが日頃必死に抑えているものだ。おまけに君は彼ら以外にも何人かのスキルと異常性を持っている」

 

「今までだって抑えてきた。最近は疲れていたせいで少し調子が悪いだけです」

 

「強がりは良くないよ。さっきやっちゃったことが何よりの証拠だ。幸い君は燕尾ちゃんだけを軽く切った程度で済んだけど」

 

「やっぱりあいつは由比ヶ浜じゃなかったか」

 

「とはいえ抑えられていないのはもう確実だね。じゃあ早速取り掛かろうか」

 

「…………」

 

「怖いかい?自分の自我がなくなるのは」

 

「当たり前じゃないですか。俺の今までが全部なくなるわけでしょ。怖くないわけないじゃないですか」

 

「………じゃあ、君に選ばせてあげよう。選択肢は二つ。一つは僕からさらにスキルと異常性をもらって自分の現在の自我を破壊して再構成して新しい自我を手に入れる。この場合は君は多くのスキルを得られる上に生活しているだけで自身の異常性を獲得できるし、スキルの扱いには全く困らなくなる。もう一つはこのまま過ごす。もちろん自我はそのままだけど君は代わりにとにかく耐えて耐えて耐え続ける必要がある。この方法は君自身が異常性に見合うぐらい成長するのを待つ他に解決策はない。だから道を間違えればすぐに戻れなくなるし、最悪の結果としては君はあらゆる人間、君の部活仲間や他一部からでさえ敵とみなされ攻撃されてやがては君が忌み嫌う彼と同じくらいの立ち位置になる」

 

「…………」

 

「どうする?君の意思で決めればいい。だけどどっちを選んでも君にはまだ仕事してもらうけどね」

 

「………俺は……強くはなりたい。だがそれ以上に自分がなくなるのは……怖い」

 

「分かってるね。それでこそキミじゃないか。君は苦しむ方を選ぶのは分かっていたし別段驚きはないが、僕は嬉しいよ。君は少しずつではあるが君のスキルに支配され始めているが根まではまだ侵食されていないことがわかってよかった。まあ頑張ってくれよ。僕は陰ながら応援こそしないが君を見ているよ」

 

彼女はそう言い残して消えていった。俺の手足はもう粗方戻っていたので俺は上半身を起こすと自然とため息が出る。何がきっかけで俺の抑えられていた異常性が急に抑えられなくなったのか。答えは出ている。あの人も分かっていて敢えて言わなかった。

 

俺は由比ヶ浜を馬鹿にされたと思っただけで一瞬だけだが抑えが効かなくなった。恥ずかしながら俺にとって奉仕部は、あの二人は大事な存在になっている。だが今までだって彼女達や奉仕部自体が馬鹿にされたことなんて多々あったはずなのに、どうして今日は抑えが効かなくなったかといえばやはりあの人が言うように俺がスキルに食われてるってことなんだろう。

 

俺は先の雪ノ下さんと対峙した時に吐いたセリフが色濃く俺の記憶には残っている。あの言葉を俺なりに解釈するなら、俺は、俺の異常性は俺を構成している物が他人の物なのが気に食わないのだ。俺自身そんなに独占欲が強い訳ではないと思っていたがどうやら違うようだ。

 

「俺は何が欲しいんだ。今までだってずっと満足してきたはずだろ。まだ何か欲しいのか、俺は」

 

俺はどうやらかなりの欲張りで独占欲が強くて貪欲だったらしい。だけど俺は分からない。ただでさえ恵まれた立場でありながら、今の自分がこれ以上何を欲しがるのかが。

 

 

 

 

 




ありがとうございました。

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