やはり俺は異常なのか?   作:GASTRO

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第18話

「おいおい、随分とあっさりだな」

 

「うるせえ」

 

彼はそう言いながらも少し足元がふらついている。

スキル無しのただの殴り合いを選んだのは彼自身であるが、こうなるのならスキルで戦った方がいいと思った。

目の前にいる五徳も足元が少しふらついているが、それでも若干であるが五徳の方に空気が流れているように彼は感じられる。

どうにかしてこの空気を変えようと思ったが、スキルが使えないということがやはりかなりの足枷になっている。だがこれ以上彼によって犠牲者が増えることを避けるためにはスキルの使用権限を無くすしかなかった。

策を巡らせているとふと視界の片隅に何かが近づいてくるのが分かった。

 

「ん?なんか飛んでくるな」

 

「あ?」

 

横を見ると太った人間が一人、彼らのいる場所へかなりの勢いで向かってきていた。

 

「へぶっ!!」

 

材木座は彼らを囲っている何かにぶつかりその場に落下した。

 

「おいおい、あいつ大丈夫か?お前の仲間だろ?」

 

「あんなやつ俺は知らねえ」

 

「ん!!八幡!!八幡ではないか!!」

 

「お前の名前呼んでるぜ?」

 

「………………」

 

「八幡!!出られないのか!!?八幡よ!!大丈夫か!!?」

 

「大丈夫だからどっかいけ」

 

「大丈夫なのか!!?」

 

「大丈夫だっての」

 

「無駄だよ。この中にいる間は外の音は聞こえるけどこちらの音は外には聞こえない」

 

「待っていろ!!今我がこれを破壊する!!」

 

そう言って材木座は静かに構えた。

 

「止めろ。マジでやめろ」

 

『我はこれを破壊する!!』

 

そう言って彼は何かを殴った。彼の殴ったそこから少しずつヒビが入っていき、数秒でヒビは全体に広がった。

 

「もう一発!!」

 

駄目押しのもう一発で何かは音を立てて崩れていった。

 

「大丈夫か八幡!!」

 

「何てことしてくれてんだよ」

 

「ははは!!こんなんじゃあ戦いにならないよな」

 

「……………スキルを解除した。お前お望みのスキルでの勝負にするか」

 

スキルの使用権限を奪ったことにより、彼自身は負けそうだった。

彼からスキルの使用権限を奪えば被害は拡大しないが代わりに彼は追い込まれる。解除すれば被害が拡大するかもしれないが、代わりに勝てる可能性が上がる。この二つの選択肢で彼は前者を選択した。

しかしながら、今の状況ではどちらを天秤にかける間も無く彼は後者を選ばざるを得なくなった。

 

「ああ!!それがいい」

 

「八幡!!我はどうすれば!!」

 

「…………一色のサポートいけ」

 

「承知!!」

 

材木座はドスドスと走って行った。

 

「遅え」

 

「さてさて、スキルの設定しかり、アブノーマルの設定しかり全てが戻ってきたわけだが」

 

「…………」

 

「ん?」

 

五徳の両足に足枷が現れた。

 

「何だこれ?」

 

「俺のスキルさ。全てをなかったことにする人がいてな。その人を見習って作ったスキル。全てをある事にするスキル」

 

「なるほどねえ。それで俺の足には足枷があるって事にしたのか」

 

「ああ」

 

「じゃあ俺も、君をお知り合いの三人が攻撃することにしたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪ノ下二年生、こうなればもうやるべきことは一つだ。由比ヶ浜二年生をここで倒せ」

 

「…………」

 

「比企谷二年生が負ける気はせんが比企谷二年生がどう対処するかが全く見当が付かない。ならば貴様がここで由比ヶ浜二年生を倒せばそんな心配をする必要はなくなる」

 

「…………でも由比ヶ浜さんの気持ちはどうなるの?」

 

「それは貴様らで考えろ。それこそ、由比ヶ浜二年生が望むようにみんなで悩めば良いではないか」

 

「……………分かったわ。貴女はあの二人をよろしく」

 

「分かった。来い!!海老名二年生、三浦二年生!!」

 

「邪魔すんなし!!」

 

「結衣の邪魔をしないで!!」

 

 

 

 

 

 

 

「由比ヶ浜さん。貴女の気持ちは貴女でないと分からないけれど、私は貴女を分かりたいわ。分かって、一緒に悩みたいわ」

 

「ゆきのんも邪魔するんだ」

 

「貴女のためよ、由比ヶ浜さん」

 

「ゆきのんとはずっと友達でいたかったな」

 

「……………敵として戦うとしても友達よ、由比ヶ浜さん」

 

「………やっぱりゆきのんは強いね。わたしはそうやって考えるのは無理かな」

 

「……………私は何があっても貴女の味方よ。そして、貴女の理解者になりたいわ」

 

「……ありがとう」

 

彼女はそう言って雪ノ下に襲いかかる。

互いのスキルの効果は同じであるが差がつくのは、いかに使いこなせるか。

そして、思いの強さである。

 

「わたしはゆきのんを倒してヒッキーに勝つ。そして、頼ってもらう!!」

 

「わたしは貴女をここで止めるわ。そしてまた奉仕部として彼と貴女と一緒に過ごす!!」

 

彼女は雪ノ下に躊躇することなく攻撃をしかける。

雪ノ下も負けじと応戦するが、やはり彼女と違って雪ノ下の行動のあいだあいだには迷いが見える。

彼女が平然と攻撃してきても、雪ノ下は一瞬だけ戸惑いを感じ、それ故に反応が遅れる。そのせいで少しずつだが確実に自身に敗北が迫っている感覚が彼女を襲う。

彼女は自身に苛立ちを覚えた。今までの自分なら間違いなく彼女を切り捨てただろう。

だが今の彼女は違う。彼女や彼、依頼人達と接してきたことで人に対する思いやりが少なからず生まれた。だがそれが同時に彼女に一歩を踏み出すことを止める。

 

「雪ノ下二年生!!腹をくくれ!!一番成し遂げたい事だけを考えろ!!」

 

雪ノ下の状況を見かねた黒神が叫ぶ。

 

「成し遂げたい事…………」

 

攻撃を受けている間に彼女は考えた。

自身の成し遂げたい事とは何か。またいつものように彼と彼女と自分がいる奉仕部を過ごしたい。そして二人を理解したい。

彼女は体が軽くなった気がした。

 

「ありがとう、めだかさん」

 

「ああ!!」

 

彼女は攻撃を仕掛けてきた由比ヶ浜の手を掴み地面へと叩きつけた。

 

「うっ!!」

 

すぐに起き上がった由比ヶ浜が雪ノ下と距離を取る。

 

「ごめんなさいね由比ヶ浜さん。私は覚悟が足りなかったわ。けど、もう覚悟は出来たわ」

 

「ふふ。そういえば初めてだよね。ゆきのんとこんな感じになるの」

 

「ええ」

 

「わたし、勝つよ」

 

「私もよ、由比ヶ浜さん」

 

彼女達は互いに殴り合う。

雪ノ下は正直こんな野蛮な戦い方はしたくなかった。だが、今の彼女にはこれ以外解決策が思い浮かばなかった。

 

「終わったら、また二人であそこの喫茶店いこうね」

 

「ええ」

 

由比ヶ浜は少し残念そうな表情を浮かべて雪ノ下を見た。

 

「本気出すね」

 

「えっ!!」

 

「ごめんねゆきのん。でもわたし、本気で勝ちたいんだ」

 

彼女の力が少しずつ強まっていく。

またしても雪ノ下に着実に近づいてくる敗北の二文字。どれだけ彼女が足掻いても足掻いても、差はどんどんと広がるばかりだった。

 

「くっ!!」

 

「ありがとうゆきのん」

 

彼女の一撃を、雪ノ下は避けることができなかった。

 

「わたしの勝ち」

 

「そうね」

 

彼女はその場で倒れた。彼女の意識が少しずつ遠のく。

 

「雪ノ下二年生!!」

 

黒神は三浦と海老名を後ろへ飛ばすと雪ノ下のもとに駆け寄る。

 

「また三人で奉仕部やろうね」

 

「………ええ、もちろんよ」

 

「雪ノ下二年生!!」

 

「やったじゃん結衣!!」

 

「うん」

 

「いこうよ結衣。異くんが呼んでる。比企谷くんを倒そ!!」

 

「うん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那どこからか現れた三人の人影が比企谷の真上で拳を作り構えていた。

 

「やっちゃえ」

 

三人が一斉に彼に殴りかかる。こんな時普通のやつならどうするのだろうと彼は考えていた。

どう考えても見知った顔が自分に攻撃してきたら戸惑い、更には何とかして自分も傷つかないようにしつつ相手も傷つかないようにするものなのだろうと彼は思った。

だけど彼は、『過負荷』(マイナス)である。

こんな状況で取る行動ですら彼は他の人間とは違うのである。

 

衝撃で砂が舞い上がり、彼らの姿を見えなくさせる。

 

「ははは!やっぱりお知り合いだと攻撃しずらいよねえ」

 

「何言ってんだよ」

 

一気に砂が晴れ、目に映る景色に五徳は絶句した。

 

「……………嘘だろ」

 

彼の取った行動が驚かれるのも無理はない。

彼は手で三人を串刺しにした。

左手に二人、右手に一人が刺さり、彼の手を赤く染めていく。

 

「…………だから言っただろ。俺は、『過負荷』(マイナス)なんだ」

 

「普通知り合いをそんな風に扱うか!!?」

 

「普通じゃねえんだよ。普通を嫌うお前が普通って言葉を使うのか?」

 

「うるせえ!!」

 

彼が殴りかかる。比企谷は手に刺さっている彼女たちを地面に降ろし左手で彼の拳を止める。

 

「治療しろ!!」

 

何人かの人間が言われてすぐに彼女たちを運び、囲い治療を始めようとしたところで、彼らは手を止めた。

 

「どこを治せばいいんですか!!?」

 

「腹だよ!!…………塞がってる」

 

「『馬鹿正直者』《オールリアル》あいつらの傷が治ってる事にした」

 

「ふざけやがって!!こいつを攻撃しろ!!」

 

彼女たちを取り囲んでいた彼の仲間であろう数人が一斉に彼に襲いかかる。しかし彼らは何もできずにその場で倒れた。

 

「何をした!!」

 

『馬鹿正直者』(オールリアル)一色のスキルの使用権限を俺も持っている事にした。一色のスキルはあらゆるものを落とすスキル。これでこいつらを落とした」

 

「気絶させたってことか!!?」

 

「まあそうだな。あの人みたいに俺は無くすことはしない。だけど、正直このスキルはあの人よりもタチが悪い。俺の気分次第で何でもできちまうからな」

 

「起きろ!!」

 

彼の号令とも言えるその発言によって倒れていた彼らがゆっくりと起き上がり、比企谷を睨みつける。

 

「仲間なんだろ?随分とひどい扱い方じゃねえか」

 

「仲間だよ。こいつらが俺に言わせてるんだ」

 

「どういう事だ?」

 

「俺は操るスキルなんか持ってねえ。操られるスキルを持ってるんだよ」

 

「操られる?」

 

「そうだ。こいつらの意思で俺は動き、戦い、指示を出す。主従関係は本当は逆なんだよ。こいつらが俺を操ってるんだ!!そして今、こいつらは俺にまだ戦えると言ってきた。だったら答えは一つ。まだやるだけだ!!」

 

起き上がった彼らは再度、彼に襲いかかってきた。

 

「これ以上傷つけたくないんだよ」

 

「嘘つけ馬鹿が!!」

 

『止まれ』

 

比企谷がそう言うと、彼らの動きが一斉に止まった。

 

「またか!!」

 

『馬鹿正直者』(オールリアル)材木座のスキル使用権限が俺にもある事にした」

 

「あのデブのスキルか!!」

 

「もうやめようぜ」

 

「まだいける!!頑張れみんな!!」

 

少しずつ止まっていた彼らの足が動き出す。

 

「おいおい、スキルの強制力を越えるなんて聞いた事ねえぞ」

 

「こいつらはみんな強い想いがあるんだよ。あそこで戦ってる奴らもな」

 

「由比ヶ浜にもあるのか」

 

「ああ。結衣は一番強い想いを持ってる」

 

「…………そうか」

 

彼はそう言ってその場から姿を消し、すぐさま五徳の真正面まで接近した。

 

「お前をまずは叩く」

 

『ぶっ飛べ』

 

五徳を彼が全力で殴ると凄まじい勢いで彼は校舎まで飛んでいった。

 

「さあ次はお前らだ」

 

「待て!!まだ終わってねえぞ!!」

 

先ほど吹き飛ばされたはずの彼がヘリに乗っており、上空から彼に言う。

 

「吹っ飛ばしたはずだけどな」

 

「舐めんな。こいつらのスキルを使えばすぐに戻れる」

 

「…………アパッチか」

 

「よく知ってんな。もちろん銃火器も装備してるが」

 

そう言って彼はアパッチから飛び降り着地した。

 

「お前に銃なんか効かねだろうからよ」

 

「まあな」

 

「予定変更。やっぱり俺がやらねえと示しがつかない。俺のスキル、仲間のスキルを全て一時的に借りる。『力を貸して』(アイオーユー)。これで決着だ」

 

彼がそう言うと彼の周りにいた彼らはゆっくりと横たわっていった。

 

「みんなどうしたんだよ」

 

「このスキルは力を借りる。それによってスキルを貸した側はスキルを返却されるまで眠りにつく」

 

「じゃあお前が一生返さなければこいつら一生寝たままってことか」

 

「安心しろよ。このスキルでスキルが借りる事が出来る時間は12時間だけ。それ以上は超えられない。更にこれは個人のスキル保有のキャパシティを無視するために負荷がでかい。だから実際のところ6時間が限度だ」

 

「…………やけにバカ丁寧に教えてくれるな。ただまあ、お前が俺に全部説明したってことは、お前は6時間以内に決着がつくって思ってるんだな」

 

「もちろんだ。俺の勝ちでな!!」

 

「だといいな」

 

『不協和音』(ワンサイド)

 

彼の頭の中が先ほどの一色同様に不安や悩みなどで埋め尽くされていく。しかしながら彼にとってこんなことは全く意味がない。このままでもいいのだが、なんとなく気持ち悪いと思った彼は、一色がした対処と同じように対処する。

スーッと頭が軽くなる感覚がし、やはりやった方が良かったなんて彼は思った。

 

「これ地味に嫌なスキルだな。ありがたくもらおう」

 

「スキルでも奪い取るスキルでもあるのか?」

 

「昔はそれと似たようなやつを持ってたんだけどな、今は違う。まあ、あってるといえばあってるがな」

 

一瞬にして距離を詰めた五徳が比企谷の腹に手を当てる。

 

「|『花と散れ』《ダイナマイト」

 

爆発音と共に炎が彼の手から上がる。

爆風によって二人は大きく後ろに飛ばされた。

煙の中からは腹に大きな穴を開けた比企谷が現れる。

口からは血を流し、腹に出来た穴からは彼の後ろの景色が見える。

 

「また穴開けやがってよ」

 

彼はそう言って手を腹にかざす。

するとゆっくりと腹に空いた穴が塞がっていく。

 

「腹だけ見せるってどんなファッションだよ」

 

治したのは体だけのため、爆発によって出来た服の穴は塞げなかった。

そのせいで彼は今、腹だけを見せるおかしな格好になってしまった。

 

「服もどうせ直せるんだろ?」

 

「まあな」

 

彼が再び手を腹にかざすと一瞬にして制服が治った。

 

「もう終わりか?」

 

「まだだ!!『コインの裏表』(ワンオブセカンド)

 

「何だ?」

 

比企谷は顔に手を当てた。手を見るとおそらくは自分の血であろう赤い液体がべっとりと付着していた。しかし痛みは全くない。先ほどの爆発も、今回のこの正体不明の攻撃も、彼は全く痛くなかった。

 

彼の発動している『粉砕骨折』(ナッシングダメージ)

神経を異常なまでに鈍感にし、筋力や体力を大幅に強化するスキルであるこのスキルは常に発動している。

 

これを使えばパンチ一発で自分より何倍も大きい岩石を粉砕する事が出来る。

だがそんな人間離れした行動をとれば当然代償がつく。

パンチ一発で腕はぐちゃぐちゃになり、スキル無しで修復をすれば間違いなく綺麗には戻らない。だが皮肉にもそんなスキルのおかげで、彼は一切の痛みを感じずに下手をすれば穴を開けたままで戦闘が行えてしまうほどの正に化け物と化した。

 

「何だこれ?」

 

「何で平気なんだよ!!身体中にがん細胞を張り巡らせたんだぞ!!?」

 

「そのクサい芝居やめろ。こんなもの、黒神だって余裕で耐える」

 

だらだらと体から血を流しながら彼は五徳に言う。

彼にとって治すことは容易だが、治さなくても割と動けると思った彼はそのままで戦いを続けることに決めた。

 

『現実逃避』(ピーターパン)

 

刹那、比企谷の足元に黒い大きな円が現れ、その中から大きく禍々しい手が現れたと同時に彼を掴み地面へと勢いよく叩きつけた。

 

「……もう流石にきついだろ」

 

五徳は少し息を荒げながら、手の下敷きになっている彼を見る。

 

「…………やっぱ治さなくて正解だったわ」

 

「は?」

 

比企谷は、自らを地面に押し付けている手の隙間からぬるりと抜けて、立ち上がり、服についた砂を払う。しかしながら自身の血のせいでほとんどが服に付着したまま取れなくなってしまったのに気付いた彼はしょうがなしにスキルを使い、自身を完全に治し、そして制服やらも全て綺麗した。

 

「………血を潤滑油扱いで使うやつなんて見たことねえぞ」

 

「そもそも、こんな風に使えるほど血を持ってるやつなんかいねえよ。現に俺自身もスキルを使ってなきゃ出血多量で危なかったしな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、もう完全に人間じゃ無くなってるよ。悲願の勝利は目前だけどさ、勝てばいいってもんじゃないだろ?全く、誰だい?彼を人間から遠ざけてしまったやつ…………僕か。しょうがない。ここはひとつ、由比ヶ浜ちゃんに協力をお願いしようかな」

 

「うちの雪乃ちゃんじゃダメかしら?」

 

「僕なりの気遣いだったんだけど、気が付かなかったかい?妹さんが目の前で殴られるんだぜ?見たくないでしょ?」

 

「そんな気遣いいらないわ。雪乃ちゃんにようやく仲間が出来そうなんだもの。雪乃ちゃんにも少しは頑張ってもらわないと」

 

「厳しいね。こんな人間が姉なんて、雪乃ちゃんは不幸だね」

 

「あなたに散々振り回された比企谷くんの方がかわいそうだと私は思うけど」

 

「………僕が初めて彼と会ったのは彼が五歳の時、彼のご両親が二人とも亡くなった時さ」

 

「亡くなった?」

 

「そうだよ。彼の両親は不慮の事故で亡くなったけど、僕から言わせて貰えば事故が起こらなかったとしてももって1ヶ月だったよ、あの二人」

 

「二人とも病気か何かだったということ?」

 

「いや、二人とも病魔に侵されていたわけではない。もう限界を超えて働いていたんだよ。さながらめだかちゃんのお母さんのように」

 

「……………世界的名医……」

 

「そうだ。比企谷くんのご両親は素晴らしい医者だったんだよ。異常なまでの集中力と無尽蔵のバイタリティを持ち合わせた『悪魔の手』とまで呼ばれた二人さ」

 

「そういう場合って普通、神の手って言われないかしら?」

 

「神の手に頼っても治らなかった病気を治してしまうのが彼らだ。誰にも真似できない唯一無二の手法によって二人は毎日世界を飛び回って様々な人間を救い続けた。彼の母親は比企谷くんを産んでわずか二日で仕事を再開したしね」

 

「………異常ね」

 

「彼は父の弟一家に預けられた。そして、彼は二人に数回会っただけで二度と会えなくなってしまった。それから彼はあの家でずっと育ってきたんだよ」

 

「どうやって会ったの?」

 

「それはもう簡単さ。夢に出たんだよ」

 

「そこから始まったのね」

 

「まあそうだね。ただ勘違いしないでほしい。これは彼の意思でもあるんだ」

 

「彼の意思?」

 

「うん。まあこの話はまた今度しよう。そろそろ由比ヶ浜ちゃんとお話ししたくなってきた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ!!ラチがあかねえ!!」

 

「あとは俺がお前を倒すだけだな」

 

「そう簡単にはやられねえけど、というかやられねえけどな」

 

「………やっぱり殴り合いか。最後は」

 

「………知ってたのか」

 

「お前が作った仲間とお前の使ったスキルの数が合わねえうえに使ってくる気配が一切感じられねえってことは、残るスキルは全部自分にしか使えないものかつ肉弾戦じゃねえと使えねえってことだろ?」

 

「………お前は本当に気味が悪い。中学の時はお前も俺と同じように明らかに『勝利』の二文字しか知らねえような様子だったが、今は全然違う。お前の今は本当に気味が悪い。弱さが見える。だがそれを克服しようとする姿勢がある。まるで俺の嫌いな『通常』(ノーマル)みてえに」

 

「お前に使ったスキルのうちに設定をなくすスキルを使ったが、あれは発動の代償として俺自身の設定一つが返却されない。俺はそれによって『過負荷』(マイナス)という設定を失った。今の俺は、お前の大嫌いな努力で弱さを克服しようとするただの『通常』(ノーマル)だ」

 

「俺はお前に負ける気はしねえ。ただ、勝てるかどうかもわからねえ」

 

「俺は分かるぞ。多分この勝負、決着がつく。おれの負けで」


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