やはり俺は異常なのか?   作:GASTRO

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第17話

「…………またかよ」

 

こんな夏休みもう二度と無いと思えるほど彼にとっては濃い夏休みだった。

半分以上の日数を彼は一色のために費やした。

全くこのままじゃ後輩思いなんて肩書きがつくうえに休日を返上して働く立派な社畜だ、なんて思いながらも彼は素直に色々とやってしまう。

そんな彼は最終日の今日、特に何をすることもなくただただだらけて1日を終わらせた。実際のところやりたいゲームもあった、読みたい本もあった。

だがやろうと思うと決まって邪魔が入る。

ゲームをやろうとすれば停電し、本を読もうとすればページが破ける。

もううんざりだった彼は早々と眠りについた。

だがまたしても邪魔が入ったのだ。

見慣れた教室にいるカチューシャを身につけ制服を着て、教卓の上に座りながら天井を仰ぐ彼女が心底嫌そうな表情を浮かべた彼を見てケタケタと笑う。

 

「やあやあ比企谷君。夏休みはどうだったかな?」

 

「無駄に過ごしましたよ」

 

「後輩思いのいい先輩じゃないか。操ってるなんて嘘までついて」

 

「そっちの方がらしいでしょ。俺は根っからの過負荷(マイナス)ですよ?」

 

「そうだったね」

 

「今日は何ですか?」

 

「まあね」

 

彼女の顔が彼の顔の真正面に近づく。彼女が目を閉じ彼の唇を奪おうとした瞬間、彼はその場から姿を消した。

 

「……………あれ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好き勝手やらせませんよ」

 

彼は起き上がりカーテンを開け、空に浮かぶ月を見上げる。

 

「俺はもう、立派なバケモンですよ。あんたのスキルをねじ伏せられるんですから」

 

彼はそう言って再び眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい。僕の呼び出しを拒否するなんて。『贋作作り』(コピー)の残り物と僕のあげたスキルを混ぜてあんな奇妙なスキルを作って。僕はひょっとしたらとんでもないことをしたのかな?」

 

彼女はそう言いながらも全く焦る様子はなく、教卓の上に再び座り、天井を仰ぐ。

 

「僕がこのスキルに名前をつけるなら…………『全部僕のもの』(マイン)かな?全く。君と言い、球磨川くんと言い、『過負荷』(マイナス)の子達はどうして僕がスキルを上げると勝手に改造しちゃうのかな?…………まあでも、これは可能の域に入るね。頑張りなよ二人とも。所詮は漫画の中。何をしても主人公には勝てないぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、ろくに寝てねえ。あの人俺の睡眠時間とか全く考えてないからな」

 

「お兄ちゃーん!!起きたー!!?」

 

「部屋の中でそんな大声出すなよ」

 

「だってお兄ちゃん全然起きないんだもん!!」

 

「悪い悪い」

 

「早くして!!お父さんもお母さんももう行っちゃったよ!!」

 

「叔母さんと叔父さん今日は早いな」

 

「その言い方いい加減直した方がいいよ。お父さんもお母さんも自分達を親と思えって言ってるんだから」

 

「善処するよ」

 

「そうやっていつも言わないじゃん!!」

 

「朝ご飯食べよ」

 

「その前に顔洗って!!」

 

「はいはい」

 

「それとお兄ちゃん、今日小町あそこ行ってるから」

 

「またか。小町の可愛さが世間に認知されるのは嬉しいが、虫がつかないように用心しないとな」

 

「きも」

 

「小町ちゃん、そのマジなやつはお兄ちゃん相当傷ついたわよ」

 

「ごめんごめん、本音が」

 

「ひでえな」

 

「早く顔洗って〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら、学校ってこんな感じだったかしら?」

 

「分かんないなあ」

 

「まあコットーたちは来てすぐに夏休みに入っちゃったからしょいがないよね」

 

「そういえば結衣、覚悟は出来てるかしら?」

 

「うん。ヒッキーを倒してあたしも頼りになるってところを見せてあげれば、ヒッキーはあたしを頼ってくれるんだよね?」

 

「もうぞっこん間違いなしよ!!」

 

「え!!けっこん?まだはやいよ!!」

 

「ぞっこんすよ。結婚って飛びすぎよ結衣さん」

 

「知ってるし!!」

 

「いや、絶対知らなかったでしょ」

 

「ちょっとー」

 

「どうかしたかしら?」

 

「あーしこの二人知らないんだけど」

 

「そうだったわね。彼が鳴瀬康介(なるせこうすけ)くんで、彼女が豊田有紀ちゃんよ」

 

「よろしくお願いします」

 

「よしゃしゃす」

 

「あーしは三浦優美子。で、こっちが海老名姫菜」

 

「はろはろー」

 

「かわええ」

 

「康介君、本音が漏れてるわよ」

 

「やば」

 

「全員揃ったわね。じゃあ手筈通りにね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お、比企谷君じゃないか。夏休みはどうだったかな?』

 

「灰色ですよ。一色の子守ずっとしてましたし」

 

『君はなんだかんだ言ってやってくれると僕は信じていたよ』

 

「…………丸くなりましたね」

 

『あれ?やっぱり分かるのかな?』

 

「何となくですよ。あとその腕のやつって何ですか?」

 

『これかい!!?これはねえ、生徒会の腕章さ!!僕は副会長になったからね!!』

 

「似合わねえ」

 

『そうかな?僕は結構気に入ってるんだけど』

 

「まあ身内に権力者が出来るのはいいですね」

 

『さて、僕は生徒会室に行ってくるよ!!人吉先生が採寸してくれるって言っててね』

 

「気を付けて」

 

『ははは、何を気をつけるんだい?』

 

「手を出さないように。あんた人吉先生に何するか分からん」

 

『心配は無用さ』

 

そう言って彼は教室を出て行った。

 

 

 

 

 

『あれ?比企谷くんって、あんなに壊れてたっけ?僕が仮に夏休みを経て丸くなったのなら、彼は夏休みを経てさらに凹んだね。もうぐちゃぐちゃだ。先輩としては気がかりだね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よお、比企谷」

 

「一応先輩だぞ、飛沫」

 

「おはようございます。比企谷くん」

 

「ういす。なんで蝶ヶ崎が敬語使ってんだよ」

 

「基本こんなだよこいつ」

 

「まあ選挙お疲れ」

 

「参加すれば貴重なシーンが見れたのによお、勿体ねえなあ」

 

「何だよそれ」

 

「球磨川先輩が負けた瞬間さ」

 

「あの人いつも負けてんじゃん」

 

「真剣勝負で負けたんだよ」

 

「相手は黒神だろうな」

 

「そうだ。私たちもあいつに負けたら変われんのかね」

 

「変われますよ。戦わなくても」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーいあい、あーいあい、おサールさーんだよー」

 

「あーいあい、あーいあい……………始めるか」

 

「オッケ」

 

二人はゆっくりと教室に入る。

 

「康介くん、よろしくね」

 

「こっちこそよろしくな。期待してるぜ。ルーキー有紀」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ始めようか」

 

「ごめんね。こんなことに付き合わせて」

 

「何言ってんのよ。あーしら…………何でもない。始めるよ」

 

「照れちゃって」

 

「姫菜うっさいし!!」

 

「おはよう、おはよう、ございます。みなさん、先生から紹介される前に自己紹介を!!私は五徳異!!よろしくね!!」

 

突如現れた彼女たちにクラスにいた生徒は皆動揺していた。

 

「早速行きましょう!!レッツガチャ」

 

彼は順々に生徒の頭をつかんでいく。

 

「ハズレ、ハズレ、ハズレ、ハズレ、アタリ!!ハズレ、ハズレ、ハズレ、ハズレ、ハズレ、ハズレ、ハズレ、あら?ここの子はいないのね」

 

突如始まった事に驚き皆は外に出ようとした。

しかし出られない。

ドアの外では、由比ヶ浜、三浦そして海老名がドアを塞いでいた。

 

「何すんだ!!」

「早く出して!!」

「どけよ!!」

「どけって言ってんだろ!!」

「お願い出して!!」

 

 

次々と怒号で教室が満たされる。

彼にとっては久しいこの雰囲気がたまらなかった。

自然と口角が上がる。目が細くなる。喉が開く。

 

「ははははははははははは!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ざっと六人。やっぱりこの学園を選んで正解だったわ。ただの奴らから原石が六人も出るなんて!!」

 

「ねえコットー、みんなどうなっちゃうの?」

 

「え?死ぬわよ」

 

「え!!?」

 

「ちょっとどういう事!!?」

 

「言ってなかったかしら?これをやられると適合しない奴は死ぬわよ?」

 

「急いで治してあげないと!!」

 

「少し黙って」

 

彼が静かにそう言うと、彼女たちはその場にぺたりと座り込んだ。

そして少し経つとゆっくりと顔を上げ、笑顔を彼に向ける。

 

「……………………コットー、こいつら片付けとく?」

 

「あら、気がきくわね。お願いするわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何…………こ………れ」

 

彼女は驚きのあまりその場で硬直した。鞄が彼女の手からするりと落ち、自然と両手が彼女の口を覆う。

 

「ちょっとこれ、どういう事?」

 

彼女はいつものように遅れて登校した。

またいつものように日々が始まると思っていたが今日は違った。

彼女の目に飛び込んだのはぐちゃぐちゃになった教室と横たわったままピクリとも動かないクラスメイトたちだった。

 

「他は!!?」

 

彼女は急いで他の教室を見たが結果はどれも同じ。

ぐちゃぐちゃになった教室と横たわる生徒達以外は何もなかった。

 

「何なのこれ…………」

 

彼女は呆然とその場に立ち尽くした。

 

「…………あれ?川…………なんとかさん」

 

「………あんた誰?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと妙な気分に襲われた彼は元いた二年一組の教室に行った。

妙な気分といっても妙な胸騒ぎという方が正しい。

廊下を歩いていて授業中とはいえやけに静かだと思っていた彼の視界に一人の女子が映る。

見覚えがあったの彼は話しかけてみたが、話しかけられた女子はというとお前誰という顔しているどころか実際に彼に聞いた。

いくらスキルで影を薄くしていたとはいえ同じクラスだったのに覚えられてないということに彼はわずかにショックを受けた。

 

「元同じクラスの比企谷だ」

 

「……………いたっけ?」

 

「ひでえ」

 

「……あんたが……………これ………やったの?」

 

彼女は怯えた様子でそう言ってクラスを指差す。彼が中を見るとクラスの中に大量に倒れている人が映った。

 

「……………まさか!!」

 

慌てて彼は教室に入り倒れている彼らの脈を取る。

 

「やられた!!」

 

彼は慌ててスキルを使う。

 

『馬鹿正直者』(オールリアル)、『全員が生きていることにした』」

 

倒れていた彼らがゆっくりと目を覚まし起き上がり始める。

 

「何したのあんた」

 

「他はどうなってた!!?」

 

「他も同じ」

 

「誰かこの教室から出るのを見なかったか!!?」

 

「あ、えっと、なんか派手なやつが歩いてるの見た」

 

「どっちだ!!?」

 

「二階で」

 

「分かった!!サンキュー川なんとかさん!!愛してるぜ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあまあ、上出来かしらねえ」

 

「全部終わったよ、コットー」

 

「お疲れ様、結衣、優美子、姫菜」

 

「うん」

 

「二人は終わった?」

 

「うん、終わったよ」

 

「ばっちり」

 

「康介くん、どうだった?」

 

「気づかれました。もうじきこっちに来ます」

 

「分かったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人吉!!何がどうなっているんだ!!」

 

「俺に聞かれたってわかんねえよ!!」

 

生徒会役員である彼らは廊下を走っていた。

彼と同じように彼らもこの異常事態に訳もわからずに対応をしていた。

 

「生徒達が起きだしました!!」

 

「本当か!!」

 

「比企谷くんが何かやっています」

 

「比企谷二年生の仕業か!!」

 

『待ってくれよめだかちゃん。少なくとも僕から見て彼はこんなことをしたがるやつではないよ』

 

「では誰だというのだ!!」

 

「………!!めだかちゃん、校庭見て!!」

 

「!!誰だあいつは!!?」

 

「行こうめだかちゃん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生徒会に勘付かれちゃったわね。まあそのためにこの子達を作ったんだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは一体どういうことなの」

 

彼女の視界に映る五徳と彼の後ろに立っている数十人に生徒達。

その中には彼女が知る顔がいくつかあった。

 

「……………由比ヶ浜さん」

 

考えるよりも先に彼女の足は動いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様!!何者だ!!」

 

「自己紹介から、俺は五徳異だ。以後お見知り置きを」

 

「ふざけんじゃねえ!!クラスのみんなにあんなことしやがって!!」

 

「ああ、悪い悪い。めんごごめんね」

 

「貴様の目的は何だ?」

 

「ふふ、目的かあ。そうだねえ、ノーマルを消すことかな?」

 

「何!!」

 

「俺ってさあ、ノーマル嫌いなんだよ。なんかこう、うぜえじゃん?」

 

『何でエリートじゃダメなんだい?』

 

「エリートはいいんだよ。負け犬もいい。はっきりしてるから。でもノーマルってプラマイゼロっぽいじゃん。はっきりしなくてムカつくんだよねえ」

 

「たった、たったそれだけのことで!!?」

 

「おいおい、俺にとってはこれ結構重要なんだよ。幸い、俺にはこのスキルがある」

 

「それでお前はあんなことをしたってのか!!?」

 

「俺のスキル『よく出来ました』(ストロングポイント)。長所を伸ばすスキル」

 

「そんなものでどうやって……………まさか」

 

「さっすが生粋の化け物。そうさ。これを使って長所を限界まで伸ばす。するとどうだ。一点だけが異常に優れている。それってまんま『異常』(アブノーマル)のそれってことよ」

 

「それで結果大量の『異常』(アブノーマル)を作れるってことだ」

 

「っ!!比企谷!!」

 

「よお、久しぶりだな人吉」

 

「八幡よく来たなあ」

 

「まあなんだ。今回は被害はゼロだ。俺の勝ちだ」

 

「まじかよ。一人も死ななかったのかよ。つまんねえなあ」

 

「どういうことだ比企谷二年生」

 

「こいつのスキルはまさしくフラスコ計画を体現しているスキルだ。天才を人工的に作る。こいつがここに来ないために俺はフラスコ計画を手伝ってたんだよ。それなのにお前が停止しちまうから」

 

「俺としては礼が言いたいよ。おかげで俺はここに来ることが出来た」

 

「私のせいなのか」

 

「そう思ってんなら後ろのやつらと戦って時間稼いでくれよ。本体のあいつ倒さない限り洗脳は解けねえからよ」

 

「洗脳?」

 

「あいつらは今洗脳状態だ。あいつは自分の長所も伸ばしてるからな。いくつかスキルを持ってるんだよ。そのうちの一つに仲間の『異常』(アブノーマル)を操るっていう超限定的なスキルがあるんだが、それであいつらを操ってるんだよ」

 

「だったらめだかちゃんがやったほうがいいんじゃ」

 

「お前らにしか頼めないんだよ。俺だと殺しちまうかもしれないから」

 

「分かった。我々はあやつらと戦い貴様があいつを倒すための時間を稼ごう。ただし、あまり時間は稼げないぞ」

 

「そこらへんはお前の顔の広さで何とかしてくれよ。俺は妹しか呼べなかったけど」

 

「はいはーい、妹の小町でーす」

 

「おお、比企谷三年生か」

 

「私も頑張りますよ!!」

 

「あとはお前ら誰か呼んどいて」

 

「私も手伝うわ!!」

 

「……………雪ノ下さん」

 

「雪ノ下か」

 

「あなたはまた何か抱えていたのね」

 

「…………すまん」

 

「おかげで由比ヶ浜さんも巻き込まれてしまったわ」

 

「…………………それは本当にすまない」

 

「悪く思っているなら必ず部室に来なさい。由比ヶ浜さんと待っているから」

 

「………………分かった」

 

「さあさあ、決戦といこ…うっ!!」

 

合図を言いかけた五徳の顔に拳が当たる。

食らった彼は凄い勢いで飛んでいく。

 

『おいおい、それってありなのかい?』

 

「反則王より反則ですね」

 

「もはや失格だよ」

 

「頼む」

 

「任せろ!!」

 

彼は五徳が吹っ飛んだところまで飛んだ。

限界まで肉体を強化するスキル『筋肉増狂罪』(ステロイド)とというスキルによって今の彼は異常なまでに身体的に強くなっている。

単純な肉体的強さなら黒神を越えることができるこのスキルには大きな欠点があった。

このスキルはもともと古賀の持つスキルをマイナス化させたものであるが、マイナス版ということはどこかスキルに欠点がある。

それはストッパーの役目をするものが何もない点だ。

古賀の場合は神経を敏感にすることで過活動を制限していたがこのスキルの場合は神経は限界まで鈍感になっている。

現に彼は有紀に吹き飛ばされた際に背骨が折れ、首も大きな損傷を受けていたが、彼は気づかずに彼女と戦おうとした。

彼が気づいたのは家に帰り、手を洗ったときにふと見た鏡に自分の姿が映ったときだった。

 

「しっかし、本当に鈍感になってんだな」

 

飛んでいる最中に食らった遠距離からの攻撃によってできた傷に彼はふと自分の腕を見るまで全く気がつかなかった。

彼は意に介さずといった様子で地面に着地し、倒れている五徳を見下ろす。

 

「さあ、今日で最後だ。真っ当な人間として生きろ」

 

「勝負だ!!」

 

五徳は起きてすぐに彼に殴りかかった。彼も応えるように殴りかかる。

比企谷の拳は彼の体に深くめり込む一方で、五徳の拳は彼の顔に近づいていくに連れて形が歪んで行き、彼の顔に到達する頃には原型をとどめないほどになった。

 

「ぐふっ!!」

 

「スキル使ったまんまだったわ」

 

五徳は口から血を流しながら後ろに下がる。

今までに経験したことがないほどの激痛が彼を襲う。

 

「ぐふっ!!頼む!!」

 

彼がそう言うと比企谷の背中を何人かの手が貫いた。

 

「ふふ!!形成逆転だ!!」

 

「悪いな。痛くねえんだよ」

 

彼は背中に手を回し刺さっている手の上に自分の手を当てる。

そして素早く下に降ろす。

彼の背後にあった気配は少し後ろに下がった。

彼は動揺することもなく体に刺さっている手を引っこ抜き、その場に落とす。

 

「全部切り落とした」

 

「ふざけんなあ!!」

 

彼は比企谷の両肩を掴んだ。

 

「俺とこいつを囲え!!!」

 

指示された女子生徒は二人の周りを透明な何かで囲った。

 

「治療してやらねえのか?」

 

「んなもんとっくにやらせてんだよ!!」

 

彼が無事な方の手で殴りかかる。

それを難なく比企谷は避けていく。

 

「珍しくキレてるな」

 

「仲間傷つけられたら普通に怒るだろうが!!!!」

 

彼は殴りかかってくる五徳の使えない方の腕を持ち、彼を蹴り飛ばす。

蹴り飛ばされた彼は透明な何かに当たり、止まる。

 

「意外だな。お前はてっきりあいつらのことを駒としか思ってないと思ってた」

 

「馬鹿言うな。俺はあいつらに力をあげるかわりに仲間になってもらってるんだよ」

 

彼はヨボヨボと立ち上がる。

片方の腕がなくなっているにも関わらず、彼はまっすぐ比企谷を見ている。

 

「………瞬間じゃないとはいえ再生系のスキル持ちか」

 

「仲間を救うために俺は自らを限界まで追い込んで、いくつものスキルを得た」

 

「………………」

 

「俺は生まれながらの勝者だ。だけどなあ、勝ちなんか欲しくないんだよ!!仲間が、分かってくれるやつが欲しいんだよ!!」

 

「だったらお前の人間性で勝負しろ……………俺たちには無理か」

 

「そうさ!!俺とお前、そしてお前の連れはノーマルから見れば化けもんなんだよ!!だからと言って俺たちはノーマルにはなれねえ!!」

 

「だからノーマルが嫌いなのか」

 

「ああそうだよ!!あいつら何様のつもりだ!!数が多いだけじゃねえか!!だが世界は!!数が多いやつを正義とみなす!!結果俺たちを化け物と呼ぶあいつらが正しいことになってる!!おかしいだろ!!俺たちは化け物でもねえ!!ただの人間だろうが!!」

 

「お前のスキルはよく知ってるさ。それによってお前は少なくとも他の奴らよりもさらに気味が悪く見えるんだろうな」

 

「何だよ。同情か?んなもんいらねえんだよ!!」

 

「お前、ノーマルになりたいとは思うか?」

 

「思わねえ!!あんな有象無象に埋もれるなんて馬鹿らしい!!」

 

「そうか。じゃあまあ、体験してみろ。有象無象を」

 

「は?」

 

「俺は自身の『過負荷』(マイナス)という『設定』を消す。かわりにお前自身の『異常』(アブノーマル)という『設定』を消させてもらうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人吉!!喜界島会計!!大丈夫か!!?」

 

「何とかな!!雪ノ下先輩のスキルのおかげだ!!」

 

「気を付けて!!強化しているとはいえ攻撃を受け過ぎれば当然やられるわ!!」

 

雪ノ下と人吉、黒神、喜界島は四人で五徳が作り出した彼ら相手に戦っている。本来ならば彼らはすぐに負ける。いくら強いとはいえ、複数の『異常』(アブノーマル)相手に、『通常』(ノーマル)や|『特例』《スペシャル』が勝てる見込みはほとんどない。

しかしながら彼らは互角、あるいはそれ以上で戦っている。それを可能にしているのは雪ノ下の存在である。

彼女のスキルは、仲間を全て大幅に強化するスキルであり、その強化される程度は非常に大きい。

少なくとも彼女によって強化されている間は、どんなに弱い人間でも『特例』(スペシャル)と互角に戦える程までになる。

まして彼女によって強化されている彼らは並の人間ではない。

強化された彼らはめだかを除き、限りなく『異常』(アブノーマル)に近い状態である。

 

「なんか盛り上がってんなあ」

 

「あんた!!」

 

「よお人吉」

 

現れた小さい男はポケットに手を突っ込んで、数人を引き連れている。

腕には腕章がまかれ、そこには『風紀委員会』という字が書かれている。

 

「風紀委員会!!どうして!!?」

 

「まあ一部精鋭しかいねえけどよお、学校の風紀を乱すってやつがいるなら、取り締まるのが俺らだろ!!」

 

「俺もやるぜ黒神」

 

「日之影三年生!!」

 

「俺たちもやるぜ。黒神」

 

「高千穂三年生に古賀二年生!!それにお姉様!!」

 

「師匠!!」

 

「友達を守りたい。だから殺す」

 

「宗像先輩!!殺すのはダメですよ!!」

 

「私も来ました〜」

 

「一色一年生!!」

 

「…………悪かった一色。謝らせてくれ、本当に悪かった」

 

「気にしないで人吉くん。あれのおかげで私少しは強くなれたから」

 

「我も来たぞ!!」

 

「…………誰?」

 

「ひどい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『設定』だと!!?」

 

「ああ。俺のこのスキルは自分の『設定』を一つ消すことで相手は俺の消した『設定』と同程度のものを消さなくちゃならない。現に俺たちは今、ただの人だ」

 

「んなこと有り得るわけねえだろ!!」

 

「じゃあ、俺のスキルを使える『設定』を消す。お前も消せ」

 

「なんだ!!?どういうことだ!!?どうして!!?何故変わらない!!?」

 

「だから消したんだよ。これが俺の一番嫌なスキルの一つ『皆んな同じで皆んないい』(ノーマル)だ」

 

「ふざけんなああ!!そもそもスキルの使用設定を消したっていうならお前のそのスキルは使えねえじゃねえか!!」

 

「これは消えないんだよ」

 

「ふざけんじゃねえ!!」

 

「安心しろ。これが勝敗に関わることはない」

 

「は!!?」

 

「俺たちは今ただの普通のどこにでもいる高校生だ。そしてはたから見れば俺たちはただのその辺で殴り合ってるやつらにしか見えねえ。つまりだ。誰も俺たちを気にかけねえし、誰も止めねえ。純粋な殴り合いだ」

 

「ふざけんなよ。俺たちの最後になるかもしれねえ戦いが!!ただの殴り合いだと!!?」

 

「いいじゃねえか。どっちにしろ勝敗は決まるんだからな。『過負荷』(マイナス)相手にルール設定無しで戦いを挑むからこうなるんだよ。スキルを使った熱い戦いがお望みだったらルールを設けとくんだったな」

 

 

「クソがああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「目を覚まして由比ヶ浜さん!!」

 

「いいよねゆきのんは」

 

彼女は由比ヶ浜の手を掴み、彼女を見つめていた。

 

「由比ヶ浜さん?」

 

「ヒッキーに頼りにしてもらえて!!」

 

彼女は雪ノ下を地面に叩きつけた。

 

「ぐっ!!」

 

「私だってヒッキーの力になりたい!!なのに何で!!?どうして!!」

 

「彼はあなただって頼りにしていたわ!!」

 

「じゃあ何で私を頼ってくれないの!!?どうしてゆきのんだけなの!!?」

 

「彼は貴方を巻き込みたくないのよ!!」

 

「私だって巻き込まれたい!!一緒に悩んだりしたいのに!!スキルを持ってなきゃダメだってコットーが言ってたの。だから私頑張った。これでヒッキーに勝てば!!私を頼ってくれる!!」

 

「落ち着いて由比ヶ浜さん!!彼が負ければ頼る以前の問題になってしまうのよ!!?」

 

「そんなこと知らない!!」

 

由比ヶ浜はそう言って雪ノ下の手を強く握る。

 

「くっ!!」

 

「コットーが言ってたの。私の明るさがいいって。私のスキルは『みんな頑張って』(チアリーディング)。仲間を強化するスキル。もちろん自分も!!」

 

「私と同じ!!?」

 

彼女の手を握る力がさらに強まる。

ミシミシと音が聞こえ、雪ノ下の表情が険しくなっていく。

 

「許せ、由比ヶ浜二年生!!」

 

その声と共に由比ヶ浜を蹴り上げた人物がいた。

その人物は彼女の方を向く。

 

「立て!!雪ノ下二年生!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「有紀、もういいんだよ!!?何も気にしなくていいんだよ!!?」

 

「私のせいでいろはは、あんな人達と一緒になっちゃった。だからだからだから!!私が救ってあげないと!!私が!!」

 

「ごめん有紀!!」

 

スキルを使って有紀を地面に落とす。

 

 

「どうして?いろは、どうして?まだ洗脳されてるんだ!!いろは!!待っててね!!すぐ終わらせるから!!『不協和音』(ワンサイド)

 

彼女は何かが自分の中に流れ込む感覚に襲われ、少し下がる。

 

「何これ?」

 

不安や心配が彼女の頭の中を埋め尽くす。

彼女の頭の中で、考えがだんだんとまとまらなくなっていき、訳が分からなくなっていく。

彼女の体が少しずつ震え始め、力が抜けていき、その場に力なく座り込んだ。

 

正義の鉄拳(ジャッジメントインパクト)!!」

 

有紀が遠くへ飛ばされる。

 

「立つのだ!!助けたいなら戦うのだ!!」

 

「でも、身体が、動かないんです!!」

 

「貴様の力は全てを落とす力であろう?ならば!!頭の中を埋め尽くしているものや身体にかかっている負荷を落とせば良いではないか!!」

 

「それだ!!」

 

彼女は一心に頭の中の不安や心配といった感情を全て落とす、もとい捨てていく。

 

「スッキリしました!!ありがとうございます」

 

「礼ならひっ!!」

 

「中二の人!!」

 

材木座はかなり先まで吹き飛んでいった。

 

「一色を助けないと!!」

 

「だから私もう大丈夫っていってるのに!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし、キリがねえな!!人吉!!」

 

「俺に言わんでくださいよ!!くそ!!こちとらノーマルですよ?いくら雪ノ下先輩のスキルの恩恵を受けてるとはいえ結構きついですよ」

 

「バカ言ってんじゃねえよ。こいつらだって元はノーマルだろ?同じ条件でお前が負けてどうすんだよ!!」

 

「無茶苦茶ですよ雲仙先輩!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人吉くんが危ない。だから殺す!!」

 

「だから殺すなって言ってんだろうが、宗形先輩よお」

 

「ははは、やっぱり黒神みたいに俺に攻撃を当ててくるやつはいねえか」

 

「代わりに耐久力があるよ。余計厄介だ」

 

「そういえば名瀬、古賀はどうした?」

 

「この中で三分しか戦えないって言ったらほぼ活躍できないでしょ」

 

「そうだな」

 

「くるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『僕の可愛い後輩たちを虐めないでくれよ』

 

彼が螺子を刺そうとするも、ことごとく避けられる。

 

『参ったなあ。壁でもあれば話は別なんだけどなあ。殺すななんて随分と無茶なことを言ってくれるよね比企谷くん。あっちは殺しにかかってるのに』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全く我ながらアホだと彼は思う。

最大の強みであるスキルの使用を自らの手で不可能にしてしまった。

格闘技は全てやった経験があるが試合以外に使ったことがなかった。

 

「どうだ?やめる気になったか?」

 

「アホ言ってんじゃねえよ!!俺は抜群のコンディションなんだよ今は!!」

 

そう言って彼は比企谷に殴りかかる。

彼は攻撃をことごとくいなし、避け、またいなす。

しかし隙をついて彼がカウンターを決めようとすればするりと五徳はかわす。

 

「ふふ、矜持と一緒にスクールに通いつめておいてよかった。まさかこんなところで使うとは思っていなかった」

 

「お前も経験者か?」

 

「まあな」

 

ひたすらに殴り合いがはじまった。

もうこうなってしまった以上、彼は防御は考えずに攻撃のみに集中し始めた。

 

「防御を捨てて攻撃か!!?好きだぜそれ!!」

 

五徳も彼に応じるように防御はせずひたすらに攻撃を仕掛ける。

 

「おいおい、終わりが見えてきたなあ」

 

「うるせえ」

 

一つを極めている五徳とありとあらゆるものをそれなりにしている比企谷とで少しずつ差が出てきた。

若干比企谷の方が不利である。

彼はありとあらゆるものに手をつけてきた。

それは様々な局面で柔軟に対応できる長所があるが、短所として使える手が多すぎて判断が遅くなっている。

一方で五徳は一つを極めた。一つしかやっていないため、対応できる局面が限られているうえに、使える手も一つしかない。

だが、それしか使えないということが結果的に比企谷よりも早い対応をとることを可能にしていた。

 

(このままじゃ負ける。何か打開策は…………)

 

 


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