やはり俺は異常なのか?   作:GASTRO

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再投稿です。大幅に変えましたが、よろしくお願いします


依頼

今日も今日とて穏やかな日々だった。朝は元気に遅刻して、昼はベストプレイスでパンを食べながら戸塚を鑑賞し、平塚先生の授業がなかったのをいい事に結局全授業をサボった。本を読んで1日が終わり、俺としては非常に有意義かつ生産的な時間を過ごせた。おかげでまた今日の帰りに本を買いにいかなくてはならない。

 

「比企谷くん、紅茶」

 

「ん?」

 

「紅茶いるかしら?」

 

「……すまん、頼むわ」

 

校庭から聞こえる生徒たちの声を遮るように雪ノ下は言った。夢中で本を読んでいたせいで、紅茶がなくなっていることに気が付かなかった。

 

「よく気がついたな」

 

「音が軽かったのよ。あなたがカップを置く時の音がね」

 

よく聞いているな、と感心した。人のカップを置く音なんか余程のことがない限り気になるなんてことはないが、そこら辺はさすが雪ノ下といったところか。七割ぐらいまでいったところで彼女は注ぐのをやめ、ティーポットを定位置に置き、自身の席に座って本をまた読み始めた。

 

「熱いから気をつけて」

 

「お、おおう」

 

「どうしたの?何かあったのかしら?」

 

「ヒッキー大丈夫?」

 

今日はやたらと心配される。若干だが気味が悪い。部長である二年十組『雪ノ下雪乃』、そして未だに認めた訳では無い「ヒッキー」というあだ名で俺を呼ぶ部員の二年一組『由比ヶ浜結衣』。そして俺。計三人で活動しているこの部活は、いつもなら俺に対して軽い罵声が投げかけられるはずなのだが、今日はどういうわけかそれが無い。むしろ、二人が俺を心配するというほとんど経験がない事態を目の前に、いささか動揺してしまう。

 

「どうしたお前ら、なんか由比ヶ浜が作ったもんでも食ったか?」

 

「どうして私の限定!?」

 

「今日は由比ヶ浜さんは何も作ってきてくれてはないわ」

 

「今日は?」

 

「明日ケーキ焼くんだ!ゆきのんと一緒に!」

 

まずい、不味い、マズイ。

 

「なあ、明日帰りにカフェ行かない?いい店知ってるから。俺おごる」

 

財布の中身よりも命の方が大事だ。俺はまだ死にたくない。

 

「マジ!?ヒッキーありがとう!」

 

「比企谷くん、そろそろ話をしてもいいかい?」

 

「ん?どうした雪ノ下」

 

「僕は雪ノ下ちゃんじゃないよ」

 

「ん?なあ、由比ヶ浜。雪ノ下おかしくないか?」

 

「僕は由比ヶ浜ちゃんじゃないよ」

 

「「僕のことは親しみを込めて、『安心院さん』と呼びなさい」」

 

「は?」

 

突如視界が暗くなった。何も見えない、聞こえない、匂わない、味もしない。こんな空間を作る趣味の悪い奴なんてアイツだけだ。正直慣れたとはいえ、毎回この虚無に落とされるのは、余り好きではない。むしろ嫌いだ。だが、死んだらこんな感じなのかな、なんて考えたりもするが余計な事をこうして考えていても、アイツに会わない限りはこの空間から出られない。立ち上がってあてもなく歩みを進める。

 

「今日が一番気味の悪い呼び方だったぞ」

 

歩いていると、突然現れた細い光が足元からゆっくりと伸びていく。目で追っていく10メートルほどのところで光は止まり、学校の教室にあるようなドアが現れる。

 

「…頼むから一発で教室に転送してくれよ」

 

憂鬱だ。まったり過ごしたかったのに。無駄に神経を張り巡らせなきゃいけない時間がまた始まる。まじで帰りたい。だが、アイツがいいよと言うまでは帰れない。自然と出る溜息と共にドアに手をかけ、横にスライドさせて中の様子を伺う。きちんと均等な幅で並べられた席たちと教卓が一つ。後ろにあるロッカーには何も入っておらず、そもそも誰も教室にはいない。

 

ドアを閉めてど真ん中の席に座って上を見る。やっぱりいた。天井に体育座りをして俺を見ているアイツが。両手でピースをしながら若干笑みを浮かべている。

 

「やあ、比企谷くん」

 

「なんですか急に」

 

「なんとなく君と話したくなってね」

 

「そうですか。……嘘でしょ」

 

「嘘じゃないさ。一割はマジだぜ」

 

「じゃあ残りの九割は?」

 

「お知らせさ」

 

「何ですか?」

 

「黒神めだかがこの前雲仙冥利|(うんぜんみょうり)を倒しちゃって、『十三組の十三人』(サーティーンパーティ)から一人抜けちゃってさ、代わりにめだかちゃんを入れようってことになったんだ」

 

「なるほど」

 

「だけど肝心の彼女は入ろうとはしてないんだよ。上手くやってくれないかい?」

 

こんなもの頼み事でもなんでもない。ただの脅しだ。故に俺に拒否権なんてものはない。どれだけくだらない、それこそパンを舐めて食べきれなんてアホみたいな頼みごとでも、当然のごとくやらなければいけない。

 

「分かりました」

 

「飲み込みが早くて助かるよ」

 

「用は済みましたか?済んだのなら早く起こして下さいよ」

 

「すまないね。というよりさっきのはどうだった?」

 

「さっきの?」

 

「君のお仲間を君に優しいキャラにしてみたんだけど」

 

「血の気が引きましたね」

 

「そうか。じゃあまたね」

 

今日はやけに早いな。まあ、お互い暇じゃない…いや、あっちは暇だ。何があるっていうんだ?こんな早いのは今まで一度たりとてなかったはずだ。

 

「……何かしたんですか、俺に」

 

「いつもなら君の生活に配慮して持ってくるんだけど、今日は一切考えずに君を呼んだ。だから体はそのままさ」

 

俺に体はそのまま…。普段は寝てる時だから関係ない。確かここにいる間は体は動きもしない。まして外部への反応もしない。

 

「今の君は部室でいきなりぶっ倒れて、一切の生命反応が無いということで保健室に運ばれている。そろそろ保健委員が来るんじゃないか?彼らは厄介だぞー」

 

人間じゃねえ。人をおもちゃにするって言うのは、この人が一番上手でえげつないと俺は思う。

 

「君の大事なお知り合いが必死に君に話しかけてくれているぞ」

 

「は?」

 

「早く起こさないとね」

 

「ちょ待っ…」

 

 

 

「比企…、……くん!」

 

「ヒッ…!」

 

「「起きて!」」

 

戸惑いの中で俺は必死に策を巡らす。本心では今すぐにでも起きたいのだが、今起きては感動の目覚めのような感じになる。当面は二人から心配される事になってしまうし、何よりそれは面倒でしかない。

 

どうにかしてこの状況を打破せねばならない。やはりスキルを使う以外に他ないか。ひとまずは外の様子を把握する事が大事だ。ここに向かっている保健委員は……全部で5人か。加えて、聞き慣れた足音が一つ……平塚先生か。学校にいなかったはずだろあの人。

 

ちょっとでもいいから目を開ければいいのだが、二人が顔に近いのは何となくわかる。目を閉じてるから本当にやりにくくて仕方がない。音だけが頼りだ。教室の前、その周辺には誰もいない。室内に雪ノ下と由比ヶ浜、何故かは分からないが川崎と戸塚が座っている。

 

マズイな、足音が近くなってきた。保健委員はギリギリなんとか出来るが、平塚先生は……。いやあの人に気を使う必要はないな。不安要素は無くなった。

 

やるしかない。ひとまずドアの前に分身を作り、設置。操れないこともないが、目を閉じているせいで、精度に難ありという感じだ。だが気にしてる暇は無い。ここにいる全員が『異常』(アブノーマル)じゃなくて本当に良かった。……今だ。

 

ドアを勢いよく開け、注意を分身の方に向ける。全員が俺を見た事を確認したと同時に起き上がり、近くにいる由比ヶ浜と雪ノ下の頭を掴み、眠らせる。今度は起き上がった俺の方に注意を向けさせ、眠っていない川崎と戸塚の二人と分身との距離を一気に縮める。

 

「誰!?」

 

動揺した戸塚は持っていたテニスラケットで、分身の俺を勢いよくぶん殴った。さすがにこれは想定していなかった。

 

「八幡が二人!?」

 

色々とマズイ。ベッドから素早く移動して、二人の頭を掴みそのまま隣のベッドの上に押し倒す。恐る恐る手を離すと二人は目を閉じて寝息をたてている。

 

「…危なかった」

 

ベッドから起き、横たわっている分身に目をやる。動いてない。

 

「……顎に入ったか」

 

どうしようもない分身を消し、周囲を確認する。まあまあ散らかってしまった。片付けるのが面倒だが、それ以前に記憶を消しておかないとまた面倒くさい。

 

「比企谷!!」

 

ドアが勢いよく開かれる。

 

「比企谷!!」

 

平塚先生を忘れていた。この状況を見たら、あの人がどういう反応をするかは分からないが、俺にとって得はないのは目に見えている。もうこの人も眠らせてまとめて記憶処理をしよう。と思っていた俺が馬鹿だった。

 

考えてみれば平塚先生は武闘派だ。彼女は俺が動くより先に動いていた。俺の手を掴んで容赦なく床へと叩きつけ、俺の腹に拳を食らわせる。そのまま俺の腹の上で拳で片手倒立をし、俺をまっすぐ見てきた。

 

「何か言うことは?」

 

「誤解です先生」

 

彼女は笑顔になると、手を離して腹の上に着地した。

 

「スキルなしでの勝負なら私が君に負けるはずがないだろ」

 

あんたに勝負を挑んだ覚えは一切無いのだが。確かに眠らせようとはしたが、それを宣戦布告と捉えられてしまったようだ。…確かに勝負を挑んでいるな。

 

そもそもだ。不安定な人体の上で片手で倒立できるなんて誰が思うだろうか。おまけに拳のままで。俺は腹の上で俺を見下ろす先生を見る。

 

「何故私が駆けつけたか分かるか?」

 

「………あの人から伝言でも預かってるんじゃないんですか?」

 

「察しが良くて助かる。他の十三組生が黒神めだかを狙って動き始めた。君には彼女がやる前に彼らの処理を頼みたいとのことだ」

 

「そんなもの黒神が勝手に倒すでしょ?」

 

「一般生徒を巻き込んでしまう可能性も無きにしも非ずだしな」

 

「………本当は?」

 

「紛れ込んでるそうだ。あいつの仲間が」

 

「…………分かりました」

 

「頼むよ。保健委員は返しておいた。感謝したまえ」

 

「感謝したいんですけど、俺の腹の上から退いてくれませんか?」

 

「誰が重いって?」

 

「言ってないです。あの四人の記憶を消したいんで早く退いてください。重く無いです、むしろ軽いくらいです」

 

「仕方がないな。次言ったら、さっきよりもキツめの指導があるからな」

 

階段から降りるくらいに自然に俺の上から降りた彼女は、ではな、と言って去っていった。部屋はさっきよりも汚くなった上に、修復が必要な損傷が床に生じていた。

 

「……もう帰りたい」

 

 

 

 

 

 

 

記憶消去は終わった。掃除も終わった。修復も終了。で、俺はある場所に向かっていた。

 

「ここか」

 

ボロボロで非常に開放的な部屋の入り口には『・・・役員室』という文字がある。前の文字は残ってはいるものの形が全く分からないので読めない。だがまあ、俺は生徒会に用があったからここに来たので、ここが生徒会役員室というのは周知の事実だ。

 

どうしてここまで酷くなったのかは既に聞いているので、別段驚きもしなかった。どちらかといえば呆れた。これをやったやつが俺の知り合いで、そいつはよくやり過ぎる事があったから何となくは想像がついていたが、まあ相変わらずだ。今回も例に漏れずやり過ぎたようだ。

 

「あの〜、生徒会室になんかようっすか?」

 

アイツら以外から話しかけられるのは久しぶりだ、なんて思いつつ振り返れば一人の男子生徒が頭を掻きながら俺を見ていた。彼の髪は金髪だったが、俺はそれだけで少し警戒した。

 

俺は金髪の人間にあまりいい印象を抱かない。というのも金髪の人間を俺は二人ほど知っているが、その二人ともなんとも眩しく俺と真逆の人間であるため、非常にやりづらいのだ。

 

「いや、生徒会長に会いたかったんだがいないようだな」

 

「ああ〜、めだかちゃんに用ならこの目安箱に投書するか、俺に言ってください」

 

「お前は?」

 

「一年一組在籍、生徒会書記の『人吉善吉』だ。あんたは?」

 

おいおい初対面であんた呼ばわりか。まあ、俺もお前呼ばわりしちまったしな。ここはお互いさまだ。ちょっとビビったけど。

 

「二年一組在籍、奉仕部の比企谷八幡だ」

 

「先輩だったんすか。すいません」

 

「気にするな」

 

「で、どうします?」

 

「また後日来る」

 

「分かりました」

 

「邪魔したな」

 

『人吉善吉』……番犬とか言われてた奴か。なんというか、今年の役員は嫌でしょうがない。黒神は当然だが、あいつはあいつで黒神にはない怖さがある。警戒はしておいたほうがいいやつがまた増えた。どうしてこの学園はこんな化け物ぞろいなんだよ。

 

 

 

 

 

翌日、保健室にいた四人に何があったかを聞いてみたが、何もないとのことだったので、ひとまず安心した。記憶処理は無事に成功していたようだ。今日も元気にサボった俺は、放課後になって一人部室に向かった。ドアを開けると既に雪ノ下が椅子に座って本を広げていた。

 

「本当に昨日は何もなかったか?」

 

「何も。どうしたの?あ、でもあなたの目が腐っていたわ」

 

「それはいつもだ」

 

「やっはろー!ゆきのん、ヒッキー」

 

「こんにちは、由比ヶ浜さん」

 

元気よく入ってきた彼女の挨拶に、軽く手を上げて応える。彼女は俺を見て小さく手を振り、雪ノ下に抱きつこうとする。俺はそれを尻目に本を読もうとしたが、すぐに手が止まった。聞き覚えの足音が聞こえたからだ。

 

俺は基本、聞こえてくる足音が一つだけなら本を読む。一人で来るようなやつはだいたいろくな依頼じゃないから、二人が勝手に処理してくれる。もしくは俺が嫌味を言って勝手に帰っていく。だが、今回聞こえる足音は二つ。しかも一つは昨日も聞いた。これが意味することといえば、彼女がまた依頼人を連れてきたということだ。

 

「邪魔するぞ」

 

いつものパターンで、彼女は事象を事後報告する。だから彼女がそう言う時はもう既に終わっているのだ。

 

「先生、ノックを」

 

「気にするな雪ノ下。私と君の仲だろう?」

 

「何か御用で?」

 

「ああ、入ってきたまえ」

 

恐る恐る入ってきたのは、一人の女生徒だった。

眼鏡に三つ編み、黒髪で制服をしっかり着ているという、この学校の絶滅危惧種と思われるような校則を守った姿の彼女は、おどおどしながら俺たちの方を見る。

 

「後は任せた!ではな」

 

生徒を置いて彼女は教室を去った。毎度のことであるが、雪ノ下はこめかみをおさえながら溜息をつき、由比ヶ浜は苦笑いを浮かべている。なんの因果か知らないが、案外早く出会えて俺はいささか感動している。

 

「お名前は?」

 

梶井燕尾(かじいえんび)と言います。二年三組です」

 

「それで、何か御用かしら?」

 

「えっと、その、十三組の方々が登校している理由を知りたいんです」




ありがとうございました。

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