ジュンキ、クレハ、カズキの3人はポッケ村で少し休憩を取った後、その日のうちに雪山のベースキャンプへと移動した。その頃には陽が暮れかかり、厚い雲の隙間から差す夕日が雪山を赤く染めていた。
3人はベースキャンプに入ると、まずは支給品の確認をする。支給品ボックスの中には4人分の応急薬、携帯食料、携帯砥石、そしてボウガンの弾。個数に問題がないことを確認すると、3人はそれぞれの武器を背中から外して、近くの岩壁に立て掛けた。
「もう日が暮れる。クシャルダオラと戦うのは明日にしないか?」
「そうだね。夜の雪山は危険だし」
「だな。それに、クシャルダオラは逃げないだろうし」
「その間に村が襲われなければいいけど…」
ジュンキはポッケ村が襲われることを危惧していたが、それでも狩りは明日にすることにした。無理に夜の雪山でクシャルダオラと交戦して、足を滑らせて谷底へ落ちたら話にならない。
「もう日が暮れるよ。火を焚かないとね。私、薪を取ってくる」
クレハはそう言って、テントの裏に積み上げられている薪を取りに行ってしまった。
「んじゃ、俺達は簡単な飯でも作りますか」
「そうだな」
クレハが薪に火を点けて簡単な「かまど」を作る間に、ジュンキとカズキはポッケ村で買っておいた食材をポイポイとベースキャンプに備え付けられている鍋に放り込む。水で満たし、そこにポッケ村では価値が高い、ドンドルマの街から持ってきた塩を適量振り掛け、クレハが作った「かまど」の上に乗せた。
「かまど、ありがとう」
「ううん。私じゃ料理できないから…」
「これは料理って言わないと思うけど…」
クレハの返事に、ジュンキは苦笑いする。食材が煮詰まるその間に、ジュンキ、クレハ、カズキの3人はそれぞれ肉焼きセットを取り出し、生肉を焼くことにした。流石のクレハも、肉焼きセットを使用して生肉を焼くことはできる。そして鍋も煮詰まり、簡単な夕食の時間が始まった。
「3人だけで食う夕飯ってのは、今まであんまり経験ないよなー」
「確かにね~。特にジュンキとカズキと私の組み合わせは初めてかも」
カズキとクレハは時々話を加えながら食事を進める。ジュンキは食事に集中していて、クレハとカズキの会話を聞きながらも自ら言葉を発することは、食事中無かった。
簡単な作戦会議を終えて「かまど」の火を落とすと、ジュンキ、クレハ、カズキの3人はテントに入って出入り口を閉じた。
「3人だと、ベッドが広く感じるなぁ!」
カズキが背中から簡易ベッドに飛び込む。苦笑いを交えつつ、ジュンキとクレハも横になる。ジュンキが中央、ジュンキの右隣にカズキ、左隣にクレハである。
「明日のクシャルダオラ…大丈夫かな…」
「心配か?」
クレハの声が聞こえたので、ジュンキが耳を傾ける。
「うん…。昔、戦ったことはあるけど、今回は…」
「…ミラルーツの意思に賛同したモンスターだからな。格段に強いかもしれない」
クレハが小さくため息を吐いた音が、ジュンキの耳に届いた。
「…大丈夫。クレハはひとりじゃないだろ?」
「えっ…?」
「へっ…?」
ジュンキとクレハは互いの顔を見合わせ、同時に頬を赤らめる。
「…仲いいよな、ほんと」
突然カズキが声を上げたので、ジュンキとクレハは驚いて飛び起きてしまった。そしてそのカズキは頭の下で手を組み、眼を閉じている。その瞳の片方が開いて―――カズキはとんでもないことを言ってのけた。
「そんなに仲がいいならさ、結婚しちゃえば?」
「は…っ!?」
「な、な、な…っ!」
ジュンキとクレハは真っ赤になり、口をパクパクさせてしまう。その様子が面白いのか、カズキは言葉を続けた。
「だって一緒に寝るくらいの仲だろ?ハンター同士の結婚も、別に珍しいことじゃないし」
カズキはここまで言って目を閉じる。
「ば…っ!」
「…?」
クレハの低く殺意の込められた声が聞こえてカズキは片目を開き、そして目の前の光景に両目を見開いた。
「ばかあああああっ!!!」
クレハの平手打ちが、カズキの頬に炸裂したのだった。
翌朝、簡単な食事を終えてベースキャンプを出発したジュンキ、クレハ、カズキは、雪山の山頂を目指して歩いていた。
「痛ってぇ…」
「ははは…」
カズキが頬を撫でながら歩く姿を見て、ジュンキは苦笑いするしかなかった。一方のクレハはというと、朝から頬を朱色に染めて一言も口を聞いてくれない。昨日の夜のことを恥ずかしがって会話しづらいのだろうと思い、ジュンキは静かにしておくことにしている。
ベースキャンプの近くにある山の中を貫いている洞窟を通り、吹雪が強い山頂付近に出た。ここからもう一度登り、山頂に出る。
「クシャルダオラが山頂にいるって保証は無いと思うけど…」
今日のクレハの第一声である。
「偉そうな奴は、高い所が好きなんだよ」
「…?」
カズキのよく分からない理論に、クレハは小首を傾げた。
雪山の山頂はこれまでのエリアより、更に吹雪いていた。強風に煽られ、気を付けて歩かないと吹き飛ばされそうになる。
「くそっ…!」
ジュンキは思わず悪態を吐いた。猛吹雪のせいで、前を歩いているカズキの背中が霞んでしまっている。自分の姿を見ると、防具に雪が積もってしまっていて真っ白だ。
「一旦山を降りた方がいいんじゃない!?」
クレハの大きな声も、猛吹雪により掻き消されてしまっている。
「クシャルダオラは風を操る古龍だ!風が強いこのエリアにいるはずだ!」
カズキの返事があってから、クレハの「うえぇ~!」という声が返ってきた。
「大丈夫か…!?」
ジュンキは振り向いて右手を差し出すと、クレハは両手でそれを掴み返した。
「吹き飛ばされそうだよ…っ!」
「カズキ!やっぱり危険だ!一旦このエリアを―――」
ジュンキがカズキに一度山を降りようと言おうとしたその時、今まで猛吹雪だった山頂が一気に静まり返った。
「…カズキ?」
少し前を進んでいたカズキをジュンキは小声で呼んだ。カズキは振り向かずに同じく小声で返事を返してきた。
「来たぞ…。クシャルダオラのお出ましだ」
ジュンキとクレハは、すぐにカズキの隣に並んだ。そのまま静かに待っていると、岩陰の向こうから雪を踏み締める音が聞こえ、やがて鋼色の古龍が現れた。
クシャルダオラである。
「お前達は…竜人か…?」
ザラムレッドより少しキーが高い声が、ジュンキとクレハに聞こえた。
「喋った…」
「俺には聞こえないけどな」
カズキは竜人ではないので、クシャルダオラの声は聞き取れない。ジュンキとクレハはクシャルダオラの声をカズキに伝えながら、話を進めることにした。
「竜人とお会いすることができるとはこの上ない幸せだ…。さて、何か私に御用かな…?」
「人間駆逐計画…知ってるな?」
ジュンキは一歩前に出てから口を開いた。
「ええ、もちろん。私はその責任者のひとりですからね。あなた方竜人の事も聞いていますよ。竜人として、賛同しかねているとも…」
「話が早くて助かる。今すぐその計画を中止してくれ」
「…それは出来ませんね」
クシャルダオラは即答した。
「どうしてもか?」
「止めたければ、私を殺すしかない」
クシャルダオラはそう言うと鋼鉄の翼を広げ、いつでも走り出せるようにと姿勢を低くした。
「ジュンキ…戦うしかないよ…」
クレハの声が背後から聞こえて、ジュンキは黙ったまま背中の太刀を抜いた。クシャルダオラもこれ以上話すことはなく、天高く咆哮を上げると、ジュンキ達目掛けて駆け出したのだった。