集会場でジュンキとクレハがカズキ達に散々なことを言われている頃に、リヴァルは窓の隙間から差し込む朝日に目を覚ました。決して爽快な朝ではなく、どちらかと言えば憂鬱だ。身体を腹筋だけを使って起こすが、ベッドから降りる気力が湧かない。憂鬱の原因は嫌なくらい自分で分かっている。
昨日、ティガレックスを狩って帰ってきたところでジュンキと口論になったからだ。
あの時リヴァルは、しつこく注意してくるジュンキに対して暴言を吐いてしまった。しかし、それはジュンキがうるさく注意してくるのが原因で、自分は悪くない。
リヴァルはそう思う。
そう思ってさっさと忘れてしまいたいが、今回ばかりは心のどこかで悪いことをしたのでは?と思っていて、そんなことを考えている自分が腹立たしくもある。
(なんで…あいつのことなんか…)
罪悪感が、リヴァルにのしかかる。
(今まで…そんな事は無かったのに…)
ベッドの上で考えていても仕方ないので、リヴァルはとりあえず普段着に着替えて朝食を摂ることにした。
朝は特に寒い室内で着替えて、昨日用意しておいた簡単な朝食を隣のキッチンルームに取りに行こうとしたところで、玄関のドアが2回ノックされた。
「誰だ?こんな朝から…」
リヴァルは面倒ながらもドアを開けようと取っ手を握ったところで、もしかしてジュンキでは?と思ってしまった。
もしジュンキなら、朝から何を言われたものか分かったものではない。ここはまだ寝ているフリをするべきだろうか―――。
そう考えた時、ドアの向こうから聞こえた声は、聞き慣れた女性のものだった。
「おはようございます、リヴァルさん。起きてますか?」
「…リサ?」
リヴァルは驚きつつもドアを開けた。
そこに立っていたのはきっちりと武器防具を装備したリサだった。
「…何だ?こんな朝早くから…」
「リヴァルさんに…謝りたくて…」
「謝る…?」
「はい…」
リサはそこまで言うと俯いてしまう。リヴァルはどうしたものかと混乱したが、とりあえず家の中に入れることにした。
「と、とりあえず入れよ…。話はそれからだ…」
リヴァルが招き入れると、リサは黙ってリヴァルの家に入った。
「そこの、椅子にでも、座れ…」
リヴァルが玄関のドアを閉めると、リサが腰掛けた音に、背中のハンマー「アイアンストライク改」を床に置いた音が聞こえた。
この家には椅子がひとつしかないので、リヴァルはベッドに腰掛けた。
「…」
「…」
「…あの」
しばらくの沈黙の後、リサが口を開いた。
「昨日は…すみませんでした…」
「え…?」
リヴァルが何のことか分からないという顔をすると、リサは顔を上げてリヴァルに向き合った。
「昨日、私はリヴァルさんに…その…最低です、と言ってしまいました…」
「…」
「本当に…すみませんでした…」
リサはそう言うと頭を下げた。
「いや、いいんだ…。俺が、悪いんだからさ…」
リヴァルの返事を聞いたリサは顔を上げて、信じられないというような顔をしてリヴァルを見つめた。
「リサ…?」
「リヴァルさん…今、私に謝りましたよね…?」
「ん?ああ…。それがどうかしたか?」
「いえ…ただリヴァルさんが誰かに謝るなんてところを初めて見ましたから、ちょっと驚いただけです…」
リサに言われてから気が付いた。確かにリヴァル自身、誰かに謝ったことはほとんどない。
「何かあったんですか?」
「…実は俺も、昨日ジュンキに悪いこと言ったなって思ってるんだ…」
「そうですか…」
「俺も、両親や妹が死んでるのにな…。人の死を馬鹿にするなんて…」
「…だったら、ジュンキさんのところへ謝りに行きませんか?」
「え…?」
いつの間にか俯いていた顔を上げると、リサは微笑んでいた。
「悪いことをしたと思うのなら、謝らないと。その方が気持ちも落ち着きますし。私も一緒に行きますから、ね?」
「…ああ、すまない。着替えてくるから、少し待っててくれ」
リヴァルはそう言うとベッドから立ち上がり、アイテムボックスの前で簡単な外着に着替える。
「リヴァルさん、肩は大丈夫ですか?」
リサに声を掛けられて振り向くと、リサは既に玄関の前で待っていた。
「ああ、痛みはだいぶ引いたよ。まだ自由に動かせないが…」
リヴァルはそう言って、怪我をした左肩をリサに見せる。
「この調子だと、ハンター引退かな…?」
リヴァルが自虐的に笑いならが言ったが、リサはそれに対して屈託の無い笑みを返した。
「大丈夫ですよ、リヴァルさん。すぐに治りますから」
「え…?」
それは一体どういうことなのかリヴァルはリサに聞こうとしたが、リサは既に玄関の外に出てしまっていた。
外に出ると、リサが先行する形でふたりは集会場へと歩き出した。ジュンキ達は朝、昼、夕食は全て集会場で食べることをリヴァルもリサも知っている。
「リサ―――」
「リヴァルさん、ひとつお聞きしていいですか?」
リヴァルが口を開ききる寸前に、逆にリサがリヴァルに話し掛けてきた。リヴァルは一瞬眉間に皺を寄せてしまうが、とりあえずリサの質問を聞いてみることにする。
「…何だ?」
「リヴァルさんは、山道の除雪作業が終わったら街に戻るんですよね?」
「そのつもりだが…?」
「街に残した用事がある…とかですか?」
「特に無いな。街に戻っても、知り合いがいるわけでもないし。…どうしてそんな事を聞く?」
「…リヴァルさん、この村に留まってもらえませんか?」
リサの問い掛けに、リヴァルはその場で歩みを止めた。それと同時にリサの歩みも止まり、リサはリヴァルを振り向いた。
「何故だ?どうして俺が、この村に留まる必要がある?」
リヴァルの問い掛けに、リサは言葉を選んで、ゆっくりと理由を語り始めた。
「…この村は、見ての通りとても小さな村です。…街から遠く、ハンターの数も少ない。ジュンキさん達やリヴァルさんが来るまで、ハンターは私ひとりだけでしたし…。ジュンキさん達は、ある理由のためにこの村に滞在しているのですが、いつの日かきっと、この村を出て行ってしまいます。…だから、リヴァルさん。あなたの力が、この村に必要なんです」
リサはここまで言うと、リヴァルの返事を待つ。
リヴァルとしてはこの村に居座っても何の問題もない。むしろ何だかんだ言ってリヴァルはこの村のことを少しは気に入っている。街とは違い、この村は人と人が近く、温かみがある。何より自分が必要とされているのは嬉しい。
しかし、どうしても反りが合わないジュンキというハンターが、この村にいる。そこでリヴァルが出した答えは、先送りだった。
「…考えておく」
「ありがとうございますっ!」
問題を先送りしただけなのに、リサは笑顔を作って深く頭を下げた。
集会場に入ると、そこには予想通り、ジュンキ達5人が朝食を食べていた。
リヴァルとリサが入ってくるなりジュンキ達は食事を中断し、顔を上げた。ジュンキは活力のない顔をし、ユウキとカズキは睨んできた。ショウヘイとクレハはほぼ無表情で、何を考えているのか分からない。
リヴァルはジュンキの横に立つと、ジュンキが口を開く前に頭を下げた。
「…昨日は、すまなかった。あんなこと言って…」
しばらくの沈黙。そしてジュンキが立ち上がる気配。トントンと右肩を叩かれたので顔を上げると、そこには穏やかな笑みを浮かべたジュンキの姿があった。
「…いや、いいんだ。チヅルを守れなかったのは、確かに俺が原因なんだから。でも、謝りに来てくれて、ありがとう…」
「…」
リヴァルは言葉を失い、呆然とジュンキを見つめることしかできなかった。そのジュンキから右手が差し伸べられる。仲直りの握手だろう。
リヴァルも右手を差し出そうとして思い留まり、自分の右手の手の平を見つめる。そして握り拳を作ると、リヴァルはジュンキから遠ざかってリサの横に並んだ。
「ふんっ…。確かに俺はあんたに謝ったが、あんたと馴れ合うつもりはない。何度でも言うが、俺はあんたが嫌いだし、それ以上にリオレウスが嫌いだ」
リヴァルの反応を見てジュンキは呆然としたが、すぐに苦笑いを浮かべた。
「まあ、俺を気に入れなんて言わないよ」
「当たり前だ」
ジュンキとリヴァルの言葉を聞いて、リヴァルもリサも、ジュンキやクレハ、ショウヘイ達も、一同に苦笑いを浮かべたのだった。