ジュンキが公衆浴場から出ると、クレハは雪が降り積もる中、公衆浴場の軒先で待っていてくれた。
「寒くなかったか?」
「ううん、大丈夫」
ジュンキはクレハと並んで歩き、5人で住んでいる家へと戻った。
その夜、クレハは眠れなかった。
眠ろうとしても、手や足の指先、両肩から冷えがクレハを襲い、寝付けない。ポッケ村は1年間の殆どが雪に埋もれる場所なので、家の造りから布団まで防寒対策が施されているのだが、クレハの冷えには効果がなかった。
敷き布団と掛け布団の間にガウシカやポポの毛皮で作られた毛布を挟み、その中でクレハは寝ているのだが、胴体の部分は暖かくても指先や肩は冷えたままだ。少しでも指先や肩に暖を取らせようとクレハは布団の中で丸くなっているのだが、それでも寝付けない。
他の4人はどうだろうと思いクレハは布団から顔だけを出すと、月明かりでぼんやりと明るい室内を見渡した。
ショウヘイは寝相がいいようで、真っ直ぐ天井を向いたまま寝ている。それに比べてカズキはひどいもので、掛け布団や毛布がベッドから落ちているが、カズキは起きる気配がない。カズキのそういうところが羨ましいと思いつつ、クレハはさらに視線を巡らせた。
ユウキは掛け布団や毛布を蹴り飛ばしていないが「ランポスの串焼き…」などと訳の分からない寝言を呟いている。そしてジュンキも布団に異常は見られず寝言も言っていないが、顔だけがクレハと反対の方を向いていた。
「…」
クレハは、もう一度寝てみようと布団の中に潜り込んだ。目を閉じ、意識を暗闇に委ねる。
しかし、やはり冷えがクレハを寝付かせてくれない。クレハは布団の中で目を開けると、もう一度布団から顔だけを出した。そして、ジュンキの様子を伺う。
ジュンキは先程と同じく、クレハに後頭部を向けたまま眠っている。
「…よし」
クレハはある決心をすると、布団から飛び出した。一気に室内の冷気がクレハを襲う。
「ううっ…寒ぃ…」
吐く息は白い。クレハは氷のように冷たい床板を、音を立てないように歩き、静かにジュンキの枕元へと立った。
寝ているベッドが上下に揺れ、冷気が一瞬背中を掠めたことにより、ジュンキは目が覚めてしまった。
目が覚めてしまったものは仕方ない、もう一度寝よう。ということで姿勢を正すべくジュンキが反対側を振り向いたところで、枕元に何かあることに気がついた。それは流れる川のように枕元から始まり、ジュンキの布団の中へと伸びていた。髪の毛…だろうか。
「…?」
寝ぼけている頭が考えることを拒否し、ジュンキは考えるよりもまず行動を起こした。掛け布団を毛布と一緒に持ち上げる。
「…っ!?」
眠気は一気に吹き飛んだ。布団の中に誰かいる。
誰だと考える前に、ジュンキは誰なのか知っていた。ただ、信じたくないだけだ。
「クレハ…?」
ジュンキが恐る恐る声を掛けると、布団の中のクレハはゆっくりと、恥ずかしさのあまり朱色に染まっている顔を上げた。
「ジュンキぃ…」
「…っ!」
クレハにゆっくりと、ねだられるような声で名前を呼ばれて、ジュンキは顔が「かあっ」と熱くなるのを感じた。
「寒くて…眠れないの…。一緒に…寝かせて…」
クレハはそこまで言うと、顔を布団の中に埋めてしまった。
ジュンキは何度か瞬きを繰り返した後、そっとクレハの両肩に手を添えた。クレハが顔を上げてジュンキの瞳を覗く。
「冷え切っているじゃないか…。もしかして、俺が温泉から出てくるのを待っていて…?」
「ホットドリンク、ケチらずに飲めば良かったなぁ…」
クレハは目線を反らせてからそう答えた。
ここで、ジュンキはあるひとつの考えが浮かんだが「それをやってはいけない」「クレハは嫌がるのではないか」とその考えを否定する。
しかし何度考えても、これしかクレハを温める方法が思いつかないジュンキは、嫌われることを覚悟で行動に移した。
「その…クレハ…」
「なぁに?…あっ」
ジュンキはクレハの背中に両腕をまわすと、そっと抱き締めた。クレハの身体が強張り、緊張の糸が張っているのがジュンキにも分かる。
「嫌なら…嫌って言ってくれ…。すぐに放すから…」
ジュンキの言葉を聞いて、クレハは「ううん」と言って額をジュンキの肩口に預けた。
「ジュンキって…あったかいんだね…」
クレハもジュンキを抱き返す。さらにクレハは自身の脚をジュンキに絡ませた。これにはジュンキも驚いたようで、今度はジュンキが身体を強張らせる方だった。
目が覚めると、いつもの天井が目に入った。
「朝か…」
普段通りの朝。どうやら昨日の夜の出来事は―――。
「夢だったか…」
ジュンキはそう呟くと、安堵の溜め息を吐いた。
いくら狩りの現場で命を預け合う仲間同士でも、同じベッドで眠るのはいかがなものか。ましてやクレハは女性だ。いくらなんでも、これはマズいだろう。確かにクレハは最近、好意を寄せてくれている節がある。ジュンキ自身もクレハに対しては仲間や友情を超えた、ある種の好意がある。しかし、今の段階で同じベッドで寝るのは流石に行き過ぎだろう。これは夢で良かったのだと自分に言い聞かせて起き上がろうとして、ジュンキは固まった。
左腕を、布団の中にいる何者かに掴まれている。
「…」
ジュンキはそっと掛け布団を開けると、そこには「すーすー」と寝息をたてて眠っているクレハがいた。
夢ではなかったのだ。
ジュンキは顔が熱くなるのを感じながらも、クレハを起こさないようにするため、起きることを諦めた。そのまま静かに横になる。
ちらっとクレハの寝顔を覗くと―――。
(可愛い…)
素直にそう思った。
整った顔立ちに、長すぎず、短すぎないまつ毛。綺麗な形の鼻に、薄紅色の唇。そこに掛かる、綺麗な青色の髪。
「…」
ジュンキはクレハが起きないように、そっと青色の髪を右手で梳(す)いた。
すると、クレハのまつ毛が「ぴくっ」と動く。どうやら起こしてしまったらしい。
「う~ん…?」
小さく声を上げて、クレハの目が開いた。いつもは活気に溢れる青色の瞳が、今は眠たそうに「とろ~ん」としている。
「お、おはよう、クレハ…」
「…」
クレハは何も言わずにジュンキの顔を見つめていたが、徐々に真顔になり、やがて顔を赤らめていく。
「うああああっ!?」
クレハは突然素っ頓狂な声を上げると、ジュンキから遠ざかろうとしてベッドから転落し、床に背中を打ち付けてしまった。
「お、おい、クレハ!?」
ジュンキは慌てて手を差し出したが、クレハは顔を真っ赤にし、その場で悶えていた。
「あっ!そっ!そのっ!ジュンキ!その…。えっと…!うぅ~っ!!!」
「…あはは」
混乱するクレハを見て、ジュンキは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「また…寒かったら…その…来ればいいよ…?」
「…うん」
クレハはとても、とても恥ずかしそうに頷いた。
ジュンキとクレハが起きた時、ショウヘイ達の姿は家の中にはなかった。朝食を食べるために、先に集会場に行ってしまったのだろうとジュンキとクレハは考え、急いで集会場へと向かった。
果たして、集会場の中にショウヘイ達の姿があった。ジュンキとクレハは並んで、ショウヘイ、ユウキ、カズキの向かいに座った。
「おはよう」
「おはよー」
ジュンキとクレハが挨拶をしたのだが、目の前の3人からの返事は無かった。
ユウキとカズキはニヤニヤしているし、ショウヘイに至っては静かに目を閉じて口元だけに笑みを浮べている。
ジュンキとクレハは顔を見合わせ、頭の上に疑問符を浮かべた。
「ねえ、何を笑ってるの?」
クレハがユウキとカズキに尋ねたが、ふたりの返事は「まあ、な」「なー」という曖昧なものだった。
再び、ジュンキとクレハは顔を見合わせる。
「ちょっと、はっきり言ってよ」
クレハがやや怒り気味に言うと、ユウキとカズキは「お前が言えよ」「やだよ」というやり取りの後、カズキが身を乗り出して言った。
「いや~、昨日の夜さ。俺達がすぐ隣で寝ているのに、まあ堂々とやってただろ?」
「なっ!?」
「はああっ!?」
カズキの一言で、ジュンキとクレハの顔は一気に真っ赤になった。
「「やってないっ!!!」」
ジュンキとクレハは、声を揃えて反論したのだった。