相変わらず山頂付近の天候は最悪で、猛吹雪で何も見えなかった。
しかし、微かに臭うペイントボールが、ティガレックスが近くにいることを教えてくれている。吹雪の音に混じって聞こえてくる荒い息づかい。確かに、いる。
ショウヘイもこのエリアにいるはずだが、今は完全に気配を消していて、リヴァルは感じ取れない。リヴァルが感じ取れるのは必死に生きようとする生命の本能と、明らかな殺意だけ。そして、それは見えた。
猛吹雪の中でも見分けられる黄色の体色。しかし、今は所々に赤い筋が入っている。そう、リヴァルがつけた傷から出血しているのだ。
一歩一歩新雪を踏み締めてリヴァルが近づくと、ティガレックスも気づいてリヴァルを振り向いた。
両者の間を沈黙が包み込む。
「…苦しいだろう?」
リヴァルはティガレックスに聞こえるように言った。
「辛いだろう…?痛いだろう…?もうすぐ終わる…」
リヴァルは、背中の大剣「オベリオン」を抜いた。それを右腕だけで持つが、流石に構えることはできず、雪の上に刃先を落とす。
「さあ…来いっ!」
リヴァルがそう言うと、ティガレックスは雪山全土に響くであろう咆哮を上げた。
命の奪い合いが、再び始まった。
ティガレックスは、正面にいるリヴァル目掛けて突進した。これを、リヴァルはギリギリで避けてティガレックスの右翼を一閃する。右腕だけの力ではたかが知れているが、ティガレックスが突進してくる力も利用したため攻撃力に遜色はなく、ティガレックスの翼膜を斬り裂く。
ティガレックスはリヴァルが避けたことにすぐ気が付き方向転換し、再びリヴァルに突進する。しかし、これもリヴァルはギリギリで避け、今度は左翼を一閃、翼膜を斬り裂く。
ティガレックスは転ぶ形で突進の勢いを殺し、リヴァルを振り向いた。
「これで遠くへは逃げられないな…!」
リヴァルはひとり呟くと、ティガレックス目掛けて走り出した。
ティガレックスは前脚を使って雪玉を飛ばしてきたが、リヴァルはこれを余裕を持って避け、ティガレックスに肉薄する。そして隙だらけのティガレックスの頭部に大剣オベリオンの重い一撃を入れようとして、リヴァルは驚きで深い赤色の瞳を見開いた。ティガレックスが凶悪な口を開いてリヴァルに噛み付こうとしてきたのだ。
リヴァルは上半身を捻ってこれを紙一重で避けたが、体勢を崩してしまう。そこにティガレックスの前脚が襲いかかるがリヴァルはこれを転がって回避。しかし、大剣「オベリオン」をティガレックスの足元に置き忘れてしまう。
「ちっ…!」
リヴァルがどうしようかと考える間に、ティガレックスはリヴァルの大剣「オベリオン」を咥えると、後方に放り投げてしまった。
「なっ…!」
今のティガレックスは、笑っているように見えるのは幻覚か。リヴァルは全身に嫌な汗が噴き出すのを感じていた。
武器のないハンターなんて草食竜と同じだ。だが、人間には知恵がある。リヴァルは敢えて、ティガレックスに突撃した。
これにはティガレックスも予想外だったのか、動きが一瞬止まる。その隙にリヴァルは腰から剥ぎ取りナイフを抜き、ティガレックスに投げた。
それは見事ティガレックスの右目に刺さり、ティガレックスの視力を半分奪った。ティガレックスは痛みにのたうち回る。
その隙に、リヴァルは大剣「オベリオン」の回収に急ぐ。
(急げ…!急げ…!)
背後でティガレックスが暴れている。リヴァルは心臓が弾けそうに鼓動しているのを耳で、身体で感じながらも走る。
そして、新雪に突き刺さって直立している大剣「オベリオン」に手を伸ばす。
(届けぇ…っ!)
リヴァルの右手が大剣オベリオンの柄を掴む直前、リヴァルはティガレックスによる雪玉攻撃を背中に受け、弾き飛ばされてしまった。
「がは…ッ!」
リヴァルは放物線を描いて宙を舞い、新雪の中に墜落した。
「…ッ!」
起き上がろうとして、視界の中に突進してくるティガレックスの姿が写り、リヴァルはすぐにその場を飛び退いた。ティガレックスの突進攻撃はリヴァルに当たらず、勢いのままにリヴァルから遠ざかってしまう。
その隙に、リヴァルは雪の上に放り投げられたままの大剣「オベリオン」を回収し、右手に添える。
「…殺す!」
突進の勢いを殺して停止し、振り向いたティガレックスを睨みつける。リヴァルの中で、殺意が膨れ上がっていく。
「…殺してやる。…俺をコケにしやがって…なぁ?」
リヴァルの声を聞いたのかどうか分からないが、ティガレックスは凶悪な口を大きく開いてリヴァルへ突進してきた。
しかし、リヴァルはその場を動かない。
「…死を以て償え」
ティガレックスがリヴァルに噛み付く直前、リヴァルは右腕だけで大剣「オベリオン」を振り回し、ティガレックスの左翼を根本から斬り飛ばした。
ティガレックスは体勢を崩し、その場で悲痛な叫び声を上げる。
「ははっ…情けないよなぁ…!飛竜が翼を失ったら、ただのトカゲだもんなぁ…!」
リヴァルはゆっくりと、ティガレックスの右翼側にまわる。
そして、一撃。
ティガレックスの右翼は、胴体から切り離される。
ティガレックスの悲鳴。
「あはっ…!愉快だねぇ…!愉快なまま死ねぇ!」
リヴァルはそう言うと、大剣「オベリオン」を上段に構える。狙うは、首。
「リヴァル!やめろ!」
エリアの端で見守っていたショウヘイが駆け寄ってくるが、リヴァルは何のためらいもなく大剣「オベリオン」を振り下ろした。
リヴァルがティガレックスの最期に見たものは、恐怖に怯える瞳だった。
ショウヘイが駆け寄ると、そこには右翼、左翼、そして頭部が胴体から切断されたティガレックスが、リヴァルの隣に横たわっていた。
「…リヴァル」
ショウヘイがリヴァルを呼ぶと、リヴァルはゆっくりとショウヘイを振り向いた。
「…!」
ショウヘイは驚きのあまり絶句してしまった。
リヴァルの両方の瞳が、竜のそれになっていたのだ。色はジュンキのそれに似ている、深い蒼色。
「…討伐完了」
リヴァルはそう言うとティガレックスから鱗を一枚剥ぎ取り、アイテムポーチに納めた。そしてショウヘイを振り向く。
「…なんだ?言いたいことがあるなら言えよ…」
振り向いたリヴァルの瞳は、いつもの深い赤色に戻っていた。ショウヘイはゆっくりと口を開く。
「…どうしてこんなことを?」
「どうして?変なことを聞くんだな。ティガレックスは、俺達をああやって喰うぜ?」
「…お前、楽しんで殺しただろ」
「さあな…」
リヴァルは大剣オベリオンをティガレックスの首元から抜くと、血糊も拭かずに背中へ戻した。
「…お前はそれでも竜人か!」
ショウヘイの言葉を聞いて、リヴァルは首を傾げた。
「竜人…?なんだ、それ…」
「…お前、まだジュンキから聞いていないのか?」
「ああ。で、何だ?竜人っていうのは…」
ショウヘイは、ジュンキがリヴァルに竜人のことを既に話したと思っていたが、ジュンキはまだリヴァルに話していないようだ。
ショウヘイとしてはジュンキがリヴァルに説明するのを待っていようと思ったが、このままリヴァルを誤魔化せそうにはなかった。仕方なく、ショウヘイはリヴァルに、竜人について説明することにした。
「村への帰り道で話す」
「じゃあ帰りましょうかねぇ」
リヴァルはそう言うと、このエリアの出口へ一直線に歩き出した。
ショウヘイはリヴァルの背中を見た後に、惨殺されたティガレックスを振り向き、深く一礼した。