モンスターハンター ~人と竜と竜人と~   作:秋乃夜空

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1章 重なる想い ずれる思い 01

「―――ッ!!?」

悪夢から醒めた。嫌な汗を全身にかき、肩で呼吸する。

「…?」

ここはどこだろうか。見たことのない家の中である。天井、壁、床、全てが木造で、石造りなのは囲炉裏くらいだ。

「…ッ!」

起き上がろうとして、全身に走った痛みに顔をしかめる。よく見ると、自分は包帯でぐるぐる巻きにされていた。

「…!」

ここで、自分の身に何が起きたのかを思い出す。ドンドルマの街で討伐依頼を受け、雪山へと向かったのだ。討伐依頼対象であるドドブランゴを倒し、帰ろうとしたその時に―――。

「くそっ…!」

今まで見たことのない竜に襲われたのだ。谷底へ転落し、そこで記憶が途切れている。

「…」

もう一度室内を見渡すと、玄関の石畳の上に自分の装備が綺麗に並べてあった。ハンターが商売道具である武器や防具を失えば、当然ながら仕事が出来なくなってしまう。

ひとまず安堵していると、装備が並べてある玄関の扉が何の前触れもなく開いたので、少し驚く。

「気が付きましたか?」

家の中に入ってきたのは、ひとりの女性だった。白い皮をメインに作られた防具を纏い、その華奢な身体に似合わないハンマーを背中に装備しているところから、彼女もハンターであると認識する。

明るい赤色の瞳に、同じく明るい赤色の髪。そのハンターは背中のハンマーを外すと玄関の壁に立て掛けて室内に入り、ヘルムを外すと部屋の中央にあるテーブルの上に置いてから、枕元に立った。

「まだ怪我が完治していません。今は動かずに休んで下さい」

「…ここは?」

「ここはポッケ村。シュレイド大陸最北端の小さな村です」

彼女はそう言うと静かに微笑んだ。

「…あんたは?」

「名前を尋ねるときは、まず自分からですよ」

注意を受けたので、思わず眉間にシワが寄ってしまう。

「…リヴァルだ」

「リサです」

リサ、と彼女は名乗った。

「…俺は、どうしてここに?」

「あなたは私が見つけました。雪山からの帰り道、崖の下で。…水を持ってきますね」

リサはそう言うとリヴァルの枕元から離れ、隣の部屋へと入っていった。すぐに水が入ったコップを手に戻ってくる。

「痛みが引くまでここで寝泊りして下さい。…では、私は外出しますので」

リサはそう言うと家から出ていこうとしたので、リヴァルは驚きの声を上げた。

「お、おい!ここはお前の家だろ?」

リヴァルの声を聞いて、リサは微笑みながら振り返って口を開いた。

「大丈夫です。仲間がいるので、そこに泊めてもらいますから」

リサはリヴァルの返事を待たずに家を出て、後ろ手に扉を閉めた。

 

リヴァルの怪我はたいしたことはなく、3日目の朝には痛みも引いた。その間ほとんど動けなかったリヴァルのために、リサは朝、昼、夕の1日3回、毎日ほぼ同じ時間にリヴァルへ食事を運んできてくれた。

リヴァルはベッドから立ち上がると包帯をほどき、固くなった身体をほぐすために屈伸、背伸びした。そして自分の装備を手に取り、身に着けていく。着込むのはリオレウスの亜種である蒼火竜リオソウルの素材から作られるリオソウルシリーズ。リオレウスの深紅とは違い、こちらは深蒼色をしている。

武器は大剣「オベリオン」。これもリオソウルの素材から作られた深蒼色の大剣だ。これらはリヴァルにとって、深い意味が存在している。

リオソウルヘルムを手にした時に、リサのであろう全身鏡が目に入った。深紅の長髪に深紅の瞳。それに反発するかのような大剣「オベリオン」とリオソウルシリーズの深い蒼色。

「…ひでぇ顔してる」

リヴァルはひとり呟くと、サナの家を出た。

(うっ…)

外の眩しさに、リヴァルは深紅の瞳を狭めた。

リサに名前を教えてもらったこの村―――ポッケ村は雪山の麓(ふもと)に作られた小さな村で、リヴァルが見たところ、店と言えるものが小さな武具工房と青果店兼雑貨店の2軒しか見当たらない。

その青果店兼雑貨店の軒先にリサの姿があって、リヴァルに気づくと麻で作られた買い物袋を両腕に抱えて歩きてきた。

「リヴァルさん、もう大丈夫なのですか?」

「ああ。助かった」

「お礼はいいですよ。困ったときはお互い様ですから」

リサは「荷物置いてきますね」と言うと一度自宅に入り、買い物袋の代わりにハンマーを背負って出てきた。

「では、これから村長のところへ行きましょう。挨拶をしないといけません」

「…ああ」

リヴァルの返事を聞くと、リサが先行して村の中を進んだ。そして周りの民家より一回り大きな建物の手前で焚き火をしている小柄な老婆の前で、リサの歩みが止まった。

「村長、リヴァルさんを連れてきましたよ」

「おや。そうかい」

村長は顔を上げるとリヴァルに向き合った。

「無事で何よりだ。私がこのポッケ村の村長さ」

「リヴァルだ」

「うん、よろしくね。さて、ヌシはこれからどうするね?」

「街へ戻るつもりだ。俺が達成すべき依頼は、既に完遂されているからな」

リヴァルがこの雪山へやってきたのはブランゴと呼ばれる小型モンスターを狩ることで、その依頼自体は達成されている。そしてその帰り道に、謎のモンスターに襲われたのだ。

村長はリヴァルの言葉を聞くと、複雑な表情を浮かべた。

「そうか。…残念だが、それは無理じゃ」

村長の言葉を聞いて、リヴァルは眉間にシワを寄せた。

「どういうことだ…?」

「この村と下界の街を繋ぐ唯一の山道で、大規模な雪崩が発生したんじゃ。雪が除去されるか、温暖期が訪れるまで、誰ひとり村から出れず、また入れないんじゃよ」

「なっ…!?」

リヴァルも流石に驚いた。これでは、リヴァルが現在活動拠点としているドンドルマの街に戻れない。あまりに長期間ドンドルマの街へ戻れずに依頼完遂の報告ができないと、最悪の場合は死亡扱いにされてしまう。

「何とかならないか?」

「村の男達が一生懸命に雪を除去する作業をしている。今しばらく待たれよ」

「くそっ…」

リヴァルは思わず舌打ちした。

「ただ待つのは苦しいじゃろう。そこで、ヌシにいくつかやってもらいたい依頼があるんじゃ」

「なぜ俺が…?」

「雪山のモンスター達の数を減らして欲しいんじゃ。そうすれば雪の除去作業も早くなり、ヌシも早く街へ戻れるだろう」

確かに、ただ待つのはリヴァルの性分に合わない。村長からの依頼を達成させれば雪の除去作業は効率良く進み、そして自分には報酬金が支払われるだろう。悪い話ではなかった。

「…分かった。いいだろう」

「ありがとね。それと、雪崩が発生する前に街へ手紙を出してある。ヌシは怪我していて動けずにおるとな。だから安心するがいいさ」

村長の言葉を聞いて、リヴァルはとりあえず安堵することができた。最悪の状況は回避できたのだ。

「話は変わるが、ヌシはどうして雪山で倒れていたのかの?」

「…見たことのない竜に襲われたんだ」

「見たことのない竜…?」

リサが首を傾げた。村長も難しい顔をしている。

「どんな竜じゃった?」

「…地面を這っていたな。体色は黄色を基調としていた。それくらいしか思い出せない」

「…やはりの」

村長の言葉を、リサは聞き逃さなかった。

「村長は何かご存知なのですか?」

リサが尋ねると、村長は口を重々しく開いた。

「…轟竜ティガレックス」

「ティガレックス…?」

リヴァルも聞いたことが無かった。

「うむ。最近になって見つかった竜じゃ。気を付けたほうが良いぞ…」

「轟竜ティガレックス…」

リヴァルはその名前を噛み締めるように繰り返し呟いた。

「さて、私からの話はこれで終わりじゃ。リヴァル殿、頼みますよ」

「ああ…」

リヴァルが生返事を返すと、横からリサが歩み寄った。

「ではリヴァルさん、早速ですがひとつ依頼を受けましょう?依頼は集会場の中で受けることができますよ」

リサはそう言うと再び先行して、民家より一回り大きい建物の中へと入っていった。そこへリヴァルも続く。

集会場の中はドンドルマの大衆酒場を小さくしたもののようで、ほとんどの設備は街と同じだった。ただ違う点を挙げれば、寒さ対策に大きな暖炉が設置されているくらいだろうか。

「ここは、ハンターズギルドの出張所も兼ねているんですよ」

リサはそう言うと受付嬢から依頼書の束を受け取り、内容を一枚一枚確認し始めた。

しかし、リヴァルは一言で依頼を受付嬢に告げた。

「轟竜ティガレックスの討伐依頼はあるか?」

リヴァルの発した言葉に、集会場にいた数人の村人、受付嬢、そしてリサも言葉を失った。

「轟竜…ティガレックスの…討伐依頼ですか…?」

「ああ、そうだ」

リヴァルがそう伝えると、受付嬢は引きつった顔で依頼書の束を確認し始めた。

「リヴァルさん…!」

リサも驚きを隠さなかった。リヴァルを制止しようと声を上げる。しかし、リヴァルはそんなリサを気にもとめず、言葉を続けた。

「リサ、お前の装備は?」

「えっ…。武器はアイアンストライク改で、防具は見ての通りフルフルですけど…」

「なかなかの装備だな。大丈夫だ」

リヴァルの言葉が終わると同時に、一枚の依頼書が提示された。内容はもちろん、ティガレックス討伐依頼。

「2名で受注してよろしいですか…?」

「―――待った」

受付嬢の言葉を了解しようとしたその時、リヴァルの背後から制止の声が上がった。

「…!?」

リヴァルは驚いて背後を振り向いた。いくつものテーブルが並んだ集会場内に、ひとり座ってこちらを見つめ続けているものがいた。

「…!」

それはリヴァルが見たくない、会いたくないものだった。

 

 

 

隅のテーブルに、リオレウス装備のハンターが座っていたのだ。


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