チヅルとユウキが持ち帰ったフルフルのアルビノエキスによって特別に作られた元気ドリンコを飲んだジュンキは、みるみるうちに顔色が良くなった。
あっと言う間に退院の日を迎えることになり、ジュンキは病院を後にする。
「ジュンキ、本当にもう治ったの?」
病院帰りのジュンキに、チヅルは不安と驚きを交えた声でそう言った。
「ああ、もう大丈夫だよ」
「しかし、ジュンキは頑丈にできてるな」
ユウキの言葉に、ジュンキは苦笑いしか返せなかった。
「…そうだ、ベッキーに退院を報告しないと。酒場に寄るけどいいよな?」
「心配していたもんね。行こう」
3人は午後の広場を横切り、酒場の中へと入った。
酒場に入ってまず目に入ったのは、揃いの鎧を着た兵士と思われる3人がベッキーと話をしているところだった。その腕には、どこかで見たことがある紋章。
(あの紋章は…シュレイド王国の…?)
「ジュンキ、早く入れよっ」
「おわっ!」
ジュンキが酒場の入口で止まってしまう形になっていたため、後ろのユウキがジュンキの背中を押した。油断していたジュンキは転びそうになる。その動作や声には、流石にベッキーや王国軍兵士も気が付いたらしい。
ジュンキがカウンターの前に立つと、ベッキーはいつもと違う、引き締まった顔でジュンキ達を見返した。
「その様子だと、もう大丈夫そうね」
ジュンキを心配する声は固く、表情は笑顔ではない。
「ああ、お陰様で。ところでベッキー、彼らは?」
「私達は、シュレイド王国の使者であります」
律儀に答えた使者に、ジュンキは思わず閉口する。
「実はね…彼らはあなたを探していたのよ」
「お、俺を…?」
「おお、貴方が…」
3人いる使者の中で、リーダーらしき男が一歩前に出る。
「私達は貴方様をお迎えに上がりました」
「お、お迎え!?」
予想もしない言葉に、ジュンキはつい大きな声を上げてしまった。
只事ではない様子を察した酒場のハンター達も少しずつ声を潜めていく。
「本国の指示は絶対です。拒否は出来ませんぞ」
「目的は何だ!?」
「…申し訳ありませんが、お答え出来かねます。私達はただ、貴公をお連れするようにと申し付けられたのみなのです」
「ベッキー、説明してくれ」
ジュンキはベッキーに声を上げるが、ベッキーはにが虫を噛み潰したような顔をしており、そのまま俯くだけだった。
「所詮、ハンターズギルドは只の一組織に過ぎないですからな。賢明な判断です。さあ、参りますぞ」
兵士がジュンキの二の腕を掴む。ジュンキは振り払おうと左肩に力を入れるが、その手を振り払う前に伸びてきたチヅルの左手が兵士の手首を掴んだ。
「ちょっと!勝手にジュンキを連れて行かないでよ!」
「放しなさい!」
ジュンキの腕を掴んだ兵士とは別の兵士が拳を振り上げる。
殴られる―――!
チヅルは思わず目を閉じたが、殴られることはなかった。恐る恐る目を開くと、近くに座っていた面識のない男のハンターが、寸前で止めてくれていた。
「おいおい、女を殴るたぁお前、男の風上にも置けねぇなぁ」
「俺達のハンターを問答無用で連れて行くとは、いい度胸じゃねぇか。ああ?」
酒場にいるハンター達が、老若男女問わず次々と立ち上がる。
「お前達…」
思わずジュンキも驚く。
「さ、早く行きな」
名も知れぬハンターに礼を言いながら、3人は酒場を脱出した。
「これからどうする!?」
酒場を出たところで、ユウキが聞いてきた。
「ひとまず、俺の部屋に…」
「それはマズイんじゃない…?」
ジュンキの提案にチヅルの制止が入る。取り敢えず3人はゲストハウスに向かいながらも話し合う。
「相手はジュンキを狙っているんだよ?だったらジュンキの部屋も見張られている可能性があるんじゃない?」
「チヅルの考えももっともだ。俺の部屋に来いよ」
「…今はそうしよう」
ユウキの提案にジュンキとチヅルは乗った。
「ここだ。ちょっと狭いけど我慢してくれ」
「ユウキ…」
ユウキの部屋の入り口で、ジュンキとチヅルは立ち止った。
汚い。足の踏み場も無い程に。
衣服からボウガンの弾、食べた後の食器に、モンスターの素材までもが床に転がっている。
「ユウキ、少しは片づけなよ…」
チヅルはあからさまに嫌そうな表情を浮かべるが、廊下で立ち話もできないため部屋に入る。適当なスペースをすぐ作ると、3人は腰を下ろした。
「ひっ…!」
チヅルの小さい悲鳴。
「どうした?」
「何か…ぶよぶよしたものが…」
チヅルが恐る恐る下を見ると、そこには白い皮が置いてあった。
「あ、それ、今回のフルフルの…」
「ユウキの馬鹿っ!」
チヅルはフルフルの皮をそのまま掴むと部屋の隅に投げつける。
「投げるな!」
「まったく、いつでも元気な3人組ね…」
突然部屋の入口から聞こえてきた声に、ジュンキ達3人は振り向いた。
「ベッキー!」
ベッキーは微笑みながらユウキの部屋の扉を閉じ、部屋の中へと入ってきた。
「ユウキ、もう少し掃除したら?」
「あ~う~…はい…」
「よろしい」
「ベッキー、どうしてここに?」
ジュンキが驚いた顔で聞くと、ベッキーは「座るわね」と言ってその場に座った。
ジュンキ、チヅル、ユウキ、ベッキーで円を作ると、ベッキーが口を開く。
「まず、さっきはごめんなさい」
「いや、気にしてないから…」
ジュンキの返事で会話が一瞬途切れると、つかさずチヅルの口が開いた。
「あいつら、一体何者なの?」
「…シュレイド王国軍」
ベッキーの表情が曇る。
「シュレイド王国から派遣された兵士達よ。見ての通り、ハンターズギルドが文句の言える相手じゃないわ…」
「シュレイド王国って何?」
ユウキがジュンキに真顔で聞いたが、ジュンキはユウキを睨む。
「シュレイド王国と言うのは、この大陸を治めている国の名前だ。知らなかったのか?」
「生きていく上で知る必要ないからな」
「お前なぁ…」
ユウキはわざとらしく両腕を胸の前で組み、ベッキーは小さく笑った。だがすぐに、その表情が引き締まる。
「話を戻すわね…。ハンターズギルドに限らず、誰も王国の決定を覆すことは出来ないわ。王国とハンターズギルドは険悪だから、尚更ね」
「仲が悪い…。そこまで険悪なのか?」
シュレイド王国とハンターズギルドの険悪さはハンターを続けていると自然と聞こえてくる。しかし、話が通じない程に悪かったのかと思い、ジュンキはベッキーに尋ねる。
「ええ。…これは、ハンターズギルドの創設時の話になるわ。話は長くなるけど、いいわね?」
ジュンキ達が頷くと、ベッキーは考えを整理するように語り始めた。
「ハンターズギルドが創設される前は、モンスターの退治依頼は王国に依頼されていたの。ただ、退治の成功率は低かったみたいね。王国は実力じゃなくて、権力で階級を作るから、上に行く程に強くなるわけではないのよ。でもハンターズギルドは違った。実力があれば上に行ける仕組みだから…」
「つまり、王国はハンターズギルドに仕事を奪われたってことか」
ユウキがそう言うと、ベッキーは小さく頷いた。
「結果的に、モンスター退治の仕事だけではなく、信用と信頼も奪う形になった。別に私達は、王国に喧嘩を売るためにハンターズギルドを創設したわけじゃないのよ」
「そりゃそうだろ」
ユウキの合いの手が入る。
「でも、日に日に王国との関係は悪くなっていった…」
ベッキーは結論付けると、少し前屈みになっていた体を起こした。
「じゃあどうして、ジュンキを連れ出そうとしたのかな」
「それは私にも分からないわ。ジュンキ君以上に腕の立つハンターなんて、ごまんと居るのに…」
ベッキーの言う通りだとジュンキも思う。何故俺なのだろうか。
(いや、それよりも…)
ジュンキが顔を上げると、他の3人がジュンキの方を向いた。
「このままこの街に…ミナガルデに残っていたら危ないんじゃないか?」
「…そうね。いつ、また来るか分からないし…」
ジュンキの懸念は、実に当たり前のことだった。いつ再び王国軍がやって来るか分からない。今回のように上手く逃げられるとは限らない。
「…そうだ」
ユウキが何かに気がついたように声を上げたので、3人の視線がユウキに集まる。
「ショウヘイとカズキがいる、ドンドルマに行かないか?」
「いいね!それ!あの2人なら、きっと事情を分かってくれるよ!」
ユウキの提案に、チヅルは嬉しさを隠そうとせず声を上げた。
今は3人で狩りに出ているが、離れた街に仲間が2人いる。そこなら身を隠せそうだ。
「ショウヘイか。元気にしているかな」
「懐かしいよな。別れてからそんなに時間は経っていないが」
ジュンキの口から洩れた言葉を、ユウキは聞き逃さなかった。ジュンキは恥ずかしさを隠すように頬を掻く。
「まあな」
「あら、丁度いいわね」
突然、ベッキーが嬉しそうに手を叩いてから言う。
「私、丁度明日ドンドルマに用事があって、ミナガルデを発つ予定だったの。もし良かったら、一緒に行かない?」
「もちろん!」
ジュンキ、チヅル、ユウキは快諾した。
「出発は明日のいつ?」
「昼前よ。いつもの竜車置き場から出るわ」
「…装備と必要最低限の道具を持って、明日は竜車置き場に集合だな」
ジュンキのこの言葉で、今日はお開きになった。
翌朝、ジュンキ達はミナガルデを出発した。目指すはドンドルマの街。ハンターの街としては大陸最大級の街である。