ジュンキはエリア6番に入った瞬間に、チヅルが空から落ちてきたところを見てしまった。
地面に叩きつけられるチヅルを見て、ジュンキはチヅルの名前を呼んでチヅルに駆け寄った。
「チヅル!?」
ジュンキはチヅルの側に座ると、チヅルを抱き上げた。
「今、手当てをしてやるからな…!」
「ジュンキ…!あ…」
チヅルは襲い来る全身の痛みを堪えて、両手を脇腹に刺さっているセイフレムの棘へと伸ばした。
「チヅル…?」
ジュンキが心配する中で、チヅルはその棘を引き抜こうとした。
途端に、頭が破裂しかねない激痛が走る。動かせないはずの身体が反り返り、激しく痙攣する。
「うああああああああああッ!!!!!」
「駄目だチヅル!それを抜いたら、血が…!」
止めようとしたジュンキの右手を、チヅルは必死に掴んだ。
「やだ…!やだよ…!最後にこんな、こんな姿を見せる…なんて…ッ!」
「…!」
手当てをすると言っても、ジュンキは嫌というほど分かっていた。
チヅルは、もう助からない―――。
それはチヅル自身も分かっているようで、最期の瞬間に禍々しい棘が刺さっているのは、絶対に嫌なのだろう。
「…分かった」
ジュンキは、チヅルの代わりにリオレイアの棘を両手で掴んだ。
「うぅ…ッ!!!」
チヅルが歯を食い縛る。
「…抜くぞ?」
ジュンキの問い掛けに、チヅルはゆっくり頷いた。
―――ジュンキは、リオレイアの棘を一気に引き抜いた。
「ぎぃああああああああああッ!!!!!」
チヅルが絶叫し、身体を限界まで反らし、そして再びぐったりと崩れる。
リオレイアの棘が刺さっていた場所からはチヅルの真っ赤な血液がドクドクと流れ出し、ジュンキはチヅルの腹と背を両手で押さえた。
「チヅル…!」
もう見ていられない。ジュンキはチヅルから目を逸らそうとした。
「はあ…ッ!はあ…ッ!大…丈夫…ッ!」
「くっ…!」
ジュンキは必死にチヅルの傷口を抑えるが、チヅルの命の体液は、どんどん流れ出ていく。
「ジュン…キ…!」
「もう喋るな!!!」
「聞いて…!」
チヅルが必死に、でも穏やかな表情で、その上涙を湛えながら言うので、ジュンキは声を聞き取り易いように、チヅルの口元に耳を寄せた。
「私…ジュンキのこと…好き…だったよ…」
「え…?」
ジュンキはチヅルの言った言葉に、驚きを隠さなかった。
チヅルの口元へ寄せていた顔を上げ、チヅルの顔を正面から見る。
チヅルは、恥ずかしそうな笑みを、涙を流しながら浮かべていた。
「やっと…言えた…」
「…っ!」
ジュンキはチヅルを見ていられず、目を固く閉じてしまう。
そんなジュンキを見て、チヅルは言葉を続けた。
「でもね…ジュンキには…私なんかより…もっと似合う人が…いるはずだよ…」
チヅルの言葉が続き、ジュンキは再び目を開いてチヅルの顔を見る。
「あんまり…私に…こだわったら…駄目…だからね…?」
「…」
「ジュンキは…ジュンキの…好きな人と…幸せに…なってね…」
「…」
ジュンキの瞳から涙がこぼれ落ち、チヅルの頬に落ちる。
「最期に…ジュンキが…好きかどうかは…分からないけど…」
「クレハちゃんを…よろしく…ね…―――」
チヅルの瞼がゆっくり閉じ、チヅルの全身から力が抜けていく。
「チヅル…?」
ジュンキは混乱し、チヅルの名前を呼ぶ。
しかし、チヅルは瞼を開いてくれない。
「チヅル…嘘だろ…?嘘だと言ってくれ…!」
ジュンキはチヅルの身体を揺するが、チヅルは反応しない。
「チヅル…!チヅル…―――」
ここでジュンキは、リオレイアの棘が刺さっていたチヅルの脇腹と背中から、出血が止まっていることに気がついた。
止血できたわけではない。チヅルの身体を流れる、血液が出尽くしたのだ。
―――チヅルが、死んだ…?
「くっ…!うぁあ…!あああああッ!!!チヅルーーーーーッ!!!!!」
ジュンキは夜空に向かって絶叫した。
「どうしてひとりで行った!?どうして相談しなかった!?どうして…どうしてひとりで戦った!!!」
返事をしないチヅルの亡骸に、ジュンキは叫び続ける。
「目を…!目を開けてくれよチヅル…!ああっ…!うあああああああああッ!!!!!」
他に誰もいない森と丘のエリア6番で、ジュンキはチヅルの亡骸と共に、声が枯れるまで泣き叫び続けた。
どれくらいの時間が経っただろうか。
飛竜の羽ばたく音が聞こえてきて、それがどんどん大きくなって、やがてジュンキの背後に降り立った。
「死んでしまったのね、チヅルちゃん…」
今までに聞いたことのない声だった。恐らく、チヅルを殺したリオレイアの声だろう。
「…あなたも竜人ね。もしかして、チヅルちゃんのお仲間さん?私の名前は、セイフレム…」
セイフレムと名乗ったリオレイアに話し掛けられても、ジュンキはチヅルの亡骸を抱きしめたまま、動かない。
セイフレムは話を続けた。
「これからどうするの?…私を殺す?」
セイフレムの言葉を聞き終えると、ジュンキはチヅルをそっと地面に寝かせて、それからゆっくり立ち上がった。セイフレムに背を向けたまま、ピクリとも動かない。
「…?」
セイフレムが再び声を掛けようとしたその時、ジュンキは背中の太刀「ラスティクレイモア」を右手で一気に抜いた。
そして、セイフレムを振り向く。
「はあああああっ!!!」
ジュンキはセイフレムを振り向くと「ラスティクレイモア」を構えて斬りかかった。
それをセイフレムは避けようとせず静かに目を閉じ、静かにチヅルの仲間に殺される時を待った。
しかし、首筋に鋭い殺気を感じたものの、その時は訪れなかった。
やがて、武器が収納される音。
「どうして…?」
セイフレムは目を開き、チヅルの仲間のハンターを見据えた。
「どうして殺さないの…?私は、あなたの大切な仲間を殺したのよ…?」
目の前のハンターは無言でチヅルの側まで近寄ると、片膝立ちになった。
「チヅルは…きっとお前を殺して欲しくないと思っている…」
「それでも私は…!」
「それに!…お前はたった今、俺に殺された。一度死んだ奴を、もう一度殺す必要は無い…」
チヅルの仲間のハンターはそう言うとチヅルをそっと持ち上げた。
「チヅルは連れて帰る。じゃあな…」
目の前のハンターはそう言うと、この場所を去っていった。
残されたセイフレムはひとり、夜が明けそうな空を見上げて、泣いた。
「チヅルちゃん…。あなたは、素敵な仲間を持っていたのね…」
セイフレムの瞳からこぼれ落ちた涙は、成分が空気中で固まり「竜のなみだ」となって、大地に転がった。