クレハが大衆酒場に戻ると、その中心付近で騒ぎが起きていた。大衆酒場にいたハンター達が囲んで、騒動の中心は見えない。
「なんだろ。こんな時に…」
騒動の中心に近づくにつれて「竜人」や「王国」という単語が聞こえてくる。
悪い予感がした。
「…?」
やがてクレハが騒動の中心にたどり着くと、そこには苦い顔をしているジュンキ、ショウヘイの姿と、怒り顔のユウキ、カズキの姿があった。
向い合っている相手は、クレハの知らない男だった。派手な格好に立派な髭からすると、貴族か何かだろうか。
「ジュンキ、何があったの?」
「ああ、クレハ…」
ジュンキがクレハの名を出すと、派手な格好の男が一歩前に出て口を開いた。
「おお、あなたがクレハ殿ですか」
「ク、クレハ殿…?」
大層な敬称を使われて、クレハは思わずジュンキの方へ一歩だけ歩み寄ってしまった。
「ジュンキ殿、ショウヘイ殿、クレハ殿、と。あとチヅル殿は?」
「今は留守だよ」
「ふむ…。まあいいでしょう」
カズキが投げやりに答える。しかしこの男は、カズキに対して見向きもせずに淡々と答えた。
「ねぇ、こいつ誰?」
「シュレイド王国の使いだ。俺とジュンキとチヅルが、この街へ逃げる原因になった奴の仲間だよ」
クレハが小声で尋ねると、ユウキが小声で返してくれた。
「お初にお目にかかります。私はシュレイド王国直属の使者で御座います」
「…名乗らないのか?」
「私の名など憶えて頂く必要は御座いませんので、使者とでもお呼び下さい」
ユウキの問い掛けにもユウキの方を向いて答えず、瞼を閉じて頭を下げるに留まった。
「それで、シュレイドの使者殿は、俺達に何の御用で?」
ショウヘイが尋ねると、シュレイドからの使者は顔を上げて答えた。
「ジュンキ殿とショウヘイ殿、そしてクレハ殿を、迎えに上がりました」
ショウヘイとクレハの目が驚きに見開かれた。しかしジュンキは驚きもせず、シュレイドからの使者に質問した。
「その件なら先日もあった。ミナガルデの街でね」
「あの時は、無粋な部下がご無礼を致しました」
「まだ諦めてなかったのかよ?」
ユウキが会話に割り込むが、シュレイドからの使者は相手にしたくないようで、ユウキの方を向かずに言葉を続けた。
「今回は、より丁重に扱うようにと命令を受けております。どうぞ、私の後を付いて来て下さい。街の外に、馬車をご用意しております」
「その前に聞きたいことがある。シュレイド王国は、俺達竜人を集めて何をする気だ?」
「申し訳ございませんが、私は皆様を連れてくるまでが任務。皆様をお連れする理由は存じません」
ジュンキの質問に、シュレイドからの使者は頭を下げて答えた。
「悪いが、俺達は目的も分からないシュレイド王国に従う訳にはいかない」
「それは困ります。断るようなら、無理にでも連れて来いとの命令です。多少手荒な方法を取ることにもなります」
シュレイドの使者が発した言葉を聞いて、大衆酒場にいた全てのハンター達が身構えた。それはつまり、武力行使に他ならない。
張り詰める街のハンター達と、ひとりのシュレイドからの使者の間の空気。
「ちょっと待ったー!」
「ユーリ!?」
突然、この大衆酒場でよく耳にする元気な声を聞いて、クレハは思わず声に出して驚いた。
ユーリは、野次馬と化しているハンター達の間を縫って、ジュンキ達とシュレイドからの使者の間に立った。その手には分厚い書物を持っている。表紙からして、ハンターズギルドのマニュアルのようだ。
「なんだね、君は!?」
「ハンターズギルドの者でーす!ちょっといいですかー?」
シュレイドからの使者は驚きを隠さなかったが、ユーリはそんなことを気にせずマイペースにマニュアルを開いた。
「はい!ハンターズギルドに所属するハンターの行動は、常に自由であると共に、それ相応の責任を有するものとする!ハンターズギルドに所属するハンターである以上、行動の自由を侵害することは、何人にもできません!」
ユーリの主張に、シュレイドからの使者は咳払いをひとつしてから口を開いた。
「ハンターズギルドは、我らがシュレイド王国内部に存在する、王国非公認の組織。当然、王国の指示に従って頂く」
「はーい!ハンターズギルドは独立した組織であり、外部からの一方的な命令、指示、指図、またそれらに準ずるものを認めない!シュレイド王国でも、ハンターズギルドに対しての、指図は受けませーん!」
「き、貴様ぁ…!」
ユーリの物言いに、流石のシュレイドの使者も頭にきたようだ。顔を真っ赤にして声を張り上げる。
「そこまで仰るなら仕方ありませんな!我々も王国憲章に則って、軍を動かすまでですぞ!」
「はいはーい!ハンターズギルドに所属するハンターは、人間に対する武力の行使を認めない!ただし!自己防衛の為ならば、その限りではない!」
ユーリはそこまで言うと、音を立ててマニュアルを閉じた。
「武力行使するのなら、こちらにもそれ相応の準備ができているけど?」
ユーリはそこまで言うと、周りを囲んでいるハンター達を見渡した。それと同時に、ハンター達の雄叫びが上がる。
それを確認すると、ユーリはジュンキ達の方を振り向いた。
「さ、早く出発して!」
「ま、待て!逃がさんぞ!」
シュレイド王国からの使者は、両手を高く上げて二度叩いた。ジュンキ達はその行動を横目で見ながら、ユーリを先頭にハンター達の輪を抜け、クエスト出発口へと駆け抜けた。
途中で大人数の足音が響いてきたので振り向くと、街の中心へ通じる出入口からシュレイド王国軍の兵士達が大衆酒場の中へ流れ込んでくるところだった。
「何としても竜人を捕らえるのだ!」
シュレイドからの使者の声が、大衆酒場に響く。ジュンキ達はその声を背にクエスト出発口を越え、用意してあった竜車に飛び乗った。
「待って!これを…!」
ユーリはそう言うと、懐から封筒を取り出し、ジュンキに差し出した。
「これは?」
「ハンターズギルドの紹介状。あなた達の履歴書も入ってる。身を隠すことになっても、これがあれば大丈夫だから…!」
「ユーリは大丈夫なの?」
「私はこのドンドルマの街―――即ち、ハンターズギルドの総本山で働いているのよ?大丈夫。私に何かあった時、それはハンターズギルドが潰れた時だからさ。…ほら、行って行って!」
クレハはユーリのことを気にして声を掛けたが、ユーリはいつもと変わらない笑顔で答えてくれた。
ショウヘイが御者のアイルーに出してくれと言うと、ジュンキ達を乗せた竜車はゆっくりと進み始める。そして竜車が車庫を出ると、ユーリは壁にぶら下がっている赤色の綱を引いた。
すると、天井に止めてある丸太で作られた巨大な柵が下に落ち、車庫の入り口を塞いだ。当然ユーリの姿も見えなくなった。
「ユーリ…」
クレハのか細い声は、竜車の進む音にかき消されてしまう。
やがて竜車がドンドルマの街から出ると、たった今出てきた竜車用の出入口もハンターズギルドの警備兵―――通称ガーディアン達によって、閉じられてしまった。
「これからどうなるんだろう…」
ジュンキ達は長い間言葉を交わさなかったが、ついにクレハの口が開いた。
「…ミナガルデの街から逃げてきたけど、とうとうドンドルマの街まで来やがったか」
ユウキが低い声で言った。
「今はチヅルを助けるのが最優先だ。チヅルと合流してから6人で、これからのことを考えよう」
ショウヘイの提案を、他の4人は頷いて答えた。
「チヅルちゃん…」
クレハは思わず、チヅルの名前を口に出してしまった。
チヅルの実力を疑っている訳ではないが、それでもリオレイアは危険なモンスターだ。クレハとしてはチヅルの乗った竜車が故障でもして立ち往生し、道中で合流出来ることを願うことしかできなかった。
しかし、ジュンキ達がココット村に入るまでに、チヅルと合流することはなかった。