いにしえの秘薬の調合は、中には失敗したものもあったが、何とか完成まで漕ぎつけることができた。その効果は抜群で、翌日にクレハとカズキがショウヘイとユウキを訪ねると、2人は外出許可を貰っていた。
ユウキはそもそも検査のために入院していただけであり、ショウヘイは竜人で元々治癒能力が高かったのだが、いにしえの秘薬はショウヘイの治癒能力をさらに高めたようである。
食事の自由も許可されていたので、4人はとりあえず食事をすることにして、大衆酒場へと入った。しかし、そこには思わぬ人物が長テーブルのひとつに座っていた。
太刀「ラスティクレイモア」にリオレウスシリーズの防具。そして薄茶色の髪を包んでいる黒バンダナを被ったハンター。
「…ジュンキ!?」
誰よりも早く見つけたクレハはとても大きな声を出してしまい、大衆酒場にいたハンターの半分くらいをこちらへ振り向かせてしまった。
もちろんジュンキも驚いてクレハの方を振り向き、そして穏やかな笑みを浮かべた。
「…相変わらずか。でも、みんな元気そうで良かったよ」
「どうしてここに!?いつ帰ってきたの?」
「ついさっきだよ。今から簡単に食事して、みんなに会いに行こうとしていたんだけど…。先に見つかったな」
ショウヘイ達4人はとりあえず、ジュンキの回りに座った。
初めに口を開いたのは、ジュンキだった。
「まずは、ごめん。突然パーティを飛び出して…」
「どうして行方をくらましたんだ?」
ショウヘイの質問に、ジュンキは一拍置いてから答えた。
「紅龍ミラバルカンと戦った時…。あの時、俺の中の竜は暴走していたんだ。このまま放っておいたら、いつ何時に暴走して、みんなを殺してしまうかもしれない。…そう思って、自分の竜を制御出来るまでは、みんなのところから離れることにしたんだ」
「相談してくれよなぁ。心配したんだぞ?」
「次からはそうするよ」
ユウキの言葉にジュンキは笑って答えたが、すぐ表情を引き締めた。
「ショウヘイ、どうしたんだ?包帯なんて巻いて…。ユウキも私服なんて珍しい…」
「ああ、これか…」
ショウヘイは、ユウキが検査入院していること、自身は黒ディアブロスの突進を受けて怪我したことを説明した。
「俺がいない間に、そんなことが…」
ジュンキの言葉を最後に沈黙が5人を覆ったが、ここでチヅルがいないことに気が付いたジュンキは声を上げた。
「…あれ?チヅルは?」
そう言ってクレハを見ると、クレハは首を横に振った。
「チヅルちゃん、部屋のドアを叩いても出なくて…」
「まだ寝てるんじゃないのか~?」
「そうかなぁ…?」
クレハとカズキの意見を聞いて、ジュンキは少しガッカリした。久しぶりに全員と顔を合わせられたのに、チヅルだけいないとは…。
ジュンキが残念がっていると、横から注文した料理がやってきた。
「はーい、お待ち遠さま。…ってあれ?」
ジュンキの料理を運んできたのはこの大衆酒場で給仕をしているユーリだったが、ショウヘイ達の姿を見て首を傾げた。
「どうしたの?ユーリ…」
クレハが尋ねると、ユーリは眉間にシワを寄せて口を開いた。
「どうして狩りに出てないの?」
「へ…?」
「どういう…?」
ジュンキ達の反応を見て、ユーリは背筋を伸ばしてから口を開いた。
「クレハちゃんとカズキでリオレイア狩りに出るからって、チヅルちゃんが依頼書を取りに来たはずなんだけど…」
「…!」
「それって、どういう…!?」
ユーリが言ったのは、どういうことなのだろうか。
ジュンキやショウヘイはユーリの次の言葉を待ったが、そのなかでクレハがゆっくり口を開いた。
「…もしかしてチヅルちゃん、ひとりでリオレイア狩りに行った…とか…?」
「…どうしてそう思う?」
「…チヅルちゃん、自分の村をリオレイア―――セイフレムだっけ、に焼かれたって話をしてくれたよね。チヅルちゃんは偶然セイフレムに関する依頼書を見つけて、ひとりで狩りに行ったとか…」
ショウヘイの問い掛けに、クレハは自分の考えを述べる。
ここでジュンキが小首を傾げていたので、セイフレムのことについて説明すると、ジュンキも驚いた。
「チヅルがリオレイアと会話した…」
「確かチヅルちゃんが受けた依頼のリオレイアは森と丘フィールドだったわよ。エリア区分は、確かKだったかなぁ…」
「ココット村の裏山…」
ユーリが述べたエリア区分に、ジュンキが反応した。
「チヅルがひとりでリオレイア狩りに出たのは、ほぼ確実か…」
ショウヘイが結論づけると、続けてクレハが口を開いた。
「ねえ、ユーリ」
「なに?」
「森と丘フィールドの…エリア区分Kに行ってもいい?チヅルちゃんを助けないと…!」
クレハのお願いを、ユーリは首を横に振った。
「同じエリア区分内に、2つのパーティを入れることはできないの。お互いの狩猟目標の影響を与えると、いろいろ面倒だから…」
「…チヅルちゃんは、たったひとりなんだよ!?」
「狩り場では、ひとりでも、ひとつのパーティとしてカウントされるの」
クレハの必死の訴えを、いつも笑顔のユーリは冷静な顔で退けた。
「そんな…!」
クレハは絶望した。これでは、チヅルちゃんを助ける方法が無いではないか。
「…でもね」
ユーリの声に、クレハは恐る恐る顔を上げる。
「それは狩りをする場合で、そうだね…。例えば、散歩しにいくことに関しては、マニュアルに何も記載されていないの」
「俺達が独自で動くには、問題ないってことか」
ショウヘイが話をまとめると、ユーリは頷いた。
しかし、すぐその口が開く。
「あ、でも…5人で行くの?」
「ああ、俺とユウキは麓のココット村で待機する。一応、病気持ちだからな」
「俺は経過観察なんだが…」
ユウキが小さく呟いたが、それを無視したショウヘイの返事に、今度こそユーリは納得した。
「よし、チヅルを追い駆けよう」
ジュンキがそう言うと、他の4人は頷いた。
「すぐ出発しないとな。各自すぐ準備して、この大衆酒場に集合だ」
ユウキが言い終わるか終わらないかというタイミングで、ジュンキ以外は立ち上がった。
「ジュンキ…?」
クレハがジュンキのある行動に気が付いて、声を掛けた。
ジュンキは、ユーリが運んできた簡単な食事を食べ始めていたのだ。
「ああ、俺は帰ったばかりで、準備万端だからさ…」
ジュンキの言葉にクレハは微笑みながら小さく頷くと、自分の部屋であるマイハウスへ向かって走り出した。
自室の扉を吹き飛ばす勢いで開くと、中にいた部屋付きアイルーが驚いて飛び上がった。
「ニャニャニャ!?どうしたんですかニャ旦那さん!?」
「ごめん!急いでるの!」
クレハはアイテムボックスを勢いよく開くと、中からレイアシリーズの防具を取り出して床に並べた。すぐに私服を脱いでインナーを纏い、レイアシリーズを装備する。壁に立て掛けてある双剣「ツインハイフレイム」を手に取ると、これも装備する。そして再びアイテムボックスの前に立つと、狩猟の基本的な道具を次々にアイテムポーチへ放り込んだ。
「ニャ~…」
「…私の大切な仲間のひとりが、単身リオレイア狩りに出てね。今から助けに行くの」
部屋付きアイルーが心配そうな声を上げたので、クレハは急いで説明した。
アイテムを詰め終えてアイテムボックスの蓋を閉めたところで、壁に飾ってある、師匠ジークの双剣の片方が視界に入った。
「…師匠。チヅルちゃんを、守ってください…!」
クレハは師匠ジークの双剣の片方に向かって呟くと壁から取り外し、腰に差している剥ぎ取りナイフと交換した。
「行ってくるね!」
「お気をつけてニャー!」
クレハは部屋付きアイルーに見送られて、自室を出た。