「―――待って」
「だ、誰!?」
突然女性の声が聞こえたので、チヅルは目の前にリオレイアがいるにもかかわらず、周りを見渡した。
しかし、このエリアにいるのはチヅル本人と、目の前のリオレイアのみである。
「ま…まさか…!」
チヅルは思わず、双剣の構えを解いた。
「―――構えを解いてくれたということは、私の声が聞こえているのね」
「リオレイア…あなたなの?」
「ええ。初めまして、竜人さん。竜人が復活したと聞いたけど、まさかこうして会えるとは思わなかったわ」
チヅルは、リオレイアの瞳から殺気が消えていることを確認してから両手の双剣を背中に戻し、ガルルガヘルムを取って地面に置いた。薄い茶色の短い髪が、風に舞う。
「は、初めまして…。私、チヅルっていいます…」
「チヅルちゃん、ね。私の名前はセイフレム。よろしく、と言いたいけれど…」
「ど…?」
セイフレムが語尾を濁したので、チヅルは続けて尋ねた。
セイフレムの口が、躊躇うようにゆっくりと開く。
「…私は、あなたと仲良くなれそうにないわ」
「どうして…?」
「それは…。恐らく、私は昔あなたに会ったことがある。私が焼き尽くした、村の中心で…」
「え…?」
チヅルは最初、何のことか分からなかったが、それは自分の生まれ育ったリーン村のことだとすぐに分かった。
「…左脚を、見せてくれる?」
チヅルのお願いを、セイフレムは黙って頷くことで答えた。
チヅルはセイフレムの左脚側に廻り、そして見つけた。踵(かかと)から膝までの、大きな切り傷を。
「…」
チヅルは黙ったまま、再びセイフレムの前に立った。
「…聞いてもいい?」
「何…?」
「どうして、私の村を襲ったの…?」
セイフレムは一瞬目を閉じたがすぐに開き、しっかりとチヅルを見据えて答えた。
「あの時の私は巣作りをしていて、とても気が立っていたの。そんな時に、私の巣へハンターが現れて…。そのハンターはすぐに逃げていったけど、私は執拗に追い駆けた」
「そして、私の村を見つけた…?」
チヅルの言葉を、セイフレムは頷いて肯定した。
「このままでは、人間たちが私の巣に押し寄せてくると思った私は、村を襲ったの…。そして気が付いたら、村の中央に幼い人間が、ひとりだけになっていたわ…」
「それ、私だよ…」
セイフレムは黙って頷き、話を続けた。
「そこで私は気付いた。私は、なんということをしたのかと…」
「そう…だったんだ…」
チヅルの言葉を最後に沈黙が包んだが、それはチヅルの言葉で破られた。
「…ありがとう。話してくれて」
チヅルの言葉を聞いて、セイフレムは驚いた。
どうして、私は礼を言われたのだろうか。
「私、あなたがどうして私の村を襲ったのか、ずっと知りたかった。すごく恨んだ時期もあったけど…。でも、これですっきりしたよ」
「すっきりって…。私のことを、恨んでいたのではないの?」
「私もハンターになって、たくさんの命をもらって今日まで生きてきた。ちょっと悔しいような、悲しいような気持ちはあるけど…私はあなたを、恨んでないよ」
チヅルの言葉を聞いて、セイフレムは目頭が熱くなるのを感じていた。
「…でもね、心の整理はつけたいの」
チヅルはそう言うと、背中の双剣を抜いた。セイフレムは驚き、臨戦態勢をとる。
「私は、あなたを狩りたい。個人的な恨みではなく、ひとりのハンターとして。私、次のステップに上がるためのモンスター、リオレイアなんだ」
チヅルはそう言うと、穏やかな笑みを浮かべた。
「私はあなたを狩りたい。狩りたいけど…今の装備だと、きっと勝てないと思うの」
チヅルは、今度は苦笑いを浮かべた。
「だから次に会うことがあったら、私と手合わせして欲しいの」
チヅルはそこまで言うと、双剣を背中に戻した。
「…分かったわ。私も死ぬ訳にはいかないから…戦います」
「…ありがとう」
チヅルはそう言うとガルルガヘルムを取り上げ、そのまま被った。
「それじゃあ、またね…」
チヅルはそう言い残し、踵を返してベースキャンプへと戻っていった。
「チヅルちゃん…」
小さくなる後ろ姿を見ながら、セイフレムは呟いた。
「私も負けるわけにはいかないわ。私はまだ死ねないもの…。次に会った時、私はあなたを殺します…」
セイフレムはそう言いながら、傾きかけた太陽が眩しい、青い空を見上げたのだった。