状況は一転して、最悪に陥った。
今思えば、ドスランポスがいるのに護衛のランポスが1匹もいないことに対して、疑問を持つべきだったのだ。
丘陵地帯のエリア3。
その中央に、馬鹿みたいにつっ立っているドスランポス。
チヅルとショウヘイは好機と飛び出していったのだが、次の瞬間には背後のエリア2への道から別のドスランポスが1匹とランポス8匹が現れ、目の前のドスランポスの周囲にもランポスが8匹現れたのだ。
「なっ…!?」
「罠か!」
ショウヘイとチヅルは背中合わせの体勢を取り、ランポス達と向かい合ったが、片方のドスランポスの一声で、包囲網を徐々に狭めてくる。
「まずいよね、これ…」
「ああ…最悪だ」
ランポス達が徐々に円形の包囲網を狭めてくる中で、1匹が耐え切れなくなったのか、飛び掛ってきた。それを、ショウヘイが一太刀で真っ二つにする。
それでもまだ、ドスランポスが2匹に、ランポスが15匹。
「あれは…!」
ふと、ショウヘイの視界に見慣れたランスとディアブロシリーズ装備のハンターが、奥の森から出てくるのが見えた。
「どうしたの?」
「カズキだ!」
「よかった…!」
「いや…良くないぞ、これは…」
「えっ…?」
チヅルは目の前のランポス達に隙を与えないよう、一瞬だけ背後―――ショウヘイが見ている方を振り返った。そして驚愕する。
カズキの背後から、ドスランポスが1匹とランポスが6匹も出てきたのだ。カズキがチヅルとショウヘイの近くまで逃げてくると、ランポス達は一時的に包囲網を解除してカズキをチヅルとショウヘイに合流させた。
「カズキ…」
「す、すまねぇショウヘイ、チヅル…。ランポス2匹が限界だった…」
「これでドスランポスが3匹にランポスが21匹…!」
チヅルは唇を噛んだ。これまで培ってきたハンターとしての経験を生かして対策を練るが、本能が無理だと悲鳴を上げている。
「村長…誤算でしたね…」
ショウヘイがそう呟いたが、チヅルにも意味が分かった。
ドスランポスが3匹もいるのは縄張り争いをしているからではなく、協力するためだったのだ。
「閃光玉、誰か持ってない?」
「…」
「…」
「じゃあ煙玉は?」
「…」
「…」
チヅルは更に強く、唇を噛んだ。
「ユウキ…」
今のチヅルに出来ること、それはこの狩り場にいるもう一人のハンター、ユウキの登場を願うことだけであった。
「いないなぁ…」
一方のユウキは、細長い通路のようなエリア9を、警戒しながらゆっくりエリア3方向へと歩いていた。
「それにしても、静か過ぎるな…」
ユウキは、ハンターとしての勘が危険を知らせていることに気付いている。
そう、このエリアには何かがあるのだ。
「何が…うわっ!」
突然、腰の辺りを触られる感覚がして、ユウキは慌てて振り返った。
そこには、ハンター達からアイテムを盗むことで知られているメラルーの姿があった。しかも、ユウキが持ち込んだ弾丸を右手に持っている。
「あ!お前っ!」
「ニャニャニャ!」
メラルーは踵を返して数歩退くと、急いで脱出用の穴を掘り始めた。
「この野郎っ!」
「ニャーッ!」
間一髪のところでユウキはメラルーを穴から引っこ抜き、弾丸を回収した。
メラルーは悔しそうに一鳴きすると、穴の中へ消える。
「やれやれ、俺の勘はメラルーに反応したのかぁ…?」
ユウキはひとり呟きながら、弾丸をアイテムポーチに戻した。
そしてエリア3へ向かおうとして―――異変に気づいた。
「あれ…?」
先程と比べて、周りが暗くなっているのだ。しかもこのエリア全体ではなく、ユウキの周囲だけが、である。
「…!」
突然、ユウキの後頭部に生暖かい空気が触れた。クンクンと、臭いを嗅ぐ音も聞こえてくる。
「…どうしよう」
ユウキは目を閉じて必死に頭を動かしたが、そもそも何者なのかが分からなければ対応のしようがないので、ゆっくりと後ろを振り向いた。
「リ…リオ…!」
チヅル、ショウヘイ、カズキを取り囲んだランポス達の包囲網は、チヅルが手を伸ばせばランポスの頭に触れることが出来るくらいにまで狭まってきていた。
「ら、ランポスとは、会話出来ないかな…?」
「ザラムレッドやミラボレアスと違って、頭良さそうには見えないけどな…」
「もうっ…。ユウキ…早く…!」
チヅルが、唯一まだこの包囲網の中にいないユウキのことを願ったその時、3匹のドスランポスが一斉に鳴いた。
それに応呼して、21匹のランポスもけたたましく鳴き声を上げる。
「俺は死にたくねぇよぉ!」
「うわああああああああああ!!!」
カズキが弱音を吐いたと時を同じくして、ユウキの悲鳴がこのエリアに響き渡った。
そして、ユウキ本人が森の中から転げ出てくると、思いっ切りすっ転んだ。
「ユウキ!助けて…ってええっ!?」
チヅルは思わずユウキの名前を読んだが、ユウキの後を追うように森の中から出てきた巨体に、素っ頓狂な声を上げてしまった。
森の中から出てきたのは、深緑の鱗で身を包んだ飛竜―――雄火竜リオレウスと対をなす、雌火竜リオレイアだったのだ。
あまりの出来事に、ランポス達でさえ口をぽかんと開けて静止してしまっている。
「逃げろおおお!!!」
ユウキがこちらに向かって逃げてくるので、必然とリオレイアもこちらを向いた。リオレイアに睨まれ、チヅルは思わず一歩退いてしまう。
しかし、今自分はランポス達に囲まれていることを思い出し、すぐ元の位置に戻った。
ユウキがチヅル達と合流すると同時に、3匹のドスランポスのうちの1匹が前に出て、リオレイアとランポス達との間に立ちはだかり、リオレイアを威嚇した。まるで、俺達の獲物だと言わんばかりに。
しかし、リオレイアは前に出たドスランポスの頭に噛み付くと、首から上を食いちぎってしまった。
それを見たランポス達がチヅル達への包囲網を忘れて、1歩1歩退き始める。
「お、俺達も退こうぜ…!」
カズキの提案にショウヘイとユウキは従ったが、チヅルはその場に留まった。
「ち、チヅル…!」
「…みんな、よく聞いて」
チヅルは後ろを振り向かずに、リオレイアを見つめながら言葉を続けた。
「閃光玉すらない今の装備じゃ、キャンプに着く前に追いつかれる。武器の中で一番機動性がある私が、しばらくの間リオレイアの気を引くから、そのうちに逃げて」
「ば、馬鹿言ってるんじゃねぇぞ!」
カズキの言葉が飛んできたが、チヅルは振り向かなかった。
「…チヅル。必ず戻れよ」
ショウヘイの言葉を最後に遠ざかる足音を聞きながら、チヅルは背中から封龍剣・超絶一門を抜いた。ここまでの一連の動作を、リオレイアは黙って見続けていた。
しかし、ランポス達は黙っていなかった。
獲物だった4人が3人になってしまったことに腹を立てたのか、チヅルの背後で騒ぎ出し、1匹のドスランポスがチヅルに飛びかかった。
それと同時にチヅルの腕が動き、飛びかかったドスランポスが粉々に砕け散ってしまう。
「…邪魔しないでくれる?」
チヅルが竜の瞳でランポス達を睨むと、ランポス達はその場に凍りついた。
「―――グガアアアアアアアアッ!!!」
リオレイアが咆哮すると、ランポス達は最後の1匹となったドスランポスに率いられて、エリアを脱していった。
「…静かになったね」
チヅルは誰に言うでもなく呟くと、リオレイアに向かい合った。
「…いくよ」
チヅルは再び、双剣を構えた。