「もうすぐ暗くなる。今日の飛行はここまでだ」
沈みゆく太陽を左手に見ながら、ザラムレッドと名乗った、言葉を話すリオレウスがそう言った。
正確には、ザラムレッドが人の言葉を話しているのではなく、こちらが竜の言葉を理解しているのだが。
「そうだな。適当な場所を探して、今夜は野宿だな…」
ザラムレッドの右足の甲の上に乗り、一日中飛行を続けたジュンキは、ザラムレッドの提案に乗ることにした。
足元には緑深い森が延々と続いているが、どうにか降りれそうな場所を見つけると、ザラムレッドはそこへ降下した。
「ん~…っ!」
ジュンキはザラムレッドから降りると、まずは背伸びをした。いくら自分が強靭な肉体を持つ竜人でも、同じ姿勢を続ければ、肩ぐらい凝ってしまう。
「んん~っ!ふう~…。さてと…まずは火を起こさないと。薪になりそうな枝を探してくるから、そこで待っててくれ」
ジュンキはザラムレッドにそう言うと、ひとりで森の中へと足を踏み入れた。
所々に落ちていた枝を拾い集めて戻ってみると、そこにザラムレッドの姿はなかった。
「あれ…?」
ジュンキは両手で抱えている枝を足元に降ろすと、辺りを見渡した。
すると、こちらに向かってズシズシと歩いて来る、ザラムレッドの姿を見つけた。その口には、何かが咥えられている。
「あ…」
それは、ジュンキが集めたものとほぼ同じ長さ太さの枝だった。しかし、量がとても多い。
ザラムレッドはジュンキが集めた枝の上に被せるよう、口に咥えた枝を乗せた。
「ありがとう…」
「ヌシだけに任せていては、辺りが真っ暗になってしまうからな」
「あ、そう…」
ジュンキはアイテムポーチから砥石を二つ取り出すと、枝の山の近くで打ちつけた。小さな火花が飛んだが、着火する程の火力はない。
「何をしている?」
「何って…火打石の代わりだよ」
ジュンキはそう言って、何度も何度も砥石を打ちつけ合ったが、火花が出るだけで着火しなかった。
「…どけ。儂が着火する」
「着けるってどうやって―――!?」
ジュンキの言葉が終わらないうちに、ザラムレッドは大きく息を吸い込んだ。
この動作にジュンキは思い当たる節があり、慌てて距離を取ろうとしたが、ザラムレッドの方が僅かに早かった。
ザラムレッドは着火のためにブレスを吐いたのだが威力が強すぎ、爆発、炎上した。
「うわっ!」
ジュンキは爆風に吹き飛ばされる形で、尻餅をついてしまった。
「な、何するんだよ!?」
「すまん、強すぎたな」
ジュンキは装備を解くと、街から持ってきた生肉を、肉焼きセットで火にかけた。
「~♪」
リオレウスも腰(?)を下ろし、地面へ横になっている。
「よし、焼けた。…お前も食うか?」
「貰おう。儂は生のままでいい」
ジュンキは予備の生肉をザラムレッドの目の前に置いた。するとザラムレッドは立ち上がり、ムシャムシャと食べ始める。
焼けた肉を食べ終わり、残った骨を焚き火に放り込むと、ジュンキとザラムレッドは焚き火を挟み、向かい合う形で座った。
「明日には着くかな?」
「遠くに雪山が見えた。明日の夕暮れには着くだろう」
「そっか。…なあ、ザラムレッド」
「何だ?」
「これから…俺はどうすればいい?」
「…どう、とは?」
「俺は竜人だ。それはいい。俺は、自分が竜人であることを受け入れたよ。だけどこれから…俺は竜人として、何をすればいいのか、分からないんだ…」
ジュンキの問い掛けに、ザラムレッドは夜空を見上げて考える素振りを見せたが、やがてジュンキの方を向いて、大きな口を開いた。
「恐らく、ミラルーツが出てくるだろう…」
「ミラルーツ…。ミラボレアスや、ミラバルカンの兄か…」
「そうだ。全力で人間を、潰しにかかってくるだろう…」
「…そこで、俺達竜人か」
ジュンキは目線をザラムレッドから焚き火に移したが、ザラムレッドは話を続けた。
「世界は均衡を保とうとする。だからヌシのような、竜の血を引く者が目覚める」
「なるほどね。…ところで、ミラルーツがどこにいるかなんて、俺には分からないぞ?」
「何もこちらから攻める必要はない。出てくるのを待つだけだ」
「…分かった。今は、自分の竜を制御することを優先するよ」
「その為に、仲間の元を離れたのだろう?」
「うるさいな。…そろそろ、寝ようか」
「ああ、そうだな。しかし…」
「…?」
「ヌシは寒くないのか?ここは雪山が近い。朝方は特に冷え込むだろう」
「…まあ寒いけど、大丈夫。ホットドリンクも飲むし」
「儂の翼の下に入れ。幾分かマシになるだろう」
「えっ、いいの?」
「ヌシに、万が一でも死なれては困る。それが凍死ならば、笑い話にもならんぞ」
「ははは…ありがとう。そうさせてもらうよ」
ジュンキは立ち上がると、ザラムレッドの左翼と脚の間に入った。
「お前、結構温かいんだな」
「火竜だからな」
「それじゃ、おやすみ…」
「ああ…」
ジュンキは、最初こそ夢にまで見たリオレウスとの共寝に緊張していたが、やがて静かに眠った。
翌朝、簡単な朝食を済ませると、ジュンキとザラムレッドは飛び立った。
目指すは大陸の最北端。
今日の夕刻には、到着する予定である。
(おわり)