モンスターハンター ~人と竜と竜人と~   作:秋乃夜空

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外章 クレハの昔話 03

それから3年近くが経ち、私は単独でゲリョス討伐に成功する程になっていた。

武器は、母やジークと同じ「双剣」である。

 

そして再び、飛竜が村の裏山へ営巣しようとしていた。

どんな運命の巡り合わせか、それは母が戦った飛竜と同じ、リオレイアであった。

「師匠!私に行かせて下さい!」

「駄目だ!」

朝から何度目かのお願いを、ジークは言葉ひとつで退けた。

「危険だと感じたら、すぐ村に戻りますから!」

「お前は、リオレイアを引き連れて、村へと戻ってくるつもりか?」

「それは…っ!」

「大体、何をそんなに焦っている?…もしかして、母の敵討ちではないだろうな?」

「ち、違います!私は、母が戦ったリオレイアと、戦ってみたい!それだけです!」

「そんな好奇心だけで、倒せる相手なんかじゃない!!!」

「…っ」

「…安心しろ。見学はさせてやると、朝から言ってるだろう?明日の朝に出発だから、しっかり準備をしておけよ」

ジークはそう言うと、自宅のある方へと歩いて行ってしまった。

「…」

私は、ジークの姿が家屋の陰に隠れて見えなくなるまでその背中を見つめ続けたが、やがて自分の家へと戻り、ベッドの上に腰掛け、そして考えた。

「…よし」

熟考の末、私は決意をひとつに立ち上がった。

即ち、ジークに黙って狩りに行く。

もちろん私も、自分の実力はリオレイアに―――母に遠く及ばないことは分かっている。

だから、無理はしない。危険を感じたら、すぐ離脱する。

私はいつも通りに装備を整え、自宅を出た。

村長には、ジークに依頼書を取ってこいと言われたと言えば、すぐにリオレイア討伐の依頼受注書を発行してくれた。

「無理はしちゃダメ。生きて帰るのよ、クレハ…」

私は自分に言い聞かせると、ひとりで村を後にした。

 

肝心のリオレイアは、すぐに見つかった。

リオレイアは私に尻尾を向け、川の水を飲んでいた。

奇襲をするなら絶好の機会だったが、私は動かなかった。

それは、やはり母の影響だった。母はあの時、正面から挑んだ。

さすがに、当時の私はリオレイアに語りかけることは出来なかった。そこで、リオレイアがこちらに気づいてから攻撃することにしていたのだ。

リオレイアは水を飲み終えると、私のいる方を振り向き―――私と視線が交わって動きを止めた。

長い沈黙が、二者の間を覆った。

「…あなたには、何の恨みもない。小さかった時の私は、母の言った意味が分からず、すごく恨んでいたけれど…今は違う。私はあなたに、復讐者ではなく、一人のハンターとして、戦いを挑みます…!」

自分の口から言葉が流れ出てきたことに、私自身が驚いていた。

リオレイアは、私の言葉が終わるまで黙って聞いていたが、私が双剣を抜くと、リオレイアは咆哮した。

私は、素早くアイテムポーチに手を入れると桃色の球体を取り出し、リオレイアに投げつけた。

それはリオレイアの右翼に当たり弾け、独特の臭気を放つ。狩猟の初めは、ペイントボール。ジークから教わった通りに、手順を踏む。

そして相手の―――今回はリオレイアの動きを見て、隙を見つけて攻撃。

リオレイアは首をもたげると、私に向かって炎の―――母を殺したブレスを放つ。

(今は余計なことを考えちゃダメッ!)

ブレスを放った後の隙に、私は双剣をリオレイアの右翼に一閃―――しかし。

「なっ…!」

弾かれた。

飛竜の中では、比較的斬りやすい翼膜に、私は傷ひとつ付けることができない。

(そんな…!これじゃ勝てない…!)

今の自分では、リオレイアには絶対に勝てないと、私は悟った。

勝てないと分かったならば、取る行動はひとつ。

逃げるのだ。

だが相手はリオレイア。いきなり背を向けては、ブレスや、その巨体を生かした突進攻撃等でやられてしまうだろう。引き際を見極める必要があった。

しかし、リオレイアは私を生きて返すつもりは、頭から無さそうであった。リオレイアが自身を軸に回転し、横から迫る尻尾の一撃を、私は屈み、紙一重で避ける。

「くっ…!」

リオレイアは翼を開き、宙を舞って私と距離を取った。

そしてブレス。

しかし、ブレスは直線的で、しかもブレスを吐いた後には隙が出来ることを、私は知っている。

しかしこの時の私は、まだ知らなかった。

リオレイアは、ブレスを同時に三発放てることを。

「うそ…っ!?」

私は、恐怖で身を硬くするしかなかった。だが幸いにも、ブレスは私の左右を通り抜け、後方の木々にぶつかって爆発した。

「あ…あぁ…!」

私の心を、リオレイアのブレスはいとも簡単に爆砕した。

そして、リオレイアは私に向かって突進した。だが私は、これを本能的に避ける。

リオレイアの巨体が木々を薙ぎ倒す様を見て、今自分がリオレイアの突進を避けきれなかったらと思うと、背筋が凍った。

私は唾を飲み込むと、アイテムポーチに入れたはずの閃光玉を探し始めた。

これでリオレイアの視界を奪えば、逃げ切れるはずだ。

「あれ…?」

だが、初めてリオレイアと対峙した緊張と恐怖のせいか、なかなか取り出せない。

その間にリオレイアは体勢を整え、私に向かって咆哮した。

怒りを露にしたわけではなくただの威嚇だったのだが、今の私には効果覿面であり、私は思わず尻餅をついてしまっていた。

「あ…うぁ…あ…!」

リオレイアが、ゆっくりと歩み寄ってくる。

それに対して私は立ち上がれず、尻を引きずって後退る。

そして巨木に背中側を遮られ、私はついに逃げれなくなった。

「あ…!」

正面を向くと、目と鼻の先に、リオレイアの顔があった。

「ひっ…!」

顔が恐怖に引きつる。

リオレイアの口がゆっくりと開き、喉の奥が―――炎が見えた。

「あ…!い、嫌ぁ…っ!」

―――気を失う直前、私はジークの後ろ姿を見た気がした。

 

気が付くと、私は大きな葉を敷き詰めた地面に寝かされていた。

「…気がついたか?」

ジークの声がして、私は上半身を起こした。

「師匠…」

ジークは、私に左半身を向けるように座っていた。

「大丈夫か…?怪我は…無さそうだな…」

「―――ッ!?」

私は思わず口を両手で覆った。こちらを振り向いたジークの右腕が、肩から消え失せていたのだ。

「これか?…大丈夫、止血はしてある。…まあ、愛弟子の命を救えたんだ。安い安い…」

「そんな…師匠…。私が、私がひとりで、リオレイアに挑まなければ、こんなことには…っ!」

私の、涙ながらの言葉を聞いて、ジークは「ふう」とため息を吐いた。

「…リオレイアは、諦めるのか?」

ジークの言葉に、私は首を横に振った。

「諦めたくは、ありません…。師匠に…大変な怪我を負わせた以上は…退けません…!」

涙声になっている私の頭の上に、ジークは左手を置いた。

「いいか、クレハ…。復讐心を抱いて、狩りをしてはいけない…。それは、狩りではなく、殺しだ…。分かってるな…?」

私は、小刻みに震えてながら、頷いた。

「よし…。あと、無理はするな…。何日かかってもいい…。確実に狩れ…!」

「でも…狩猟の、時間制限が…」

「そんなもの、俺が村長に掛け合う…。心配するな…」

「…」

「…今日は引き上げるか?」

「…いいえ。でも―――」

「そうこなくちゃな…。俺の知っているクレハは…いつも元気で…明るいハンターだ…!」

「でも…私の双剣じゃ、刃が入りませんでした…」

「だったら…俺のを使うといい…」

「えっ…!」

ジークはそう言うと、地面に転がしてある双剣を左手で持ち上げ、私に差し出した。

「…生きて帰ってこいよ。無理はするな…」

「…はい」

「声が小さいぞ…?」

「はいっ!」

私はジークに一礼すると、森の奥へと駆けた。

 

私とリオレイアの戦いは、10日にも及んだ。

その間、私は決して無理はせず、日が暮れるまでには村に戻った。この狩りにはジークも同行していたが、余程の危険が私に迫るまではリオレイアに感づかれないように身を潜め、有事の際のみ私を助けるに留まった。

 

私がリオレイアを討伐した翌朝、ジークはいきなり私に、別れを告げた。

「ど、どうしてですか!?私は、まだまだ師匠に教えを請いたいです!」

「お前はリオレイアを討伐した。本当はリオレウスを討伐してこそ一人前と言われるのだが…まあこの際細かい事は気にしないでおこう」

「そんな…!私は、まだ自分の力量を把握しきれていない未熟者です!リオレイアを討伐出来たのも、師匠が危ないときは助けてくれると分かっていたからです!」

「途中経過はどうであれ、お前はリオレイアを討伐した。その事実は変わらない。俺の役目はここまでだ」

ジークはそう言うと荷物を担ぎ、家を出た。

すぐに私が追いかける。

そうしているうちに村の入口に着くと、突然、ジークは歩みを止めた。

「あ~もうしょうがない弟子だな!」

ジークは荷物を下ろし、背中から右手用の双剣を抜くと、私に向かって放った。それを私は、慌てて捕える。

「し、師匠?」

「お前を一人前だとして独り立ちさせるつもりだったが、仕方ない。お前に、その剣を預ける。自分が納得出来たら、俺のところへ返しに来い」

ぽかんとしている私を他所(よそ)に、ジークは再び荷物を担ぐと歩き出した。

「…師匠!必ず!必ず返しにいきますからーっ!」

私の言葉に、ジークは左手を上げて答えた。


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